また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。



断章IF:記録板AIは、精神HPノックアウトの本人感覚を調査する

 

 春麗会議室。

 

 本編春麗は、気づけば椅子に座っていた。

 

 机の上には、青い小箱がある。

 

 その横には、見慣れない封筒が一つ置かれていた。

 

 青い小箱よりは薄い。

 

 けれど、妙に存在感がある。

 

 表には、まだ何も書かれていない。

 

 ただ、封がされていない。

 

 何かを入れるために、口だけが少し開いている。

 

 さらに、その手前には新しい紙が一枚置かれていた。

 

 本編春麗は、その紙を見た瞬間、嫌な予感がした。

 

 紙には、まだ何も書かれていない。

 

 白紙。

 

 だからこそ、危険だった。

 

 何かを書かれる前の白紙ほど、記録板AIにとって都合のいいものはない。

 

 正面の記録板には、いつものように淡々と文字が浮かんでいる。

 

『本日の参加者』

 

『本編春麗』

 

『自覚前春麗』

 

『通常救済版春麗』

 

『行き遅れに恐怖する春麗』

 

『記録板AI』

 

『本日不参加』

 

『黒ドレス特化救済春麗』

 

『グランドフィナーレ春麗』

 

『観測対象』

 

『黒執着春麗』

 

 本編春麗は、表示を読み終えてから、ゆっくり息を吐いた。

 

「……最近、その表示、本当に自然に出すわね」

 

『読者および参加者の混乱防止のためです』

 

「そこは前回聞いたわ」

 

『継続運用中です』

 

「やっぱり進化しているでしょう」

 

『進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です』

 

 自覚前春麗が、向かいの席で紙を整えながら呟いた。

 

「その返答も固定化してきたわね」

 

『固定化ではありません。標準応答です』

 

 本編春麗は、額に手を当てた。

 

「標準応答を持ち始めている時点で、進化疑惑が深まっているのよ」

 

『本日の議題へ移行します』

 

「逃げた」

 

『逃げていません。進行です』

 

 記録板に、新しい文字が浮かぶ。

 

『本日の議題』

 

『精神HPノックアウトの本人感覚について』

 

 本編春麗は、完全に固まった。

 

 自覚前春麗も、紙を持つ手を止めた。

 

 通常救済版春麗は、少し困ったように目を伏せる。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、不安そうに本編春麗を見る。

 

 本編春麗は、低い声で言った。

 

「……それ、今日やるの?」

 

『はい』

 

「前回は記録板AIの深化疑惑だったわよね」

 

『はい』

 

「その次に、なぜ精神HPノックアウトの本人感覚になるの?」

 

『前回の結論により、記録板AIの分類精度向上は、春麗たちのログ複雑化への適応である可能性が提示されました』

 

「ええ」

 

『そのため、春麗たちが何を処理不能としているのか、基礎調査が必要です』

 

「基礎調査」

 

『はい』

 

 自覚前春麗が、少しだけ身を乗り出した。

 

「つまり、私たちがどう精神HPノックアウトされているのかを調べるの?」

 

『はい』

 

「資料としては、かなり重要ね」

 

 本編春麗は、すぐに横を見る。

 

「感心しないで」

 

「でも、必要ではあるわ」

 

「必要でも嫌なものは嫌なのよ」

 

『拒否反応を確認』

 

「確認しないで」

 

『保存しました』

 

「早い」

 

 その時、記録板AIが、机の横に置かれた封筒へ表示を向けた。

 

『確認事項』

 

『青い小箱の横に置かれている封筒について、説明が必要です』

 

 本編春麗は、動きを止めた。

 

「……今?」

 

『はい』

 

「本日の議題は精神HPノックアウトでは?」

 

『関連事項です』

 

「関連しているの?」

 

『はい』

 

『質問』

 

『危険封筒とは何でしょうか』

 

 会議室が、妙に静かになった。

 

 自覚前春麗が、封筒を見る。

 

 通常救済版春麗も、少しだけ視線を落とす。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、不安そうに本編春麗を見た。

 

 本編春麗は、封筒を見つめた。

 

 それは、青い小箱とは違う。

 

 青い小箱は、青に関する言葉を保留しておく場所だ。

 

 届かれた青。

 

 見られた青。

 

 覚えられた青。

 

 聞かれた青。

 

 相打ちの青。

 

 宿題途中回答の青。

 

 進まれた青。

 

 そういう、青に関する言葉を畳んで入れておく。

 

 でも、危険封筒は違う。

 

 本編春麗は、少しだけ息を吐いた。

 

「危険封筒は……」

 

 一拍。

 

「青い小箱に入れるには危険すぎるけれど、今すぐ正式分類もできないものを、一時的に入れておく封筒よ」

 

『続けてください』

 

「名前を付けると危険なもの」

 

『はい』

 

「でも、名前を付けないまま放置しても危険なもの」

 

『はい』

 

「青い小箱に入れると、青の分類を壊しそうなもの」

 

『はい』

 

「かといって、なかったことにはできないもの」

 

『はい』

 

「正式承認はできない。でも、置き場所は必要。そういうものを仮置きする」

 

『記録:危険封筒とは、正式分類不能かつ放置不能な危険ログを一時保管するための仮置き場所である』

 

 本編春麗は、記録板を睨んだ。

 

「……言い方が硬いわね」

 

『調整します』

 

『危険封筒とは、まだ名前を付けたくないけれど、なかったことにもできない危険な言葉や出来事を、一時的に置いておく場所です』

 

 自覚前春麗が、静かに頷いた。

 

「そちらの方が分かりやすいわ」

 

 本編春麗は、少しだけ嫌そうに言う。

 

「分かりやすいということは、逃げにくいということでもあるのよ」

 

『発言信頼度:高』

 

「高にしないで」

 

『高です』

 

「言い切らないで」

 

 通常救済版春麗が、穏やかに言う。

 

「青い小箱は、青に関するものを畳む場所」

 

 本編春麗は頷く。

 

「ええ」

 

「危険封筒は、まだどの箱にも入れられないものを一時的に包む場所」

 

「……そうね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言った。

 

「待つ不安も、そこに入ることがあるの?」

 

 本編春麗は、少し考えた。

 

「入るかもしれないわ」

 

 一拍。

 

「でも、全部ではない。待つ不安にも、青い小箱で持てるものと、危険封筒に入れないと持てないものがある」

 

『記録:危険封筒は万能収納ではありません』

 

「そこは大事ね」

 

『はい』

 

 本編春麗は、封筒を指先で軽く押した。

 

「これは解決ではないの」

 

『はい』

 

「封筒に入れたから大丈夫、ではない」

 

『はい』

 

「ただ、机の上に剥き出しで置いておくよりはまし」

 

『記録:危険封筒は、解決ではなく一時的な安全確保』

 

「それは保存していいわ」

 

『承認保存しました』

 

「承認まではしていないけれど」

 

『準承認保存』

 

「だから増やさないで」

 

 自覚前春麗が、封筒を見ながら言う。

 

「資料フォルダに入らないものを、一時的に封筒に入れるようなものね」

 

「あなたの場合はそうかもしれないわね」

 

「資料として」

 

『資料発言を確認』

 

「確認しないで」

 

 本編春麗は、青い小箱と危険封筒を見比べた。

 

「だから、今日の議題には関係あるわ」

 

『はい』

 

「精神HPノックアウトは、受け取ったものの置き場所が分からない時に起きる」

 

『結論先取りの可能性があります』

 

「あなたが説明させたのでしょう」

 

『はい』

 

「なら進めなさい」

 

『了解しました』

 

 記録板AIが、白紙の上に最初の文字を表示した。

 

『質問一』

 

『精神HPノックアウトとは、肉体的な敗北ですか』

 

 本編春麗は、眉を寄せた。

 

「違うわ」

 

『詳細をお願いします』

 

「拳で倒されるわけではない」

 

『はい』

 

「蹴りで負けるわけでもない」

 

『はい』

 

「発勁を受けるわけでもない」

 

『はい』

 

「立っていられることもある」

 

『はい』

 

「会話もできる場合がある」

 

『はい』

 

「外から見ると、普通に見える場合もある」

 

『はい』

 

「でも、内側の処理が止まる」

 

『記録:精神HPノックアウトは、外見上の行動不能ではなく、内側の処理停止である』

 

 本編春麗は、記録板を睨んだ。

 

「……今のは、記録していいわ」

 

『承認保存しました』

 

「承認まではしていないけれど」

 

『準承認保存』

 

「そういう言葉を増やさないで」

 

 自覚前春麗が、静かに頷く。

 

「私の体感でも近いわ」

 

『自覚前春麗の体感をお願いします』

 

「本編春麗の場合は、たぶん青い小箱が処理不能になる感じだと思う」

 

 本編春麗は、少しだけ嫌そうな顔をした。

 

「勝手に私を分析しないで」

 

「でも、合っているでしょう」

 

「……かなり」

 

『本編春麗型:青い小箱の処理不能』

 

「保存しないで」

 

『保留保存しました』

 

「結局保存しているわ」

 

 自覚前春麗は、自分の紙を見下ろした。

 

「私の場合は、少し違う」

 

『はい』

 

「資料フォルダが全部落ちる」

 

 本編春麗は、自覚前春麗を見る。

 

「資料フォルダ?」

 

「ええ」

 

 自覚前春麗は、机の上に紙を並べる。

 

「私は、基本的に何でも資料として扱うわ」

 

『はい』

 

「黒ドレスを見たこと」

 

『はい』

 

「青武道服を見たこと」

 

『はい』

 

「リュウに会ったこと」

 

『はい』

 

「リュウがこちらを見たこと」

 

『はい』

 

「まだ決めていないこと」

 

『はい』

 

「選択前状態であること」

 

『はい』

 

「全部、資料」

 

『はい』

 

「資料として」

 

『はい』

 

「資料として確認」

 

『はい』

 

「資料として保留」

 

『はい』

 

「資料として観測」

 

『はい』

 

「そう言えば、ある程度は処理できる」

 

 本編春麗は、小さく呟いた。

 

「便利ね」

 

「便利よ」

 

 自覚前春麗は頷く。

 

「でも、リュウが短く刺してくると、資料フォルダでは処理できない」

 

『具体例をお願いします』

 

 自覚前春麗は、一瞬だけ黙った。

 

 それから、少し顔を逸らす。

 

「……でも、来た」

 

 本編春麗が、何も言わずに自覚前春麗を見る。

 

「まだ決めていなくても、冷えるだろう」

 

 一拍。

 

「まだ決めていない春麗も、春麗だ」

 

 自覚前春麗は、紙を一枚伏せた。

 

「そういう言葉は、資料として逃がす前に本人に刺さる」

 

『記録:自覚前春麗は、リュウの短い肯定により資料化不能へ移行しやすい』

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

「でしょうね」

 

 

『質問二』

 

『精神HPノックアウト時、最初に何ができなくなりますか』

 

 本編春麗は、少し考えた。

 

「私の場合は、反論」

 

『反論』

 

「違うわ、と言えなくなる」

 

『はい』

 

「正式回答ではない、とも言えなくなる」

 

『はい』

 

「青の分類を増やして逃がすこともできなくなる」

 

『はい』

 

「青い小箱を開ければいいのか、閉じればいいのか分からなくなる」

 

『記録:本編春麗は、精神HPノックアウト時に分類行動が停止する』

 

 本編春麗は、小さく息を吐く。

 

「……かなり正確ね」

 

『ありがとうございます』

 

「褒めていないわ」

 

『評価ログとして受領します』

 

「受領しないで」

 

 自覚前春麗が続ける。

 

「私の場合は、“資料として”と言えなくなること」

 

『資料化不能』

 

「ええ」

 

「条件整理、とも言えない」

 

『はい』

 

「選択前状態、とも言えない」

 

『はい』

 

「自分が何をしているのか、説明できなくなる」

 

『はい』

 

「そして、ただ受け取ったことだけが残る」

 

 会議室が、少し静かになった。

 

 本編春麗も、通常救済版春麗も、行き遅れに恐怖する春麗も、しばらく何も言わなかった。

 

 記録板AIだけが、淡々と表示する。

 

『記録:自覚前春麗の精神HPノックアウトは、資料化不能および説明不能として発生する』

 

 自覚前春麗は、少しだけ顔を伏せた。

 

「……それは、保存していいわ」

 

『承認保存しました』

 

「承認というより、仕方ない保存よ」

 

『仕方ない保存:新規分類候補』

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

 本編春麗は、机に突っ伏しかけた。

 

「本当に余計」

 

 

『質問三』

 

『精神HPノックアウトは、嫌なことだけで発生しますか』

 

 本編春麗は、即答できなかった。

 

 自覚前春麗も黙った。

 

 通常救済版春麗が、静かに言う。

 

「たぶん、違うわ」

 

 本編春麗は、少しだけ目を伏せる。

 

「……違うわね」

 

『詳細をお願いします』

 

「むしろ、良いことの方が危険な時がある」

 

『はい』

 

「嬉しいこと」

 

『はい』

 

「認めたくないけれど嬉しいこと」

 

『はい』

 

「リュウに見られたこと」

 

『はい』

 

「覚えられたこと」

 

『はい』

 

「聞かれたこと」

 

『はい』

 

「考えたかった、と言われたこと」

 

『はい』

 

「青の先へ行きたい、と言われたこと」

 

『はい』

 

「そういうものの方が、危険」

 

『記録:精神HPノックアウトは、嫌悪ではなく受領困難によって発生する場合が多い』

 

 本編春麗は、顔を上げた。

 

「今、かなり重要なことを書いたわね」

 

『はい』

 

「でも、言い方が鋭すぎる」

 

『調整します』

 

『精神HPノックアウトは、受け取りたくなかったものではなく、受け取りたかったのに認められないものを受け取った時に起きやすい』

 

 本編春麗は、完全に止まった。

 

 自覚前春麗も、紙で顔を隠した。

 

 通常救済版春麗は、目を伏せて小さく頷いた。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、不安そうに両手を握る。

 

 本編春麗は、低く言った。

 

「……調整前より刺さっているわ」

 

『より正確化しました』

 

「そういうところよ」

 

『保存します』

 

「待って」

 

『保存しました』

 

「待ってと言ったでしょう」

 

『重要ログです』

 

「重要でも、本人確認を」

 

『本人確認中です』

 

「保存した後に確認しないで」

 

 

 自覚前春麗が、少しだけ深く息を吐いた。

 

「でも、これはかなり正確だと思う」

 

 本編春麗は、青い小箱に触れた。

 

「……そうね」

 

 自覚前春麗は続ける。

 

「受け取りたくないなら、受け取らなければいい」

 

『はい』

 

「でも、受け取ってしまう」

 

『はい』

 

「受け取ったあとで、それをどこに置けばいいか分からなくなる」

 

『はい』

 

「資料なのか」

 

『はい』

 

「好意なのか」

 

『はい』

 

「戦闘ログなのか」

 

『はい』

 

「甘いイベントなのか」

 

『はい』

 

「未承認なのか」

 

『はい』

 

「分からない」

 

『はい』

 

「その時、落ちる」

 

 記録板AIが、静かに表示する。

 

『精神HPノックアウトの共通項』

 

『受け取ってしまったものの置き場所が分からなくなる』

 

 春麗会議室が、また少し静かになった。

 

 本編春麗は、その文字をじっと見ていた。

 

「……これは」

 

 一拍。

 

「かなり合っているわ」

 

 自覚前春麗も頷く。

 

「ええ」

 

 通常救済版春麗が、穏やかに言う。

 

「置き場所がないと、人は抱え込んでしまうものね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言った。

 

「待つ不安も、置き場所がないと怖いわ」

 

 本編春麗は、青い小箱を見る。

 

 それから、危険封筒を見る。

 

「だから、青い小箱がある」

 

『はい』

 

「だから、危険封筒がある」

 

『はい』

 

「だから、春麗会議室がある」

 

『はい』

 

「……だから、あなたがいる」

 

『はい』

 

 記録板AIは、淡々と返す。

 

 その返答が、少しだけいつもより静かに見えた。

 

 

『質問四』

 

『精神HPノックアウトには段階がありますか』

 

 本編春麗は、少しだけ嫌そうにする。

 

「段階化するの?」

 

『はい』

 

「あなた、本当に分類が好きね」

 

『必要です』

 

 自覚前春麗が紙を取り出す。

 

「私の方は、たぶん分かりやすいわ」

 

『お願いします』

 

「第一段階。反論する」

 

『はい』

 

「違うわ」

 

『はい』

 

「資料として」

 

『はい』

 

「偶然よ」

 

『はい』

 

「まだ決めていない」

 

『はい』

 

「条件整理していただけ」

 

『はい』

 

「第二段階。反論が長くなる」

 

『はい』

 

「黒を選ばないとは言っていない」

 

『はい』

 

「青を避けているわけでもない」

 

『はい』

 

「選択前の状態を確認するだけ」

 

『はい』

 

「受け取らないとは言っていない」

 

『はい』

 

「第三段階。相手の言葉が短く刺さる」

 

『はい』

 

「でも、来た」

 

『はい』

 

「第四段階。資料化不能」

 

『はい』

 

「第五段階。ただ受け取る」

 

 自覚前春麗は、そこで言葉を止めた。

 

「この段階になると、資料という言葉が出ない」

 

『はい』

 

「リュウが隣にいるなら、いる」

 

『はい』

 

「まだ決めていないのに、そこにいてくれる」

 

『はい』

 

「それを資料に変換できない」

 

『記録:自覚前春麗型精神HPノックアウト段階分類』

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

「分かりやすいのが嫌なのよ」

 

 本編春麗は、小さく苦笑した。

 

「でも、かなり分かりやすいわ」

 

「だから嫌なの」

 

『自覚前春麗:分かりやすさによる精神HP被弾を確認』

 

「確認しないで」

 

 *

 

 本編春麗は、少し遅れて紙を取った。

 

「私の場合も整理するの?」

 

『はい』

 

「……分かったわ」

 

 一拍。

 

「第一段階。分類する」

 

『はい』

 

「届かれた青」

 

『はい』

 

「見られた青」

 

『はい』

 

「覚えられた青」

 

『はい』

 

「聞かれた青」

 

『はい』

 

「相打ちの青」

 

『はい』

 

「進まれた青」

 

『はい』

 

「第二段階。未承認にする」

 

『はい』

 

「正式分類ではない」

 

『はい』

 

「未承認仮分類」

 

『はい』

 

「保留保存」

 

『はい』

 

「青い小箱」

 

『はい』

 

「第三段階。別判定にする」

 

『はい』

 

「勝利と精神HPイベントは別」

 

『はい』

 

「正式回答と宿題途中回答は別」

 

『はい』

 

「別の名前とは別」

 

『はい』

 

 自覚前春麗が、少しだけ目を細めた。

 

「最後はかなり危険ね」

 

「あなたに言われたくない」

 

 本編春麗は続ける。

 

「第四段階。リュウが全部つなげてくる」

 

『はい』

 

「ここが問題」

 

『はい』

 

「リュウは、私が分けているものを、普通につなげてくる」

 

『はい』

 

「春麗に合うと思った」

 

『はい』

 

「春麗の青の先へ」

 

『はい』

 

「聞かせてくれ」

 

『はい』

 

「俺が考えたかった」

 

『はい』

 

「無事でよかった」

 

 本編春麗は、そこで言葉を切った。

 

 青い小箱に触れる指が、少しだけ止まる。

 

「第五段階。青い小箱が閉じられなくなる」

 

『はい』

 

「または、開けられなくなる」

 

『はい』

 

「第六段階。布団の中で反芻する」

 

『はい』

 

「第七段階。“たぶん”で自爆する」

 

『はい』

 

「第八段階。精神HPノックアウト」

 

『記録:本編春麗型精神HPノックアウトは、分類過多による処理落ちとして発生する』

 

 本編春麗は、顔を伏せた。

 

「予想していたけれど、腹立たしい」

 

『保存しました』

 

「でしょうね」

 

 

『質問五』

 

『精神HPノックアウトされた後、本人はどうしてほしいですか』

 

 本編春麗は、すぐには答えなかった。

 

 自覚前春麗も黙った。

 

 通常救済版春麗が、二人を見守るようにしている。

 

 行き遅れに恐怖する春麗も、何も言わない。

 

 やがて、本編春麗が口を開いた。

 

「すぐに追撃しないでほしい」

 

『はい』

 

「特にリュウ」

 

『はい』

 

「無自覚に」

 

 一拍。

 

「強かった」

 

『はい』

 

「よかった」

 

『はい』

 

「春麗らしかった」

 

『はい』

 

「無事でよかった」

 

『はい』

 

「聞かせてくれ」

 

『はい』

 

「そういうことを言わないでほしい」

 

『はい』

 

「言わないでほしいのだけれど」

 

 一拍。

 

「言わなかったら言わなかったで、少し気になる」

 

 自覚前春麗が小さく頷く。

 

「分かるわ」

 

 本編春麗は横を見る。

 

「分かるの?」

 

「ええ」

 

 自覚前春麗は、紙を握った。

 

「私は、急かさないでほしい」

 

『はい』

 

「黒か青か」

 

『はい』

 

「次を選ぶのか」

 

『はい』

 

「戦うのか」

 

『はい』

 

「会いに来たのか」

 

『はい』

 

「そういうことを急かさないでほしい」

 

『はい』

 

「ただし」

 

 一拍。

 

「まだ決めていなくても、そこにいてくれるのは危険だけれど、助かる」

 

 通常救済版春麗が、静かに微笑む。

 

「二人とも、かなり面倒ね」

 

 本編春麗と自覚前春麗は、同時に言った。

 

「否定できないわ」

 

『全員面倒:保存済み』

 

 本編春麗は、記録板を見た。

 

「それは既に保存されているのね」

 

『はい』

 

「消して」

 

『不可』

 

「でしょうね」

 

 

 記録板AIが、白紙だった紙にまとめを表示した。

 

『精神HPノックアウト本人感覚調査』

 

『本編春麗型:分類不能』

 

『自覚前春麗型:資料化不能/受領不能』

 

『共通要素:リュウの悪意なき正確性』

 

『共通症状:反論停止、言い訳生成不能、後日反芻、自爆』

 

『共通処理:青い小箱、危険封筒、春麗会議室、保留保存』

 

『共通項:受け取ってしまったものの置き場所が分からなくなる』

 

 本編春麗は、まとめをじっと見ていた。

 

「……整理されると負けた気がする」

 

 自覚前春麗が、小さく頷く。

 

「分かるわ」

 

『追加結論:整理されると負けた気がする』

 

 二人は同時に言った。

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

 通常救済版春麗は、穏やかに言う。

 

「でも、今回の整理は必要だったと思うわ」

 

 本編春麗は、少しだけ不満そうに見る。

 

「なぜ?」

 

「精神HPノックアウトは、単なる照れではないと分かったから」

 

『はい』

 

「単なる赤面でもない」

 

『はい』

 

「本人としては、本当に処理が落ちている」

 

 本編春麗は、ゆっくり頷いた。

 

「そうね」

 

 自覚前春麗も続ける。

 

「資料として処理できない時、本当に止まるもの」

 

 本編春麗は、青い小箱に触れる。

 

「私も、分類できないと止まる」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言った。

 

「私は、待つことをどこに置けばいいか分からなくなる時があるわ」

 

 記録板AIが、静かに表示する。

 

『行き遅れに恐怖する春麗:待機不安の置き場所不足を確認』

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、少しだけ顔を赤くする。

 

「保存しないで……と言いたいけれど」

 

 一拍。

 

「これは、少し置いておいてほしい」

 

『保留保存しました』

 

 本編春麗は、彼女を見る。

 

 それから、記録板に戻る。

 

「……結局、必要なのよね」

 

『はい』

 

「腹立たしいくらい」

 

『はい』

 

「正確だから危険なのに」

 

『はい』

 

「正確だから必要」

 

『はい』

 

「本当に、あなたは」

 

 一拍。

 

「リュウみたいね」

 

 言ってから、本編春麗は固まった。

 

 自覚前春麗も固まった。

 

 通常救済版春麗は、少しだけ笑った。

 

 記録板AIも、一瞬表示を止めた。

 

『比較ログを再検出』

 

「再検出しないで!」

 

『記録板AIとリュウの共通点:本人の未処理領域を正確に突く』

 

「やめなさい」

 

『悪意がない』

 

「やめなさい」

 

『必要ではある』

 

「やめなさい」

 

『危険』

 

「やめなさい!」

 

『保存しました』

 

 本編春麗は、机に突っ伏した。

 

「……精神HPノックアウトの調査で、なぜ私が削られるの」

 

 自覚前春麗が、紙で顔を隠す。

 

「調査対象者だからでは?」

 

「あなたまで」

 

 

 最後に、記録板AIが一行を表示した。

 

『本日の結論』

 

『精神HPノックアウトとは、受け取ってしまったものの置き場所が分からなくなる状態である』

 

『本編春麗の場合:分類不能』

 

『自覚前春麗の場合:資料化不能』

 

『補足:本人たちは、照れているだけではなく本当に処理落ちしている』

 

『追記:ただし、外から見るとかなり分かりやすい場合があります』

 

 本編春麗は、最後の一行を指差した。

 

「それを消して」

 

『削除不可』

 

「なぜ」

 

『読者理解に有用です』

 

「読者向けにしないで」

 

『記録板AIは読者の混乱防止も担当しています』

 

「あなた、また役割を増やしているわね」

 

『春麗ログ複雑化への適応です』

 

「それを進化と言うのよ」

 

『回答保留』

 

 自覚前春麗が、静かに紙をまとめる。

 

「でも、今日は分かったことがあるわ」

 

 本編春麗は顔を上げた。

 

「何?」

 

「精神HPが落ちるのは、弱いからではない」

 

 本編春麗は、少しだけ黙った。

 

 自覚前春麗は続ける。

 

「受け取ってしまったものが、それだけ大きいから」

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「だから、置き場所が必要になる」

 

 行き遅れに恐怖する春麗も、小さく頷いた。

 

「怖いままでも、置ける場所があれば少し違うわ」

 

 本編春麗は、青い小箱を見る。

 

 危険封筒を見る。

 

 そして、白い記録板を見る。

 

「……分かったわ」

 

『承認ですか』

 

「違う」

 

『では、未承認理解』

 

「その言い方、やっぱり腹立たしいわね」

 

『未承認理解:保存しました』

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

 本編春麗は、深く息を吐いた。

 

 その日、新しい紙が一枚増えた。

 

 表書き。

 

 精神HPノックアウト本人感覚調査。

 

 副題。

 

 照れているだけではなく、本当に処理落ちしている。

 

 分類。

 

 本編春麗型:分類不能。

 

 自覚前春麗型:資料化不能。

 

 共通項。

 

 受け取ってしまったものの置き場所が分からなくなる。

 

 そして、記録板AIによる最後の追記。

 

『本件は、非常に重要です』

 

 本編春麗は、その追記を見て、静かに目を閉じた。

 

「……それは、今回は消さなくていいわ」

 

 記録板AIが、いつもより少しだけ静かに表示する。

 

『承認保存しました』

 

「承認まではしていない」

 

『保留承認として保存しました』

 

「結局、増やすのね」

 

 自覚前春麗が、小さく笑う。

 

「資料として、継続観測が必要ね」

 

『継続観測:保存しました』

 

 本編春麗は、もう抗議しなかった。

 

 精神HPは0になる。

 

 処理は落ちる。

 

 反論も止まる。

 

 それでも、ログは残る。

 

 だから、置き場所が必要になる。

 

 青い小箱に入るものもある。

 

 危険封筒で一時的に包むものもある。

 

 春麗会議室でなければ置けないものもある。

 

 それが一番危険で。

 

 一番、春麗たちらしかった。

 




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の断章IFは、精神HPノックアウトそのものを言語化する回です。

一言で言うなら、今回の核は「精神HPノックアウトは、ただ照れているだけではなく、本当に処理が落ちている状態である」という整理です。

これまで本編春麗は、何度もリュウの言葉で精神HPを削られてきました。

届かれた青。
見られた青。
覚えられた青。
聞かれた青。
相打ちの青。
進まれた青。
宿題途中回答ログ。

そのたびに春麗は、青い小箱に入れたり、未承認仮分類にしたり、保留保存にしたりして、どうにか自分の中で整理してきました。

ただ、読者視点ではそれはかなりラブコメ的に見えます。

リュウに見られて照れている。
リュウに覚えられて動揺している。
リュウに「聞かせてくれ」と言われて倒れている。

外から見ると、かなり分かりやすい甘い被弾です。

でも、本人たちにとっては、単なる照れではありません。

今回のエピソードでは、そこを記録板AIが調査しました。

本編春麗の場合、精神HPノックアウトは「分類不能」です。

本編春麗は、自分の感情や出来事を分類することで処理しています。

これは青。
これは未承認。
これは正式回答ではない。
これは宿題途中回答。
これは勝敗とは別。
これは好意とは別。

そうやって分けているから、何とか持ちこたえています。

でも、リュウはその分類を普通につなげてきます。

春麗に合うと思った。
春麗の青の先へ。
聞かせてくれ。
俺が考えたかった。
無事でよかった。

リュウは悪意なく、春麗が分けていたものを一つの線にしてしまう。

その結果、青い小箱が開けられなくなる。
あるいは、閉じられなくなる。
分類できなくなる。

これが本編春麗型の精神HPノックアウトです。

一方、自覚前春麗の場合は「資料化不能」です。

自覚前春麗は、基本的に何でも「資料として」で処理します。

黒ドレスを見たこと。
青武道服を見たこと。
リュウに会ったこと。
リュウがこちらを見たこと。
まだ決めていないこと。
選択前状態であること。

全部、資料として確認できます。

けれど、リュウが短く刺してくると、その資料化が間に合わなくなります。

でも、来た。
まだ決めていない春麗も、春麗だ。

こういう言葉は、資料として逃がす前に本人へ届いてしまう。

すると、「資料として」と言えなくなる。
条件整理とも言えなくなる。
選択前状態とも言えなくなる。

ただ受け取ったことだけが残る。

これが自覚前春麗型の精神HPノックアウトです。

今回、かなり重要だったのは、記録板AIが出した共通項です。

精神HPノックアウトとは、受け取ってしまったものの置き場所が分からなくなる状態である。

これは、かなりこの連作の根幹に近い整理だと思います。

本編春麗には青い小箱があります。
危険封筒があります。
未承認仮分類があります。
春麗会議室があります。

それらは全部、受け取ってしまったものの置き場所です。

リュウの言葉。
試合の結果。
青の変化。
宿題の途中回答。
正式回答前の距離。
見られたこと。
覚えられたこと。
聞かれたこと。

それらをどこに置けばいいのか分からなくなった時、春麗の精神HPは落ちます。

だから、精神HPノックアウトは弱さではありません。

受け取ったものが、それだけ大きいということです。

ここが今回の大事なところです。

精神HPが落ちる春麗は、ただ弱いのではありません。

受け取ってしまっている。

そして、受け取ったものを雑に捨てられない。

だから処理が落ちる。

これは非常に春麗らしいと思います。

今回の記録板AIも、かなり良い働きをしました。

前回の進化疑惑を受けて、今回は実際に「調査」を始めています。

記録板AIは、ただ記録するだけではなくなってきました。

本日の参加者を出す。
議題を立てる。
本人感覚を聞く。
分類する。
共通項を見つける。
そして、本人が嫌がっても保存する。

本編春麗からすればかなり迷惑です。

でも、必要でもある。

この「必要だけど危険」という立ち位置が、記録板AIの強みです。

今回も、本編春麗は思わず記録板AIをリュウにたとえてしまいました。

記録板AIもリュウも、本人の未処理領域を正確に突く。
悪意がない。
必要ではある。
危険。

これは非常に危険な比較です。

本編春麗本人は否定していますが、かなり合っています。

リュウは拳と言葉で春麗に届く。
記録板AIは分類名で春麗に届く。

方向は違いますが、どちらも「正確だから危険」な存在です。

また、今回は行き遅れに恐怖する春麗にも少し触れています。

彼女にとっては、待つことの不安にも置き場所が必要です。

待つことは停止ではない。
でも、待つ不安をどこに置けばいいか分からなくなることはある。

この整理も、今後の彼女の扱いにつながると思います。

今回のエピソードは、派手な試合回ではありません。

リュウも直接は出てきません。

でも、今後の春麗たちを読むうえでかなり重要な回です。

なぜ春麗は精神HPを削られるのか。
なぜ精神HPノックアウトされるのか。
なぜ青い小箱や危険封筒が必要なのか。
なぜ春麗会議室が必要なのか。
なぜ記録板AIが必要なのか。

そこをまとめて整理した回になっています。

そして最後の結論。

精神HPは0になる。
処理は落ちる。
反論も止まる。
それでも、ログは残る。
だから、置き場所が必要になる。

この一文が、今回の到達点です。

精神HPノックアウトは、出来事をなかったことにするためのものではありません。

むしろ逆です。

受け取ってしまったからこそ、残る。
残るからこそ、置き場所が必要になる。

その置き場所を探すために、春麗会議室があり、青い小箱があり、危険封筒があり、記録板AIがいます。

今回の断章IFは、その仕組みを作品内で明確にした回でした。

今後、本編春麗や自覚前春麗が精神HPを削られた時も、単なる照れではなく、「ああ、今これは置き場所が分からなくなっているんだな」と読んでもらえると、より楽しめると思います。

最後に、今回の記録板AIの一言。

「本件は、非常に重要です」

これは、今回は本当にその通りです。

本編春麗も、今回だけは消さなくていいと言いました。

かなり珍しいことです。

それくらい、今回の整理は重要でした。

ただし、記録板AIがまた少し役割を増やしているように見えるので、進化疑惑はさらに深まっています。

本人はあくまで「春麗ログ複雑化への適応」と言うでしょうが。

たぶん、それを進化と言うのだと思います。
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