また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
黒執着春麗の後日談です。
棚の中に、黒がある。
畳まれている。
布紐が添えられている。
勝った黒。
負けた黒。
戻ってきた黒。
選んだ黒。
楽しんだ黒。
準備から始まっていた黒。
リュウを煽って、ギリギリ勝った黒。
その隣には、青がある。
救済後に初めて選んだ青。
黒を捨てずに着た青。
黒を棚に置いたまま、リュウにギリギリ勝った青。
黒執着春麗は、棚の前に立っていた。
朝ではない。
昼でもない。
夕方に近い、少し曖昧な時間だった。
戦う予定はない。
リュウに会う予定もない。
黒を着る予定も、青を着る予定もない。
ただ、棚を見ていた。
黒。
青。
どちらも、そこにある。
どちらも、勝った。
どちらも、ギリギリだった。
黒で勝った時、リュウは片膝をついた。
青で勝った時も、リュウは片膝をついた。
どちらも、最後に立っていたのは自分だった。
けれど、余裕などなかった。
脇腹は痛み、肩は熱を持ち、息は乱れ、足は震えていた。
本当に、あと一歩違えば負けていた。
リュウの拳が半拍早ければ。
自分の蹴りが半拍遅ければ。
見られることにまた揺れていれば。
黒に縋っていれば。
青に戻ったふりをしていれば。
どちらの勝利も、なかった。
春麗は、棚の中の黒を見た。
次に、青を見た。
胸の奥に、じわりと熱が戻る。
勝った時の熱。
最後に立っていた時の熱。
リュウが立てなかった瞬間の熱。
勝者の余裕ではない。
もっと、危険なもの。
喉の奥で、笑いそうになるようなもの。
春麗は、すぐに顔をしかめた。
「……違うわ」
誰に向けた言葉でもない。
「私は、ただ勝ててよかっただけ」
一拍。
「黒でも青でも、戦えると確認できただけ」
さらに一拍。
「別に、ギリギリがよかったわけじゃない」
棚は答えない。
黒も、青も、何も言わない。
だから余計に、自分の言い訳だけが部屋に残った。
春麗は、腕を組む。
「……本当に、違うわ」
声が少し弱かった。
自分でもわかった。
違う、と言えば言うほど、違わない気がしてくる。
黒でリュウに勝った。
青でリュウに勝った。
どちらもギリギリだった。
そのギリギリに、胸が熱くなった。
勝ったことが嬉しい。
それは当然。
でも、それだけではなかった。
リュウが最後まで立とうとしたこと。
リュウの拳がまだ生きていたこと。
こちらも限界だったこと。
どちらが倒れてもおかしくなかったこと。
その上で、自分が一瞬だけ上回ったこと。
その一瞬に、どうしようもなく惹かれている自分がいる。
春麗は、額に手を当てた。
「……最悪」
小さく呟く。
「私、これを楽しいと思っているの?」
答えは、もう出ていた。
楽しかった。
悔しいくらいに。
腹立たしいくらいに。
黒で煽った時も。
青で正面から踏み込んだ時も。
リュウが最後まで見てきた時も。
勝った直後に褒め殺されて精神HPを持っていかれた時でさえ。
嫌ではなかった。
悔しい。
腹立たしい。
危険。
なのに、嫌ではない。
春麗は、棚の中の黒に触れた。
次に、青にも触れる。
「……私は」
一拍。
「リュウに勝ちたかった」
それは知っている。
ずっと知っていた。
「でも、ただ勝てばよかったわけじゃない」
言った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。
それは、救済前からあった本音だった。
ただ勝つだけでは足りなかった。
リュウに見られたい。
リュウに届きたい。
リュウの拳を遅らせたい。
リュウを困らせたい。
リュウに最後まで本気で来させたい。
その上で、勝ちたい。
だから、譲られた勝利などいらなかった。
勝たせてもらうことなど、本当は望んでいなかった。
それなのに。
救済前の自分は、リュウに言った。
私のものだと言うなら、私に勝たせなさい。
春麗は、目を伏せた。
「……ひどいことを言ったわね」
静かな声だった。
今ならわかる。
あれは本心であり、本心ではなかった。
勝たせてほしかったわけではない。
負けるのが怖かった。
黒を返されたら空になると思っていた。
リュウの中に黒を残せなければ、自分が消えると思っていた。
だから、リュウにぶつけた。
勝たせなさい。
私の黒なら、私に勝たせなさい。
けれど、本当に欲しかったのは、そんな勝利ではない。
リュウが最後まで拳を返してくること。
その拳を越えること。
黒でも。
青でも。
ギリギリで。
春麗は、棚の前で小さく息を吐いた。
「私、リュウのせいにしていたのね」
言葉が部屋に落ちる。
重かった。
けれど、以前のように沈まない。
棚の中には、黒と青がある。
戻る場所がある。
だから、言える。
「リュウが見たから」
一拍。
「リュウが残したから」
一拍。
「リュウが返したから」
一拍。
「リュウが私を空にするから」
春麗は、苦く笑った。
「違うわ」
黒い袖に触れる。
「私は、見られたかった」
青い袖に触れる。
「私は、越えたかった」
一拍。
「私は、勝ちたかった」
さらに一拍。
「それも、ぎりぎりで」
言ってしまった。
春麗は、両手で顔を覆った。
「……本当に、最悪」
顔が熱い。
戦ってもいないのに。
リュウに会ってもいないのに。
自分の本音だけで、精神HPが削れている。
棚の中の黒と青が、静かにそこにある。
どちらも、自分が選んだもの。
どちらも、自分が勝ったもの。
どちらも、自分のめんどくささを暴いたもの。
黒を着ていた時。
自分は黒のせいにしていた。
黒でなければ届かない。
黒でなければ残れない。
黒でなければ、リュウを遅らせられない。
黒でなければ、自分が空になる。
でも、青でも勝った。
黒を棚に置いたまま、青でリュウに勝った。
ギリギリで。
なら、黒だけが理由ではない。
青を着ていた時。
自分は青を昔の自分のように扱おうとした。
黒を知る前の春麗。
十連勝していた春麗。
十一戦目で負けた春麗。
でも、救済後の青は違った。
黒を知った後の青だった。
黒を棚に置けるようになった春麗の青だった。
その青でも勝った。
なら、青だけが答えでもない。
春麗は、鏡の前に立った。
黒も青も着ていない。
ただの春麗が映る。
その背後に、少し開いた棚がある。
黒が見える。
青も見える。
どちらもそこにある。
鏡の中の自分は、少し困った顔をしていた。
春麗は、その自分に言う。
「つまり」
一拍。
「服の問題だけじゃなかったのね」
言葉にすると、ひどく当たり前だった。
黒ドレスの戦術は強い。
青武道服の正面性も強い。
どちらも春麗の戦闘服で、どちらもリュウに届く。
けれど、それだけではない。
黒を着る自分。
青を着る自分。
リュウを見ている自分。
リュウに見られたい自分。
勝ちたい自分。
ただ勝つだけでは満足しない自分。
ギリギリで、リュウの拳を越えることに熱くなる自分。
そこに、問題がある。
春麗は、鏡の中の自分を睨んだ。
「……あなた、かなりめんどくさいわね」
鏡の中の春麗は、当然何も答えない。
春麗は続ける。
「黒に縋っていた時は、黒のせいにして」
一拍。
「青を選んだら、青で確認した気になって」
一拍。
「リュウに負ければ、リュウのせいにして」
一拍。
「リュウに勝てば、今度はギリギリが楽しいなんて思う」
言えば言うほど、ひどい。
ひどいが、否定できない。
春麗は、目を伏せた。
「本当に」
一拍。
「めんどくさい女ね、私」
その言葉は、以前のような自嘲だけではなかった。
少し呆れている。
少し恥ずかしい。
少し悔しい。
そして、少しだけ笑っている。
自分がめんどくさい。
それを、ようやく自分のものとして言えた。
黒のせいではなく。
リュウのせいではなく。
勝敗のせいでもなく。
私が、めんどくさい。
春麗は、鏡の中の自分を見たまま、静かに息を吐いた。
「……でも」
一拍。
「嫌いではないのよね」
言ってから、すぐに顔をしかめた。
「それがまた、めんどくさい」
棚を開ける。
黒がある。
青がある。
春麗は、黒を取り出さない。
青も取り出さない。
今日は、どちらも着ない。
ただ、見る。
黒で勝った時のことを思い出す。
リュウを煽った。
リュウを困らせた。
準備段階から見せた。
最後に勝った。
その後、褒め殺された。
青で勝った時のことを思い出す。
黒を棚に置いた。
青で踏み込んだ。
十一戦目を弱さにしないまま、リュウに向かった。
最後に勝った。
そしてまた、褒められた。
どちらもギリギリだった。
どちらも痛かった。
どちらも熱かった。
どちらも、嫌ではなかった。
春麗は、黒と青の間に視線を置く。
「私は」
一拍。
「リュウに、ちゃんと困ってほしかったのね」
言葉が出た。
妙にしっくり来た。
リュウに勝ちたい。
それはある。
だが、勝つだけではない。
困らせたい。
迷わせたい。
見せたい。
見られたい。
最後まで拳を返してほしい。
その上で、自分が一瞬だけ越えたい。
なんて面倒なのだろう。
春麗は、苦く笑った。
「……勝たせなさい、なんて」
一拍。
「本当に、逆のことを言っていたわね」
勝たせてほしくなどなかった。
勝たせられたら、きっと怒った。
譲られたら、きっと傷ついた。
手を抜かれたら、きっと黒も青も全部否定された気がした。
本当は、リュウに全力で来てほしかった。
こちらを見て、迷って、困って、それでも拳を出してほしかった。
そして、それを越えたかった。
だから、ギリギリがいい。
だから、苦しいのに楽しい。
だから、リュウのせいにしていた時も、本当は自分の望みをリュウに押しつけていた。
春麗は、棚に手を置いた。
「……私が悪かった、とはまだ言わないわ」
少しだけ強がる。
「リュウも悪いところはある」
一拍。
「無自覚に見すぎるし」
一拍。
「無自覚に褒めるし」
一拍。
「無自覚に精神HPを持っていくし」
そこは譲れない。
リュウは悪くない、とは言わない。
でも、全部リュウのせいでもない。
それを、ようやく認められる。
「私も、かなり悪いわね」
春麗は、小さく笑った。
「面倒な意味で」
夕方の光が部屋に差す。
棚の中で、黒と青が静かに並んでいる。
春麗は、椅子に座った。
戦う予定もないのに、少し疲れた。
自分の本音を認めるだけで、こんなに疲れるとは思わなかった。
黒を救済する方が重かった。
青を選ぶ方が怖かった。
リュウに勝つ方が痛かった。
それでも、自分がめんどくさいと認めるのは、別の疲れ方をする。
春麗は、天井を見上げる。
「……本編の私も、こんな感じなのかしら」
ふと、そんな言葉が出た。
彼女は春麗会議室を知らない。
そこに、本編春麗がいることも知らない。
自分をめんどくさい女と自覚する春麗が、青のどこかでリュウに精神HPを削られていることも知らない。
それでも、どこかに似た自分がいるような気がした。
めんどくさいと自覚した春麗。
その言葉だけが、どこか遠くから残響のように触れた気がした。
春麗は、少しだけ眉を寄せる。
「……何、今の」
答えはない。
黒ドレス特化救済春麗の残響とは違う。
もっと遠い。
もっと薄い。
けれど、妙に馴染む。
春麗は、苦く笑った。
「まあ、いいわ」
一拍。
「どうせ、私の中の話でしょう」
自分がめんどくさい。
それを認めたからといって、何かが劇的に変わるわけではない。
次もリュウに勝ちたい。
黒でも勝ちたい。
青でも勝ちたい。
煽りたい。
困らせたい。
見られたい。
褒められると精神HPが削れる。
それでも、また戦いたい。
春麗は、棚を見る。
「……本当に、めんどくさい」
でも、今度はその言葉に、少しだけ温度があった。
嫌悪ではない。
諦めでもない。
自分の扱いづらさを、自分の手元に置く言葉。
黒を畳んだ時のように。
青を棚に置いた時のように。
今度は、自分のめんどくささを、棚の前で認めた。
「次に戦う時は」
一拍。
「ちゃんと自覚して行くわ」
春麗は、黒を見た。
青を見た。
「私は、リュウに本気で来てほしい」
一拍。
「その上で、ギリギリ勝ちたい」
さらに一拍。
「そして、勝った後に褒められると困る」
言ってから、顔を覆った。
「最後が一番ひどいわね」
でも、消さなかった。
それも自分だから。
夜。
春麗は、棚の扉を少しだけ閉めた。
完全には閉めない。
黒も青も、少し見える。
今日は、どちらも着なかった。
でも、どちらも見た。
そして、どちらで勝った時も、自分が何を感じていたのかを少しだけ認めた。
ギリギリで勝つ快感。
リュウの拳を越える熱。
リュウを困らせる楽しさ。
リュウに見られる危険。
リュウに褒められる弱さ。
それらを、もう全部リュウのせいにはできない。
リュウは危険。
それは間違いない。
でも、自分も相当めんどくさい。
それも間違いない。
春麗は、鏡の前に立った。
黒でもない。
青でもない。
ただの春麗が映っている。
その春麗は、小さく笑った。
「私は、めんどくさい女ね」
一拍。
「でも」
もう一拍。
「それをリュウのせいだけにはしない」
言い終えて、少しだけ胸が軽くなった。
軽くなったというより、形が見えた。
自分のめんどくささにも、輪郭がある。
勝ちたい。
困らせたい。
見られたい。
越えたい。
褒められると倒れる。
その全部を、笑える日が来るとは思わなかった。
春麗は、棚の方を見る。
「次も勝つわ」
一拍。
「黒でも、青でも」
さらに一拍。
「もちろん、ギリギリでなくてもいいけれど」
少し黙る。
そして、顔をしかめた。
「……でも、ギリギリの方が燃えるのよね」
言ってしまった。
春麗は、深くため息をついた。
「本当に、めんどくさい」
その声は、どこか楽しそうだった。
棚の中で、黒と青が静かに並んでいる。
どちらも、春麗が選んだもの。
そして、どちらで勝っても、結局自分のめんどくささはついてくる。
なら、もう仕方ない。
黒執着春麗は、救済後の自分を、少しだけ受け入れる。
黒を選べる自分。
青を選べる自分。
リュウに勝てる自分。
リュウに精神HPで負ける自分。
ギリギリ勝つことに快感を覚えてしまう自分。
それらを全部、棚の前で認める。
夜が来る。
明日も来る。
次にどちらを着るかは、まだ決めていない。
ただ、次にリュウと向き合う時。
自分はたぶん、また面倒なことを考える。
そして、それを言い訳しながら、勝ちに行く。
春麗は、部屋の灯りを消す前に、もう一度だけ鏡を見た。
「……めんどくさい女で悪かったわね」
誰もいない部屋で、そう呟く。
だが、その声には、以前のような棘はなかった。
それは、少しだけ自分を許した声だった。
Q:今回の妄想章IF後日談について解説して?
A:
今回のエピソードは、救済後の黒執着春麗が、自分自身のめんどくささを認める回です。
一言で言うなら、今回の核は「黒でも青でもリュウに勝ったあと、黒執着春麗がようやく“問題は服だけではなく、自分自身にもある”と認める回」です。
これまでの黒執着春麗にとって、黒はとても大きな意味を持っていました。
黒でなければ届かない。
黒でなければ残れない。
黒でなければリュウを遅らせられない。
黒でなければ、自分が空になってしまう。
そう思っていた春麗が、救済を経て、黒を棚に置けるようになった。
そのうえで、黒で勝った。
さらに、青でも勝った。
ここが非常に重要です。
黒で勝っただけなら、「やはり黒が必要だった」と言えてしまいます。
青で勝っただけなら、「黒を捨てて戻った」と見えてしまうかもしれません。
でも、今回の黒執着春麗は違います。
黒でも勝った。
青でも勝った。
黒を捨てずに、青でも勝った。
黒を棚に置いたまま、青を選べた。
だからこそ、彼女は逃げられなくなります。
問題は、黒だけではなかった。
問題は、青だけでもなかった。
問題は、リュウだけでもなかった。
自分自身が、リュウとギリギリで戦うことに熱くなっている。
ここを認める回になっています。
今回の黒執着春麗は、棚の前に立っています。
黒がある。
青がある。
勝った黒。
負けた黒。
戻ってきた黒。
選んだ黒。
楽しんだ黒。
準備から始まっていた黒。
そして、その隣に青がある。
救済後に初めて選んだ青。
黒を捨てずに着た青。
黒を棚に置いたまま、リュウにギリギリ勝った青。
この棚の描写が、今回の象徴です。
黒も青も、どちらか一方だけが答えではない。
どちらも春麗のものになっている。
どちらも勝利の記憶を持っている。
どちらも、春麗のめんどくささを暴いている。
つまり、棚は単なる衣装置き場ではありません。
黒執着春麗が、自分の黒と青を同じ場所に置けるようになった証拠です。
今回、春麗が一番大きく認めたのは、
「ただ勝てばよかったわけじゃない」
という本音です。
リュウに勝ちたかった。
それは最初からあった。
でも、ただ勝てばよかったわけではなかった。
リュウに見られたい。
リュウに届きたい。
リュウの拳を遅らせたい。
リュウを困らせたい。
リュウに最後まで本気で来させたい。
そのうえで、勝ちたい。
これはかなりめんどくさい欲望です。
譲られた勝利では駄目。
手を抜かれたら傷つく。
勝たせてもらっても満たされない。
でも負けるのは怖い。
リュウに本気で来てほしい。
その拳を越えたい。
しかもギリギリで勝つことに熱くなっている。
ここまで自覚してしまうと、もう黒のせいにも、リュウのせいにもできません。
だから今回の春麗は、自分で言います。
「私、リュウのせいにしていたのね」
これはかなり大きな到達点です。
救済前の黒執着春麗は、リュウに対してかなり重い言葉をぶつけていました。
私のものだと言うなら、私に勝たせなさい。
この言葉は、本心であり、本心ではなかった。
勝たせてほしかったわけではない。
本当は、リュウに最後まで拳を返してほしかった。
その拳を越えたかった。
黒でも青でも、ギリギリで勝ちたかった。
だから「勝たせなさい」は、実は本当の望みとは逆の言葉だったわけです。
ここが今回とても良いです。
黒執着春麗は、ようやく自分の本音を逆向きに言っていたことに気づきます。
勝たせてほしいのではなく、勝ち取りたかった。
譲られたいのではなく、越えたかった。
ここが、救済後の黒執着春麗の大きな成長です。
また、今回の春麗は「めんどくさい女ね、私」と自分で言います。
これは本編春麗の代表的な自己認識でもありますが、黒執着春麗がこの言葉にたどり着いたのが重要です。
以前の黒執着春麗なら、自分のめんどくささを黒やリュウのせいにしていたと思います。
黒が悪い。
リュウが見たから悪い。
リュウが残したから悪い。
リュウが返したから悪い。
リュウが自分を空にするから悪い。
そうやって、自分の中の熱や欲望を外へ押しつけていた。
でも今回、彼女はそれを自分のものとして認めます。
私は見られたかった。
私は越えたかった。
私は勝ちたかった。
それも、ギリギリで。
これはかなり強い自覚です。
そして同時に、かなり恥ずかしい自覚でもあります。
だから春麗は「最悪」と言うし、「本当にめんどくさい」と言う。
でも、最後には少しだけその自分を許しています。
ここが今回の救いです。
今回の「めんどくさい女」は、自嘲だけではありません。
少し呆れている。
少し恥ずかしい。
少し悔しい。
でも、少し笑っている。
自分の扱いづらさを、自分の手元に置く言葉になっています。
黒を棚に置いたように。
青を棚に置いたように。
今度は、自分のめんどくささを棚の前で認めた。
これが今回の到達点です。
また、今回のエピソードでは、本編春麗との遠い響きも少しだけ入っています。
黒執着春麗は春麗会議室を知りません。
本編春麗がいることも、自分をめんどくさい女と自覚する春麗が別の場所にいることも知りません。
それでも、どこかで「めんどくさい女」という言葉が響く。
これは、直接接続ではありません。
あくまで黒執着春麗自身の中から出てきた自己認識です。
ただ、読者目線では、本編春麗と黒執着春麗が別々の場所で同じ言葉に近づいているように見えます。
ここがかなり良いです。
本編春麗は、自分をめんどくさい女と自覚する春麗です。
黒執着春麗も、ようやく自分のめんどくささを自分のものとして認め始めた。
この二人は同じではありません。
本編春麗は青の主人公。
黒執着春麗は黒から戻ってきた春麗。
でも、どちらも春麗です。
そしてどちらも、リュウに対してかなりめんどくさい。
今回の黒執着春麗は、それをようやく自分の口で言えました。
もう一つ重要なのは、今回の春麗がリュウを完全には免罪していないところです。
「リュウも悪いところはある」
「無自覚に見すぎるし」
「無自覚に褒めるし」
「無自覚に精神HPを持っていくし」
ここはかなり春麗らしいです。
全部自分が悪い、とは言わない。
リュウは危険。
それは間違いない。
でも、全部リュウのせいでもない。
このバランスがとても良いです。
以前なら「リュウが悪い」に寄りすぎていた。
今回は「私もかなり悪い」と言える。
ただし、リュウも危険。
この整理が、救済後の黒執着春麗らしい落としどころです。
今回の最後で、春麗は言います。
「私は、リュウに本気で来てほしい」
「その上で、ギリギリ勝ちたい」
「そして、勝った後に褒められると困る」
これは本当にひどいです。
かなりめんどくさい。
でも、非常に正直です。
リュウに本気で来てほしい。
ギリギリで勝ちたい。
でも褒められると精神HPが落ちる。
戦闘員としての欲望と、女性としての被弾と、春麗としてのめんどくささが全部入っています。
ここまで言えた時点で、黒執着春麗はかなり自分を取り戻しています。
救済とは、黒を消すことではありません。
黒を棚に置けるようになること。
青も選べるようになること。
そして、自分のめんどくささも自分のものとして扱えるようになること。
今回のエピソードは、その三つ目に踏み込んだ回でした。
黒を選べる自分。
青を選べる自分。
リュウに勝てる自分。
リュウに精神HPで負ける自分。
ギリギリ勝つことに快感を覚えてしまう自分。
それらを全部、棚の前で認める。
これは、黒執着春麗が「黒から戻ってきた証人」から、さらに一歩進んで「自分のめんどくささも抱えられる春麗」になった回だと思います。
最後の、
「めんどくさい女で悪かったわね」
という一言も良いです。
以前なら、それは棘だったと思います。
でも今回は、少しだけ自分を許した声になっています。
めんどくさい。
でも、それも自分。
黒も青も、自分。
リュウに勝ちたいのも、自分。
褒められると落ちるのも、自分。
そう認められたからこその一言です。
今回のエピソードは、バトル回ではありません。
リュウも直接は出てきません。
でも、黒執着春麗にとってはかなり重要な内面整理回です。
黒でも青でも勝ったあとに、彼女がようやく自分自身の欲望を見る。
勝ちたい。
困らせたい。
見られたい。
越えたい。
ギリギリで燃えたい。
そして、それをリュウのせいだけにはしない。
ここが今回の到達点です。
黒執着春麗は、また少し戻ってきました。
黒から。
青から。
リュウへの執着から。
そして今度は、自分自身のめんどくささの中へ。
そこから逃げずに、少しだけ笑えるようになった。
今回のエピソードは、そういう回だったと思います。