また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
春麗会議室。
本編春麗は、気づけば椅子に座っていた。
正面には、白い記録板。
中央には、新しいログが表示されている。
黒い表紙。
青い付箋。
そして、赤い注意表示。
記録板AIの文字が、いつもより少しだけ鋭く見えた。
『本日の参加者』
『本編春麗』
『自覚前春麗』
『通常救済版春麗』
『行き遅れに恐怖する春麗』
『黒ドレス特化救済春麗』
『記録板AI』
『本日不参加』
『グランドフィナーレ春麗』
『観測対象』
『黒執着春麗』
本編春麗は、表示を見て少しだけ眉を寄せた。
「黒ドレス特化救済春麗も参加なのね」
黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷く。
「黒執着春麗の自己認識ログを扱うなら、黒の専門視点は必要でしょう」
「それは、そうね」
自覚前春麗が、ログの表紙を覗き込む。
「今日の議題は黒執着春麗?」
『はい』
記録板AIが続ける。
『議題』
『黒執着春麗・救済後自己認識ログ』
『内容:黒でも青でもギリギリ勝つ快感を自覚』
『補足:救済前にリュウのせいにしていた部分を再認識』
『最終到達点:自分がめんどくさい女だと改めて思う』
本編春麗は、最後の一文を見た瞬間、完全に固まった。
湯呑みを持った手が止まる。
自覚前春麗が横から覗き込む。
「……あ」
通常救済版春麗が、そっと目を伏せた。
「あら」
行き遅れに恐怖する春麗は、両手で湯呑みを包んだまま、静かに言った。
「これは、管轄が重なる」
黒ドレス特化救済春麗も、少しだけ目を細める。
「黒の話であり、青の話であり、自己認識の話でもあるわね」
本編春麗は、ゆっくり振り向いた。
「待って」
『会議開始』
「まだ始めないで」
『既に全員がログを認識しています』
「認識したくなかったわ!」
記録板AIは淡々と表示を続ける。
『議題詳細:黒執着春麗が“自分がめんどくさい女”と認識した件』
本編春麗は、机に手をついた。
「それは私の領域でしょう!」
会議室が静まり返った。
自覚前春麗が、小さく言う。
「言った」
通常救済版春麗が頷く。
「言ったわね」
行き遅れに恐怖する春麗も頷く。
「かなりはっきり」
黒ドレス特化救済春麗は、少しだけ苦笑する。
「本編春麗にとっては、確かに大きいわね」
『本編春麗:アイデンティティ侵害反応』
「記録しないで!」
『重要です』
「重要だけど!」
本編春麗は、ログを指差した。
「黒執着春麗は、黒の人でしょう?」
『黒ドレス救済ルートを主軸とする観測対象です』
「黒を畳んで、棚に置いて、青も選べるようになって、リュウにギリギリ勝って、精神HPで倒される春麗でしょう?」
『概ね正確です』
黒ドレス特化救済春麗が補足する。
「救済後の黒執着春麗は、黒に使われているのではなく、黒を使えるようになった春麗でもあるわ」
「そこまではいいのよ」
自覚前春麗が首を傾げる。
「いいの?」
「よくはないけれど、受け入れたわ」
『本編春麗:黒執着春麗の外部主人公化を一部受容』
「勝手に保存しない」
『既に類似ログがあります』
「そういうところよ。進化疑惑を通過してから、あなたの分類がさらに鋭くなっているのよ」
『進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です』
「その返答も定型化しているでしょう」
『標準応答です』
「標準応答を持っている時点で怪しいのよ」
自覚前春麗が、軽く咳払いする。
「話を戻しましょう」
本編春麗は、深く息を吸った。
「でも」
一拍。
「自分がめんどくさい女、は私のアイデンティティでしょう!」
記録板AIが即座に表示した。
『本編春麗:めんどくさい女アイデンティティ主張』
「そこは保存しないで」
『重要項目です』
「重要だけど保存しないで!」
自覚前春麗が、口元を押さえている。
本編春麗は、それを見逃さなかった。
「笑っている?」
「笑っていないわ」
「笑っている顔よ」
「少し」
「認めるのね」
「だって、かなり本編春麗らしい反応だから」
本編春麗は椅子に座り直す。
「私は本気よ」
通常救済版春麗が、柔らかく言う。
「わかっているわ」
「本当に?」
「ええ」
「では説明して」
通常救済版春麗は少し考えた。
「あなたにとって、“自分がめんどくさい女だと自覚している”ことは、単なる自虐ではないのよね」
本編春麗は少しだけ表情を整えた。
「ええ」
「自分の感情の重さ、リュウへの被弾、リュウへの宿題正式回答の待機、青を選び直したこと、それらを自覚した上で立っているという意味」
「ええ」
「つまり、本編春麗の中核」
「そうよ」
『本編春麗中核:めんどくさい女自覚』
「保存していいわ」
『保存しました』
自覚前春麗が小さく笑う。
「そこはいいのね」
「ええ。そこは公式認定だから」
『公式認定:本編春麗自己申告』
「余計な補足を足さない」
通常救済版春麗は続ける。
「だから、黒執着春麗が同じ言葉に到達したことで、あなたは自分の場所を取られたように感じた」
本編春麗は、少しだけ黙った。
「……そうね」
行き遅れに恐怖する春麗が静かに言う。
「待っていた場所に、別の春麗が来た感じ」
本編春麗がそちらを見る。
「あなた、本当に刺すわね」
「でも、少し違うと思う」
「何が?」
「黒執着春麗は、あなたの場所を奪ったのではなく、別の道から同じ言葉の近くに来た」
会議室が、少し静かになった。
記録板AIが表示する。
『行き遅れに恐怖する春麗:構造的整理』
『黒執着春麗は本編春麗の領域を奪取したのではなく、別ルートから同系統の自己認識へ到達』
本編春麗は、表示を見て少し顔をしかめた。
「正しいけど、納得しきれないわ」
『本編春麗:理性納得・感情未処理』
「保存しないで」
『保存しました』
「今のは保存しないでと言ったわよね!」
自覚前春麗がログを開いた。
「でも、この黒執着春麗の“めんどくさい女”は、本編春麗のものとは少し違うわよ」
本編春麗がすぐに反応する。
「どう違うの?」
自覚前春麗はログを読み上げる。
「黒でも青でも、ギリギリでリュウに勝つ快感に気づいた」
「ええ」
「ただ勝ちたいだけではない」
「ええ」
「リュウに本気で来てほしい。困ってほしい。見てほしい。迷ってほしい。その上でギリギリ越えたい」
本編春麗は、少しだけ目を細めた。
「……かなり面倒ね」
「でしょう?」
「そこは認めるわ」
『本編春麗:黒執着春麗の面倒度を認定』
「保存していいわ」
『保存しました』
黒ドレス特化救済春麗が、静かに口を開いた。
「黒執着春麗のめんどくささは、黒に沈んでいた頃とは質が違うわ」
本編春麗は、そちらを見る。
「どう違うの?」
「救済前は、リュウに残ること、黒を返されないこと、空っぽにならないことが中心だった」
『はい』
「でも救済後は違う。黒も青も棚にある。そのうえで、リュウの拳をギリギリで越えたい自分を認めている」
黒ドレス特化救済春麗は、ログを指先で示す。
「これは、黒に縋るめんどくささではない。黒を棚に置いた後でも残る、春麗自身のめんどくささよ」
会議室が静まった。
『黒ドレス特化救済春麗:黒依存と自己欲求の分離を確認』
「保存していいわ」
『保存しました』
本編春麗は、小さく息を吐いた。
「つまり、服の問題ではなくなった」
「ええ」
「黒でも青でも、その春麗が面倒」
「ええ」
「……それは、かなり強いわね」
自覚前春麗は続ける。
「黒執着春麗のめんどくささは、勝敗と戦闘快感にかなり寄っている」
「ええ」
「黒や青を選び、リュウの拳をギリギリで越えることに熱を感じる」
「ええ」
「その上で、救済前にリュウのせいにしていたことまで自分のものとして認めた」
「ええ」
「つまり、あれは“戦闘欲と被観測欲と勝利欲のめんどくささ”」
記録板AIが即座に表示する。
『黒執着春麗:戦闘欲・被観測欲・勝利欲複合型めんどくさい女』
本編春麗は、表示を見て固まった。
「分類名が強すぎるわ」
『未承認仮分類です』
「でも、ちょっと合っているのが嫌ね」
通常救済版春麗が、今度は本編春麗を見る。
「一方で、あなたのめんどくささは違う」
本編春麗は、少し背筋を伸ばした。
「どう違うの?」
「あなたは、青を選び直した春麗」
「ええ」
「リュウに届かれた青をなかったことにせず、それでも同じ青ではもう戦わない春麗」
「ええ」
「勝った青、見られた青、覚えられた青を抱えて、甘い宿題の回答を待っている春麗」
本編春麗は、少しだけ顔を赤くした。
「そこまで言わなくてもいいわ」
「でも、そこがあなたのめんどくささよ」
通常救済版春麗は静かに言う。
「あなたのめんどくささは、戦闘だけではなく、待つこと、見られること、覚えられること、答えを急かさないことにある」
行き遅れに恐怖する春麗が頷く。
「待機型めんどくささ」
『本編春麗:青ルート・待機型・自覚済みめんどくさい女』
「待機型って何よ!」
『未承認仮分類です』
「未承認で変な分類を増やさないで!」
自覚前春麗が口を挟む。
「でも、かなり違うわね」
本編春麗は腕を組む。
「違う?」
「黒執着春麗は、“リュウの拳をギリギリで越えたい私って面倒”」
「ええ」
「本編春麗は、“リュウの言葉を待っているわけではないのに待っている私って面倒”」
本編春麗の精神HPが削れた。
「言い方!」
『本編春麗:精神HP低下』
「数値化しないで!」
行き遅れに恐怖する春麗が、そっと手を挙げる。
「今のは私にも刺さった」
『範囲攻撃判定:成立』
「成立させないで」
本編春麗は、ログを見直した。
黒執着春麗の言葉が表示されている。
『私は、リュウに本気で来てほしい』
『その上で、ギリギリ勝ちたい』
『勝った後に褒められると困る』
『私は、めんどくさい女ね』
本編春麗は、その最後の一文を見て、また少し顔をしかめた。
「……やっぱり刺さるわ」
通常救済版春麗が頷く。
「似ているからでしょうね」
「似ている?」
「ええ」
「でも違うのでしょう?」
「違う。でも、根っこにあるものは近い」
本編春麗は黙る。
通常救済版春麗は続けた。
「どちらも、リュウに簡単に扱われたくない」
「……」
「どちらも、ちゃんと見られたい」
「……」
「どちらも、見られると困る」
「……」
「どちらも、自分の欲が面倒だと知っている」
会議室が、静かになった。
記録板AIも、少しだけ表示を止める。
本編春麗は、湯呑みを置いた。
「……そうね」
声は少し小さかった。
「そこは、似ているわ」
自覚前春麗が、少し柔らかく言った。
「だから、アイデンティティを侵害された感じがしたのね」
本編春麗は、苦く笑う。
「ええ」
一拍。
「私だけの面倒くささだと思っていたのよ」
『本編春麗:独占的自己認識の揺らぎ』
「保存しなくていい」
『保存しました』
「もういいわ……」
黒ドレス特化救済春麗が、静かに言う。
「でも、それは悪いことではないわ」
本編春麗は見る。
「なぜ?」
「黒執着春麗が“めんどくさい女”と認めたのは、黒をリュウのせいにしなくなったから」
『はい』
「それは、救済後の到達点としては大きい」
「ええ」
「あなたが“めんどくさい女”と自覚しているのは、青も宿題もリュウへの被弾も、自分のものとして扱っているから」
『はい』
「同じ言葉でも、辿り着いた場所が違う。だから、奪われたのではなく、並んだのよ」
本編春麗は、少し黙った。
「……並んだ」
「ええ」
「それもまた、腹立たしいような、嬉しいような」
『本編春麗:複合感情発生』
「保存していいわ」
『保存しました』
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「でも、共有されたから薄まったわけではない」
本編春麗は、そちらを見る。
「どういうこと?」
「めんどくさい女が増えたから、あなたがめんどくさくなくなるわけではない」
自覚前春麗が吹き出しかけた。
本編春麗は目を細める。
「それ、慰めているの?」
「慰めている」
「本当に?」
「たぶん」
『行き遅れに恐怖する春麗:慰め判定やや不安定』
「記録板AI、そこは黙っていて」
通常救済版春麗が微笑む。
「でも、言いたいことはわかるわ」
本編春麗は、少しだけため息をついた。
「私のめんどくささは、私のもの」
「ええ」
「黒執着春麗のめんどくささは、彼女のもの」
「ええ」
「言葉は同じでも、棚が違う」
通常救済版春麗が頷いた。
「そう。棚が違う」
記録板AIが表示する。
『総括候補:同じ“めんどくさい女”でも、収納棚が異なる』
本編春麗は、表示を見て少しだけ笑った。
「表現が変だけど、悪くないわ」
『保存しますか?』
「保存して」
『保存しました』
自覚前春麗が言う。
「黒執着春麗は、黒と青の棚」
「ええ」
「本編春麗は、青と甘い宿題の棚」
本編春麗が即座に反応した。
「甘い宿題を棚に入れないで」
『甘い宿題:未回答保管中』
「保管しないで!」
行き遅れに恐怖する春麗が静かに言う。
「回答待ち棚」
「あなたまで!」
『回答待ち棚:未承認仮分類』
「却下!」
会議室に、少し笑いが戻った。
本編春麗は額を押さえながらも、少しだけ肩の力を抜いた。
「……まったく」
一拍。
「でも、わかったわ」
全員が見る。
本編春麗は、ログの最後を見た。
「黒執着春麗が“自分がめんどくさい女”に到達したのは、私の領域を奪ったわけではない」
『はい』
「彼女は彼女のルートで、自分の面倒さを自分のものにした」
『はい』
「私は私のルートで、青と甘い宿題とリュウの無自覚高火力により、めんどくさい女を継続している」
『はい』
「最後の言い方」
『事実整理です』
「腹立たしいけど、否定しきれないわ」
通常救済版春麗が優しく言う。
「それでいいと思うわ」
自覚前春麗が頷く。
「むしろ、同じ言葉に別ルートから到達したことで、連作全体のテーマが強くなったのでは?」
本編春麗は少しだけ目を伏せた。
「そうね」
一拍。
「自分がめんどくさいと認めることは、負けではない」
記録板AIが表示する。
『本編春麗:重要発言』
「保存して」
『保存しました』
本編春麗は続けた。
「それは、自分の欲を他人のせいにしないこと」
一拍。
「それでも、リュウの無自覚発言は危険」
『補足保存』
「補足はしていいわ」
『保存しました』
行き遅れに恐怖する春麗が小さく頷く。
「待つ欲も、勝ちたい欲も、見られたい欲も、持っていい」
本編春麗は、少しだけ笑った。
「あなた、今日かなり良いことを言うわね」
『行き遅れに恐怖する春麗:本日評価高』
「保存していいわ」
『保存しました』
黒ドレス特化救済春麗が、静かにログを閉じる。
「黒執着春麗にとっては、これは救済後の大きな一歩よ」
本編春麗は頷く。
「黒でも青でも勝ったあと、ようやく自分のめんどくささに辿り着いた」
「ええ」
「リュウのせいだけにしない」
「ええ」
「でも、リュウが危険なことは否定しない」
「それも春麗らしいわ」
ログは、静かに閉じられていく。
黒執着春麗本人は、ここにいない。
春麗会議室を知らない。
自分が、会議室で本編春麗のアイデンティティを揺らしたことも知らない。
それでも、そのログは確かに届いた。
本編春麗の胸に。
自分だけのものだと思っていた言葉へ。
めんどくさい女。
その言葉は、奪われたのではない。
広がった。
黒の棚へ。
青の棚へ。
甘い宿題の棚へ。
それぞれの春麗が、自分の面倒さを自分の手元に置くための言葉になった。
記録板AIが最後に表示する。
『議題総括』
『黒執着春麗:戦闘欲・被観測欲・勝利欲複合型めんどくさい女』
『本編春麗:青ルート・待機型・自覚済みめんどくさい女』
『黒ドレス特化救済春麗:黒依存と自己欲求の分離を確認』
『結論:アイデンティティ侵害ではなく、同系統語彙の別ルート到達』
『本編春麗精神HP:中程度損耗』
『回復手段:甘味推奨』
本編春麗は、最後の行を見て即座に言った。
「甘味は必要ね」
自覚前春麗も頷く。
「必要ね」
通常救済版春麗が立ち上がる。
「用意するわ」
行き遅れに恐怖する春麗が手を挙げる。
「待つわ」
本編春麗が少し笑った。
「あなたは本当にぶれないわね」
記録板AIが表示する。
『補足:本編春麗のアイデンティティは維持されています』
本編春麗は、それを見て少し黙った。
それから、静かに言った。
「……そこは保存して」
『保存しました』
一拍。
そして、少しだけ胸を張る。
「私は、めんどくさい女と自覚する本編春麗」
『保存しました』
「黒執着春麗が同じ言葉に来ても」
一拍。
「私の青は、私のものよ」
『保存しました』
会議室に、静かな空気が戻った。
黒執着春麗のログは、記録棚へ移された。
見えない奥ではない。
必要なら、また取り出せる場所。
でも、今は一度しまう。
本編春麗は、湯呑みを持ち直した。
「それにしても」
自覚前春麗が見る。
「何?」
本編春麗は、少しだけ苦い顔で言った。
「黒執着春麗が、めんどくさい女としてかなり完成度を上げてきたのは事実よね」
『同意』
「即答しないで!」
会議室に、笑いが起きた。
本編春麗は精神HPを削られた。
アイデンティティも少し揺れた。
けれど、失ってはいない。
むしろ、自分の言葉をもう一度握り直した。
めんどくさい女。
それは、奪われる肩書きではない。
それぞれの春麗が、自分の面倒さを自分のものとして引き受けるための言葉だった。
そう思うと、少しだけ。
本当に少しだけ。
黒執着春麗がそこへ辿り着いたことを、誇らしく思えた。
その直後、記録板AIが表示する。
『本編春麗:誇らしさ検出』
本編春麗は叫んだ。
「そこは検出しなくていいわ!」
また、会議室に笑いが戻った。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
今回の断章IFは、黒執着春麗が「自分もめんどくさい女だった」と認めたことで、本編春麗のアイデンティティが揺れる回です。
一言で言うなら、今回の核は「めんどくさい女という言葉が、本編春麗だけのものではなく、それぞれの春麗が自分の面倒さを引き受けるための言葉になった回」です。
これまで本編春麗にとって、「自分がめんどくさい女だと自覚している」ことはかなり重要な自己認識でした。
単なる自虐ではありません。
リュウへの感情。
青を選び直したこと。
リュウに届かれた青をなかったことにしないこと。
甘い宿題の回答を待っていること。
勝敗とは別に精神HPを削られること。
そういう全部を含めて、自分はめんどくさい女だと分かっている。
それが本編春麗の中核でした。
だからこそ、黒執着春麗が「私は、めんどくさい女ね」と自分で認めたことは、本編春麗にとってかなり大きな衝撃になります。
本編春麗からすると、
「それは私の領域でしょう!」
となるわけです。
これはギャグのようでいて、実はかなり重要な反応です。
本編春麗にとって「めんどくさい女」は、自分の弱さではなく、自分の物語を引き受けるための言葉です。
その言葉に、黒執着春麗が別ルートから到達してきた。
だから、アイデンティティを侵害されたように感じる。
ここが今回の本編春麗側の被弾ポイントです。
ただし、今回の結論としては、黒執着春麗が本編春麗の領域を奪ったわけではありません。
黒執着春麗は、黒執着春麗のルートで「めんどくさい女」に到達しました。
黒でも青でもリュウにギリギリ勝った。
勝たせてほしいわけではなかった。
本当は、リュウに本気で来てほしかった。
困ってほしかった。
見てほしかった。
迷ってほしかった。
その上で、ギリギリ越えたかった。
これは本編春麗のめんどくささとは少し違います。
黒執着春麗のめんどくささは、戦闘欲、被観測欲、勝利欲に強く寄っています。
リュウの拳をギリギリで越えたい。
リュウに本気で来てほしい。
リュウに見られたい。
でも褒められると精神HPが落ちる。
これは、黒執着春麗らしいめんどくささです。
一方、本編春麗のめんどくささは、青と待機に強く関わっています。
青を選び直した。
届かれた青をなかったことにしない。
見られた青、覚えられた青、聞かれた青を抱えている。
そして、甘い宿題の正式回答を待っている。
本編春麗のめんどくささは、リュウの拳をギリギリで越えることだけではなく、リュウの言葉を受け取り、待ち、整理し、それでも認めきれないところにあります。
つまり、同じ「めんどくさい女」でも、棚が違う。
これが今回の大事な整理です。
黒執着春麗は、黒と青の棚。
本編春麗は、青と甘い宿題の棚。
同じ言葉に見えても、それぞれが置いているものは違います。
だから、本編春麗のアイデンティティは奪われていません。
むしろ、黒執着春麗が同じ言葉に辿り着いたことで、「めんどくさい女」という言葉の意味が広がりました。
それぞれの春麗が、自分の欲や感情を他人のせいにせず、自分の手元に置くための言葉になったわけです。
今回、黒ドレス特化救済春麗を参加させたのも重要です。
黒執着春麗の話をする以上、黒の専門視点は必要でした。
黒ドレス特化救済春麗の役割は、黒執着春麗の変化を正確に見ることです。
救済前の黒執着春麗は、黒に縋っていた。
リュウに残ること、黒を返されないこと、空にならないことが中心だった。
でも救済後は違う。
黒も青も棚にある。
黒を選べる。
青も選べる。
そのうえで、リュウの拳をギリギリで越えたい自分を認めている。
つまり、黒に沈んでいた頃のめんどくささではなく、黒を棚に置いた後でも残る、春麗自身のめんどくささになっています。
ここがかなり大きいです。
服の問題ではなくなった。
黒でも青でも、その春麗が面倒。
この整理が入ったことで、黒執着春麗の自己認識はかなり深いものになりました。
また、記録板AIも進化疑惑通過後の状態として動いています。
本日の参加者を表示する。
議題を立てる。
黒執着春麗の到達点を分類する。
本編春麗のアイデンティティ侵害反応を検出する。
めんどくさい女を型別に分類する。
かなり分類精度が上がっています。
本人は「進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です」と言うでしょうが、やっていることはかなり高度です。
特に今回の分類、
「黒執着春麗:戦闘欲・被観測欲・勝利欲複合型めんどくさい女」
「本編春麗:青ルート・待機型・自覚済みめんどくさい女」
これはかなり記録板AIらしい分類です。
言い方はひどい。
でも正確。
だから春麗たちは刺さります。
今回の行き遅れに恐怖する春麗も良い働きをしています。
彼女は「待つことは停止ではない」という位置にいる春麗なので、本編春麗の「甘い宿題回答待ち」に対してかなり鋭く反応できます。
黒執着春麗は動いている。
本編春麗は待っている。
この構造は、本編春麗にとって少し痛い。
でも、待つことは停止ではありません。
待つことも位置取りです。
だから、黒執着春麗が「ギリギリ勝ちたい」というめんどくささに到達した一方で、本編春麗は「答えを待っているわけではないのに待っている」というめんどくささを抱えている。
この対比が今回とても良いです。
今回のエピソードで本編春麗が最終的に認めたのは、
「自分がめんどくさいと認めることは、負けではない」
ということです。
これはかなり重要です。
自分がめんどくさいと認めることは、自分を下げることではありません。
自分の欲を他人のせいにしないこと。
自分の感情を自分のものとして引き受けること。
自分の棚に置くこと。
黒執着春麗は、リュウのせいにしていた部分を自分のものとして認めた。
本編春麗は、青と甘い宿題とリュウの無自覚高火力に揺れる自分を認めている。
どちらも、別ルートで「めんどくさい女」という言葉に辿り着いています。
だから、これはアイデンティティ侵害ではありません。
同系統語彙の別ルート到達です。
記録板AIらしい言い方をするなら、そういう整理になります。
そして、今回の最後に本編春麗はもう一度、自分の言葉を握り直します。
「私は、めんどくさい女と自覚する本編春麗」
「黒執着春麗が同じ言葉に来ても」
「私の青は、私のものよ」
ここが今回の到達点です。
黒執着春麗が同じ言葉に辿り着いても、本編春麗の青は奪われません。
本編春麗のめんどくささは、本編春麗のもの。
黒執着春麗のめんどくささは、黒執着春麗のもの。
同じ言葉でも、置かれている棚が違う。
だから、本編春麗のアイデンティティは維持されています。
ただし、黒執着春麗がめんどくさい女としてかなり完成度を上げてきたのは事実です。
ここは本編春麗も認めざるを得ない。
そして、そのことを少しだけ誇らしく思ってしまう。
ここがまた本編春麗らしいところです。
焦る。
刺さる。
自分の領域を侵害された気がする。
でも、黒執着春麗がそこまで戻ってきたことを少し誇らしく思う。
その複合感情が、今回の本編春麗の味です。
今回の断章IFは、黒執着春麗の自己認識ログをきっかけに、本編春麗自身の自己認識をもう一度確認する回でした。
黒執着春麗は、黒と青の棚で「めんどくさい女」に辿り着いた。
本編春麗は、青と甘い宿題の棚で「めんどくさい女」を握り直した。
それぞれの春麗が、自分の面倒さを自分のものとして引き受ける。
この連作における「めんどくさい女」という言葉が、かなり強くなった回だったと思います。