また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
眠りの底で、青い小箱の蓋が閉じる音がした。
実際に音がしたわけではない。
けれど、本編春麗はその気配を覚えている。
黒の後の青。
宿題のこと。
青を選び直したこと。
相打ちのこと。
進まれた青のこと。
黒執着春麗が青でも勝ったこと。
最近黒ドレスを着ていない理由。
そして、リュウへの宿題の正式回答。
まだ来ていない答え。
待っている答え。
急がない。
でも、逃げない。
答えを奪わない。
自分の場所も捨てない。
そう整理したはずの言葉たちが、眠りの奥で少しずつ重なっていく。
気づけば、そこは春麗会議室だった。
白い床。
円卓。
湯呑み。
記録板AI。
そして、中央に置かれた青い小箱。
本編春麗は、自分の席に座っていた。
今日は青武道服ではない。
黒ドレスでもない。
会議室用の、どちらでもない姿。
ただし、机の上には青い小箱がある。
つまり、今日の本編春麗は、まだリュウへの宿題正式回答待ちの位置にいる。
答えを待ちながら、自分の中に増えたものを整理している。
記録板AIが、いつものように表示を出した。
『会議開始』
『本日の参加者』
『本編春麗』
『自覚前春麗』
『通常救済版春麗』
『行き遅れに恐怖する春麗』
『黒ドレス特化救済春麗』
『記録板AI』
『本日不参加』
『グランドフィナーレ春麗』
『観測対象』
『黒執着春麗』
本編春麗は、その表示を見て、少しだけ眉を寄せた。
「……黒ドレス特化救済春麗も参加なのね」
黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷いた。
「当然でしょう」
「当然?」
「黒執着春麗の黒と、黒の煽り戦術に関するログなら、私の管轄でもあるわ」
自覚前春麗が、少しだけ納得したように言う。
「確かに」
通常救済版春麗も頷く。
「今回は黒執着春麗の回復状態も見ることになるものね」
『参加理由補足』
『黒ドレス特化救済春麗は、黒執着春麗の黒の扱い、黒ドレス戦術、救済後の黒の安定度確認のため参加しています』
本編春麗は、記録板を見た。
「……最近、本日の参加者表示だけでなく、参加理由まで補足するようになったの?」
『読者および参加者の混乱防止のためです』
「便利すぎない?」
『春麗ログ複雑化への適応です』
自覚前春麗が、湯呑みを置きながら言う。
「出たわね。便利な説明」
『事実です』
「進化ではなく?」
『進化ではありません』
本編春麗は、記録板を見つめる。
「では、なぜ先に観測対象まで整理して表示できるの?」
『必要だからです』
「必要だからで済ませるの、だいぶ危険よ」
『記録板AIの深化疑惑については、別議題で扱うことを推奨します』
「自分で議題候補に逃がしたわね」
『逃避ではありません。議題分離です』
黒ドレス特化救済春麗が、少しだけ笑った。
「その返答速度も、だいぶ怪しいわね」
『春麗ログ複雑化への適応です』
「便利ね」
『はい』
「認めないで」
通常救済版春麗が、場を戻すように言う。
「それで、今日は黒執着春麗の新しいログなのね」
『はい』
記録板AIの表示が切り替わる。
『本日の議題』
『黒執着春麗・救済後思考ログの確認』
『補足』
『本編春麗は現在、リュウへの宿題の正式回答待ち状態です』
『そのため、本件は本編春麗の青い小箱および待機中思考との関連を含めて確認します』
本編春麗は、嫌な予感を覚えた。
「待って」
『はい』
「今、私の青い小箱と関連すると言った?」
『はい』
「黒執着春麗のログなのに?」
『はい』
「本人はここにいないのよね?」
『はい。黒執着春麗は春麗会議室を認知していない独立枠です』
「そこは大事ね」
『重要事項として表示済みです』
「本当に表示がうまくなっているわね」
『春麗ログ複雑化への適応です』
「やっぱり進化疑惑があるのよ」
自覚前春麗が、少しだけ身を乗り出す。
「それで、黒執着春麗の何のログ?」
記録板AIが、中央に新しいログ束を表示する。
黒い表紙。
青い付箋。
そして、注意表示。
『黒執着春麗・救済後思考ログ』
『内容:次回の青武道服/黒ドレス戦におけるリュウへの煽り文句を検討』
『補足:本人、自分で「何を考えているの」と突っ込みつつ、考えるのをやめられない状態』
本編春麗は、表示を見た瞬間、湯呑みを置いた。
「待って」
自覚前春麗が、横から覗き込む。
「何?」
「今、煽り文句を検討って書いてなかった?」
『はい』
「青武道服と黒ドレスで?」
『はい』
「次回のリュウ戦に向けて?」
『はい』
「自分で突っ込みながら?」
『はい』
「でも考えるのをやめられない?」
『はい』
本編春麗は、ゆっくり額に手を当てた。
「……これは、かなりまずいわ」
通常救済版春麗が、静かにお茶を置く。
「まずいの?」
「まずいわ」
行き遅れに恐怖する春麗が、湯呑みを持ったまま言う。
「待機中に次の言葉を準備している」
本編春麗がそちらを見る。
「あなた、また管轄が広いわね」
「待っている時間に何を考えるかは、大事」
『行き遅れ春麗:待機中思考の重要性を指摘』
「保存していいわ」
『保存しました』
本編春麗は、そこで一度青い小箱へ視線を落とした。
自分も、待っている。
リュウの宿題への正式回答を。
そして待っている間に、話すことが増えている。
話さないことも増えている。
自分が何を返すかも、少しずつ考えてしまっている。
だから、黒執着春麗の「次の煽り文句を考えている」ログを、完全に他人事にはできない。
「……嫌な接続をしてくるわね」
『接続ではありません。構造的類似です』
「それを接続と言うのよ」
自覚前春麗が、ログを開く。
中央に、黒執着春麗の棚が投影される。
黒ドレス。
青武道服。
どちらも畳まれている。
その前で黒執着春麗が、次の試合を想像しながら自分に突っ込んでいる。
『黒用候補』
『全部見ようとすると、遅れるわよ』
会議室が静まり返った。
本編春麗は、ゆっくりログから目を逸らした。
「……一回閉じましょう」
自覚前春麗が頷く。
「ええ」
通常救済版春麗も頷く。
「一度、閉じた方がいいわ」
けれど、黒ドレス特化救済春麗だけは、少し違った。
彼女はログを見たまま、静かに言った。
「いいセリフね」
本編春麗は、勢いよく顔を上げた。
「そこで褒めるの!?」
「褒めるわ」
黒ドレス特化救済春麗は、落ち着いて続けた。
「黒執着春麗が、この言葉を考えられるようになったのは大きい」
「大きい?」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗は、黒いログの方を見る。
「以前の彼女なら、“全部見ようとすると、遅れるわよ”とは言えなかった」
本編春麗は黙る。
「見られることに追い詰められていたから」
通常救済版春麗が頷く。
「見られることが、まだ傷の側だったのね」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗は続ける。
「今は違う。リュウが全部見ようとすることを、戦術として取ろうとしている」
一拍。
「これは、見られることを怖がる段階から、見られることを使う段階へ移った証拠よ」
『黒ドレス特化救済春麗:黒戦術評価』
『対象セリフ:全部見ようとすると、遅れるわよ』
『評価:良いセリフ』
『理由:リュウの視線を恐怖ではなく戦術資源として扱えている』
本編春麗は、記録板と黒ドレス特化救済春麗を交互に見る。
「……良いセリフ、なのね」
「ええ」
「精神HPには悪いわよ」
「それはそうね」
「認めるのね」
「良いセリフほど、精神HPに悪い場合はあるわ」
『発言信頼度:高』
「そこは高にしないで」
自覚前春麗が、少し頬を押さえる。
「でも、今のはかなり良い煽りね」
本編春麗が即座に反応する。
「良いと言わないで」
「だって、黒執着春麗らしいわ」
「だから問題なのよ!」
本編春麗は、ログを指差した。
「黒を見てくるリュウに対して、“全部見ようとすると、遅れるわよ”よ?」
『はい』
「リュウが全部見ようとする前提で煽っているのよ?」
『はい』
「しかも、それが戦術として成立するのよ?」
『はい』
「そして本人は“何を考えているの、私は”って突っ込みながら候補として認めているのよ?」
『はい』
本編春麗は机に両手をついた。
「めんどくささの完成度が上がっているわ!」
『黒執着春麗:救済後めんどくささ精度向上』
「分類しないで!」
『未承認仮分類です』
「未承認でも出さないで!」
黒ドレス特化救済春麗が、少しだけ笑った。
「でも、めんどくささの質は変わったわ」
本編春麗はそちらを見る。
「質?」
「以前の黒執着春麗のめんどくささは、黒に沈む危険を含んでいた」
「ええ」
「今は、自分で“何を考えているの”と突っ込みながら、それでも勝つために言葉を考えている」
「ええ」
「これは危険ではあるけれど、崩壊ではない」
一拍。
「回復したからこその面倒さよ」
通常救済版春麗が、柔らかく言う。
「良い変化でもあるわね」
本編春麗はそちらを見る。
「良い変化?」
「ええ。救済前なら、彼女はリュウに見られることに追い詰められていた」
「ええ」
「今は、リュウが全部見ようとすることを戦術に使おうとしている」
「ええ」
「つまり、見られることに耐えるだけでなく、見られることを使えるようになっている」
本編春麗は、少し黙った。
「……それは、そうね」
『通常救済版春麗:構造分析』
『見られる恐怖から、見られることの戦術化へ移行』
「それは保存していいわ」
『保存しました』
自覚前春麗が、次のログを読む。
『青用候補』
『黒がないから見やすいと思った? 残念ね。今日は、正面から速いわよ』
今度は、本編春麗が椅子から半分立ち上がった。
「青まで!」
会議室に、少しだけ緊張が走る。
本編春麗はログを見つめたまま、震える声で言った。
「青まで使い始めたわ……」
自覚前春麗が、少し面白そうに言う。
「青は本編春麗の主戦場だものね」
「そうよ!」
本編春麗は即答した。
「黒執着春麗が黒でリュウを煽るのは、まだわかるわ。彼女の黒だから」
『はい』
「でも、青で“黒がないから見やすいと思った? ”は危険でしょう!」
『危険度:高』
「危険度を出さないで!」
行き遅れ春麗が、ぽつりと言う。
「青に黒の記憶を持ち込んでいる」
本編春麗がそちらを見る。
「そう。それが問題なのよ」
通常救済版春麗は頷く。
「黒を捨てた青ではなく、黒を棚に置いた青」
「ええ」
自覚前春麗が続ける。
「黒を知っている青」
本編春麗は、胸を押さえた。
「その言葉も刺さるのよ」
『本編春麗:青領域被弾』
「記録しないで」
『重要です』
「重要だけど!」
黒ドレス特化救済春麗は、青用候補のログを静かに見ていた。
「この青のセリフも、悪くないわ」
本編春麗は、今度こそ本気で振り向いた。
「そこも褒めるの!?」
「ええ」
「黒ドレス特化救済春麗なのに?」
「黒だけを見る役ではないわ。黒を棚に置けるようになった春麗が、青をどう選んでいるかを見る役でもある」
本編春麗は、言葉に詰まった。
黒ドレス特化救済春麗は続ける。
「この青は、黒をなかったことにしていない」
「……ええ」
「黒を着ていないことを、弱さにしていない」
「ええ」
「むしろ、黒がないことを相手の読みとして使う」
一拍。
「黒を棚に置いた青としては、かなり良い」
『黒ドレス特化救済春麗:青用候補評価』
『対象セリフ:黒がないから見やすいと思った? 残念ね。今日は、正面から速いわよ』
『評価:良いセリフ』
『理由:黒を否定せず、黒がない状態を青の速度と正面性へ変換している』
本編春麗は、しばらく黙った。
そして、ぽつりと言った。
「……褒められると、余計に腹立たしいわね」
『本編春麗:黒執着春麗ログへの複合感情を確認』
「確認しないで」
『重要です』
「重要なのは分かっているけれど」
自覚前春麗は、ログを指でなぞる。
「でも、これは本編春麗の青とは違うわよ」
本編春麗は、少し鋭く言う。
「どう違うの?」
「本編春麗の青は、“届かれた青をなかったことにせず、戻って選び直した青”」
「ええ」
「黒執着春麗の青は、“黒を棚に置けるようになったことで選べる青”」
「ええ」
「だから同じ青でも、出発点が違う」
記録板AIが表示する。
『青ルート差分』
『本編春麗:戻って選び直した青』
『黒執着春麗:黒を棚に置いて選べる青』
本編春麗は、表示を見て少しだけ息を吐いた。
「……整理されると少し落ち着くわね」
『精神HP微回復』
「そこは黙っていて」
通常救済版春麗が微笑む。
「でも、落ち着いたところで、もう一つ問題があるわ」
本編春麗は嫌な予感がした。
「何?」
「黒執着春麗は、煽り文句を考えながら、想像上のリュウにも精神HPを削られている」
自覚前春麗が頷く。
「そこが一番ひどいわね」
行き遅れ春麗も頷く。
「待機中に想像だけで被弾」
『想像上リュウによる精神HP損耗』
本編春麗は、両手で顔を覆った。
「それは私にもわかるのよ……」
会議室が一瞬、静かになった。
自覚前春麗がゆっくり本編春麗を見る。
「わかるの?」
本編春麗は顔を覆ったまま言う。
「わかるわよ」
通常救済版春麗が、少しだけ目を細める。
「本編春麗も、想像上のリュウに削られることがあるのね」
「……あるわよ」
『本編春麗:想像上リュウ被弾経験あり』
「記録しないで!」
『重要です』
「重要だけど、しないで!」
行き遅れ春麗が静かに言う。
「回答待ちの間に、想像上の回答で削られることがある」
本編春麗は、机に突っ伏した。
「あなた、本当に管轄が広すぎるのよ」
『行き遅れ春麗:回答待機中の想像被弾を指摘』
「保存していいわ……」
『保存しました』
自覚前春麗がログを読み上げる。
『黒の場合』
『全部見ようとすると、遅れるわよ』
『見えているなら、追いついてみなさい』
『青の場合』
『黒がないから見やすいと思った? 残念ね。今日は、正面から速いわよ』
本編春麗は、突っ伏したまま言う。
「読み上げないで」
「かなり良いわ」
「良いと言わないで」
黒ドレス特化救済春麗が、さらりと言う。
「でも、良いわ」
「あなたまで重ねないで!」
「だって、どちらもリュウに効くと思うもの」
「効くでしょうね」
本編春麗は顔を上げた。
「そして、リュウは効いたうえで、絶対に何か返してくる」
『予測:高確率』
「予測しないで」
『未来予測ではありません。過去ログに基づく反応傾向です』
本編春麗は、ぴたりと止まった。
「……今の言い方」
『はい』
「未来予測は禁止だけど、過去ログに基づく反応傾向なら出せる、という整理?」
『はい』
自覚前春麗が、記録板を見る。
「やっぱり進化していない?」
『春麗ログ複雑化への適応です』
「その返しも早いのよ」
通常救済版春麗が、少し笑う。
「それで、過去ログに基づく反応傾向では、リュウは何と言いそうなの?」
本編春麗は、慌てて手を上げた。
「待って。聞かなくていい」
自覚前春麗が言う。
「黒なら」
一拍。
「全部見る」
本編春麗の精神HPが削れる。
「やめて」
通常救済版春麗が続ける。
「青なら」
一拍。
「黒がなくても、春麗は見える」
本編春麗は机に戻った。
「やめてと言ったでしょう……」
『会議室全体精神HP:中程度損耗』
「だから数値化しないで」
黒ドレス特化救済春麗が、少しだけ目を伏せる。
「でも、たぶん言うわね」
本編春麗は、机に突っ伏したまま低く言った。
「追撃しないで……」
行き遅れ春麗が湯呑みを見つめる。
「想像なのに、もう危険」
本編春麗は、ぐったりしながら頷く。
「そうなのよ」
一拍。
「リュウは、想像上でも危険なのよ」
『リュウ無自覚高火力:想像上でも有効』
「保存しないで」
『保存しました』
「もういいわ……」
少しだけ笑いが起きた。
けれど、本編春麗の顔は真剣だった。
「でも、ここで大事なのは」
全員が見る。
本編春麗は、黒執着春麗のログを指差す。
「あの子が、自分で自分に突っ込めていることよ」
通常救済版春麗が頷く。
「ええ」
「“何を考えているの、私は”と言える」
「ええ」
「“私は本当にめんどくさい女ね”と言える」
「ええ」
「それでもやめられない」
「ええ」
「つまり、もう黒に呑まれているのではなく、自覚したうえで面倒なことをしている」
『黒執着春麗:自覚的めんどくささ段階へ移行』
本編春麗は、表示を見て少しだけ苦い顔をした。
「自覚的めんどくささ……」
黒ドレス特化救済春麗は、静かに頷いた。
「そこまで来たのなら、大丈夫ね」
本編春麗が、少し驚いたように見る。
「大丈夫なの?」
「少なくとも、黒に呑まれている状態ではないわ」
一拍。
「自分で突っ込める。考えていることを面倒だと分かっている。それでも、勝つための言葉として扱えている」
黒ドレス特化救済春麗は、黒いログ束を見る。
「煽り文句を考えられるくらい、メンタルが回復している」
会議室が少し静かになった。
通常救済版春麗が、やわらかく頷く。
「そうね。これは、回復のログでもあるわ」
自覚前春麗が笑う。
「また本編春麗の領域に近いわね」
本編春麗は即座に言う。
「そこなのよ!」
『本編春麗:再被弾』
「記録しないで!」
通常救済版春麗が、なだめるように言う。
「でも、これは侵害ではなく、同系統の成長よ」
本編春麗は腕を組む。
「わかっているわ」
「本当に?」
「理屈では」
『理性納得・感情未処理:再発』
「再発って言わない!」
行き遅れ春麗が静かに言う。
「黒執着春麗は、次の言葉を考えている」
「ええ」
「本編春麗は、次の回答を待っている」
本編春麗の動きが止まる。
「……」
「どちらも、まだ来ていないリュウに精神HPを削られている」
会議室が静かになった。
自覚前春麗が小さく言う。
「それはかなり本質ね」
『行き遅れ春麗:本質発言』
「保存していいわ……」
『保存しました』
本編春麗は、ゆっくり息を吐いた。
「そうね」
一拍。
「黒執着春麗は、次の煽り文句を考えている」
一拍。
「私は、次の返答を待っている」
一拍。
「どちらも、まだ起きていないリュウに削られている」
『総括候補:未発生リュウ被弾』
「変な名前にしないで」
『未承認仮分類です』
「却下」
通常救済版春麗が、穏やかに笑った。
「でも、少し安心したのでは?」
本編春麗はそちらを見る。
「安心?」
「黒執着春麗が遠くで強くなっているだけではなく、同じように面倒な方向で被弾しているとわかったから」
本編春麗は少し考えた。
「……そうね」
自覚前春麗が笑う。
「競争相手ではあるけれど、同じ春麗でもある」
「ええ」
黒ドレス特化救済春麗が付け加える。
「ただし、黒執着春麗のログは黒執着春麗のものよ」
本編春麗は頷いた。
「分かっているわ」
「青い小箱に勝手に入れない」
「ええ」
「でも、参照はできる」
「ええ」
「それでいい」
行き遅れ春麗が頷く。
「待機中に考えすぎる春麗」
本編春麗は苦笑した。
「それは複数いると面倒ね」
『複数春麗による待機中過剰思考問題』
「保存しないで」
『保存しました』
「もう……」
会議室に、ようやく少し軽い空気が戻る。
ログは続いている。
黒執着春麗が棚の前で、黒用と青用の煽り文句を考え、顔を覆い、自分に突っ込み、それでも候補を消せない。
その姿を見て、本編春麗は少しだけ目を細めた。
「……でも、良いと思うわ」
自覚前春麗が見る。
「何が?」
「煽り文句を考えるくらい、元気になったということでしょう」
通常救済版春麗が頷く。
「ええ」
「黒に縋っていた頃なら、考えられなかった」
「ええ」
「青に戻ることが怖かった頃なら、青用の煽りなんて出てこなかった」
「ええ」
「今は、黒でも青でも、リュウを困らせる言葉を考えている」
一拍。
「本当に、回復したのね」
黒ドレス特化救済春麗が、静かに言う。
「ええ。よく戻したわね」
本編春麗は、その言葉に少しだけ目を伏せた。
「あなたが言うと、重いわね」
「黒を取り上げなかったからこそ、ここまで来たのよ」
一拍。
「黒を着ることも、青を選ぶことも、今は彼女の手元にある」
記録板AIが表示する。
『本編春麗:黒執着春麗の回復を認定』
『黒ドレス特化救済春麗:黒執着春麗の黒戦術回復を認定』
『通常救済版春麗:救済後安定を確認』
本編春麗は、少しだけ笑った。
「保存して」
『保存しました』
「ただし」
『はい』
「めんどくささの方向性がかなり危険」
『保存しました』
「早いわね」
『重要です』
「ええ、重要よ」
自覚前春麗が、面白そうに言う。
「本編春麗も、次の青用の一言を考える?」
本編春麗は固まった。
「……考えないわ」
『反応遅延』
「検出しない」
「本当に?」
自覚前春麗がさらに聞く。
本編春麗は目を逸らす。
「考えない」
『視線逸らし検出』
「検出しないで!」
行き遅れ春麗が静かに言う。
「考えてもいいと思う」
本編春麗がそちらを見る。
「あなたまで?」
「待つだけではなく、言葉を用意してもいい」
通常救済版春麗が頷く。
「それはあるわね」
黒ドレス特化救済春麗も、静かに言う。
「準備は、悪いことではないわ」
本編春麗は、嫌そうにそちらを見た。
「あなたが言うと、黒の戦術に聞こえるのよ」
「言葉も間合いよ」
「やっぱりそう言う!」
本編春麗は、少しだけ黙った。
そして、小さく言う。
「……別に、回答を急かすためではないわよ」
『甘い宿題関連発言検出』
「まだ何も言っていない!」
『予兆です』
「予兆を取らないで!」
自覚前春麗が笑う。
「本編春麗も考えているのね」
「考えていないわ」
「少しは?」
「……少しだけ」
『本編春麗:次回青ルート発言候補検討開始』
「保存しないで!」
『保存しました』
「だから!」
会議室に笑いが広がった。
黒執着春麗のログは、記録棚へ送られていく。
本人はここにいない。
春麗会議室も知らない。
それでも、彼女のログはまた本編春麗を揺らした。
今回は、危機感だけではない。
少しの安心。
少しの対抗意識。
少しの共感。
そして、本編春麗自身も次の言葉を考えてしまいそうになる危険。
記録板AIが最後に表示した。
『議題総括』
『黒執着春麗:青黒別煽り文句検討段階へ移行』
『黒ドレス特化救済春麗:当該セリフを良いセリフとして評価』
『黒執着春麗:見られる恐怖から、見られることの戦術化へ移行』
『黒執着春麗:煽り文句を考えられる程度にメンタル回復』
『本編春麗:リュウへの宿題正式回答待ち中』
『本編春麗:被弾しつつも、次回青ルート発言への意識が発生』
『共通項:未発生リュウへの過剰思考』
『会議室判定:めんどくさい女系列の増殖』
本編春麗は即座に叫んだ。
「系列化しないで!」
『未承認仮分類です』
「未承認なら出さない!」
通常救済版春麗が、お茶を注ぎ直す。
「甘味も必要ね」
自覚前春麗が頷く。
「今回はかなり必要ね」
行き遅れ春麗が手を挙げる。
「待つわ」
本編春麗は、少しだけ笑った。
「本当に、あなたはぶれないわね」
黒ドレス特化救済春麗が、黒いログ束の消えた場所を見て、静かに言った。
「次に黒を着る時、彼女はまた面倒になるでしょうね」
本編春麗は、ため息をつく。
「でしょうね」
「でも、それはもう崩壊ではない」
「ええ」
「勝つための面倒さよ」
本編春麗は、少しだけ黙った。
それから、頷いた。
「……そこは、認めるわ」
記録板AIが表示する。
『補足:本編春麗が次に何を言うかは未確定』
本編春麗は、記録板を見た。
「当然よ」
一拍。
「私は、煽り文句を事前に準備するような春麗ではないわ」
自覚前春麗が、そっと言う。
「本当に?」
本編春麗は、少しだけ黙った。
「……準備ではなく、心構えよ」
『本編春麗:言い換え発生』
「記録しないで!」
会議室に、また笑いが戻った。
黒執着春麗は、棚の前で次の煽りを考えている。
本編春麗は、会議室で次の言葉を考えないふりをしている。
どちらも、まだ来ていないリュウに振り回されている。
その事実は、少し悔しくて、少しおかしくて、かなり春麗らしかった。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
今回の核は、「黒執着春麗が、黒でも青でもリュウをどう困らせるかを考えられる段階まで回復していることを、春麗会議室が確認する」ことでした。
黒執着春麗本人は、春麗会議室には参加していません。
ここはかなり重要です。
黒執着春麗は、春麗会議室を認知していない独立枠の春麗です。
会議室のメンバーではなく、観測対象です。
ただし、そのログは春麗会議室に届く。
そして、そのログが本編春麗を揺らす。
この距離感が、今後の黒執着春麗の立ち位置になります。
今回のログでは、黒執着春麗が次のリュウ戦に向けて、黒用と青用の煽り文句を考えています。
黒なら、
「全部見ようとすると、遅れるわよ」
青なら、
「黒がないから見やすいと思った? 残念ね。今日は、正面から速いわよ」
この二つが非常に重要です。
まず黒のセリフ。
これは、リュウが黒も春麗も全部見ようとすることを前提にした煽りです。
以前の黒執着春麗にとって、リュウに見られることは傷でした。
見抜かれる。
返される。
残したはずの黒を、自分の側へ戻される。
そういう恐怖がありました。
でも今は違います。
リュウが全部見ようとするなら、その誠実さを半拍遅れに変える。
見られることを恐れるのではなく、見られることを戦術として使う。
これはかなり大きな変化です。
今回、黒ドレス特化救済春麗も会議に参加しています。
黒執着春麗の黒の扱い。
黒ドレス戦術。
救済後の黒の安定度。
そして、黒の煽りが崩壊ではなく戦術として機能しているか。
これを評価するには、黒ドレス特化救済春麗がいるべきです。
今回、彼女は「いいセリフね」と評価します。
これは単に煽りが上手いという意味ではありません。
黒執着春麗が、見られることを傷として受ける段階から、見られることを戦術資源として扱う段階へ移った、という評価です。
そして、それは救済の成果でもあります。
黒を取り上げなかった。
黒を否定しなかった。
黒をリュウの中だけに置かせなかった。
黒を春麗自身の手元へ戻した。
その結果、黒執着春麗は黒で煽れるようになった。
これはかなり大きいです。
次に、青のセリフ。
「黒がないから見やすいと思った? 残念ね。今日は、正面から速いわよ」
これは本編春麗にも刺さるセリフです。
青は本編春麗の主戦場です。
本編春麗の青は、届かれた青をなかったことにせず、戻って選び直した青。
リュウへの宿題の正式回答へ向かう青です。
一方、黒執着春麗の青は、黒を棚に置けるようになったことで選べる青です。
同じ青でも、出発点が違う。
今回の会議ではそこを整理しています。
黒執着春麗の青は、黒を捨てた青ではありません。
黒を知らない青でもありません。
黒を棚に置いたうえで選べる青です。
だからこそ、「黒がないこと」すら戦術にできる。
黒がないから見やすいと思った?
でも、今日は正面から速い。
これは救済後の青として、かなり綺麗な形だと思います。
そして、この青のセリフについても、黒ドレス特化救済春麗が評価します。
黒ドレス特化救済春麗は、黒だけを見る役ではありません。
黒を棚に置けるようになった春麗が、青をどう選んでいるかを見る役でもあります。
だから彼女は、青のセリフも「悪くない」と認める。
黒を否定せず、黒がない状態を青の速度と正面性へ変換している。
この評価が入ることで、黒執着春麗の青は、黒から逃げた青ではなく、黒を置いたうえで選んだ青として整理されます。
今回のもう一つの核は、本編春麗との接続です。
本編春麗は、現在リュウへの宿題の正式回答待ちです。
まだ答えは来ていない。
でも、青い小箱には話すことが増えている。
話さないことも増えている。
正式回答の後、自分が何を返すかも少しずつ考えてしまっている。
つまり、本編春麗も待機中に考えすぎている春麗です。
そこへ、黒執着春麗が次のリュウ戦の煽り文句を考えているログが来る。
黒執着春麗は、次の言葉を考えている。
本編春麗は、次の回答を待っている。
どちらも、まだ来ていないリュウに精神HPを削られている。
ここが今回の会議のかなり大事なところです。
リュウ本人はこの場にいません。
それなのに、想像上のリュウが危険です。
黒執着春麗は、煽り文句を考えながら、想像上のリュウの返答で削られる。
本編春麗も、宿題の正式回答を待ちながら、想像上のリュウの回答で削られる。
この「未発生リュウ被弾」は、かなり春麗たちらしい現象です。
記録板AIがすぐ分類しようとするのも含めて、非常にこの連作らしい回になりました。
また、今回の記録板AIは、かなり表示が進化しています。
本日の参加者。
本日不参加。
観測対象。
参加理由補足。
本編春麗の現在状態。
議題との関連。
こうした表示を自然に出しています。
もちろん記録板AI本人は「進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です」と言います。
でも、春麗たちからすれば、かなり進化疑惑が深まっています。
ここも本連作の現在地です。
春麗会議室が扱うログが複雑化している。
本編春麗の青い小箱も重くなっている。
黒執着春麗は独立枠として動き始めている。
宿題正式回答待ちも続いている。
そのため、記録板AIもどんどん補助機能を増やしているように見える。
ただし、今回の一番の到達点は、黒執着春麗の状態確認です。
彼女はもう、黒に呑まれているわけではありません。
自分で「何を考えているの」と突っ込める。
自分で「私は本当にめんどくさい女ね」と言える。
それでも、勝つための言葉として煽り文句を考えられる。
これは、自覚的めんどくささです。
危険ではある。
かなり面倒でもある。
でも、崩壊ではない。
回復したからこその面倒さです。
黒に縋っていた頃なら、次の煽り文句を考える余裕はありませんでした。
青に戻ることが怖かった頃なら、青用の煽りなど出てきませんでした。
今は、黒でも青でも、リュウを困らせる言葉を考えられる。
つまり、黒も青も、彼女の手元に戻っています。
そして、黒ドレス特化救済春麗が最後に言うように、これは「勝つための面倒さ」です。
救済後の黒執着春麗は、大人しくなったわけではありません。
むしろ、かなり面倒になっています。
ただし、その面倒さはもう崩壊ではない。
勝つため。
困らせるため。
もう一度リュウと戦うため。
自分で選んだ黒や青を使うため。
そういう前向きな面倒さです。
今回の到達点は、
黒執着春麗は、黒でも青でも煽り文句を考えられる段階まで回復した。
黒ドレス特化救済春麗は、そのセリフを「良いセリフ」と評価した。
黒執着春麗は、見られる恐怖から、見られることの戦術化へ進んだ。
本編春麗は、宿題正式回答待ち中の自分と、黒執着春麗の待機中思考に共通点を見た。
記録板AIの進化疑惑はさらに深まった。
そして、めんどくさい女系列はまた増えた。
このあたりです。
かなり会議室らしい回ですが、黒執着春麗を独立枠として今後運用していくためにも重要な回になったと思います。
黒執着春麗は会議室には来ない。
でも、会議室を揺らす。
その外部軸としての強さが、今回かなり出たと思います。