また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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幕間:リュウは、春麗の原点に挑む

 朝の光は、さっきよりも強くなっていた。

 

 修行場の土を照らし、木々の影を短くしていく。風はまだ冷たいが、夜明け前のような張りつめた暗さはもうない。

 

 春麗は、もういない。

 

 青い武道服の背中も、軽い足音も、勝者としての声も、木々の向こうへ消えていた。

 

 だが、リュウはまだ修行場に残っていた。

 

 土には、自分が膝をついた跡がある。

 

 胸元には、春麗の掌底の熱が残っている。

 肩には、最後の蹴りの重さが残っている。

 腕には、捕まえかけた春麗が抜けていった感触が残っている。

 

 身体の中で、二つの感触が並んでいた。

 

 黒いドレスの春麗を捕まえた時の感触。

 

 そして、青い武道服の春麗に届かなかった時の感触。

 

 リュウは静かに拳を握った。

 

 黒いドレスの春麗は、捕まえた。

 だが、青い武道服の春麗には、届かなかった。

 

 その事実が、深く胸に沈んでいる。

 

 悔しい。

 

 ただ負けたからではない。

 

 黒いドレスの春麗を捕まえた後だったからこそ、悔しかった。

 

 あの時、自分は確かに春麗を捕まえた。

 視線も、黒いドレスも、女としての春麗も、格闘家としての春麗も、全部見た。

 その上で逃げ道を塞ぎ、拳を止めた。

 

 捕まえた。

 

 そう言えた。

 

 春麗も、それを認めた。

 

 だが、その後に現れた青い武道服の春麗には、また別の強さがあった。

 

 リュウは勝ち筋を見た。

 

 見えていた。

 

 春麗の呼吸が乱れた。

 蹴りの戻りを読んだ。

 腕を取った。

 逃げ道を塞ぎかけた。

 あと一撃で、流れを奪えるところまで行った。

 

 本当に、あと少しだった。

 

 だが、その少しを掴みきれなかった。

 

 春麗はそこで逃げた。

 捕まえられてから抜けた。

 黒いドレスで捕まえられた経験を、青い武道服の戦いに還してきた。

 

 リュウは、捕まえたと思った。

 

 だが、春麗にはまだ先があった。

 

 リュウはゆっくりと息を吐く。

 

 自分も、春麗と同じなのかもしれない。

 

 ただ勝ちたいだけではない。

 

 圧倒したいわけでもない。

 簡単に倒したいわけでもない。

 

 春麗に迫りたい。

 春麗を本気で焦らせたい。

 そして、ぎりぎりのところで届かせたい。

 

 春麗がそういう勝利を望んでいることは、戦っていてわかった。

 

 だが、自分も同じだった。

 

 春麗に届きたい。

 春麗が全力で逃げ、全力で切り返し、それでも最後に拳が届くところまで行きたい。

 

 だからこそ、今回の敗北は重かった。

 

 勝ち筋がなかった負けではない。

 

 届きかけた。

 

 それでも届かなかった。

 

 その悔しさが、拳の奥に沈んでいた。

 

 リュウは目を閉じる。

 

 まず浮かんだのは、黒いドレスの春麗だった。

 

 夜明け前。

 

 観客のいない修行場。

 薄闇の中に立つ、黒いドレス。

 風に揺れる裾。

 逃げない視線。

 低い声。

 近い距離。

 

 あの春麗は、視線と間合いで戦っていた。

 

 リュウがどこを見るかを見ていた。

 リュウが女としての春麗に揺れる瞬間を読んでいた。

 その揺れを隠そうとすれば、そこを突いた。

 見ないふりをやめれば、見ていること自体を負荷にした。

 捕まえに行けば、その手を支点にした。

 

 リュウは揺れた。

 

 胸が動いた。

 呼吸が熱を持った。

 目を逸らしたくなる瞬間もあった。

 

 だが、逃げなかった。

 

 黒いドレスの春麗を、美しいと思った。

 危険だと思った。

 強いと思った。

 そのすべてを切り分けず、春麗として見た。

 

 そして最後に、捕まえた。

 

 あの時、拳を春麗の喉元で止めた。

 

 春麗は逃げられなかった。

 

 リュウは言った。

 

 捕まえた。

 

 その瞬間、確かに届いた。

 

 春麗も言った。

 

 やっと捕まえたのね。

 

 遅いのよ、リュウ。

 

 あの言葉は、今も胸に残っている。

 

 認められた。

 

 ようやく、黒いドレスの春麗に届いた。

 

 だが、そこで終わりではなかった。

 

 リュウは目を開ける。

 

 今度は、青い武道服の春麗を思い出す。

 

 朝の光。

 

 青い武道服。

 白い帯。

 軽い足運び。

 鋭い蹴り。

 速い出入り。

 跳びの鋭さ。

 戻りの速さ。

 

 黒いドレスの春麗とは違った。

 

 黒い春麗は、間を支配した。

 

 青い春麗は、速度で切り込んできた。

 

 黒い春麗は、リュウの視線を絡め取った。

 

 青い春麗は、リュウの拳を速度と技術で切った。

 

 だが、ただ速いだけではなかった。

 

 青い武道服の春麗は、昔の春麗ではなかった。

 黒いドレスを通った春麗だった。

 

 リュウの視線を読む力がある。

 捕まえられた経験がある。

 リュウの手がどこで深くなるかを知っている。

 逃がさないと思った瞬間、力がどこへ集まるかを知っている。

 

 だから、捕まえられてから逃げた。

 

 リュウが腕を取った瞬間、春麗は抵抗しなかった。

 逃げようとも、押し返そうともしなかった。

 

 力を抜き、軸をずらし、内側へ沈んだ。

 

 リュウが逃がさないと思った力を、逆に利用した。

 

 そして、踏み込みの根元を切った。

 

 掌底。

 

 最後の蹴り。

 

 勝負を止めたのは春麗だった。

 

 リュウは、また膝をついた。

 

 黒いドレスの春麗を捕まえた。

 だが、青い武道服の春麗には届かなかった。

 それは、春麗をまだ捕まえきれていないということだった。

 

 リュウは拳を開き、もう一度握る。

 

 黒い春麗も、青い春麗も、どちらか一方ではない。

 どちらも、春麗だった。

 

 黒い春麗は、見ることを試してくる。

 

 青い春麗は、届くことを試してくる。

 

 黒い春麗は、リュウの視線を絡め取る。

 

 青い春麗は、リュウの拳を速度で切る。

 

 黒い春麗は、リュウを揺らす。

 

 青い春麗は、リュウを追い込む。

 

 だが、別々の相手ではない。

 

 どちらも春麗だ。

 

 黒いドレスの春麗だけを捕まえても、春麗に届いたことにはならない。

 青い武道服の春麗だけを追っても、春麗を見たことにはならない。

 

 どちらにも向き合う必要がある。

 

 どちらかを攻略するのではない。

 

 どの姿の春麗にも届かなければならない。

 

 リュウは、春麗の言葉を思い出す。

 

 黒いドレスじゃないと、私を見られないなんて言わないでしょう?

 

 あの問いに、自分は答えた。

 

 どの姿でも、春麗は春麗だ。

 

 その言葉に嘘はない。

 

 だが、言葉だけでは足りない。

 

 どの姿でも春麗は春麗だと言うなら、青い武道服の春麗にも届かなければならない。

 

 黒いドレスの春麗を捕まえた。

 

 なら次は、春麗の原点に挑む。

 

 青い武道服の春麗。

 

 最初に自分を倒した春麗。

 速度と技で切り込む春麗。

 今では、黒衣で得た読みと、捕まえられた経験まで持っている春麗。

 

 そこに届く。

 

 リュウはゆっくりと構えた。

 

 目の前には誰もいない。

 

 だが、春麗がいる。

 

 青い武道服の春麗。

 

 朝の光の中で、軽く踏み込む春麗。

 蹴りの戻りが速い春麗。

 視線を読む春麗。

 捕まえられてから逃げる春麗。

 焦らされたと認めながら、勝者として笑う春麗。

 

 やっと私を焦らせたわね、リュウ。

 でも、焦らせただけじゃ勝てないわ。

 

 その言葉が胸に残っている。

 

 焦らせただけでは足りない。

 

 なら、次は勝つ。

 

 リュウは一歩踏み込んだ。

 

 春麗の低い蹴りを思い浮かべる。

 

 受ける。

 

 いや、受けるだけでは遅い。

 

 内へ入る。

 

 だが、青い春麗は戻りが速い。

 

 拳を置く。

 

 横へ流れる。

 

 追わない。

 

 逃げる先に足を置く。

 

 手を伸ばす。

 

 捕まえる。

 

 いや、そこで終わりではない。

 

 捕まえられてから逃げる春麗を見なければならない。

 

 春麗が力を抜く。

 軸をずらす。

 腕の内側へ沈む。

 

 その瞬間、手に意識を集めすぎるな。

 

 逃がさないと思った時こそ、春麗はそこを読む。

 

 リュウは拳を止めた。

 

 難しい。

 

 だが、それが春麗だ。

 

 黒いドレスの春麗も難しかった。

 

 見れば揺れる。

 揺れれば読まれる。

 見ないふりをすれば崩される。

 

 それでも、見た。

 

 青い武道服の春麗も同じだ。

 

 速い。

 鋭い。

 捕まえようとすれば抜ける。

 焦らせても、最後に切り返してくる。

 

 それでも、届く。

 

 届かなければならない。

 

 リュウは息を整える。

 

 胸の掌底の熱が、まだ残っている。

 

 肩の蹴りの重さも、まだ残っている。

 

 それは敗北の痛みだった。

 

 同時に、次への道でもあった。

 

 黒いドレスの春麗を捕まえた時、自分は一つ進んだ。

 

 青い武道服の春麗に負けた今、また次の場所が見えた。

 

 リュウは思う。

 

 次は、青い武道服の春麗に届く。

 

 速度にも。

 技にも。

 黒衣で得た読みを還元した春麗にも。

 捕まえられてから逃げる春麗にも。

 

 届く。

 

 リュウはもう一度拳を引いた。

 

 朝の光が、修行場を照らしている。

 

 黒いドレスの夜明け前とは違う光。

 

 だが、ここもまた春麗との戦場だった。

 

 リュウは一人、土を踏む。

 

 春麗はもういない。

 

 それでも、彼女の姿は目の前にある。

 

 黒いドレスの春麗。

 青い武道服の春麗。

 

 どちらも春麗。

 

 どちらにも届きたい。

 

 リュウは静かに息を吐いた。

 

 「次は、青い春麗に届く」

 

 誰にも聞こえない声だった。

 

 けれど、その言葉は確かに拳へ沈んでいく。

 

 黒衣を捕まえた拳では足りない。

 

 青い武道服の春麗へ届く拳を作る。

 

 リュウは踏み込んだ。

 

 拳が朝の空気を切る。

 

 まだ春麗には届かない。

 

 だが、次に向かうための拳だった。




Q:執筆者としては本作の春麗さんの青武道服と黒ドレスでは別性能キャラみたいな感じでしょうか?
A:
はい、執筆者としてはかなり 別性能キャラ に近い感覚です。
ただし「別人」ではなく、同じ春麗の別モード です。

かなりゲーム的に言うなら、こうです。

青い武道服の春麗は、原作性能に近い正統派スピードキャラ。
黒ドレスの春麗は、リュウ専用にチューニングされた視線・間合い・心理戦特化キャラ。

同じ春麗なのに、戦い方の重心が違います。

青い武道服の春麗は、かなり「格闘家・春麗」です。

速い。
蹴りが鋭い。
間合いの出入りが軽い。
跳びも戻りも速い。
正面から技術と速度で切り込んでくる。

黒ドレスの春麗は、もっと「リュウの視線を支配する春麗」です。

近い。
静止する。
目を逸らさせない。
声で呼吸を乱す。
黒い布の揺れをフェイントに混ぜる。
リュウが女としての自分を見ることまで戦場に組み込む。

なので、性能差で言うならこうです。

形態 主性能 戦闘テーマ
青い武道服 速度・蹴り・技術・原点 格闘家としてリュウを倒す
黒ドレス 視線・心理・間合い・女としての揺さぶり リュウに自分をどう見られるかを戦場にする

黒ドレス春麗は、汎用性能というより 対リュウ特化ビルド です。

他の相手に使っても強いかもしれませんが、本質的にはリュウ相手だから意味があります。
リュウが自分を格闘家として見ている。
そのうえで女としても見る。
見ないふりをしない。
それでも拳を鈍らせまいとする。

そのリュウの性質があるから、黒ドレス春麗の性能が最大化されます。

一方で、青い武道服の春麗は 春麗本来の基本性能 です。

黒ドレスで得た経験を持ち帰った後の青い武道服は、さらに強くなっています。
ただ速いだけではなく、リュウの視線、捕まえに来る手、逃がさないと思う瞬間まで読めるようになっている。

だから後半の青い武道服春麗は、単なる初期春麗ではありません。

黒ドレス編を経験した通常春麗です。

ここがとても大事です。

つまり、構造としては、

青い武道服:基本性能+黒ドレス経験の還元
黒ドレス:対リュウ専用の特殊性能+視線戦術

という感じです。

格闘ゲーム風にたとえるなら、

青い武道服の春麗は、機動力・通常技・差し返し・コンボ精度が高い標準キャラ。
黒ドレスの春麗は、移動速度や手数は少し落ちる代わりに、相手の入力遅延を誘発するデバフ、視線固定、心理硬直、投げ誘導が強い特殊キャラ。

ただし、黒ドレスが上位互換ではありません。

黒ドレスはリュウの視線を使える代わりに、春麗自身もリュウの視線を意識してしまう。
見られてうれしくなる。
見られて揺れる。
捕まえられると、青い武道服以上に深く刺さる。

つまり黒ドレスは強いけれど、リスクも高いです。

青い武道服は、より純粋な格闘家性能。
黒ドレスは、火力と心理圧が高い代わりに、春麗自身の感情も戦場に出てしまう高リスク形態。

なので執筆者としてまとめるなら、

青い武道服の春麗は、春麗の原点。
黒ドレスの春麗は、リュウとの関係で生まれた派生形態。
そして今の春麗は、その二つを行き来できるようになった。

という感じです。

かなり“別性能キャラ”です。
でも同時に、どちらも完全に春麗です。
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