また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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妄想章IF後日談:救済後の黒執着春麗は、青で勝って撤退に失敗する

 

 棚の中に、黒があった。

 

 その隣に、青がある。

 

 黒は畳まれている。

 

 青も畳まれている。

 

 どちらも、見える場所にある。

 

 黒は、もう隠していない。

 

 青も、もう昔の場所へ押し戻していない。

 

 黒執着春麗は、その棚の前に立っていた。

 

 今日は、青だ。

 

 そう決めていた。

 

 黒を避けるためではない。

 

 黒の快感が危険だったから逃げるわけでもない。

 

 黒で準備した煽りが刺さったことを、なかったことにするためでもない。

 

 今日は、青を選ぶ。

 

 それだけ。

 

 春麗は、青い武道服に触れた。

 

 黒を知る前の青。

 

 十一戦目で負けた青。

 

 救済後に選び直した青。

 

 黒を棚に置いたままリュウに勝った青。

 

 その全部が、布の内側にある。

 

「……今日は、あなたね」

 

 小さく言う。

 

 青は答えない。

 

 だが、軽くもない。

 

 青にも重さがある。

 

 春麗は、青い武道服を取り出した。

 

 袖を広げる。

 

 肩を整える。

 

 帯を締める。

 

 鏡の前に立つ。

 

 青い武道服の春麗が、そこにいた。

 

 黒い裾はない。

 

 視線を遅らせる布もない。

 

 半拍を隠すための黒もない。

 

 だが、黒が消えたわけではない。

 

 棚の中にある。

 

 自分の手元にある。

 

 だから、今日は青で行ける。

 

 春麗は、鏡の中の自分を見た。

 

 そして、昨日から頭に残っていた言葉を思い出す。

 

 黒がないから見やすいと思った?

 

 残念ね。

 

 今日は、正面から速いわよ。

 

 春麗は、額に手を当てた。

 

「……本当に言うつもり?」

 

 自分に問う。

 

 答えは出ている。

 

 言う。

 

 言える。

 

 たぶん、言ってしまう。

 

 黒で煽りを言えた。

 

 効いた。

 

 勝てた。

 

 危険な快感だった。

 

 なら青ではどうか。

 

 青でも言葉を使えるのか。

 

 黒がないことを逆に使えるのか。

 

 黒を知った後の青を、言葉としてリュウに突きつけられるのか。

 

 春麗は、鏡の中の自分を睨んだ。

 

「……何を試そうとしているのよ、私は」

 

 答えは、また出ている。

 

 リュウを困らせたい。

 

 リュウに見てほしい。

 

 黒がない青を、ただの青だと思わせたくない。

 

 見やすいと思った瞬間に、その正面から抜きたい。

 

 その上で、ギリギリ勝ちたい。

 

 春麗は、深く息を吐いた。

 

「本当に、めんどくさい女ね」

 

 だが、もう否定しない。

 

 青い袖を整える。

 

 鏡の中の春麗に向かって、静かに言う。

 

「今日は、青で行く」

 

 一拍。

 

「黒を置いていくのではなく、黒を棚に置いたまま」

 

 さらに一拍。

 

「正面から、困らせる」

 

 言ってから、顔が熱くなった。

 

「……やっぱり、かなり面倒ね」

 

 それでも、春麗は部屋を出た。

 

 棚の扉は、少しだけ開けておく。

 

 黒も見える。

 

 青を着て出ていっても、黒はそこにあるとわかるように。

 


 

 リュウは、いつもの場所にいた。

 

 春麗が近づくと、顔を上げる。

 

 その視線が、春麗へ向く。

 

 青を見る。

 

 足元を見る。

 

 肩を見る。

 

 そして、一瞬だけ、黒を探すように間合いを見た。

 

 春麗は、それを見逃さなかった。

 

「今、黒を探したわね」

 

 リュウは正直に答える。

 

「ああ」

 

「本当に、あなたは隠さないわね」

 

「今日は青なんだな」

 

「ええ」

 

「戦うのか」

 

「戦うわ」

 

「そうか」

 

 リュウが構えようとする。

 

 春麗は、まだ構えない。

 

 青い袖を軽く払う。

 

 黒い裾はない。

 

 リュウの目が、それでも春麗の足元を見る。

 

 黒の半拍を探している。

 

 黒い裾がない分、どこに間があるのかを見ようとしている。

 

 春麗は、胸の奥で静かに笑った。

 

 今だ。

 

 言える。

 

 春麗は、一歩だけ前へ出た。

 

「黒がないから見やすいと思った?」

 

 リュウの視線が、春麗へ戻る。

 

 春麗は、青い袖を揺らしながら続けた。

 

「残念ね」

 

 一拍。

 

「今日は、正面から速いわよ」

 

 空気が変わった。

 

 リュウの拳が、ほんの少し遅れて握られた。

 

 効いた。

 

 黒がないことを見たリュウに、青の速さを置けた。

 

 春麗の胸の奥が熱くなる。

 

 だが、黒の時とは違う熱だった。

 

 隠す快感ではない。

 

 迷わせる快感でもない。

 

 見えているはずの正面から抜く快感。

 

 青の快感。

 

 春麗は構えた。

 

 リュウも構える。

 

「見えているなら、止めてみなさい」

 

 言ってしまった。

 

 リュウの目が、静かに鋭くなる。

 

「ああ」

 

 戦いが始まった。

 


 

 青の踏み込みは、黒より速かった。

 

 黒い裾で半拍を作らない。

 

 足元を隠さない。

 

 待機圧で沈めない。

 

 ただ、正面から入る。

 

 リュウの拳が動く。

 

 春麗は、その拳を見ていた。

 

 十一戦目の拳。

 

 青の自分を止めた拳。

 

 黒へ向かうきっかけになった拳。

 

 今は、その拳を怖がるだけではない。

 

 見ている。

 

 覚えている。

 

 その上で、抜く。

 

 春麗は、半歩外へずれる。

 

 蹴り。

 

 リュウの脇腹へ入る。

 

 浅い。

 

 リュウの拳が返る。

 

 速い。

 

 春麗の肩に入る。

 

 重い。

 

 青い袖が揺れる。

 

 痛みが走る。

 

 だが、止まらない。

 

 黒なら、ここで裾を流した。

 

 今は、青。

 

 身体で戻す。

 

 足で戻す。

 

 呼吸で戻す。

 

 春麗は、踏み直して掌底を出した。

 

 リュウの胸を打つ。

 

 浅い。

 

 でも届いた。

 

「速い」

 

 リュウが言った。

 

 春麗の精神HPが少し削れる。

 

「言わなくていいわ」

 

「だが、速い」

 

「だから言わなくていいと言っているでしょう」

 

 リュウは構え直す。

 

「黒がないのに、遅れて見える」

 

 春麗は、一瞬止まりかけた。

 

「……リュウ」

 

「ああ」

 

「戦闘中にそういうことを言うの、本当に危険よ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 だが、動きは止まらない。

 

 黒がないのに、遅れて見える。

 

 それは、リュウが青の中に黒で覚えた間を見ているということだった。

 

 青の正面性の中に、黒で覚えた半拍がある。

 

 見られた。

 

 だが、今日は見られても止まらない。

 

 春麗は、さらに踏み込んだ。

 

「なら、追いつきなさい」

 

 蹴りが、防御の上からリュウを押した。

 


 

 中盤。

 

 リュウは、青に対応してきた。

 

 黒を探す目ではない。

 

 青の速さを見る目。

 

 正面から来る春麗を、正面から止める目。

 

 リュウの拳が、十一戦目に近づく。

 

 春麗は、それを感じた。

 

 あの日の拳。

 

 青の自分を止めた拳。

 

 それが、また来る。

 

 胸の奥が固くなる。

 

 しかし、今日はそれを棚の外へ出さない。

 

 十一戦目の青は、もう棚に場所を作った。

 

 だから、今ここで崩れなくていい。

 

 リュウの拳が中心へ来る。

 

 春麗は外す。

 

 完全には外せない。

 

 脇腹に入る。

 

 重い。

 

 息が止まる。

 

 足が落ちかける。

 

 リュウはさらに踏み込む。

 

 春麗は、ここで青い袖を払った。

 

 黒い裾ではない。

 

 だが、リュウの視線が一瞬だけ袖の動きを拾う。

 

 その一瞬。

 

 春麗は言った。

 

「見えているのに」

 

 一拍。

 

「遅いわね」

 

 リュウの拳が、ほんの少しだけ遅れる。

 

 青の煽り。

 

 黒ではない。

 

 正面から来る速さに対する言葉。

 

 春麗は、そこを取った。

 

 蹴り。

 

 リュウの肩。

 

 深い。

 

 リュウの身体が揺れる。

 

 だが、リュウも下がらない。

 

 拳が返る。

 

 春麗の頬をかすめる。

 

 痛み。

 

 熱。

 

 春麗は笑いそうになった。

 

 危ない。

 

 この青も、危ない。

 

 見えている正面を抜く快感。

 

 リュウが止めようとしてくる快感。

 

 その上で一瞬だけ越える快感。

 

 黒とは違う。

 

 でも、同じくらい危険だ。

 

「春麗」

 

 リュウが言った。

 

「何」

 

「今日の青は、逃げていない」

 

 春麗の精神HPが削れた。

 

「……っ」

 

「黒を置いてきた青ではない」

 

 さらに削れる。

 

「リュウ、今は戦闘中よ」

 

「ああ」

 

「戦闘中に精神HPを削るのはやめなさい」

 

「すまない」

 

「謝るところではないわ!」

 

 だが、動きは止めない。

 

 止めたら負ける。

 

 精神HPが削れても、身体は動かす。

 

 春麗は踏み込む。

 

 青の速度で。

 

 黒を知った後の青で。

 

 リュウの拳へ向かう。

 


 

 終盤。

 

 互いに削れていた。

 

 春麗の肩は痛い。

 

 脇腹は重い。

 

 頬も熱い。

 

 リュウも胸と肩を押されている。

 

 呼吸は荒い。

 

 だが、拳はまだ生きている。

 

 春麗は、わかっている。

 

 ここからがリュウだ。

 

 最後に、必ず来る。

 

 リュウが踏み込んだ。

 

 速い。

 

 真っ直ぐ。

 

 青の正面を止める拳。

 

 春麗は、黒を思い出す。

 

 だが、黒を使わない。

 

 棚の中にある黒を、持ち出さない。

 

 身体に残った半拍だけを使う。

 

 青で止まる。

 

 青の静止。

 

 黒の待機圧ではなく、正面から来たはずの青が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

 リュウの拳が、一瞬だけ判断を変える。

 

 出るか。

 

 止めるか。

 

 その一瞬。

 

 春麗は低く言った。

 

「正面からでも、迷うのね」

 

 リュウの目が動く。

 

 春麗は入った。

 

 近い。

 

 リュウの拳が春麗の腹へ入る。

 

 重い。

 

 息が止まる。

 

 視界が白くなる。

 

 足が折れそうになる。

 

 だが、止まらない。

 

 青い袖が揺れる。

 

 掌底。

 

 リュウの胸。

 

 深い。

 

 リュウの膝が揺れる。

 

 だが、リュウも拳を返す。

 

 春麗の肩に入る。

 

 肩が焼けるように痛い。

 

 体勢が崩れる。

 

 春麗は、そこから足を返した。

 

 最後の蹴り。

 

 黒い裾はない。

 

 軌道を隠すものはない。

 

 だから、速さで抜く。

 

 見えていても間に合わない場所へ。

 

 リュウは防御する。

 

 間に合いかける。

 

 春麗は、最後の煽りを置いた。

 

「見えていたでしょう?」

 

 一拍。

 

「でも、止められなかった」

 

 蹴りが、リュウの防御の外側を抜ける。

 

 肩。

 

 深い。

 

 リュウの膝が落ちた。

 

 片膝。

 

 それでも、最後の拳が来る。

 

 低い拳。

 

 春麗は避けきれない。

 

 腕で受ける。

 

 痺れる。

 

 足が震える。

 

 だが、中心は残る。

 

 最後の掌底を、リュウの胸へ置く。

 

 重く。

 

 静かに。

 

 リュウの拳が下がる。

 

 身体が沈む。

 

 立ち上がれない。

 

 春麗は、立っていた。

 

 青で。

 

 黒を棚に置いたまま。

 

 準備していた煽りを言って。

 

 リュウの拳を受けて。

 

 最後に、立っていた。

 

 残った力はほとんどなかった。

 

 だが、勝った。

 

 ギリギリで。

 


 

 沈黙。

 

 風が吹いた。

 

 青い袖が揺れる。

 

 黒い裾はない。

 

 春麗は、息を整えようとした。

 

 整わない。

 

 胸が熱い。

 

 青で勝った。

 

 準備してきた言葉を言えた。

 

 黒がないことを逆に使えた。

 

 リュウが止めようとしてきた。

 

 その上で勝った。

 

 この快感も、危険だった。

 

 黒とは違う危険。

 

 正面から抜いた危険。

 

 春麗は、口を開く。

 

「……勝ったわ」

 

 リュウは片膝のまま頷いた。

 

「ああ」

 

「青で」

 

「ああ」

 

「黒を棚に置いたまま」

 

「ああ」

 

「準備した言葉も、言えた」

 

「ああ」

 

「……これは、これで危険ね」

 

 リュウは、少しだけ首を傾げた。

 

「危険なのか」

 

「私の中ではね」

 

「そうか」

 

 ここで帰るべきだった。

 

 春麗は、そう思った。

 

 黒の時は学んだ。

 

 勝った直後のリュウは危険だ。

 

 負けたリュウは、なぜか褒める。

 

 見たものを、そのまま言う。

 

 それが春麗の精神HPを容赦なく削る。

 

 だから、撤退すべきだった。

 

 勝った。

 

 言えた。

 

 危険だと自覚した。

 

 ここで背を向けて帰ればよかった。

 

 だが、足が動かなかった。

 

 青で勝った熱が、まだ胸に残っている。

 

 リュウが何を見たのか、少しだけ聞きたくなってしまった。

 

 それが、敗因だった。

 

「……リュウ」

 

「ああ」

 

「今日の青」

 

 一拍。

 

「どう見えた?」

 

 言ってから、春麗は自分で気づいた。

 

 何を聞いているの。

 

 撤退しなさい。

 

 今すぐ。

 

 しかし、もう遅い。

 

 リュウは、春麗を見た。

 

 青い武道服。

 

 乱れた袖。

 

 痛みを抱えながら立っている春麗。

 

 黒を棚に置いてきた春麗。

 

 青で正面から勝った春麗。

 

 そして言った。

 

「黒を置いてきた青ではなかった」

 

 春麗の精神HPが、大きく削れた。

 

「……っ」

 

「黒を知ったまま、青で来た」

 

 さらに削れる。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「それ以上は」

 

「速かった」

 

 削れる。

 

「まっすぐだった」

 

 削れる。

 

「だが、ただ昔の青に戻ったわけではなかった」

 

 さらに削れる。

 

 春麗は、一歩下がろうとした。

 

 だが、足が動かない。

 

 撤退できない。

 

 聞いてしまったから。

 

 聞きたくなってしまったから。

 

 リュウが続ける。

 

「黒がないから見やすいのではなかった」

 

 春麗は、完全に固まった。

 

「黒がない分、春麗が前に出ていた」

 

 精神HPが危険域に入った。

 

「やめなさい」

 

「青の速さに、黒を知った後の間があった」

 

「やめなさいと言っているでしょう」

 

「だから、見えていても遅れた」

 

 精神HPが、ほとんど残らない。

 

 春麗は、片手で顔を覆った。

 

 リュウは真面目な顔で言う。

 

「今日の青は、強かった」

 

 一拍。

 

「春麗の青だった」

 

 精神HPが、そこで完全に尽きた。

 

 春麗は、身体だけで立っていた。

 

 内側では、完全に膝をついていた。

 

 試合には勝った。

 

 青で勝った。

 

 煽りも言えた。

 

 ギリギリ勝った。

 

 しかし。

 

 撤退に失敗した。

 

 リュウの無自覚褒め殺しを正面から受けた。

 

 結果。

 

 精神HPノックアウト。

 

「……リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は」

 

 一拍。

 

「試合は私の勝ち」

 

「ああ」

 

「精神戦は」

 

 もう一拍。

 

「あなたの圧勝」

 

 リュウは、少しだけ眉を寄せた。

 

「圧勝なのか」

 

「圧勝よ」

 

「そうか」

 

「そこで納得しないで」

 

「難しいな」

 

「難しくしているのはあなたよ」

 

 春麗は、顔を覆ったまま深く息を吐いた。

 

「……撤退すべきだった」

 

「撤退?」

 

「勝った後、すぐ帰るべきだったのよ」

 

「なぜ」

 

「あなたが褒めるから!」

 

 リュウは、少しだけ考えた。

 

「褒めた」

 

「自覚するのが遅いわ!」

 

「悪かったか」

 

「悪くないから、余計に悪いのよ!」

 

 春麗は、もう限界だった。

 

 青で勝った熱と、褒め殺しによる精神HPゼロが混ざって、立っているだけで精一杯だった。

 

 それでも、最後に言うべきことはある。

 

「……間違えて覚えないで」

 

 リュウは静かに頷く。

 

「ああ」

 

「今日の青は、黒を捨てた青じゃない」

 

「ああ」

 

「昔に戻った青でもない」

 

「ああ」

 

「私が、黒を棚に置いたまま選んだ青」

 

「ああ」

 

「そして」

 

 一拍。

 

「あなたに褒め殺された青」

 

 言ってしまった。

 

 春麗は、即座に顔をしかめた。

 

「今のは忘れなさい」

 

「忘れない」

 

「でしょうね!」

 

 リュウは、静かに言った。

 

「それも、今日の春麗の青だ」

 

 春麗は終わった。

 

 完全に終わった。

 

 精神HPは、すでにない。

 

 追撃でさらに何かが削れた。

 

「……帰るわ」

 

「ああ」

 

「追ってこないで」

 

「わかった」

 

「あと」

 

 一拍。

 

「次からは、勝ったらすぐ帰る」

 

 リュウは、少しだけ目を細める。

 

「それは困る」

 

 春麗は、振り返りそうになった。

 

 振り返ってはいけない。

 

 今のは危険だ。

 

 何が困るのか聞いてはいけない。

 

 絶対に聞いてはいけない。

 

 しかし、足が止まる。

 

「……何が?」

 

 聞いてしまった。

 

 自分で自分を殴りたくなった。

 

 リュウは答える。

 

「勝った春麗も、見たい」

 

 春麗の精神HPは、もう残っていないはずだった。

 

 しかし、そこへさらに何かが入った。

 

 過剰ダメージ。

 

 春麗は、完全に沈黙した。

 

 そして、ゆっくり言った。

 

「……本当に」

 

 一拍。

 

「今日は、あなたの圧勝よ」

 

 それだけ言って、春麗は今度こそ背を向けた。

 

 歩く。

 

 足取りは危ない。

 

 戦闘ダメージではない。

 

 精神ダメージだ。

 

 青で勝った春麗。

 

 勝ったのに撤退できなかった春麗。

 

 聞いてしまった春麗。

 

 褒め殺された春麗。

 

 それでも、どうにか歩いて帰る春麗。

 

 青い袖が、夕方の風に揺れた。

 


 

 部屋に戻ると、棚の扉は少し開いていた。

 

 黒が見える。

 

 青を置く場所も見える。

 

 春麗は、青い武道服を脱いで、しばらく見つめた。

 

 汚れている。

 

 袖。

 

 肩。

 

 帯。

 

 足元。

 

 今日の戦いの跡。

 

 そして、布には残らないものもある。

 

 黒がないから見やすいと思った?

 

 残念ね。

 

 今日は、正面から速いわよ。

 

 見えていたでしょう?

 

 でも、止められなかった。

 

 春麗は、顔を覆った。

 

「……言えたわね」

 

 言えた。

 

 効いた。

 

 勝った。

 

 そこまではいい。

 

 問題はその後だった。

 

 撤退できなかった。

 

 聞いてしまった。

 

 どう見えたか、聞いてしまった。

 

 そして、リュウは答えてしまった。

 

 黒を置いてきた青ではなかった。

 

 黒を知ったまま、青で来た。

 

 黒がない分、春麗が前に出ていた。

 

 青の速さに、黒を知った後の間があった。

 

 今日の青は、春麗の青だった。

 

 勝った春麗も、見たい。

 

 春麗は、椅子に座り込んだ。

 

「……無理」

 

 小さく呟く。

 

「これは、無理」

 

 精神HPは完全にゼロだった。

 

 ただし、不思議と嫌ではない。

 

 悔しい。

 

 恥ずかしい。

 

 腹立たしい。

 

 撤退に失敗した自分も情けない。

 

 でも、嫌ではない。

 

 それがまた問題だった。

 

 春麗は、水を用意した。

 

 青を洗う。

 

 消すためではない。

 

 整えるために。

 

 今日の青を、自分の手元に置ける形にするために。

 

 勝った青。

 

 煽りを言えた青。

 

 正面から速かった青。

 

 黒を棚に置いたままの青。

 

 そして、褒め殺された青。

 

 春麗は、最後の分類で顔をしかめる。

 

「……また増えたわね」

 

 黒にもあった。

 

 褒め殺された黒。

 

 今度は青にもできてしまった。

 

 褒め殺された青。

 

 かなり不本意。

 

 だが、消せない。

 

 それも今日の青だから。

 

 春麗は、青を乾かし、畳んだ。

 

 袖を揃える。

 

 肩を整える。

 

 帯を添える。

 

 棚を開ける。

 

 黒の隣に、青を置く。

 

 今日の青は、勝った青の隣。

 

 そして少し手前。

 

 撤退失敗の記録として。

 

 春麗は、棚を見つめる。

 

「今日の教訓」

 

 一拍。

 

「勝った後に、リュウへ感想を求めてはいけない」

 

 もう一拍。

 

「絶対に」

 

 さらに一拍。

 

「絶対に」

 

 言ってから、少しだけ黙る。

 

「……でも」

 

 胸の奥に、リュウの言葉が残っている。

 

 勝った春麗も、見たい。

 

 春麗は、また顔を覆った。

 

「だから、そういうところよ……」

 

 棚の扉を少しだけ閉める。

 

 完全には閉めない。

 

 黒も青も見える。

 

 今日の青も、そこにある。

 

 救済後黒執着春麗は、青で勝った。

 

 準備した煽りも言えた。

 

 正面からリュウを越えた。

 

 だが、撤退に失敗した。

 

 そして、リュウの無自覚褒め殺しで精神HPをノックアウトされた。

 

 春麗は、鏡の前に立つ。

 

 黒でもない。

 

 青でもない。

 

 ただの春麗が映る。

 

 その春麗は、疲れ切った顔で、小さく言った。

 

「次は、勝ったらすぐ帰る」

 

 一拍。

 

「たぶん」

 

 もう一拍。

 

「……無理かもしれない」

 

 自分で言って、深くため息をつく。

 

「本当に、めんどくさい女ね」

 

 だが、その声には、ほんの少しだけ笑いが混じっていた。

 

 夜が来る。

 

 明日も来る。

 

 次に黒を着るか、青を着るかはまだ決めていない。

 

 ただ一つだけ、今日の棚に増えたものがある。

 

 褒め殺された青。

 

 そして。

 

 撤退できなかった自分。

 

 春麗は、それを消さずに棚へ置いた。

 

 それで、今日は十分だった。

 




q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:

今回の 「救済後の黒執着春麗は、青で勝って撤退に失敗する」 は、黒執着春麗後日談の中でもかなり重要な 青側の快感・被弾回 です。

一言で言うなら、

黒だけではなく、青でも“煽れる・勝てる・快感を得る・そしてリュウに精神HPを壊される”ことが証明された回

です。

今回の核は、

青で勝った。
準備していた煽りも言えた。
黒を棚に置いたまま、正面からリュウを越えた。
でも、勝利後に撤退できず、リュウに感想を聞いてしまった。
その結果、無自覚褒め殺しで精神HPノックアウトされた。

ここです。

今回の一番大きな意味

この回は、前回の黒ドレス回と対になる構造です。

前回は、黒ドレスで準備した煽りを使い、リュウに刺し、ギリギリ勝つ快感を知りました。

今回は、青武道服で同じことをやっています。

ただし、青の性質は黒と違います。

黒は、

見せる。
迷わせる。
遅らせる。
見られる距離を使う。
言葉まで黒に入れる。

という戦いでした。

一方、今回の青は、

隠さない。
正面から速い。
見えているはずなのに止められない。
黒を棚に置いたまま、青で踏み込む。

という戦いです。

つまり、今回の青は「黒を捨てた青」ではありません。

黒を知った後の青。
黒を棚に置ける春麗の青。
黒がないことすら戦術にする青。

そこが非常に重要です。

「黒がないから見やすいと思った?」が今回の決め台詞

今回の準備済み煽りは、

黒がないから見やすいと思った?
残念ね。
今日は、正面から速いわよ。

です。

これはとても良いです。

黒ドレス回の、

全部見ようとすると、遅れるわよ。

が「見ることを増やして遅らせる煽り」だったのに対して、今回の青は、

見やすいと思わせて、見えている正面から抜く煽り

になっています。

黒の煽りは、情報量を増やす。

青の煽りは、情報量を減らしたうえで速度で抜く。

この対比が綺麗です。

黒がないから見やすい。
でも、見やすいから止められるとは限らない。

ここが青の快感につながっています。

青でも危険な快感が成立した

今回、春麗は青でも危険な快感に気づいています。

黒の場合は、

準備した言葉が刺さる。
リュウが全部見ようとして遅れる。
その上で勝つ。

という快感でした。

青の場合は、

見えているはずなのに止められない。
リュウが正面から止めようとしてくる。
その拳を一瞬だけ越える。

という快感です。

これは別種の危険です。

黒は「迷わせて越える快感」。
青は「見えている正面を抜く快感」。

救済後黒執着春麗は、この両方を知ってしまいました。

これはかなり危険です。

ただし、今回はその危険を否定していません。

青を洗い、畳み、棚に置くことで、

危険な快感を持ち帰るが、呑まれない

という処理をしています。

今回の最大の失敗は「撤退できなかったこと」

戦闘面では春麗の勝利です。

でも、エピソード全体で見ると、最大の失敗は戦闘後です。

春麗は勝った時点で帰るべきでした。

なぜなら、彼女はもう学んでいるからです。

勝利後のリュウは危険。
負けた直後のリュウは、見たものをそのまま褒めてくる。
それが春麗の精神HPを壊す。

わかっていた。

なのに、聞いてしまった。

今日の青、どう見えた?

これが敗因です。

この一言によって、リュウの無自覚褒め殺しが始まります。

つまり今回の春麗は、試合には勝ちました。

でも、勝った後に自分から危険地帯へ踏み込んでいます。

ここが非常にめんどくさくて良いです。

リュウの褒め殺しが完全に青へ刺さっている

今回のリュウの褒め言葉は、かなり強いです。

黒を置いてきた青ではなかった。
黒を知ったまま、青で来た。
黒がない分、春麗が前に出ていた。
青の速さに、黒を知った後の間があった。
今日の青は、春麗の青だった。
勝った春麗も、見たい。

これは、完全に青を肯定しています。

しかも、ただ「速かった」「強かった」ではありません。

リュウは、春麗が怖がっていた部分を正確に見ています。

黒を捨てた青ではない。
昔に戻った青ではない。
黒を知った後の青。
そして、春麗自身の青。

これは逃げ場がない。

だから精神HPがノックアウトされます。

「褒め殺された青」が棚に増えた意味

今回、最後に春麗は今日の青を棚に置きます。

その分類が、

勝った青
煽りを言えた青
正面から速かった青
黒を棚に置いたままの青
褒め殺された青

です。

この「褒め殺された青」が非常に良いです。

黒にはすでに、褒め殺された黒がありました。

今回、青にもそれができた。

つまり、救済後黒執着春麗は、

黒でもリュウに勝てるが、褒め殺される。
青でもリュウに勝てるが、褒め殺される。

という状態になりました。

これはかなり完成度の高いめんどくささです。

RPG形式バトルログ解説
BATTLE START
キャラ HP 精神HP 状態
救済後黒執着春麗 100 90 青武道服装備/黒は棚に保管/青用煽り準備済み
リュウ 100 88 青と黒の差分を見ようとする状態

今回の春麗は青武道服です。

ただし、黒を捨てた青ではありません。

黒を棚に置いたまま、青を選んでいます。

そのため、戦闘スタイルは純粋な過去の青ではなく、

黒を知った後の青

です。

PRE-BATTLE EVENT:青用煽り発動

春麗は、リュウが一瞬だけ黒を探したことを見逃しません。

そこで準備していた煽りを使います。

黒がないから見やすいと思った?
残念ね。
今日は、正面から速いわよ。

キャラ HP 精神HP 変動
春麗 100 90 → 96 準備済み煽り成功
リュウ 100 88 → 83 黒を探した意識を突かれる

判定:春麗、開幕成功。

これは黒ドレス回とは違うタイプの煽りです。

黒では「全部見ようとすると遅れる」。
青では「見やすいと思ったら正面から抜かれる」。

青らしい煽りになっています。

TURN 1:正面から速い青

春麗は黒の半拍を使わず、正面から踏み込みます。

黒い裾はない。

隠すものもない。

その代わり、青の速度でリュウの防御を押します。

キャラ HP 精神HP 変動
春麗 100 → 88 96 → 93 肩に拳を受ける
リュウ 100 → 88 83 → 80 脇腹と胸に打撃を受ける

判定:互角。春麗、青の速度で先制気味。

ここでリュウは、

黒がないのに、遅れて見える

と言います。

この時点で、春麗の青がただの青ではないことが示されます。

黒で身につけた間が、青にも残っているわけです。

TURN 2:十一戦目の拳への対応

中盤、リュウは十一戦目を思わせる拳で春麗を止めにきます。

春麗にとってこれは痛い記憶です。

青で負けた記憶。
黒へ向かうきっかけになった拳。

しかし、今の春麗はその拳を弱さとして扱いません。

キャラ HP 精神HP 変動
春麗 88 → 70 93 → 88 脇腹に重い打撃
リュウ 88 → 68 80 → 76 肩への蹴りが深く入る

判定:両者被弾。春麗、十一戦目の青を越え始める。

ここで春麗は、

見えているのに、遅いわね

と青用の煽りを追加します。

黒のように迷わせるのではなく、見えているはずのリュウを速度で遅らせる。

これが青の戦術です。

TURN 3:リュウの無自覚高火力・戦闘中発動

リュウは戦闘中にも危険なことを言います。

今日の青は、逃げていない。
黒を置いてきた青ではない。

これは春麗の精神HPに刺さります。

キャラ HP 精神HP 変動
春麗 70 → 62 88 → 70 リュウの発言で大きく被弾
リュウ 68 → 55 76 → 74 春麗の反撃を受ける

判定:春麗、肉体より精神HPが削れる。

ただし、ここではまだ崩れません。

精神HPは削れますが、身体は止めません。

これが救済後の強さです。

精神HPが削れても、戦闘行動は継続できる。

FINAL TURN:正面からでも迷うのね

終盤、春麗は黒ではなく青で一瞬止まります。

これは黒の待機圧ではありません。

青の静止です。

正面から速く来ると思わせておいて、一瞬だけ止まる。

その結果、リュウの拳がわずかに判断を変えます。

そこで春麗が言います。

正面からでも、迷うのね。

キャラ HP 精神HP 変動
春麗 62 → 11 70 → 64 腹部打撃、肩打撃、最後の拳を受ける
リュウ 55 → 0 74 → 62 掌底、蹴り、最後の掌底で戦闘不能

勝者:救済後黒執着春麗

春麗残HP:11
リュウ残HP:0

今回もギリギリです。

春麗の残HPは11。

かなり危ない勝利です。

BATTLE RESULT
項目 結果
勝者 救済後黒執着春麗
衣装 青武道服
勝利判定 ギリギリ勝利
春麗残HP 11
リュウ残HP 0
決まり手 青の静止+正面突破+最後の蹴り+掌底
重要煽り 黒がないから見やすいと思った?
回収煽り 見えていたでしょう? でも、止められなかった
戦闘テーマ 黒を棚に置いたまま、青で正面から勝つ
SPECIAL EVENT:青用煽り成功
項目 内容
イベント名 青用煽り成功
台詞 黒がないから見やすいと思った?
効果 黒を探したリュウの意識を突き、青の正面速度へ誘導
春麗精神HP 90 → 96
リュウ精神HP 88 → 83

このイベントにより、春麗は青でも言葉を戦術化できると確認します。

黒と違い、青の煽りは「隠す」より「見えていても止められない」に寄っています。

SPECIAL EVENT:撤退失敗

戦闘終了後、本来なら春麗はすぐ帰るべきでした。

しかし、勝利の熱が残っていたため、リュウに聞いてしまいます。

今日の青、どう見えた?

これが敗因です。

項目 内容
イベント名 撤退失敗
発動条件 勝利後、リュウに感想を求める
危険度 極大
結果 リュウの無自覚褒め殺しが発動
春麗精神HP 64 → 0
リュウ無自覚褒め殺しログ
リュウの発言 春麗精神HP ダメージ内容
黒を置いてきた青ではなかった 64 → 48 青が逃げではないと見抜かれる
黒を知ったまま、青で来た 48 → 34 黒と青の両立を肯定される
黒がない分、春麗が前に出ていた 34 → 20 青の本質を言語化される
青の速さに、黒を知った後の間があった 20 → 8 青の中の黒の経験を見抜かれる
今日の青は、春麗の青だった 8 → 0 完全肯定で精神HPノックアウト
勝った春麗も、見たい 0 → OVERKILL 追撃。撤退不能状態で直撃

精神戦結果:リュウ圧勝。

春麗は試合には勝ちました。

しかし精神戦では、リュウの無自覚褒め殺しに完全敗北しています。

FINAL RESULT
項目 内容
肉体戦 春麗勝利
精神戦 リュウ圧勝
春麗HP 11
春麗精神HP 0
リュウHP 0
リュウ精神HP 62
春麗の成果 青でも煽りを言えた。青でもギリギリ勝てた
春麗の失敗 勝利後に撤退できなかった
新規棚分類 褒め殺された青/撤退できなかった自分
次回課題 勝った後にリュウへ感想を求めない
今回の教訓

今回の春麗は、戦闘面ではかなり成長しています。

青で煽れる。
青で勝てる。
黒を棚に置いたまま、正面からリュウを越えられる。

しかし、試合後の管理が甘かった。

黒ドレス回で学んだはずの、

勝利後のリュウは危険

という教訓を、青の勝利の熱で忘れてしまいました。

その結果、自分から感想を求め、褒め殺しを正面から受けました。

まとめ

今回の到達点は、

青でも勝てる。
青でも煽れる。
青でも危険な快感がある。
そして青でもリュウに褒め殺される。

です。

黒だけではなく、青にも危険が生まれました。

ただし、それは悪いことではありません。

青が本当に春麗のものになったからこそ、青でも勝ち、青でも被弾し、青でも棚に置けるようになった。

今回の一番良いところは、最後に春麗が、

褒め殺された青
撤退できなかった自分

を棚に置いたことです。

つまり、精神HPノックアウトされても、経験を持ち帰れています。

救済後黒執着春麗は、また一つ面倒になりました。

でも、それは壊れたのではなく、青の側にも物語を持てるようになったということです。
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