また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
眠りは、深くなかった。
けれど、浅くもなかった。
目を閉じたはずの意識が、ゆっくり沈んでいく。
青い小箱。
畳んだ青い武道服。
宿題の正式回答。
話題候補。
全部は話さない。
正式回答の後に。
少しずつ。
……たぶん。
その言葉たちが、眠りの底でほどけていく。
そして、春麗は気づいた。
また、ここに来ている。
春麗会議室。
白い床。
円卓。
湯呑み。
記録板AI。
今日は、いつもより静かだった。
黒いログ束はない。
青い小箱も、実物としては置かれていない。
ただ、空気の中に青の重さだけがある。
本編春麗は、自分の席に座っていた。
青武道服ではない。
日常服でもない。
会議室の中の、どちらでもない姿。
それだけで、今日が戦闘回ではないと分かった。
記録板AIが、静かに表示する。
『会議開始』
『本日の参加者』
『本編春麗』
『行き遅れに恐怖する春麗』
『通常救済版春麗』
『自覚前春麗』
『記録板AI』
『黒ドレス特化救済春麗:本日不参加』
『議題:待つことについて』
本編春麗は、表示を見て少しだけ眉を寄せた。
「……待つこと」
『はい』
「かなり直球ね」
『現在の本編春麗に必要な議題です』
「そうでしょうね」
否定はできなかった。
宿題の正式回答。
リュウに出した宿題。
私が、あなたの言葉で変わった後。
その春麗に、あなたがどう向き合うのか。
その完成版の答え。
それを、春麗は待っている。
急かさない。
答えを取りに行かない。
押し出さない。
でも、待っている。
その間に、青い小箱は重くなった。
話題候補は増えた。
自分の中の未整理ログも増えた。
待っているだけのはずなのに、自分の側がどんどん動いている。
それが、怖かった。
円卓の向こう側に、行き遅れに恐怖する春麗が座っていた。
湯呑みを両手で包んでいる。
いつも通り。
けれど、今日はいつもより少しだけ、こちらを見ていた。
「……あなたの議題ね」
本編春麗が言う。
行き遅れ春麗は、静かに首を横に振った。
「たぶん、あなたの議題でもある」
「そうね」
本編春麗は、息を吐いた。
「私、待っているのよね」
『発言信頼度:高』
「そこは高でいいわ」
自覚前春麗が、少しだけ身を乗り出す。
「宿題の正式回答待ちでしょう?」
「ええ」
「でも、三択回答待ちとは違うんじゃない?」
行き遅れ春麗が、少しだけ目を伏せた。
「違うところもある」
本編春麗は、そちらを見る。
「似ているところもある?」
「ある」
行き遅れ春麗は、湯呑みを包んだまま言った。
「答えを急かさないところ」
本編春麗は黙る。
「相手が選ぶ時間を残しているところ」
「……ええ」
「その間に、自分だけ止まっている気がするところ」
本編春麗の胸に、少し刺さった。
「それは、あるわ」
「でも、本当に止まっているわけではないところ」
記録板AIが表示する。
『待機概念:再確認』
『待つことは停止ではなく、答えを待つ位置に立つこと』
本編春麗は、その表示を見た。
「前にも聞いたわね」
『はい』
「でも、今の私には、少し違う形で刺さるわ」
『精神HP微減』
「記録しないで」
『記録済みです』
「本当に余計」
通常救済版春麗が、穏やかに言う。
「あなたは、待っている間に青い小箱を開けていたわね」
本編春麗は、少しだけ顔をしかめた。
「開けたわ」
「話すことが増えていることにも気づいた」
「気づいたわ」
「それは、待っている間にあなたも進んでいるということ」
本編春麗は、静かに頷いた。
「そう整理した」
一拍。
「でも、進んでいるからこそ怖いのよ」
会議室が静かになる。
本編春麗は、指先を見つめた。
「リュウが答えを考えている間に、私の中でも話すことが増えている。話さないと決めるものも増えている。保留するものも増えている。青い小箱が重くなっている」
一拍。
「もし、リュウが答えを持ってきた時、私の方が変わりすぎていたらどうするの?」
行き遅れ春麗は、湯呑みから視線を上げた。
「それが、あなたの宿題そのものでは?」
本編春麗は、言葉を失った。
記録板AIが表示する。
『重要指摘』
『本編春麗の不安内容:リュウの言葉を待つ間に自分が変わってしまうこと』
『宿題内容:リュウの言葉で変わった後の春麗に、リュウがどう向き合うか』
『重複を確認』
「……そういうことを、すぐ表示しないで」
『必要です』
「必要なのは分かっているわよ」
本編春麗は額に手を当てる。
「そうね。そうなのよね」
自分が怖がっていることは、宿題の中身そのものだった。
リュウの言葉で変わること。
待っている間にも変わってしまうこと。
正式回答を聞く前に、すでに自分が変わり始めていること。
そして、その変わった春麗にリュウがどう向き合うのか。
だから宿題を出した。
なのに、答えを待つ間にも怖くなる。
「……面倒ね」
『発言信頼度:高』
「高でいいわ」
自覚前春麗が腕を組む。
「でも、あなたの場合は自分から宿題を出したのでしょう?」
「ええ」
「自分で聞いた」
「ええ」
「自分で重くした」
「……言い方」
「違うの?」
本編春麗は、少しだけ唇を結ぶ。
「違わないわ」
自覚前春麗は、少しだけ満足そうに頷いた。
「なら、待つ責任もあるのでは?」
本編春麗は、目を細めた。
「あなた、今日かなり刺すわね」
「資料として」
『資料発言を確認』
「確認しないで!」
通常救済版春麗が、少しだけ笑う。
「でも、今のは大事ね」
本編春麗も、認めざるを得なかった。
自分で宿題を出した。
答えを急がせないと決めた。
なら、待つ責任がある。
それは、ただ耐えることではない。
相手が答えを持ってくるまで、その答えの形を勝手に決めないこと。
途中で怖くなって、答えを先に取りに行かないこと。
自分の不安で、相手の時間を奪わないこと。
でも、自分の中に増えたものを放置しないこと。
待つ。
それは、意外と忙しい。
「……待つって、暇じゃないのね」
行き遅れ春麗が、小さく頷いた。
「暇ではない」
「あなたも?」
「ええ」
行き遅れ春麗は、湯呑みを見つめる。
「三択回答待ちは、止まっているように見える」
「ええ」
「でも、本当はずっと考えている」
一拍。
「急かしていないか。逃げていないか。相手の答えを先に決めていないか。自分だけ置いていかれていると思い込んでいないか」
本編春麗は、黙って聞いた。
「待つことは、相手の答えを奪わないこと」
一拍。
「でも、自分の場所を捨てないことでもある」
会議室が静かになった。
本編春麗は、その言葉を何度も胸の中で反芻した。
相手の答えを奪わない。
自分の場所を捨てない。
待つことは、その両方。
「……あなた、かなり強いことを言うわね」
行き遅れ春麗は、少しだけ困ったように笑った。
「怖いから、言葉にしているだけ」
「それが強いのよ」
『行き遅れ春麗:待機強度確認』
「記録板AI」
『はい』
「今のは記録していいわ」
『保存しました』
自覚前春麗が、少し意外そうに本編春麗を見る。
「珍しいわね。自分から保存を許すなんて」
「今のは必要」
「そう」
本編春麗は、行き遅れ春麗へ向き直る。
「あなたは、三択回答を待っている間、怖くならないの?」
「なる」
即答だった。
本編春麗は、少し目を見開く。
「なるのね」
「なる」
「では、どうして待てるの?」
行き遅れ春麗は、少しだけ考えた。
「待てているかどうかは、分からない」
「え?」
「怖いまま、待つ位置に立っているだけ」
一拍。
「動かないことが強いのではないと思う」
湯呑みを包む手に、少し力が入る。
「答えを急かしたくなる自分を認めて、それでも急かさないこと。相手が選ぶ時間を残すこと。自分の不安で、相手の答えを狭めないこと」
本編春麗は、静かに息を吸った。
「……それ、今の私にも必要ね」
「たぶん」
「リュウに、宿題の正式回答を急かさない」
「ええ」
「途中回答を正式回答にしない」
「ええ」
「青の先へ行きたいと言われたことを、勝手に最終回答扱いしない」
「ええ」
「私が変わっていることを、リュウの答えの前に押しつけない」
「ええ」
「でも、私の青い小箱は、捨てない」
行き遅れ春麗は、初めて少しだけはっきり頷いた。
「ええ」
その肯定で、本編春麗の胸が少し落ち着いた。
待つことは、青い小箱を閉じたまま忘れることではない。
青い小箱を抱えて、でも相手の答えを奪わないこと。
自分の中に話すことが増えても、それを全部持って相手に迫らないこと。
でも、なかったことにはしないこと。
それが、今の本編春麗の待ち方。
通常救済版春麗が、静かに言う。
「待つためには、戻れる場所も必要ね」
本編春麗はそちらを見る。
「戻れる場所」
「ええ。答えが来た時、受け止めきれなくても戻れる場所。答えが来る前に怖くなっても、一度置ける場所」
「青い小箱?」
「それも一つ」
通常救済版春麗は微笑む。
「春麗会議室もそう」
記録板AIが表示する。
『立て直し地点:確認』
『青い小箱:本編春麗個人の保管場所』
『春麗会議室:経験を保持したまま自己認識を回復する拠点』
『待機中の使用:有効』
本編春麗は、記録板を見て頷いた。
「そうね」
一拍。
「私は、待っている間に怖くなったら、ここに来てもいいのね」
『はい』
「青い小箱を開けてもいい」
『はい』
「ただし、答えを勝手に決めない」
『重要』
「話題候補を全部リュウに投げない」
『重要』
「宿題の答えを急かさない」
『重要』
「でも、待っている私自身を止まっている扱いしない」
『最重要』
本編春麗は、少しだけ笑った。
「最重要なのね」
『はい』
行き遅れ春麗が、静かに言う。
「待っている間に変わってもいい」
本編春麗は、そちらを見る。
「え?」
「待っている間に、あなたが変わってもいい」
その言葉に、本編春麗は胸を突かれた。
行き遅れ春麗は続ける。
「答えを待つ位置に立っている間、何も変わらない必要はない。怖いまま考える。怖いまま増える。怖いまま畳む。怖いまま、次に行く準備をする」
一拍。
「それは、答えを急かすことではない」
本編春麗は、目を伏せた。
待っている間に変わってもいい。
それは、今の本編春麗に必要な言葉だった。
リュウの正式回答を待っている。
でも、その間にも自分は変わっている。
青い小箱は重くなった。
話題候補は増えた。
黒の後の青も、宿題も、相打ちも、進まれた青も、黒執着春麗の青も、黒ドレスを着ていない理由も、全部積み重なった。
その自分で、答えを待っている。
それでいい。
答えが来るまで、止まっていなくてもいい。
「……そう」
本編春麗は、小さく言った。
「待っている間に、私が変わってもいい」
『発言信頼度:高』
記録板AIが表示する。
本編春麗は、今度は否定しなかった。
「ええ」
一拍。
「高でいいわ」
自覚前春麗が、少しだけ頬杖をつく。
「それで、宿題の正式回答が来た時には、さらに変わるわけでしょう?」
本編春麗は、顔をしかめる。
「言い方」
「事実では?」
「事実でしょうけれど、言い方」
『自覚前春麗の指摘:概ね妥当』
「概ね妥当って何よ」
自覚前春麗は少し笑う。
本編春麗はため息をついた。
「ええ。たぶん、答えが来たら変わる」
一拍。
「でも、それをリュウに問うたのは私」
行き遅れ春麗が頷く。
「なら、受け取る位置に立つ」
「ええ」
「ただし、倒れたら戻る」
通常救済版春麗が言う。
「そこは大事ね」
本編春麗は、少しだけ笑った。
「倒れる前提で話さないで」
『精神HPノックアウト可能性:高』
「記録板AI」
『はい』
「今は出さないで」
『了解しました』
「……出さないでくれたの?」
『表示済みです』
「遅い!」
会議室に、少しだけ笑いが戻った。
重い議題だった。
でも、重すぎるだけではなかった。
待つこと。
行き遅れに恐怖する春麗がずっと抱えていたもの。
そして今、本編春麗も抱えているもの。
相手の答えを急かさない。
でも、自分の場所を捨てない。
待っている間に変わってもいい。
怖いまま、待つ位置に立つ。
それは、停止ではない。
位置取り。
しかも、かなり難しい位置取り。
記録板AIが、会議結論を表示する。
『本日の会議結論』
『一、本編春麗の宿題正式回答待ちは、行き遅れに恐怖する春麗の三択回答待ちと構造的に近い部分があります』
『二、共通点は、相手の答えを急かさず、相手が選ぶ時間を残すことです』
『三、ただし、本編春麗の場合、宿題を出した側として、問いを深くした責任があります』
『四、待つことは停止ではありません』
『五、待つことは、相手の答えを奪わず、自分の場所を捨てないことです』
『六、待っている間に本編春麗が変わっても構いません』
『七、青い小箱は、待機中の未整理ログを置くための有効な保管場所です』
『八、ただし、話題候補を全部リュウに投げることは推奨されません』
『九、正式回答を受け取った後、精神HPノックアウトの可能性があります』
「九番」
本編春麗が即座に言う。
『はい』
「消して」
『重要事項です』
「分かっているけれど、今見たくないのよ」
『非表示にします』
「保存は?」
『保存済みです』
「でしょうね」
行き遅れ春麗が、少しだけ笑った。
本編春麗は、彼女を見る。
「あなたは、ずっとこれをやっていたのね」
「三択回答待ちは、形が違うけれど」
「でも、待つ怖さは近い」
「ええ」
本編春麗は、少し考えてから言った。
「私、あなたのことを、ただ待っている春麗だと思っていたかもしれない」
行き遅れ春麗は、静かに首を傾ける。
「違った?」
「違ったわ」
一拍。
「怖いまま、相手の答えを奪わない春麗だった」
行き遅れ春麗の手が、湯呑みの上で少し止まった。
記録板AIが表示する。
『本編春麗による行き遅れ春麗評価:更新』
『ただ待つ春麗』
『→怖いまま、相手の答えを奪わない春麗』
行き遅れ春麗は、少しだけ目を伏せた。
「……その分類は、少し恥ずかしい」
本編春麗は、やわらかく笑った。
「ええ。分かるわ」
「でも」
行き遅れ春麗は、小さく頷く。
「保存していい」
『保存しました』
自覚前春麗が、少しだけ茶化すように言う。
「今日は保存許可が多いわね」
本編春麗は、自覚前春麗を見る。
「必要なものは保存するわ」
「その判断ができるなら、かなり進んでいるのでは?」
「……言い方」
「資料として」
『資料発言を確認』
「だから確認しないで!」
会議室に、また少し笑いが起きた。
本編春麗は、湯呑みを手に取った。
温かい。
夢の中なのに、温かい。
「ねえ」
行き遅れ春麗が顔を上げる。
本編春麗は、少しだけ迷ってから言った。
「もし、答えが来た後も怖かったら」
「ええ」
「その時も、話していい?」
行き遅れ春麗は、静かに頷いた。
「もちろん」
一拍。
「答えが来た後にも、待つことはあるから」
本編春麗は、目を細めた。
「そうなの?」
「あると思う」
「何を待つの?」
行き遅れ春麗は、少しだけ考えた。
「自分が、その答えを持てるようになる時間」
会議室が静かになった。
本編春麗は、ゆっくり息を吐く。
「……それ、また重要なことを言ったわね」
『重要発言として保存します』
「保存していいわ」
『保存しました』
通常救済版春麗が、穏やかに頷く。
「答えは、聞いた瞬間に全部持てるとは限らないものね」
本編春麗は、小さく頷いた。
「そうね」
一拍。
「正式回答が来ても、すぐに全部は持てないかもしれない」
「ええ」
「なら、その時も、急がなくていい」
「ええ」
「でも、逃げない」
行き遅れ春麗が、静かに笑った。
「それでいいと思う」
本編春麗は、少しだけ肩の力を抜いた。
怖い。
答えを待つのは怖い。
答えが来るのも怖い。
来た後も、たぶん怖い。
でも、怖いことと、間違っていることは違う。
待つことは、停止ではない。
答えを奪わない位置に立つこと。
自分の場所を捨てないこと。
待っている間に変わってもいいこと。
答えが来た後にも、それを持てるようになる時間を待っていいこと。
春麗は、ようやくその言葉たちを受け取った。
目が覚めると、朝だった。
春麗は、しばらく天井を見ていた。
春麗会議室の記憶は、残っている。
行き遅れに恐怖する春麗の声も。
湯呑みを包む手も。
記録板AIの表示も。
待つことは、相手の答えを奪わないこと。
でも、自分の場所を捨てないこと。
春麗は、ゆっくり起き上がった。
机を見る。
青い小箱がある。
昨日より重くなった気がする。
でも、今日は開けなかった。
開けなくても、そこにあると分かっている。
春麗は、小箱の上にそっと指を置いた。
「……急がない」
一拍。
「でも、逃げない」
それは、昨日も言った言葉だった。
でも、今日は少し違う。
待つことの意味を、少しだけ理解した後の言葉。
春麗は、引き出しを開けた。
畳んだ青い武道服がある。
黒ドレスは別の場所にある。
今は青。
宿題の正式回答を待つ青。
ただし、止まっている青ではない。
待つ位置に立っている青。
春麗は、青い布に触れた。
「答えが来るまで、私はここにいる」
一拍。
「でも、ここで固まっているわけではない」
言ってから、少しだけ笑った。
自分でも、少し難しいことを言っていると思う。
けれど、今の春麗には必要な難しさだった。
窓の外は明るい。
今日、答えが来るかは分からない。
明日かもしれない。
もっと先かもしれない。
リュウがどう答えるのかも、まだ分からない。
分からないまま、待つ。
ただし、答えを奪わない。
自分の場所も捨てない。
春麗は、青い小箱の蓋を撫でる。
「答えが来た後にも、待つことはある」
行き遅れ春麗の言葉を、もう一度口にした。
その言葉は、不思議と怖くなかった。
むしろ、少しだけ安心した。
答えが来ても、すぐ全部持てなくていい。
その答えを持てるようになる時間も、待っていい。
春麗は、ゆっくり息を吐いた。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉かは分からない。
行き遅れ春麗か。
春麗会議室か。
青い小箱か。
それとも、まだ答えを持っていないリュウか。
分からない。
でも、言ってよかった。
春麗は、立ち上がる。
今日は、まだ何も起きていない。
リュウにも会っていない。
宿題の正式回答も来ていない。
それでも、昨日より少しだけ、待つ位置が分かっている。
春麗は、鏡の前に立った。
そこに映る自分を見て、小さく言う。
「怖いまま、待つ」
一拍。
「でも、答えは奪わない」
もう一拍。
「私の場所も、捨てない」
その言葉は、青い小箱の中には入れなかった。
今日は、机の上にも書かなかった。
胸の中に置いておくことにした。
宿題の正式回答が来るまで。
そして、来た後にも。
必要になる言葉だと思ったから。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
今回の核は、「本編春麗が、待つことについて行き遅れに恐怖する春麗と話す」ことでした。
宿題の正式回答を待っている本編春麗は、ここまでずっと待つ立場にいました。
リュウに宿題を出した。
途中回答は受け取った。
青い小箱には話すことが増えている。
自分の中でも考えることが増えている。
でも、正式回答そのものはまだ来ていない。
つまり本編春麗は、ただ止まっているわけではないけれど、答えそのものは待っている状態です。
ここが、行き遅れに恐怖する春麗の三択回答待ちと重なります。
行き遅れ春麗は、「答えを待つ位置」に立っている春麗です。
答えを急かさない。
相手が選ぶ時間を残している。
でも、その間に自分だけ止まっているような怖さを抱えている。
今回、本編春麗はその感覚にかなり近い場所へ来ました。
ただし、二人の待ちは同じではありません。
行き遅れ春麗は、三択回答を待っている春麗。
本編春麗は、自分がリュウに出した宿題の正式回答を待っている春麗です。
本編春麗の場合、自分で問いを深くしてしまった責任があります。
最初は、リュウなりの甘い言葉を考えてきなさい、という宿題でした。
でも今の宿題は、
「私があなたの言葉で変わった後、その春麗にどう向き合うのか」
というところまで深くなっています。
つまり、待っている答えが重い。
だからこそ、待つこと自体も重くなっている。
今回の春麗会議では、その「待つこと」を正面から扱いました。
今回、一番大事だった言葉は、
「待つことは、相手の答えを奪わないこと」
「でも、自分の場所を捨てないこと」
です。
これはかなり重要です。
待つというと、何もしないことのように見えます。
でも、この連作における待つことは、停止ではありません。
相手の答えを勝手に決めない。
相手の時間を奪わない。
途中回答を最終回答扱いしない。
自分の不安で、相手の答えの形を狭めない。
その一方で、自分の中に増えたものをなかったことにはしない。
青い小箱も捨てない。
話題候補も消さない。
待っている間に変わってしまう自分も否定しない。
つまり、待つことはかなり忙しい。
今回の本編春麗は、そこに気づいています。
青い小箱には、すでに多くの話題候補があります。
黒の後の青。
宿題のこと。
青を選び直したこと。
相打ちのこと。
リュウが自分から考えたかったと言ったこと。
春麗の青の先へ行きたいと言われたこと。
進まれた青のこと。
黒執着春麗が青でも勝ったこと。
最近黒ドレスを着ていない理由。
これだけ抱えた状態で、春麗はまだ正式回答を待っています。
だから彼女は怖い。
答えを待っている間に、自分の方が変わりすぎてしまうのではないか。
リュウが答えを持ってきた時、自分はもうその前の春麗ではないのではないか。
でも、それこそが宿題の中身でもあります。
リュウの言葉で変わった後の春麗に、リュウがどう向き合うのか。
今回、記録板AIがそこを指摘したことで、本編春麗は自分の不安と宿題の内容が重なっていることに気づきます。
ここはかなり綺麗な構造です。
本編春麗は、リュウの答えを待っている。
でも、待っている間にも変わっている。
その変わった自分にリュウがどう向き合うのかを、まさに問いとして出している。
だから、待っている間に変わってしまうことは、失敗ではありません。
むしろ、宿題の核心に近づいている。
今回、行き遅れ春麗が言った、
「待っている間に、あなたが変わってもいい」
という言葉は、本編春麗にとってかなり必要な言葉でした。
待つことは、答えが来るまで自分を固定することではない。
答えが来るまで、何も変わらない自分でいなければならないわけではない。
怖いまま考える。
怖いまま増える。
怖いまま畳む。
怖いまま、次に行く準備をする。
それは、答えを急かすことではない。
ここが今回の大事な到達点です。
また、今回の行き遅れ春麗の立ち位置も良かったと思います。
彼女は「ただ待っている春麗」ではありません。
怖いまま、相手の答えを奪わない春麗です。
この更新は、行き遅れ春麗にとっても大きいです。
以前は、自分だけ止まっているのではないか、行き遅れるのではないか、という不安が前面に出ていました。
でも今回、本編春麗との対話を通して、彼女の待ちはより強いものとして見えています。
怖いからこそ急かしたくなる。
でも急かさない。
相手の答えを先に決めない。
自分の不安で相手の選択肢を狭めない。
これはかなり強い待ち方です。
今回、本編春麗がそれを認めたことで、行き遅れ春麗の役割も一段更新されました。
もう一つ大事なのは、
「答えが来た後にも、待つことはある」
という整理です。
これは、宿題回答前に置くエピソードとして非常に重要です。
普通なら、答えが来たら待ちは終わるように見えます。
でも実際には、答えを聞いた瞬間に全部を持てるとは限りません。
受け取った答えを、自分の中で持てる形にする時間が必要です。
つまり、答えが来た後にも待つ時間がある。
自分が、その答えを持てるようになる時間を待つ。
この言葉は、正式回答後の本編春麗にそのまま接続できます。
リュウが正式回答を持ってきた時、本編春麗はおそらく大きく削られます。
精神HPはかなり危険です。
でも、その場で全部を理解し、全部に名前を付ける必要はない。
受け取った後にも、待っていい。
持てるようになる時間を取っていい。
春麗会議室に戻っていい。
青い小箱に置いていい。
今回のエピソードは、そのための安全装置でもあります。
正式回答前に、この会話を置くことで、本編春麗はただ答えを待っているだけではなくなりました。
待つことの意味を確認した。
怖いまま待つことを許した。
待っている間に変わってもいいと受け取った。
答えが来た後にも、それを持てるようになる時間が必要だと知った。
これは、正式回答を受け取るための準備です。
今回の到達点は、
待つことは停止ではない。
相手の答えを奪わず、自分の場所を捨てないこと。
待っている間に変わってもいい。
答えが来た後にも、それを持てるようになる時間を待っていい。
行き遅れ春麗は、怖いまま相手の答えを奪わない春麗である。
このあたりです。
かなり静かな会議回ですが、宿題正式回答前に必要な回になったと思います。
本編春麗は、まだ正式回答を受け取っていません。
でも、今回の会議を経て、少しだけ「待つ位置」が分かりました。
急がない。
でも、逃げない。
この言葉が、正式回答前の本編春麗にはとても合っていると思います。