また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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春麗視点です。


相打ちの朝(裏):春麗は、リュウと同時に倒れる

 春麗は、青い武道服で朝の修行場へ向かっていた。

 

 雨はもう止んでいる。

 

 木々の葉から落ちる雫が、まだ時折、山道の土を小さく打っていた。空気は澄んでいて、湿った土の匂いが濃い。

 

 黒いドレスではない。

 

 今日は、青い武道服だった。

 

 原点の春麗として戦う。

 

 ただし、昔の春麗ではない。

 

 黒いドレスでリュウを試した春麗。

 黒いドレスでリュウに捕まえられた春麗。

 青い武道服で、黒衣の敗北を勝利に還した春麗。

 

 その全部を持ったまま、今日もリュウの前に立つ。

 

 春麗はわかっていた。

 

 リュウは、前回の負けをそのままにはしていない。

 

 青い武道服の春麗に負けたこと。

 春麗が捕まえられてから逃げたこと。

 リュウが「逃がさない」と思った瞬間、その力の内側へ入られたこと。

 

 きっと、すべて持ち帰っている。

 

 次は、自分が捕まえられてから逃げることまで読んでくる。

 

 春麗は足を止めず、少しだけ笑った。

 

 なら、今日はどこまで来るのかしら。

 

 楽しみだった。

 

 危険なのはわかっている。

 

 それでも、楽しみだった。

 

 リュウは来る。

 もっと深く来る。

 前回よりも、さらに春麗へ届こうとしてくる。

 

 春麗は勝つつもりだった。

 

 前回と同じように、リュウを焦らせたうえで、自分が立つつもりだった。

 

 雨上がりの修行場に出ると、リュウはすでにいた。

 

 一人で立っている。

 

 湿った土の上。

 朝日が差し始めた修行場の中央。

 静かな目で、こちらを見ている。

 

 春麗はその視線を受け止めた。

 

 黒いドレスの時とは違う。

 

 リュウの目は、青い武道服の春麗を見ている。

 速度も、技も、呼吸も、踏み込みも、全部見ようとしている。

 

 春麗は胸の奥で満足する。

 

 黒いドレスじゃなくても、ちゃんと見ている。

 

 「来たな」

 

 リュウが言う。

 

 春麗は軽く笑った。

 

 「前回の続きをしに来たんでしょう?」

 

 「ああ。今日は、青いお前に届かせる」

 

 青いお前。

 

 その言い方に、春麗は少しだけ心の奥をくすぐられた。

 

 黒いドレスの自分ではなく。

 青い武道服の自分。

 

 リュウは、その違いを見ている。

 

 そのうえで、春麗は春麗だと知っている。

 

 春麗は構えた。

 

 「届くだけで満足しないことね。前も焦らせるところまでは来たわ」

 

 言いながら、春麗は勝つつもりで踏み込んだ。

 

 最初は、速度で押す。

 

 青い武道服は軽い。

 

 黒いドレスのように、布の揺れや視線の間で絡め取る戦いではない。

 足で入る。

 蹴りで切る。

 戻る。

 また入る。

 

 雨上がりの地面は、滑りやすい。

 

 けれど春麗は、その湿りを読む。

 

 強く踏めば沈む。

 浅く踏めば滑る。

 なら、踏み込みを浅く、抜きを速くすればいい。

 

 リュウは一撃目を受けた。

 

 二撃目にも反応する。

 

 春麗は跳ぶ。

 

 低く、鋭く。

 

 リュウは追い上げてこない。

 

 着地を見る。

 

 春麗は着地と同時に踏み込んだ。

 

 リュウの拳が、そこへ置かれる。

 

 春麗はかわす。

 

 やっぱり、覚えてきたのね。

 

 春麗は内心で呟く。

 

 リュウは、速度そのものを追っていない。

 

 前回は青い武道服の速度に遅れた。

 今回は、蹴りの戻りを見ている。

 跳びの着地を見ている。

 横移動の先を見ている。

 

 春麗が速く動くその先ではなく、戻る場所を見ている。

 

 リュウは変わっている。

 

 それが嬉しい。

 

 同時に、少し危ない。

 

 春麗はさらに速度を上げた。

 

 低い蹴り。

 戻して上段。

 掌底。

 横へ流れる。

 足場の湿りを利用して、踏み込みの深さを変える。

 

 リュウは受ける。

 

 流す。

 

 そして前へ出る。

 

 春麗の腕を取りに来た。

 

 来た。

 

 春麗はその手を見た。

 

 前回と同じように、捕まえられてから抜ける。

 

 肩の力を抜く。

 軸をずらす。

 リュウの腕の内側へ入る。

 

 そのつもりだった。

 

 だが、リュウの手に前回の硬さがなかった。

 

 逃がさない、と手だけで掴みに来ていない。

 

 春麗が力を抜いて軸をずらす。

 

 その先に、リュウがいる。

 

 いや、いるというより、先に置かれている。

 

 春麗が逃げるはずの場所に、リュウの足がある。

 身体の向きがある。

 逃げ道が狭い。

 

 春麗は一瞬、息を止めた。

 

 そこまで読んできたの?

 

 焦りが胸に走る。

 

 同時に、嬉しさも走る。

 

 リュウが本当に成長している。

 

 前回の敗北を、ちゃんと持ってきている。

 春麗が捕まえられてから逃げることまで、見てきている。

 

 嬉しい。

 

 でも、このままでは負ける。

 

 春麗はすぐに切り替えた。

 

 逃げる春麗では駄目だ。

 

 リュウが逃げ道を読むなら、逃げない。

 

 リュウが捕まえに来るなら、その前に踏み込む。

 

 リュウが蹴りの戻りを狙うなら、戻さずに次へ行く。

 

 それは危険だった。

 

 戻りを捨てるということは、防御を捨てることでもある。

 次の体勢が崩れる。

 一撃を外せば、リュウの拳をまともにもらう。

 

 でも、逃げれば捕まる。

 

 なら、逃げない。

 

 春麗は低く沈んだ。

 

 リュウが拳を置く。

 

 春麗は戻らない。

 

 さらに踏み込む。

 

 リュウの目が変わる。

 

 彼も読んでいる。

 

 春麗が逃げないことを、もう見ている。

 

 読みが重なる。

 

 リュウは春麗の逃げを読む。

 春麗は、リュウが逃げを読むことを読む。

 リュウはさらに、その先へ来る。

 

 なら、もう読むだけでは間に合わない。

 

 踏み込むしかない。

 

 春麗は掌底を狙った。

 

 リュウの胸元。

 

 ここに入れば止められる。

 

 リュウも拳を置いてくる。

 

 見えている。

 

 拳が来る。

 

 肩口へ、真っ直ぐに。

 

 避ければ、春麗の掌底は届かない。

 引けば、リュウの拳が勝つ。

 下がれば、負ける。

 

 リュウも引かない。

 

 私も引かない。

 

 なら、どちらが先に届くか。

 

 春麗は踏み込んだ。

 

 リュウも踏み込んだ。

 

 青い武道服の袖が、湿った朝の空気を切る。

 

 春麗の掌底が、リュウの胸元に入った。

 

 確かに入った。

 

 手応えがあった。

 

 リュウの呼吸が詰まる。

 

 勝った。

 

 一瞬、そう思いかけた。

 

 だが同時に、リュウの拳が春麗の肩口に入った。

 

 重い。

 

 身体の芯が揺れる。

 

 足が湿った土を踏む。

 

 踏みとどまる。

 

 踏みとどまらなければならない。

 

 勝者として立つ。

 

 そう思った。

 

 けれど、足が残らなかった。

 

 リュウも膝をつく。

 

 春麗も、踏みとどまれない。

 

 身体が崩れる。

 

 土が近づく。

 

 青い武道服に、湿った土がついた。

 

 倒れた。

 

 春麗は、しばらく息ができなかった。

 

 胸が重い。

 肩が痛い。

 リュウの拳の衝撃が、身体の奥に残っている。

 

 空が見える。

 

 雨上がりの朝の空。

 

 雲の切れ間から光が差している。

 

 横を見ると、リュウも倒れていた。

 

 彼も立っていない。

 

 春麗は目を細める。

 

 勝っていない。

 

 でも、負けてもいない。

 

 それが悔しい。

 

 春麗は、勝者としてリュウを見下ろせない。

 

 煽れない。

 指先で顎を上げることもできない。

 「焦らせただけじゃ勝てないわ」と、立ったまま言うこともできない。

 

 同じ土の上に倒れている。

 

 同じ高さにいる。

 

 悔しい。

 

 とても悔しい。

 

 けれど、胸の奥には別の熱もあった。

 

 届いた。

 

 でも、届かれた。

 

 勝てなかった。

 

 でも、逃げなかった。

 

 リュウも逃げなかった。

 

 最後、二人とも引かなかった。

 

 互いに届いた。

 

 春麗は荒い息のまま、呟いた。

 

 「……引き分けなんて、納得できないわね」

 

 リュウが、少し遅れて答える。

 

 「俺もだ」

 

 その返事に、春麗は少し笑った。

 

 息はまだ乱れている。

 肩は痛い。

 立ち上がれない。

 

 それでも、悪くなかった。

 

 悔しい。

 

 でも、悪くない。

 

 「でも、悪くはなかったわ」

 

 春麗は横目でリュウを見る。

 

 リュウもこちらを見ている。

 

 倒れたままなのに、その目はまだ次を見ていた。

 

 本当に、懲りない男。

 

 でも、そこがいい。

 

 春麗は息を整えながら言った。

 

 「次は、私だけが立つわ」

 

 リュウが返す。

 

 「次は、俺が立つ」

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

 そうでなくちゃ。

 

 リュウがそう言わなければ、つまらない。

 

 春麗は再び空を見る。

 

 雨上がりの匂い。

 湿った土の冷たさ。

 肩に残る拳の重さ。

 掌に残る、リュウへ届いた感触。

 

 勝てなかった。

 

 でも、届いた。

 

 そして、届かれた。

 

 リュウは青い武道服の春麗に届いた。

 

 春麗も、リュウに届いた。

 

 どちらも最後まで逃げなかった。

 

 だから、悔しいのに満たされている。

 

 春麗は、青い武道服についた土の感触を感じながら、心の中で呟いた。

 

 次は、倒れない。

 

 次は、私だけが立つ。

 

 そしてその時は、ちゃんと見下ろして言ってやる。

 

 焦らせただけじゃ勝てないって。

 

 けれど今は、同じ土の上に倒れている。

 

 リュウと同じ高さで、同じ朝の空を見ている。

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 引き分けなんて、納得できない。

 

 でも。

 

 本当に、悪くはなかった。




Q:執筆者としては最近の戦闘描写では昇龍拳などの必殺技を使用する描写がないのは意図したものでしょうか?

A:
はい、執筆者としては かなり意図的です。

理由は、この連作の最近の戦闘が、いわゆる「必殺技の応酬」ではなく、視線・間合い・呼吸・捕まえる/逃げるという極めて近い距離の読み合いに重心が移っているからです。

初期の話では、昇龍拳はかなり重要でした。
リュウが春麗の空中からの攻撃に対して昇龍拳を放つ。
しかし、それを春麗に読まれ、空振りの隙を取られて敗北する。

つまり初期の昇龍拳は、リュウの強さであると同時に、春麗を女性格闘家として見誤った未熟さや、決定打を急いだ心理の象徴でした。

でも最近のリュウは、その段階を越えています。

今のリュウの課題は、

昇龍拳を当てることではなく、春麗を最後まで見失わずに捕まえること

です。

だから戦闘描写も、必殺技名よりも、

半歩踏み込む
逃げ道を塞ぐ
手首に触れる
掴んだと思った瞬間に逃げられる
呼吸が乱れる
視線が揺れる
黒ドレスの揺れを読む
青い武道服の速度に対応する
拳を打ち抜かず、寸前で止める

という方向になっています。

これは、かなり意識的に「格闘ゲームの技名」から「武道的な読み合い」へ寄せています。

特に黒ドレス編では、昇龍拳や波動拳のような派手な技を出すと、少しテーマが散ります。

黒ドレス春麗との戦いの本質は、

リュウが春麗を女としても格闘家としても見る。
春麗がその視線を読み、利用する。
リュウが見るだけでなく捕まえる。

なので、ここで昇龍拳を大きく出すと、どうしても「技を当てた/外した」の話に寄ってしまいます。

それよりも、リュウが春麗の逃げ道に半歩先にいるとか、春麗がリュウの手を支点にして崩そうとするとか、そういう描写の方がこの二人の現在地には合っています。

青い武道服編でも同じです。

春麗は原点回帰していますが、ただのゲーム的な必殺技合戦に戻ったわけではありません。
黒ドレスで得た視線・捕獲・逃走の経験を、青い武道服の速度と技術に還元している。

だから、ここでも必殺技名より、

通常技、差し返し、入り身、投げ、掌底、蹴り、軸崩し

の方が似合います。

ただし、今後まったく昇龍拳を使わない方がよい、という意味ではありません。

むしろ、ここまで封印気味にしてきたからこそ、次に昇龍拳を使うと強いです。

たとえば今後使うなら、単なる対空技ではなく、リュウの成長を示す形が良いです。

初期の昇龍拳は、

焦って放ち、空振りして、春麗に取られた拳

でした。

今後の昇龍拳は、

春麗の動きを最後まで見切ったうえで、逃げ道を塞ぐために置く拳

にすると映えます。

つまり、

初期:春麗を見誤って撃つ昇龍拳
中盤:昇龍拳では捕まえられないと知るリュウ
後半:春麗を全部見たうえで、必要な場所に昇龍拳を置くリュウ

という進化にできます。

春麗側も、昇龍拳を見た瞬間に思うはずです。

前とは違う。
今の昇龍拳は、私を追い払う拳じゃない。
逃げ道を閉じる拳だ。

これはかなり良いです。

なので結論としては、

最近必殺技を使っていないのは、かなり自然で意図的な流れです。
この連作の戦闘が、技名の応酬ではなく、二人だけの視線・間合い・心理・身体操作の戦いへ進化したからです。
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