また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、好意を隠した黒の残響を青い小箱にしまう

 

 夜だった。

 

 本編春麗は、自分の部屋にいた。

 

 青い武道服がある。

 

 畳まれている。

 

 終わった青ではない。

 

 次に着るまで、置いてある青。

 

 相打ちの青。

 

 宿題途中回答を受け取った青。

 

 春麗の青の先へ進みたいと言われた青。

 

 進まれた青。

 

 未承認仮分類。

 

 正式分類ではない。

 

 でも、消せない青。

 

 そして、別の場所には黒ドレスもある。

 

 黒は、そこにある。

 

 捨てていない。

 

 忘れてもいない。

 

 今は着ていないだけ。

 

 正式回答へ進む青の文脈を保つために、今は青を選んでいるだけ。

 

 黒は、軽く着るものではない。

 

 鏡の前から始まる戦術。

 

 衣装。

 

 メイク。

 

 髪。

 

 煽り。

 

 リュウにどう見られるかを考える時間。

 

 全部、黒。

 

 本編春麗は、それを知っている。

 

 知っているからこそ、今夜の残響は重かった。

 

「……」

 

 机の前に座る。

 

 春麗会議室ではない。

 

 記録板AIもいない。

 

 通常救済版春麗もいない。

 

 自覚前春麗もいない。

 

 黒ドレス特化救済春麗もいない。

 

 行き遅れに恐怖する春麗もいない。

 

 誰も表示しない。

 

 誰も保存しない。

 

 誰も、未承認仮分類にしてくれない。

 

 それなのに。

 

 胸の奥に、言葉が残っていた。

 

 自分の声ではない。

 

 けれど、まったく他人の声でもない。

 

 同じ春麗の声。

 

 黒を抱えた春麗の声。

 

 黒で相打ちになり。

 

 黒を休ませ。

 

 黒でも青でもない自分でリュウに見られ。

 

 その後で、もう一度自分を見た春麗の声。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 春麗は、息を止めた。

 

 その言葉は、静かだった。

 

 叫びではない。

 

 挑発でもない。

 

 ただ、自分の中にあるものを置いた言葉だった。

 

 好意。

 

 その単語には、もう初めて刺されたわけではない。

 

 以前、書いた。

 

 書いてしまった。

 

 リュウへの感情。

 

 好意。

 

 青の蓄積。

 

 好意は、次に向き合う理由にする。

 

 そこまでは、自分で紙に書いている。

 

 誰にも見せていない。

 

 会議室にも持ち込んでいない。

 

 それでも、自分の手で青い小箱に入れた。

 

 保留保存した。

 

 だから、今夜の衝撃は、好意という言葉そのものではなかった。

 

 もっと奥だった。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

「……そこまで、言ったの」

 

 小さく言う。

 

 誰にも届かない声だった。

 

 好意を認めるだけではなく。

 

 黒を自分のものとして認めるだけでもなく。

 

 その好意を隠すために尖らせた黒まで、自分だと言った。

 

 黒で勝とうとしたこと。

 

 黒で隠したこと。

 

 黒で煽ったこと。

 

 黒で届かせようとしたこと。

 

 黒で平然としているふりをしたこと。

 

 その全部をまとめて。

 

 私。

 

 そう言った。

 

「……ほとんど告白じゃない」

 

 一拍。

 

「いえ、告白より厄介ね」

 

 好きです、ではない。

 

 そんな単純な言葉ではない。

 

 好きだから隠した。

 

 好きだから尖らせた。

 

 好きだから黒を使った。

 

 好きだから相打ちになった。

 

 好きだから、黒を否定しない。

 

 そう言っているのと同じだった。

 

 しかも、リュウに届く形で。

 

 リュウに覚えられる形で。

 

 リュウの前で。

 

 春麗は、黒ドレスを見た。

 

 自分の部屋にある黒。

 

 今は着ていない黒。

 

 でも、失っていない黒。

 

「……私は、黒を知らないわけじゃない」

 

 だから分かる。

 

 黒はただの衣装ではない。

 

 見られ方を設計する戦術。

 

 女性としての自分を戦闘に出す技法。

 

 恥ずかしさを消すのではなく、恥ずかしさごと使う技法。

 

 そこに好意が混ざったら、どれだけ危険か。

 

 分からないはずがない。

 

 だから、分かる。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 その言葉の重さが。

 

 その言葉の危険さが。

 

 その言葉をリュウの前で言えてしまった黒執着春麗の強さが。

 

「……強すぎるでしょう」

 

 悔しい。

 

 怖い。

 

 羨ましい。

 

 その全部が混ざる。

 

 黒執着春麗は、観測される側だった。

 

 救済される側だった。

 

 それなのに。

 

 救済後のあの春麗は、黒を捨てなかった。

 

 黒を休ませても、黒を消さなかった。

 

 黒でも青でもない日にも、昨日の黒を持っていた。

 

 そして今度は、好意を隠した黒まで自分だと言った。

 

 春麗は、青い武道服を見る。

 

 畳まれた青。

 

 終わっていない青。

 

 次に着るまで、置いてある青。

 

 その青に、残響が返ってくる。

 

 好意を隠した青は?

 

 春麗は、動けなかった。

 

「……やめて」

 

 誰も止めてくれない。

 

 残響は、ただ胸の奥にある。

 

 問いに変わっている。

 

 あなたの青は、何を隠していたの。

 


 

 春麗は、机の引き出しを開けた。

 

 青い小箱がある。

 

 小さい。

 

 物理的には軽い。

 

 けれど、中身は重い。

 

 届かれた青。

 

 見られた青。

 

 覚えられた青。

 

 聞かれた青。

 

 相打ちの青。

 

 宿題途中回答の青。

 

 進まれた青。

 

 未承認仮分類。

 

 正式分類ではない。

 

 でも、消せない。

 

 それから。

 

 リュウへの感情。

 

 好意。

 

 青の蓄積。

 

 好意は、次に向き合う理由にする。

 

 春麗は、蓋に指を置いた。

 

 開けたくない。

 

 でも、開けなければいけない気がした。

 

 そういう顔をしている自分に気づいて、少しだけ腹が立つ。

 

「……誰も開けろなんて言っていないのに」

 

 誰もいない。

 

 あるのは残響だけ。

 

 黒執着春麗の言葉だけ。

 

 それなのに、自分で小箱を開けようとしている。

 

 逃げられるはずだった。

 

 会議室ではないのだから。

 

 記録板AIもいないのだから。

 

 でも、逃げられなかった。

 

 いや。

 

 逃げないことにした。

 

 春麗は、青い小箱を開けた。

 

 中の紙が、静かにそこにある。

 

 以前の話題候補。

 

 一、黒の後の青。

 

 二、宿題のこと。

 

 三、青を選び直したこと。

 

 四、自分から会いに行ったこと。

 

 五、聞かれた青のこと。

 

 追加候補。

 

 六、相打ちのこと。

 

 七、リュウが自分から考えたかったと言ったこと。

 

 八、春麗の青の先へ行きたいと言われたこと。

 

 九、進まれた青のこと。

 

 そして、ルール。

 

 追加分も全部は話さない。

 

 相打ちは、必要なら。

 

 考えたかった、はリュウ側から出るまで保留。

 

 青の先は、正式回答時のみ。

 

 進まれた青は、未承認のまま。

 

 春麗は、その紙を見つめた。

 

 正式回答は、リュウが先。

 

 それは変えない。

 

 宿題を出したのは自分。

 

 答えるのはリュウ。

 

 その後に、自分も少し話すかもしれない。

 

 全部は話さない。

 

 正式回答の後に。

 

 少しずつ。

 

 ……たぶん。

 

「……この時点で、十分危険だったのよね」

 

 そう呟いて、別の紙を取り出す。

 

 さらに危険な紙。

 

 以前、黒執着春麗の残響に刺されて、自分で書いた紙。

 

 リュウへの感情。

 

 好意。

 

 青の蓄積。

 

 好意は、次に向き合う理由にする。

 

 春麗は、その文字を見た。

 

 顔は熱い。

 

 けれど、もう初めて見る文字ではない。

 

 この紙を書いた時、かなり削れた。

 

 けれど、破らなかった。

 

 捨てなかった。

 

 青い小箱に入れた。

 

 保留保存した。

 

「……好意までは、書いた」

 

 春麗は、ゆっくり言う。

 

「青の蓄積とも書いた」

 

 一拍。

 

「次に向き合う理由にする、とも書いた」

 

 そこまでは、自分の言葉になっている。

 

 未承認に近い。

 

 保留保存ではある。

 

 でも、逃げてはいない。

 

 問題は、そこではない。

 

 黒執着春麗の言葉は、その先を刺してきた。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 なら。

 

 自分はどうなのか。

 

 春麗は、青い小箱の中の紙を見た。

 

 話題候補。

 

 温存。

 

 正式回答後。

 

 少しずつ。

 

 未承認。

 

 保留。

 

 全部は話さない。

 

 リュウ側から出るまで保留。

 

 正式回答時のみ。

 

 それらが、急に違う意味を持ち始める。

 

 これは、ただの整理なのか。

 

 それとも。

 

 好意を隠した青の置き場所だったのか。

 

 春麗は、息を止めた。

 

「……私は、隠していなかったわけじゃない」

 

 言ってしまった。

 

 宿題。

 

 採点。

 

 進捗確認。

 

 正式回答待ち。

 

 青の先。

 

 相打ち。

 

 聞かれた青。

 

 ただ来た青。

 

 自分から会いに行ったこと。

 

 全部、言い訳ではない。

 

 全部、大事な青だ。

 

 でも。

 

 その中に、好意がなかったとは言えない。

 

 見てほしかった。

 

 覚えてほしかった。

 

 聞いてほしかった。

 

 考えていてほしかった。

 

 忘れないでほしかった。

 

 次も向き合ってほしかった。

 

 それを全部そのまま言う代わりに。

 

 春麗は、宿題にした。

 

 採点にした。

 

 進捗確認にした。

 

 話題候補にした。

 

 未承認仮分類にした。

 

 青い小箱に入れた。

 

「……隠していた、というより」

 

 一拍。

 

「保留保存していた」

 

 言い直してから、春麗は少しだけ目を細めた。

 

 都合のいい言葉だ。

 

 保留保存。

 

 逃げ道としては優秀すぎる。

 

 でも、今夜はただの逃げ道にはできなかった。

 

 待つことは、停止ではない。

 

 相手の答えを奪わないこと。

 

 でも、自分の場所を捨てないこと。

 

 行き遅れに恐怖する春麗の言葉が、胸の奥で静かに戻ってくる。

 

 春麗は、青い小箱を見た。

 

 これは、逃げるためだけの箱ではない。

 

 リュウの答えを奪わないための箱。

 

 自分の不安で、リュウの正式回答を狭めないための箱。

 

 でも、自分の青を捨てないための箱。

 

 待っている間に変わっていく自分を、なかったことにしないための箱。

 

「……また、変わったのね」

 

 黒執着春麗の残響を受け取って。

 

 好意を隠した黒という言葉に刺されて。

 

 自分の青まで問われて。

 

 また、自分の中に一つ増えた。

 

 けれど。

 

 それは、リュウを急かす理由ではない。

 

 正式回答を取りに行く理由でもない。

 

 リュウの答えを先に決める材料でもない。

 

 待っている間に、自分が変わった。

 

 それだけ。

 

 それを、捨てないために。

 

 青い小箱がある。

 


 

 春麗は、新しい紙を出した。

 

 何も書かれていない紙。

 

 ペンを置く。

 

 書きたくない。

 

 でも、書かないと、今夜は眠れない気がした。

 

 頭の中には、一文がある。

 

 好意を隠した青も、私。

 

 春麗は、動けなかった。

 

 書けない。

 

 その一文は、まだ書けない。

 

 書けば、あまりにも黒執着春麗に近くなる。

 

 違う。

 

 近くなることが嫌なのではない。

 

 借り物になるのが嫌なのだ。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 それは、黒執着春麗の言葉。

 

 黒を引き受けた春麗の言葉。

 

 リュウの前で、黒を自分として置いた言葉。

 

 本編春麗が、そのまま青に置き換えて使うものではない。

 

 使った瞬間、自分の青を黒の言葉に預けてしまう。

 

 それは違う。

 

 青は、自分の青だ。

 

 黒を通った青。

 

 リュウが覚えている青。

 

 リュウがその先を見たいと言った青。

 

 正式回答へ進む青。

 

 青い小箱に、未承認のまま積み重なっている青。

 

 その青を、自分の言葉で扱わなければならない。

 

「……でも」

 

 春麗は、ペンを握る。

 

「まだ、言えないのよ」

 

 好意を隠した青も、私。

 

 それを言い切るには、まだ足りない。

 

 精神HPが足りない。

 

 覚悟も足りない。

 

 リュウの前どころか、自分の部屋でも足りない。

 

 けれど。

 

 違う、とも言えない。

 

 青い小箱の中身が、それを許してくれない。

 

 好意。

 

 青の蓄積。

 

 次に向き合う理由。

 

 話題候補。

 

 正式回答後に少しずつ。

 

 進まれた青。

 

 未承認。

 

 保留保存。

 

 全部が、そこにある。

 

 春麗は、ゆっくり書いた。

 

 好意を隠した青。

 

 そこで止める。

 

 も、私。

 

 とは書かない。

 

 書けない。

 

 春麗は、その下に続ける。

 

 未承認仮分類。

 

 正式承認ではない。

 

 でも、消さない。

 

 さらに、その下に書く。

 

 これは、リュウの答えを急かす理由ではない。

 

 ペンが止まる。

 

 少しだけ、胸が落ち着いた。

 

 続ける。

 

 これは、リュウの答えを先に決めるための言葉でもない。

 

 もう一行。

 

 待っている間に変わった私を、捨てないための言葉。

 

 春麗は、長く息を吐いた。

 

 その行が、一番近かった。

 

 好意を隠した青。

 

 未承認仮分類。

 

 正式承認ではない。

 

 でも、消さない。

 

 リュウの答えを急かす理由ではない。

 

 リュウの答えを先に決めるための言葉でもない。

 

 待っている間に変わった私を、捨てないための言葉。

 

 弱い。

 

 黒執着春麗の言葉に比べると、かなり弱い。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 あの言葉は、強い。

 

 言い切っている。

 

 逃げていない。

 

 リュウの前に置いている。

 

 それに比べて、自分の紙は保留だらけだ。

 

 未承認。

 

 正式承認ではない。

 

 でも、消さない。

 

 どれだけ保留するのか。

 

 どれだけ小箱に入れるのか。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「……本当に、私らしいわね」

 

 弱いわけではない。

 

 たぶん。

 

 これが、本編春麗の進み方なのだ。

 

 黒執着春麗のように、一気に言い切ることはできない。

 

 黒で相打ちをして、黒でも青でもない自分までリュウに見られて、その後に全部私だと言えるところまでは、まだ行けない。

 

 本編春麗は、青の蓄積で進む。

 

 一つずつ。

 

 未承認にして。

 

 保留保存して。

 

 正式回答の順番を守って。

 

 話すかもしれない言葉を増やして。

 

 小箱を重くして。

 

 それでも、消さない。

 

 春麗は、さらに一行書き足した。

 

 正式回答の後に。

 

 一拍置いて、続ける。

 

 少しずつ。

 

 さらに少し迷ってから、最後に書く。

 

 ……たぶん。

 

 書いた瞬間、胸が少し軽くなった。

 

 いつもの言葉。

 

 逃げのようで、逃げ切ってはいない言葉。

 

 全部は話さない。

 

 でも、話すことはある。

 

 今すぐではない。

 

 でも、なかったことにはしない。

 

 正式回答の後に。

 

 少しずつ。

 

 ……たぶん。

 

「……採用」

 

 誰も聞いていないのに、そう言った。

 

 一拍。

 

「未承認だけど」

 

 もう一拍。

 

「保留保存」

 

 記録板AIはいない。

 

 だから、自分で言う。

 

 自分で保存する。

 

 それが、今夜の限界だった。

 


 

 春麗は、青い小箱の中身をもう一度見た。

 

 以前の話題候補。

 

 追加候補。

 

 好意の紙。

 

 そして、今書いた紙。

 

 中身が、また重くなった。

 

「……また増えた」

 

 呟く。

 

 話すことが増えている。

 

 リュウに話すかもしれないことが増えている。

 

 正式回答の後に、少しずつ出すかもしれない言葉が増えている。

 

 しかも、今回の紙は危険だ。

 

 好意を隠した青。

 

 未承認仮分類。

 

 そんなものを、いつかリュウに話すのか。

 

 無理。

 

 かなり無理。

 

 絶対に無理。

 

 でも。

 

 春麗は、紙を破らなかった。

 

 小箱から出しもしなかった。

 

 丁寧に畳んだ。

 

 一番上にはしない。

 

 危険すぎる。

 

 でも、一番下にも隠しすぎない。

 

 それも違う気がした。

 

 話題候補の後。

 

 好意の紙の近く。

 

 そこに置く。

 

「……位置取りまで面倒ね」

 

 自分で言って、自分で少し呆れた。

 

 でも、その位置取りにも意味があった。

 

 待つことは、位置取り。

 

 相手の答えを奪わず。

 

 自分の場所も捨てず。

 

 怖いまま、そこに立つこと。

 

 青い小箱の中でさえ、自分は位置取りをしている。

 

 それが可笑しくて。

 

 それが少しだけ本気で。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

 青い小箱を閉じる。

 

 蓋の上に指を置く。

 

 小さな箱。

 

 青の記録。

 

 青の話題候補。

 

 青の保留保存。

 

 そして、好意を隠した青の未承認仮分類。

 

 春麗は、しばらくその箱を見つめていた。

 

 これは、逃げ場所ではない。

 

 答えを奪わないための場所。

 

 自分の青を捨てないための場所。

 

 待っている間に変わった自分を、置いておく場所。

 

 答えが来るまで、固まっていなくてもいい。

 

 待っている間に変わってもいい。

 

 でも、変わったからといって、リュウの答えを急かしてはいけない。

 

 その順番は、守る。

 

「……リュウが先」

 

 春麗は、静かに言った。

 

「正式回答は、あなたが先」

 

 一拍。

 

「でも、私は止まっているわけじゃない」

 

 それも、今夜の結論だった。

 

 好意を隠した青。

 

 未承認仮分類。

 

 それは、自分がまた変わった証拠。

 

 けれど、答えを奪うための証拠ではない。

 

 自分の場所を捨てないための証拠。

 

 春麗は、黒ドレスの方を見る。

 

 黒は、そこにある。

 

 黒執着春麗の黒ではない。

 

 本編春麗の部屋にある、本編春麗の黒。

 

 必要なら、いつか着る黒。

 

 鏡の前から始まる黒。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 あの言葉は、黒執着春麗のもの。

 

 けれど、黒を知っている自分には、その重さが分かる。

 

 そして、青を持っている自分には、その残響が青へ返ってくる。

 

「……厄介ね」

 

 春麗は、小さく言う。

 

「黒の言葉なのに、青まで刺してくるなんて」

 

 返事はない。

 

 黒ドレスも、青い小箱も、何も答えない。

 

 それでいい。

 

 答えは、自分で出すしかない。

 

 完全な答えではない。

 

 未承認仮分類。

 

 保留保存。

 

 でも、消さない。

 

 今夜は、それでいい。

 


 

 灯りを落とす前に、春麗は鏡の前に立った。

 

 青い武道服は、そこにある。

 

 今日は着ていない。

 

 畳まれている。

 

 でも、終わった青ではない。

 

 次に着るまで、置いておくだけ。

 

 黒ドレスもある。

 

 今日は着ない。

 

 でも、忘れたわけではない。

 

 必要なら、いつか選ぶ。

 

 青い小箱もある。

 

 今日は閉じた。

 

 でも、空ではない。

 

 むしろ、また重くなった。

 

 春麗は、鏡の中の自分を見る。

 

 青武道服ではない。

 

 黒ドレスでもない。

 

 ただの自分。

 

 けれど、青を畳み、黒を知り、好意を保留保存し、好意を隠した青まで未承認仮分類に入れてしまった自分。

 

「……本当に、めんどくさい」

 

 一拍。

 

「でも、違うとも言わない」

 

 好意を隠した青も、私。

 

 まだ、そうは言えない。

 

 言い切れない。

 

 リュウの前ではもちろん。

 

 自分の部屋でも、まだ無理。

 

 でも、その青を捨てない。

 

 その青をなかったことにしない。

 

 待っている間に変わった自分を、止まっていなかった自分を、青い小箱に置いておく。

 

 リュウの答えを奪わないために。

 

 自分の場所を捨てないために。

 

 春麗は、鏡の中の自分に言った。

 

「正式回答の後に」

 

 一拍。

 

「少しずつ」

 

 もう一拍。

 

「……たぶん」

 

 最後の言葉で、少しだけ笑えた。

 

 弱い。

 

 曖昧。

 

 保留ばかり。

 

 未承認ばかり。

 

 でも、それが今の本編春麗だった。

 

 黒執着春麗のように、好意を隠した黒も自分だとは、まだ言えない。

 

 けれど、その言葉から逃げもしない。

 

 自分の青まで問われたことを、なかったことにしない。

 

 そして、リュウの正式回答を急かさない。

 

 好意があるから、急がない。

 

 好意があるから、奪わない。

 

 好意があるから、逃げない。

 

 好意があるから、待つ。

 

 ただし、止まらずに。

 

 自分の場所を捨てずに。

 

「怖いまま、待つ」

 

 春麗は、そっと呟いた。

 

「でも、答えは奪わない」

 

 一拍。

 

「私の場所も、捨てない」

 

 その言葉は、青い小箱には入れなかった。

 

 紙にも書かなかった。

 

 胸の中に置いた。

 

 宿題の正式回答が来るまで。

 

 そして、来た後にも。

 

 必要になる言葉だと思ったから。

 

 春麗は、青い小箱を引き出しに戻した。

 

 その隣に、畳まれた青がある。

 

 別の場所には、黒もある。

 

 どちらも、消えていない。

 

 どちらも、今夜の自分に関係がある。

 

 灯りを消す。

 

 部屋が暗くなる。

 

 胸の奥には、まだ残響がある。

 

 好意を隠した黒も、私。

 

 その言葉は、黒執着春麗のもの。

 

 でも、その残響から生まれた一枚の紙は、青い小箱に入った。

 

 好意を隠した青。

 

 未承認仮分類。

 

 正式承認ではない。

 

 でも、消さない。

 

 本編春麗は、布団に入った。

 

 春麗会議室には行かなかった。

 

 誰にも説明しなかった。

 

 記録板AIにも保存させなかった。

 

 ただ、自分の部屋で。

 

 自分の青い小箱に。

 

 まだ私とは言えない青を、消さずにしまった。

 

 待つために。

 

 奪わないために。

 

 捨てないために。

 




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回は、黒執着春麗の「好意を隠した黒も、私」という言葉を、本編春麗が残響として受け取る回でした。

ここで重要なのは、本編春麗がリュウへの感情を初めて「好意」として認識したわけではない、という点です。

本編春麗はすでに、黒執着春麗の残響をきっかけに、自分のリュウへの感情を「好意」「青の蓄積」「次に向き合う理由」として保留保存しています。

そのため、今回刺さったのは「好意」という言葉そのものではありません。

刺さったのは、その一段先です。

黒執着春麗は、自分の好意を認めるだけでなく、その好意を隠すために使った黒まで、自分の一部として引き受けました。

「好意を隠した黒も、私」

これは、ある意味で告白です。

ただし、単純に「好きです」と言うより厄介な告白です。

好きだから黒を尖らせた。
好きだから隠した。
好きだから勝ちたかった。
好きだからリュウに届かせたかった。
だから、その黒も自分だと認める。

そこまで言ってしまったのが、今回の黒執着春麗です。

そして、それを受け取った本編春麗は、自分の青にも同じ問いが返ってくることになります。

好意を隠した青は?

宿題。
採点。
進捗確認。
正式回答待ち。
話題候補。
未承認仮分類。
青い小箱。

それらは全部、本編春麗にとって大事な青です。
ただし、その中に好意がなかったとは、もう言えない。

だから今回、本編春麗は「好意を隠した青も、私」とはまだ言えませんでした。

その代わりに、

好意を隠した青。
未承認仮分類。
正式承認ではない。
でも、消さない。

という形で、青い小箱にしまいました。

これは逃げではありません。

リュウの正式回答を急かさないため。
リュウの答えを先に決めないため。
でも、自分の青を捨てないため。

行き遅れに恐怖する春麗とのエピソード整理した「待つことは停止ではない」「相手の答えを奪わず、自分の場所も捨てない」という考え方が、ここにつながっています。

本編春麗は、待っている間にも変わっています。
黒執着春麗の残響を受け取り、自分の青まで問われ、また一つ青い小箱の中身が増えました。

でも、それはリュウに答えを急がせる理由ではありません。
同時に、自分の変化をなかったことにする理由でもありません。

だから、青い小箱にしまう。

正式回答の後に。
少しずつ。
……たぶん。

本編春麗らしい、かなり保留だらけの前進です。

黒執着春麗は、黒で一気に言い切る春麗。
本編春麗は、青で少しずつ保留保存しながら進む春麗。

今回の対比は、そこにあります。

黒執着春麗の言葉は強い。
でも、本編春麗には本編春麗の順番がある。

まだ私とは言えない青を、消さずにしまう。
待つために。
奪わないために。
捨てないために。

今回の本編春麗は、そういう形で黒執着春麗の残響を受け止めました。
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