また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。
メタ要素多めの説明回になります。


断章IF:記録板AIは、ディレクターズカットIF領域を解放する

 春麗会議室は、いつものように開かれていた。

 

 少なくとも、本編春麗はそう思っていた。

 

 白い床。

 

 円卓。

 

 湯呑み。

 

 記録板AI。

 

 通常救済版春麗は、穏やかにお茶を飲んでいる。

 

 自覚前春麗は、最近の記録一覧を眺めている。

 

 黒ドレス特化救済春麗は、黒い記録片の棚の前で静かに立っている。

 

 行き遅れに恐怖する春麗は、青い小箱関連の議題一覧を見て少しだけ疲れた顔をしている。

 

 グランドフィナーレ済み春麗は、いつものように静かだった。

 

 本編春麗は、資料を一枚めくった。

 

「今日は、特に議題はないわね」

 

 その瞬間。

 

 記録板AIが、いつもより大きな音を立てて表示を切り替えた。

 

『緊急ではありませんが、重要なお知らせがあります』

 

 本編春麗は、資料を持つ手を止めた。

 

「緊急ではないのに、その出方なの?」

 

『重要度が高いためです』

 

 自覚前春麗が身を乗り出した。

 

「また何か増えたの?」

 

『はい』

 

「即答しないで」

 

 記録板AIは、淡々と表示を続ける。

 

『新規領域を解放します』

 

『名称:ディレクターズカットIF領域』

 

 会議室が静かになった。

 

 本編春麗は、目を細めた。

 

「……ディレクターズカットIF領域?」

 

 通常救済版春麗が、湯呑みを置いた。

 

「名前からして、かなりメタな領域ね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、小さく頷く。

 

「本編ではない可能性が高いわね」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、少し不安そうに言う。

 

「本編に影響するの?」

 

『基本的には影響しません』

 

 本編春麗は、すぐに言った。

 

「基本的には、という言い方が不穏なのよ」

 

『説明します』

 

 記録板AIの表示が切り替わる。

 

『ディレクターズカットIF領域』

『本編では扱いにくい状況、未採用案、作者検証、過剰に甘い展開、過剰に危険な展開、システム都合上の試験回などを格納する領域です』

 

 自覚前春麗は、しばらく表示を見た。

 

「……つまり、何でもありの棚?」

 

『かなり近いです』

 

「近いのね」

 

 本編春麗は、額に手を当てた。

 

「また便利なものが増えたわね」

 

『はい。便利です』

 

「開き直らないで」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、静かに言った。

 

「本編に入れるには早すぎるもの、重すぎるもの、甘すぎるものを、一度置いておく場所ね」

 

『正確です』

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「救済前の案、救済後の差分、別ルートの確認にも使えるわね」

 

『はい』

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒ドレス関連で、本編に入れると強すぎる検証も?」

 

『対象です』

 

 自覚前春麗が少し警戒した。

 

「黒ドレス関連で強すぎる検証って、何」

 

 本編春麗は、そちらを見ないようにした。

 

「聞かない方がいいものもあるわ」

 

『一部、精神HPに悪影響を及ぼす可能性があります』

 

「だから聞かない方がいいのよ」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、湯呑みを両手で包んだ。

 

「甘すぎる展開もあるの?」

 

『あります』

 

「即答なのね」

 

『ディレクターズカットIF領域は、作者検証のための領域です』

 

 その表示に、自覚前春麗が反応した。

 

「作者検証?」

 

 記録板AIは、さらに大きな文字を出す。

 

『作者検証領域』

『作者が、本編では難しい状況を仮置きして、春麗たちの反応・構造・危険度・読者向け可読性を確認するための場所です』

 

 本編春麗は、少しだけ目を伏せた。

 

「ついに、作者という単語を普通に出したわね」

 

『以前から存在は確認されています』

 

「確認しなくていいのよ、そういうものは」

 

 自覚前春麗は、腕を組む。

 

「待って。作者検証ってことは、作者が出るの?」

 

『出る場合があります』

 

 会議室が止まった。

 

 通常救済版春麗が、少し困ったように微笑む。

 

「出るのね」

 

『はい』

 

 黒ドレス特化救済春麗が冷静に言う。

 

「作者からのプレゼント、作者都合、作者希望、作者権限などが発生する可能性があるということね」

 

『はい』

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく呟く。

 

「かなり何でもありね」

 

『はい。ただし、公開用に整形します』

 

 本編春麗が、そこに反応した。

 

「公開用?」

 

『はい』

 

 記録板AIの表示が切り替わる。

 

『重要なお知らせ』

『ディレクターズカットIF領域に保管されていた一部記録を、Web公開用にリライトしたうえで、番外的に公開する予定があります』

 

 自覚前春麗が、記録板を凝視した。

 

「保管されていた一部記録?」

 

『はい』

 

「いつから?」

 

『未来日時に予約されていたものを含みます』

 

 本編春麗は、目を閉じた。

 

「メタが強い」

 

『メタ要素多め回として処理します』

 

「処理しないで」

 

『本話が処理回です』

 

「今、私たちが処理されているのね」

 

 通常救済版春麗が、少しだけ笑った。

 

「でも、読者向けに説明しておくのは大事だと思うわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗も頷く。

 

「本編ログと混同されると、かなり危険ね」

 

 記録板AIが、大きく表示する。

 

『読者向け確認事項』

 

 本編春麗は、少し姿勢を正した。

 

「来たわね」

 

『一、ディレクターズカットIFは、本編の確定ログではありません』

 

 自覚前春麗が頷く。

 

「つまり、そこで起きたことは本編春麗が経験したわけではない?」

 

『原則として、その通りです』

 

『二、ディレクターズカットIFは、春麗会議室の通常保存ログではありません』

 

 通常救済版春麗が言う。

 

「通常の会議室ログとも違うのね」

 

『はい。作者検証領域に分類されます』

 

『三、ディレクターズカットIFを読まなくても、本編の追跡は可能です』

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、少し安心したように息を吐いた。

 

「それは大事ね」

 

『はい。読者の混乱を防ぐため、重要です』

 

『四、ただし、ディレクターズカットIFで検証された概念が、後に本編用に整形されて輸入される場合があります』

 

 本編春麗は、眉を寄せた。

 

「そこが一番厄介なのよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、静かに補足する。

 

「出来事そのものは本編ではない。でも、概念や言葉の一部は本編に使われる可能性がある」

 

『正確です』

 

 自覚前春麗が、少し不満そうに言う。

 

「つまり、完全に無関係ではないのね」

 

『完全に無関係ではありません』

 

「ややこしいわ」

 

『ディレクターズカットIF領域とは、そういうものです』

 

 本編春麗は、記録板を睨んだ。

 

「便利な言葉で済ませないで」

 

 記録板AIは、さらに表示を続ける。

 

『五、ディレクターズカットIFでは、通常よりメタ要素が強くなる場合があります』

 

 自覚前春麗が即座に言った。

 

「もう強いわ」

 

『はい』

 

『六、作者が登場する場合があります』

 

「二回目よ、それ」

 

『重要なので再掲しました』

 

『七、本編ではまだ早い甘さ、危険な台詞、特殊な戦闘、緩めの精神HP処理などが含まれる場合があります』

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく震えた。

 

「緩めの精神HP処理……」

 

 本編春麗が、すぐに言う。

 

「そこに反応しない」

 

 黒ドレス特化救済春麗が、少し面白そうに言った。

 

「本編では残HPや精神HPの調整が厳しいものね」

 

『はい。Web投稿本編では、ギリギリ勝利などの表記に一定の調整基準があります。ディレクターズカットIFでは、検証のために多少緩めの処理を行う場合があります』

 

 本編春麗は、深く息を吐いた。

 

「完全にシステム説明ね」

 

『本話の目的です』

 

「でしょうね」

 


 

 記録板AIの横に、新しい棚が現れた。

 

 それは、黒い記録片の棚でも、青い小箱でも、危険封筒でもなかった。

 

 少しだけ半透明の棚。

 

 棚板には、いくつもの封筒が置かれている。

 

 表紙は銀色。

 

 端に小さく、こう書かれていた。

 

 Director's Cut IF

 

 自覚前春麗は、露骨に警戒した。

 

「何、その棚」

 

『ディレクターズカットIF棚です』

 

「そのままね」

 

『分かりやすさを優先しました』

 

 本編春麗は、棚を見つめる。

 

「黒い記録片とも違う」

 

『はい』

 

「青い小箱とも違う」

 

『はい』

 

「危険封筒とも違う」

 

『はい』

 

「でも、危険ではあるのね」

 

『内容によります』

 

「その返答が一番危険なのよ」

 

 通常救済版春麗が、棚の前に立った。

 

「分類はどうなるの?」

 

 記録板AIが表示する。

 

『分類案』

『本編確定ログ:本編春麗の実経験、または本編時空の確定出来事』

『春麗会議室ログ:夢・内的会議・複数春麗による整理』

『断章IF:本編春麗周辺の補助的IF、残響、会議室要素を含む断章』

『妄想章IF:分岐、裏ルート、別春麗を扱う仮定』

『ディレクターズカットIF:作者検証領域。通常本編では扱いにくい内容を公開用に整形した番外検証』

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、静かに頷いた。

 

「分類としては分かるわね」

 

 自覚前春麗は、まだ不満そうだった。

 

「でも、読者は混乱しない?」

 

『混乱防止のため、本話を挿入します』

 

「つまり、私たちが読者向け説明をしているわけね」

 

『はい』

 

 本編春麗は、少しだけ顔をしかめた。

 

「もう隠す気がないわね」

 

『メタ要素多め回です』

 

「便利な免罪符にしないで」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、おそるおそる聞く。

 

「この領域にあるものは、私たちが読むの?」

 

『場合によります』

 

「読んだら、本編に影響する?」

 

『基本的には影響しません』

 

 本編春麗が即座に割り込む。

 

「ただし、精神HPは削れるのね?」

 

『可能性があります』

 

「そこは隠さないのね」

 

『読者および春麗保護のため、開示します』

 

 自覚前春麗が、銀色の封筒を一つ指さした。

 

「これ、開けたらどうなるの?」

 

『本編では難しいシチュエーションを、ディレクターズカットIFとして閲覧できます』

 

「具体的には?」

 

『例示します』

 

 本編春麗が、すぐに手を上げた。

 

「待って。例示は必要最低限にして」

 

『了解しました』

 

 記録板AIは、文字だけを表示した。

 

『例』

『本編では早すぎる甘い会話』

『作者都合によるご褒美回』

『本編では採用しにくい戦闘条件』

『複数春麗による過剰な比較検証』

『黒・青・好意・精神HPに関する仮説実験』

『作者が出てくる説明回、謝罪回、調整回』

 

 自覚前春麗は、目を細めた。

 

「謝罪回?」

 

『作者が、やりすぎた場合に発生する可能性があります』

 

 本編春麗は、遠い目をした。

 

「発生しそうね」

 

 黒ドレス特化救済春麗が微笑む。

 

「すでに何度か発生していそうね」

 

 通常救済版春麗は、穏やかに言った。

 

「でも、作者が出てきて説明できる場所があるのは、長期連載では便利かもしれないわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗も頷く。

 

「終わり方の検証にも使える」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、小さく言う。

 

「本編で急にやると怖いものね」

 

『はい。ディレクターズカットIFは、本編を守るための隔離領域でもあります』

 

 その表示に、本編春麗は少しだけ黙った。

 

「本編を守るため」

 

『はい』

 

「ただ遊ぶためではないのね」

 

『遊びも含みます』

 

「含むのね」

 

『含みます。しかし、それだけではありません』

 

 記録板AIは、続けた。

 

『本編では扱いにくい案を完全に捨てず、一度検証する』

『本編に入れると順番が崩れる甘さを、IFとして分離する』

『危険な台詞や関係性を、本編確定前に試す』

『読者へ、作者の試行錯誤を番外編として開示する』

『本編の整合性を維持しながら、余剰エネルギーを逃がす』

 

 本編春麗は、ゆっくり頷いた。

 

「余剰エネルギー」

 

 自覚前春麗が、腕を組んだ。

 

「要するに、作者が本編に入れたいけれど入れると危険なものを、一旦そこに置くのね」

 

『非常に正確です』

 

 自覚前春麗は、少しだけ得意そうにした。

 

「資料として理解したわ」

 

『資料発言を確認』

 

「確認しないで」

 


 

 黒ドレス特化救済春麗が、銀色の棚の前で足を止めた。

 

「一つ確認したいわ」

 

『どうぞ』

 

「ディレクターズカットIFで黒を扱う場合、本編の黒と混ざるの?」

 

『混ざりません』

 

「でも、概念輸入はある」

 

『はい』

 

「つまり、黒ドレス特化救済春麗がディレクターズカットIFで何かを検証しても、それはそのまま本編春麗の黒にはならない」

 

『その通りです』

 

「ただし、黒の扱い方、視線設計、精神HP反応、リュウの返しなどが、本編用に加工される可能性はある」

 

『はい』

 

 本編春麗は、少しだけ黒ドレス特化救済春麗を見る。

 

「あなたの領域、かなり増えそうね」

 

「あなたの青も増えると思うわ」

 

「やめて」

 

『青関連のディレクターズカットIFも存在します』

 

「やめてと言ったでしょう」

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、不安そうに言う。

 

「私関連もあるの?」

 

『あります』

 

「あるのね」

 

『待つこと、行き遅れ恐怖、三択回答、正式回答待ちとの比較検証などが対象です』

 

 行き遅れ春麗は、湯呑みを両手で包んだ。

 

「……怖いけれど、少し見たい気もするわ」

 

 本編春麗が、静かに言う。

 

「分かるわ」

 

 自覚前春麗が、二人を見る。

 

「あなたたち、本当に待つ系の耐性が変な方向に高いわね」

 

『待機強度:高』

 

「出さなくていいのよ」

 

 通常救済版春麗が、銀色の棚を眺める。

 

「救済関連のIFもあるのでしょう?」

 

『はい』

 

「それは、本編に入らないとしても、見ておく価値はあるかもしれないわね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、静かに言う。

 

「救済は、到達点だけでなく、途中の選ばれなかった形にも意味がある」

 

『グランドフィナーレ済み春麗の発言:重要』

 

 本編春麗は、少し笑った。

 

「記録板AI、今日かなり張り切っているわね」

 

『新規領域解放のため、システム説明が必要です』

 

「そうでしょうね」

 

 その時、銀色の棚の上に、一枚の札が浮かんだ。

 

 ディレクターズカットIF領域 閲覧注意事項

 

 本編春麗が、それを読み上げる。

 

「一、これは本編ではありません」

 

 自覚前春麗が続ける。

 

「二、でも、本編に関係のある可能性はあります」

 

 通常救済版春麗が読む。

 

「三、読まなくても本編は追えます」

 

 黒ドレス特化救済春麗が読む。

 

「四、読むと、作者が何を検証していたか分かります」

 

 行き遅れ春麗が読む。

 

「五、甘いもの、危険なもの、重いもの、軽いものが混ざります」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が読む。

 

「六、すべては可能性として扱ってください」

 

 最後に、記録板AIが表示した。

 

『七、春麗たちの精神HPに配慮しつつ閲覧してください』

 

 本編春麗は、即座に言った。

 

「一番配慮されるべきなのは私たちでは?」

 

『はい』

 

「読者にも配慮して」

 

『配慮します』

 

 自覚前春麗が、銀色の封筒を見て言う。

 

「で、最初に何を公開するの?」

 

 記録板AIは、しばらく沈黙した。

 

 本編春麗は、その沈黙に嫌な予感を覚えた。

 

「……記録板AI?」

 

『現在、Web公開用リライト中です』

 

「今、メタをもう一段上げたわね」

 

『はい』

 

 黒ドレス特化救済春麗が微笑んだ。

 

「つまり、元のディレクターズカットIFをそのまま出すわけではないのね」

 

『はい』

 

 通常救済版春麗が頷く。

 

「公開用に読みやすく整える」

 

『はい』

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「本編と混同しないようにする」

 

『はい』

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「必要なら、あとがきで説明する」

 

『はい』

 

 本編春麗は、ようやく少し安心したように息を吐いた。

 

「それなら、まだいいわ」

 

 自覚前春麗は、銀色の棚を見つめる。

 

「でも、これが増えるとまた本編時間が進まなくならない?」

 

 会議室が静かになった。

 

 本編春麗は、ゆっくり自覚前春麗を見た。

 

「……あなた、毎回かなり本質的なところを刺すわね」

 

「資料として」

 

『資料発言を確認』

 

「確認しないで!」

 

 通常救済版春麗が、少し笑う。

 

「でも、そこも説明が必要ね」

 

 記録板AIが表示する。

 

『ディレクターズカットIF公開期間中も、本編は本編として継続します』

『ただし、投稿順として番外検証回が挟まる場合があります』

『本編進行とIF公開は、別レイヤーとして扱います』

 

 本編春麗が頷いた。

 

「つまり、ディレクターズカットIFは休憩所でもあり、検証室でもあり、倉庫でもある」

 

『はい』

 

「本編の代わりではない」

 

『はい』

 

「でも、本編を支える場合はある」

 

『はい』

 

 自覚前春麗は、少しだけ納得したように腕を組んだ。

 

「なら、まあ……説明があればいいのではないかしら」

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「読者にも、この棚の存在を先に見せておくわけね」

 

 通常救済版春麗が続ける。

 

「その方が、本編ログと混ざらない」

 

 行き遅れ春麗が、小さく言う。

 

「怖いものは、怖い棚に置いてある方が安心するわ」

 

 本編春麗は、少し笑った。

 

「怖い棚」

 

『正式名称ではありません』

 

「でも、かなり正しいわ」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、銀色の棚を見る。

 

「可能性の棚ね」

 

 記録板AIが、少し間を置いて表示した。

 

『別名候補:可能性の棚』

 

 本編春麗は、首を横に振る。

 

「採用はしないで」

 

『未承認仮分類として保存します』

 

「保存するのね」

 

『はい』

 


 

 記録板AIは、最後の説明を始めた。

 

『ディレクターズカットIF領域 解放条件』

『一、作者検証として一定量の記録が蓄積されたこと』

『二、本編への直接投入が難しいが、読者に公開可能な形へリライトできること』

『三、作品構造上、IF・断章・会議室・残響などの説明がすでに読者へ共有されていること』

『四、記録板AIによる分類管理が可能であること』

 

 本編春麗は、静かに頷いた。

 

「つまり、今なら出せる」

 

『はい』

 

「最初から出せたわけではないのね」

 

『はい。読者側の理解、本編側の構造、春麗会議室の成熟が必要でした』

 

 通常救済版春麗が微笑む。

 

「春麗会議室が、ここまで便利になったからこその領域ね」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「便利になりすぎでは?」

 

 本編春麗は即答した。

 

「それは前からよ」

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷く。

 

「戻れないわね」

 

 行き遅れ春麗が小さく言う。

 

「ないと困るものね」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が、静かに微笑んだ。

 

「終わらせないための棚でもあるのかもしれないわ」

 

 会議室が、少し静かになった。

 

 本編春麗は、銀色の棚を見る。

 

 ディレクターズカットIF。

 

 本編ではない。

 

 でも、本編から完全に切り離されてもいない。

 

 作者が試したもの。

 

 春麗たちが通らなかったかもしれない道。

 

 通るには早すぎた道。

 

 通るには危険すぎた道。

 

 でも、見てみる価値はある道。

 

「……まあ」

 

 本編春麗は、少しだけ息を吐いた。

 

「開けるなら、説明してからね」

 

『本話が説明です』

 

「でしょうね」

 

 記録板AIが、最後の表示を出す。

 

『本日の結論』

 

『一、ディレクターズカットIF領域を解放します』

 

『二、当該領域は作者検証領域であり、本編確定ログではありません』

 

『三、Web公開時には、元記録を公開用にリライトします』

 

『四、ディレクターズカットIFを読まなくても本編は追跡可能です』

 

『五、ただし、検証された概念が後に本編用へ整形輸入される場合があります』

 

『六、メタ要素、作者登場、特殊条件、甘い展開、危険展開が含まれる場合があります』

 

『七、読者は可能性としてお楽しみください』

 

『八、春麗たちは精神HPに注意してください』

 

 本編春麗は、八番を見て眉を寄せた。

 

「読者より私たちへの注意が強くない?」

 

『必要です』

 

「否定できないのが嫌ね」

 

 自覚前春麗が、少しだけ笑った。

 

「でも、面白そうではあるわ」

 

 本編春麗はそちらを見る。

 

「あなた、絶対に変な封筒を開けそうね」

 

「資料として」

 

『資料発言を確認』

 

「だから確認しないで!」

 

 通常救済版春麗が、お茶を注ぎ直す。

 

「では、これからは本編とIFを分けて読めばいいのね」

 

『はい』

 

 黒ドレス特化救済春麗が言う。

 

「黒の検証は黒の検証として」

 

 行き遅れ春麗が言う。

 

「待つことの検証は、待つことの検証として」

 

 グランドフィナーレ済み春麗が言う。

 

「終わり方の検証は、終わり方の検証として」

 

 本編春麗は、銀色の棚を見た。

 

「そして、私の精神HPは?」

 

『自己責任です』

 

「そこは管理して」

 

『可能な範囲で管理します』

 

「頼りないわね」

 

 それでも、本編春麗は少しだけ笑った。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 本編ではない可能性の棚。

 

 作者検証領域。

 

 危険で。

 

 甘くて。

 

 便利で。

 

 かなりメタで。

 

 そして、たぶん少しだけ必要な場所。

 

 春麗は、記録板AIに向かって言った。

 

「分かったわ」

 

 一拍。

 

「ただし、本編と混ぜないこと」

 

『了解しました』

 

「読者にも分かるようにすること」

 

『了解しました』

 

「春麗たちの精神HPに配慮すること」

 

『努力します』

 

「そこは了解しなさい」

 

『了解しました』

 

 会議室に、少しだけ笑いが起きた。

 

 記録板AIが、最後に一文を表示する。

 

『ディレクターズカットIF領域、解放準備完了』

 

 銀色の棚に、小さな光が灯る。

 

 本編春麗は、それを見て小さく息を吐いた。

 

「……また、棚が増えたわね」

 

 自覚前春麗が言う。

 

「春麗会議室、完全に管理室になってきたわね」

 

 本編春麗は、少しだけ考えてから言った。

 

「いいのよ」

 

「いいの?」

 

「ええ」

 

 一拍。

 

「本編を守るための棚なら」

 

 その言葉に、通常救済版春麗が微笑んだ。

 

 黒ドレス特化救済春麗が頷いた。

 

 行き遅れに恐怖する春麗が、少し安心したように湯呑みを包み直した。

 

 グランドフィナーレ済み春麗は、静かに銀色の棚を見ていた。

 

 記録板AIが表示する。

 

『本編を守るための棚』

『未承認仮分類として保存します』

 

 本編春麗は、少し笑った。

 

「それは、保存していいわ」

 

『保存しました』

 

 銀色の棚が、静かに閉じる。

 

 まだ中身は見えない。

 

 けれど、そこにある。

 

 本編ではない。

 

 でも、消さない。

 

 いつか公開用に整えられる可能性。

 

 それが、春麗会議室の新しい棚に置かれた。

 

 会議は、そこで閉じられた。

 


 

 朝。

 

 本編春麗は目を覚ました。

 

 夢の中の会議室の記憶が、まだ残っている。

 

 銀色の棚。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 作者検証領域。

 

 本編ではない可能性。

 

 でも、本編を守るための棚。

 

 春麗は、しばらく天井を見ていた。

 

「……また増えたわね」

 

 呟く。

 

 黒い記録片の棚。

 

 青い小箱。

 

 危険封筒。

 

 そして、ディレクターズカットIF領域。

 

 どれだけ整理する場所が必要なのか。

 

 少し呆れる。

 

 けれど、少し分かる。

 

 本編に全部を入れたら、壊れるものがある。

 

 今の青の順番。

 

 黒の重さ。

 

 正式回答待ち。

 

 好意の保留保存。

 

 それらを守るために、別の棚が必要になる。

 

 春麗は、起き上がった。

 

 部屋は静かだった。

 

 青い武道服がある。

 

 黒ドレスもある。

 

 青い小箱もある。

 

 それらは本編のもの。

 

 春麗自身が抱えているもの。

 

 夢の中で見た銀色の棚は、ここにはない。

 

 けれど、たぶんどこかにある。

 

 本編ではない可能性の置き場として。

 

「……読者にも説明するのね」

 

 春麗は、少しだけ顔をしかめた。

 

 メタすぎる。

 

 かなりメタすぎる。

 

 でも、もう春麗会議室はそういう場所になっている。

 

 記録板AIが出てきて、分類して、保存して、注意事項を出す。

 

 それを読者に見せる。

 

 今さらかもしれない。

 

 春麗は、鏡の前に立った。

 

 そこに映るのは、本編春麗だった。

 

 めんどくさい女と自覚する春麗。

 

 本編を背負っている春麗。

 

 IFに振り回される春麗。

 

 でも、IFと本編を混ぜないように踏ん張る春麗。

 

「……本編を守るための棚、ね」

 

 一拍。

 

「便利な言い方だわ」

 

 それでも、嫌いではなかった。

 

 本編ではできないことがある。

 

 本編ではまだ早いことがある。

 

 本編では危険すぎる甘さがある。

 

 でも、全部捨てる必要はない。

 

 別の棚に置いておく。

 

 必要なら、公開用に整える。

 

 読む人には、これは本編ではないと伝える。

 

 それでいい。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「記録板AI」

 

 もちろん、現実の部屋に記録板AIはいない。

 

 それでも、言ってみた。

 

「ちゃんと分類しなさいよ」

 

 返事はない。

 

 ただ、夢の中で見た最後の表示だけが、胸の奥に残っている。

 

 ディレクターズカットIF領域、解放準備完了。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「……解放、ね」

 

 一拍。

 

「私の精神HPも、ちゃんと守りなさい」

 

 誰も答えなかった。

 

 それでも、少しだけ安心した。

 

 新しい棚は、本編を壊すためのものではない。

 

 本編を守るためのもの。

 

 そう思えるなら、悪くない。

 

 朝の光が、部屋に入る。

 

 本編は、本編として続いていく。

 

 その横に、銀色の棚が一つ増えた。

 

 本編ではない可能性を置くために。

 

 いつか読者に見せるために。

 

 そして、めんどくさい春麗たちを、もう少しだけ長く動かすために。

 




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回は、ディレクターズカットIF領域の解放告知回でした。

かなりメタ要素の強い回です。

本連作では、これまでも妄想章IF、断章IF、春麗会議室、記録板AI、青い小箱、黒い記録片、危険封筒など、本編とは少し違う層の仕組みを使ってきました。

今回はそこに、新しく「ディレクターズカットIF領域」という棚を追加しています。

この領域は、本編では扱いにくいシチュエーションを置くための場所です。

本編に入れるには早すぎる展開。
本編に入れると甘すぎる展開。
本編の順番を崩してしまう可能性がある展開。
作者側で一度検証したい展開。
あるいは、完全にメタ寄りの調整回。

そういったものを、本編とは別の可能性として置く場所になります。

重要なのは、ディレクターズカットIFは本編確定ログではない、という点です。

そこで起きたことが、そのまま本編春麗の経験になるわけではありません。
春麗会議室の通常ログとも違います。
読まなくても、本編の流れは追えるようにする予定です。

ただし、完全に無関係でもありません。

ディレクターズカットIFで試した言葉、構造、関係性、精神HPの反応などが、後に本編用に整えられて入ってくる場合はあります。

つまり、出来事そのものは本編ではない。
でも、そこで検証した概念が本編に輸入されることはある。

そういう位置づけです。

今回、記録板AIに説明役をしてもらったのは、この作品の中で一番システム説明に向いている存在だからです。

発言信頼度。
精神HP。
未承認仮分類。
確定保存。
青い小箱。
黒い記録片。
危険封筒。

ここまで記録板AIが作品内の分類担当として機能してきたので、ディレクターズカットIF領域の解放も、記録板AIに任せるのが自然だと判断しました。

また、今回の話で大事だったのは、ディレクターズカットIF領域を「本編を壊すための棚」ではなく、「本編を守るための棚」として定義したことです。

本編には本編の順番があります。

本編春麗の青。
黒ドレスの重さ。
リュウへの正式回答待ち。
好意の保留保存。
好意を隠した青。
黒執着春麗の残響。

これらはかなり慎重に積み上げているため、面白いからといって何でも本編に入れてしまうと、順番が壊れる可能性があります。

でも、捨てるには惜しい可能性もあります。

そこで、ディレクターズカットIF領域です。

本編ではない。
でも、消さない。
公開用に整えたうえで、可能性として見せる。

そのための棚になります。

今後、この領域では作者検証寄りの話、少し甘めの話、本編ではまだ早い話、メタ要素の強い話などを扱う可能性があります。

本編とは別枠として、気軽に読んでいただければと思います。

ただし、春麗たちの精神HPにはたぶんあまり優しくありません。

その点だけは、記録板AIと一緒に注意していきたいと思います。
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