また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:本編春麗は、黒執着春麗の嫉妬残響を受信する

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を切り替えた。

 

 春麗会議室ではない。

 

 本編確定ログでもない。

 

 青い小箱でもない。

 

 危険封筒でもない。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 その中でも、派生受信ログ。

 

『本記録は、ディレクターズカットIF派生受信ログです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

 一拍。

 

『今回の受信元を説明します』

 

『受信元は、黒執着春麗のディレクターズカットIF「浮気疑惑」ログです』

 

『当該ログでは、本編には現時点で登場していない春日野さくらを、ディレクターズカットIF用の外部要素として一時投入しています』

 

『リュウと春日野さくらの間に浮気は発生していません』

 

『春日野さくらにも悪意はありません』

 

『発生しているのは、黒執着春麗側の誤認、嫉妬、独占欲、および私だけの言葉がほしいという願望です』

 

 記録板AIは、淡々と続ける。

 

『本記録の検証対象』

 

『本編春麗が、黒執着春麗の嫉妬疑惑ログを断片的に電波受信した場合』

 

『浮気疑惑そのものではなく、その奥にある言葉の置き場所の問題が、本編春麗の青へどのように響くかを検証します』

 

『なお、当該ログの嫉妬、浮気疑惑、お仕置き要素は本編混入不可です』

 

『ただし、抽出された感情の一部が青い小箱へ影響する可能性があります』

 

 一拍。

 

『注意事項』

 

『黒執着春麗本人は、本記録をディレクターズカットIFとして認識していません』

 

『本編春麗側も、受信した内容を本編確定情報として扱うことは禁止推奨です』

 

『春日野さくらは、本編確定登場ではありません』

 

 最後に、記録板AIは表示した。

 

『黒執着春麗・嫉妬残響受信ログ、開始します』

 


 

 朝。

 

 本編春麗は、青い武道服を前にして固まっていた。

 

 今日は試合ではない。

 

 リュウに会いに行く日でもない。

 

 正式回答を聞く日でもない。

 

 春麗会議室でレビューをする日でもない。

 

 ただ、青を畳み直そうと思っただけだった。

 

 それだけだった。

 

 なのに、胸の奥に、黒い熱が落ちてきた。

 

「……また?」

 

 春麗は、青い袖に触れたまま眉を寄せた。

 

 残響。

 

 黒執着春麗のもの。

 

 ただし、いつものログではない。

 

 黒ドレスで勝った時の熱でもない。

 

 黒ドレス発勁事故系列でもない。

 

 女として見られた半拍を勝因にした、あの危険な甘さとも少し違う。

 

 もっと湿度の高いもの。

 

 黒。

 

 嫉妬。

 

 誤解。

 

 リュウ。

 

 春日野さくら。

 

 お仕置き。

 

 分からせる。

 

 そこまで一気に流れ込んできて、春麗は青い袖を握りかけた。

 

 握らない。

 

 握ったら何かが負ける気がした。

 

「……何を受信しているのよ、私は」

 

 言葉にすると、さらに残響が深くなる。

 

 黒執着春麗が、リュウとさくらが話しているところを見ている。

 

 ただの会話。

 

 稽古の話。

 

 拳の話。

 

 さくらに悪意はない。

 

 リュウにも、何もない。

 

 そもそも浮気ではない。

 

 そういう関係ですらない。

 

 なのに。

 

 黒執着春麗は、足を止めた。

 

 胸の奥が冷えて、熱くなって。

 

 浮気。

 

 そんな言葉を、自分でもおかしいと分かりながら、出してしまう。

 

 本編春麗は、額に手を当てた。

 

「……重い」

 

 一拍。

 

「けれど、分からなくはないのが嫌ね」

 

 分かる。

 

 かなり分かる。

 

 分かりたくないのに、分かる。

 

 リュウは、誰にでも真っ直ぐだ。

 

 拳の話をする時も。

 

 稽古の話をする時も。

 

 誰かを見て頷く時も。

 

 悪意なく、真っ直ぐ向き合う。

 

 それはリュウの良いところだ。

 

 分かっている。

 

 でも。

 

 こちらに向けられた真っ直ぐさを、特別だと思ってしまった後だと。

 

 その真っ直ぐさが他の誰かにも向くことが、少しだけ痛い。

 

 春麗は、唇を引き結んだ。

 

「……本筋とは関係ない」

 

 自分に言う。

 

「完全に、ディレクターズカットIF」

 

 一拍。

 

「だから、私が被弾する必要はない」

 

 そう言った瞬間、残響の中の黒執着春麗が言った。

 

 今日は、私だけ見なさい。

 

 本編春麗の精神HPが削れた。

 

「……言った」

 

 言っている。

 

 完全に言っている。

 

 黒執着春麗は、リュウに向かって言っている。

 

 私の黒を。

 

 私の拳を。

 

 私の嫉妬を。

 

 本編春麗は、椅子に座った。

 

 立っていられなかった。

 

「嫉妬まで言語化するのは、さすがに強すぎるわ」

 

 自分なら言えない。

 

 言えないはずだ。

 

 少なくとも、青では言えない。

 

 いや。

 

 黒執着春麗だから言えるのか。

 

 ディレクターズカットIFだから言えるのか。

 

 それとも。

 

 自分にも、少しだけ同じものがあるのか。

 

 春麗は、その問いをすぐに追い払った。

 

 危険。

 

 今の問いは危険。

 

 受信するべきではない。

 

 青を畳む朝に、考えることではない。

 


 

 残響は続く。

 

 黒執着春麗は勝った。

 

 嫉妬した黒で。

 

 暴走しかけた黒で。

 

 それでも、リュウを膝をつかせた。

 

 そして、言う。

 

 私がどれだけ、あなたを見ていたか。

 

 あなたが誰に話しかけるか。

 

 誰の拳を見るか。

 

 誰に真っ直ぐ頷くか。

 

 全部、見てしまうのよ。

 

 本編春麗は、手で顔を覆った。

 

「……やめて」

 

 自分に向けられた言葉ではない。

 

 なのに、刺さる。

 

 なぜなら、本編春麗にも覚えがあるからだ。

 

 リュウが誰を見るか。

 

 誰に拳を向けるか。

 

 誰の言葉に頷くか。

 

 気にならないと言えば嘘になる。

 

 ただ、自分はそれを黒執着春麗ほど露骨には出さない。

 

 出せない。

 

 青のまま、整理する。

 

 宿題にする。

 

 話題候補にする。

 

 正式回答の後に、少しずつ、と保留する。

 

 だから安全。

 

 たぶん。

 

 でも、黒執着春麗は出した。

 

 嫉妬として。

 

 お仕置きとして。

 

 分からせる言葉として。

 

 本編春麗は、青い小箱を見る。

 

 そこには、話題候補がある。

 

 黒の後の青。

 

 宿題のこと。

 

 青を選び直したこと。

 

 用事がなくても会いに行ったこと。

 

 聞かれた青のこと。

 

 話すことはある。

 

 ただし、全部は話さない。

 

 正式回答の後に、少しずつ。

 

 たぶん。

 

 そのはずだった。

 

 しかし、黒執着春麗の残響は、その奥にある別の言葉を引っ張り出してくる。

 

 私だけの言葉がほしい。

 

 春麗は、目を閉じた。

 

「……それは」

 

 否定できなかった。

 

 そこが一番まずかった。

 


 

 残響の中で、黒執着春麗はリュウへ言っている。

 

 私は、あなたが誰と話しても怒るわけではない。

 

 さくらが悪いわけでもない。

 

 あなたが真っ直ぐなのも知っている。

 

 でも。

 

 私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある。

 

 本編春麗の精神HPが大きく削れた。

 

 そこだった。

 

 今回、一番危険なのはそこだった。

 

 嫉妬。

 

 浮気疑惑。

 

 お仕置き。

 

 分からせ。

 

 そういう外側の危険な言葉よりも、その奥にあるこの一文が、刺さった。

 

 私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある。

 

 本編春麗は、机に両手をついた。

 

 呼吸を整える。

 

 これは黒執着春麗の残響。

 

 自分の言葉ではない。

 

 自分がリュウに言ったわけではない。

 

 でも。

 

 リュウに言われた言葉がある。

 

 春麗が、自分から来た。

 

 それが嬉しかった。

 

 春麗が話すなら聞く。

 

 話せないなら待つ。

 

 でも、聞けるなら聞きたい。

 

 春麗の青の先へ。

 

 俺は、その先を見たい。

 

 それらの言葉を、自分はどうしていたか。

 

 未承認仮分類。

 

 保留保存。

 

 青い小箱。

 

 正式回答待ち。

 

 そうやって丁寧に置いていた。

 

 でも、置いていた理由の中には、あったのかもしれない。

 

 それを、自分だけの場所に置きたかった。

 

 他の誰かのものではなく。

 

 ただの一般論ではなく。

 

 本編春麗に向けられた言葉として。

 

 春麗は、青い小箱に手を置いた。

 

「……最悪ね」

 

 一拍。

 

「かなり、分かってしまった」

 

 黒執着春麗の嫉妬は危険だ。

 

 本筋には置けない。

 

 浮気疑惑も、お仕置きも、私だけ見なさいも、青には混ぜられない。

 

 でも、その奥の願望は、完全に他人事ではなかった。

 

 私だけの言葉がほしい。

 

 それは、青でも言えてしまう。

 

 言いたくない。

 

 でも、言えてしまう。

 


 

 残響の中で、リュウは言った。

 

 同じではない。

 

 さくらと話していた時と、春麗を見ている時は、同じではない。

 

 春麗には、春麗への見方がある。

 

 春麗に向けた言葉は、春麗に向けている。

 

 本編春麗は、完全に動きを止めた。

 

 黒執着春麗への言葉。

 

 なのに、青にも刺さる。

 

 同じではない。

 

 春麗には、春麗への見方がある。

 

 春麗に向けた言葉は、春麗に向けている。

 

 もし、リュウが自分にそう言ったら。

 

 いや。

 

 もう、言われているに近い。

 

 今日の春麗の話も、聞けてよかった。

 

 春麗が、自分から来た。

 

 それが嬉しかった。

 

 春麗の青の先へ。

 

 俺は、その先を見たい。

 

 それらは、自分に向けられた言葉だった。

 

 他の春麗ではない。

 

 黒執着春麗でもない。

 

 自覚前春麗でもない。

 

 行き遅れに恐怖する春麗でもない。

 

 本編春麗へ向けられた言葉。

 

 そう思った瞬間、春麗は顔を覆った。

 

「……だめ」

 

 危険。

 

 かなり危険。

 

 黒執着春麗のディレクターズカットIFを受信して、本編春麗が自分の言葉の置き場所に気づく。

 

 これは危険だ。

 

 完全に危険だ。

 

 けれど、なかったことにはできない。

 

 春麗は、青い小箱を開いた。

 

 中の紙を取り出す。

 

 話題候補。

 

 黒の後の青。

 

 宿題のこと。

 

 青を選び直したこと。

 

 用事がなくても会いに行ったこと。

 

 聞かれた青のこと。

 

 その下に、空白がある。

 

 春麗は、ペンを持った。

 

 少しだけ迷う。

 

 そして、書いた。

 

 私に向けられた言葉を、私だけの場所に置きたい時がある。

 

 書いた瞬間、春麗は机に突っ伏した。

 

「……書いた」

 

 書いてしまった。

 

 もう戻せない。

 

 未承認。

 

 絶対に未承認。

 

 でも、保留保存。

 

 消せない。

 

 春麗は、紙の端を指で押さえた。

 

 これは嫉妬ではない。

 

 そう言いかけて、止まる。

 

 違う。

 

 それは逃げだ。

 

 完全に嫉妬ではない、と言い切るのは嘘になる。

 

 黒執着春麗ほどではない。

 

 浮気疑惑にするつもりもない。

 

 リュウを縛りたいわけでもない。

 

 さくらが悪いと思っているわけでもない。

 

 でも。

 

 ゼロではない。

 

 春麗は、紙の下にもう一行書いた。

 

 これは嫉妬だけではなく、言葉の置き場所の問題。

 

 書いてから、少しだけ息を吐いた。

 

「……これなら、少し正確」

 

 嫉妬だけではない。

 

 独占欲だけでもない。

 

 リュウから向けられた言葉を、ちゃんと自分の中に置きたい。

 

 自分だけの意味として受け取りたい。

 

 その願いがある。

 

 そこは、否定できなかった。

 


 

 昼。

 

 春麗は外に出た。

 

 リュウに会いに行くためではない。

 

 本当に違う。

 

 今日は、ディレクターズカットIFの残響だけで十分すぎるほど削られている。

 

 この状態でリュウに会ったら危険だ。

 

 かなり危険だ。

 

 だから、ただ歩く。

 

 気分を変える。

 

 青い武道服ではない。

 

 日常服。

 

 ただし、動きやすい。

 

 それを選んだ自分に気づいて、春麗は少しだけ止まった。

 

「……念のため、ではないわよね」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 違う。

 

 今日は会わない。

 

 会わないと決めている。

 

 角を曲がる。

 

 リュウはいない。

 

 春麗は、安心した。

 

 そして、少しだけ残念になった。

 

「……本当に、最悪ね」

 

 黒執着春麗の残響のせいだ。

 

 あんな危険なIFを受信したせいで、自分の中の面倒な部分まで見えてしまった。

 

 リュウが誰と話すか。

 

 誰に頷くか。

 

 誰に真っ直ぐ向き合うか。

 

 気にならないわけではない。

 

 でも、それを全部束縛したいわけではない。

 

 さくらが悪いわけではない。

 

 リュウの真っ直ぐさを壊したいわけでもない。

 

 ただ。

 

 自分に向けられた言葉は、自分のものとして置いておきたい。

 

 そこだけは、黒執着春麗と少し似ている。

 

 春麗は、足を止めた。

 

「……似ているのは、嫌ではないけれど」

 

 一拍。

 

「同じにはならないわ」

 

 自分に言う。

 

 黒執着春麗は、嫉妬を黒で出した。

 

 本編春麗は、青で整理する。

 

 黒執着春麗は、お仕置きしようとした。

 

 本編春麗は、言葉を保留保存する。

 

 黒執着春麗は、私だけ見なさいと言った。

 

 本編春麗は、まだそこまでは言わない。

 

 言わない。

 

 たぶん。

 

 春麗は、顔を赤くした。

 

「……たぶん、を付けない」

 

 言わない。

 

 今は。

 

 春麗は、さらに顔を赤くした。

 

「……今は、も危険」

 

 結局、何も言えなくなった。

 


 

 夕方。

 

 部屋に戻った春麗は、青い小箱をもう一度開いた。

 

 昼間の散歩でも、残響は消えなかった。

 

 むしろ、少しだけ落ち着いた形で残っている。

 

 危険な嫉妬は薄れた。

 

 浮気疑惑も遠のいた。

 

 お仕置きの熱も、分からせる言葉も、今は遠い。

 

 だが、言葉だけが残っている。

 

 私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある。

 

 春麗は、その一文を見つめた。

 

「これは、危険」

 

 一拍。

 

「でも、かなり重要」

 

 認めるしかない。

 

 リュウの言葉を、ただ聞き流せない理由。

 

 未承認仮分類にしたくなる理由。

 

 青い小箱に保存したくなる理由。

 

 その一部が、ここにある。

 

 自分に向けられた言葉だから。

 

 自分だけの場所に置きたい。

 

 他の誰かと比べたいわけではない。

 

 奪いたいわけでもない。

 

 ただ、混ぜたくない。

 

 春麗は、紙の下の一文を見直した。

 

 これは嫉妬だけではなく、言葉の置き場所の問題。

 

 その方が正しい。

 

 嫉妬もある。

 

 独占欲も少しある。

 

 でも、それだけではない。

 

 リュウから向けられた言葉を、ちゃんと自分の中に置きたい。

 

 自分だけの意味として受け取りたい。

 

 その願いがある。

 

 春麗は、紙を畳む。

 

 青い小箱に入れる。

 

「未承認」

 

 一拍。

 

「ただし、保留保存」

 

 いつものように言う。

 

 少しだけ安心した。

 

 危険な残響だった。

 

 本筋とは関係ない。

 

 完全にディレクターズカットIF。

 

 でも、受け取ってしまった以上、何もなかったことにはできない。

 

 春麗は、青い小箱を閉じた。

 


 

 夜。

 

 灯りを落とす前に、春麗は窓の外を見た。

 

 黒執着春麗の残響は、もう濃くはない。

 

 ただ、最後のリュウの言葉が残っている。

 

 春麗に向けた言葉は、春麗に向けている。

 

 春麗は、面倒ではない。

 

 それは黒執着春麗に向けられた言葉だ。

 

 自分に向けられた言葉ではない。

 

 なのに、羨ましいと思ってしまった。

 

 そこも、少し痛い。

 

「……羨ましい、ね」

 

 言ってから、春麗は目を伏せた。

 

 黒執着春麗は危険だ。

 

 かなり面倒だ。

 

 それでも、あのIFではリュウに言わせた。

 

 春麗は面倒ではない、と。

 

 本編春麗は、まだそこまでは言われていない。

 

 いや。

 

 言われたら死ぬ。

 

 間違いなく精神HPが終わる。

 

 でも。

 

 少しだけ、聞きたい気もする。

 

 春麗は、布団に入る前に、小さく呟いた。

 

「リュウ」

 

 一拍。

 

「私に向けた言葉は」

 

 もう一拍。

 

「ちゃんと、私に向けて言いなさい」

 

 言ってから、顔が熱くなった。

 

「……何を言っているのよ」

 

 誰も聞いていない。

 

 だから、大丈夫。

 

 大丈夫なはず。

 

 春麗は、灯りを消した。

 

 その夜、春麗会議室へは行かなかった。

 

 記録板AIにも提出しなかった。

 

 ただ、青い小箱の中にだけ、危険な一文が残っている。

 

 私に向けられた言葉を、私だけの場所に置きたい時がある。

 

 本編春麗は、それを未承認のまま抱えて眠った。

 

 黒執着春麗の危険な嫉妬残響は、本筋とは関係ない。

 

 けれど、その奥にあった願いは、青にも少しだけ響いてしまった。

 

 私だけを見て、とは言わない。

 

 でも。

 

 私に向けた言葉は、私だけの場所に置かせてほしい。

 

 その願いを、まだ誰にも言えないまま。

 

 本編春麗は、静かに眠りへ落ちていった。

 


 

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。

 

『受信ログを終了します』

 

『本記録は、本編確定ログではありません』

 

『黒執着春麗のディレクターズカットIF「浮気疑惑」ログから派生した、本編春麗側の受信事故です』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

 一拍。

 

『受信元ログにおける春日野さくらは、本編確定登場ではありません』

 

『リュウと春日野さくらの間に浮気は発生していません』

 

『春日野さくらに責任はありません』

 

『本編春麗が主に被弾した項目は、浮気疑惑そのものではありません』

 

 一拍。

 

『主被弾項目』

 

『私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある』

 

『これは嫉妬だけではなく、言葉の置き場所の問題』

 

『本編春麗は、当該要素を青い小箱へ未承認保留保存しました』

 

 さらに一拍。

 

『判定』

 

『嫉妬、浮気疑惑、お仕置き、私だけ見なさい、などの黒執着春麗固有要素は本編混入不可です』

 

『ただし、抽出要素である「私に向けられた言葉を、私だけの場所に置きたい時がある」は、本編春麗の青に接続可能な未承認要素として保留保存されました』

 

『現時点でリュウ本人への開示は非推奨です』

 

『正式回答ライン完了前の使用は、精神HP被弾リスクが高すぎます』

 

 一拍。

 

『分類』

 

『黒執着春麗嫉妬残響受信ログ』

 

『浮気疑惑要素:本筋参照禁止』

 

『さくら要素:本編未登場扱い』

 

『抽出要素:言葉の置き場所』

 

『青い小箱:未承認保留保存』

 

 最後に、記録板AIは淡々と締めた。

 

『なお、本編春麗の「私に向けた言葉は、ちゃんと私に向けて言いなさい」発言については、自爆性が非常に高いため、現時点では正式ログ化を保留します』

 

『以上、ディレクターズカットIF派生・黒執着春麗嫉妬残響受信ログでした』

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回は、黒執着春麗のディレクターズカットIF「浮気疑惑」ログを、本編春麗が電波受信してしまう派生回でした。

まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。

あくまで、黒執着春麗のディレクターズカットIFから派生した、本編春麗側の受信事故ログです。

今回の受信元になっているのは、黒執着春麗が、リュウと春日野さくらが話している場面を見て、浮気疑惑のように誤認してしまうディレクターズカットIFです。

ただし、作中でも記録板AIが説明している通り、リュウは浮気していません。
春日野さくらにも悪意はありません。
そもそも春日野さくらは、本編には現時点で登場していないディレクターズカットIF用の外部要素です。

なので、今回の話は「リュウが浮気した話」でも「さくらが悪い話」でもありません。

重要なのは、黒執着春麗がそれをどう受け取ったか。
そして、その残響を本編春麗が受信した時、どこに一番刺さったかです。

黒執着春麗の嫉妬は、かなり危険です。

リュウが誰に話しかけるか。
誰の拳を見るか。
誰に真っ直ぐ頷くか。
それを全部見てしまう。

この時点でかなり重いです。

しかも黒執着春麗は、それを隠さず、嫉妬として、お仕置きとして、分からせる言葉としてリュウへぶつけます。

「今日は、私だけ見なさい」
「私の黒を」
「私の拳を」
「私の嫉妬を」

本編春麗からすると、これはかなり危険です。
青では言えません。
少なくとも、今の本編春麗には言えません。

ただ、今回本編春麗に一番刺さったのは、そこではありませんでした。

一番刺さったのは、

私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある。

ここです。

嫉妬。
浮気疑惑。
お仕置き。
私だけ見なさい。

そういう外側の危険な要素は、本編春麗も「これは本編に混ぜられない」と判断できます。

しかし、その奥にあった「自分に向けられた言葉を、自分だけの場所に置きたい」という願望は、完全には否定できませんでした。

本編春麗にも、リュウから向けられた言葉があります。

春麗が、自分から来た。
それが嬉しかった。
春麗が話すなら聞く。
話せないなら待つ。
でも、聞けるなら聞きたい。
春麗の青の先へ。
俺は、その先を見たい。

そういう言葉を、本編春麗は青い小箱に保存してきました。

未承認仮分類。
保留保存。
正式回答待ち。

いろいろな言い方で整理していますが、その根っこには、「これは自分に向けられた言葉だから、自分の場所に置いておきたい」という感情があったのかもしれません。

今回の本編春麗は、そこに気づいてしまいます。

だから、黒執着春麗の嫉妬そのものは本編混入不可です。
浮気疑惑も本編混入不可。
さくら要素も本編未登場扱い。
お仕置きや私だけ見なさいも、本編春麗の青には混ぜられません。

しかし、抽出要素として、

私に向けられた言葉を、私だけの場所に置きたい時がある。

これは、青い小箱へ未承認保留保存されました。

ここが今回の重要な変化です。

つまり今回は、黒の危険な嫉妬ログから、青にも接続可能な感情の芯だけを取り出した回です。

黒執着春麗は、嫉妬を黒で出します。
本編春麗は、同じものをそのまま出すことはしません。

黒執着春麗は、私だけ見なさいと言います。
本編春麗は、まだそこまでは言いません。

黒執着春麗は、お仕置きしようとします。
本編春麗は、言葉を青い小箱に保留保存します。

この違いが大事です。

本編春麗と黒執着春麗は、同じ春麗ではありますが、進み方が違います。
黒執着春麗は危険な感情を黒に乗せて表へ出す。
本編春麗は、危険な感情を青の中で整理しようとする。

ただし、まったく無関係ではありません。

だからこそ、本編春麗は黒執着春麗の残響を完全には拒絶できない。
危険だと思う。
本筋には混ぜられないと思う。
でも、少しだけ分かってしまう。

その「少しだけ分かってしまう」が、今回の本編春麗の被弾ポイントです。

また、今回は春日野さくらの扱いも注意点です。

このディレクターズカットIF内のさくらは、あくまで「リュウが他の女性と真っ直ぐ話している場面」を成立させるための外部要素です。

本編には現時点で登場していません。
さくらに責任があるわけでもありません。
リュウとの間に恋愛的な事件が起きたわけでもありません。

あくまで、黒執着春麗がそれをどう見てしまったか。
そして、本編春麗がその残響のどこに反応してしまったか。

そこを見るための配置です。

今回、記録板AIは最終的にこう分類しています。

黒執着春麗嫉妬残響受信ログ。
浮気疑惑要素:本筋参照禁止。
さくら要素:本編未登場扱い。
抽出要素:言葉の置き場所。
青い小箱:未承認保留保存。

この分類が、今回の話の全体像です。

本編春麗は、私だけを見て、とはまだ言いません。
でも、私に向けた言葉は、私だけの場所に置かせてほしい、というところまでは来てしまいました。

これはかなり危険ですが、同時に本編春麗の青としては重要な進展でもあります。

リュウの言葉をただ聞いているのではなく、どこに置くのか。
誰のものとして受け取るのか。
自分に向けられた言葉として、どう保存するのか。

今回は、そこに触れた回でした。

黒執着春麗の危険な嫉妬残響は、本筋とは関係ありません。

けれど、その奥にあった願いは、青にも少しだけ響いてしまった。

私だけを見て、とは言わない。
でも、私に向けた言葉は、私だけの場所に置かせてほしい。

今回の本編春麗は、その願いをまだ誰にも言えないまま、青い小箱へ未承認保留保存したわけです。
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