また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:黒執着春麗は、黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にする

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を切り替えた。

 

 春麗会議室ではない。

 

 本編確定ログでもない。

 

 青い小箱でもない。

 

 危険封筒でもない。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 本編時空へ直接置くには危険すぎる検証を、一時的に保存するための場所だった。

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

 一拍。

 

『本記録の不採用理由を説明します』

 

『本記録における黒執着春麗は、黒ドレスを着用し、リュウに女として見られた一瞬の揺れを、勝因として意識的に利用します』

 

『リュウへの好意を抱いた春麗が、自分の女性性を隠すのではなく、黒ドレスの戦術として積極的に組み込みます』

 

『さらに、勝利後にその事実をリュウ本人へ告げ、精神的に先制して撤退します』

 

『この行動は、現在の本編時空における黒執着春麗の状態よりも、踏み込みが過激です』

 

『そのため、本記録は本編確定ログではなく、ディレクターズカットIF領域へ保存されます』

 

 記録板AIは、淡々と続ける。

 

『検証主題』

 

『黒執着春麗が、黒ドレスでリュウと戦った場合』

 

『リュウが、春麗を拳の相手としてだけではなく、女としても見た場合』

 

『春麗がその半拍の遅れを勝因として利用した場合』

 

『勝利後、リュウの無自覚褒め殺しが来る前に戦略的撤退した場合』

 

 一拍。

 

『注意事項』

 

『黒執着春麗本人は、本記録をディレクターズカットIFとして認識していません』

 

『本記録は、本編では危険すぎる視線誘導、女性性の戦術化、勝利後自爆の検証です』

 

 最後に、記録板AIは表示した。

 

『黒執着春麗・女として見られた勝利ログ、開始します』

 


 

 黒執着春麗は、鏡の前で髪を整えていた。

 

 今日は、黒ドレスだ。

 

 青ではない。

 

 黒でも青でもない服でもない。

 

 黒。

 

 黒ドレス。

 

 見せるためだけではない。

 

 リュウの反応を確かめるためだけでもない。

 

 勝つための黒。

 

 女としての自分を使う黒。

 

 リュウの視線を奪う黒。

 

 呼吸をずらす黒。

 

 その半拍を、格闘家として刈り取る黒。

 

 肩の線。

 

 髪の流れ。

 

 胸元。

 

 腰。

 

 裾。

 

 目元。

 

 全部、戦闘に不要ではない。

 

 不要ではない、ということにしておく。

 

「……試合のためよ」

 

 鏡の中の自分へ言う。

 

「黒ドレス時の視線誘導と、近距離制御の確認」

 

 一拍。

 

「それ以上の意味はないわ」

 

 言ってから、黒執着春麗は少しだけ目を細めた。

 

 嘘だ。

 

 全部が嘘ではない。

 

 動けるのは本当。

 

 戦えるのも本当。

 

 黒ドレスがリュウの視線に影響するのも本当。

 

 それを勝因に使えるか確認したいのも、戦術上は本当。

 

 だが、それだけではない。

 

 今日は少し、試したかった。

 

 リュウが、自分をどう見るのか。

 

 拳としてか。

 

 春麗としてか。

 

 黒を持つ相手としてか。

 

 それとも。

 

 女としてか。

 

 その言葉を考えた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 

「……危険ね」

 

 自分で言う。

 

 これは危険だ。

 

 かなり危険だ。

 

 青の危険とは違う。

 

 黒の危険。

 

 女として見られることを、ただ恥ずかしがるのではなく、戦術として使う。

 

 リュウへの好意を隠すための黒ではない。

 

 リュウに届くための黒でもない。

 

 リュウが自分をどう見たかまで、勝負に含める黒。

 

 黒執着春麗は、唇に薄く笑みを乗せた。

 

「今日は、勝つわ」

 

 一拍。

 

「あなたが、私をどう見たかまで含めて」

 

 鏡の中の春麗は、かなり危険な顔をしていた。

 

 でも、悪くなかった。

 


 

 リュウは、約束の場所にいた。

 

 いつものように、静かに立っている。

 

 春麗が近づくと、顔を上げた。

 

 その視線が、春麗を見る。

 

 顔。

 

 黒ドレス。

 

 肩。

 

 胸元。

 

 腰。

 

 裾。

 

 足元。

 

 そして、もう一度、顔。

 

 ほんの一瞬だった。

 

 だが、春麗は見逃さなかった。

 

 リュウの呼吸が、わずかに変わった。

 

 拳の間合いを見る時とは違う。

 

 黒を警戒する時とも違う。

 

 青の踏み込みを測る時とも違う。

 

 ほんの一瞬。

 

 リュウが、自分を戦う相手としてだけではなく見た。

 

 春麗は、胸の奥で何かが甘く跳ねるのを感じた。

 

 ぞくり、とした。

 

「リュウ」

 

「春麗」

 

「今日は、少し反応が遅かったわね」

 

 リュウは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「そうかもしれない」

 

 認めた。

 

 黒執着春麗の内側で、熱が広がった。

 

 認めた。

 

 今、認めた。

 

 揺れたことを。

 

 自分を見て、少し遅れたことを。

 

「珍しいわね」

 

「ああ」

 

「何を見ていたの?」

 

 リュウは黙った。

 

 黒執着春麗は、一歩近づく。

 

「拳?」

 

「……いや」

 

 さらに、胸の奥が熱くなる。

 

「間合い?」

 

「違う」

 

「黒?」

 

 リュウは、少しだけ間を置いた。

 

「黒も見た」

 

「そう」

 

 春麗は笑う。

 

「それだけ?」

 

 リュウは、真っ直ぐ春麗を見る。

 

「春麗を見ていた」

 

 精神HPが削れた。

 

 だが、今日は削れながら前に出る。

 

「それは、いつもと同じでしょう?」

 

 リュウは、少しだけ考えた。

 

 考えるな。

 

 そう思いながら、春麗は待った。

 

 リュウは言った。

 

「少し、違った」

 

 黒執着春麗の内側で、何かが確定した。

 

 勝因候補。

 

 いや、違う。

 

 まだ試合前だ。

 

 まだ勝っていない。

 

 だが、もう一つ、刃を手に入れた。

 

 リュウが揺れた。

 

 自分を見て。

 

 黒を見て。

 

 春麗を見て。

 

 そして、たぶん。

 

 女として見て。

 

 春麗は、唇に指を添えた。

 

「そう」

 

 一拍。

 

「なら、今日はその少し違った私で勝つわ」

 

 リュウが構える。

 

「ああ」

 

「逃げないのね」

 

「逃げない」

 

「揺れたのに?」

 

 リュウの拳が、ほんのわずかに遅れて握られる。

 

 春麗は、それを見た。

 

「……今のも」

 

 一歩踏み込む。

 

「もらったわ」

 


 

 試合は、最初から春麗が主導権を取りに行った。

 

 黒ドレスの裾が揺れる。

 

 露骨に見せるわけではない。

 

 見せすぎれば、ただの隙になる。

 

 隠しすぎれば、黒の意味がない。

 

 だから、半歩。

 

 踏み込む直前に、肩を開く。

 

 防御ではない。

 

 誘い。

 

 リュウの視線が、その一瞬を拾う。

 

 拳が半拍遅れる。

 

 春麗の蹴りが入る。

 

 リュウの腕に当たる。

 

 浅い。

 

 だが、主導権は取った。

 

「見すぎよ」

 

 春麗が言う。

 

 リュウは、拳を構え直す。

 

「見ている」

 

「ええ、知っているわ」

 

 一拍。

 

「だから、遅れるの」

 

 リュウの拳が来る。

 

 速い。

 

 春麗は身をひねる。

 

 完全には避けられない。

 

 肩に重さが入る。

 

 痛い。

 

 だが、痛みの中で笑った。

 

 近い。

 

 かなり近い。

 

 リュウの拳が、自分に届いている。

 

 自分の蹴りも、リュウに届いている。

 

 それだけなら、いつもの試合だ。

 

 だが、今日は違う。

 

 リュウが自分を見ている。

 

 拳だけではなく。

 

 黒だけではなく。

 

 春麗を。

 

 女としての春麗を。

 

 それが、春麗の中で危険な快感になっていた。

 

 リュウが前に出る。

 

 春麗は、あえて下がらない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今、私のどこを見たの?」

 

 拳が遅れた。

 

 一瞬。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、春麗は入った。

 

 掌底。

 

 リュウの胸。

 

 リュウの体が揺れる。

 

 反撃。

 

 春麗の腹に拳が入る。

 

 重い。

 

 息が詰まる。

 

 それでも春麗は笑った。

 

「正直ね」

 

「春麗」

 

「何?」

 

「危ない聞き方だ」

 

「そうよ」

 

 一拍。

 

「危ない勝ち方をしているもの」

 

 リュウの目が鋭くなる。

 

 そこでようやく、リュウが切り替えた。

 

 春麗を見る目が、拳へ戻る。

 

 戦う相手としての目に戻る。

 

 春麗は、少しだけ惜しいと思った。

 

 だが、それでいい。

 

 ずっと揺れていたら、勝ってもつまらない。

 

 揺れたリュウを、戦うリュウに戻して、それでも勝つ。

 

 その方が、気持ちいい。

 


 

 中盤。

 

 リュウは強かった。

 

 当然だ。

 

 揺れたからといって弱くなる男ではない。

 

 むしろ、一度揺れた後のリュウは、いつもより集中していた。

 

 黒ドレスの誘いを見すぎない。

 

 裾の揺れではなく、重心を見る。

 

 胸元ではなく、踏み込みを見る。

 

 春麗の問いかけに反応しすぎない。

 

 その修正が速い。

 

 リュウらしい。

 

 だから、春麗はさらに楽しくなる。

 

「戻してきたわね」

 

「ああ」

 

「女として見るのは、やめた?」

 

 リュウの拳が、ほんの少し強くなった。

 

 春麗は受け損ねる。

 

 腕に痛み。

 

 だが、笑う。

 

「答えないのね」

 

「試合中だ」

 

「あら」

 

 一拍。

 

「さっきまでは、見ていたくせに」

 

 リュウの足が動く。

 

 速い。

 

 春麗は下がる。

 

 初めて下がらされた。

 

 だが、その下がりを使う。

 

 視線を誘導する。

 

 黒ドレスの裾を、あえて一拍遅らせる。

 

 リュウが踏み込む。

 

 春麗は、その踏み込みを待っていた。

 

「今度は、私が見ているわ」

 

 蹴り。

 

 リュウの肩に入る。

 

 深い。

 

 リュウの拳も返る。

 

 春麗の脇腹に入る。

 

 深い。

 

 両者が揺れる。

 

 膝が落ちかける。

 

 まだ落ちない。

 

 春麗は荒い息の中で、リュウを見る。

 

 リュウも春麗を見る。

 

 ここまで来た。

 

 ギリギリ。

 

 リュウが強い。

 

 やはり強い。

 

 だから、勝ちたい。

 

 女として見られて揺れたことを勝因にしたい。

 

 でも、それだけでは勝てない。

 

 リュウはもう戻っている。

 

 拳も戻っている。

 

 なら、最後は本当に勝つしかない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「最初に揺れた分」

 

 一拍。

 

「最後まで払ってもらうわ」

 

 リュウは、静かに頷いた。

 

「来い」

 

 春麗は踏み込んだ。

 


 

 終盤。

 

 どちらも限界だった。

 

 春麗の呼吸は荒い。

 

 リュウの肩も落ちている。

 

 だが、目は死んでいない。

 

 春麗は思う。

 

 やはり、この男は強い。

 

 見たくらいでは崩れない。

 

 揺れたくらいでは負けない。

 

 だからこそ。

 

 あの一瞬の揺れが、今も勝敗の底に残っている。

 

 ほんの半拍。

 

 最初の半拍。

 

 春麗を女として見てしまった、そのわずかな遅れ。

 

 それが、序盤の主導権になり。

 

 序盤の主導権が、中盤の体力差になり。

 

 中盤の体力差が、終盤の一手に残る。

 

 勝因としては、あまりに甘い。

 

 あまりに危険。

 

 あまりに、黒執着春麗向きだった。

 

 リュウが来る。

 

 拳。

 

 春麗は、受けない。

 

 内側へ入る。

 

 肩をかすめる。

 

 痛み。

 

 だが、拳は外れた。

 

 春麗の掌底が、リュウの胸へ入る。

 

 リュウの足が沈む。

 

 まだ倒れない。

 

 リュウの拳が返る。

 

 春麗の腹へ。

 

 重い。

 

 春麗の視界が揺れる。

 

 それでも、最後の蹴りを出す。

 

 リュウの肩。

 

 深く入る。

 

 リュウの膝が落ちる。

 

 春麗も倒れかける。

 

 だが、立った。

 

 片膝になりかけて。

 

 それでも、立った。

 

 リュウは膝をついた。

 

 拳はまだ握られている。

 

 だが、次は出せない。

 

 春麗も、もう一手は出せない。

 

 それでも、立っているのは春麗だった。

 

「……私の勝ちね」

 

 声はかすれていた。

 

 リュウは、膝をついたまま頷いた。

 

「ああ」

 

「聞こえないわ」

 

「春麗の勝ちだ」

 

 ぞくり、とした。

 

 全身が震えそうになった。

 

 勝った。

 

 ギリギリで。

 

 リュウに。

 

 しかも、勝因の底に、リュウの揺れがある。

 

 リュウが、自分を女として見て、ほんの少し遅れた。

 

 その半拍を、最後まで持っていった。

 

 勝った。

 

 それが、甘くて。

 

 危険で。

 

 どうしようもなく、気持ちよかった。

 

 黒執着春麗は、リュウへ近づいた。

 

 ここで、いつもの流れなら危険だ。

 

 リュウは褒める。

 

 無自覚に。

 

 春麗の準備も、強さも、今日の表情も、黒ドレスも、全部言ってくる。

 

 そうなれば、精神HPが落ちる。

 

 だから、先に言う。

 

 先に刺す。

 

 先に逃げる。

 

 黒執着春麗は、リュウの前に立った。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日の敗因、分かる?」

 

 リュウは、息を整えながら春麗を見る。

 

「春麗が強かった」

 

 危険。

 

 もう来た。

 

 春麗は即座に指を立てた。

 

「違うわ」

 

「違うのか」

 

「ええ」

 

 一拍。

 

「あなたが、私を女として見たからよ」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 リュウの目が、わずかに大きくなる。

 

 春麗はさらに近づく。

 

「拳だけを見ていれば、もう少し違ったかもしれない」

 

 一拍。

 

「黒だけを警戒していれば、もう少し耐えたかもしれない」

 

 もう一拍。

 

「でも、あなたは私を見た」

 

 唇が笑う。

 

「春麗として」

 

 一歩。

 

「女として」

 

 さらに一歩。

 

「だから、遅れたの」

 

 リュウは黙っている。

 

 春麗は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 危険。

 

 かなり危険。

 

 だが、言ってしまった。

 

 言えた。

 

 勝ったから。

 

 勝った今だから。

 

 この黒ドレスで、リュウを揺らして勝ったから。

 

「覚えておきなさい」

 

 一拍。

 

「次に私を見る時は、拳だけでは足りないわ」

 

 リュウの目が真っ直ぐ春麗を見る。

 

 あ、まずい。

 

 春麗は本能的に察した。

 

 今、リュウが何か言おうとしている。

 

 いつもの無自覚高火力が来る。

 

 今日の春麗は、とても――

 

 いや。

 

 駄目。

 

 それを聞いたら終わる。

 

 黒執着春麗は、即座に踵を返した。

 

「今日はここまで」

 

「春麗」

 

「追撃禁止」

 

「まだ何も言っていない」

 

「言う前に禁止」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 春麗は、少しだけ振り返る。

 

 最後の一撃だけ置いていく。

 

「今日は、私の勝ち」

 

 一拍。

 

「あなたが、私を女として見た分まで含めて」

 

 言ってから、即座に歩き出した。

 

 これ以上は危険。

 

 これ以上いると、リュウが言う。

 

 褒める。

 

 見たことを言語化する。

 

 強かったとか。

 

 黒ドレスの春麗は違ったとか。

 

 今の春麗を見ていたとか。

 

 最悪の場合、全部言う。

 

 それは死ぬ。

 

 だから逃げる。

 

 戦略的撤退。

 

 黒執着春麗は、勝者として撤退した。

 

 背中にリュウの視線を感じる。

 

 追ってこない。

 

 よし。

 

 成功。

 

 黒執着春麗は、表情を崩さずに歩いた。

 

 角を曲がるまでは。

 

 角を曲がった瞬間、壁に手をついた。

 

「……勝った」

 

 小さく呟く。

 

「逃げ切った」

 

 一拍。

 

「褒め殺し、回避」

 

 そこまではよかった。

 

 そこまでは、本当に完璧だった。

 


 

 部屋に戻った瞬間、黒執着春麗は扉を閉めた。

 

 背中を扉に預ける。

 

 息が荒い。

 

 試合のせい。

 

 そう言い張るには、顔が熱すぎた。

 

「……勝ったわ」

 

 言ってみる。

 

 勝った。

 

 ギリギリで。

 

 リュウに。

 

 女として見られた揺れを、勝因にして。

 

 黒ドレスで。

 

 しかも、リュウの無自覚褒め殺しが来る前に逃げた。

 

 完璧。

 

 かなり完璧。

 

 戦略的撤退としては百点。

 

 黒執着春麗は、ゆっくり部屋の中へ入った。

 

 鏡がある。

 

 見ない方がいい。

 

 そう思ったのに、見てしまった。

 

 鏡の中の自分は、顔が赤かった。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 次に、思い出した。

 

 今日の敗因、分かる?

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 拳だけを見ていれば、もう少し違ったかもしれない。

 

 黒だけを警戒していれば、もう少し耐えたかもしれない。

 

 でも、あなたは私を見た。

 

 春麗として。

 

 女として。

 

 だから、遅れたの。

 

 黒執着春麗は、両手で顔を覆った。

 

「……何を言っているの、私は」

 

 言った。

 

 完全に言った。

 

 甘い。

 

 危険。

 

 勝者の煽りとしては、かなり強い。

 

 だが、帰宅後に思い出すには、あまりにも自爆性が高かった。

 

「……女として見たからよ、って」

 

 自分で言った。

 

 自分で。

 

 リュウに。

 

 しかも、かなり近い距離で。

 

 黒ドレスで。

 

 黒執着春麗は、しゃがみ込んだ。

 

 床に座る。

 

 顔を覆ったまま動けない。

 

 勝ったはず。

 

 撤退にも成功したはず。

 

 褒め殺しも回避したはず。

 

 なのに。

 

 自分の言葉で死にそうになっている。

 

「……これは、リュウの攻撃ではない」

 

 一拍。

 

「自分の攻撃が、帰ってきているだけ」

 

 ブーメラン。

 

 かなり鋭いブーメラン。

 

 黒執着春麗は、顔を上げられなかった。

 

 思い出す。

 

 リュウの目。

 

 あの一瞬。

 

 自分を見た目。

 

 拳でもなく。

 

 黒の警戒だけでもなく。

 

 春麗として。

 

 女として。

 

 見られた。

 

 それを勝因にした。

 

 ぞくぞくした。

 

 そこまではよかった。

 

 よくない。

 

 いや、よかった。

 

 かなりよかった。

 

 だからまずい。

 

「……これは、出せないわね」

 

 誰に。

 

 どこに。

 

 黒の棚か。

 

 自分の中か。

 

 どこへ出しても危険だった。

 

 黒執着春麗は、どうにか立ち上がり、机に向かった。

 

 紙を出す。

 

 記録を書こうとして、手が止まる。

 

 何を書く。

 

 勝因。

 

 リュウが黒ドレスの春麗を女として見て、初動に遅れが発生。

 

 春麗、それを戦術利用。

 

 ギリギリ勝利。

 

 勝利後、甘い煽り。

 

 無自覚褒め殺し前に戦略的撤退成功。

 

 帰宅後、自分の煽りを思い出して精神HP自爆。

 

 黒執着春麗は、ペンを置いた。

 

「……記録しなくていい」

 

 一拍。

 

「いや、記録しないと危険」

 

 記録しないと、また同じことをする。

 

 記録しても、またするかもしれない。

 

 だが、少なくとも分類は必要だ。

 

 黒執着春麗は、震える手で一行だけ書いた。

 

 黒ドレス/女として見られた勝利。

 

 書いた瞬間、机に突っ伏した。

 

「……分類名がもう駄目」

 

 駄目だった。

 

 完全に駄目だった。

 

 でも、かなり正確だった。

 


 

 夜。

 

 黒執着春麗は、なかなか眠れなかった。

 

 リュウの言葉は聞かなかった。

 

 聞く前に逃げた。

 

 そこは勝利。

 

 大勝利。

 

 しかし、聞かなかったからこそ、想像してしまう。

 

 もし、あの場に残っていたら。

 

 リュウは何を言ったか。

 

 今日の春麗は強かった。

 

 それだけなら耐えられる。

 

 たぶん。

 

 今日の春麗は、見てしまった。

 

 これは危険。

 

 今日の黒ドレスは、よく似合っていた。

 

 死亡。

 

 今日の春麗を、女として見ていた。

 

 完全終了。

 

 黒執着春麗は、布団の中で顔を覆った。

 

「……逃げて正解」

 

 正解だった。

 

 絶対に正解だった。

 

 あの場で聞いていたら、勝者のまま倒れていた。

 

 リュウに膝をつかせた後、自分が精神HPで膝をつくところだった。

 

 危なかった。

 

 戦略的撤退は正しかった。

 

 だが、逃げても想像で削られる。

 

 これが問題だった。

 

「……リュウ」

 

 小さく呼ぶ。

 

 誰もいない部屋で。

 

「あなたが悪いのよ」

 

 一拍。

 

「私を、そういうふうに見たから」

 

 言ってから、また顔を覆う。

 

 自分で言って、自分で落ちる。

 

 無限に危険。

 

 黒執着春麗は、布団の中で小さく丸まった。

 

 今日の黒ドレス。

 

 勝つために選んだ黒。

 

 女として見られることまで、戦術に入れた黒。

 

 その黒で勝った。

 

 リュウが揺れた。

 

 自分が勝因にした。

 

 甘い煽りを言った。

 

 逃げた。

 

 そして、今こうして自爆している。

 

 完璧な流れだった。

 

 完璧に、危険だった。

 

「……次は」

 

 一拍。

 

「次は、言わない」

 

 たぶん嘘だった。

 

 だから言い直す。

 

「……次は、言うなら逃げ道を確保してからにする」

 

 それはかなり現実的だった。

 

 黒執着春麗は、目を閉じる。

 

 眠りに落ちる直前、最後に思い出した。

 

 リュウの、少し違った、という言葉。

 

 あれが一番危険だった。

 

 春麗を見ていた。

 

 少し違った。

 

 それだけで、十分だった。

 

「……ばか」

 

 誰に向けた言葉か分からない。

 

 リュウか。

 

 自分か。

 

 両方か。

 

 黒執着春麗は、顔を赤くしたまま眠った。

 


 

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。

 

『検証ログを終了します』

 

『本記録は、本編確定ログではありません』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

『本記録における衣装は、黒ドレスです』

 

『本記録は、黒執着春麗が黒ドレスを着用し、リュウへの好意と女性性を戦術として積極利用するディレクターズカットIFです』

 

 一拍。

 

『現在の本編時空における黒執着春麗の状態と比較して、行動・発言・勝利後の煽りが過激であるため、ディレクターズカットIF領域へ保存します』

 

 一拍。

 

『戦闘結果』

 

『黒執着春麗、ギリギリ勝利』

 

『主な勝因』

 

『リュウが黒ドレスの春麗を拳の相手としてだけでなく、女として見たことによる初動遅延』

 

『春麗がその半拍を終盤まで持ち越し、勝因として利用したこと』

 

『勝利後処理』

 

『黒執着春麗、リュウの無自覚褒め殺しを予測し、戦略的撤退に成功』

 

『ただし、帰宅後に自身の勝利台詞を思い出し、精神HP自爆』

 

 さらに一拍。

 

『分類』

 

『黒ドレス/女として見られた勝利』

 

『女性性の積極戦術利用』

 

『甘い煽りブーメラン』

 

『褒め殺し前撤退成功』

 

『本編混入不可』

 

 記録板AIは、淡々と締めた。

 

『以上、ディレクターズカットIF・黒ドレスで女として見られた勝利ログでした』

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回は、ディレクターズカットIFとしての「黒ドレスで女として見られた勝利」回でした。

最初に記録板AIから説明があった通り、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。

今回の黒執着春麗は、黒ドレスを着ています。

この回の主題は、黒執着春麗が黒ドレスを着て、リュウへの好意と女性性を積極的に戦術へ組み込むことです。

つまり、黒ドレス回です。

ただし、本編にそのまま置くには危険すぎます。

今回の春麗は、リュウに女として見られたことをかなり強く意識しています。
そして、それを恥ずかしがるだけではなく、勝因として使います。

リュウが春麗を見る。
拳だけではなく。
黒だけではなく。
春麗として。
女として。

その一瞬の揺れを、春麗は見逃しません。

今回の春麗は、その半拍を序盤の主導権に変えます。
序盤の主導権を中盤の体力差に変えます。
中盤の体力差を終盤の一手に残します。

かなり危険な勝ち方です。

黒ドレスの春麗は、ただ見られて動揺する側ではありません。
見られたことを、相手の遅れとして利用する側です。

このあたりが、今回のディレクターズカットIFの核になります。

ただし、リュウもそこで終わる男ではありません。

最初は揺れます。
春麗を見て、少し反応が遅れます。
本人も「少し、違った」と認めてしまいます。

ここは黒執着春麗にとって、かなり危険な燃料です。

しかしリュウは、試合中に修正します。

黒ドレスの揺れではなく、重心を見る。
胸元ではなく、踏み込みを見る。
春麗の問いに反応しすぎず、拳へ戻る。

この修正速度がリュウらしいところです。

なので今回の勝利は、リュウがずっと見惚れて止まっていたから勝った、という話ではありません。

最初の半拍。
最初に春麗を女として見たことで生まれた、ほんの少しの遅れ。

春麗はそれを最後まで持っていった。

だから勝った。

これが今回の勝因です。

そして、今回一番危険なのは勝った後です。

春麗はリュウに言います。

あなたが、私を女として見たからよ。

これはかなり踏み込んだ台詞です。

本編時空の黒執着春麗が今すぐここまで言うと、さすがに進みすぎます。
だからディレクターズカットIFになっています。

しかも、春麗はそのままリュウの無自覚褒め殺しを察知して撤退します。

ここは非常に正しい判断です。

リュウは、勝った春麗に対して何か言おうとしていました。
春麗はそれを聞いたら精神HPが落ちると察します。
だから先に「追撃禁止」と言って逃げます。

戦略的撤退です。

戦闘には勝つ。
甘い煽りも置く。
リュウの反撃が来る前に逃げる。

ここまでは完璧です。

ただし、帰宅後に自分の台詞で自爆します。

あなたが、私を女として見たからよ。

自分で言った。
リュウに言った。
黒ドレスで言った。
勝った後に言った。

その事実を思い出して、自分の精神HPを削っていきます。

ここがこの連作らしいところです。

リュウの言葉で落ちることは多いですが、今回はリュウの言葉を聞く前に逃げています。
それでも、自分の言葉がブーメランになって帰ってきます。

つまり今回の敵は、リュウだけではありません。

自分の黒。
自分の台詞。
自分の勝ち方。

それらが帰宅後に刺さっています。

今回の分類は、

黒ドレス/女として見られた勝利。
女性性の積極戦術利用。
甘い煽りブーメラン。
褒め殺し前撤退成功。
本編混入不可。

になります。

本編に入れるには危険ですが、黒執着春麗の「黒」の性質を検証するにはかなり重要な回でした。

黒は、見せる衣装ではありません。
黒は、見られ方まで戦術にする衣装です。

そして今回の黒執着春麗は、好意を抱くリュウに対して、自分の女性性を積極的に使って勝ちに行きました。

その意味で、かなりディレクターズカットIFらしい回だったと思います。

バトル解説

今回のバトルをHP制で見ると、だいたい以下のようなイメージです。

試合開始時

黒執着春麗 HP100
リュウ   HP100

精神HP

黒執着春麗 精神HP100
リュウ   精神HP100

ただし、春麗は開始時点で特殊状態が入っています。

状態異常ではなく、強化とリスクが同時に入った状態です。

黒執着春麗
状態:黒ドレス
状態:女性性の積極戦術利用
状態:リュウにどう見られるか確認中
状態:精神HP不安定

序盤

黒執着春麗 HP87
リュウ   HP73

序盤は春麗が主導権を取ります。

リュウは、黒ドレスの春麗を見ます。
拳だけではなく、春麗そのものを見ます。

その一瞬で、リュウの反応が半拍遅れます。

春麗はそこを逃しません。

黒ドレスの裾。
肩の開き。
踏み込み前の間。
視線の誘導。

それらを使って、リュウの初動を遅らせます。

ここで春麗は、かなり強いです。

ただし、この時点で春麗自身の精神HPも削れています。

リュウが「少し、違った」と言ったことで、春麗の内側もかなり危険な状態になります。

序盤終了時の精神HP

黒執着春麗 精神HP82
リュウ   精神HP94

戦闘では春麗が優勢。
精神HPでは、春麗もすでに少し削られています。

中盤

黒執着春麗 HP49
リュウ   HP38

中盤から、リュウが修正してきます。

ここが重要です。

リュウは最初に揺れました。
しかし、揺れたままではありません。

黒ドレスの揺れではなく、重心を見る。
胸元ではなく、踏み込みを見る。
春麗の問いかけに反応しすぎない。
拳へ戻る。

この修正によって、リュウは押し返します。

春麗の腕や脇腹にもかなり深い攻撃が入っています。

ただし、序盤に春麗が取った主導権は残っています。
リュウは完全に追いついたわけではありません。

最初の半拍の遅れが、まだ体力差として残っています。

中盤終了時の精神HP

黒執着春麗 精神HP71
リュウ   精神HP89

春麗はリュウが戻してきたことに少し惜しさを感じています。
ただし、それでも楽しんでいます。

リュウが強い。
揺れても戻ってくる。
だからこそ、勝ちたい。

この段階で、春麗の黒はかなり危険ですが、同時に戦闘としては冴えています。

終盤

黒執着春麗 HP18
リュウ   HP12

終盤は、ほぼ限界です。

どちらももう余力がありません。

リュウの拳は重い。
春麗の呼吸も荒い。
黒ドレスの誘導だけでは、もう勝てません。

ここで春麗は、最初の揺れを最後まで持っていきます。

序盤に作った半拍。
リュウが春麗を女として見てしまった一瞬。

それが、最後の体力差になっています。

最終局面で春麗は、リュウの拳を受けきらずに内側へ入り、掌底を入れます。
リュウはまだ倒れません。
拳を返します。
春麗の腹へ重い一撃が入ります。

ここで春麗もかなり危険です。

しかし最後の蹴りがリュウの肩へ入ります。

リュウは膝をつく。
春麗も倒れかける。
けれど、立っているのは春麗。

決着

黒執着春麗 HP7
リュウ   HP0

黒執着春麗のギリギリ勝利です。

残HP7です。

本当にギリギリです。
あと一撃受けていれば、春麗も落ちていました。

ただし、勝利は勝利です。

黒ドレスで勝った。
女性性を戦術に使った。
リュウの揺れを勝因にした。
最後まで立っていた。

戦闘勝者は、黒執着春麗です。

勝利後精神HP推移

リュウが「春麗の勝ちだ」と言う

黒執着春麗 精神HP76

この時点では、まだ勝者です。
春麗はかなり甘い勝利感を得ています。

自分を女として見たリュウ。
そのリュウに勝った。
かなり危険ですが、春麗にとっては大きな勝利です。

春麗が「あなたが、私を女として見たからよ」と言う

黒執着春麗 精神HP58

言った瞬間は、まだ攻撃側です。
ただし、この時点で自爆予約が入っています。

勝者の煽りとしては強いです。
しかし、帰宅後に確実に自分へ返ってくるタイプの台詞です。

春麗が「次に私を見る時は、拳だけでは足りないわ」と言う

黒執着春麗 精神HP41

ここもかなり危険です。

この台詞は、リュウへの攻撃であると同時に、自分自身への爆弾です。

リュウが何か言おうとする

黒執着春麗 精神HP30

春麗はここで危険を察知します。

リュウがこのまま何か言えば、無自覚褒め殺しが来る可能性が高い。
強かった。
黒ドレスの春麗は違った。
今の春麗を見ていた。
そんなことを言われると精神HPが終わる。

だから春麗は逃げます。

戦略的撤退成功時

黒執着春麗 精神HP36

一時的に回復しています。

ここは春麗の判断勝ちです。

聞く前に逃げた。
褒め殺しを回避した。
勝者として撤退した。

かなり正しい判断です。

帰宅後、自分の台詞を思い出す

黒執着春麗 精神HP18

ここから自爆が始まります。

あなたが、私を女として見たからよ。

自分で言った。
リュウに言った。
黒ドレスで言った。
勝った後に言った。

この事実がかなり刺さっています。

分類名「黒ドレス/女として見られた勝利」を書く

黒執着春麗 精神HP6

分類名が正確すぎて自爆します。

正確な分類ほど危険です。

夜、リュウが言ったかもしれない言葉を想像する

黒執着春麗 精神HP2

ここでほぼ瀕死です。

リュウの言葉は聞いていません。
聞く前に逃げました。

しかし、逃げたからこそ想像してしまいます。

今日の春麗は強かった。
今日の黒ドレスはよく似合っていた。
今日の春麗を、女として見ていた。

どれも実際には言われていません。
でも想像だけで精神HPが削れます。

最終精神HP

黒執着春麗 精神HP2

戦闘には勝ちました。
褒め殺しも回避しました。
しかし、自分の台詞と想像で精神HPを削られました。

総合結果

戦闘勝者

黒執着春麗

精神戦結果

一時的には黒執着春麗が勝利。
ただし、帰宅後に自爆。
最終的には精神HP瀕死。

RPG的にまとめると、

黒執着春麗
戦闘HP 7/100
精神HP 2/100
状態:黒ドレス勝利
状態:女性性の積極戦術利用成功
状態:甘い煽りブーメラン
状態:褒め殺し前撤退成功
状態:帰宅後自爆
状態:本編混入不可

リュウ
戦闘HP 0/100
精神HP 不明
状態:初動遅延
状態:黒ドレス春麗を見た
状態:中盤以降修正成功
状態:無自覚褒め殺し未遂
状態:追撃禁止により発言封印

今回の結論は、

黒執着春麗、戦闘勝利。
リュウの初動遅延を最後まで勝因として利用。
黒ドレスと女性性の戦術利用に成功。
ただし勝利後の甘い煽りがブーメラン化。
リュウの褒め殺しは回避したが、想像で精神HP瀕死。

です。

つまり、今回もいつもの形です。

春麗は勝った。
リュウには勝った。
でも、自分の言葉と、リュウが言いそうな言葉に落とされた。

黒執着春麗にとっては、かなり危険で、かなり甘いディレクターズカットIFだったと思います。
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