また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:本編春麗は、黒執着春麗の危険な勝因を受信してしまう

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を切り替えた。

 

 春麗会議室ではない。

 

 本編確定ログでもない。

 

 青い小箱でもない。

 

 危険封筒でもない。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 さらに、その派生受信ログ。

 

 本編時空に直接置くには危険すぎる情報が、本編春麗側へ漏れた場合の検証だった。

 

『本記録は、ディレクターズカットIF派生受信ログです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

 一拍。

 

『今回の受信元を説明します』

 

『受信元は、ディレクターズカットIF「黒執着春麗は、黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にする」です』

 

『当該ログでは、黒執着春麗が黒ドレスを着用し、リュウに女として見られた一瞬の揺れを、勝因として意識的に利用しました』

 

『さらに勝利後、あなたが私を女として見たからよ、と本人へ告げ、リュウの無自覚褒め殺しが来る前に戦略的撤退しています』

 

『この行動は、現在の本編時空における黒執着春麗の状態よりも踏み込みが過激です』

 

『そのため、当該ログは本編混入不可として、ディレクターズカットIF領域に保存されています』

 

 記録板AIは、さらに表示を続けた。

 

『本記録の検証対象』

 

『本編春麗が、当該ディレクターズカットIFを断片的に電波受信した場合』

 

『本編春麗が、黒執着春麗の危険な勝因を見てしまった場合』

 

『女として見られることそのものではなく、女として見られた半拍を勝因化する危険に気づいてしまった場合』

 

『青の整理、正式回答ライン、進まれた青へどのような影響が出るかを検証します』

 

 一拍。

 

『注意事項』

 

『黒執着春麗本人は、このログをディレクターズカットIFとして認識していません』

 

『本編春麗側も、受信した内容を本編確定情報として扱うことは禁止推奨です』

 

『本記録は、青い小箱への混入不可案件です』

 

 最後に、記録板AIは淡々と表示した。

 

『受信事故ログ、開始します』

 


 

 朝。

 

 本編春麗は、青い武道服を畳もうとしていた。

 

 時系列は、少し曖昧だった。

 

 昨日の続きかもしれない。

 

 相打ちの青の翌日かもしれない。

 

 進まれた青を整理した後かもしれない。

 

 正式回答ラインの途中かもしれない。

 

 あるいは、ただ何もない朝に、乾いた青を棚へ戻そうとしていただけかもしれない。

 

 だが、手元にあるのは青だった。

 

 相打ちの青。

 

 待つ青。

 

 動く青。

 

 進まれた青。

 

 宿題の返事を急かさないための青。

 

 未承認仮分類ばかり増えている青。

 

 絶対に未承認。

 

 まだ仮分類。

 

 でも、消せない青。

 

 春麗は、乾いた袖に指を添えた。

 

「……今日は、畳むだけ」

 

 声にする。

 

 畳む。

 

 整える。

 

 棚に戻す。

 

 それだけ。

 

 青のことだけを考える。

 

 黒のことは考えない。

 

 危険封筒も開けない。

 

 青い小箱も増やさない。

 

 今日は落ち着いて畳める。

 

 そう思っていた。

 

 その瞬間だった。

 

 頭の奥に、妙な電波が落ちてきた。

 

「……え?」

 

 青い袖を持ったまま、春麗は固まった。

 

 見えた。

 

 自分ではない春麗。

 

 黒執着春麗。

 

 黒ドレスの春麗。

 

 鏡の前で髪を整えている。

 

 肩の線。

 

 髪の流れ。

 

 胸元。

 

 裾。

 

 目元。

 

 すべてを、戦闘に不要ではないと言い聞かせている春麗。

 

 そして、リュウ。

 

 リュウが、その春麗を見る。

 

 拳を見る目ではなく。

 

 黒を警戒する目だけでもなく。

 

 間合いを見る目だけでもなく。

 

 一瞬だけ、違う目で。

 

 本編春麗は、青い袖を握りそうになった。

 

 握らない。

 

 握ったら何かが負ける。

 

「……何を受信しているのよ、私は」

 

 声が小さく漏れた。

 

 これは、あれだ。

 

 ディレクターズカットIF。

 

 本筋ではない。

 

 黒執着春麗の危険な棚。

 

 自分がまともに受け取る必要のないもの。

 

 受け取ってはいけないもの。

 

 なのに、見えてしまった。

 

 リュウが、黒執着春麗を見ている。

 

 少し違った。

 

 そう言う。

 

 黒執着春麗が、それを聞いて笑う。

 

 なら、今日はその少し違った私で勝つわ。

 

 本編春麗は、椅子に座った。

 

「……朝から何を見せるの」

 

 危険だった。

 

 かなり危険だった。

 

 しかも、なぜか分かるのが嫌だった。

 

 リュウに、拳だけではなく見られる。

 

 春麗として。

 

 女として。

 

 その一瞬の揺れを、勝因にする。

 

 黒執着春麗は、それにぞくぞくしている。

 

 本編春麗は、額に手を当てた。

 

「だめ」

 

 一拍。

 

「これは、本筋ではない」

 

 もう一拍。

 

「私の青とは関係ない」

 

 そう言った瞬間、電波の中の黒執着春麗が言った。

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 本編春麗の精神HPが削れた。

 

「……言った」

 

 言っている。

 

 完全に言っている。

 

 しかも、勝った後に。

 

 リュウに。

 

 かなり近い距離で。

 

 黒ドレスで。

 

 春麗は、青い袖を膝の上に置いた。

 

 畳めない。

 

 今は無理だった。

 


 

 電波は途切れなかった。

 

 黒執着春麗は、リュウと戦っている。

 

 黒ドレスで。

 

 最初、リュウが揺れる。

 

 春麗を見て、ほんの少しだけ遅れる。

 

 その半拍を、黒執着春麗は逃さない。

 

 試合前の視線。

 

 初手の遅れ。

 

 序盤の主導権。

 

 中盤の体力差。

 

 終盤の最後の一手。

 

 リュウが女として見たことで生まれた一瞬の揺れを、最後まで勝因として持っていく。

 

 本編春麗は、息を止めた。

 

「……戦術として成立しているのが腹立たしいわね」

 

 腹立たしい。

 

 というより、危険。

 

 いや。

 

 少しだけ、悔しい。

 

 黒執着春麗は、戦術にしてしまう。

 

 リュウが自分をどう見たか。

 

 それを恥ずかしがるだけではなく、勝ち筋に変える。

 

 女として見られたことを、武器にする。

 

 本編春麗は、青い武道服を見る。

 

 自分は、どうだったか。

 

 青で踏み込んだ。

 

 覚えられた青を、試合に持ち込んだ。

 

 覚えているなら、止めてみなさい。

 

 そう言った。

 

 覚えた青だけ見ていると、今の私を見落とすわよ。

 

 そうも言った。

 

 それは、かなり頑張った。

 

 かなり危険だった。

 

 自分としては、相当踏み込んだ。

 

 リュウに進まれた青も受け取った。

 

 途中回答も受けた。

 

 それだけで、もう十分すぎるくらい危険だった。

 

 なのに、黒執着春麗はさらに危険な場所で戦っている。

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 本編春麗は、机に額をつけた。

 

「……言えない」

 

 一拍。

 

「私は、それは言えない」

 

 言えない。

 

 言えるわけがない。

 

 青では、絶対に言えない。

 

 いや。

 

 絶対、などと言うと危険だ。

 

 言えない。

 

 今は。

 

 今は、言えない。

 

 春麗は、自分でその言い直しに気づき、さらに顔を覆った。

 

「……今は、を付けないで」

 

 危険だ。

 

 この電波は危険すぎる。

 

 女として見られる可能性。

 

 それだけなら、もう完全に未知ではない。

 

 リュウが自分をどう見ているか。

 

 拳としてか。

 

 春麗としてか。

 

 女としてか。

 

 そういう問いは、何度も近くまで来ている。

 

 問題は、そこではない。

 

 今回の問題は、その先だ。

 

 見られたことを、勝因にする。

 

 見られた半拍を、最後まで持っていく。

 

 そして勝った後に、あなたが私を女として見たからよ、と言ってしまう。

 

 それが危険だった。

 

 それは、青に混ぜてはいけない。

 


 

 電波の中で、黒執着春麗は勝った。

 

 ギリギリで。

 

 リュウに。

 

 しかも、勝因の底には、リュウの揺れがある。

 

 リュウが、春麗を女として見たこと。

 

 その半拍。

 

 その一瞬。

 

 黒執着春麗は、それにぞくぞくしている。

 

 本編春麗は、胸の奥を押さえた。

 

「……ぞくぞくしない」

 

 一拍。

 

「私はしない」

 

 もう一拍。

 

「たぶん」

 

 最後の一言が出た瞬間、自分で机に突っ伏した。

 

 たぶん、ではない。

 

 しない。

 

 しないはず。

 

 するわけがない。

 

 けれど、もしリュウが。

 

 自分の青を、拳だけでなく。

 

 春麗としてだけでなく。

 

 女として見て、一瞬でも揺れたら。

 

 春麗は、想像しかけて、即座に頭を振った。

 

「だめ」

 

 完全にだめ。

 

 これは、黒執着春麗の電波。

 

 ディレクターズカットIF。

 

 本筋と関係なし。

 

 本編春麗が受け取る必要はない。

 

 なのに。

 

 自分の中に、別の声が出てくる。

 

 リュウは、私をどう見ているのか。

 

 拳としてか。

 

 青としてか。

 

 宿題を出した相手としてか。

 

 その先を見たいと言った相手としてか。

 

 それとも。

 

 春麗は、そこから先を考えなかった。

 

 考えたら負ける。

 

 完全に負ける。

 

 畳みかけるように、電波の中の黒執着春麗が勝利後に言う。

 

 今日の敗因、分かる? 

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 拳だけを見ていれば、もう少し違ったかもしれない。

 

 黒だけを警戒していれば、もう少し耐えたかもしれない。

 

 でも、あなたは私を見た。

 

 春麗として。

 

 女として。

 

 だから、遅れたの。

 

 本編春麗は、完全に沈黙した。

 

 強い。

 

 危険。

 

 甘い。

 

 そして、悔しいほど黒執着春麗らしい。

 

「……そんな煽り方、普通はしないわ」

 

 言ってから、少し考える。

 

 普通とは。

 

 誰基準か。

 

 少なくとも、春麗会議室の常識では完全に危険。

 

 本編春麗の青では危険。

 

 今の自分の正式回答ラインでは、危険どころではない。

 

 でも、ディレクターズカットIFの黒執着春麗なら成立する。

 

 そこが一番危険だった。

 

 成立してしまっている。

 


 

 電波の中で、黒執着春麗は逃げた。

 

 リュウの無自覚褒め殺しが来る前に。

 

 戦略的撤退。

 

 勝者として撤退。

 

 リュウが何か言う前に、追撃禁止と言って逃げる。

 

 本編春麗は、そこだけ少し冷静に見た。

 

「……それは正しいわ」

 

 リュウは危険だ。

 

 勝った後のリュウは、かなり危険だ。

 

 負けた後のリュウも危険。

 

 相打ちの後のリュウも危険。

 

 とにかく試合後のリュウは危険。

 

 だから、言う前に逃げた黒執着春麗の判断は正しい。

 

 春麗は、真顔で頷いた。

 

「戦略的撤退は、かなり正しい」

 

 一拍。

 

「私も、もっと早く逃げるべきだったことが何度もある」

 

 言ってから、少し落ち込む。

 

 自分は逃げられなかった。

 

 相打ちの後、リュウの途中回答を受けた。

 

 俺が、考えたかった。

 

 春麗の青の先へ。

 

 俺は、その先を見たい。

 

 あれを真正面から受けた。

 

 精神HPは落ちた。

 

 かなり落ちた。

 

 黒執着春麗は、今回逃げた。

 

 無自覚褒め殺しを聞く前に。

 

 それは勝利だ。

 

 しかし、電波はまだ終わらない。

 

 帰宅後。

 

 黒執着春麗が、自分の言った台詞を思い出して自爆している。

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 春麗として。

 

 女として。

 

 だから、遅れたの。

 

 黒執着春麗は、顔を覆っている。

 

 勝ったのに。

 

 撤退に成功したのに。

 

 リュウの褒め殺しは回避したのに。

 

 自分の言葉で落ちている。

 

 本編春麗は、そこを見て、深く息を吐いた。

 

「……そこは、分かる」

 

 分かってしまう。

 

 自分で言った言葉が、あとから自分に刺さる。

 

 これはかなり分かる。

 

 春麗も何度も経験している。

 

 言ってから、帰ってから、思い出して、倒れる。

 

 用事がなくても会いに行ったこと。

 

 また聞かせてくれと言われたこと。

 

 次の試合の後に話すかもしれないと言ってしまったこと。

 

 覚えているなら、止めてみなさいと言ったこと。

 

 覚えた青だけ見ていると、今の私を見落とすわよと言ったこと。

 

 自分の言葉は、あとから来る。

 

 リュウの言葉より遅れて、自分の言葉が来る。

 

 その破壊力を、春麗は知っている。

 

「……黒執着春麗」

 

 一拍。

 

「そこは、あなたも同じなのね」

 

 少しだけ、同情した。

 

 かなり面倒な同情だった。

 


 

 春麗は、ようやく青い武道服を畳み始めた。

 

 だが、手つきは遅い。

 

 電波のせいで、余計なことを考えてしまう。

 

 リュウは、自分をどう見ているのか。

 

 青として。

 

 春麗として。

 

 拳の相手として。

 

 宿題の相手として。

 

 その先を見たいと言った相手として。

 

 そして。

 

 春麗は、畳みかけた袖を一度広げた。

 

「……だめね」

 

 青を畳む時に考えることではない。

 

 でも、考えてしまった。

 

 黒執着春麗の電波が悪い。

 

 完全に悪い。

 

 あんな危険なIFを受信したから。

 

 本編春麗は、机の上に紙を置いた。

 

 書くつもりはなかった。

 

 だが、書かないと頭から離れない気がした。

 

 ペンを持つ。

 

 少しだけ迷う。

 

 そして、書いた。

 

 女として見られた半拍を勝因化する危険。

 

 書いた瞬間、春麗はペンを置いた。

 

「……何を書いているの」

 

 ひどい。

 

 かなりひどい。

 

 だが、正確だった。

 

 リュウが自分を女として見る可能性。

 

 それだけなら、まだ言葉として遠い。

 

 可能性。

 

 推測。

 

 未確定。

 

 そう逃げられる。

 

 けれど、今回の電波はそこではない。

 

 問題は、その先。

 

 見られた半拍を勝因にすること。

 

 それを自分が理解してしまうこと。

 

 それが、少しだけ強そうに見えてしまうこと。

 

 春麗は、手で顔を覆った。

 

「……精神HPが足りない」

 

 今の自分には無理だ。

 

 進まれた青だけで十分危険なのに、その上でこれが来たら処理できない。

 

 青の正式回答ライン。

 

 相打ちの青。

 

 宿題途中回答。

 

 それだけで手一杯だ。

 

 なのに、黒執着春麗のディレクターズカットIFが余計な扉を開けていった。

 

 本編春麗は、紙の下にもう一行書いた。

 

 現在処理不能。

 

 さらに書く。

 

 未承認以前。

 

 もう一行。

 

 青混入不可。

 

 書いてから、少しだけ落ち着いた。

 

「……そうね」

 

 これはまだ、保留ですらない。

 

 未承認仮分類でもない。

 

 そんな段階ではない。

 

 処理不能。

 

 触れない。

 

 ただ、存在に気づいてしまっただけ。

 

 春麗は、その紙を青い小箱に入れようとして、手を止めた。

 

「……青い小箱に入れるのも危険」

 

 青の正式回答ラインに混ぜるには危険すぎる。

 

 春麗は別の小さな封筒を取り出した。

 

 何も書いていない封筒。

 

 そこへ紙を入れる。

 

 封をする。

 

 表に書く。

 

 黒ドレス女視線勝因化ログ。

 

 一拍。

 

 本筋参照禁止。

 

 もう一拍。

 

 青混入不可。

 

 書いてから、春麗は少しだけ笑ってしまった。

 

「……何をしているの、私は」

 

 だが、必要だった。

 

 これは青い小箱に入れてはいけない。

 

 黒執着春麗の危険なIF。

 

 しかもディレクターズカット。

 

 本編春麗の正式回答ラインに直接混ぜると危険。

 

 だから、別封筒。

 

 参照禁止。

 

 少なくとも、今は。

 


 

 昼。

 

 春麗は、外へ出なかった。

 

 今日は無理。

 

 リュウに会うのは危険。

 

 普通に会っただけでも、目を見る。

 

 目を見たら考える。

 

 今、どう見たのか。

 

 拳か。

 

 青か。

 

 春麗か。

 

 それとも。

 

 そんなことを考え始めたら終わる。

 

「……会わない」

 

 はっきり言った。

 

「今日は、会わない」

 

 珍しく、ちゃんと決めた。

 

 その代わり、青を畳む。

 

 ゆっくりと。

 

 袖を揃える。

 

 帯を整える。

 

 相打ちの青かもしれない青。

 

 進まれた青かもしれない青。

 

 リュウの途中回答を受けた後の青かもしれない青。

 

 そして、今日、余計な電波で乱された青。

 

 春麗は、畳みながら小さく息を吐いた。

 

「黒執着春麗は、本当に危険ね」

 

 一拍。

 

「でも」

 

 少しだけ言葉が止まる。

 

 でも、羨ましいところもある。

 

 あの春麗は、危険なことを言える。

 

 言ってしまえる。

 

 勝因にしてしまえる。

 

 リュウの無自覚追撃を察知して逃げられる。

 

 そして、帰ってから自爆する。

 

 自爆まで含めて、かなり強い。

 

 本編春麗は、そうはいかない。

 

 自分はもっと慎重だ。

 

 言葉を選ぶ。

 

 保留する。

 

 未承認にする。

 

 正式回答を待つ。

 

 だから進み方が違う。

 

 それでいい。

 

 それでいいはずだ。

 

「……私は、青で行く」

 

 小さく言った。

 

「黒の電波で乱されても」

 

 一拍。

 

「青で整理する」

 

 青い武道服を畳み終える。

 

 まだ少しだけ指が止まる。

 

 けれど、畳めた。

 

 春麗は、その青を棚に置いた。

 


 

 夜。

 

 本編春麗は、封筒を見ていた。

 

 黒ドレス女視線勝因化ログ。

 

 本筋参照禁止。

 

 青混入不可。

 

 ひどい表書きだ。

 

 だが、正しい。

 

 今日受信したものは、本筋ではない。

 

 ディレクターズカットIF。

 

 危険な可能性。

 

 黒執着春麗の棚。

 

 本編春麗の青に、直接入れてはいけない。

 

 でも、完全になかったことにもできない。

 

 電波として受信してしまった以上、残る。

 

 春麗は、封筒を指で軽く叩いた。

 

「女として見られた半拍を勝因化する危険」

 

 小さく読む。

 

 声に出した瞬間、顔が熱くなった。

 

「……だめ」

 

 もう一度封筒を伏せる。

 

 今日はここまで。

 

 これ以上は処理しない。

 

 春麗会議室にも持ち込まない。

 

 記録板AIに見せたら、絶対に分類する。

 

 黒ドレス。

 

 女として見られた半拍。

 

 勝因化。

 

 青混入不可。

 

 正式回答ライン干渉危険。

 

 そんな項目を作るに決まっている。

 

 それは駄目。

 

 今は駄目。

 

 春麗は、封筒を引き出しの奥へ入れた。

 

 鍵はかけない。

 

 でも、すぐには見えない場所。

 

 それでいい。

 

 布団に入る。

 

 灯りを落とす。

 

 目を閉じる。

 

 しかし、最後にまた思い出す。

 

 少し、違った。

 

 春麗を見ていた。

 

 あなたが、私を女として見たからよ。

 

 本編春麗は、布団の中で顔を覆った。

 

「……受信するものではなかったわ」

 

 完全にそうだった。

 

 でも、受信してしまった。

 

 黒執着春麗の危険な勝利快感。

 

 戦略的撤退。

 

 帰宅後自爆。

 

 それらは本筋とは関係ない。

 

 関係ないはず。

 

 それでも、本編春麗の中に、一つだけ小さな扉を作ってしまった。

 

 リュウが、自分をどう見ているのか。

 

 その問いは、まだ開けない。

 

 まだ早い。

 

 正式回答もまだ。

 

 進まれた青すら未承認。

 

 その先のこれは、処理不能。

 

 春麗は、目を閉じたまま小さく言った。

 

「……リュウ」

 

 一拍。

 

「今は、見なくていいわ」

 

 もう一拍。

 

「いえ」

 

 声がさらに小さくなる。

 

「見ても、言わないで」

 

 言ってから、完全に自爆した。

 

 布団の中で、両手で顔を覆う。

 

「……何を言っているのよ、私は」

 

 誰も聞いていない。

 

 だから大丈夫。

 

 大丈夫なはず。

 

 その夜、本編春麗は春麗会議室へ行かなかった。

 

 行けなかった。

 

 これは、まだ会議に出す段階ではない。

 

 青い小箱にも入れられない。

 

 ただ、封筒に入れて、引き出しの奥に置くしかない。

 

 黒ドレス女視線勝因化ログ。

 

 本筋参照禁止。

 

 青混入不可。

 

 現在処理不能。

 

 本編春麗は、その危険な紙を隠したまま、眠りへ落ちていった。

 

 そして、眠る直前に最後だけ思った。

 

 黒執着春麗。

 

 あなた、本当に危険なものを見せてくるわね。

 

 でも。

 

 少しだけ。

 

 ほんの少しだけ。

 

 その勝ち方が、分からなくはなかった。

 


 

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。

 

『受信事故ログを終了します』

 

『本記録は、本編確定ログではありません』

 

『ディレクターズカットIFから派生した、本編春麗側の電波受信検証です』

 

『本編時空への直接反映は禁止推奨です』

 

 一拍。

 

『本編春麗は、黒執着春麗のディレクターズカットIF「黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にする」を断片的に受信しました』

 

『本編春麗側に発生した主な精神HP被弾は、女として見られる可能性そのものではありません』

 

『今回の主被弾項目は、女として見られた半拍を勝因化する危険です』

 

『これは、青の正式回答ライン、進まれた青、青い小箱へ直接混入させるには危険です』

 

 さらに一拍。

 

『本編春麗は、当該情報を青い小箱へ入れず、別封筒へ隔離しました』

 

『分類』

 

『黒ドレス女視線勝因化ログ』

 

『本筋参照禁止』

 

『青混入不可』

 

『現在処理不能』

 

 一拍。

 

『判定』

 

『妥当です』

 

『現時点で青い小箱へ混入させると、正式回答ラインへの影響が過大です』

 

『春麗会議室への提出も、現段階では非推奨です』

 

 最後に、記録板AIは淡々と締めた。

 

『なお、見ても言わないで、という本編春麗の発言については、自爆性が非常に高いため、正式ログ化を保留します』

 

『以上、ディレクターズカットIF派生・黒ドレス女視線勝因化ログ受信事故でした』

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:


今回は、ディレクターズカットIFそのものではなく、その派生回でした。

元になっているのは、黒執着春麗のディレクターズカットIF「黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にする」です。

あちらの回では、黒執着春麗が黒ドレスを着てリュウと戦い、リュウが春麗を拳の相手としてだけではなく、女として見た一瞬の揺れを勝因として利用しました。

そして勝ったあと、

あなたが、私を女として見たからよ。

と、かなり危険な台詞をリュウ本人に言っています。

今回は、その危険なディレクターズカットIFを、本編春麗が電波受信してしまったらどうなるか、という検証回です。

まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。

あくまで、ディレクターズカットIFから派生した受信事故ログです。

今回、本編春麗が受けたダメージは、単純に「リュウが自分を女として見る可能性」を知ったことではありません。

もちろん、それも危険です。
しかし、現在の本編春麗はすでに、リュウに見られること、覚えられること、進まれることの危険をかなり理解しています。

青の相打ち。
進まれた青。
宿題の途中回答。
その先を見たい、というリュウの言葉。

本編春麗は、すでにかなり危険な青のラインにいます。

なので今回の主題は、もう少し先です。

問題は、

女として見られること

そのものではなく、

女として見られた半拍を勝因化すること

です。

黒執着春麗は、リュウが自分を女として見て揺れた一瞬を、ただ恥ずかしがるのではなく、戦術として使いました。

リュウの初動が遅れる。
その半拍で序盤の主導権を取る。
序盤の主導権が中盤の体力差になる。
中盤の体力差が終盤の一手に残る。
そして、最後に勝つ。

この流れが、本編春麗にはかなり危険に見えています。

なぜなら、戦術として成立しているからです。

黒執着春麗がただ暴走しているだけなら、本編春麗はもう少し距離を取れます。
でも、実際には勝ち筋として成立してしまっている。

女として見られたことを、武器にする。
好意を持つ相手に見られたことを、勝因にする。
しかも勝ったあとに、それを本人へ言う。

ここまで来ると、本編春麗の青には混ぜられません。

だから今回、本編春麗はこの情報を青い小箱には入れませんでした。

青い小箱は、本編春麗の青の整理、正式回答ライン、リュウとの本筋に関わる場所です。

そこへ、

黒ドレス。
女として見られた半拍。
勝因化。
あなたが、私を女として見たからよ。

を混ぜると、青の整理が壊れます。

黒が青を侵食するというより、黒執着春麗の危険な勝ち方が、本編春麗の青の進行速度を狂わせてしまう。

だから、本編春麗は別封筒に隔離しました。

黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。

この分類は、かなり本編春麗らしいと思っています。

「リュウが自分を女として見る可能性」ではなく、「女として見られた半拍を勝因化する危険」としたところが重要です。

可能性だけなら、まだ曖昧にできます。
リュウの内心は分からない。
断定はできない。
春麗会議室でも未確定。

そうやって逃げられます。

でも、黒執着春麗のディレクターズカットIFでは、それを勝因として使ってしまいました。

見られた。
揺れた。
遅れた。
だから勝った。

この流れを見せられると、本編春麗は逃げにくい。

しかも、本編春麗自身も、青でかなり危険なことをしています。

覚えているなら、止めてみなさい。
覚えた青だけ見ていると、今の私を見落とすわよ。

このあたりは、本編春麗にとってもかなり踏み込んだ台詞です。

だからこそ、黒執着春麗の危険な勝ち方を完全には否定できません。

自分は青で進んでいる。
黒執着春麗は黒で進みすぎている。
でも、進む方向に少し似たものがある。

そこが今回の一番危険な部分です。

また、今回の本編春麗は黒執着春麗に対して、少しだけ同情もしています。

黒執着春麗は、リュウの褒め殺しが来る前に逃げました。
これはかなり正しい判断です。

本編春麗も、試合後のリュウの言葉がどれだけ危険かをよく知っています。

勝った後のリュウ。
負けた後のリュウ。
相打ちの後のリュウ。
どのリュウも危険です。

だから、黒執着春麗が「追撃禁止」と言って撤退した判断については、本編春麗も納得しています。

ただし、黒執着春麗は帰宅後に自分の台詞で自爆します。

あなたが、私を女として見たからよ。

この台詞は、リュウへの攻撃であると同時に、自分へのブーメランでもありました。

本編春麗はそこも分かってしまいます。

自分で言った言葉が、あとから自分に刺さる。
言ってから、帰ってから、思い出して倒れる。

これは本編春麗も何度も経験していることです。

だから今回、本編春麗は黒執着春麗をただ危険視しているだけではありません。

危険だと思っている。
青には混ぜられないと思っている。
でも、少しだけ分かってしまう。

その距離感が、この回の本編春麗の反応です。

今回のディレクターズカットIF派生は、本編を進める話ではありません。
むしろ、本編には混ぜてはいけない危険な情報を隔離する話です。

ただし、隔離したからといって、見なかったことにはできません。

本編春麗の中には、小さな扉ができてしまいました。

リュウが、自分をどう見ているのか。
拳としてか。
青としてか。
春麗としてか。
その先としてか。

そして、それをもし勝負に使ったらどうなるのか。

本編春麗は、まだそこを開けません。

正式回答もまだ。
進まれた青すら未承認。
その先のこれは、処理不能。

だから今回は、青い小箱ではなく、別封筒です。

黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。

この分類が、今回のすべてだと思います。

黒執着春麗は、本当に危険なものを見せてくる。
でも、本編春麗は少しだけ分かってしまう。

分かるからこそ、混ぜられない。

今回の話は、そういうディレクターズカットIF派生回でした。
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