また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
記録板AIは、銀色の棚の奥にある扉の前で表示を切り替えた。
通常の春麗会議室ではない。
青い小箱でもない。
危険封筒でもない。
黒執着春麗の観測ログでもない。
そこには、普段は使われない扉が一つだけあった。
『春麗会議室・特別室』
『用途:通常会議室へ参加しない対象との限定面会』
『注意:本筋運用外』
『注意:ディレクターズカットIF処理』
『注意:精神HP被弾の危険あり』
一拍。
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』
『本編時空への直接反映は禁止推奨です』
記録板AIは、淡々と続ける。
『本記録の特殊性を説明します』
『黒執着春麗は、通常運用では春麗会議室の参加者ではありません』
『黒執着春麗は観測対象であり、本編春麗と直接会議することは原則ありません』
『必要時には、黒ドレス特化救済春麗など、別の接触担当を経由する運用が推奨されています』
『しかし、本記録はディレクターズカットIFです』
『作者が見たかったため、通常運用では実現しない本編春麗と黒執着春麗の限定面会を、特別室にて一時的に許可します』
一拍。
『検証主題』
『本編春麗が、黒執着春麗由来の危険な電波ログを複数受信した場合』
『本編春麗が、黒執着春麗本人へ抗議した場合』
『その抗議が、最終的に本編春麗側の未処理項目の整理へ変化する場合』
『本編春麗と黒執着春麗が、直接対話した場合に何が起きるかを検証します』
さらに一拍。
『注意事項』
『本記録は作者都合による特別面会です』
『通常ルートでは発生しません』
『黒執着春麗の春麗会議室参加解禁を意味しません』
『本編春麗の青い小箱への直接混入も禁止推奨です』
最後に、記録板AIは表示した。
『ディレクターズカットIF特別室、開室します』
本編春麗は、特別室の扉の前に立っていた。
青い武道服ではない。
日常服。
ただし、姿勢は少し固い。
手には、一通の封筒。
表には、こう書かれている。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
本編春麗は、その封筒を見下ろしてから、扉を見る。
「……本当に、行く必要ある?」
『あります』
記録板AIの文字が、扉の横に浮かぶ。
「通常運用では、黒執着春麗は春麗会議室の参加者ではないはずよ」
『はい』
「観測対象であって、原則参加しない」
『はい』
「必要時は黒ドレス特化救済春麗が接触する」
『はい』
「なら、私が行くのはおかしいでしょう」
『本日はディレクターズカットIFです』
「便利ね、その言葉」
『便利です』
「開き直らないで」
本編春麗は、深く息を吐いた。
分かっている。
これは本筋ではない。
通常の春麗会議室でもない。
あくまで、ディレクターズカットIFの特別室。
つまり、作者特権で、危険なものを隔離して見る場所。
それでも、行く理由はある。
黒執着春麗から、いろいろな電波を受信した。
嫉妬の黒。
浮気疑惑の黒。
私だけの言葉がほしい、という願望。
お仕置き失敗の黒。
そして、黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にしたログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
そう書いて、別封筒に入れた。
青い小箱には入れなかった。
春麗会議室にも出さなかった。
それでも、残った。
本編春麗は、扉の前で呟く。
「……文句くらい、言ってもいいわよね」
『正当な抗議権を確認』
「保存しないで」
『保存しました』
「だから」
言いかけて、やめた。
今は記録板AIに構っている場合ではない。
本編春麗は、特別室の扉を開けた。
特別室は、通常の春麗会議室より少し暗かった。
黒ではない。
だが、白でもない。
光が柔らかく落ちていて、奥に一つだけ机がある。
対面用の椅子が二つ。
机の中央には、透明な仕切りのようなものが置かれている。
本編春麗は、それを見て眉を寄せた。
『精神HP緩衝板です』
「そんなものが必要なの?」
『必要です』
「どれだけ危険人物扱いなのよ」
『危険人物ではありません。危険ログ保有者です』
「似たようなものでは?」
その時、奥の椅子に人影が現れた。
黒執着春麗。
黒ドレスではない。
だが、黒を持っている春麗。
姿勢は落ち着いている。
目は静か。
けれど、その奥には、本編春麗が受信したいくつもの危険な電波の熱が残っている。
黒執着春麗は、本編春麗を見た。
「あなたが来るとは思わなかったわ」
本編春麗は、椅子に座る。
「私も来たくなかったわ」
「なら、なぜ?」
本編春麗は封筒を机に置いた。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
黒執着春麗は、それを見て、少しだけ目を細めた。
「……受信したのね」
「したわ」
「どれを?」
本編春麗は、沈黙した。
黒執着春麗は、少しだけ首を傾げる。
「嫉妬?」
「それも」
「浮気疑惑?」
「それも」
「私だけの言葉がほしい、の方?」
「それも」
「女として見られた勝利?」
本編春麗は、完全に止まった。
黒執着春麗は、静かに頷いた。
「そこまで受信したのね」
「あなたね」
本編春麗は、低い声で言った。
「何を飛ばしているのよ」
黒執着春麗は、少しだけ笑った。
「私が飛ばしたわけではないわ」
「受信した側としては、飛んできたのよ」
「それは災難ね」
「他人事みたいに言わないで」
「他人事ではないけれど、本筋ではないもの」
「それを言えば許されると思っているでしょう」
「少し」
「少しじゃない」
しばらく、二人は向かい合った。
本編春麗と黒執着春麗。
本来なら、直接会う春麗ではない。
黒執着春麗は観測対象。
本編春麗は青の主人公軸。
交わるとしても、残響やログを通して。
でも、今日は違う。
特別室。
ディレクターズカットIF。
通常運用では閉じている扉が、作者都合で開いている。
その分、危険でもある。
本編春麗は、封筒を指で軽く叩いた。
「まず、嫉妬の件」
「ええ」
「リュウがさくらと話していたからって、浮気疑惑は飛躍しすぎでしょう」
「分かっているわ」
「分かっているのに?」
「分かっていることと、胸が焼けることは別よ」
本編春麗は、言葉に詰まった。
それは、少し分かる。
分かりたくない。
でも、分かる。
リュウは誰にでも真っ直ぐだ。
その真っ直ぐさが自分へ向いた時、精神HPを削られる。
でも、それが他の誰かにも向いていると、少し胸が痛む。
黒執着春麗は、それを過剰に受け取っただけ。
過剰に。
かなり過剰に。
「……分かるのが嫌ね」
「そうでしょう」
「同意を求めないで」
黒執着春麗は、少しだけ微笑む。
「でも、本当はそこではないのでしょう」
本編春麗は視線を上げる。
「何が」
「あなたが一番刺されたのは、嫉妬ではない」
「……」
「私だけの言葉がほしい、でしょう?」
本編春麗は、黙った。
黒執着春麗は続ける。
「私に向けた言葉を、私だけのものにしてほしい時がある」
本編春麗の精神HPが削れた。
「ここで言わないで」
「言葉にした方が早いわ」
「早すぎるのよ」
「でも、刺さった」
「……刺さったわよ」
認めた。
認めてしまった。
本編春麗は、額に手を当てる。
「あなたの嫉妬は危険。浮気疑惑も危険。お仕置きも危険。でも、一番危険だったのは、その奥にあった言葉よ」
「私だけの言葉」
「ええ」
「あなたにもあるのね」
本編春麗は、少しだけ目を逸らした。
「……あるかもしれない」
「未承認?」
「未承認どころか、処理不能」
「そう」
黒執着春麗は、どこか納得したように頷いた。
「あなたは、青でそれを扱うから難しいのね」
本編春麗は、顔を上げる。
「どういう意味?」
「私は黒で扱える。嫉妬も、独占欲も、見られることも、危険な言葉も、黒なら戦術にできる」
一拍。
「でも、あなたは青で扱う」
黒執着春麗は、本編春麗を見る。
「青は、言い訳が少ないでしょう」
本編春麗は、息を止めた。
それは、かなり正しかった。
黒なら言い訳ができる。
黒ドレスだから。
戦術だから。
危険なIFだから。
本筋ではないから。
黒執着春麗だから。
でも、本編春麗の青では言い訳が少ない。
青で、リュウに、自分だけの言葉がほしいと思う。
それは、かなり逃げ場がない。
「……言わないで」
「言われたくないところなのね」
「言われたくないわ」
「でも、分かっている」
「分かっているから、言われたくないのよ」
黒執着春麗は、小さく笑った。
「本編春麗らしいわね」
「嬉しくない」
本編春麗は、封筒をもう一度見た。
「次」
「ええ」
「女として見られた勝利」
黒執着春麗の表情が、わずかに変わった。
今度は、彼女が少しだけ視線を逸らした。
本編春麗は、それを見逃さなかった。
「あなたも照れるのね」
「照れていないわ」
「照れている」
「違うわ」
「自分で言ったのでしょう?」
黒執着春麗は、口を閉じた。
本編春麗は、ここぞとばかりに言う。
「あなたが、私を女として見たからよ」
黒執着春麗が固まった。
本編春麗は続ける。
「拳だけを見ていれば、もう少し違ったかもしれない」
「やめなさい」
「黒だけを警戒していれば、もう少し耐えたかもしれない」
「やめなさい」
「でも、あなたは私を見た」
「本編春麗」
「春麗として。女として」
「やめなさい!」
黒執着春麗が机に手をついた。
精神HP緩衝板が、淡く光る。
本編春麗は、少しだけ驚いた。
「……効くのね」
「当たり前でしょう」
黒執着春麗は、顔を背ける。
「帰宅後に自爆したのよ」
「そうだったわね。受信したわ」
「なら言わないで」
「でも、文句を言いに来たのは私だから」
「ずるいわね」
「あなたほどではないわ」
今度は本編春麗が少しだけ笑った。
「あなた、勝者として撤退したのに、自分の台詞で落ちたのね」
「……そうよ」
「リュウの褒め殺しは回避したのに?」
「そうよ」
「自分で自分を落としたのね」
「確認しないで」
本編春麗は、少しだけ気が楽になった。
黒執着春麗は危険だ。
自分よりずっと危険な言葉を言える。
見られることを戦術にできる。
嫉妬も、独占欲も、女として見られることも、勝因にできる。
でも。
その後、自爆する。
自分の言葉で落ちる。
そこは同じだった。
「……少し安心したわ」
黒執着春麗が目を細める。
「何が?」
「あなたも、言った後で死ぬのね」
「言い方」
「事実でしょう」
「事実だけれど」
黒執着春麗は、ため息をついた。
「勝って、逃げて、戻って、我に返る。そこまでは完璧だったのよ」
「そこから?」
「自分の発言を思い出した」
「終わりね」
「終わりよ」
二人は、少しだけ黙った。
その沈黙は、不思議と穏やかだった。
本編春麗は、少しだけ真面目な顔に戻る。
「でも、聞きたいことがある」
「何?」
「あなたは、怖くないの?」
「何が」
「リュウに、女として見られること」
黒執着春麗は、しばらく黙った。
すぐには答えなかった。
その沈黙が、本編春麗には少し意外だった。
黒執着春麗なら、即座に危険な答えを返すと思っていた。
しかし、彼女は考えていた。
「怖いわ」
本編春麗は、目を見開く。
「怖いの?」
「当然でしょう」
「あなたが?」
「私だからよ」
黒執着春麗は、自分の手を見る。
「見られたら、使いたくなる」
一拍。
「使ったら、勝ちたくなる」
もう一拍。
「勝ったら、ぞくぞくする」
本編春麗は黙った。
「でも、その後で自分が怖くなる」
黒執着春麗は、少しだけ笑う。
「だから、逃げたのよ」
「リュウの褒め殺しから?」
「それもある」
「それも?」
「自分が、勝った気分のまま何を言うか分からなかったから」
本編春麗は、言葉を失った。
黒執着春麗は危険だ。
だが、自分の危険さを知らないわけではない。
むしろ、知っている。
知っているから、戦略的撤退した。
リュウから逃げたのではない。
自分からも逃げた。
それが見えた。
「……あなた、思ったより冷静なのね」
「失礼ね」
「かなり失礼だけれど、本音よ」
「知っているわ」
黒執着春麗は、本編春麗を見る。
「あなたは逆ね」
「逆?」
「怖いから、使う前に封筒へ入れる」
本編春麗は、封筒を見る。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
「……そうね」
「それは、それで正しいわ」
「あなたに言われると複雑」
「でも、正しい」
黒執着春麗は続ける。
「あなたは青だから、すぐに使わなくていい。処理不能なら、処理不能でいい」
一拍。
「ただ、気づいてしまったことを、なかったことにしない方がいい」
本編春麗は、少しだけ目を伏せた。
それは、黒執着春麗に言われると重い。
黒をなかったことにできなかった春麗。
危険な自分をなかったことにできなかった春麗。
その彼女が言う。
気づいたことを、なかったことにしない方がいい。
「……分かったわ」
「素直ね」
「今日は、抗議に来ただけでは終われそうにないから」
「そうね」
本編春麗は、封筒を開けた。
中の紙を取り出す。
女として見られた半拍を勝因化する危険。
現在処理不能。
未承認以前。
青混入不可。
黒執着春麗は、それを読んだ。
少しだけ眉を上げる。
「未承認以前」
「未承認仮分類にもしたくなかったのよ」
「分かるわ」
「分かるの?」
「ええ。そこまで行くと、分類した時点で負けるもの」
本編春麗は、小さく頷いた。
「そうなのよ」
「でも、完全に消すと後で暴発する」
「……それも分かる」
「なら、名前だけ変えたら?」
本編春麗は警戒する。
「危険な提案?」
「少しだけ」
「やめて」
「でも、必要よ」
黒執着春麗は、紙を机に置く。
「女として見られた半拍を勝因化する危険、だと直撃しすぎる」
「ええ」
「リュウが自分を女として見る可能性、でも危険すぎる」
「ええ」
「だから、少し離す」
「どうやって?」
黒執着春麗は考えた。
そして言う。
「春麗としての見られ方、でどう?」
本編春麗は、少しだけ止まった。
「……それなら」
「拳として。青として。宿題の相手として。女として。その全部を、いきなり分けるのではなく、春麗としての見られ方に入れる」
本編春麗は、紙を見た。
春麗としての見られ方。
それは、少しだけ受け取りやすい。
女として、だけを直視しなくていい。
でも、完全に消してもいない。
「……危険度が少し下がるわね」
「でしょう」
「あなたにしては穏当ね」
「私もいつも暴走しているわけではないわ」
「本当?」
「本当よ」
本編春麗は、ペンを持った。
紙に書き足す。
直接分類不可。
仮置き換え:春麗としての見られ方。
書いてから、少しだけ息を吐いた。
「……これなら、封筒には入れておける」
「青い小箱には?」
「まだ無理」
「でしょうね」
「でも、参照禁止から、限定参照くらいにはできるかもしれない」
黒執着春麗が微笑む。
「進歩ね」
本編春麗は、少しだけ悔しそうに言う。
「あなたに整理されるの、かなり不本意」
「分かるわ」
「分からなくていい」
特別室の光が少しだけ柔らかくなった。
本編春麗は、封筒を閉じ直す。
表書きを少し変えた。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
その下に、小さく追記する。
限定参照:春麗としての見られ方。
黒執着春麗は、それを見て頷いた。
「これでいいと思うわ」
「あなたに言われると危険な気もするけれど」
「危険だから、隔離しているのでしょう」
「そうね」
少しだけ、空気が緩む。
本編春麗は、黒執着春麗を見る。
「最後に一つ」
「何?」
「これ以上、危険な電波を飛ばさないで」
黒執着春麗は、少しだけ笑った。
「約束はできないわ」
「しなさい」
「ディレクターズカットIFだから」
「その言葉を盾にしないで」
「でも、あなたも少し楽しんだでしょう」
本編春麗は固まった。
「楽しんでいない」
「本当に?」
「……楽しんでいない」
「本当に?」
「少しも楽しんでいない」
「三回言うと怪しいわ」
本編春麗は机に手をついた。
「あなた、本当にそういうところよ」
「あなたも、少し分かったはずよ」
「何を」
「危険なものほど、見ると刺さる」
「……それは」
「見なかったことにはできない」
本編春麗は、反論できなかった。
黒執着春麗は、立ち上がる。
「でも、本筋に持ち込むかどうかは、あなたが決めればいい」
一拍。
「青で扱うなら、あなたのやり方で」
本編春麗は、静かにその言葉を聞いた。
黒執着春麗が、そんなことを言う。
少し前なら考えられなかった。
危険な春麗。
黒に近づきすぎた春麗。
でも、今は。
危険なものを危険なまま、棚に置くことを少し知っている春麗。
本編春麗は、小さく頷いた。
「……そうするわ」
「ええ」
「ただし」
「何?」
「次に電波を受信したら、また抗議に来るから」
黒執着春麗は、少しだけ笑った。
「待っているわ」
「待たないで」
「でも、来るのでしょう?」
本編春麗は、少しだけ顔を赤くした。
「……必要なら」
「そう」
特別室の扉が、静かに光った。
面会の時間が終わる。
本編春麗は封筒を持ち、立ち上がった。
黒執着春麗も、静かに見送る。
扉へ向かう前に、本編春麗は一度だけ振り返った。
「あなた」
「何?」
「勝った後に、自分の台詞で自爆するところは」
一拍。
「少しだけ、分かるわ」
黒執着春麗は、一瞬黙った。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「でしょうね」
「同意しないで」
「でも、同じ春麗だもの」
本編春麗は、何も言い返せなかった。
扉が開く。
光が差す。
本編春麗は、特別室を出た。
記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。
『特別室面会ログを終了します』
『本記録は、本編確定ログではありません』
『通常の春麗会議室運用でもありません』
『作者都合により、本編春麗と黒執着春麗の限定面会を実施したディレクターズカットIFです』
一拍。
『面会結果』
『本編春麗は、黒執着春麗由来の危険電波ログについて抗議しました』
『黒執着春麗は、当該ログの危険性を否定しませんでした』
『ただし、黒執着春麗は自分の危険性をある程度認識しており、戦略的撤退はリュウからだけでなく、自分自身からの撤退でもあったと説明しました』
さらに一拍。
『本編春麗側の分類変更』
『変更前』
『黒ドレス女視線勝因化ログ』
『本筋参照禁止』
『青混入不可』
『現在処理不能』
一拍。
『変更後』
『黒ドレス女視線勝因化ログ』
『本筋参照禁止』
『青混入不可』
『限定参照:春麗としての見られ方』
一拍。
『判定』
『青い小箱への移動は、現時点では非推奨です』
『ただし、完全参照禁止から限定参照への変更は、精神HP管理上有効です』
『黒執着春麗の春麗会議室参加解禁は認められません』
『今後も通常運用では観測対象扱いを継続します』
最後に、記録板AIは淡々と締めた。
『なお、本編春麗の正当な抗議権は保存済みです』
『次回以降の電波受信時にも使用可能です』
『以上、ディレクターズカットIF特別室・限定面会ログでした』
昼前。
本編春麗は、部屋で目を開けた。
手元には封筒がある。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
その下に、追記。
限定参照:春麗としての見られ方。
春麗は、それを見て、少しだけ息を吐いた。
「……何をしているのかしらね、私は」
黒執着春麗に抗議しに行ったはずだった。
危険な電波をやめろと言うはずだった。
なのに、少し整理されて戻ってきた。
悔しい。
かなり悔しい。
だが、少し楽になった。
リュウが自分を女として見る可能性。
そのままでは直撃すぎる。
女として見られた半拍を勝因化する危険。
そのままでは危険すぎる。
だから今は、春麗としての見られ方。
拳として。
青として。
宿題の相手として。
そして、いつか。
まだ言葉にはしないものとして。
春麗は、封筒を引き出しの奥へしまった。
鍵はかけない。
ただ、すぐには見えない場所。
青い小箱とは別。
本筋とは少し離れた場所。
けれど、完全に捨てるわけではない。
「限定参照」
一拍。
「未承認以前よりは、少し進んだわね」
言ってから、顔が少し熱くなる。
春麗は青い武道服を見る。
昨日より、少しだけ軽く見えた。
黒執着春麗は危険だ。
本当に危険だ。
でも、危険なものの扱い方を少し知っている。
そこが、さらに危険だった。
本編春麗は、小さく呟いた。
「次に変な電波を飛ばしたら、本当に文句を言うから」
誰も答えない。
けれど、どこかで黒執着春麗が笑った気がした。
本編春麗は、青い袖を手に取る。
今日は、畳めそうだった。
完全ではない。
でも、少しだけ。
進めそうだった。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、かなり特殊なディレクターズカットIFでした。
本編春麗と黒執着春麗が、春麗会議室の特別室で直接面会する話です。
まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。
通常運用では、黒執着春麗は春麗会議室の参加者ではありません。
黒執着春麗は、基本的には観測対象です。
本編春麗や自覚前春麗たちと同じように円卓へ座って会議する存在ではありません。
必要がある場合も、黒ドレス特化救済春麗などを経由して接触するのが通常ルールです。
なので、本編春麗と黒執着春麗が直接会って話すというのは、本来かなり例外的です。
今回は、その例外をあえてやりました。
理由は単純で、作者が見たかったからです。
ディレクターズカットIFは、そういう「本編には置けないけれど、見たいもの」を安全に見るためのサンドボックス領域です。
今回の特別室は、まさにそのための場所でした。
本編春麗は、これまで黒執着春麗由来の危険な電波をいくつも受信してきました。
嫉妬の黒。
浮気疑惑の黒。
私だけの言葉がほしい、という願望。
黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にするログ。
これらは、どれも本編春麗の青に直接混ぜるには危険すぎるものです。
特に「黒ドレスで女として見られた半拍を勝因にする」は、かなり危険です。
リュウに女として見られる。
その一瞬の揺れを、春麗が勝因として使う。
さらに勝ったあと、あなたが私を女として見たからよ、と本人へ言う。
これは本編春麗の現在地にそのまま入れると、青の正式回答ラインが壊れます。
だから本編春麗は、そのログを封筒へ隔離していました。
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
かなり物騒な分類ですが、本編春麗としては妥当です。
ただ、隔離しても完全になかったことにはできない。
見てしまったものは残る。
受信してしまったものは残る。
そこで今回は、本編春麗が黒執着春麗本人へ抗議しに行く、という形にしました。
本編春麗としては、文句を言いたいわけです。
何を飛ばしているのよ。
こんな危険なものを見せないで。
青に混ぜられないでしょう。
本筋参照禁止にするしかないでしょう。
そう言いに行ったはずでした。
ところが、会話してみると、黒執着春麗はただ危険なだけの存在ではありませんでした。
黒執着春麗は、嫉妬も、独占欲も、見られることも、危険な言葉も、黒なら戦術にできます。
でも、それを怖くないわけではない。
ここが今回の重要点です。
黒執着春麗は、リュウに女として見られることを怖いと言っています。
見られたら、使いたくなる。
使ったら、勝ちたくなる。
勝ったら、ぞくぞくする。
でも、その後で自分が怖くなる。
このあたりが、今回の黒執着春麗の核心です。
彼女は暴走しているだけではありません。
自分の危険さを、ある程度知っています。
だから、リュウの褒め殺しが来る前に逃げた。
リュウから逃げたというより、勝った気分のまま何を言うか分からない自分自身からも逃げた。
ここは、本編春麗にとって意外な発見でした。
黒執着春麗は危険。
でも、危険なものを危険なまま棚に置くことを少し知っている。
そこがさらに危険であり、同時に少し頼りにもなる。
そのため、今回の面会は単なる抗議では終わりませんでした。
本編春麗の封筒の分類が変わります。
最初は、
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
現在処理不能。
でした。
かなり拒否寄りです。
それが、黒執着春麗との対話を経て、
黒ドレス女視線勝因化ログ。
本筋参照禁止。
青混入不可。
限定参照:春麗としての見られ方。
に変わりました。
ここが今回の一番大きな変化です。
「リュウが自分を女として見る可能性」
「女として見られた半拍を勝因化する危険」
このままだと、本編春麗には直撃すぎます。
でも、黒執着春麗はそれを少しだけ言い換えます。
春麗としての見られ方。
拳として。
青として。
宿題の相手として。
女として。
その全部を、いきなり分けて直視するのではなく、まずは「春麗としての見られ方」に入れる。
この言い換えによって、本編春麗は少しだけ受け取りやすくなります。
女として見られる可能性を否定したわけではありません。
でも、そこだけを直視する段階ではない。
今は、春麗としてどう見られているか。
そこまでなら、限定参照できる。
これは本編春麗にとって、かなり大きな整理です。
青い小箱には、まだ入れられません。
本筋にも混ぜられません。
春麗会議室に正式提出する段階でもありません。
でも、完全参照禁止から、限定参照へは進みました。
今回のディレクターズカットIFは、本編を直接進める話ではありません。
むしろ、本編には混ぜてはいけない危険な情報を、どう隔離し、どう言い換え、どこまでなら見てもいいかを整理する話です。
黒執着春麗は、本当に危険な春麗です。
ただし、危険なものの扱い方を少し知っている春麗でもあります。
本編春麗は、慎重すぎる春麗です。
でも、見てしまったものを完全になかったことにはできない春麗でもあります。
この二人が直接話したからこそ、
本筋参照禁止
から、
限定参照:春麗としての見られ方
へ変わった。
今回は、そのための特別室でした。
また、最後に本編春麗が、
勝った後に、自分の台詞で自爆するところは、少しだけ分かるわ
と言っています。
ここも大事です。
本編春麗と黒執着春麗は、進み方も危険度も違います。
青と黒で、扱っているものも違います。
でも、自分で言った言葉があとから自分に刺さるところは同じです。
リュウの言葉で落ちる。
自分の言葉でも落ちる。
言ってから、帰ってから、思い出して倒れる。
そこは、同じ春麗でした。
今回の話は、作者都合で実現したディレクターズカットIFです。
通常なら会わない二人を会わせた。
通常なら開かない扉を開けた。
通常なら黒執着春麗は会議室に来ない。
でも、だからこそ見えたものがありました。
本編春麗は、黒執着春麗に抗議しに行った。
けれど、少し整理されて帰ってきた。
黒執着春麗は、危険なものを飛ばした。
けれど、危険なものを棚に置く方法も少し知っていた。
この二人を直接会わせられるのは、ディレクターズカットIFならではだと思います。
本編には混ぜない。
でも、読者には見せる。
そしてキャラクター理解だけは少し深める。
今回は、そういう特別室回でした。