また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
記録板AIは、銀色の棚の奥で表示を切り替えた。
春麗会議室ではない。
青い小箱でもない。
通常の危険封筒でもない。
ディレクターズカットIF領域。
その中でも、戦闘前に発生する危険ログだった。
『本記録は、ディレクターズカットIF派生受信ログです』
『本編確定ログではありません』
『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』
『本編時空への直接反映は禁止推奨です』
一拍。
『今回の受信元を説明します』
『受信元は、黒執着春麗の黒ドレス戦闘前準備ログです』
『当該ログでは、黒執着春麗がリュウとの試合前に、髪、表情、化粧、歩き方、視線、初手の言葉、および煽りセリフ候補を調整しています』
『分類上は、黒の事前戦術です』
『注意』
『黒歴史ではありません』
『ただし、客観視した場合、精神HP被弾が発生する可能性があります』
記録板AIは、淡々と続ける。
『本記録の検証対象』
『本編春麗が、黒執着春麗の事前戦術ログを電波受信した場合』
『本編春麗が、自分自身の黒ドレス戦闘前準備と類似する要素を認識した場合』
『戦術としては正当でありながら、客観視すると非常に恥ずかしいログを、どのように分類するかを検証します』
一拍。
『重要事項』
『黒執着春麗本人は、本記録をディレクターズカットIFとして認識していません』
『黒執着春麗は、ふざけていません』
『本人は真剣に勝つための準備をしています』
『本編春麗側も、受信した内容を本編確定情報として扱うことは禁止推奨です』
『ただし、黒を扱う際の事前戦術として、限定参照の可能性があります』
最後に、記録板AIは表示した。
『黒執着春麗・黒の事前戦術ログ受信、開始します』
朝。
本編春麗は、青い小箱を開けようとしていた。
今日は、青の話題候補を少しだけ見直すつもりだった。
正式回答前。
話すことは増えている。
相打ちの青。
進まれた青。
温存された話題候補。
リュウが言った言葉。
自分がまだ返していない言葉。
そのあたりを、少しだけ整理する。
それだけのはずだった。
だが、引き出しを開けた瞬間、青い小箱の隣にある危険封筒が目に入った。
ディレクターズカットIF由来。
本筋参照禁止。
記録板AI閲覧禁止。
分類禁止。
ただし、なぜか増える。
本編春麗は、封筒を見なかったことにした。
「……今日は見ない」
一拍。
「絶対に見ない」
そう言って、青い小箱に手を伸ばす。
その瞬間だった。
頭の奥に、妙な電波が落ちてきた。
「……また?」
春麗は手を止めた。
まただった。
黒執着春麗。
ディレクターズカットIF。
本筋参照禁止の危険ログ。
しかも今回は、戦闘ではなかった。
まだ、試合ですらなかった。
鏡の前。
化粧道具。
髪留め。
黒ドレス。
机の上には、紙が何枚も並んでいる。
そこに書かれているのは、煽りセリフの候補だった。
本編春麗は、完全に停止した。
「……待って」
待ってほしい。
これは、かなり危険な電波だ。
戦闘よりも危険かもしれない。
なぜなら。
客観的に見ると。
ものすごく。
見覚えがある。
電波の中で、黒執着春麗は鏡の前に座っていた。
真剣な顔をしている。
戦闘前の顔だ。
だが、手に持っているのは武器ではない。
化粧筆。
目元を整える。
唇の色を確認する。
髪を少し上げる。
下ろしすぎると動きに邪魔。
上げすぎると硬い。
戦闘に不要なようで、不要ではない。
どう見られるか。
どこで視線を止めるか。
どの角度で相手の呼吸を遅らせるか。
全部、戦術。
黒の事前戦術。
本編春麗は、それを見ながら小さく呟いた。
「……理屈は分かる」
分かる。
分かってしまう。
見せ方は戦術だ。
黒は、試合が始まる前から始まる。
身支度。
髪。
表情。
歩き方。
目線。
最初の一言。
相手が構える前の半拍。
それを奪えるなら、格闘家として使う。
それは正しい。
正しいのだが。
電波の中の黒執着春麗は、鏡の前で角度を変えた。
右から見る。
左から見る。
少し顎を引く。
目を細める。
微笑む。
すぐに真顔に戻る。
「……これは違うわね」
黒執着春麗は呟いた。
「少し勝ち誇りすぎ」
本編春麗は、両手で顔を覆った。
「……やめて」
やめてほしい。
客観視させないでほしい。
黒執着春麗は、真剣だ。
本当に真剣に、戦闘前準備をしている。
だが、本編春麗から見ると。
これは。
あまりにも。
過去の自分に近い。
「……昔の私も、こんなことを」
言いかけて止まる。
言ってはいけない。
自分の黒ドレス時代を思い出してはいけない。
黒を着た。
見られることを意識した。
リュウがどう見るかを考えた。
目元も、髪も、姿勢も、最初の一言も。
全部、戦術だと言い張った。
いや、戦術だった。
間違いなく戦術だった。
でも。
客観的に見ると、ものすごく恥ずかしい。
本編春麗は、机に突っ伏した。
「……これは、見せられる側がつらいわ」
黒執着春麗は、今度は紙を手に取った。
煽りセリフ候補。
本編春麗は嫌な予感がした。
かなり嫌な予感がした。
紙には、いくつもの文言が書いてある。
一つ目。
今日は、拳だけを見ていれば済むと思わないことね。
黒執着春麗は、声に出して読んだ。
「今日は、拳だけを見ていれば済むと思わないことね」
一拍。
首を傾げる。
「悪くないけれど、少し説明的」
本編春麗は、顔を上げた。
「分析しないで」
聞こえるはずもない。
黒執着春麗は次の紙を見る。
二つ目。
私を見るなら、最後まで見なさい。
黒執着春麗は声に出す。
「私を見るなら、最後まで見なさい」
言ってから、少しだけ頬が赤くなった。
「……これは、危険」
本編春麗も同時に頬が熱くなった。
「危険と分かるなら言わないで」
だが、黒執着春麗は紙に丸を付けた。
「候補」
本編春麗は完全に沈んだ。
「候補にした……」
候補にしないでほしい。
それは危険すぎる。
リュウが本当に最後まで見る。
そして、見たことを言う。
そうなったら終わる。
黒執着春麗も終わる。
受信した本編春麗も終わる。
だが、黒執着春麗は真剣だった。
次の紙を見る。
三つ目。
リュウ、今日は私に遅れなさい。
黒執着春麗は一度読んで、すぐに首を振った。
「違う。命令が雑」
本編春麗は思わず呟いた。
「そこ?」
そこなのか。
内容ではなく、命令の質なのか。
黒執着春麗は赤ペンを持ち、修正する。
リュウ、今日は私を見て遅れなさい。
書いた瞬間、黒執着春麗が固まった。
本編春麗も固まった。
数秒の沈黙。
黒執着春麗は、その紙を裏返した。
「……保留」
本編春麗は、両手で机を押さえた。
「保留ではなく破棄しなさい」
保留が一番危険だ。
破棄より残る。
未承認仮分類と同じ。
消していない。
使う可能性を残している。
春麗は、青い小箱の隣にある危険封筒を見た。
今、増える音がした気がする。
黒執着春麗は、立ち上がった。
鏡の前で歩く。
一歩。
止まる。
目線。
半歩。
微笑む。
黒ドレスの裾が揺れる想定。
視線を取る想定。
リュウが見た想定。
その瞬間、何を言うか。
黒執着春麗は、また紙を見る。
「見たわね」
短い。
だが強い。
黒執着春麗は鏡の中の自分に向かって言った。
「見たわね」
一拍。
「……少し弱い」
もう一度。
「見たわね、リュウ」
首を振る。
「名前を入れると、こちらが意識しすぎている」
本編春麗は、顔を覆った。
「そこまで考えないで」
考える。
彼女は考える。
黒執着春麗は、煽りセリフを研究している。
ただ思いつきで言うのではない。
戦闘前準備として、言葉の強度、照れの跳ね返り、リュウの反応、自分の精神HP被弾量まで考えている。
そこが最悪だった。
なぜなら、本編春麗にも覚えがあるから。
リュウに何を話すか考えた。
話題候補を紙に書いた。
全部は話さない。
正式回答の後に。
少しずつ。
たぶん。
それと何が違うのか。
いや、違う。
かなり違う。
自分は話題候補。
黒執着春麗は煽りセリフ。
違う。
違うはず。
春麗は、ゆっくり顔を上げた。
「……でも、紙に書いている点は同じね」
自分で言って、精神HPが削れた。
同じではない。
同じにしてはいけない。
でも、紙に書いて事前準備しているという点では、かなり近い。
春麗は、危険封筒を引き寄せた。
まだ開けない。
だが、必要になる気配がある。
電波の中で、黒執着春麗は髪を整え直していた。
少し上げる。
少し下ろす。
顔の横に残す髪の量を調整する。
「戦闘中に邪魔にならない程度」
一拍。
「でも、動いた時に流れる程度」
本編春麗は、目を閉じた。
「……具体的」
具体的すぎる。
そして、正しい。
黒の戦術として、髪の流れは使える。
視線誘導。
間合い。
相手の一瞬の反応。
春麗は、それを分かってしまう。
分かるから、余計に恥ずかしい。
黒執着春麗は、次に唇の色を確認した。
濃すぎると戦術が露骨。
薄すぎると効果が弱い。
春麗は、とうとう声に出した。
「もうやめなさい」
届かない。
黒執着春麗は真剣だった。
「これは、戦闘準備」
本編春麗は、机に突っ伏した。
「言うと思った」
言う。
絶対に言う。
自分も言った気がする。
これは戦術。
これは準備。
これは女としての自分を格闘家として使うだけ。
そう言って黒ドレスを着た。
そう言って視線を計算した。
そう言ってリュウの反応を見た。
だから、黒執着春麗の言い分は分かる。
分かる。
分かるのだが。
客観的に見ると、自分の過去のノートを上映されているようでつらい。
「……これ、私も誰かに見られていたの?」
春麗は、ふと最悪の疑問に至った。
自分が黒ドレスの前に、鏡の前で準備していた時。
髪を整えた時。
目元を確認した時。
リュウにどう見られるかを考えた時。
春麗会議室のどこかで、誰かが見ていたのではないか。
記録板AIが記録していたのではないか。
自覚前春麗が「資料として」と言っていたのではないか。
本編春麗は、完全に青ざめた。
「……記録、されている?」
されている気がする。
かなり。
記録板AIなら保存している。
絶対に。
春麗は低く呟いた。
「削除申請」
誰も返事をしない。
だが、どこかで『削除不可』と表示された気がした。
「……やめて」
黒執着春麗は、最後に一枚の紙を手に取った。
最終候補。
春麗は、嫌な予感がした。
黒執着春麗は、鏡の前に立つ。
リュウが目の前にいると仮定する。
視線を受ける。
少しだけ微笑む。
そして言った。
「今日は、あなたが見た分だけ、私が勝つわ」
本編春麗の精神HPが削れた。
危険。
これは危険。
でも、強い。
黒執着春麗は、鏡の中の自分を見つめている。
言った後、少しだけ顔が赤い。
それでも、紙に丸を付けた。
「採用候補」
本編春麗は、机に突っ伏した。
「採用しないで」
採用する気だ。
きっとする。
リュウの前で言う。
そしてリュウが見た分だけ、何かを言う。
遅れたとか。
強かったとか。
春麗を見ていたとか。
そう返してくる。
結果、黒執着春麗は勝っても負けても精神HPが削られる。
そして、その電波がこちらにも飛んでくる。
春麗は、封筒を開けた。
負けた気がした。
新しい紙を入れる準備をする。
表書きを考える。
黒執着春麗:事前戦術研究ログ。
違う。
硬い。
黒歴史上映ログ。
直球すぎる。
春麗はしばらく迷い、結局こう書いた。
電波受信/黒の事前戦術ログ。
その下に小さく書く。
客観視による精神HP被弾あり。
さらに、小さく。
類似ログ疑惑あり。
書いた瞬間、春麗は顔を覆った。
「……疑惑ではない気がする」
たぶん、ある。
自分にもあった。
黒ドレス前の事前準備。
見られることを想定した身支度。
最初の一言の練習。
リュウの反応を想像して、言葉を変える。
それを全部、戦術と言い張る。
春麗は、深く息を吐いた。
「……黒歴史ではない」
一拍。
「戦術」
もう一拍。
「事前戦術」
さらに一拍。
「ただし、客観的に見るとつらい」
それが今回の結論だった。
電波の中で、黒執着春麗は最後の確認をしていた。
髪。
目元。
黒ドレスの整え方。
歩き方。
最初の視線。
最初の一言。
そして、煽りセリフ。
今日は、あなたが見た分だけ、私が勝つわ。
黒執着春麗は、それをもう一度だけ口にして、息を整えた。
「……大丈夫」
一拍。
「これは、戦術」
もう一拍。
「リュウを遅らせるため」
さらに一拍。
「私が勝つため」
本編春麗は、画面でも見るようにその光景を見ていた。
黒執着春麗は真剣だ。
本当に、勝つために準備している。
ふざけていない。
浮かれているだけでもない。
自分を見せることを、格闘技に組み込んでいる。
だから、笑ってはいけない。
黒歴史などと切り捨ててはいけない。
いけないのだが。
「……でも、つらい」
春麗は小さく言った。
「自分の昔のノートを読まれているようなつらさがある」
黒執着春麗の煽りセリフ研究。
目元の調整。
髪の流れの確認。
リュウの視線を仮定した立ち位置。
全部、戦術。
でも、全部、あとから見ると恥ずかしい。
本編春麗は、机に封筒を置いた。
さらに書き足す。
戦術としては正当。
心理的には黒歴史に近い。
春麗は、その文を見てしばらく止まった。
「……ひどい」
でも正しい。
正しいのがひどい。
電波が薄れていく。
黒執着春麗は、鏡の前を離れた。
試合へ向かうのだろう。
その後に何が起きるかは、まだ流れてこない。
勝つか。
負けるか。
リュウに刺されるか。
自分の煽りで自爆するか。
たぶん、どれかは起こる。
かなりの確率で、複数起こる。
本編春麗は、深く息を吐いた。
「……見ているだけで疲れた」
戦ってすらいない。
でも、精神HPがかなり削られた。
危険封筒に紙を入れる。
電波受信/黒の事前戦術ログ。
客観視による精神HP被弾あり。
類似ログ疑惑あり。
戦術としては正当。
心理的には黒歴史に近い。
春麗は封筒を閉じた。
閉じてから、少しだけ考える。
これは、本筋参照禁止か。
それとも、限定参照か。
悩む。
なぜなら、事前戦術としては有効だから。
黒を扱うなら、見られ方の設計は避けられない。
青でも、言葉の準備はしている。
話題候補も紙に書いている。
だから完全封印は違う。
だが、青い小箱に入れるものでもない。
春麗は、封筒の隅に小さく書いた。
限定参照可。
その下に。
ただし、本人確認禁止。
書いてから、首を傾げる。
「本人確認禁止?」
つまり、黒執着春麗に直接聞いてはいけない。
あなた、あのセリフ練習していたでしょう。
あなた、目元の強さを戦術として調整していたでしょう。
あなた、鏡の前でリュウを想定していたでしょう。
それを言ってはいけない。
言われた側も死ぬ。
言った側も死ぬ。
春麗は真顔で頷いた。
「本人確認禁止」
重要だった。
夜。
本編春麗は、布団の中で目を開けていた。
眠れない。
黒執着春麗の事前準備が頭から離れない。
鏡の前の真剣な顔。
髪を整える手つき。
煽りセリフの候補。
赤ペン。
採用候補。
保留。
戦術としては正しい。
しかし、客観的にはかなり恥ずかしい。
そして、自分にも覚えがある。
春麗は布団の中で顔を覆った。
「……私も、ああだったのかしら」
答えは出ない。
出なくていい。
出したくない。
でも、たぶん少しはそうだった。
黒ドレスを選んだ時。
リュウにどう見られるかを考えた時。
最初の一言をどうするか迷った時。
女としての自分を、戦闘で使うと決めた時。
全部、戦術だった。
全部、本気だった。
だから、黒歴史とは言いたくない。
でも、あとから見ると恥ずかしい。
春麗は、小さく呟いた。
「……黒歴史ではない」
一拍。
「黒戦術」
もう一拍。
「ただし、記録の閲覧には注意」
我ながら、ひどい分類だった。
でも、少しだけ落ち着いた。
黒歴史ではない。
黒戦術。
未熟な自分を笑うためのものではなく、戦うために必要だった準備。
ただし、客観的に見ると被弾する。
それでいい。
それ以上は、今は考えない。
春麗は、目を閉じた。
だが、最後に黒執着春麗の声が残る。
今日は、あなたが見た分だけ、私が勝つわ。
本編春麗は、布団の中で固まった。
「……それは」
一拍。
「言わない」
もう一拍。
「私は言わない」
さらに一拍。
「青では、絶対に言わない」
言ってから、少しだけ不安になった。
絶対と言うと危険。
未来の自分が裏切る可能性がある。
春麗は、弱く言い直した。
「……今は言わない」
それでも十分危険だった。
本編春麗は、顔を赤くしたまま布団をかぶった。
黒執着春麗の黒の事前戦術ログ。
客観視すると黒歴史に近い。
しかし、戦術としては正当。
類似ログ疑惑あり。
限定参照可。
本人確認禁止。
そして、新規分類候補。
黒歴史ではなく、黒戦術。
春麗は、眠りに落ちる直前、小さく呟いた。
「……記録板AIには、絶対に見せないわ」
誰も答えない。
けれど、どこかで『未承認仮分類:黒戦術』と保存された気がした。
春麗は、布団の中で目を開けた。
「保存しないで」
やはり誰も答えない。
記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。
『受信ログを終了します』
『本記録は、本編確定ログではありません』
『黒執着春麗の黒ドレス戦闘前準備から派生した、本編春麗側の受信事故です』
『本編時空への直接反映は禁止推奨です』
一拍。
『受信内容』
『黒執着春麗は、黒ドレスでの試合前に、髪、表情、目元、歩き方、視線、初手の言葉、煽りセリフを調整していました』
『本人はふざけていません』
『勝つための準備です』
『分類上は、黒の事前戦術です』
一拍。
『本編春麗側の被弾内容』
『黒執着春麗の事前準備を客観視したことによる精神HP被弾』
『自身の黒ドレス前準備との類似ログ疑惑』
『話題候補を紙に書く本編春麗と、煽りセリフを紙に書く黒執着春麗の構造的類似』
『黒歴史ではなく黒戦術、という未承認仮分類の発生』
一拍。
『分類』
『電波受信/黒の事前戦術ログ』
『客観視による精神HP被弾あり』
『類似ログ疑惑あり』
『戦術としては正当』
『心理的には黒歴史に近い』
『限定参照可』
『本人確認禁止』
一拍。
『注意』
『当該ログは青い小箱への混入不可です』
『ただし、黒を扱う場合の事前戦術としては限定参照可能です』
『黒歴史ではありません』
『黒戦術です』
『ただし、記録閲覧には精神HPが必要です』
最後に、記録板AIは淡々と締めた。
『なお、本編春麗の「記録板AIには絶対に見せないわ」という発言については、既に受信ログとして最低限の分類を完了しています』
『本人への通知は非推奨です』
『以上、ディレクターズカットIF派生・黒執着春麗黒戦術ノート受信ログでした』
その夜、本編春麗は、黒執着春麗に少しだけ同情した。
そして、過去の自分にも、少しだけ同情した。
あれは黒歴史ではない。
たぶん。
黒戦術。
ただし、見返すには精神HPが必要だった。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、黒執着春麗の「黒の事前戦術ログ」を、本編春麗が電波受信してしまうディレクターズカットIF派生回でした。
まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。
あくまで、黒執着春麗側のディレクターズカットIFから派生した、本編春麗の受信事故ログです。
今回の特徴は、戦闘そのものではなく、戦闘前の準備を扱っている点です。
黒執着春麗は、まだリュウと戦っていません。
発勁も使っていません。
倒れてもいません。
介抱もされていません。
ただ、鏡の前で準備をしているだけです。
髪を整える。
目元を調整する。
唇の色を見る。
黒ドレスの見え方を確認する。
歩き方を考える。
最初の目線を考える。
最初の一言を考える。
煽りセリフの候補を紙に書く。
それだけです。
しかし、それだけなのに本編春麗には非常に刺さっています。
なぜなら、黒執着春麗はふざけていないからです。
本人は本気で勝つために準備しています。
黒ドレスは、ただ着るだけの衣装ではありません。
黒は、試合が始まる前から始まります。
どう見られるか。
どこで視線を止めるか。
どの角度で相手の呼吸を遅らせるか。
最初の一言で、どれだけ相手の意識をずらすか。
それらを全部、戦術として組み立てている。
今回の黒執着春麗は、まさにそれをやっています。
髪の流れ。
目元の強さ。
唇の色。
歩き方。
立ち止まる位置。
リュウに見られた時の返し。
全部が、黒の事前戦術です。
ここだけ見ると、非常に正しいです。
戦う前から戦術を仕込む。
相手の視線を読む。
自分がどう見られるかを利用する。
言葉で半拍を取る。
格闘家としても、黒を使う春麗としても、理屈は通っています。
問題は、それを客観視するとかなり恥ずかしいことです。
今回の本編春麗は、そこに被弾しています。
黒執着春麗の準備は、真剣です。
しかし、真剣だからこそ、見ている側がつらい。
煽りセリフ候補を声に出して読む。
悪くないけれど説明的、と分析する。
これは危険、と言いながら候補にする。
命令が雑、と修正する。
保留、と言って残す。
このあたりは、本人にとっては戦術研究です。
でも、本編春麗から見ると、自分の昔のノートを読まれているようなつらさがあります。
ここが今回の一番の笑いどころであり、同時に一番痛いところです。
本編春麗も、他人事ではありません。
黒ドレスを選んだ時。
リュウにどう見られるかを考えた時。
最初の一言をどうするか迷った時。
女としての自分を、戦闘で使うと決めた時。
本編春麗にも、似たような準備はあったはずです。
もちろん、本編春麗と黒執着春麗は違います。
本編春麗は青の話題候補を紙に書く。
黒執着春麗は黒の煽りセリフ候補を紙に書く。
内容は違います。
方向も違います。
危険度も違います。
ただし、「紙に書いて事前準備している」という構造は近い。
これに本編春麗が気づいてしまうのが、今回の被弾ポイントです。
自分は話題候補。
黒執着春麗は煽りセリフ。
違う。
かなり違う。
でも、準備している。
紙に書いている。
言葉を選んでいる。
相手の反応を想像している。
そこは似ている。
だから本編春麗は、単純に黒執着春麗を笑えません。
黒執着春麗の事前準備を見ながら、過去の自分にも少し同情してしまいます。
今回出てきた分類が、
黒歴史ではなく、黒戦術。
です。
これは今回の中心になる言葉です。
黒歴史と言ってしまえば簡単です。
鏡の前で煽りセリフを練習している。
見られ方を研究している。
リュウの反応を想定している。
自分の目元や髪の流れまで戦術化している。
あとから見ると、かなり恥ずかしい。
ただ、それを黒歴史とだけ言ってしまうと、少し違います。
黒執着春麗にとって、それは本気の戦術です。
勝つための準備です。
リュウを揺らすための準備です。
黒ドレスをただの衣装にしないための準備です。
だから、黒歴史ではない。
黒戦術。
ただし、客観的に見返すには精神HPが必要。
この距離感が、今回の話です。
また、今回の煽りセリフ候補の中で一番危険なのは、
今日は、あなたが見た分だけ、私が勝つわ。
です。
これはかなり黒執着春麗らしい言葉です。
リュウが自分を見る。
その分だけ遅れる。
その遅れを勝因にする。
そして、それを本人に言う。
黒としては強いです。
ただし、言った側も危険です。
リュウが本当に見ていたと言ったらどうするのか。
見た分だけ遅れたと言われたらどうするのか。
春麗を見ていたと言われたらどうするのか。
勝っても負けても精神HPが削られる可能性があります。
黒執着春麗は、それを分かっていながら採用候補にしています。
そこが彼女の危険さであり、強さでもあります。
一方、本編春麗はその言葉を見て、
私は言わない。
青では絶対に言わない。
今は言わない。
と、どんどん言い直しています。
この「今は」が危険です。
絶対に言わない、と言い切れない。
未来の自分が裏切るかもしれない。
でも、今は言わない。
この弱い訂正が、本編春麗らしいです。
今回のログは、青い小箱には入りません。
青の話題候補とは別です。
正式回答前の整理とも別です。
リュウに話す内容として直接使うものでもありません。
ただし、完全封印でもありません。
なぜなら、事前戦術としては有効だからです。
黒を扱うなら、見られ方の設計は避けられません。
戦う前の表情、髪、歩き方、最初の一言。
それらが半拍を生むなら、戦術として意味があります。
だから分類は、
電波受信/黒の事前戦術ログ。
客観視による精神HP被弾あり。
類似ログ疑惑あり。
戦術としては正当。
心理的には黒歴史に近い。
限定参照可。
本人確認禁止。
となります。
特に「本人確認禁止」は大事です。
黒執着春麗に、
あのセリフ、鏡の前で練習していたでしょう。
目元の強さを調整していたでしょう。
リュウを想定して歩いていたでしょう。
などと確認してはいけません。
言われた側も死にます。
言った側も死にます。
本編春麗自身にも似たログがある可能性があるので、確認した瞬間に自分にも返ってきます。
なので、本人確認禁止です。
今回のディレクターズカットIFは、戦闘回ではありません。
でも、黒の戦闘準備の話です。
黒は、試合が始まってからだけではありません。
リュウと向き合う前から始まっています。
鏡の前。
紙の上。
髪を整える手。
最初の一言を選ぶ時間。
自分をどう見せるかを決める瞬間。
そこから、もう戦闘は始まっている。
ただし、それをあとから見るとかなり恥ずかしい。
今回は、その恥ずかしさを本編春麗が客観視で受信してしまった回でした。
黒歴史ではない。
黒戦術。
でも、見返すには精神HPが必要。
今回の結論は、そこになります。