また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
春麗会議室外部メタ領域には、いくつかの危険な棚がある。
青い小箱。
黒の棚。
危険封筒。
ディレクターズカットIF棚。
作者への抗議依頼スレ。
そして、その中でも特に扱いが難しい棚があった。
主人公補正ログ。
記録板AIは、その棚の前に注意書きを表示していた。
『注意:当該ログは、物語上の主人公性が一定以上蓄積した春麗に対し、甘いイベントを強制発生させる可能性があります』
『注意:本人の同意なく発生する場合があります』
『注意:精神HP被弾の危険があります』
『注意:受け取った事実は消去困難です』
本編春麗は、その表示を見ていた。
隣には、自覚前春麗がいる。
二人とも、黙っていた。
しばらく黙っていた。
先に口を開いたのは、本編春麗だった。
「……なぜ私たち二人が呼ばれているの」
自覚前春麗は、表示を見たまま答える。
「資料として確認するなら、私だけでもよかったのでは?」
「あなた、今かなり危険なことを言っているわよ」
「何が?」
「資料として確認すると言いながら、自分も当事者枠に入っているところ」
自覚前春麗は、一瞬止まった。
「……私はまだ決めていないわ」
「それは分かっているけれど」
「黒を選んだわけでもない」
「ええ」
「青を選んだわけでもない」
「ええ」
「リュウに会いに行くと決めたわけでもない」
「……会ったことはあるでしょう」
「偶然よ」
本編春麗は、少しだけ目を細めた。
「偶然を記録するには外出が必要、だったかしら」
自覚前春麗は、完全に沈黙した。
そこへ、記録板AIの文字が浮かぶ。
『本日の対象者』
『本編春麗:正式回答ラインにより主人公補正蓄積中』
『自覚前春麗:決める前の春麗として未確定性補正蓄積中』
本編春麗が即座に反応した。
「蓄積しないで」
自覚前春麗も続く。
「未確定性補正とは何?」
『決めていないにもかかわらず、読者および作者が“次に何を選ぶのか”を見たくなる状態です』
「……それは補正なの?」
『補正です』
「資料としては興味深いけれど、当事者としては困るわ」
本編春麗は、深く息を吐いた。
「私は正式回答前なのよ」
『はい』
「リュウへの宿題の回答待ち」
『はい』
「青い小箱だけで処理容量が限界」
『はい』
「黒執着春麗の危険電波も飛んでくる」
『はい』
「その上で、主人公補正による甘いイベント?」
『はい』
本編春麗は、目を閉じた。
自覚前春麗は、少しだけ不安そうに表示を見る。
「ちなみに、その甘いイベントというのは」
『発生します』
「まだ質問の途中よ」
『発生します』
本編春麗と自覚前春麗は、同時に固まった。
最初に発生したのは、本編春麗だった。
夕方。
本編春麗は、リュウに会うつもりはなかった。
本当に。
今日は会わない。
正式回答前に、こちらから話しすぎるのは危険。
話題候補は温存中。
青い小箱は閉じている。
危険封筒も閉じている。
黒執着春麗の電波も今日は無視する。
そう決めて、少しだけ外に出ただけだった。
少しだけ。
風に当たるため。
頭を冷やすため。
決して、リュウに会うためではない。
そのはずだった。
「春麗」
声がした。
本編春麗は、足を止めた。
振り返らない。
振り返ったら、負ける気がした。
だが、声はもう聞こえている。
リュウの声。
落ち着いた、まっすぐな声。
春麗は、ゆっくり振り返った。
「……偶然ね」
言った瞬間、自覚前春麗の言い訳みたいだと思ってしまった。
最悪だった。
リュウは頷く。
「ああ」
「あなた、今日は修行では?」
「終わった」
「そう」
「春麗は?」
「散歩よ」
「そうか」
会話は普通だった。
普通のはずだった。
しかし、リュウの手には小さな包みがあった。
春麗は、それを見てしまった。
見なければよかった。
見た以上、聞かないわけにもいかない。
「それは?」
「ああ」
リュウは包みを少し持ち上げた。
「前に、春麗が甘いものを見ていた」
春麗は固まった。
「……見ていた?」
「ああ」
「いつ?」
「この前、店の前で」
「……見ていたの?」
「ああ」
精神HPが削れた。
また見られている。
青でもない。
黒でもない。
試合でもない。
ただ店の前で甘いものを見ていたところを、見られていた。
これは危険だった。
リュウは続ける。
「迷っていたように見えた」
「迷っていないわ」
「そうか」
「見ていただけよ」
「そうか」
「資料として」
言ってから、本編春麗は自分で止まった。
自覚前春麗の影響が出ている。
これは非常にまずい。
リュウは包みを差し出した。
「渡そうと思っていた」
本編春麗は、完全に停止した。
「……なぜ?」
「春麗に合うと思った」
精神HPが大きく削れた。
春麗に合う。
甘いものが。
自分に。
どういう意味で。
いや、深い意味はない。
ないはず。
リュウはたぶん、ただそう思っただけ。
それが一番危険。
本編春麗は、包みを見つめる。
「受け取れないわ」
「なぜだ」
「正式回答前だから」
言ってから、さらに自爆した。
正式回答前だから、甘いものを受け取れない。
何の規定なのか。
どこのルールなのか。
リュウは少し考えた。
「宿題とは別だ」
本編春麗は、言葉を失った。
別。
そう。
別だ。
宿題の回答と、甘いものは別。
勝敗と事故は別判定。
精神HP被弾も別判定。
差し入れも別判定。
そういうことではない。
「……あなたは本当に」
「何だ」
「別判定にするのが上手いわね」
リュウは首を傾げた。
「そうか」
「そうよ」
春麗は、ゆっくり包みを受け取った。
指先が触れそうになる。
触れた。
ほんの少し。
春麗の精神HPがさらに削れる。
「ありがとう」
なんとか言った。
リュウは頷く。
「ああ」
「でも」
「でも?」
「こういうことを、急にしないで」
「急だったか」
「急よ」
「すまない」
「謝らないで」
「だが」
「謝られると、こちらが困るの」
リュウは少し黙った。
そして言った。
「困らせたかったわけじゃない」
本編春麗は、完全に動けなくなった。
甘い。
これは甘い。
ただの差し入れのはずなのに。
主人公補正で甘いイベントになっている。
しかも、リュウ本人に自覚がない。
最悪。
非常に最悪。
春麗は、包みを胸の前で持ったまま、小さく言った。
「……主人公補正」
「何だ?」
「何でもないわ」
「そうか」
「今日は、帰る」
「ああ」
「これは、受け取る」
「ああ」
「ただし」
本編春麗は、リュウを見た。
「正式回答とは別」
リュウは頷いた。
「ああ」
「甘いものとも別」
「ああ」
「精神HP被弾とも別」
「精神?」
「何でもない」
春麗は背を向けた。
リュウは追ってこない。
ただ、最後に言った。
「春麗に合うと思ったのは、本当だ」
本編春麗は、足を止めた。
振り返らない。
振り返ったら終わる。
「……そういう追撃をしないで」
「追撃?」
「何でもないわ」
そのまま歩き出す。
包みが軽い。
しかし、精神HPへの重さはかなりある。
本編春麗は、帰り道で小さく呟いた。
「……甘いものを貰っただけ」
一拍。
「正式回答とは別」
もう一拍。
「主人公補正とは認めない」
さらに一拍。
「……たぶん」
その一言で、完全に自爆した。
次に発生したのは、自覚前春麗だった。
彼女は、本編春麗の甘いイベントログを資料として確認していた。
資料として。
あくまで資料として。
本編春麗が、正式回答前にリュウから甘いものを貰い、精神HPを削られた。
それを見て、自覚前春麗は冷静に言った。
「危険ね」
記録板AIが表示する。
『自覚前春麗:客観視中』
「客観視ではないわ。資料確認よ」
『同義です』
「違うわ」
自覚前春麗は、紙に書いていた。
本編春麗:正式回答ラインにおける主人公補正イベント。
発生条件:リュウが以前から見ていたものを差し入れ。
被弾要因:見られていたこと、合うと思われたこと、正式回答とは別判定で処理されたこと。
危険度:高。
そこまで書いて、満足する。
「資料としては有用ね」
『はい』
「私には関係ないけれど」
『関係あります』
「ないわ」
『主人公補正蓄積中です』
「私は主人公ではないわ」
『自覚前春麗は、現在“決める前の春麗”として再注目されています』
「再注目という言い方がメタすぎるわ」
『ディレクターズカットIFです』
「便利ね、その言葉」
自覚前春麗は、紙を閉じた。
「私はまだ決めていない」
『はい』
「だから甘いイベントも発生しない」
『いいえ』
「なぜ?」
『未確定性は、甘いイベント発生の温床です』
「何を言っているの?」
その時だった。
外から声がした。
「春麗」
自覚前春麗は、完全に固まった。
「……来た」
『発生しました』
「実況しないで」
リュウだった。
なぜか、そこにいる。
自覚前春麗は、外に出る。
普通服に近い格好。
ただし動ける靴。
髪は少しだけ整えている。
本人は、念のためと言う。
だが、読者には分かる。
リュウに会う可能性を想定している。
自覚前春麗本人は認めない。
「偶然ね」
言った瞬間、本編春麗と同じ言葉だと気づいた。
まずい。
かなりまずい。
リュウは頷く。
「ああ」
「何か用?」
「少し歩いていた」
「そう」
「春麗は?」
「資料整理よ」
「外で?」
「外気を入れた方が、資料整理が進むの」
「そうか」
リュウは納得した。
納得しないでほしい。
自覚前春麗は、少しだけ安心し、同時に困った。
リュウは彼女を見る。
黒ではない。
青でもない。
完全な日常でもない。
決める前の春麗。
リュウは言った。
「今日は、まだ選んでいないんだな」
精神HPが削れた。
自覚前春麗は、即座に反論する。
「選んでいないわけではないわ」
「そうなのか」
「選択前の条件を整理しているだけ」
「ああ」
「資料として」
「でも、来た」
自覚前春麗は、胸を押さえた。
これは前にも刺さった。
なぜ同じ方向で刺してくるのか。
「来たことまで観測対象にしないで」
「観測?」
「何でもないわ」
リュウは少し黙った。
そして、手に持っていたものを差し出した。
小さな飲み物だった。
温かい。
湯気が立っている。
自覚前春麗は、警戒した。
「何?」
「寒そうだった」
「寒くないわ」
「手が冷えている」
精神HPが削れた。
「見ないで」
「見えた」
「見えたなら言わないで」
「言わない方がよかったか」
「……そういう問題ではないわ」
リュウは、温かい飲み物を差し出したまま言う。
「まだ決めていなくても、冷えるだろう」
自覚前春麗は、完全に停止した。
まだ決めていなくても、冷える。
何だその言葉は。
未確定性を肯定した上で、身体の冷えを心配する。
それは反則ではないか。
自覚前春麗は、ゆっくり飲み物を受け取った。
「……これは」
「ああ」
「資料として受け取るわ」
「そうか」
「寒いからではない」
「ああ」
「選択前状態における外的補助の検証」
「分かった」
「本当に分かっている?」
「春麗が受け取る理由が必要なんだと思った」
自覚前春麗は、精神HPを大きく削られた。
「……そこまで分からないで」
リュウは首を傾げる。
「違ったか」
「違わないから困るのよ」
飲み物は温かかった。
手に伝わる温度が、思ったより安心する。
リュウは、ただ隣に立っている。
何も急かさない。
黒を選べとも言わない。
青を選べとも言わない。
戦えとも言わない。
ただ、まだ決めていない春麗の横にいる。
自覚前春麗は、小さく呟いた。
「……主人公補正」
「何だ?」
「何でもないわ」
「そうか」
「これは、甘いイベントではない」
「ああ」
「資料」
「ああ」
「温度確認」
「ああ」
「未確定状態における補給」
「ああ」
「……あなた、何でも頷くのね」
「春麗がそう言うなら」
自覚前春麗は、飲み物を持ったまま固まった。
甘い。
かなり甘い。
本編春麗の差し入れイベントとは違う甘さ。
こちらは、決めていないことを急かされない甘さ。
温かい飲み物。
隣にいるリュウ。
選んでいなくても、冷えるだろう。
自覚前春麗は、目を伏せた。
「……今日は、まだ決めないわ」
「ああ」
「でも」
一拍。
「受け取らないとは言っていない」
リュウは静かに頷いた。
「ああ」
それだけだった。
それだけなのに、十分だった。
夜。
本編春麗と自覚前春麗は、春麗会議室外部メタ領域に戻っていた。
机の上には、二つのログが並んでいる。
本編春麗:正式回答前差し入れイベント。
自覚前春麗:未確定状態温補給イベント。
二人は、それを見ていた。
本編春麗が先に言う。
「……温補給イベントって何?」
自覚前春麗は顔を逸らした。
「私に聞かないで」
「あなたのログでしょう」
「記録板AIが勝手に命名したのよ」
『正確な分類です』
「正確でも嫌なものは嫌よ」
本編春麗は、自分のログを見る。
「正式回答前差し入れイベント、もかなり嫌ね」
『正式回答とは別判定で発生した甘いイベントです』
「説明しないで」
『本編春麗:甘味受領』
『自覚前春麗:温飲料受領』
『両者、主人公補正による甘イベント被弾を確認』
二人は同時に言った。
「主人公補正ではない」
「主人公補正ではないわ」
同時だった。
完全に同時だった。
少し沈黙。
本編春麗は、自覚前春麗を見る。
「……あなた、けっこう被弾していたわね」
自覚前春麗は、すぐに返す。
「あなたほどではないわ」
「私は正式回答前だから仕方ないの」
「私は決める前だから仕方ないの」
「仕方ないとは言っていないでしょう」
「あなたも言っているようなものよ」
記録板AIが表示する。
『共通点:どちらも、受け取る理由を必要としています』
二人が固まった。
『本編春麗:正式回答とは別、という理由で甘味を受け取る』
『自覚前春麗:資料・温度確認、という理由で飲み物を受け取る』
『結論:両者とも、甘いイベントを受け取るための言い訳を即時生成しています』
本編春麗は、机に手をついた。
「保存しないで」
自覚前春麗も続く。
「資料としても危険すぎるわ」
『保存しました』
「だから」
春麗会議室外部メタ領域に、静かな沈黙が落ちる。
やがて、本編春麗が小さく言った。
「……でも」
自覚前春麗が見る。
「何?」
「甘いものは、悪くなかったわ」
自覚前春麗は、少し黙った。
それから、小さく言う。
「……温かかったわ」
二人とも、顔を逸らした。
記録板AIが表示する。
『本編春麗:甘味受領を限定肯定』
『自覚前春麗:温補給受領を限定肯定』
「限定肯定ではない」
「限定肯定ではないわ」
『では、未承認肯定』
「もっと嫌」
「さらに嫌ね」
二人は同時にため息をついた。
その夜。
本編春麗は、貰った甘いものの包みを机の上に置いた。
食べるかどうか迷う。
迷う必要はない。
受け取ったのだから、食べればいい。
正式回答とは別。
宿題とも別。
青い小箱とも別。
ただの差し入れ。
そう思うのに、包みが妙に重い。
「春麗に合うと思った」
リュウの言葉を思い出す。
春麗は、顔を赤くした。
「合うって、何が」
聞けない。
聞いたら終わる。
だから、今日は食べるだけ。
少しだけ包みを開ける。
甘い匂いがする。
春麗は、小さく呟いた。
「正式回答とは別」
一拍。
「でも、貰ったものは貰ったもの」
もう一拍。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない声だった。
その頃。
自覚前春麗は、温かい飲み物の残りを見つめていた。
もう温度は下がっている。
でも、手に持った時の温かさは覚えている。
まだ決めていなくても、冷えるだろう。
リュウの言葉が残っている。
「……決めていないことと、寒いことは別」
一拍。
「選択前状態でも、補給は必要」
もう一拍。
「資料として」
言いながら、自分で少し笑ってしまった。
言い訳だ。
でも、今はそれでいい。
彼女はまだ決めていない。
黒も。
青も。
次にどう戦うかも。
でも、温かいものを受け取った。
それは、止まっていることとは違う。
「……今日は、まだ決めない」
一拍。
「でも、受け取った」
それだけで、少し進んだ気がした。
翌朝。
記録板AIが、外部メタ領域に新しいログを表示した。
『ディレクターズカットIF:主人公補正甘イベント二件発生』
『本編春麗:正式回答前差し入れイベント』
『自覚前春麗:未確定状態温補給イベント』
『共通判定:受け取るための言い訳生成』
『精神HP被弾:中〜大』
『物語進行:静的進行あり』
本編春麗と自覚前春麗は、それを見ていた。
本編春麗が言う。
「削除申請」
自覚前春麗も言う。
「資料保存禁止」
『却下』
「なぜ」
『主人公補正ログは、今後の展開判断に有用です』
本編春麗は、目を細める。
「今後の展開?」
『はい』
自覚前春麗が警戒する。
「何をするつもり?」
『未定です』
「未定なら表示しないで」
『ただし、両者とも次回以降の甘イベント耐性が低下しています』
二人は同時に固まった。
「低下?」
「低下ですって?」
『はい』
『一度受け取ったことで、次回から“受け取らない理由”の生成難易度が上昇します』
本編春麗は、机に突っ伏した。
自覚前春麗も、紙で顔を隠した。
「……最悪ね」
「……資料としても最悪だわ」
記録板AIが最後に表示する。
『未承認仮分類:受け取ってしまった春麗たち』
二人は同時に言った。
「保存しないで」
「保存しないで」
『保存しました』
その日、危険封筒はまた一通増えた。
ただし、中身は黒でも発勁事故でも勝利セリフでもなかった。
甘いもの。
温かい飲み物。
そして、受け取るための言い訳。
本編春麗と自覚前春麗は、それぞれ違う形で主人公補正を食らった。
正式回答前の春麗は、甘いものを受け取った。
決める前の春麗は、温かいものを受け取った。
どちらも、まだ認めない。
どちらも、まだ分類しない。
けれど。
受け取ってしまったことだけは、もう消せなかった。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、ディレクターズカットIFとしての「主人公補正甘イベント二件発生」回でした。
まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。
あくまで、春麗会議室外部メタ領域で発生したディレクターズカットIFです。
今回の主題は、黒でも発勁事故でも黒戦術でもありません。
甘いもの。
温かい飲み物。
そして、それを受け取ってしまった春麗たちです。
今回対象になったのは、本編春麗と自覚前春麗です。
本編春麗は、正式回答前です。
リュウへの宿題の回答をどうするか、青い小箱の中で整理している最中です。
自覚前春麗は、まだ決める前です。
黒を選ぶのか、青を選ぶのか、リュウにどう向き合うのかを、まだ確定させていない状態です。
つまり二人とも、非常に動かしやすい状態ではあります。
本編春麗は「正式回答前だから危険」。
自覚前春麗は「まだ決めていないから危険」。
どちらも、物語的には次の動きが気になる春麗です。
その状態を、今回の記録板AIは「主人公補正」と呼んでいます。
もちろん、本人たちは認めません。
主人公補正ではない。
甘いイベントではない。
ただの差し入れ。
ただの温度確認。
資料。
別判定。
そう言い張ります。
でも、受け取っています。
ここが今回のポイントです。
本編春麗は、リュウから甘いものを受け取ります。
リュウは、以前に春麗が甘いものを見ていたことを覚えていました。
春麗が迷っていたように見えた。
春麗に合うと思った。
だから渡そうと思っていた。
これだけです。
リュウとしては、非常に素直です。
余計な駆け引きはありません。
甘いことを言おうとしているわけでもありません。
ただ見ていて、覚えていて、合うと思って、渡した。
それが一番危険です。
本編春麗にとっては、「見られていたこと」「覚えられていたこと」「春麗に合うと思われたこと」が全部刺さります。
さらに、正式回答前だから受け取れない、と言ったところで、リュウは「宿題とは別だ」と返します。
これも危険です。
正式回答と差し入れは別。
宿題と甘いものは別。
受け取ることと答えることは別。
リュウの中では自然に別判定されています。
でも、本編春麗にとっては、別判定だからこそ受け取れてしまう。
これが今回の本編春麗側の甘イベントです。
一方、自覚前春麗は温かい飲み物を受け取ります。
こちらは、本編春麗とは違う甘さです。
本編春麗は「春麗に合うと思った」という、見られていたことによる被弾でした。
自覚前春麗は、「まだ決めていなくても、冷えるだろう」という言葉に被弾しています。
これは非常に自覚前春麗向けの言葉です。
黒を選んでいない。
青を選んでいない。
まだ決めていない。
それでも、寒い時は寒い。
手が冷えているなら温かいものを渡す。
選択前でも、身体は冷える。
リュウはそこを急かしません。
黒を選べとも言わない。
青を選べとも言わない。
戦えとも言わない。
決めろとも言わない。
ただ、まだ決めていない春麗の横にいる。
この甘さは、本編春麗の差し入れイベントとは違います。
こちらは「未確定のまま受け取れる甘さ」です。
自覚前春麗は、それを資料として受け取ると言い張ります。
寒いからではない。
選択前状態における外的補助の検証。
温度確認。
未確定状態における補給。
言い訳はいくらでも出てきます。
でも、受け取っています。
そして、温かかったことを認めています。
今回の二人の共通点は、どちらも「受け取るための理由」を必要としているところです。
本編春麗は、正式回答とは別だから受け取る。
自覚前春麗は、資料・温度確認だから受け取る。
言い訳の形は違います。
状態も違います。
被弾ポイントも違います。
でも、どちらも受け取る理由を作っています。
記録板AIがそこを見逃すはずがありません。
今回の記録板AIの分類、
受け取ってしまった春麗たち。
これはかなりひどい分類ですが、正確でもあります。
本編春麗は、甘いものを受け取ってしまった。
自覚前春麗は、温かい飲み物を受け取ってしまった。
まだ認めていない。
まだ分類したくない。
主人公補正だとは言いたくない。
でも、受け取った事実だけは消せない。
この「受け取ってしまった」が、今回の静かな進行です。
今回は戦闘回ではありません。
黒ドレスもありません。
発勁もありません。
精神HPノックアウトもありません。
でも、物語は進んでいます。
本編春麗は、正式回答前でも、リュウからの差し入れを受け取った。
自覚前春麗は、まだ決めていなくても、リュウからの温かいものを受け取った。
これは大きな告白でも、大事件でもありません。
けれど、次回以降の「受け取らない理由」が少し弱くなります。
一度受け取ってしまったからです。
リュウから何かを渡された時。
心配された時。
見られていたことを知らされた時。
合うと思ったと言われた時。
冷えているだろうと言われた時。
もう完全には拒否しにくい。
これが、記録板AIの言う「甘イベント耐性低下」です。
二人にとっては最悪です。
でも、物語としては重要です。
今回の分類は、
ディレクターズカットIF:主人公補正甘イベント二件発生。
本編春麗:正式回答前差し入れイベント。
自覚前春麗:未確定状態温補給イベント。
共通判定:受け取るための言い訳生成。
精神HP被弾:中〜大。
物語進行:静的進行あり。
未承認仮分類:受け取ってしまった春麗たち。
になります。
ここで大事なのは、「甘いイベント」といっても、二人に同じことが起きているわけではないことです。
本編春麗には、本編春麗用の甘さが来ています。
正式回答前の、見られていた甘さ。
覚えられていた甘さ。
春麗に合うと思われた甘さ。
自覚前春麗には、自覚前春麗用の甘さが来ています。
まだ決めていないことを急かされない甘さ。
未確定のまま温かいものを渡される甘さ。
受け取る理由が必要だと分かってもらえる甘さ。
それぞれ、ちゃんと別の甘さです。
だからこそ、二人とも被弾しています。
本編春麗は、甘いものは悪くなかったと認める。
自覚前春麗は、温かかったと認める。
たったそれだけですが、この連作では大きいです。
受け取った。
少し認めた。
でも、まだ認めきっていない。
この中途半端な状態が、とても春麗らしいと思います。
今回のディレクターズカットIFは、派手なバトル回ではありません。
ただ、甘いものと温かい飲み物を受け取るだけの回です。
けれど、春麗たちにとっては、それだけで危険封筒が一通増えます。
黒でもない。
発勁事故でもない。
勝利セリフでもない。
それでも危険。
なぜなら、受け取ってしまったからです。
本編春麗と自覚前春麗。
二人とも、まだ認めません。
まだ分類しません。
主人公補正でもないと言い張ります。
けれど、受け取ってしまったことだけは、もう消せない。
今回は、その小さくて甘い進行を書いたディレクターズカットIFでした。