また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:本編春麗は、黒執着春麗の主人公補正初被弾ログを見てしまう

 記録板AIは、銀色の棚の奥で表示を切り替えた。

 

 春麗会議室ではない。

 

 青い小箱でもない。

 

 通常の夢接続でもない。

 

 ディレクターズカットIF領域。

 

 その中でも、後続ログへの接続注意が必要な危険封筒だった。

 

『本記録は、ディレクターズカットIF派生受信ログです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』

 

『本編春麗が、黒執着春麗の主人公補正初被弾ログを客観視する検証です』

 

 一拍。

 

『重要前提』

 

『黒執着春麗は、過去のディレクターズカットIFにおいて、リュウから髪留めを受領しました』

 

『当該髪留めは、黒でも青でも今の春麗でも合うと評価されています』

 

『黒執着春麗本人は、未承認、検証中、戦闘用具として分類しています』

 

『ただし、置き場所は黒と青の間に決定済みです』

 

 一拍。

 

『本記録の主題』

 

『本編春麗が、そのログを危険封筒越しに見ること』

 

『黒執着春麗が受け取る側になった時の弱さを知ること』

 

『主人公補正の構造を客観視すること』

 

 一拍。

 

『注意』

 

『青い小箱への直接混入は禁止推奨です』

 

『危険封筒と青い小箱の中間領域への一時保留を推奨します』

 

 記録板AIは、最後に淡々と表示した。

 

『黒執着春麗主人公補正初被弾ログ・本編春麗側受信、開始します』

 


 

 朝。

 

 本編春麗は、危険封筒を見ていた。

 

 開けるつもりはなかった。

 

 もちろん、なかった。

 

 青い小箱の整理をするはずだった。

 

 正式回答前の話題候補。

 

 相打ちの青。

 

 進まれた青。

 

 話すことが増えている問題。

 

 そのあたりを、少しだけ見直すつもりだった。

 

 しかし、机の上には危険封筒がある。

 

 しかも、一番上に置かれている封筒には、見覚えのない表書きがあった。

 

 黒執着春麗:主人公補正初被弾ログ。

 

 本編春麗は、しばらくそれを見ていた。

 

「……初?」

 

 初。

 

 そう書かれている。

 

 黒執着春麗が、主人公補正を食らった。

 

 本編春麗は、椅子に座ったまま動かなかった。

 

 黒執着春麗。

 

 危険ログの発信源。

 

 黒戦術。

 

 発勁事故。

 

 介抱ログ。

 

 勝利セリフ。

 

 リュウの視線ごと勝った女。

 

 危険封筒を増やす原因。

 

 その彼女が、初めて主人公補正を食らった。

 

「……それは」

 

 一拍。

 

「少し見たい」

 

 言ってから、自分で止まった。

 

 見たいと言ってはいけない。

 

 見たいものほど危険。

 

 ディレクターズカットIFは、だいたいそういうものだ。

 

 けれど、今回は少し違う。

 

 いつもは、黒執着春麗の危険な戦術や勝利や事故を本編春麗が受信して被弾する。

 

 だが今回は。

 

 黒執着春麗自身が、主人公補正を食らう。

 

 本編春麗は、危険封筒に手を伸ばした。

 

「……資料として」

 

 言ってから、自分で嫌な顔をした。

 

「自覚前春麗みたいな言い訳をしないで」

 

 だが、手は止まらなかった。

 

 封筒を開ける。

 

 その瞬間、電波が流れ込んだ。

 


 

 黒執着春麗が、棚の前に立っている。

 

 黒。

 

 青。

 

 危険封筒。

 

 そして、新しく表示された主人公補正ログ。

 

 本編春麗は、その様子を外から見ていた。

 

 客観視。

 

 強制客観視。

 

 黒執着春麗は明らかに警戒している。

 

 当然だ。

 

 彼女は危険ログの扱いには慣れている。

 

 黒戦術も知っている。

 

 リュウの無自覚褒め殺しも経験している。

 

 勝利後に自爆もしている。

 

 発勁事故も経験した。

 

 介抱ログも食らった。

 

 それでも、主人公補正は初めてだった。

 

 本編春麗は、少しだけ口元を押さえた。

 

「……警戒しているわね」

 

 少し笑いそうになった。

 

 あの黒執着春麗が警戒している。

 

 危険ログを振り撒く側だった春麗が、今度は自分に甘いイベントが来る可能性を前にして後ずさっている。

 

 これは少し面白い。

 

 かなり面白い。

 

 だが、笑うのは早かった。

 

 記録板AIのような表示が流れる。

 

 黒執着春麗:これまで主に危険ログ発信側。

 

 現在:主人公補正受信側へ移行。

 

 甘いイベント耐性:未測定。

 

 本編春麗は、真顔になった。

 

「……未測定は危険ね」

 

 分かる。

 

 主人公補正は、戦術ではない。

 

 こちらが仕掛けるものではない。

 

 向こうから来る。

 

 偶然のような顔をして。

 

 リュウのまっすぐさを装って。

 

 差し入れ。

 

 温かい飲み物。

 

 見ていたから。

 

 合うと思ったから。

 

 無事でよかった。

 

 そういう形で来る。

 

 防ぎにくい。

 

 本編春麗は、それをよく知っている。

 

 知っているから、黒執着春麗が少し気の毒にも見えた。

 


 

 電波の中で、黒執着春麗は外に出る。

 

 黒でも青でもない服。

 

 動ける。

 

 でも、試合着ではない。

 

 本編春麗は、そこを見て小さく呟いた。

 

「……油断している」

 

 違う。

 

 黒執着春麗本人は警戒している。

 

 だが、服装が違う。

 

 黒ドレスではない。

 

 青武道服でもない。

 

 つまり、戦闘ログを発生させるつもりではない。

 

 これは主人公補正が入りやすい状態だった。

 

 なぜなら、春麗が戦闘モードではないから。

 

 防御の種類が違う。

 

 黒なら、見られることを戦術にできる。

 

 青なら、正面から受けられる。

 

 だが、日常寄りの状態では、リュウの甘い行動がそのまま刺さる。

 

 本編春麗は、思わず頷いた。

 

「……分かるわ」

 

 戦っている時のリュウは危険。

 

 でも、日常で来るリュウは別種の危険。

 

 拳ではない。

 

 言葉でもない。

 

 ただ、見ていたこと。

 

 選んでいたこと。

 

 気づいていたこと。

 

 それを差し出してくる。

 

 そういう危険。

 

 黒執着春麗は、それをまだ知らない。

 

 その時、リュウの声がする。

 

 春麗。

 

 黒執着春麗が止まる。

 

 本編春麗も止まる。

 

 ああ、来た。

 

 そう思った。

 

 主人公補正が、来た。

 

 黒執着春麗は振り返る。

 

 リュウは言う。

 

「探していた」

 

 本編春麗は、額に手を当てた。

 

「……初手が強い」

 

 探していた。

 

 これは危険。

 

 黒執着春麗相手にそれを言うのは危険すぎる。

 

 しかも、黒戦術中ではない。

 

 戦闘中でもない。

 

 ただの日常で。

 

 リュウは、春麗を探していた。

 

 黒執着春麗の精神HPが削れるのが、外からでも分かった。

 

 本編春麗は、小さく息を吐いた。

 

「……これは食らうわ」

 

 分かる。

 

 これは食らう。

 


 

 リュウは、小さな包みを持っていた。

 

 黒執着春麗は、甘いもの系の差し入れだと警戒する。

 

 本編春麗は、そこを見て少しだけ気まずくなった。

 

 自分は食らった。

 

 正式回答前差し入れイベント。

 

 春麗に合うと思った。

 

 あれは危険だった。

 

 だから、黒執着春麗が警戒するのも分かる。

 

 だが、包みの中身は違った。

 

 髪留め。

 

 本編春麗は、完全に停止した。

 

「……それは」

 

 甘いものより危険だった。

 

 なぜなら、黒執着春麗に直撃する。

 

 髪。

 

 黒戦術。

 

 戦闘中の流れ。

 

 視線誘導。

 

 黒ドレスでの準備。

 

 そこに、リュウが触れる。

 

 リュウは言う。

 

 この前の試合で、髪が一度ほどけかけていた。

 

 本編春麗は、机に手を置いた。

 

「……見ている」

 

 見ている。

 

 リュウは見ていた。

 

 黒執着春麗の髪の流れを。

 

 戦闘中の動きを。

 

 危険な一瞬を。

 

 そして、それを覚えていた。

 

 リュウは続ける。

 

 戦闘の邪魔にはなっていなかった。

 

 だが、最後の踏み込みで一瞬、視界にかかった。

 

 本編春麗は、真顔で言った。

 

「実用性がある」

 

 ここが厄介だった。

 

 ただの贈り物なら、拒否できる。

 

 甘いだけなら、危険封筒に入れられる。

 

 だが、これは戦闘用具として正しい。

 

 視界確保。

 

 動作補助。

 

 黒にも青にも使える。

 

 リュウは、春麗の戦いを見た上で選んでいる。

 

 つまり、甘さと実用性が一体化している。

 

 本編春麗は、唇を噛んだ。

 

「……最悪のタイプね」

 

 悪い意味ではない。

 

 良すぎるから最悪。

 

 受け取らない理由が弱い。

 

 でも、受け取ると精神HPが削れる。

 

 主人公補正の厄介さが、そこにあった。

 


 

 黒執着春麗は、受け取らないと言う。

 

 本編春麗は頷いた。

 

「そう言うわよね」

 

 言う。

 

 当然言う。

 

 危険すぎる。

 

 リュウが選んだ髪留め。

 

 自分の動きを見て、合うと思って選んだもの。

 

 受け取れば負ける。

 

 何に負けるのか分からないが、負ける。

 

 しかしリュウは言う。

 

 見てから決めるといい。

 

 本編春麗は、少しだけ椅子からずり落ちかけた。

 

「……逃げ道を塞ぐのが上手すぎる」

 

 リュウにその自覚はない。

 

 たぶんない。

 

 でも、結果として逃げ道を塞いでいる。

 

 見てから決める。

 

 それは合理的だ。

 

 断るにしても、一度見てからでいい。

 

 だが、見たら終わる。

 

 本編春麗には分かった。

 

 見たら、分かってしまう。

 

 どれだけ選び方が合っているか。

 

 どれだけ自分を見て選ばれたか。

 

 黒執着春麗が包みの中を見る。

 

 細い髪留め。

 

 派手すぎない。

 

 黒に沈みすぎない。

 

 青にも寄りすぎない。

 

 光の当たり方で、少しだけ艶が出る。

 

 本編春麗は、息を止めた。

 

「……選び方が正しい」

 

 正しい。

 

 あまりにも正しい。

 

 黒にも合う。

 

 青にも合う。

 

 日常にも使える。

 

 黒執着春麗の棚の、ちょうど黒と青の間に置けるもの。

 

 リュウは言う。

 

 春麗が使うところが浮かんだからだ。

 

 本編春麗は、両手で顔を覆った。

 

「……それは駄目」

 

 駄目だ。

 

 それは駄目。

 

 春麗が使うところが浮かんだから。

 

 リュウの中に、黒執着春麗がその髪留めを使う姿があった。

 

 それは、ただ似合うと思ったよりさらに危険。

 

 使用する春麗まで見えている。

 

 戦う春麗。

 

 動く春麗。

 

 今の春麗。

 

 そこまで含んでいる。

 

 本編春麗は、深く息を吐いた。

 

「……黒執着春麗でも、これは無理ね」

 

 笑えなかった。

 

 もう笑えなかった。

 


 

 黒執着春麗は、預かると言う。

 

 受け取るとは言っていない。

 

 検証。

 

 戦闘用具。

 

 黒戦術への干渉確認。

 

 青でも使えるか確認。

 

 日常使用は未定。

 

 贈り物としては未承認。

 

 本編春麗は、その言い訳の連打を見て、少しだけ胸が痛くなった。

 

「……分かる」

 

 ものすごく分かる。

 

 受け取るための理由が必要。

 

 受け取ってしまったことを、ただの甘い出来事にしないための分類が必要。

 

 本編春麗なら、正式回答とは別、と言う。

 

 自覚前春麗なら、資料として、と言う。

 

 黒執着春麗は、戦闘用具として検証、と言う。

 

 全員、同じことをしている。

 

 受け取りたい。

 

 でも、そのまま受け取ると精神HPが持たない。

 

 だから、理由を作る。

 

 分類する。

 

 未承認にする。

 

 保留保存する。

 

 本編春麗は、静かに言った。

 

「……主人公補正って、受け取るための言い訳を作らせるのね」

 

 それが、客観的に見えた。

 

 恐ろしかった。

 

 主人公補正は、ただ甘いイベントを発生させるだけではない。

 

 春麗たちに、受け取る理由を自分で作らせる。

 

 そこが危険だった。

 

 黒執着春麗は、受け取る。

 

 指先が触れる。

 

 本編春麗は、見ているだけで精神HPを削られた。

 

 黒執着春麗も削られている。

 

 その削られ方が、外から見ても分かる。

 

 いつもの黒戦術の彼女ではない。

 

 仕掛ける側ではない。

 

 受け取る側。

 

 初めての主人公補正被弾。

 

 耐性なし。

 

 危険度極大。

 

 本編春麗は、小さく呟いた。

 

「……本当に耐性がない」

 

 その言葉は、少しだけ優しかった。

 


 

 さらに、主人公補正は続く。

 

 風が吹く。

 

 髪が揺れる。

 

 リュウが言う。

 

 今、使ってみるか。

 

 本編春麗は、机に突っ伏した。

 

「……追撃が自然すぎる」

 

 自然。

 

 本当に自然。

 

 髪留めを渡した。

 

 風が吹いた。

 

 髪が揺れた。

 

 なら、今使ってみるか。

 

 流れとしては自然。

 

 だが、精神HP的には追撃。

 

 黒執着春麗は、リュウの前で使うことになる。

 

 見ないでと言う。

 

 リュウは本当に目を伏せる。

 

 本編春麗は、頭を抱えた。

 

「……見ないのも危険なのよ」

 

 見られるのは危険。

 

 見られないのも危険。

 

 どうすればいいのか。

 

 黒執着春麗は、似合うかどうかは後で言いなさい、と自分から言ってしまう。

 

 本編春麗は顔を上げた。

 

「……言った」

 

 言った。

 

 黒執着春麗が、自分から判定を求めた。

 

 主人公補正の怖さはここだった。

 

 受け身で被弾しているだけではない。

 

 途中から、自分で踏み込んでしまう。

 

 似合うかどうかは後で言いなさい。

 

 それは、かなり危険な要求だ。

 

 リュウは当然、答える。

 

 似合っている。

 

 春麗の動きを邪魔しない。

 

 黒でも合うと思う。

 

 青でも、たぶん合う。

 

 今の春麗にも合っている。

 

 本編春麗は、完全に沈黙した。

 

 これは強い。

 

 強すぎる。

 

 黒でも合う。

 

 青でも合う。

 

 今の春麗にも合っている。

 

 それは、黒執着春麗の現在地をそのまま肯定している。

 

 黒だけではない。

 

 青だけでもない。

 

 今の春麗。

 

 その全部に合う。

 

 本編春麗は、口元を押さえた。

 

「……主人公補正って、本人の現在地に刺してくるのね」

 

 甘いだけではない。

 

 ただ似合うと言うだけではない。

 

 その春麗が今どこにいるのか。

 

 何に迷っているのか。

 

 何を棚に置いたのか。

 

 どちらにも寄りきれないものを、どう扱っているのか。

 

 そこへ、自然に刺してくる。

 

 だから防げない。

 

 黒執着春麗の主人公補正は、髪留めを通して、

 

 黒でも青でも今の春麗でもいい。

 

 そう言ってきた。

 

 これは、彼女にとって致命的だった。

 


 

 黒執着春麗は帰る。

 

 しかし、最後にリュウが言う。

 

 次に戦う時、邪魔にならないか見せてくれ。

 

 本編春麗は、静かに目を閉じた。

 

「……次回使用フラグ」

 

 完全にそうだった。

 

 髪留めを次に使う理由が発生した。

 

 戦闘用具として。

 

 検証として。

 

 リュウに見せるためではない。

 

 断じて違う。

 

 だが、リュウに見せることになる。

 

 黒執着春麗は、仕方ないわね、と言ってしまう。

 

 本編春麗は、顔を覆った。

 

「……負けている」

 

 負けている。

 

 いや、勝敗ではない。

 

 甘いイベントだ。

 

 戦闘ではない。

 

 だが、黒執着春麗は完全に主人公補正を食らっている。

 

 しかも、受け取っただけでは終わっていない。

 

 次に使う理由までできている。

 

 継続ログ化している。

 

 これは危険。

 

 非常に危険。

 

 電波が薄れていく。

 

 黒執着春麗が部屋に戻る。

 

 棚の前で髪留めをどこに置くか迷う。

 

 黒の棚ではない。

 

 青の棚でもない。

 

 危険封筒でもない。

 

 日常の小物入れでもない。

 

 本編春麗は、その迷いを見て、少しだけ胸が締めつけられた。

 

「……置き場所が分からないのね」

 

 分かる。

 

 これは分かる。

 

 青い小箱に入れるものではない。

 

 危険封筒だけでもない。

 

 物として存在している。

 

 リュウから受け取ったもの。

 

 戦闘用具として使えるもの。

 

 黒にも青にも合うもの。

 

 今の春麗にも合うもの。

 

 こういうものは、置き場所に困る。

 

 黒執着春麗は、最終的に黒と青の間に置く。

 

 本編春麗は、それを見て、何も言えなくなった。

 

 黒でも青でもない。

 

 でも、どちらにも関わる。

 

 今の黒執着春麗の場所。

 

 その髪留めは、そこに置かれた。

 

 未承認なのに。

 

 置き場所だけは決まってしまった。

 

 黒執着春麗の言葉が、静かに残った。

 

 本編春麗は、電波が途切れた後も、しばらく動けなかった。

 


 

 部屋が静かになる。

 

 本編春麗は、危険封筒を閉じた。

 

 しかし、何も書かないわけにはいかなかった。

 

 新しい紙を取り出す。

 

 表に書く。

 

 電波受信/黒執着春麗主人公補正初被弾ログ。

 

 一拍。

 

 髪留め受領。

 

 もう一拍。

 

 黒・青・今の春麗への適合判定。

 

 さらに一拍。

 

 主人公補正耐性なし。

 

 書いてから、春麗はペンを止めた。

 

「……客観的に見ると」

 

 呟く。

 

「主人公補正は、かなり危険ね」

 

 改めて思った。

 

 今まで、自分が食らっていた時は、ただ精神HPを削られていた。

 

 甘いもの。

 

 聞かせてくれ。

 

 会いに来る理由。

 

 正式回答とは別。

 

 そういうものに振り回されていた。

 

 でも、外から見ると構造が分かる。

 

 主人公補正は、偶然の顔をして来る。

 

 そして、相手が見ていたことを示す。

 

 ただ褒めるのではなく、現在地に合うものを渡す。

 

 受け取る理由をこちらに作らせる。

 

 未承認でも、検証でも、資料でも、正式回答とは別でもいい。

 

 とにかく、受け取らせる。

 

 そして、次回のフラグまで置いていく。

 

 本編春麗は、紙に書き足した。

 

 主人公補正:受領理由生成型イベント。

 

 さらに書く。

 

 本人の現在地に合う形で発生。

 

 さらに。

 

 拒否困難。

 

 さらに。

 

 次回継続フラグを残す可能性あり。

 

 そこまで書いて、春麗は机に突っ伏した。

 

「……分析しすぎ」

 

 だが、正しい。

 

 正しいから余計に嫌だった。

 


 

 本編春麗は、少しだけ黒執着春麗に同情していた。

 

 黒執着春麗は、危険だ。

 

 危険なログを増やす。

 

 こちらにも電波を飛ばしてくる。

 

 黒戦術で勝つ。

 

 勝利セリフでこちらまで被弾させる。

 

 発勁事故も介抱ログも増やす。

 

 かなり迷惑だ。

 

 しかし、今回は違った。

 

 今回は、彼女が受け取る側だった。

 

 仕掛けていない。

 

 煽っていない。

 

 黒を使っていない。

 

 ただ、リュウが見ていて、選んで、渡した。

 

 その結果、黒執着春麗は完全に崩れた。

 

 それを見て、本編春麗は思った。

 

「……あなたも、こうなるのね」

 

 少しだけ安心した。

 

 少しだけ。

 

 黒執着春麗は、どんな危険な感情も戦術にできると思っていた。

 

 でも、主人公補正には耐性がなかった。

 

 自分から仕掛けたものではない甘さには弱かった。

 

 それは、同じ春麗だった。

 

 本編春麗は、危険封筒に紙を入れる。

 

 表にもう一行書いた。

 

 黒執着春麗:受け取る側になると弱い。

 

 書いてから、少しだけ笑った。

 

 それは、馬鹿にする笑いではなかった。

 

 むしろ、少し親近感のある笑いだった。

 

「……危険なのに、同じ春麗なのよね」

 

 黒執着春麗は危険。

 

 でも、リュウから髪留めを渡されて固まる。

 

 未承認と言い張る。

 

 検証と言い訳する。

 

 戦闘用具として受け取る。

 

 似合うかどうかを自分から聞いて自爆する。

 

 次に使う理由を得てさらに自爆する。

 

 完全に春麗だった。

 

 本編春麗は、そっと息を吐いた。

 

「……少しだけ、分かるわ」

 

 一拍。

 

「本当に少しだけ」

 

 もう一拍。

 

「かなり分かるけれど、少しだけということにする」

 

 そう言って、封筒を閉じた。

 


 

 夜。

 

 本編春麗は、青い小箱の横に危険封筒を置いていた。

 

 本来なら、もっと奥にしまうべきだ。

 

 だが、今回は少しだけ近くに置いた。

 

 理由は分からない。

 

 たぶん、黒執着春麗の主人公補正被弾ログが、完全な危険物だけではなかったからだ。

 

 そこには、黒執着春麗が受け取ったものがある。

 

 髪留め。

 

 黒でも青でも今の春麗にも合うもの。

 

 未承認。

 

 検証中。

 

 でも、置き場所は決まったもの。

 

 本編春麗は、青い小箱を見た。

 

 届かれた青。

 

 見られた青。

 

 覚えられた青。

 

 聞かれた青。

 

 進まれた青。

 

 どれも、未承認や保留を含んでいる。

 

 それでも、置き場所だけはある。

 

 黒執着春麗の髪留めと、少し似ている気がした。

 

「……未承認でも、置き場所が先に決まることはある」

 

 春麗は、そう呟いた。

 

 言ってから、少しだけ顔が熱くなった。

 

 これは自分にも刺さる。

 

 好意。

 

 リュウへの感情。

 

 正式回答。

 

 春麗としての見られ方。

 

 まだ認めていないもの。

 

 でも、置き場所だけは少しずつできているもの。

 

 青い小箱。

 

 危険封筒。

 

 話題候補。

 

 そして、いつか開くかもしれない場所。

 

 本編春麗は、封筒を撫でた。

 

「……主人公補正って」

 

 一拍。

 

「こちらが認める前に、置き場所だけ作っていくのね」

 

 それが、今日の結論だった。

 

 かなり危険。

 

 でも、少しだけ納得した。

 


 

 眠る前。

 

 本編春麗は、危険封筒を引き出しに入れた。

 

 青い小箱のすぐ隣ではない。

 

 でも、奥でもない。

 

 少し離れた場所。

 

 黒執着春麗が髪留めを黒と青の間に置いたように。

 

 本編春麗も、その封筒を青い小箱と危険棚の間に置いた。

 

 分類名。

 

 黒執着春麗主人公補正初被弾ログ。

 

 副分類。

 

 受け取る側になる黒執着春麗。

 

 さらに、小さく追記。

 

 客観視による本編春麗の理解進行。

 

 春麗は、その追記を見て固まった。

 

「……理解進行」

 

 嫌な言葉だ。

 

 でも、そうだった。

 

 黒執着春麗を見て、主人公補正の構造を少し理解してしまった。

 

 甘いイベントは、ただ甘いだけではない。

 

 本人の現在地を見てくる。

 

 受け取る理由を作らせる。

 

 未承認のまま、置き場所だけ決めていく。

 

 本編春麗は、布団に入った。

 

 目を閉じる。

 

 最後に、黒執着春麗の言葉が残る。

 

 未承認なのに。

 

 置き場所だけは、決まってしまったわね。

 

 本編春麗は、小さく呟いた。

 

「……本当に、そういうところは分かるわ」

 

 一拍。

 

「未承認なのに」

 

 もう一拍。

 

「置き場所だけ、できてしまう」

 

 青い小箱。

 

 危険封筒。

 

 そして、正式回答前の自分。

 

 本編春麗は、布団の中で顔を赤くした。

 

「これは黒執着春麗のログ」

 

 一拍。

 

「私の話ではない」

 

 もう一拍。

 

「……たぶん」

 

 最後の一言で、結局自爆した。

 

 その夜、本編春麗は黒執着春麗に少しだけ同情した。

 

 そして、客観的に見た主人公補正の恐ろしさを、少しだけ理解した。

 

 主人公補正は、勝手に甘いイベントを発生させる。

 

 それだけではない。

 

 認める前に、受け取らせる。

 

 受け取った後に、理由を作らせる。

 

 そして最後に。

 

 未承認のまま、置き場所だけを決めさせる。

 

『追記候補:主人公補正は、未承認の置き場所を作る』

 

 どこかで記録板AIが保存した気がした。

 

 本編春麗は、目を開けた。

 

「保存しないで」

 

 やはり誰も答えなかった。

 


 

 記録板AIは、銀色の棚の前で表示を戻した。

 

『受信ログを終了します』

 

『本記録は、ディレクターズカットIF派生受信ログです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『黒執着春麗の主人公補正初被弾ログを、本編春麗が危険封筒越しに客観視した記録です』

 

 一拍。

 

『発生内容』

 

『本編春麗は、黒執着春麗がリュウから髪留めを受け取るログを確認しました』

 

『当該髪留めは、黒にも青にも今の春麗にも合うと評価されています』

 

『黒執着春麗は、未承認、検証中、戦闘用具として分類しました』

 

『ただし、置き場所は黒と青の間に決定済みです』

 

 一拍。

 

『本編春麗側の被弾内容』

 

『黒執着春麗が受け取る側になると弱いことへの理解』

 

『主人公補正の構造理解』

 

『受領理由生成型イベントという分類発生』

 

『未承認でも置き場所だけが先に決まることへの自己被弾』

 

 一拍。

 

『分類』

 

『電波受信/黒執着春麗主人公補正初被弾ログ』

 

『髪留め受領』

 

『黒・青・今の春麗への適合判定』

 

『主人公補正耐性なし』

 

『受け取る側になる黒執着春麗』

 

『客観視による本編春麗の理解進行』

 

『危険封筒保存』

 

『青い小箱への直接混入不可』

 

『中間領域への保留推奨』

 

 一拍。

 

 最後に、記録板AIは淡々と締めた。

 

『なお、本編春麗の「保存しないで」という発言については、いつも通り保存しました』

 

『以上、ディレクターズカットIF派生・本編春麗による黒執着春麗主人公補正初被弾ログ客観視でした』

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回は、ディレクターズカットIF派生としての「本編春麗による黒執着春麗主人公補正初被弾ログ客観視」回でした。

まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。

あくまで、ディレクターズカットIF内で発生した黒執着春麗の主人公補正初被弾ログを、本編春麗が危険封筒越しに受信してしまった、という派生回です。

黒執着春麗は、これまで基本的には危険ログを発生させる側でした。

黒戦術。
発勁事故。
介抱ログ。
勝利セリフ。
リュウの視線ごと勝った黒ドレス勝利。
黒でも青でも勝てる危険な春麗。

本編春麗からすると、黒執着春麗はかなり迷惑で、かなり危険な存在です。

しかし今回、その黒執着春麗が「受け取る側」になります。

ここが一番のポイントです。

黒執着春麗は、今回は何も仕掛けていません。
黒ドレスでもない。
青でもない。
試合もしていない。
煽ってもいない。
リュウの視線を奪おうともしていない。

そんな状態で、リュウの方からやって来る。

そして、髪留めを渡されます。

この髪留めが、かなり危険です。

甘いものではありません。
花でもありません。
分かりやすい贈り物でもありません。

髪留めです。

黒執着春麗にとっては、これは直撃です。

彼女は黒戦術で、髪の流れ、見られ方、踏み込み、視線誘導まで使っていました。
その戦闘中の髪を、リュウが見ていた。
しかも、ただ見ていただけではなく、動きには合っていたけれど、最後の踏み込みで視界にかかって危ないと判断していた。

だから髪留めを渡す。

この時点で、甘さと実用性が一体化しています。

ただ甘いだけなら拒否できます。
ただの戦闘用具なら検証できます。
でも今回の髪留めは、その両方です。

リュウが見ていた。
リュウが選んだ。
リュウの中に、春麗が使う姿が浮かんだ。
戦闘にも使える。
黒にも合う。
青にも合う。
今の春麗にも合う。

これは黒執着春麗にとって逃げ場がありません。

だから彼女は必死に分類します。

未承認。
検証中。
戦闘用具。
黒戦術への干渉確認。
青でも使えるか確認。
日常使用は未定。
贈り物としては未承認。

かなり言い訳しています。

ただ、受け取っています。

ここが今回の大事なところです。

本編春麗は、それを客観視します。

最初は、少し面白がっています。
黒執着春麗が警戒している。
危険ログを振りまく側だった春麗が、今度は主人公補正を食らう側になっている。

その構図だけ見ると、少し笑えます。

しかし、途中から本編春麗は笑えなくなります。

なぜなら、分かってしまうからです。

主人公補正は、防ぎにくい。

こちらが仕掛けていない時に来る。
偶然のような顔をして来る。
見ていたことを示してくる。
今の本人に合うものを渡してくる。
受け取る理由を、こちらに作らせる。

これは本編春麗自身も食らってきたものです。

甘いものを受け取った時。
聞かせてくれと言われた時。
会いに来る理由を持たされた時。
正式回答とは別、と言いながら受け取ってしまった時。

本編春麗も、同じ構造の中にいました。

だから、黒執着春麗が髪留めを受け取るために言い訳を重ねる姿を見て、ものすごく分かってしまいます。

本編春麗なら、正式回答とは別と言う。
自覚前春麗なら、資料としてと言う。
黒執着春麗なら、戦闘用具として検証と言う。

言い訳の形は違います。
でも、やっていることは近い。

受け取るための理由を作っている。

そこに気づく回でもあります。

今回のもう一つの重要点は、「未承認なのに、置き場所だけは決まってしまう」です。

黒執着春麗は、髪留めを贈り物としては未承認にしています。
検証中です。
戦闘用具です。
日常使用も未定です。

でも、最終的にその髪留めは、黒と青の間に置かれます。

黒専用ではない。
青専用でもない。
危険封筒にしまうだけでもない。
日常の小物入れでもない。

黒にも青にも今の春麗にも合うものだから、黒と青の間に置かれる。

未承認なのに、置き場所だけは決まってしまう。

これは本編春麗にも刺さります。

本編春麗にも、まだ認めていないものがあります。

リュウへの感情。
正式回答。
春麗としての見られ方。
青い小箱の中にある話題候補。
危険封筒にしまったけれど、完全には奥へやれないもの。

まだ承認していない。
でも、置き場所だけは少しずつできている。

だから本編春麗は、黒執着春麗を見て、少しだけ理解してしまいます。

黒執着春麗が髪留めを受け取ったこと。
黒にも青にも今の春麗にも合うものを貰ったこと。
その置き場所が決まったこと。

それを見て、少しだけ同情し、少しだけ親近感を持ち、少しだけ分かってしまった。

ここまでです。

黒執着春麗が、リュウから物理的な贈り物を受け取ったこと。
それがただの甘いものではなく、戦闘にも日常にも使える髪留めだったこと。
黒にも青にも今の春麗にも合うと評価されたこと。
そして、その置き場所が決まってしまったこと。

これは、本編春麗にとってかなり大きいです。

今回の分類は、

電波受信/黒執着春麗主人公補正初被弾ログ。
髪留め受領。
黒・青・今の春麗への適合判定。
主人公補正耐性なし。
受け取る側になる黒執着春麗。
客観視による本編春麗の理解進行。
危険封筒保存。
青い小箱への直接混入不可。
中間領域への保留推奨。

になります。

今回の話は、黒執着春麗の甘イベント回であると同時に、本編春麗の理解進行回でもあります。

黒執着春麗は危険。
でも、受け取る側になると弱い。
未承認と言い張る。
検証と言い訳する。
でも、受け取る。
そして、置き場所だけは決めてしまう。

それを見た本編春麗は、思います。

危険なのに、同じ春麗なのよね。

この感覚が、今回の一番大事な感情です。

黒執着春麗をただの危険物として見るのではなく、同じ春麗として少し理解してしまう。

ただし、青い小箱には入れません。
本編へ直接混ぜるものでもありません。
危険封筒です。

でも、完全に奥へしまうこともできない。

だから、青い小箱と危険棚の間に置く。

この中間の置き場所が、今回の結論です。

未承認なのに、置き場所だけできてしまう。

主人公補正は、甘いイベントを発生させるだけではありません。

認める前に受け取らせる。
受け取った後に理由を作らせる。
そして最後に、未承認のまま置き場所だけを決めさせる。

今回のディレクターズカットIFは、その構造を本編春麗が客観視してしまう回でした。
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