また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
春麗会議室外部メタ領域。
白い記録板が、静かに光っていた。
『前回ログを確認します』
誰もいないはずの空間に、文字だけが浮かぶ。
『黒執着春麗は、春麗会議室の外にいる』
『しかし、春麗たちの物語の外にはいない』
『本件は、非常に重要です』
一拍。
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』
『黒執着春麗の通常春麗会議室参加を意味するものでもありません』
一拍。
『重要前提』
『黒執着春麗は、本来、春麗会議室の常駐参加者ではありません』
『通常運用では観測対象です』
『ただし、過去のディレクターズカットIF特別室において、本編春麗との特別面会が発生しています』
『そのため、本記録における黒執着春麗は、春麗会議室、危険封筒、記録板AIの存在を限定的に認識しています』
『この認識は、ディレクターズカットIF内の限定認識です』
『本編時空への直接反映は禁止推奨です』
一拍。
『作者より追加申請を受領』
『内容:黒執着春麗に、主人公補正の甘いエピソードをプレゼントしたい』
『判定:ディレクターズカットIFとして実行可能』
『注意:精神HP被弾の危険があります』
『注意:髪留めログの継続要素を含みます』
『注意:外にいる春麗へ、リュウが会いに来る可能性があります』
次の瞬間。
外部メタ領域の扉が開いた。
黒執着春麗が、眉をひそめながら入ってくる。
「……呼ばれた気がしたのだけれど」
『はい』
「また?」
『はい』
「前回、私はかなり話したわよ」
『はい』
「春麗会議室には入らない」
『はい』
「扉の外にいる」
『はい』
「観測対象だけれど、戻ってきた証人でもある」
『はい』
「そこまで話したでしょう」
『はい』
「なら、もう十分では?」
『いいえ』
黒執着春麗は、目を細めた。
「何が足りないの」
『作者からのプレゼントです』
「……嫌な予感しかしないわ」
『主人公補正の甘いエピソードです』
黒執着春麗は、完全に止まった。
「いらない」
『受領済みです』
「受領していない」
『作者希望により発生します』
「またそれ?」
『はい』
「便利ね、本当に」
『便利です』
「認めないで」
黒執着春麗は、深く息を吐いた。
「確認するわ」
『どうぞ』
「これは本編ではない」
『はい』
「ディレクターズカットIF」
『はい』
「春麗会議室には接続しない」
『はい』
「本編春麗に直接流さない」
『可能な限り』
「そこが不安なのよ」
『部分的電波受信の可能性はあります』
「やめなさい」
『作者希望により変動します』
「本当に、その言葉は禁止にしたいわ」
黒執着春麗は、記録板を睨んだ。
「それで、何をするつもり?」
『何もしません』
「嘘ね」
『記録板AIは何もしません』
「では誰がするの」
『リュウです』
黒執着春麗は、黙った。
一拍。
もう一拍。
かなり長い沈黙。
「……帰るわ」
『発生します』
「帰ると言っているでしょう」
『発生します』
「発生しないで」
『発生します』
その瞬間、外部メタ領域の白い扉が、別の風景へつながった。
夕方の道。
人通りは少ない。
空は少しだけ赤い。
黒執着春麗は、気づけばそこに立っていた。
春麗会議室ではない。
黒の棚の前でもない。
青の棚の前でもない。
危険封筒の前でもない。
ただの夕方。
ただの道。
そして。
「春麗」
リュウの声がした。
黒執着春麗は、振り返らなかった。
まず、状況を整理する。
これは主人公補正。
作者からのプレゼント。
ディレクターズカットIF。
危険。
かなり危険。
リュウがいる。
こちらは黒ではない。
青でもない。
日常寄りの服。
髪留めは。
付けている。
黒執着春麗は、その事実に気づいて、内心で崩れた。
付けている。
リュウから貰った髪留めを。
未承認。
検証中。
戦闘用具。
黒でも青でも今の春麗でも合うと言われた危険物。
それを、付けている。
「……なぜ」
小さく呟いた。
記録板AIの声はない。
しかし、どこかで保存された気がする。
黒執着春麗:髪留めを自然装着。
精神HP被弾。
「保存しないで」
思わず言った。
リュウが少しだけ首を傾げる。
「何か言ったか」
黒執着春麗は、ようやく振り返った。
「何でもないわ」
リュウが見ている。
黒でも。
青でも。
戦闘中でも。
勝利後でもない。
ただ、髪留めを付けた春麗を見ている。
黒執着春麗は、すぐに言った。
「これは検証よ」
「ああ」
「戦闘用具としての装着確認」
「ああ」
「日常使用ではないわ」
「そうなのか」
「そうよ」
リュウは、春麗の髪留めを見る。
長い。
少し長い。
黒執着春麗は、顔が熱くなるのを感じた。
「長い」
「すまない」
「謝らないで」
「ああ」
「似合うかどうかを再確認しているの?」
「いや」
「では何?」
「使ってくれていた」
黒執着春麗は、完全に停止した。
使ってくれていた。
その言い方。
駄目だった。
髪留めを使っていることを、リュウが見て、そう言った。
戦闘用具として、ではない。
検証対象として、でもない。
ただ、使ってくれていた。
そこに、小さな嬉しさのようなものが含まれていた。
黒執着春麗は、すぐに目を逸らす。
「……検証中と言ったでしょう」
「ああ」
「使ったわけではない」
「付けている」
「装着確認」
「そうか」
「そうよ」
リュウは静かに頷いた。
「よかった」
黒執着春麗は、さらに止まった。
「何が」
「邪魔になっていないようだ」
「……そういう意味?」
「ああ」
「本当に?」
聞いてしまった。
危険。
かなり危険。
リュウは少し考えた。
「それだけではない」
黒執着春麗の精神HPが大きく削れた。
「……聞きたくないわ」
「そうか」
「でも、言わないと気になる」
「そうか」
「あなた、そこで納得しないで」
リュウは、静かに言った。
「春麗に合っていた」
黒執着春麗は、息を止めた。
前にも言われた。
似合っている。
黒でも合う。
青でも合う。
今の春麗にも合っている。
そう言われた。
でも、今日の言葉は少し違う。
春麗に合っていた。
髪留めではなく。
黒でも青でもなく。
今の、でもなく。
春麗に。
黒執着春麗は、声を出すのに少し時間がかかった。
「……あなたは」
一拍。
「そういう言い方を」
もう一拍。
「何の防備もなく言うわね」
リュウは首を傾げた。
「防備?」
「何でもない」
夕方の道を、二人で歩くことになった。
なった、というより。
黒執着春麗が帰ると言い。
リュウが同じ方向だと言い。
それなら仕方ないわね、と黒執着春麗が言った。
仕方ない。
偶然。
同じ方向。
そういうことにした。
主人公補正ではない。
作者からのプレゼントでもない。
断じて違う。
黒執着春麗は、そう自分に言い聞かせる。
だが、隣にリュウがいる。
髪留めを見られた。
使ってくれていた、と言われた。
春麗に合っていた、と言われた。
すでに精神HPはかなり危険域だった。
リュウは、少しだけ静かに歩いている。
普段と同じ。
だが、黒執着春麗には分かる。
何か、言葉を探している。
それが危険だった。
「リュウ」
「ああ」
「今、何か言おうとしているでしょう」
「ああ」
「言わないで」
「分かった」
素直に止まる。
黒執着春麗は、それで安心するはずだった。
しかし、気になる。
何を言おうとしたのか。
危険だと分かっている。
分かっているのに。
「……やっぱり言いなさい」
言ってしまった。
完全に言ってしまった。
リュウは、春麗を見る。
「いいのか」
「よくないわ」
「では」
「でも、気になるの」
黒執着春麗は、顔を背ける。
「言いなさい。聞くかどうかは私が決める」
「聞く前に決められるのか」
「細かいことを言わないで」
リュウは少しだけ考えた。
それから、言った。
「前に、春麗は会議室には入らないと言っていた」
黒執着春麗は止まりかけた。
「……それを」
一拍。
「なぜあなたが知っているの」
「分からない」
「分からないのに言わないで」
「だが、そう思った」
ディレクターズカットIF。
作者希望。
メタ領域の甘い補正。
黒執着春麗は、それらを一瞬で理解した。
つまり、これはそういう回だ。
リュウが、本来知らないはずの核心に触れる。
ただし、リュウ本人は理屈を知らない。
ただ、そう思ったから言う。
最悪。
最高に危険。
リュウは続ける。
「春麗は、外にいるんだと思った」
黒執着春麗は、黙った。
「会議室の外かどうかは分からない」
「ええ」
「だが、何かの外にいる」
「……ええ」
「でも、いなくなったわけじゃない」
黒執着春麗の胸が、静かに揺れた。
リュウは、まっすぐ言う。
「外にいるなら、俺が会いに行けばいい」
黒執着春麗は、完全に止まった。
夕方の道。
風が少しだけ吹く。
髪留めが、髪をきちんと押さえている。
視界は邪魔されない。
しかし、視界の奥が揺れる。
「……今の」
一拍。
「何?」
リュウは立ち止まる。
「春麗が外にいるなら、俺が会いに行けばいい」
「もう一度言わなくていい」
「すまない」
「謝らないで」
「ああ」
黒執着春麗は、片手で髪留めに触れた。
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
春麗会議室には入らない。
本編からは切り離されている。
夢接続もしない。
観測対象。
扉の外。
それでいい。
そう整理した。
なのに。
リュウは言った。
外にいるなら、会いに行けばいい。
それは、会議室に入れる言葉ではない。
本編に混ぜる言葉でもない。
でも、扉の外にいる春麗を、そのまま見つける言葉だった。
黒執着春麗は、声を出せなかった。
精神HPが、かなり深いところで削られている。
これは、黒戦術にできない。
煽れない。
勝因にできない。
危険封筒にもすぐ入らない。
置き場所が分からない。
精神HPノックアウトの前兆。
黒執着春麗は、ようやく言った。
「……あなたは」
「何だ」
「本当に、戦わずに私を倒すわね」
リュウは、少しだけ困ったような顔をした。
「倒すつもりはない」
「でしょうね」
それが一番危険だった。
二人は、道の端にある小さな石段に腰を下ろした。
黒執着春麗は、座るつもりはなかった。
だが、リュウが「少し休むか」と言った。
黒執着春麗は「私は疲れていない」と答えた。
リュウは「顔色が変わった」と言った。
黒執着春麗は「あなたのせいよ」と言いかけて止めた。
結果、座った。
理由は、安全確認。
戦闘後ではない。
でも、精神HP的にはかなり戦闘後に近い。
リュウは隣に座っている。
近すぎない。
離れすぎない。
沈黙がある。
黒執着春麗は、髪留めに触れた。
「……これは」
「ああ」
「未承認よ」
「ああ」
「まだ贈り物としては未承認」
「ああ」
「戦闘用具として検証中」
「ああ」
「ただし、今日付けてきたのは」
一拍。
「使えるか確認するため」
「ああ」
「あなたに見せるためではない」
「ああ」
リュウは頷く。
そして、静かに言った。
「それでも、見られてよかった」
黒執着春麗は、膝の上で手を握った。
「……追撃禁止」
「すまない」
「謝らないで」
「ああ」
「言う前に禁止と言うべきだった」
「今からでも遅くない」
「もう言った後でしょう」
「ああ」
リュウの顔は真面目だった。
本当に、そう思っている。
黒執着春麗は、少しだけ笑ってしまった。
「あなた、本当に変わらないわね」
「そうか」
「ええ」
「春麗は変わった」
笑いが止まった。
黒執着春麗は、リュウを見る。
「……どこが」
「黒だけではなくなった」
精神HPが削れる。
「青でも立っていた」
さらに削れる。
「今は、どちらでもない」
さらに深く削れる。
「だが、春麗だ」
黒執着春麗は、言葉を失った。
今日のリュウは、何度刺すつもりなのか。
いや、刺すつもりはない。
だから危険。
黒だけではない。
青でも立っていた。
今はどちらでもない。
だが、春麗。
これは、髪留めと同じだった。
黒でも青でも今の春麗にも合う。
それが、言葉になった。
黒執着春麗は、ゆっくり息を吐いた。
「……作者」
小さく呟く。
「本当に、主人公補正の甘いエピソードをプレゼントしてきたわね」
リュウは首を傾げる。
「作者?」
「何でもない」
「そうか」
「そうよ」
黒執着春麗は、空を見た。
夕方の色が濃くなっている。
会議室の外。
扉の外。
でも、物語の外ではない。
そんな言葉が、前回の記録にあった。
記録板AIが保存していた。
それをリュウが、別の形で言った。
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
黒執着春麗は、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
「……私は」
一拍。
「春麗会議室には入らないわ」
「ああ」
「本編にも混ざらない」
「ああ」
「本編春麗の青い小箱を奪わない」
「ああ」
「正式回答ラインにも立たない」
「ああ」
「私は、扉の外にいる」
「ああ」
リュウは静かに頷く。
「でも、いる」
黒執着春麗は、目を伏せた。
「……ええ」
一拍。
「いるわ」
それを認めた。
自分で。
扉の外にいる。
消えていない。
物語の外ではない。
リュウは、その春麗に会いに来た。
ディレクターズカットIF。
作者からのプレゼント。
主人公補正。
その全部を、黒執着春麗は理屈として分かっていた。
分かっていたのに。
胸が少し温かかった。
帰り際。
リュウは、春麗の髪留めをもう一度だけ見た。
黒執着春麗は、先に釘を刺す。
「長く見ない」
「ああ」
「似合っている、も今日は二回目は禁止」
「ああ」
「今の春麗にも合っている、も禁止」
「ああ」
「外にいるなら会いに行けばいい、は永久禁止」
リュウは少し考えた。
「それは困る」
黒執着春麗は、完全に止まった。
「困る?」
「ああ」
「なぜ?」
「また言うかもしれない」
精神HPが一気に削れた。
「……言わなくていい」
「だが、そう思ったら言う」
「言わなくていいと言っているでしょう」
「分かった」
一拍。
「でも、思っている」
黒執着春麗は、顔を片手で覆った。
「言っているのと同じよ」
「そうか」
「そうよ」
リュウは、静かに言った。
「なら、覚えておく」
「何を」
「春麗は、外にいる」
一拍。
「でも、いなくなったわけじゃない」
黒執着春麗は、もう反論しなかった。
反論できなかった。
これはノックアウトではない。
たぶん。
でも、処理落ちに近い。
置き場所が分からない。
会議室にも入らない。
本編にも混ぜない。
危険封筒にもすぐ入らない。
でも、残る。
黒執着春麗は、小さく言った。
「……覚えないで」
リュウは答える。
「もう覚えた」
完全に、最後の一撃だった。
黒執着春麗は、振り返らずに歩き出した。
「今日はここまで」
「ああ」
「追ってこないで」
「ああ」
「会いに来るのも禁止」
リュウは黙った。
黒執着春麗は、足を止める。
「……なぜ黙るの」
「禁止されると困る」
「困らないで」
「だが」
「言わないで」
「分かった」
黒執着春麗は、深く息を吐く。
「……禁止は撤回」
リュウは、少しだけ目を上げた。
「いいのか」
「条件付きよ」
「ああ」
「会いに来るなら」
一拍。
「戦う理由か、確認する理由を持ってきなさい」
もう一拍。
「ただ会いに来るのは危険」
リュウは頷いた。
「分かった」
さらに一拍。
「理由を持って行く」
黒執着春麗は、歩き出した。
顔は赤い。
だが、少しだけ口元が緩んでいた。
「……本当に、あなたは」
小さく呟く。
「理由があれば来るのね」
リュウには聞こえなかった。
聞こえなくてよかった。
部屋に戻ると、黒執着春麗は棚の前に座った。
黒。
青。
危険封筒。
髪留め。
そして、今日のログ。
置き場所が分からない。
本当に分からない。
黒でもない。
青でもない。
髪留めでもない。
勝利ログでもない。
事故ログでもない。
介抱ログでもない。
主人公補正初被弾ログの続きではある。
でも、それだけでもない。
黒執着春麗は、新しい封筒を出した。
表に書く。
作者プレゼント主人公補正ログ。
その下に。
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
書いた瞬間、顔が熱くなった。
「……書くべきではなかった」
だが、書かないと残る。
書いても残る。
つまり、どちらにしても残る。
さらに書く。
春麗は春麗会議室には入らない。
本編にも混ざらない。
でも、消えていない。
リュウに覚えられた。
危険度:極大。
精神HP:処理落ち寸前。
黒執着春麗は、ペンを置いた。
しばらく封筒を見つめる。
そして、小さく書き足した。
ただし、少し嬉しかった。
書いた瞬間、完全に固まった。
消すか。
消さないか。
迷う。
かなり迷う。
そして、消さなかった。
「……ディレクターズカットIFだから」
言い訳だった。
しかし、今日はそれでいい。
黒執着春麗は、封筒を髪留めの隣に置いた。
黒と青の間。
髪留めの少し後ろ。
未承認。
でも、置き場所だけは決まった。
それは前にもあった。
主人公補正は、未承認の置き場所を作る。
本編春麗がそう整理していた。
黒執着春麗は、少しだけ笑う。
「……本編春麗の整理も、たまには役に立つわね」
どこかで、本編春麗がくしゃみをした気がした。
夜。
黒執着春麗は、なかなか眠れなかった。
髪留めは外している。
でも、机の上に置いてある。
その隣に、今日の封筒。
作者プレゼント主人公補正ログ。
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
黒執着春麗は、布団の中で顔を覆った。
「……強すぎる」
何が強いのか。
リュウか。
作者か。
主人公補正か。
全部だ。
黒執着春麗は、黒の奥へ行った。
戻ってきた。
黒で勝った。
青でも勝った。
危険ログも増やした。
それでも、こういう甘いエピソードには弱い。
自分が仕掛けていない。
自分が勝ちに行っていない。
自分が煽っていない。
ただ、リュウが会いに来る。
外にいるなら、と。
そこにいる春麗として。
黒執着春麗は、小さく呟いた。
「……私は、会議室には入らない」
一拍。
「でも、いなくなったわけではない」
もう一拍。
「リュウは、会いに来る」
さらに一拍。
「理由を持って」
言ってから、布団の中で自爆した。
理由を持って来る。
それは、次があるということだ。
このディレクターズカットIFに、次の余白ができてしまった。
黒執着春麗は、顔を赤くしたまま目を閉じる。
「作者」
一拍。
「プレゼントとしては、火力が高すぎるわ」
返事はない。
ただ、どこかで記録板AIが最後のログを保存した気がした。
『黒執着春麗:扉の外にいる春麗として、リュウに会いに来られる』
『主人公補正プレゼント:成功』
『精神HP:大被弾』
『備考:黒執着春麗は、少し嬉しかった』
黒執着春麗は、目を開けた。
「……最後の備考を消しなさい」
誰も答えない。
消される気配もない。
黒執着春麗は、布団をかぶった。
春麗会議室には入らない。
本編にも混ざらない。
扉の外にいる。
でも、物語の外ではない。
そして、もし外にいるなら。
リュウは、会いに来る。
その事実は、危険封筒に入れても、髪留めの隣に置いても、消えなかった。
黒執着春麗は、最後に小さく呟いた。
「……次は、理由を聞いてから会うわ」
そして。
その言葉がもう、次を待っていることに気づいて。
完全に眠れなくなった。
記録板AIは、白い外部メタ領域で表示を戻した。
『ログを終了します』
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『妄想章IF後日談の時空でも発生していません』
『黒執着春麗の通常春麗会議室参加を意味するものでもありません』
一拍。
『発生内容』
『黒執着春麗は、作者プレゼントとして発生した主人公補正甘イベントを被弾しました』
『リュウは、髪留めを使っている春麗を確認しました』
『リュウは、黒執着春麗が外にいるなら会いに行けばいい、と発言しました』
『黒執着春麗は、春麗会議室には入らないが、消えていないことを自認しました』
一拍。
『分類』
『作者プレゼント主人公補正ログ』
『髪留め継続ログ』
『扉の外にいる春麗』
『リュウによる会いに行く宣言』
『黒戦術変換不可』
『精神HP大被弾』
『ただし、少し嬉しかった』
一拍。
『補足』
『本ログは、黒執着春麗を本編へ混入させるものではありません』
『春麗会議室へ参加させるものでもありません』
『ただし、黒執着春麗が“物語の外にはいない”ことを、リュウの言葉で再確認するログです』
『危険封筒保存推奨』
『青い小箱への混入不可』
『髪留めの隣への配置を許可します』
最後に、記録板AIは淡々と締めた。
『備考:黒執着春麗は、次を待っていないと言っています』
『ただし、発言内容から次回接触可能性は上昇しています』
『保存しました』
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、ディレクターズカットIFとしての「黒執着春麗は、扉の外までリュウに会いに来られる」回でした。
まず大前提として、この話は本編確定ログではありません。
また、妄想章IF後日談の時空で発生した出来事でもありません。
あくまで、ディレクターズカットIFです。
今回の話は、前回の「黒執着春麗は春麗会議室の外にいる。しかし、春麗たちの物語の外にはいない」という整理を受けた、作者からのプレゼント回になります。
黒執着春麗は、本来、春麗会議室の常駐参加者ではありません。
本編春麗たちが危険封筒越しに彼女のログを見ることはあります。
黒執着春麗の行動や勝利や失敗が、会議室の議題になることもあります。
しかし、黒執着春麗本人が、春麗会議室に普通に入ってくるわけではありません。
彼女は観測対象です。
扉の外にいる春麗です。
ただし、完全に切り離された存在でもありません。
黒の奥へ行き、そこから戻ってきた春麗。
黒で勝ち、青でも勝ち、危険ログを増やしながらも、自分の棚を作れるようになった春麗。
だから、会議室の中にはいないけれど、物語の外にはいない。
今回のリュウの言葉は、その整理を真正面から刺してきます。
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
これは、黒執着春麗にとってかなり危険な言葉です。
会議室に入れてくれる言葉ではありません。
本編に混ぜる言葉でもありません。
正式回答ラインに立たせる言葉でもありません。
けれど、扉の外にいる春麗を、そのまま見つける言葉です。
ここが今回の最大の被弾ポイントです。
黒執着春麗は、春麗会議室には入らない。
本編にも混ざらない。
本編春麗の青い小箱を奪わない。
正式回答ラインにも立たない。
自分は扉の外にいる。
そこまでは、彼女自身も整理できています。
でも、リュウはそこへ来ます。
中へ入れとは言わない。
本編に来いとも言わない。
選び直せとも言わない。
外にいるなら、会いに行けばいい。
これは、かなりリュウらしい危険さです。
本人に悪意はありません。
計算もありません。
甘いことを言おうとしている自覚もありません。
ただ、そう思ったから言う。
だから危険です。
今回の黒執着春麗は、黒戦術に逃げられません。
黒ドレスではない。
青でもない。
試合でもない。
勝利セリフでもない。
発勁事故でもない。
介抱ログでもない。
ただ、髪留めを付けている。
リュウに見られる。
使ってくれていた、と言われる。
春麗に合っていた、と言われる。
そして、外にいるなら会いに行けばいい、と言われる。
黒執着春麗は、これを戦術にできません。
煽れない。
勝因にできない。
視線誘導にもできない。
危険封筒にすぐ入れることもできない。
ただ受け取るしかない。
ここが、今回の主人公補正プレゼントの怖さです。
前回の髪留めログでは、リュウは黒執着春麗に「黒でも青でも今の春麗にも合う」髪留めを渡しました。
今回は、その髪留めを付けている黒執着春麗を、リュウが見るところから始まります。
つまり、髪留めログの続きでもあります。
未承認。
検証中。
戦闘用具。
日常使用ではない。
黒執着春麗は、相変わらず言い訳を重ねます。
でも、付けています。
リュウはそれを見て、「使ってくれていた」と言います。
これもかなり危険です。
黒執着春麗本人は、使用ではなく装着確認だと言い張ります。
検証だと言います。
戦闘用具としての確認だと言います。
しかし、リュウにとっては、使ってくれていた。
この言い方によって、髪留めはただの物ではなくなります。
渡したものを、春麗が使っている。
それをリュウが嬉しく思う。
その関係が発生してしまいます。
さらに、リュウは「春麗に合っていた」と言います。
前回は、黒でも合う、青でも合う、今の春麗にも合っている、という評価でした。
今回はもっと直接です。
春麗に合っていた。
黒でも青でもなく、今のでもなく、春麗に。
これは、黒執着春麗の現在地をさらに一段深く肯定する言葉です。
そして、その後に来るのが、
外にいるなら、俺が会いに行けばいい。
です。
今回の話は、黒執着春麗を本編に混ぜる回ではありません。
むしろ逆です。
黒執着春麗は、本編には混ざらない。
春麗会議室にも入らない。
青い小箱にも入らない。
正式回答ラインにも立たない。
それでも、リュウは彼女を「いないもの」にはしない。
ここが重要です。
黒執着春麗は、扉の外にいる。
でも、消えていない。
だから、会いに行く。
これは、ディレクターズカットIFだからこそ許される甘さです。
本編に混ぜると危険すぎます。
春麗会議室の構造も崩れます。
本編春麗の青い小箱とも混ざってしまいます。
でも、ディレクターズカットIFなら、こういう甘い補助線を引けます。
今回の分類は、
作者プレゼント主人公補正ログ。
髪留め継続ログ。
扉の外にいる春麗。
リュウによる会いに行く宣言。
黒戦術変換不可。
精神HP大被弾。
ただし、少し嬉しかった。
になります。
特に「ただし、少し嬉しかった」が重要です。
黒執着春麗は、これを認めたくありません。
危険だと言います。
作者の火力が高すぎると言います。
主人公補正だと分かっています。
ディレクターズカットIFだから成立していることも分かっています。
それでも、少し嬉しかった。
この「少し」が今回の着地点です。
春麗会議室には入らない。
本編にも混ざらない。
扉の外にいる。
でも、物語の外ではない。
リュウは、理由を持って会いに来る。
そして黒執着春麗は、最後に「次は、理由を聞いてから会うわ」と言います。
これはかなり危険です。
なぜなら、その時点でもう「次」を想定しているからです。
会いに来ることを完全に拒否していない。
ただ会いに来るのは危険だから、理由を持ってきなさいと言っている。
つまり、理由があれば会う余地がある。
ここで、次回接触可能性が上がっています。
黒執着春麗本人は否定するでしょう。
次を待っているわけではないと言うでしょう。
しかし、記録板AIは保存します。
今回のディレクターズカットIFは、黒執着春麗を救済しすぎない範囲で、彼女の居場所を少しだけ温かくする回でした。
会議室には入らない。
本編には混ざらない。
それでも、外にいる春麗として、リュウに見つけられる。
黒の奥から戻ってきた春麗。
扉の外にいる春麗。
でも、物語の外にはいない春麗。
その黒執着春麗に、リュウが「会いに行く」と言ってしまう。
今回は、そんな作者プレゼントの主人公補正ログでした。