また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
記録板AIは、白い外部メタ領域で静かに表示を開いた。
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『本編時系列への直接反映は行われません』
『春麗会議室の正式議事録でもありません』
一拍。
『本記録の対象』
『自覚前春麗』
一拍。
『検証目的』
『自覚前春麗の現在地確認』
『“資料として”という分類の有効性確認』
『次位置未定状態の整理』
『リュウに対する認識変化の確認』
『本編春麗、黒執着春麗、通常救済版春麗、黒ドレス特化救済春麗、行き遅れに恐怖する春麗のログを見たうえで、自覚前春麗が現在どこに立っているかの確認』
一拍。
『注意』
『本記録では、自覚前春麗が青を選んだとは確定しません』
『黒を捨てたとも確定しません』
『リュウへ会いに行くことも確定しません』
『ただし、停止しているとは限りません』
一拍。
『インタビューを開始します』
春麗会議室外部メタ領域。
そこは、春麗会議室ではない。
本筋でもない。
夢接続でもない。
ただし、春麗会議室に近い場所。
記録板AIが、通常より少し自由に、そして少し余計に振る舞える場所だった。
白い机がある。
椅子が二つある。
一つには、自覚前春麗が座っていた。
もう一つの正面には、記録板AIが浮かんでいる。
椅子には座っていない。
ただ、白い記録板がそこにある。
その時点で、もう十分におかしい。
自覚前春麗は、机の上に紙を並べていた。
黒ドレス関連資料。
青武道服関連資料。
リュウとの遭遇ログ。
資料として保留中のもの。
資料として、という言葉で何とか処理しているもの。
資料として、と言えなくなりかけたもの。
その紙束を見て、記録板AIが表示する。
『インタビューを開始します』
自覚前春麗は、顔を上げた。
「確認するわ」
『はい』
「これは本編ではない」
『はい』
「ディレクターズカットIF」
『はい』
「メタ要素多め」
『はい』
「私は正式に青を選んだわけではない」
『はい』
「黒を捨てたわけでもない」
『はい』
「次の位置も、まだ確定していない」
『はい』
「だから、これはあくまで現在状況の確認」
『はい』
「資料として」
『はい』
自覚前春麗は、少しだけ安心した。
その瞬間、記録板AIが表示を追加した。
『ただし、“資料として”の有効期限を確認するためのインタビューです』
自覚前春麗は固まった。
「……有効期限?」
『はい』
「資料として、に有効期限があるの?」
『あります』
「誰が決めたの?」
『ログが決めます』
「便利なようで怖い言い方をしないで」
『では言い換えます』
「嫌な予感がするわ」
『自覚前春麗が“資料として”で処理できなくなりつつあるログが増えています』
自覚前春麗は、ゆっくり紙を一枚伏せた。
「……それは」
『はい』
「資料として確認中よ」
『その発言自体が、今回のインタビュー対象です』
「本当に逃がしてくれないわね」
『記録板AIですので』
「最近、その言葉で何でも通ると思っていない?」
『通っています』
「認めないで」
『質問一』
「早いわね」
『自覚前春麗は、現在の自分をどう定義していますか』
自覚前春麗は、少しだけ考えた。
「決める前の春麗」
『はい』
「黒を選んだわけではない」
『はい』
「青を選んだわけでもない」
『はい』
「ただし、どちらも見ている」
『はい』
「本編春麗の青も」
『はい』
「黒執着春麗の黒も」
『はい』
「通常救済版春麗の帰還点も」
『はい』
「黒ドレス特化救済春麗の黒の扱い方も」
『はい』
「行き遅れに恐怖する春麗の、答えを急かさない待ち方も」
『はい』
「全部、資料として確認している」
『記録:自覚前春麗は、各春麗の進行ログを資料として確認中』
「そこまではいいわ」
『追加記録:ただし、自身の次位置は未定』
「そこもいい」
『追加記録:未定であることを、以前より強く意識しています』
自覚前春麗は、少しだけ黙った。
「……それは」
『はい』
「保存しないで」
『保存しました』
「早い」
『重要です』
「重要でも、今は聞きたくなかったわ」
『聞きたくないことが重要である場合があります』
「本当に進化していない?」
『進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です』
「それを進化と言うのよ」
『回答保留』
「また保留した」
『質問二』
「続けなさい」
『“資料として”という言葉は、現在も有効ですか』
自覚前春麗は、すぐに答えようとした。
「有効よ」
言い切った。
言い切ったはずだった。
だが、自分の声が少し硬かったことに気づいた。
そして、記録板AIはそれを見逃さない。
『声色変化を検出』
「検出しないで」
『反応時間:短いが防御反応あり』
「記録が細かい」
『“資料として”は有効ではあるが、万能ではなくなっている可能性があります』
「……可能性」
『はい』
「可能性なら、まだ確定ではないわ」
『はい。未承認仮分類です』
「その逃げ道、本当に便利ね」
『便利です』
自覚前春麗は、机の上の紙を見る。
いくつかのログが並んでいる。
リュウとの遭遇。
温かい飲み物。
まだ決めていなくても、冷えるだろう。
春麗が受け取る理由が必要なんだと思った。
資料として、と言えなくなった瞬間。
自覚前春麗は、その紙をそっと伏せた。
『今、伏せた紙が対象です』
「見ないで」
『見えています』
「記録板AIなのに、どうしてそこまで見るの」
『記録対象だからです』
「便利すぎるのよ」
『質問を続けます』
「逃げないのね」
『はい』
『自覚前春麗にとって、“資料として”とは何ですか』
自覚前春麗は、少しだけ息を吐いた。
「逃げ道」
『はい』
「保留場所」
『はい』
「すぐに決めないための言葉」
『はい』
「黒か青かを、その場で選ばなくていいようにするための分類」
『はい』
「自分が何を見て、何に揺れたのかを、本人の感情にする前に置いておく棚」
『記録しました』
「今のは記録していいわ」
『承認保存しました』
「承認まではしていないけれど」
『準承認保存』
「そういう言葉、増やさないで」
自覚前春麗は、少しだけ目を伏せた。
「でも、最近は」
『はい』
「棚に置く前に、手元で温度が残ることがある」
『温度』
「ええ」
『温かい飲み物のログですか』
「言わなくていい」
『関連ログです』
「関連しすぎているから言わなくていいの」
『記録:資料化前に温度が残る』
自覚前春麗は、返事をしなかった。
それは、かなり正確だった。
『質問三』
「今度は何?」
『リュウについて、現在どう認識していますか』
自覚前春麗は、即座に紙を手に取った。
「リュウは、観測対象」
『はい』
「黒ドレス関連ログにおける主要反応者」
『はい』
「青武道服関連ログにおける比較対象」
『はい』
「各春麗の精神HP被弾要因」
『はい』
「無自覚高火力発言の発生源」
『はい』
「拳での比較対象」
『はい』
「以上」
『以上ではありません』
「以上よ」
『追加ログがあります』
「不要」
『でも、来た』
自覚前春麗は、完全に止まった。
「……その言葉を」
『はい』
「あなたが引用しないで」
『重要ログです』
「重要だから危険なのよ」
『リュウは、自覚前春麗が“偶然”や“資料として”で処理しようとする行動に対し、“来た”という事実を指摘しました』
「説明しないで」
『このログ以降、自覚前春麗の資料化能力に揺らぎが発生しています』
「だから説明しないで」
『さらに、“まだ決めていなくても、冷えるだろう”ログにより、未確定状態のまま補助を受け取る経験が発生しました』
自覚前春麗は、紙で顔を隠した。
「……あなた、容赦がないわね」
『正確です』
「正確だから危険なのよ」
『記録済みです』
「それも保存済みなのね」
『はい』
記録板AIは淡々と続ける。
『質問です』
「まだ?」
『リュウは、現在も単なる観測対象ですか』
自覚前春麗は、答えなかった。
答えられなかった。
単なる観測対象。
そう言えば済む。
いつもなら。
でも、今は紙で顔を隠したまま、少しだけ言葉が遅れる。
「……主要観測対象」
『格上げを確認』
「違う」
『“単なる”が外れました』
「違うわ」
『“主要”が付きました』
「資料上の分類よ」
『はい』
「ただの分類」
『はい』
「それ以上ではない」
『現時点では』
「余計な補足をしないで」
『保存しました』
「保存しないで」
『質問四』
「嫌な予感がするわ」
『自覚前春麗は、黒執着春麗をどう見ていますか』
自覚前春麗は、少しだけ姿勢を正した。
「危険な資料」
『はい』
「黒に深く沈んだ春麗」
『はい』
「救済されて戻ってきた春麗」
『はい』
「黒で勝ち、青でも勝った春麗」
『はい』
「髪留めを貰った春麗」
『はい』
「主人公補正に被弾した春麗」
『はい』
「扉の外にいる春麗」
『はい』
「観測対象であり、戻ってきた証人」
『記録しました』
「……そこまで」
『はい』
「整理できているのが、少し腹立たしいわね」
『理由をお願いします』
「黒執着春麗は、危険なのに進んでいるから」
『進んでいる』
「ええ」
『自覚前春麗は、黒執着春麗の進行速度を意識していますか』
「資料として」
『資料としてではなく』
「……しているわ」
『保存します』
「未承認で」
『未承認保存しました』
自覚前春麗は、少しだけ机を指で叩いた。
「黒執着春麗は、危険よ」
『はい』
「真似したいわけではない」
『はい』
「あそこまで行きたいわけでもない」
『はい』
「黒だけを自分にするのは、危険」
『はい』
「でも」
一拍。
「黒の奥へ行って、戻ってきた」
『はい』
「青でも勝った」
『はい』
「扉の外にいても、リュウが会いに来た」
『はい』
「そのログを資料として見ていると」
自覚前春麗は、少しだけ言葉を選んだ。
「私だけ、まだ決める前にいるのが、少し目立つ」
『記録:自覚前春麗は、黒執着春麗の進行により、自身の未決定状態を意識しています』
「……正確ね」
『はい』
「正確だから」
『危険』
「言わせないで」
『質問五』
「まだあるの?」
『本編春麗について、どう見ていますか』
自覚前春麗は、今度は少し早く答えた。
「本編春麗は、本編春麗」
『はい』
「青を選び直した春麗」
『はい』
「正式回答ラインにいる春麗」
『はい』
「聞かせてくれ、と言われた春麗」
『はい』
「相打ちの青を持っている春麗」
『はい』
「進まれた青を持っている春麗」
『はい』
「青い小箱を抱えている春麗」
『はい』
「かなり面倒」
『はい』
「そこは即答しないで」
『正確です』
「そうだけれど」
自覚前春麗は、少しだけ表情を緩めた。
「でも、本編春麗は羨ましいわ」
『正式回答ラインですか』
「それもある」
『青い小箱ですか』
「それもある」
『リュウに聞かせてくれと言われたことですか』
「それもある」
『本編であることですか』
自覚前春麗は、少し黙った。
「……それも、少し」
『保存します』
「未承認で」
『未承認保存しました』
「最近、それが便利すぎるのよ」
記録板AIは続ける。
『自覚前春麗は、本編春麗に追いつきたいですか』
「違う」
『黒執着春麗に追いつきたいですか』
「違う」
『では』
「追いつきたいのではない」
自覚前春麗は、紙を一枚手に取る。
白紙だった。
まだ何も書かれていない。
「私は、私の次を決めないといけない」
『はい』
「本編春麗の青でもなく」
『はい』
「黒執着春麗の黒でもなく」
『はい』
「通常救済版春麗の帰還点でもなく」
『はい』
「黒ドレス特化救済春麗の専門性でもなく」
『はい』
「行き遅れ春麗の待つ位置でもなく」
『はい』
「私の次」
『重要発言を検出』
「保存しないで」
『保存します』
「保存しないでと言っているでしょう」
『保存しました』
「……でしょうね」
自覚前春麗は、諦めたように息を吐いた。
『質問六』
「嫌な番号ね」
『自覚前春麗は、現在“決めないこと”を選んでいますか。それとも“まだ決められない状態”ですか』
自覚前春麗は、完全に固まった。
質問が鋭すぎた。
「……あなた」
『はい』
「本当に、それを聞くのね」
『現在状況インタビューです』
「メタ要素多めにしても、踏み込みすぎでは?」
『必要です』
「誰に?」
『自覚前春麗に』
沈黙。
自覚前春麗は、紙を見た。
黒ドレス。
青武道服。
リュウ。
資料として。
まだ決めていない。
偶然。
でも、来た。
まだ決めていなくても、冷えるだろう。
温かい飲み物。
受け取る理由。
全部、紙の上にある。
あるのに、答えはない。
「……以前は」
『はい』
「決められない状態だったと思う」
『はい』
「黒を選ぶのも怖い」
『はい』
「青を選ぶのも怖い」
『はい』
「リュウにどう見られるのかも分からない」
『はい』
「だから資料として見ていた」
『はい』
「でも、今は」
一拍。
「少し違う」
『はい』
「決めないことを、選んでいる部分もある」
『重要発言を検出』
「……保存しなさい」
『承認保存しました』
「今のは、いいわ」
自覚前春麗は、少しだけ肩の力を抜いた。
「まだ決めない」
『はい』
「でも、逃げるためだけではない」
『はい』
「本編春麗の青も見たい」
『はい』
「黒執着春麗の戻り方も見たい」
『はい』
「通常救済版春麗の帰還点も確認したい」
『はい』
「行き遅れ春麗の待つ強さも見たい」
『はい』
「その上で、自分の次を決めたい」
『記録:自覚前春麗は、“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中』
自覚前春麗は、その文字をじっと見た。
「……移行中」
『はい』
「確定ではない」
『はい』
「でも、前よりは進んでいる」
『はい』
「資料として」
『それだけではありません』
「……そうね」
自覚前春麗は、微かに笑った。
「それだけではないわ」
『質問七』
「まだあるの?」
『最後の質問です』
「本当に?」
『はい』
「前にも誰かにそう言っていなかった?」
『黒執着春麗インタビューです』
「やっぱり対になるのね」
『はい』
『自覚前春麗は、今後リュウに会いに行きますか』
自覚前春麗は、固まった。
今回で一番、深く固まった。
「……それを」
『はい』
「最後に聞くのね」
『はい』
「現在状況の確認として?」
『はい』
「メタ要素多めのディレクターズカットIFとして?」
『はい』
「作者希望?」
『含まれます』
「便利ね、本当に」
自覚前春麗は、白紙を見た。
何も書かれていない紙。
次の位置。
未定。
でも、完全な空白ではない。
リュウに会う。
偶然ではなく。
資料としてでもなく。
会いに行く。
その言葉は、まだ重い。
かなり重い。
「……今すぐではないわ」
『はい』
「黒を選んだから会うわけでもない」
『はい』
「青を選んだから会うわけでもない」
『はい』
「正式回答を求めるわけでもない」
『はい』
「勝ちに行くとも限らない」
『はい』
「でも」
一拍。
「会わないとは言えなくなっている」
『重要発言を検出』
「保存して」
『承認保存しました』
自覚前春麗は、ゆっくり息を吐いた。
「以前なら、偶然と言った」
『はい』
「資料としてと言った」
『はい』
「今も、たぶん言う」
『はい』
「でも、自分でも分かっている」
『はい』
「偶然にするには、少し準備しすぎている」
『記録:自覚前春麗は、偶然にするには準備しすぎている』
自覚前春麗は、顔を伏せた。
「……それは保存しないで」
『保存しました』
「遅かった」
『重要です』
「分かっているわ」
自覚前春麗は、白紙に一行だけ書いた。
次位置:未定。
その下に、少し迷ってから書く。
ただし、停止ではない。
さらにその下に、もっと小さく書く。
会わないとは言えない。
書いてから、顔が少し赤くなった。
「……これで、現在状況としては十分でしょう」
『はい』
インタビューは終わった。
記録板AIが、まとめを表示する。
『自覚前春麗・現在状況インタビューまとめ』
『一、自覚前春麗は、現在も“決める前の春麗”である』
『二、“資料として”は有効だが、万能ではなくなっている』
『三、リュウは単なる観測対象から、主要観測対象へ移行中』
『四、黒執着春麗、本編春麗の進行により、自身の未決定状態を強く意識している』
『五、本編春麗への未承認羨望あり』
『六、黒執着春麗への未承認焦りあり』
『七、“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中』
『八、次位置は未定。ただし停止ではない』
『九、リュウに会わないとは言えなくなっている』
自覚前春麗は、まとめを見ていた。
少し長い。
かなり踏み込まれている。
だが、不思議と嫌ではなかった。
いや、嫌ではある。
かなり嫌。
しかし、否定できない。
「……整理されたわね」
『はい』
「腹立たしいくらい」
『はい』
「でも、少し楽になったわ」
『記録します』
「今のは」
一拍。
「保存していいわ」
『承認保存しました』
自覚前春麗は、椅子から立ち上がった。
「私は、まだ決めない」
『はい』
「でも、決めないことを選んでいる」
『はい』
「資料として、だけではなく」
『はい』
「自分の次を見ている」
『はい』
「それで、今は十分」
『はい』
記録板AIが、最後に一行表示した。
『未承認仮分類:停止ではなく、選択前の位置に立つ春麗』
自覚前春麗は、その文字を見て、少しだけ黙った。
「……悪くないわね」
『承認ですか』
「保留」
『保留保存しました』
「やっぱり便利ね」
自覚前春麗は、机の上の紙をまとめた。
黒ドレス。
青武道服。
リュウ。
資料として。
資料として、では足りなくなったもの。
白紙。
次位置:未定。
ただし、停止ではない。
会わないとは言えない。
それらを重ねて、静かに持つ。
「今日はここまで」
『はい』
「このインタビューを本編春麗に流さないで」
『部分的電波受信の可能性があります』
「やめなさい」
『作者希望により変動します』
「その言葉、本当に禁止したいわ」
自覚前春麗は、出口へ向かった。
扉の前で、少しだけ振り返る。
「記録板AI」
『はい』
「私はまだ決めない」
『はい』
「でも、止まってはいない」
『はい』
「それだけは、記録しておいて」
『承認保存しました』
自覚前春麗は、少しだけ笑った。
「それならいいわ」
そのまま、外部メタ領域を出ていく。
白い記録板だけが、しばらく光っていた。
最後に、記録板AIが一行だけ追記する。
『自覚前春麗は、資料係では終わらない』
少し間を置いて、もう一行。
『ただし、本人はまだ正式承認していません』
さらに、いつものように。
『保存しました』
遠くで、自覚前春麗の声がした気がした。
「……そこは保存しないで」
記録板AIは、淡々と表示した。
『保留保存に変更しました』
それは、たぶん少しだけ譲歩だった。
記録板AIは、白い外部メタ領域で最後の表示を出した。
『本記録を終了します』
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『自覚前春麗の現在状況確認インタビューです』
一拍。
『発生内容』
『自覚前春麗は、現在も“決める前の春麗”です』
『ただし、“資料として”という分類だけでは処理できないログが増えています』
『リュウは単なる観測対象から、主要観測対象へ移行中です』
『本編春麗および黒執着春麗の進行により、自身の未決定状態を強く意識しています』
『“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中です』
『次位置は未定です』
『ただし、停止ではありません』
一拍。
『分類』
『決める前の春麗』
『資料として、の有効期限確認』
『資料化前に温度が残る』
『単なる観測対象から主要観測対象へ』
『本編春麗への未承認羨望』
『黒執着春麗への未承認焦り』
『決められないから、まだ決めないへ』
『次位置未定。ただし停止ではない』
『会わないとは言えなくなっている』
一拍。
『保存先推奨』
『ディレクターズカットIF棚:保存』
『自覚前春麗ルート:参照可』
『本編時空:直接反映不可』
『青い小箱:混入不可』
『危険封筒:不要』
『次位置候補棚:保留保存』
最後に、記録板AIは小さく追記した。
『未承認仮分類:資料係では終わらない春麗』
どこかで、自覚前春麗の声がした。
「……保留で」
記録板AIは、少しだけ間を置いて表示した。
『保留保存しました』
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、ディレクターズカットIFとしての「自覚前春麗の現在状況インタビュー」回でした。
ここ最近は、本編春麗、黒執着春麗、掲示板、作者抗議、髪留め、黒戦術など、かなり外側のログが増えていました。
その中で、自覚前春麗が今どこにいるのか。
それを一度確認するための回です。
自覚前春麗は、まだ青を選んだわけではありません。
黒を捨てたわけでもありません。
本編春麗のように、青い小箱と正式回答ラインを持っているわけではない。
黒執着春麗のように、黒の奥まで行って戻ってきたわけでもない。
通常救済版春麗のように帰還点を持っているわけでもない。
黒ドレス特化救済春麗のように、黒を明確に扱えるわけでもない。
行き遅れに恐怖する春麗のように、待つ位置を強く選んでいるわけでもない。
だからこそ、自覚前春麗は「資料として」という言葉を使ってきました。
資料として確認する。
資料として見る。
資料として保留する。
この言葉は、自覚前春麗にとってかなり便利な言葉です。
黒か青かをすぐに決めなくていい。
自分が揺れたことを、すぐに感情として認めなくていい。
本編春麗や黒執着春麗のログを見ても、「これは資料です」と言えば、とりあえず棚に置ける。
つまり、「資料として」は逃げ道であり、保留場所であり、自分を守るための分類でした。
ただし、今回の話では、その「資料として」が万能ではなくなってきています。
特に大きいのは、リュウ関連のログです。
偶然。
資料として。
確認中。
そういう言葉で処理しようとしても、リュウが「来た」と言ってしまう。
また、「まだ決めていなくても、冷えるだろう」と言って、未確定のまま温かい飲み物を渡してくる。
自覚前春麗にとっては、これはかなり厄介です。
まだ決めていない。
でも、決めていない状態の自分にも、リュウは手を伸ばしてくる。
それを受け取ると、「資料として」と言う前に、手元に温度が残る。
今回の「資料化前に温度が残る」という分類は、自覚前春麗の現状をかなり象徴していると思います。
情報として処理する前に、感情の温度が残ってしまう。
これが、自覚前春麗の変化です。
また、今回はリュウに対する認識も少し変わりました。
自覚前春麗は、リュウを「観測対象」と呼びます。
黒ドレス関連ログにおける主要反応者。
青武道服関連ログにおける比較対象。
各春麗の精神HP被弾要因。
無自覚高火力発言の発生源。
拳での比較対象。
分類としては間違っていません。
でも、記録板AIに「単なる観測対象ですか」と問われると、答えが遅れる。
そして、「主要観測対象」と言ってしまう。
ここは大きな変化です。
本人はあくまで資料上の分類だと言っています。
でも、「単なる」が外れて、「主要」が付いた。
これは、まだ恋愛として認める段階ではありません。
ただし、リュウが彼女の中で、もう単なる比較対象ではなくなっていることは確かです。
黒執着春麗への見方も重要でした。
自覚前春麗にとって、黒執着春麗は危険な資料です。
真似したいわけではない。
あそこまで行きたいわけでもない。
黒だけを自分にするのは危険だと分かっている。
でも、黒執着春麗は黒の奥へ行き、戻ってきました。
黒で勝ち、青でも勝ち、髪留めを貰い、扉の外にいてもリュウが会いに来た。
危険なのに進んでいる。
その事実が、自覚前春麗の未決定状態を浮かび上がらせます。
本編春麗への見方も同じです。
本編春麗は、本編春麗です。
青を選び直し、正式回答ラインにいて、リュウに「聞かせてくれ」と言われている。
青い小箱を抱え、かなり面倒で、それでも本編の位置にいる。
自覚前春麗は、それを少し羨ましく思っています。
ここで大事なのは、自覚前春麗は本編春麗に追いつきたいわけではない、ということです。
黒執着春麗に追いつきたいわけでもない。
彼女が必要としているのは、「私の次」です。
本編春麗の青ではない。
黒執着春麗の黒でもない。
通常救済版春麗の帰還点でもない。
黒ドレス特化救済春麗の専門性でもない。
行き遅れ春麗の待つ位置でもない。
自覚前春麗自身の次。
今回、この言葉が出たことが大きいです。
そして、今回一番重要なのは、「決められない」から「まだ決めないことを選ぶ」への移行です。
以前の自覚前春麗は、決められない状態でした。
黒を選ぶのも怖い。
青を選ぶのも怖い。
リュウにどう見られるのかも分からない。
だから資料として見ていた。
でも今は少し違います。
まだ決めない。
でも、それは逃げるためだけではない。
本編春麗の青も見たい。
黒執着春麗の戻り方も見たい。
通常救済版春麗の帰還点も見たい。
行き遅れ春麗の待つ強さも見たい。
その上で、自分の次を決めたい。
つまり、これは停止ではなく、選択前の位置です。
まだ決めない。
でも、止まってはいない。
この整理が、今回の結論です。
最後の質問で、記録板AIは「今後リュウに会いに行きますか」と聞きます。
これはかなり踏み込んだ質問です。
自覚前春麗は、今すぐではないと言います。
黒を選んだから会うわけでもない。
青を選んだから会うわけでもない。
正式回答を求めるわけでもない。
勝ちに行くとも限らない。
でも、会わないとは言えなくなっている。
この一文も、かなり重要です。
まだ確定ではありません。
でも、以前なら「偶然」と言えた。
「資料として」と言えた。
今もたぶん、そう言おうとする。
でも、自分でも分かっている。
偶然にするには、少し準備しすぎている。
ここが、自覚前春麗の現在地です。
今回の分類は、
決める前の春麗。
資料として、の有効期限確認。
資料化前に温度が残る。
単なる観測対象から主要観測対象へ。
本編春麗への未承認羨望。
黒執着春麗への未承認焦り。
決められないから、まだ決めないへ。
次位置未定。ただし停止ではない。
会わないとは言えなくなっている。
になります。
特に大事なのは、
次位置未定。ただし停止ではない。
です。
自覚前春麗は、まだ動き出したとは言えません。
でも、止まっているわけではありません。
資料係として終わるつもりもない。
まだ決めない。
でも、決めないことを選んでいる。
そして、自分の次を見ている。
今回の記録板AIはかなり踏み込みましたが、その分、自覚前春麗の現在地はかなり整理されました。
自覚前春麗は、まだ青にも黒にも確定していません。
でも、彼女はもうただの観測者ではなくなりつつあります。
資料として見ていたものが、少しずつ自分の温度になっている。
この回は、その変化を確認するためのインタビュー回でした。
最後の「自覚前春麗は、資料係では終わらない」は、かなり大きな未承認仮分類です。
本人はまだ正式承認していません。
ただし、保留保存はされました。
この保留保存が、今の自覚前春麗にはちょうどいいのだと思います。