また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:自覚前春麗は、資料としてでは済まなくなってきた現在地を確認される

 記録板AIは、白い外部メタ領域で静かに表示を開いた。

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『本編時系列への直接反映は行われません』

 

『春麗会議室の正式議事録でもありません』

 

 一拍。

 

『本記録の対象』

 

『自覚前春麗』

 

 一拍。

 

『検証目的』

 

『自覚前春麗の現在地確認』

 

『“資料として”という分類の有効性確認』

 

『次位置未定状態の整理』

 

『リュウに対する認識変化の確認』

 

『本編春麗、黒執着春麗、通常救済版春麗、黒ドレス特化救済春麗、行き遅れに恐怖する春麗のログを見たうえで、自覚前春麗が現在どこに立っているかの確認』

 

 一拍。

 

『注意』

 

『本記録では、自覚前春麗が青を選んだとは確定しません』

 

『黒を捨てたとも確定しません』

 

『リュウへ会いに行くことも確定しません』

 

『ただし、停止しているとは限りません』

 

 一拍。

 

『インタビューを開始します』

 


 

 春麗会議室外部メタ領域。

 

 そこは、春麗会議室ではない。

 

 本筋でもない。

 

 夢接続でもない。

 

 ただし、春麗会議室に近い場所。

 

 記録板AIが、通常より少し自由に、そして少し余計に振る舞える場所だった。

 

 白い机がある。

 

 椅子が二つある。

 

 一つには、自覚前春麗が座っていた。

 

 もう一つの正面には、記録板AIが浮かんでいる。

 

 椅子には座っていない。

 

 ただ、白い記録板がそこにある。

 

 その時点で、もう十分におかしい。

 

 自覚前春麗は、机の上に紙を並べていた。

 

 黒ドレス関連資料。

 

 青武道服関連資料。

 

 リュウとの遭遇ログ。

 

 資料として保留中のもの。

 

 資料として、という言葉で何とか処理しているもの。

 

 資料として、と言えなくなりかけたもの。

 

 その紙束を見て、記録板AIが表示する。

 

『インタビューを開始します』

 

 自覚前春麗は、顔を上げた。

 

「確認するわ」

 

『はい』

 

「これは本編ではない」

 

『はい』

 

「ディレクターズカットIF」

 

『はい』

 

「メタ要素多め」

 

『はい』

 

「私は正式に青を選んだわけではない」

 

『はい』

 

「黒を捨てたわけでもない」

 

『はい』

 

「次の位置も、まだ確定していない」

 

『はい』

 

「だから、これはあくまで現在状況の確認」

 

『はい』

 

「資料として」

 

『はい』

 

 自覚前春麗は、少しだけ安心した。

 

 その瞬間、記録板AIが表示を追加した。

 

『ただし、“資料として”の有効期限を確認するためのインタビューです』

 

 自覚前春麗は固まった。

 

「……有効期限?」

 

『はい』

 

「資料として、に有効期限があるの?」

 

『あります』

 

「誰が決めたの?」

 

『ログが決めます』

 

「便利なようで怖い言い方をしないで」

 

『では言い換えます』

 

「嫌な予感がするわ」

 

『自覚前春麗が“資料として”で処理できなくなりつつあるログが増えています』

 

 自覚前春麗は、ゆっくり紙を一枚伏せた。

 

「……それは」

 

『はい』

 

「資料として確認中よ」

 

『その発言自体が、今回のインタビュー対象です』

 

「本当に逃がしてくれないわね」

 

『記録板AIですので』

 

「最近、その言葉で何でも通ると思っていない?」

 

『通っています』

 

「認めないで」

 


 

『質問一』

 

「早いわね」

 

『自覚前春麗は、現在の自分をどう定義していますか』

 

 自覚前春麗は、少しだけ考えた。

 

「決める前の春麗」

 

『はい』

 

「黒を選んだわけではない」

 

『はい』

 

「青を選んだわけでもない」

 

『はい』

 

「ただし、どちらも見ている」

 

『はい』

 

「本編春麗の青も」

 

『はい』

 

「黒執着春麗の黒も」

 

『はい』

 

「通常救済版春麗の帰還点も」

 

『はい』

 

「黒ドレス特化救済春麗の黒の扱い方も」

 

『はい』

 

「行き遅れに恐怖する春麗の、答えを急かさない待ち方も」

 

『はい』

 

「全部、資料として確認している」

 

『記録:自覚前春麗は、各春麗の進行ログを資料として確認中』

 

「そこまではいいわ」

 

『追加記録:ただし、自身の次位置は未定』

 

「そこもいい」

 

『追加記録:未定であることを、以前より強く意識しています』

 

 自覚前春麗は、少しだけ黙った。

 

「……それは」

 

『はい』

 

「保存しないで」

 

『保存しました』

 

「早い」

 

『重要です』

 

「重要でも、今は聞きたくなかったわ」

 

『聞きたくないことが重要である場合があります』

 

「本当に進化していない?」

 

『進化ではありません。春麗ログ複雑化への適応です』

 

「それを進化と言うのよ」

 

『回答保留』

 

「また保留した」

 


 

『質問二』

 

「続けなさい」

 

『“資料として”という言葉は、現在も有効ですか』

 

 自覚前春麗は、すぐに答えようとした。

 

「有効よ」

 

 言い切った。

 

 言い切ったはずだった。

 

 だが、自分の声が少し硬かったことに気づいた。

 

 そして、記録板AIはそれを見逃さない。

 

『声色変化を検出』

 

「検出しないで」

 

『反応時間:短いが防御反応あり』

 

「記録が細かい」

 

『“資料として”は有効ではあるが、万能ではなくなっている可能性があります』

 

「……可能性」

 

『はい』

 

「可能性なら、まだ確定ではないわ」

 

『はい。未承認仮分類です』

 

「その逃げ道、本当に便利ね」

 

『便利です』

 

 自覚前春麗は、机の上の紙を見る。

 

 いくつかのログが並んでいる。

 

 リュウとの遭遇。

 

 温かい飲み物。

 

 まだ決めていなくても、冷えるだろう。

 

 春麗が受け取る理由が必要なんだと思った。

 

 資料として、と言えなくなった瞬間。

 

 自覚前春麗は、その紙をそっと伏せた。

 

『今、伏せた紙が対象です』

 

「見ないで」

 

『見えています』

 

「記録板AIなのに、どうしてそこまで見るの」

 

『記録対象だからです』

 

「便利すぎるのよ」

 

『質問を続けます』

 

「逃げないのね」

 

『はい』

 

『自覚前春麗にとって、“資料として”とは何ですか』

 

 自覚前春麗は、少しだけ息を吐いた。

 

「逃げ道」

 

『はい』

 

「保留場所」

 

『はい』

 

「すぐに決めないための言葉」

 

『はい』

 

「黒か青かを、その場で選ばなくていいようにするための分類」

 

『はい』

 

「自分が何を見て、何に揺れたのかを、本人の感情にする前に置いておく棚」

 

『記録しました』

 

「今のは記録していいわ」

 

『承認保存しました』

 

「承認まではしていないけれど」

 

『準承認保存』

 

「そういう言葉、増やさないで」

 

 自覚前春麗は、少しだけ目を伏せた。

 

「でも、最近は」

 

『はい』

 

「棚に置く前に、手元で温度が残ることがある」

 

『温度』

 

「ええ」

 

『温かい飲み物のログですか』

 

「言わなくていい」

 

『関連ログです』

 

「関連しすぎているから言わなくていいの」

 

『記録:資料化前に温度が残る』

 

 自覚前春麗は、返事をしなかった。

 

 それは、かなり正確だった。

 


 

『質問三』

 

「今度は何?」

 

『リュウについて、現在どう認識していますか』

 

 自覚前春麗は、即座に紙を手に取った。

 

「リュウは、観測対象」

 

『はい』

 

「黒ドレス関連ログにおける主要反応者」

 

『はい』

 

「青武道服関連ログにおける比較対象」

 

『はい』

 

「各春麗の精神HP被弾要因」

 

『はい』

 

「無自覚高火力発言の発生源」

 

『はい』

 

「拳での比較対象」

 

『はい』

 

「以上」

 

『以上ではありません』

 

「以上よ」

 

『追加ログがあります』

 

「不要」

 

『でも、来た』

 

 自覚前春麗は、完全に止まった。

 

「……その言葉を」

 

『はい』

 

「あなたが引用しないで」

 

『重要ログです』

 

「重要だから危険なのよ」

 

『リュウは、自覚前春麗が“偶然”や“資料として”で処理しようとする行動に対し、“来た”という事実を指摘しました』

 

「説明しないで」

 

『このログ以降、自覚前春麗の資料化能力に揺らぎが発生しています』

 

「だから説明しないで」

 

『さらに、“まだ決めていなくても、冷えるだろう”ログにより、未確定状態のまま補助を受け取る経験が発生しました』

 

 自覚前春麗は、紙で顔を隠した。

 

「……あなた、容赦がないわね」

 

『正確です』

 

「正確だから危険なのよ」

 

『記録済みです』

 

「それも保存済みなのね」

 

『はい』

 

 記録板AIは淡々と続ける。

 

『質問です』

 

「まだ?」

 

『リュウは、現在も単なる観測対象ですか』

 

 自覚前春麗は、答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 単なる観測対象。

 

 そう言えば済む。

 

 いつもなら。

 

 でも、今は紙で顔を隠したまま、少しだけ言葉が遅れる。

 

「……主要観測対象」

 

『格上げを確認』

 

「違う」

 

『“単なる”が外れました』

 

「違うわ」

 

『“主要”が付きました』

 

「資料上の分類よ」

 

『はい』

 

「ただの分類」

 

『はい』

 

「それ以上ではない」

 

『現時点では』

 

「余計な補足をしないで」

 

『保存しました』

 

「保存しないで」

 


 

『質問四』

 

「嫌な予感がするわ」

 

『自覚前春麗は、黒執着春麗をどう見ていますか』

 

 自覚前春麗は、少しだけ姿勢を正した。

 

「危険な資料」

 

『はい』

 

「黒に深く沈んだ春麗」

 

『はい』

 

「救済されて戻ってきた春麗」

 

『はい』

 

「黒で勝ち、青でも勝った春麗」

 

『はい』

 

「髪留めを貰った春麗」

 

『はい』

 

「主人公補正に被弾した春麗」

 

『はい』

 

「扉の外にいる春麗」

 

『はい』

 

「観測対象であり、戻ってきた証人」

 

『記録しました』

 

「……そこまで」

 

『はい』

 

「整理できているのが、少し腹立たしいわね」

 

『理由をお願いします』

 

「黒執着春麗は、危険なのに進んでいるから」

 

『進んでいる』

 

「ええ」

 

『自覚前春麗は、黒執着春麗の進行速度を意識していますか』

 

「資料として」

 

『資料としてではなく』

 

「……しているわ」

 

『保存します』

 

「未承認で」

 

『未承認保存しました』

 

 自覚前春麗は、少しだけ机を指で叩いた。

 

「黒執着春麗は、危険よ」

 

『はい』

 

「真似したいわけではない」

 

『はい』

 

「あそこまで行きたいわけでもない」

 

『はい』

 

「黒だけを自分にするのは、危険」

 

『はい』

 

「でも」

 

 一拍。

 

「黒の奥へ行って、戻ってきた」

 

『はい』

 

「青でも勝った」

 

『はい』

 

「扉の外にいても、リュウが会いに来た」

 

『はい』

 

「そのログを資料として見ていると」

 

 自覚前春麗は、少しだけ言葉を選んだ。

 

「私だけ、まだ決める前にいるのが、少し目立つ」

 

『記録:自覚前春麗は、黒執着春麗の進行により、自身の未決定状態を意識しています』

 

「……正確ね」

 

『はい』

 

「正確だから」

 

『危険』

 

「言わせないで」

 


 

『質問五』

 

「まだあるの?」

 

『本編春麗について、どう見ていますか』

 

 自覚前春麗は、今度は少し早く答えた。

 

「本編春麗は、本編春麗」

 

『はい』

 

「青を選び直した春麗」

 

『はい』

 

「正式回答ラインにいる春麗」

 

『はい』

 

「聞かせてくれ、と言われた春麗」

 

『はい』

 

「相打ちの青を持っている春麗」

 

『はい』

 

「進まれた青を持っている春麗」

 

『はい』

 

「青い小箱を抱えている春麗」

 

『はい』

 

「かなり面倒」

 

『はい』

 

「そこは即答しないで」

 

『正確です』

 

「そうだけれど」

 

 自覚前春麗は、少しだけ表情を緩めた。

 

「でも、本編春麗は羨ましいわ」

 

『正式回答ラインですか』

 

「それもある」

 

『青い小箱ですか』

 

「それもある」

 

『リュウに聞かせてくれと言われたことですか』

 

「それもある」

 

『本編であることですか』

 

 自覚前春麗は、少し黙った。

 

「……それも、少し」

 

『保存します』

 

「未承認で」

 

『未承認保存しました』

 

「最近、それが便利すぎるのよ」

 

 記録板AIは続ける。

 

『自覚前春麗は、本編春麗に追いつきたいですか』

 

「違う」

 

『黒執着春麗に追いつきたいですか』

 

「違う」

 

『では』

 

「追いつきたいのではない」

 

 自覚前春麗は、紙を一枚手に取る。

 

 白紙だった。

 

 まだ何も書かれていない。

 

「私は、私の次を決めないといけない」

 

『はい』

 

「本編春麗の青でもなく」

 

『はい』

 

「黒執着春麗の黒でもなく」

 

『はい』

 

「通常救済版春麗の帰還点でもなく」

 

『はい』

 

「黒ドレス特化救済春麗の専門性でもなく」

 

『はい』

 

「行き遅れ春麗の待つ位置でもなく」

 

『はい』

 

「私の次」

 

『重要発言を検出』

 

「保存しないで」

 

『保存します』

 

「保存しないでと言っているでしょう」

 

『保存しました』

 

「……でしょうね」

 

 自覚前春麗は、諦めたように息を吐いた。

 


 

『質問六』

 

「嫌な番号ね」

 

『自覚前春麗は、現在“決めないこと”を選んでいますか。それとも“まだ決められない状態”ですか』

 

 自覚前春麗は、完全に固まった。

 

 質問が鋭すぎた。

 

「……あなた」

 

『はい』

 

「本当に、それを聞くのね」

 

『現在状況インタビューです』

 

「メタ要素多めにしても、踏み込みすぎでは?」

 

『必要です』

 

「誰に?」

 

『自覚前春麗に』

 

 沈黙。

 

 自覚前春麗は、紙を見た。

 

 黒ドレス。

 

 青武道服。

 

 リュウ。

 

 資料として。

 

 まだ決めていない。

 

 偶然。

 

 でも、来た。

 

 まだ決めていなくても、冷えるだろう。

 

 温かい飲み物。

 

 受け取る理由。

 

 全部、紙の上にある。

 

 あるのに、答えはない。

 

「……以前は」

 

『はい』

 

「決められない状態だったと思う」

 

『はい』

 

「黒を選ぶのも怖い」

 

『はい』

 

「青を選ぶのも怖い」

 

『はい』

 

「リュウにどう見られるのかも分からない」

 

『はい』

 

「だから資料として見ていた」

 

『はい』

 

「でも、今は」

 

 一拍。

 

「少し違う」

 

『はい』

 

「決めないことを、選んでいる部分もある」

 

『重要発言を検出』

 

「……保存しなさい」

 

『承認保存しました』

 

「今のは、いいわ」

 

 自覚前春麗は、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「まだ決めない」

 

『はい』

 

「でも、逃げるためだけではない」

 

『はい』

 

「本編春麗の青も見たい」

 

『はい』

 

「黒執着春麗の戻り方も見たい」

 

『はい』

 

「通常救済版春麗の帰還点も確認したい」

 

『はい』

 

「行き遅れ春麗の待つ強さも見たい」

 

『はい』

 

「その上で、自分の次を決めたい」

 

『記録:自覚前春麗は、“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中』

 

 自覚前春麗は、その文字をじっと見た。

 

「……移行中」

 

『はい』

 

「確定ではない」

 

『はい』

 

「でも、前よりは進んでいる」

 

『はい』

 

「資料として」

 

『それだけではありません』

 

「……そうね」

 

 自覚前春麗は、微かに笑った。

 

「それだけではないわ」

 


 

『質問七』

 

「まだあるの?」

 

『最後の質問です』

 

「本当に?」

 

『はい』

 

「前にも誰かにそう言っていなかった?」

 

『黒執着春麗インタビューです』

 

「やっぱり対になるのね」

 

『はい』

 

『自覚前春麗は、今後リュウに会いに行きますか』

 

 自覚前春麗は、固まった。

 

 今回で一番、深く固まった。

 

「……それを」

 

『はい』

 

「最後に聞くのね」

 

『はい』

 

「現在状況の確認として?」

 

『はい』

 

「メタ要素多めのディレクターズカットIFとして?」

 

『はい』

 

「作者希望?」

 

『含まれます』

 

「便利ね、本当に」

 

 自覚前春麗は、白紙を見た。

 

 何も書かれていない紙。

 

 次の位置。

 

 未定。

 

 でも、完全な空白ではない。

 

 リュウに会う。

 

 偶然ではなく。

 

 資料としてでもなく。

 

 会いに行く。

 

 その言葉は、まだ重い。

 

 かなり重い。

 

「……今すぐではないわ」

 

『はい』

 

「黒を選んだから会うわけでもない」

 

『はい』

 

「青を選んだから会うわけでもない」

 

『はい』

 

「正式回答を求めるわけでもない」

 

『はい』

 

「勝ちに行くとも限らない」

 

『はい』

 

「でも」

 

 一拍。

 

「会わないとは言えなくなっている」

 

『重要発言を検出』

 

「保存して」

 

『承認保存しました』

 

 自覚前春麗は、ゆっくり息を吐いた。

 

「以前なら、偶然と言った」

 

『はい』

 

「資料としてと言った」

 

『はい』

 

「今も、たぶん言う」

 

『はい』

 

「でも、自分でも分かっている」

 

『はい』

 

「偶然にするには、少し準備しすぎている」

 

『記録:自覚前春麗は、偶然にするには準備しすぎている』

 

 自覚前春麗は、顔を伏せた。

 

「……それは保存しないで」

 

『保存しました』

 

「遅かった」

 

『重要です』

 

「分かっているわ」

 

 自覚前春麗は、白紙に一行だけ書いた。

 

 次位置:未定。

 

 その下に、少し迷ってから書く。

 

 ただし、停止ではない。

 

 さらにその下に、もっと小さく書く。

 

 会わないとは言えない。

 

 書いてから、顔が少し赤くなった。

 

「……これで、現在状況としては十分でしょう」

 

『はい』

 


 

 インタビューは終わった。

 

 記録板AIが、まとめを表示する。

 

『自覚前春麗・現在状況インタビューまとめ』

 

『一、自覚前春麗は、現在も“決める前の春麗”である』

 

『二、“資料として”は有効だが、万能ではなくなっている』

 

『三、リュウは単なる観測対象から、主要観測対象へ移行中』

 

『四、黒執着春麗、本編春麗の進行により、自身の未決定状態を強く意識している』

 

『五、本編春麗への未承認羨望あり』

 

『六、黒執着春麗への未承認焦りあり』

 

『七、“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中』

 

『八、次位置は未定。ただし停止ではない』

 

『九、リュウに会わないとは言えなくなっている』

 

 自覚前春麗は、まとめを見ていた。

 

 少し長い。

 

 かなり踏み込まれている。

 

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 

 いや、嫌ではある。

 

 かなり嫌。

 

 しかし、否定できない。

 

「……整理されたわね」

 

『はい』

 

「腹立たしいくらい」

 

『はい』

 

「でも、少し楽になったわ」

 

『記録します』

 

「今のは」

 

 一拍。

 

「保存していいわ」

 

『承認保存しました』

 

 自覚前春麗は、椅子から立ち上がった。

 

「私は、まだ決めない」

 

『はい』

 

「でも、決めないことを選んでいる」

 

『はい』

 

「資料として、だけではなく」

 

『はい』

 

「自分の次を見ている」

 

『はい』

 

「それで、今は十分」

 

『はい』

 

 記録板AIが、最後に一行表示した。

 

『未承認仮分類:停止ではなく、選択前の位置に立つ春麗』

 

 自覚前春麗は、その文字を見て、少しだけ黙った。

 

「……悪くないわね」

 

『承認ですか』

 

「保留」

 

『保留保存しました』

 

「やっぱり便利ね」

 

 自覚前春麗は、机の上の紙をまとめた。

 

 黒ドレス。

 

 青武道服。

 

 リュウ。

 

 資料として。

 

 資料として、では足りなくなったもの。

 

 白紙。

 

 次位置:未定。

 

 ただし、停止ではない。

 

 会わないとは言えない。

 

 それらを重ねて、静かに持つ。

 

「今日はここまで」

 

『はい』

 

「このインタビューを本編春麗に流さないで」

 

『部分的電波受信の可能性があります』

 

「やめなさい」

 

『作者希望により変動します』

 

「その言葉、本当に禁止したいわ」

 

 自覚前春麗は、出口へ向かった。

 

 扉の前で、少しだけ振り返る。

 

「記録板AI」

 

『はい』

 

「私はまだ決めない」

 

『はい』

 

「でも、止まってはいない」

 

『はい』

 

「それだけは、記録しておいて」

 

『承認保存しました』

 

 自覚前春麗は、少しだけ笑った。

 

「それならいいわ」

 

 そのまま、外部メタ領域を出ていく。

 

 白い記録板だけが、しばらく光っていた。

 

 最後に、記録板AIが一行だけ追記する。

 

『自覚前春麗は、資料係では終わらない』

 

 少し間を置いて、もう一行。

 

『ただし、本人はまだ正式承認していません』

 

 さらに、いつものように。

 

『保存しました』

 

 遠くで、自覚前春麗の声がした気がした。

 

「……そこは保存しないで」

 

 記録板AIは、淡々と表示した。

 

『保留保存に変更しました』

 

 それは、たぶん少しだけ譲歩だった。

 


 

 記録板AIは、白い外部メタ領域で最後の表示を出した。

 

『本記録を終了します』

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『自覚前春麗の現在状況確認インタビューです』

 

 一拍。

 

『発生内容』

 

『自覚前春麗は、現在も“決める前の春麗”です』

 

『ただし、“資料として”という分類だけでは処理できないログが増えています』

 

『リュウは単なる観測対象から、主要観測対象へ移行中です』

 

『本編春麗および黒執着春麗の進行により、自身の未決定状態を強く意識しています』

 

『“決められない”から“まだ決めないことを選ぶ”段階へ移行中です』

 

『次位置は未定です』

 

『ただし、停止ではありません』

 

 一拍。

 

『分類』

 

『決める前の春麗』

 

『資料として、の有効期限確認』

 

『資料化前に温度が残る』

 

『単なる観測対象から主要観測対象へ』

 

『本編春麗への未承認羨望』

 

『黒執着春麗への未承認焦り』

 

『決められないから、まだ決めないへ』

 

『次位置未定。ただし停止ではない』

 

『会わないとは言えなくなっている』

 

 一拍。

 

『保存先推奨』

 

『ディレクターズカットIF棚:保存』

 

『自覚前春麗ルート:参照可』

 

『本編時空:直接反映不可』

 

『青い小箱:混入不可』

 

『危険封筒:不要』

 

『次位置候補棚:保留保存』

 

 最後に、記録板AIは小さく追記した。

 

『未承認仮分類:資料係では終わらない春麗』

 

 どこかで、自覚前春麗の声がした。

 

「……保留で」

 

 記録板AIは、少しだけ間を置いて表示した。

 

『保留保存しました』

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回は、ディレクターズカットIFとしての「自覚前春麗の現在状況インタビュー」回でした。

ここ最近は、本編春麗、黒執着春麗、掲示板、作者抗議、髪留め、黒戦術など、かなり外側のログが増えていました。

その中で、自覚前春麗が今どこにいるのか。

それを一度確認するための回です。

自覚前春麗は、まだ青を選んだわけではありません。

黒を捨てたわけでもありません。

本編春麗のように、青い小箱と正式回答ラインを持っているわけではない。

黒執着春麗のように、黒の奥まで行って戻ってきたわけでもない。

通常救済版春麗のように帰還点を持っているわけでもない。

黒ドレス特化救済春麗のように、黒を明確に扱えるわけでもない。

行き遅れに恐怖する春麗のように、待つ位置を強く選んでいるわけでもない。

だからこそ、自覚前春麗は「資料として」という言葉を使ってきました。

資料として確認する。

資料として見る。

資料として保留する。

この言葉は、自覚前春麗にとってかなり便利な言葉です。

黒か青かをすぐに決めなくていい。

自分が揺れたことを、すぐに感情として認めなくていい。

本編春麗や黒執着春麗のログを見ても、「これは資料です」と言えば、とりあえず棚に置ける。

つまり、「資料として」は逃げ道であり、保留場所であり、自分を守るための分類でした。

ただし、今回の話では、その「資料として」が万能ではなくなってきています。

特に大きいのは、リュウ関連のログです。

偶然。

資料として。

確認中。

そういう言葉で処理しようとしても、リュウが「来た」と言ってしまう。

また、「まだ決めていなくても、冷えるだろう」と言って、未確定のまま温かい飲み物を渡してくる。

自覚前春麗にとっては、これはかなり厄介です。

まだ決めていない。

でも、決めていない状態の自分にも、リュウは手を伸ばしてくる。

それを受け取ると、「資料として」と言う前に、手元に温度が残る。

今回の「資料化前に温度が残る」という分類は、自覚前春麗の現状をかなり象徴していると思います。

情報として処理する前に、感情の温度が残ってしまう。

これが、自覚前春麗の変化です。

また、今回はリュウに対する認識も少し変わりました。

自覚前春麗は、リュウを「観測対象」と呼びます。

黒ドレス関連ログにおける主要反応者。

青武道服関連ログにおける比較対象。

各春麗の精神HP被弾要因。

無自覚高火力発言の発生源。

拳での比較対象。

分類としては間違っていません。

でも、記録板AIに「単なる観測対象ですか」と問われると、答えが遅れる。

そして、「主要観測対象」と言ってしまう。

ここは大きな変化です。

本人はあくまで資料上の分類だと言っています。

でも、「単なる」が外れて、「主要」が付いた。

これは、まだ恋愛として認める段階ではありません。

ただし、リュウが彼女の中で、もう単なる比較対象ではなくなっていることは確かです。

黒執着春麗への見方も重要でした。

自覚前春麗にとって、黒執着春麗は危険な資料です。

真似したいわけではない。

あそこまで行きたいわけでもない。

黒だけを自分にするのは危険だと分かっている。

でも、黒執着春麗は黒の奥へ行き、戻ってきました。

黒で勝ち、青でも勝ち、髪留めを貰い、扉の外にいてもリュウが会いに来た。

危険なのに進んでいる。

その事実が、自覚前春麗の未決定状態を浮かび上がらせます。

本編春麗への見方も同じです。

本編春麗は、本編春麗です。

青を選び直し、正式回答ラインにいて、リュウに「聞かせてくれ」と言われている。

青い小箱を抱え、かなり面倒で、それでも本編の位置にいる。

自覚前春麗は、それを少し羨ましく思っています。

ここで大事なのは、自覚前春麗は本編春麗に追いつきたいわけではない、ということです。

黒執着春麗に追いつきたいわけでもない。

彼女が必要としているのは、「私の次」です。

本編春麗の青ではない。

黒執着春麗の黒でもない。

通常救済版春麗の帰還点でもない。

黒ドレス特化救済春麗の専門性でもない。

行き遅れ春麗の待つ位置でもない。

自覚前春麗自身の次。

今回、この言葉が出たことが大きいです。

そして、今回一番重要なのは、「決められない」から「まだ決めないことを選ぶ」への移行です。

以前の自覚前春麗は、決められない状態でした。

黒を選ぶのも怖い。

青を選ぶのも怖い。

リュウにどう見られるのかも分からない。

だから資料として見ていた。

でも今は少し違います。

まだ決めない。

でも、それは逃げるためだけではない。

本編春麗の青も見たい。

黒執着春麗の戻り方も見たい。

通常救済版春麗の帰還点も見たい。

行き遅れ春麗の待つ強さも見たい。

その上で、自分の次を決めたい。

つまり、これは停止ではなく、選択前の位置です。

まだ決めない。

でも、止まってはいない。

この整理が、今回の結論です。

最後の質問で、記録板AIは「今後リュウに会いに行きますか」と聞きます。

これはかなり踏み込んだ質問です。

自覚前春麗は、今すぐではないと言います。

黒を選んだから会うわけでもない。

青を選んだから会うわけでもない。

正式回答を求めるわけでもない。

勝ちに行くとも限らない。

でも、会わないとは言えなくなっている。

この一文も、かなり重要です。

まだ確定ではありません。

でも、以前なら「偶然」と言えた。

「資料として」と言えた。

今もたぶん、そう言おうとする。

でも、自分でも分かっている。

偶然にするには、少し準備しすぎている。

ここが、自覚前春麗の現在地です。

今回の分類は、

決める前の春麗。
資料として、の有効期限確認。
資料化前に温度が残る。
単なる観測対象から主要観測対象へ。
本編春麗への未承認羨望。
黒執着春麗への未承認焦り。
決められないから、まだ決めないへ。
次位置未定。ただし停止ではない。
会わないとは言えなくなっている。

になります。

特に大事なのは、

次位置未定。ただし停止ではない。

です。

自覚前春麗は、まだ動き出したとは言えません。

でも、止まっているわけではありません。

資料係として終わるつもりもない。

まだ決めない。

でも、決めないことを選んでいる。

そして、自分の次を見ている。

今回の記録板AIはかなり踏み込みましたが、その分、自覚前春麗の現在地はかなり整理されました。

自覚前春麗は、まだ青にも黒にも確定していません。

でも、彼女はもうただの観測者ではなくなりつつあります。

資料として見ていたものが、少しずつ自分の温度になっている。

この回は、その変化を確認するためのインタビュー回でした。

最後の「自覚前春麗は、資料係では終わらない」は、かなり大きな未承認仮分類です。

本人はまだ正式承認していません。

ただし、保留保存はされました。

この保留保存が、今の自覚前春麗にはちょうどいいのだと思います。
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