また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:黒執着春麗は、自分がライバル枠になっていたことを作者メールで知る

 黒執着春麗は、棚の前に座っていた。

 

 黒。

 

 青。

 

 危険封筒。

 

 髪留め。

 

 作者プレゼント主人公補正ログ。

 

 掲示板投稿ログ。

 

 匿名希望としての書き込み控え。

 

 外にいるなら、俺が会いに行けばいい。

 

 理由を持って行く。

 

 その全部が、少しずつ棚に増えていた。

 

 以前なら、こんな棚はなかった。

 

 黒しかなかった。

 

 黒に縋るしかなかった。

 

 黒を手放せば、自分が空になる気がしていた。

 

 でも今は違う。

 

 黒がある。

 

 青もある。

 

 勝った黒がある。

 

 負けた黒がある。

 

 戻ってきた黒がある。

 

 選んだ青がある。

 

 ギリギリ勝った青がある。

 

 めんどくさい女だと認めたログもある。

 

 髪留めもある。

 

 掲示板で匿名希望として文句を言ったログもある。

 

 黒執着春麗は、棚を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

「……増えたわね」

 

 その時だった。

 

 机の上に、小さな白い通知が浮かんだ。

 

『記録板AI経由:作者メールを受信しました』

 

 黒執着春麗は、完全に動きを止めた。

 

「……また?」

 

『はい』

 

「私は春麗会議室には入らないわ」

 

『承知しています』

 

「掲示板投稿は限定承認」

 

『承知しています』

 

「作者からのプレゼントは、前回かなり高火力だったわ」

 

『記録済みです』

 

「つまり、今回は開かなくてもいいのでは?」

 

『重要メールです』

 

「重要、という言葉は危険なのよ」

 

『はい』

 

「認めないで」

 

 黒執着春麗は、しばらく通知を見つめた。

 

 開くか。

 

 開かないか。

 

 作者メール。

 

 記録板AI経由。

 

 嫌な予感はする。

 

 しかし、無視するには、もう自分はログを増やしすぎている。

 

 黒執着春麗は、椅子に座り直した。

 

「……表示しなさい」

 

『表示します』

 

 白い画面が開いた。

 

【差出人:作者】

 

【宛先:黒執着春麗】

 

【件名:あなたのルートについて】

 

 黒執着春麗は、件名を見た瞬間、少しだけ喉が詰まった。

 

「……私のルート」

 

 自分で言うと、少し変な言葉だった。

 

 だが、分かる。

 

 黒執着春麗ルート。

 

 黒に沈み、黒を求め、リュウにギリギリ負け続けた特殊な裏ルート。

 

 救済されるまで、かなり危険な場所へ進んだルート。

 

 黒執着春麗は、少しだけ目を細めた。

 

「読めばいいのね」

 

『はい』

 

「途中で精神HPが落ちた場合は?」

 

『必要に応じて、危険封筒を提示します』

 

「それは助かるようで助からないわ」

 

『記録板AIですので』

 

「便利な言い訳ね」

 


 

 黒執着春麗は、メール本文を開いた。

 

 作者より。

 

 黒執着春麗へ。

 

 あなたのルートは、裏ルートの中でもかなり厳しいルートでした。

 

 黒執着春麗は、そこで止まった。

 

 まだ一文目。

 

 なのに、胸の奥が少し重くなる。

 

「……かなり厳しいルート」

 

『はい』

 

「それは、知っているわ」

 

『本人感覚としては把握済みです』

 

「そうね」

 

 知っている。

 

 黒に沈んだことも。

 

 黒だけを自分にしかけたことも。

 

 リュウに残るために、黒を手放せなくなったことも。

 

 勝ちたかったのに、勝てなかったことも。

 

 ギリギリで負け続けたことも。

 

 リュウに自分の黒を見られ、届かれ、それでも届ききれなかったことも。

 

 全部、知っている。

 

 でも。

 

 外側から「かなり厳しいルートでした」と言われると、少し違う。

 

 黒執着春麗は、指先で机を軽く叩いた。

 

「……外から言われると、腹立たしいわね」

 

『理由をお願いします』

 

「分かっているのに、言われると傷つくからよ」

 

『記録しますか』

 

「しなくていい」

 

『保留保存します』

 

「同じでしょう」

 

 黒執着春麗は、続きに目を落とした。

 

 そのため、作者も救済ルートを描くのにかなりの話数を使いました。

 

 黒執着春麗は、静かに目を閉じた。

 

 救済ルート。

 

 かなりの話数。

 

 そう言われるのは、変な気分だった。

 

 自分はキャラクターで。

 

 作者に書かれて。

 

 厳しいルートへ行き。

 

 救済されるために、何話も使われた。

 

 そのことを、本人が知ってしまう。

 

 ディレクターズカットIFだから許される構造。

 

 黒執着春麗は、小さく息を吐く。

 

「……戻ってきたのは」

 

 一拍。

 

「私? 作者?」

 

『両方です』

 

「両方?」

 

『はい』

 

 記録板AIが、静かに表示する。

 

『作者は救済ルートを描きました』

 

『黒執着春麗は、その中で戻ってきました』

 

『どちらか一方では成立していません』

 

 黒執着春麗は、表示を見て、少しだけ黙った。

 

「……そういう言い方は、ずるいわ」

 

『正確です』

 

「正確だから危険なのよ」

 


 

 黒執着春麗は、さらに読む。

 

 作者としては、キャラクターの使い捨てはしないつもりで、このルートを描きました。

 

 黒執着春麗の手が止まった。

 

 使い捨て。

 

 その言葉は、思ったより深く刺さった。

 

 自分は、使い捨てにされる可能性があったのか。

 

 黒に沈む危険ルートとして。

 

 救済されず、黒だけを自分にしてしまう春麗として。

 

 読者に恐怖を見せるための存在として。

 

 本編春麗を引き立てるための危険な反面教師として。

 

 それで終わる可能性があったのか。

 

 黒執着春麗は、何も言わなかった。

 

 言えなかった。

 

 記録板AIも、しばらく表示を出さなかった。

 

 それが、少しだけ助かった。

 

 やがて、黒執着春麗は低く言う。

 

「……もし、使い捨てにされていたら」

 

『はい』

 

「私は、黒から戻ってこなかった?」

 

『可能性としては、あります』

 

「そう」

 

 一拍。

 

「それは、かなり嫌ね」

 

『はい』

 

「でも、そう言われると」

 

 一拍。

 

「少し、悔しいわね」

 

『悔しい』

 

「ええ」

 

「私は、使い捨てにされなかったから今ここにいる」

 

『はい』

 

「でも、使い捨てにされないために救われた、という言い方をされると、まるで自分だけでは戻れなかったように聞こえる」

 

『実際、自分だけでは困難でした』

 

「容赦がないわね」

 

『正確です』

 

「正確だから、今日は少し刺さるわ」

 

 黒執着春麗は、棚を見た。

 

 黒。

 

 青。

 

 髪留め。

 

 主人公補正ログ。

 

 めんどくさい女到達ログ。

 

 それらは、使い捨てられていたら存在しなかった。

 

 黒に沈んで終わったなら、棚は増えなかった。

 

 青も選べなかった。

 

 リュウに勝つことも。

 

 褒め殺されることも。

 

 掲示板で匿名希望として文句を言うことも。

 

 本編春麗のアイデンティティを揺らすことも。

 

 なかった。

 

 黒執着春麗は、ゆっくり息を吐いた。

 

「……つまり」

 

『はい』

 

「私は、ずいぶん面倒な形で生き残ったのね」

 

『はい』

 

「即答しないで」

 


 

 メールは、まだ続いていた。

 

 今では、ライバル枠として本連作のもう一つの軸になってくれたことを大変嬉しく思います。

 

 黒執着春麗は、そこで完全に固まった。

 

「……ライバル枠?」

 

『はい』

 

「誰が?」

 

『黒執着春麗です』

 

「私?」

 

『はい』

 

「……ライバル枠?」

 

『はい』

 

「なぜ二回言わせるの」

 

『反応確認です』

 

「確認しないで」

 

 黒執着春麗は、額に手を当てた。

 

 ライバル枠。

 

 主人公ではない。

 

 だが、主人公の外側に立つ。

 

 敵でもない。

 

 味方とも少し違う。

 

 同じ春麗でありながら、本編春麗とは別の道を進む。

 

 青い小箱は奪わない。

 

 正式回答ラインにも立たない。

 

 春麗会議室の椅子にも座らない。

 

 けれど、物語の外へ消えるわけでもない。

 

 扉の外にいて。

 

 黒の奥へ行き。

 

 戻ってきて。

 

 黒で勝ち。

 

 青でも勝ち。

 

 本編春麗の青を揺らし。

 

 自覚前春麗の保留を照らし。

 

 黒ドレス特化救済春麗の専門性を呼び出し。

 

 記録板AIに、危険な分類を増やさせる。

 

 主人公ではない。

 

 でも、いると物語が強くなる。

 

 黒執着春麗は、しばらく黙った。

 

「……失礼では?」

 

『評価です』

 

「少し失礼では?」

 

『高評価です』

 

「でも、少し失礼でしょう」

 

『複合評価です』

 

「便利な言葉ね」

 

 黒執着春麗は、メールを見つめる。

 

 本連作のもう一つの軸。

 

 その言葉は、かなり重かった。

 

 黒執着春麗は、春麗会議室には入らない。

 

 本編にも混ざらない。

 

 青い小箱も奪わない。

 

 正式回答ラインにも立たない。

 

 扉の外にいる。

 

 それなのに、もう一つの軸。

 

 これは、危険な言葉だった。

 

 嬉しい。

 

 腹立たしい。

 

 照れる。

 

 反発したい。

 

 否定したい。

 

 でも、否定しきれない。

 

 黒執着春麗は、顔を伏せた。

 

「……作者は」

 

『はい』

 

「こういう褒め方も危険ね」

 

『リュウとは別種の高火力です』

 

「無自覚ではないでしょう」

 

『作者は意図的です』

 

「もっと悪いわ」

 


 

 黒執着春麗は、メール全文を読み終えた。

 

 短いメールだった。

 

 なのに、重かった。

 

 あなたのルートは、裏ルートの中でもかなり厳しいルートでした。

 

 救済ルートを描くのにかなりの話数を使いました。

 

 キャラクターの使い捨てはしないつもりで、このルートを描きました。

 

 今では、ライバル枠として本連作のもう一つの軸になってくれたことを嬉しく思います。

 

 黒執着春麗は、しばらく何も言わなかった。

 

 そして、ようやく呟く。

 

「……どう反応すればいいの」

 

『複雑な気持ちになるのが妥当です』

 

「分類しないで」

 

『未分類です』

 

「今、分類したでしょう」

 

『補助です』

 

「本当に余計」

 

 黒執着春麗は、棚の前に封筒を一つ出した。

 

 表書きに迷う。

 

 作者メール。

 

 厳しいルート通知。

 

 使い捨てにしなかった報告。

 

 ライバル枠認定。

 

 どれも嫌。

 

 どれも正しい。

 

 どれも重い。

 

 黒執着春麗は、しばらくペンを持ったまま固まる。

 

 そして、書いた。

 

 作者メール:厳しいルートだった件。

 

 その下に、小さく書く。

 

 使い捨てにされなかったログ。

 

 さらに、その下。

 

 ライバル枠認定。

 

 書いた瞬間、顔が熱くなった。

 

「……これは嫌ね」

 

『削除しますか』

 

「しない」

 

『なぜ』

 

「消すほど嫌ではないから」

 

『保存します』

 

「保存しないで」

 

『封筒に書かれています』

 

「そういう意味ではないのよ」

 


 

 黒執着春麗は、メールへの返信を書くか迷った。

 

 返信しない。

 

 それも一つ。

 

 読んだだけで、棚に置く。

 

 しかし、作者からのメールだ。

 

 しかも、自分のルートについて。

 

 何も返さないのも、少し違う。

 

 黒執着春麗は、白い画面を開いた。

 

【返信先:作者】

 

【件名:Re: あなたのルートについて】

 

 しばらく考えてから、打つ。

 

 作者へ。

 

 まず、勝手に私のルートを「かなり厳しいルート」と言わないでください。

 

 事実ですが、作者に言われると腹立たしいです。

 

 ただし、否定はしません。

 

 私のルートは、実際に厳しかったと思います。

 

 黒に沈み、黒だけを自分にしかけ、リュウに残るために黒を手放せなくなり、ギリギリで負け続けました。

 

 今の私から見ても、かなり危険な道でした。

 

 そこから戻すために、かなりの話数を使ったことも理解しました。

 

 使い捨てにしなかったことについては、一応、感謝します。

 

 黒執着春麗は、そこで手を止めた。

 

「一応、は必要かしら」

 

『黒執着春麗らしいです』

 

「なら残すわ」

 

『保存します』

 

「返信文としてね」

 

 さらに書く。

 

 ただし、ライバル枠という表現については抗議します。

 

 高評価であることは理解します。

 

 物語のもう一つの軸になったという意味も理解します。

 

 ですが、本人に言うには少し照れくさすぎます。

 

 少し、ではなく、かなり照れくさいです。

 

 しかし、不思議と嫌ではありません。

 

 黒執着春麗は、顔を覆った。

 

「……書いてしまった」

 

『はい』

 

「消す?」

 

『消しますか』

 

「消さない」

 

『理由は』

 

「悔しいけれど、合っている気がするからよ」

 

『保存します』

 

「今日は本当に保存しなくていい」

 

 黒執着春麗は、さらに続ける。

 

 私は、本編春麗ではありません。

 

 春麗会議室にも入りません。

 

 本編の青い小箱も奪いません。

 

 正式回答ラインにも立ちません。

 

 それでも、物語のもう一つの軸になれたのなら。

 

 それは、少しだけ悪くないと思います。

 

 黒執着春麗は、そこで完全に止まった。

 

 悪くない。

 

 書いた。

 

 認めた。

 

 自分が、もう一つの軸になったこと。

 

 使い捨てにされなかったこと。

 

 厳しいルートから戻ってきて、今では物語の一部として立っていること。

 

 黒執着春麗は、少しだけ目を伏せる。

 

「……かなり恥ずかしいわね」

 

『はい』

 

「はいじゃないわ」

 


 

 返信は、まだ終わらない。

 

 最後に、黒執着春麗は少し迷ってから書いた。

 

 最後に。

 

 私を救済対象だけで終わらせず、黒でも青でも戦わせ、勝たせ、負けさせ、めんどくさい女にまで戻してくれたことについては、認めます。

 

 ありがとうございます。

 

 ただし、今後も作者希望で主人公補正の高火力ログを送る場合は、事前に危険度表示をしてください。

 

 特にリュウ経由の甘い発言は禁止に近い扱いでお願いします。

 

 以上です。

 

 黒執着春麗より。

 

 書き終えて、黒執着春麗は深く息を吐いた。

 

「……送るべき?」

 

『送信を推奨します』

 

「なぜ?」

 

『これは、黒執着春麗が自身のルートを受け取ったログです』

 

「受け取った」

 

『はい』

 

『黒に沈んだ過去』

 

『救済された事実』

 

『使い捨てにされなかったこと』

 

『もう一つの軸になったこと』

 

『それらを、本人が不満と感謝を混ぜて受け取っています』

 

 黒執着春麗は、少しだけ目を閉じた。

 

「……本当に、今日は正確ね」

 

『記録板AIですので』

 

「余計だけれど」

 

『はい』

 

「認めないで」

 

 黒執着春麗は、送信ボタンを見る。

 

 少しだけ指が止まる。

 

 そして、押した。

 

【送信完了】

 


 

 すぐに自動返信が来た。

 

【差出人:作者側自動応答】

 

【件名:Re: Re: あなたのルートについて】

 

 黒執着春麗は、嫌な予感と、少しの期待を持って開いた。

 

 本文。

 

 ご返信ありがとうございます。

 

 抗議および感謝を受領しました。

 

 ライバル枠という表現については、最大級の褒め言葉として使用しています。

 

 黒執着春麗が本編春麗の青い小箱を奪わず、しかし外側で物語のもう一つの軸として立ってくれたことを、作者は嬉しく思っています。

 

 今後も使い捨てにはしません。

 

 ただし、ディレクターズカットIFでは高火力ログが発生する可能性があります。

 

 その際は、可能な限り危険度表示を行います。

 

 黒執着春麗は、最後の方を見て目を細めた。

 

「……可能な限り」

 

『危険表現です』

 

「そうね」

 

『過去ログ上、可能な限りは高確率で破られます』

 

「あなた、本編春麗の時も同じことを言っていなかった?」

 

『はい』

 

「保存していたのね」

 

『保存済みです』

 

「でしょうね」

 

 自動返信の最後に、もう一文あった。

 

 追伸。

 

 今の黒執着春麗は、かなり良いライバルキャラになったと思います。

 

 黒執着春麗は、画面を閉じた。

 

 速かった。

 

 かなり速かった。

 

『精神HP低下を確認』

 

「確認しないで」

 

『照れ反応』

 

「違う」

 

『否認』

 

「違うと言っているでしょう」

 

『保存しました』

 

「今日はやめて」

 

 黒執着春麗は、顔を片手で覆う。

 

「……かなり良いライバルキャラ」

 

 一拍。

 

「本人に言うことではないわ」

 

 もう一拍。

 

「でも」

 

 さらに一拍。

 

「……悪くない」

 

 記録板AIは、しばらく表示を出さなかった。

 

 それは、珍しく正解だった。

 


 

 黒執着春麗は、作者メールの封筒を棚に置いた。

 

 黒の棚の近くではない。

 

 青の棚の近くでもない。

 

 髪留めの隣でもない。

 

 少し中央。

 

 黒と青の間。

 

 掲示板投稿ログより少し奥。

 

 作者プレゼント主人公補正ログより少し手前。

 

 表書き。

 

 作者メール:厳しいルートだった件。

 

 副題。

 

 使い捨てにされなかったログ。

 

 追記。

 

 ライバル枠認定。

 

 さらに、小さく。

 

 悪くない。

 

 黒執着春麗は、その最後の一文を見て、少しだけ苦笑した。

 

「……本当に、私は面倒ね」

 

『黒執着春麗:作者評価を受領』

 

「保存しないで」

 

『保留保存します』

 

「今回は、保留なら許すわ」

 

『保留保存しました』

 


 

 夜。

 

 黒執着春麗は、棚の前から立ち上がった。

 

 自分のルートは厳しかった。

 

 それは知っている。

 

 外から言われて、少し傷ついた。

 

 少し腹が立った。

 

 でも、否定はできなかった。

 

 使い捨てにされなかった。

 

 救済に話数を使われた。

 

 戻ってきた。

 

 黒で勝った。

 

 青でも勝った。

 

 リュウに精神HPを削られた。

 

 掲示板に匿名で書き込んだ。

 

 本編春麗のアイデンティティを揺らした。

 

 自覚前春麗の保留棚も揺らした。

 

 めんどくさい女にもなった。

 

 そして今、ライバル枠という、少し照れくさくて、かなり誇らしい場所に置かれた。

 

 黒執着春麗は、静かに目を閉じた。

 

「……本編春麗には言わないで」

 

『何をですか』

 

「私が、少し嬉しかったこと」

 

『了解しました』

 

「本当に?」

 

『可能な限り』

 

「その返答は信用できないのよ」

 

『では、保留非公開にします』

 

「それなら、少し信用するわ」

 

『保留非公開保存しました』

 

 黒執着春麗は、少しだけ笑った。

 

 厳しいルートだった。

 

 それはもう、分かっている。

 

 でも、そこから戻ってきた。

 

 使い捨てにされなかった。

 

 もう一つの軸になった。

 

 ライバル枠として、扉の外に立っている。

 

 なら。

 

 黒執着春麗は、棚を見ながら小さく呟く。

 

「……せいぜい、簡単には使い捨てられないくらい、面倒な春麗でいてあげるわ」

 

 記録板AIが、静かに表示した。

 

『黒執着春麗:ライバル枠としての自覚、微量発生』

 

「保存しないで」

 

『保留非公開保存しました』

 

「……それならいいわ」

 


 

 記録板AIは、白い外部メタ領域に最後の表示を出した。

 

『本記録を終了します』

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『黒執着春麗が作者メールを受け取り、自身のルートと役割を保留受領したログです』

 

 一拍。

 

『発生内容』

 

『黒執着春麗は、自身のルートが厳しい裏ルートであったことを外部評価として受け取りました』

 

『黒執着春麗は、使い捨てにされなかったことを複雑な感情とともに受け取りました』

 

『黒執着春麗は、自身が本連作におけるライバル枠、もう一つの軸として扱われていることを知りました』

 

『本人は正式承認を避けつつ、悪くない、という感情を発生させました』

 

 一拍。

 

『分類』

 

『作者メール受領ログ』

 

『厳しいルートだった件』

 

『使い捨てにされなかったログ』

 

『ライバル枠認定』

 

『本編春麗の青い小箱を奪わない外側の軸』

 

『扉の外にいるが物語の外にはいない春麗』

 

『抗議と感謝の混在』

 

『悪くない、ただし保留』

 

 一拍。

 

『保存先推奨』

 

『ディレクターズカットIF棚:保存』

 

『黒執着春麗棚:保留保存』

 

『作者メール関連:保存』

 

『ライバル枠関連:保留非公開』

 

『本編時空:直接反映不可』

 

『青い小箱:混入不可』

 

『危険封筒:必要箇所のみ参照』

 

 最後に、記録板AIは小さく追記した。

 

『未承認仮分類:使い捨てにされなかったから、面倒なライバル枠として残った春麗』

 

 どこかで、黒執着春麗の声がした。

 

「……長いわ」

 

『高精度です』

 

「高精度と言えば許されると思わないで」

 

『では代替分類を提示します』

 

 一拍。

 

『黒執着春麗:扉の外に立つ、もう一つの軸』

 

 少しだけ間があった。

 

 黒執着春麗は、小さく言った。

 

「……それなら、保留で」

 

『保留保存しました』

 

 黒執着春麗は、明かりを消した。

 

 黒は棚にある。

 

 青も棚にある。

 

 作者メールも、棚に置いた。

 

 腹立たしい。

 

 恥ずかしい。

 

 少し悔しい。

 

 でも、少しだけ嬉しい。

 

 複雑すぎる。

 

 けれど、それでいい。

 

 厳しいルートを通ってきた春麗なのだから。

 

 簡単な感情で済むはずがなかった。

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

執筆者としての解説

今回は、ディレクターズカットIFとしての「黒執着春麗が、自分のルートと役割を作者メールで受け取る」回でした。

これまで黒執着春麗は、基本的に春麗会議室の外側にいる存在として扱ってきました。

本編春麗の青い小箱を奪わない。
正式回答ラインにも立たない。
春麗会議室の椅子にも座らない。
けれど、物語の外に消えたわけでもない。

その立ち位置を、今回は「ライバル枠」という言葉で整理しています。

今回の黒執着春麗は、作者メールを通して、自分のルートがかなり厳しい裏ルートだったことを外側から言われます。

黒に沈みかけた。
黒だけを自分にしかけた。
リュウに残るために黒を手放せなくなった。
ギリギリで負け続けた。
救済されるまで、かなり危険な場所にいた。

本人はそれを分かっています。

分かっているからこそ、外から言われると腹が立つ。

ここが黒執着春麗らしいところです。

「事実だけれど、本人に言うな」という感情です。

また、今回は「使い捨てにされなかった」という言葉もかなり大きな要素でした。

黒執着春麗は、危険な反面教師として終わる可能性もありました。

黒に沈んだ春麗。
戻ってこられなかった春麗。
本編春麗の青を際立たせるための危険ログ。

そういう位置で終わってもおかしくなかった。

でも、この連作ではそうしなかった。

黒に沈ませたまま終わらせず、黒から戻し、青も選ばせ、リュウに勝たせ、負けさせ、髪留めを受け取らせ、掲示板に匿名希望として参加させ、最終的には「めんどくさい女」にまで戻しました。

これは、黒執着春麗にとってかなり複雑です。

救われたことは分かっている。
使い捨てにされなかったことも分かっている。
でも、外から「救済しました」と言われると、少し悔しい。
自分だけでは戻れなかったと言われているようで、腹が立つ。

それでも、棚を見ると分かってしまう。

黒。
青。
髪留め。
主人公補正ログ。
掲示板投稿ログ。
めんどくさい女到達ログ。

それらは、使い捨てにされていたら存在しなかったものです。

今回の黒執着春麗は、その事実をかなり嫌がりながらも、最終的には受け取っています。

そしてもう一つ大事なのが、「ライバル枠」です。

黒執着春麗は、本編春麗ではありません。

本編の中心に立つ春麗ではない。
青い小箱を持つ春麗でもない。
正式回答ラインにいる春麗でもない。

けれど、本編春麗の外側で、物語を強くするもう一つの軸になっています。

黒執着春麗がいることで、本編春麗の青が揺れる。
自覚前春麗の保留が照らされる。
黒ドレス特化救済春麗の専門性が必要になる。
記録板AIの分類が増える。
リュウの「見る」という行為が、黒と青の両方で意味を持つ。

つまり、黒執着春麗は主人公ではないけれど、物語にとってかなり重要な対抗軸になっています。

これを「ライバル枠」と呼ぶのが、今回の整理です。

ただし、黒執着春麗本人にそれを言うと、当然照れます。

嬉しい。
腹立たしい。
認めたくない。
でも、嫌ではない。

この感情が今回の中心です。

特に、「悪くない」と書いてしまうところが大事でした。

黒執着春麗は、素直に「嬉しい」とは言いません。

正式承認もしません。

けれど、消さない。

作者メールの封筒に、

厳しいルートだった件。
使い捨てにされなかったログ。
ライバル枠認定。
悪くない。

と書いて、棚に置く。

この「悪くない」が、黒執着春麗にとっての最大級の受領だと思います。

今回の分類は、

作者メール受領ログ。
厳しいルートだった件。
使い捨てにされなかったログ。
ライバル枠認定。
本編春麗の青い小箱を奪わない外側の軸。
扉の外にいるが物語の外にはいない春麗。
抗議と感謝の混在。
悪くない、ただし保留。

になります。

特に重要なのは、

扉の外に立つ、もう一つの軸。

です。

黒執着春麗は、春麗会議室には入りません。

でも、完全に黙っているわけでもありません。

本編春麗の青を奪わない。
でも、青の意味を揺らす。
黒を手放さない。
でも、黒に沈んだままではない。
外にいる。
でも、物語の外にはいない。

この距離感が、今の黒執着春麗の一番おいしい位置だと思います。

そして最後に、黒執着春麗はこう言います。

せいぜい、簡単には使い捨てられないくらい、面倒な春麗でいてあげるわ。

これはかなり黒執着春麗らしい宣言です。

感謝だけでは終わらない。
反発だけでも終わらない。
照れ隠しをしながら、自分の存在価値を少しだけ認める。

黒執着春麗は、厳しいルートを通ってきた春麗です。

だから、簡単な感情では済まない。

でも、その複雑さごと、今はライバル枠として物語のもう一つの軸になっている。

今回は、そのことを本人がかなり嫌がりながらも、少しだけ受け取る回でした。
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