また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:本編春麗は、青い髪留めを贈られて祝福されて落ち込む

 記録板AIは、白い外部メタ領域に表示を出した。

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『本編春麗は現在、リュウへ出した宿題の正式回答待ちです』

 

『そのため、本記録内の出来事は本編時空へ直接反映されません』

 

『青い小箱への正式混入も行いません』

 

『危険封筒への自動保存も行いません』

 

 一拍。

 

『本記録の位置づけ』

 

『直前の非公開インタビューにおいて、本編春麗は黒執着春麗への本音を整理しました』

 

『黒執着春麗を、危険で、面倒で、疲れる存在としながらも』

 

『戻ってきてくれてよかった、と非公開で認めました』

 

『本件は、その本編春麗に対する作者ご褒美エピソードです』

 

 一拍。

 

『注意事項』

 

『本編時空では正式回答待ちのため、リュウとの関係進行は本編確定扱いになりません』

 

『作者プレゼント主人公補正ログとして扱います』

 

『ただし、リュウ無自覚高火力発言が発生する可能性があります』

 

『本編春麗の精神HP低下が予想されます』

 

 最後に、記録板AIは小さく追記した。

 

『本編春麗本人は、この説明を読んでいません』

 

『読ませると開始前に抗議されるためです』

 


 

 その日、本編春麗は、青い小箱を開けなかった。

 

 危険封筒も開けなかった。

 

 黒執着春麗の棚も見なかった。

 

 春麗会議室にも行かなかった。

 

 掲示板も開かなかった。

 

 記録板AIの通知も切った。

 

 完璧だった。

 

 かなり完璧だった。

 

 今日だけは、自分の中の整理も、他春麗ログの断片受信も、作者希望の高火力流入も、全部止める。

 

 そう決めていた。

 

 夕方。

 

 春麗は、一人で歩いていた。

 

 青い武道服ではない。

 

 稽古後に着替えた、いつもの私服。

 

 派手ではない。

 

 飾っているわけでもない。

 

 ただ、少しだけ髪を整えていた。

 

 理由はない。

 

 ないはずだった。

 

 強いて言うなら、風が強いから。

 

 髪が乱れると邪魔だから。

 

 そういうことにしていた。

 

 道の端には、小さな花屋があった。

 

 特別な店ではない。

 

 通りがかっただけ。

 

 春麗は、そこで少し足を止めた。

 

 青い花があった。

 

 小さな花。

 

 派手ではない。

 

 けれど、夕方の光の中で、少しだけ目立っていた。

 

「……青」

 

 呟いてから、春麗はすぐに視線を逸らした。

 

 青に反応するのはよくない。

 

 最近の自分は、青に意味を持たせすぎている。

 

 届かれた青。

 

 見られた青。

 

 覚えられた青。

 

 聞かれた青。

 

 相打ちの青。

 

 進まれた青。

 

 もう十分だ。

 

 花まで青の分類に入れ始めたら、さすがに危険だ。

 

 そう思って、春麗は歩き出そうとした。

 

 その時。

 

「春麗」

 

 後ろから声がした。

 

 聞き間違えるはずがない。

 

 春麗は、足を止めた。

 

 振り返る前に、少しだけ息を整えた。

 

 何もしていない。

 

 何も期待していない。

 

 偶然。

 

 ただの偶然。

 

 そういう顔を作ってから、振り返った。

 

「……リュウ」

 

 リュウが立っていた。

 

 いつものように、まっすぐだった。

 

 歩いてきたのか、少しだけ肩に夕方の光が乗っている。

 

 手には、何も持っていない。

 

 少なくとも、今は。

 

「偶然ね」

 

 春麗は言った。

 

 言ってから、すぐに少し後悔した。

 

 偶然と言うのが早すぎた。

 

 リュウは少しだけ首を傾げる。

 

「そうだな」

 

 否定しない。

 

 そこがまた危険だった。

 

 否定されたらされたで困る。

 

 否定されなかったらされなかったで、少し気になる。

 

 春麗は、平静を装った。

 

「稽古帰り?」

 

「ああ」

 

「こんなところを通るのね」

 

「今日は、少し遠回りした」

 

 春麗の精神HPが少し削れた。

 

「……どうして?」

 

 聞いてしまった。

 

 聞くべきではなかった。

 

 でも聞いてしまった。

 

 リュウは、花屋の方を見る。

 

「春麗が、ここを通るかもしれないと思った」

 

 春麗は、止まった。

 

 夕方の空気が、一瞬だけ静かになる。

 

「……それ」

 

「ああ」

 

「偶然ではないのでは?」

 

 リュウは、少し考えた。

 

「偶然に会えたらいいと思って来た」

 

 春麗は、片手で額を押さえた。

 

「……それは、偶然を装った必然では?」

 

「そうかもしれない」

 

「そうかもしれない、ではないわ」

 

「ああ」

 

 リュウは、素直に頷く。

 

 その素直さが、一番危険だった。

 


 

 春麗は、花屋の前から少し離れた。

 

 リュウも、隣を歩く。

 

 近すぎない。

 

 遠すぎない。

 

 並んで歩くには自然な距離。

 

 けれど、春麗にとっては少し危険な距離。

 

「それで?」

 

 春麗は、横を見ずに言った。

 

「何が?」

 

「偶然に会えたらいいと思って遠回りした理由」

 

 言ってから、また後悔した。

 

 理由。

 

 理由を聞いてしまった。

 

 最近、理由という単語は危険だ。

 

 黒執着春麗のログでも、理由を持って来る、という言葉が高火力だった。

 

 でも今回は、自分のログだ。

 

 自分のログだから、聞いてもいい。

 

 いや、よくないかもしれない。

 

 春麗がそんなことを考えている間に、リュウは答えた。

 

「前に、春麗が言っていた」

 

「何を?」

 

「話すことが増えている、と」

 

 春麗は、歩く足を止めかけた。

 

 止めなかった。

 

 止めたら負ける気がした。

 

「……覚えていたの?」

 

「ああ」

 

「それは、私が独り言のように言ったものでは?」

 

「そうかもしれない」

 

「そうかもしれないではなく、そうだったはずよ」

 

「ああ」

 

 リュウは頷いた。

 

「でも、聞こえた」

 

 精神HPが削れた。

 

 春麗は、少しだけ顔を逸らした。

 

「聞こえたからって、覚えていなくていいのよ」

 

「覚えておきたかった」

 

「……」

 

 春麗は、完全に沈黙した。

 

 危険。

 

 これは危険。

 

 青い小箱へ入れる余裕がない。

 

 危険封筒でもない。

 

 今、直接来ている。

 

 作者。

 

 これは作者が何かした。

 

 本編春麗は、直感した。

 

 これは自然発生ではない。

 

 主人公補正。

 

 本編春麗個人への作者プレゼント。

 

 そういう匂いがする。

 

 しかし、春麗会議室には接続しない。

 

 記録板AIもいない。

 

 誰も助けてくれない。

 

 自分で処理するしかない。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「今日は、何か……言い方が危険よ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「では、控える」

 

「そうして」

 

 リュウは少し黙った。

 

 春麗も黙った。

 

 沈黙。

 

 それは、少しだけ安心だった。

 

 リュウの沈黙は、余計ではない時がある。

 

 今日は、たぶんその沈黙だった。

 

 だから、春麗は少しだけ息を整えられた。

 


 

 二人は、公園の端にある小さなベンチの前で止まった。

 

 座るほどではない。

 

 だが、立ち去るほどでもない。

 

 夕方の光が落ちてくる。

 

 遠くで子どもの声がする。

 

 風が、少しだけ髪を揺らした。

 

 春麗が髪を押さえるより早く、リュウが小さなものを取り出した。

 

「これを」

 

 春麗は、差し出されたものを見た。

 

 小さな髪留めだった。

 

 青。

 

 青い花の形。

 

 派手ではない。

 

 けれど、さっき花屋で見た青い花に似ている。

 

 春麗は、言葉を失った。

 

「……待って」

 

「ああ」

 

「待ってと言ったのは、受け取る前に精神HPを立て直すためよ」

 

「分かった」

 

「分かっているなら、なぜそのまま差し出しているの」

 

「落とすといけない」

 

「そういう問題ではないわ」

 

 リュウは、手を引っ込めなかった。

 

 青い髪留めは、夕方の光の中で静かに光っている。

 

 春麗は、それを見ないようにしようとした。

 

 無理だった。

 

「……なぜ?」

 

「さっき、花を見ていた」

 

「見ていただけよ」

 

「ああ」

 

「それだけで?」

 

「春麗に合うと思った」

 

 春麗は、完全に停止した。

 

 リュウは続けない。

 

 続けないでいてくれた。

 

 だが、一文だけで十分だった。

 

 春麗に合うと思った。

 

 青。

 

 花。

 

 髪留め。

 

 春麗に合う。

 

 これは危険。

 

 非常に危険。

 

 作者。

 

 これは完全に作者のご褒美だ。

 

 やりすぎ。

 

 本編春麗は、心の中で抗議した。

 

 しかし、手は伸びていた。

 

 伸びてしまっていた。

 

 青い髪留めを受け取る。

 

 指先に、小さな硬さ。

 

 軽い。

 

 軽いのに、重い。

 

「……これは」

 

「ああ」

 

「贈り物として受け取るかどうかは、まだ未承認よ」

 

「分かった」

 

「戦闘用具でもないわ」

 

「ああ」

 

「資料でもない」

 

「ああ」

 

「青い小箱に入れるかどうかも、まだ決めない」

 

「分かった」

 

 リュウは、ただ頷いている。

 

 その頷きが、また危険だった。

 

 春麗は、小さく息を吐いた。

 

「……でも」

 

「ああ」

 

「落とすのも違うから」

 

「ああ」

 

「一度だけ、付けてみるわ」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 リュウは、何も言わなかった。

 

 春麗は、髪留めを持って、髪に触れた。

 

 手が少し震えた。

 

 なぜ震えるのか。

 

 これは戦いではない。

 

 試合でもない。

 

 発勁でもない。

 

 リュウに出した宿題の正式回答でもない。

 

 ただ、青い髪留めを付けるだけ。

 

 それなのに、精神HPが削れている。

 

 春麗は、髪留めを留めた。

 

 髪が少しまとまる。

 

 視界が開く。

 

 夕方の風が通る。

 

 リュウが、春麗を見る。

 

 春麗は、すぐに言った。

 

「感想は一つまで」

 

「ああ」

 

「危険な言い方は禁止」

 

「分かった」

 

「綺麗、似合っている、春麗らしい、は危険語彙」

 

「分かった」

 

「では、言いなさい」

 

 なぜ許可したのか。

 

 自分でも分からない。

 

 リュウは、少しだけ春麗を見てから言った。

 

「今の青も、覚えておく」

 

 春麗の精神HPが0になった。

 

 少なくとも、本人感覚では0だった。

 

 目の前が真っ白になる。

 

 青い髪留め。

 

 今の青。

 

 覚えておく。

 

 危険語彙を避けている。

 

 避けているのに、もっと危険な道を通ってきた。

 

 春麗は、片手で顔を覆った。

 

「……あなた」

 

「ああ」

 

「危険語彙を避けた結果、危険度が上がっているわ」

 

「そうなのか」

 

「そうなの」

 

「すまない」

 

「謝らないで。余計に削れる」

 

 リュウは、少し困ったように黙った。

 

 春麗は、その沈黙に救われた。

 

 救われたが、もう遅かった。

 

 今の青も、覚えておく。

 

 これは青い小箱案件だ。

 

 確実に。

 

 しかも、髪留めつき。

 

 危険封筒にも近い。

 

 どこに入れるべきか分からない。

 

 置き場所がない。

 

 まさに精神HPノックアウト案件。

 

 春麗は、呼吸を整えた。

 

「……今日はここまで」

 

「ああ」

 

「これ以上は危険」

 

「ああ」

 

「あなたも帰りなさい」

 

「ああ」

 

「私は、少し歩いてから帰る」

 

「送る」

 

「駄目」

 

 即答だった。

 

 リュウは止まる。

 

「なぜ?」

 

「今の状態で送られたら、帰宅までに私の精神HPが持たないから」

 

「分かった」

 

「分かってくれて助かるわ」

 

 春麗は、少しだけ歩き出す。

 

 だが、数歩進んでから振り返った。

 

 リュウは、まだそこにいた。

 

「リュウ」

 

「ああ」

 

「髪留めは」

 

 一拍。

 

「……ありがとう」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 リュウは、静かに頷いた。

 

「ああ」

 

 それ以上、言わなかった。

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

「今日は、それで正解」

 

 そして、今度こそ背を向けた。

 


 

 部屋に戻った本編春麗は、春麗会議室には行かなかった。

 

 青い小箱も、すぐには開けなかった。

 

 危険封筒も開けなかった。

 

 まず、鏡の前に立った。

 

 青い髪留め。

 

 夕方の光はもうない。

 

 部屋の明かりの中で見ると、少し落ち着いた青に見えた。

 

 春麗は、しばらくそれを見つめる。

 

「……青」

 

 届かれた青。

 

 見られた青。

 

 覚えられた青。

 

 聞かれた青。

 

 進まれた青。

 

 そして。

 

 今の青も、覚えておく。

 

 春麗は、両手で顔を覆った。

 

「……また増えた」

 

 分類が増える。

 

 青が増える。

 

 話すことも増える。

 

 置き場所も増える。

 

 でも、嫌ではない。

 

 それが一番困る。

 

 春麗は、小さな紙を出した。

 

 表書き。

 

 作者プレゼント主人公補正ログ。

 

 副題。

 

 本編春麗個人用。

 

 さらに下に。

 

 青い髪留め。

 

 偶然を装った必然。

 

 春麗に合うと思った。

 

 今の青も、覚えておく。

 

 春麗は、ペンを止めた。

 

「……これ、普通に危険ね」

 

 普通に危険。

 

 かなり危険。

 

 だが、黒執着春麗のログではない。

 

 他春麗ログではない。

 

 これは自分のログ。

 

 本編春麗個人へのプレゼント。

 

 青い小箱に入れるか。

 

 危険封筒に入れるか。

 

 それとも新しい封筒か。

 

 春麗は、しばらく迷った。

 

 そして、新しい小さな封筒を作った。

 

 表書き。

 

 青い髪留めログ。

 

 副題。

 

 今の青も、覚えられた青。

 

 書いた瞬間、また精神HPが削れた。

 

「……自分で書いて削れるの、本当に嫌」

 

 でも、消さなかった。

 

 その封筒を、青い小箱の横に置く。

 

 中にはまだ入れない。

 

 横に置く。

 

 未承認。

 

 ただし、近い。

 

 本当に近い。

 

 春麗は、机に突っ伏した。

 

「……作者」

 

 一拍。

 

「今回は、抗議しづらいわ」

 

 なぜなら、完全に自分へのプレゼントだったから。

 

 しかも、春麗会議室にも接続していない。

 

 掲示板にも流していない。

 

 記録板AIも出ていない。

 

 リュウも言いすぎなかった。

 

 いや、一つだけ言いすぎた。

 

 今の青も、覚えておく。

 

 あれは言いすぎだ。

 

 でも、危険語彙を避けた結果だった。

 

 リュウなりに配慮していた。

 

 配慮して高火力になる。

 

 本当に危険。

 

 春麗は、青い髪留めに触れた。

 

「……ありがとう」

 

 誰に言ったのか。

 

 リュウに。

 

 作者に。

 

 自分に。

 

 分からない。

 

 それでも、言った。

 


 

 その時だった。

 

 机の端に、小さな白い通知が浮かんだ。

 

 春麗は、嫌な予感がした。

 

「……今日は記録板AIを切ったはず」

 

 通知は、静かに表示される。

 

『記録板AI経由:匿名希望さんからダイレクトメールを受信しました』

 

 春麗は、固まった。

 

「……匿名希望?」

 

 画面が開く。

 

【差出人:匿名希望】

 

【件名:断片受信について】

 

 本文。

 

 本編春麗さんへ。

 

 まず最初に申し上げます。

 

 今回の本編春麗さん個人向け主人公補正ログについて、断片受信が発生しました。

 

 春麗は、何も言わなかった。

 

 目だけが、本文を追った。

 

 受信内容は、詳細ではありません。

 

 ただし、以下の断片を確認しています。

 

 ・青い髪留め

 ・偶然を装った必然

 ・春麗に合うと思った

 ・今の青も、覚えておく

 ・ありがとう

 ・青い髪留めログ

 ・今の青も、覚えられた青

 

 春麗は、椅子から崩れ落ちそうになった。

 

「……見られていた」

 

 口から、声が漏れた。

 

 本文は続いている。

 

 なお、詳細閲覧ではなく断片受信です。

 

 本編春麗さんが以前、私のログについて「断片だけ」と主張していたため、同様の扱いとします。

 

 また、ログ所有権は本編春麗さんにあります。

 

 青い小箱への混入可否については、本編春麗さんの判断を尊重します。

 

 ただし。

 

 春麗は、嫌な予感しかしなかった。

 

 ただし。

 

 そこから先を読みたくなかった。

 

 でも読んだ。

 

 ただし、ご褒美としてはかなり適切だったと思います。

 

 春麗は、机に突っ伏した。

 

「……返された」

 

 返された。

 

 完全に返された。

 

 以前、自分が黒執着春麗のご褒美ログに対して言ったこと。

 

 断片だけ。

 

 詳細ではない。

 

 ログ所有権はあなたにある。

 

 ただし、ご褒美としてはかなり適切。

 

 その構図が、そっくり返ってきた。

 

 匿名希望の本文は、まだ続いている。

 

 個人的には、「今の青も、覚えておく」は短文高火力として非常に危険だと思います。

 

 リュウの危険語彙回避が、結果的に危険度を上げている点も確認しました。

 

 また、「青い髪留めログ」という分類はかなり本編春麗さんらしいと感じます。

 

 以上です。

 

 追伸。

 

 よかったですね。

 

 春麗は、完全に沈んだ。

 

 最後の一文。

 

 よかったですね。

 

 これは、祝福だ。

 

 たぶん。

 

 匿名希望なりの。

 

 でも、刺さる。

 

 見られていた。

 

 自分が本編春麗個人用のプレゼントだと思っていたものを。

 

 黒執着春麗に断片受信されていた。

 

 しかも、かなり冷静に整理されている。

 

 ご褒美としてはかなり適切、と返されている。

 

 よかったですね、と言われている。

 

 春麗は、顔を上げられなかった。

 

「……落ち込むわ」

 

 小さく言った。

 

 嬉しかった。

 

 かなり嬉しかった。

 

 でも見られていた。

 

 自分が黒執着春麗のログを断片受信した時、こういうことだったのか。

 

 自分のものを、自分以外の春麗に断片だけ見られる。

 

 詳細ではない。

 

 奪われてはいない。

 

 でも、見られている。

 

 そして、評価される。

 

 ご褒美としては適切。

 

 よかったですね。

 

 これは、精神HPに悪い。

 

 春麗は、両手で顔を覆った。

 

「……黒執着春麗、ごめんなさい」

 

 今さらだった。

 

 本当に今さらだった。

 

 でも、今なら少し分かる。

 

 断片受信された側の気持ち。

 

 自分のログを、自分の棚に置く前に、他の春麗に少し見られる感覚。

 

 それが悪意ではなくても。

 

 むしろ祝福に近くても。

 

 それでも、落ち込む。

 

 春麗は、匿名希望からのメールを閉じた。

 

 返事を書くか迷った。

 

 書けなかった。

 

 今日は無理だった。

 

 代わりに、小さな紙を出す。

 

 表書き。

 

 匿名希望さんからのDM。

 

 副題。

 

 断片受信された側の気持ちを理解。

 

 その下に。

 

 ご褒美としてはかなり適切。

 

 よかったですね。

 

 春麗は、最後の一文を見て、また机に突っ伏した。

 

「……よかったのよ」

 

 一拍。

 

「よかったの」

 

 もう一拍。

 

「でも、見られていたのは落ち込む」

 

 それが、今回の結論だった。

 


 

 夜。

 

 本編春麗は、青い髪留めを外した。

 

 丁寧に机へ置く。

 

 青い小箱の横。

 

 青い髪留めログの封筒の上。

 

 匿名希望さんからのDMは、そのさらに横。

 

 少し離して置いた。

 

 混ぜない。

 

 同じ場所には置かない。

 

 でも、遠ざけすぎもしない。

 

 春麗は、しばらくそれらを見ていた。

 

 青い髪留め。

 

 今の青も、覚えておく。

 

 匿名希望からのDM。

 

 よかったですね。

 

 春麗は、小さく笑いそうになった。

 

 笑えなかった。

 

 でも、少しだけ口元が緩んだ。

 

「……明日、抗議しようかしら」

 

 誰に。

 

 作者に。

 

 記録板AIに。

 

 匿名希望に。

 

 リュウに。

 

 全員に。

 

 でも、今日はやめた。

 

 今日は、落ち込む日。

 

 嬉しかったのに、見られていたことを知って落ち込む日。

 

 そして、少しだけ理解する日。

 

 他春麗ログの断片受信は、やはり危険。

 

 ログ所有権は大事。

 

 祝福でも被弾する。

 

 よかったですね、は高火力。

 

 本編春麗は、布団に入った。

 

 春麗会議室には行かない。

 

 掲示板も開かない。

 

 記録板AIにも返事をしない。

 

 ただ、眠る前に一度だけ呟く。

 

「……黒執着春麗」

 

 一拍。

 

「次に会ったら」

 

 もう一拍。

 

「少しだけ、謝るわ」

 

 届かない相手へ。

 

 届かなくていい相手へ。

 

 でも、いつか。

 

 たぶん、掲示板で。

 

 匿名希望として現れた時に。

 

 その時は、少しだけ。

 

 断片受信された側の気持ちを分かった、と言えるかもしれない。

 

 青い髪留めは、机の上で静かに光っていた。

 

 嬉しい。

 

 落ち込む。

 

 恥ずかしい。

 

 でも、嬉しい。

 

 全部が混ざったまま。

 

 本編春麗は、布団の中で顔を隠した。

 

「……本当に、主人公補正は危険ね」

 

 誰も答えなかった。

 

 春麗会議室にもつながっていない。

 

 掲示板にもつながっていない。

 

 それでも、どこかで記録板AIが保存したような気がした。

 

『本編春麗:祝福されて落ち込む春麗』

 

 春麗は、布団の中から小さく言った。

 

「……保存しないで」

 

 返事はない。

 

 でも、たぶん保存された。

 

 それがまた少しだけ腹立たしくて。

 

 少しだけ、救いでもあった。

 


 

 記録板AIは、白い外部メタ領域に最後の表示を出した。

 

『本記録を終了します』

 

『本記録は、ディレクターズカットIFです』

 

『本編確定ログではありません』

 

『本編春麗は現在、リュウに出した宿題の正式回答待ちです』

 

『したがって、本記録内の青い髪留めログは本編時空へ直接反映されません』

 

 一拍。

 

『発生内容』

 

『本編春麗は、作者ご褒美エピソードとして、リュウから青い髪留めを贈られました』

 

『リュウは、偶然を装った必然として本編春麗に会いに来ました』

 

『青い花を見た春麗に、青い髪留めを渡しました』

 

『リュウは、春麗に合うと思った、と発言しました』

 

『本編春麗は髪留めを一度装着しました』

 

『リュウは、今の青も、覚えておく、と発言しました』

 

『本編春麗は精神HPを大きく削られました』

 

 一拍。

 

『追加発生内容』

 

『匿名希望による断片受信が発生しました』

 

『本編春麗は、断片受信された側の気持ちを理解しました』

 

『匿名希望は、ご褒美としてはかなり適切、よかったですね、と評価しました』

 

『本編春麗は、嬉しかったが見られていたことに落ち込みました』

 

 一拍。

 

『分類』

 

『作者プレゼント主人公補正ログ』

 

『本編春麗個人用』

 

『青い髪留めログ』

 

『偶然を装った必然』

 

『春麗に合うと思った』

 

『今の青も、覚えておく』

 

『今の青も、覚えられた青』

 

『匿名希望からのDM』

 

『断片受信された側の気持ちを理解』

 

『祝福されて落ち込む春麗』

 

 一拍。

 

『保存先推奨』

 

『ディレクターズカットIF棚:保存』

 

『本編春麗保留棚:保存』

 

『青い小箱:横置き。正式混入不可』

 

『危険封筒:参照のみ』

 

『黒執着春麗棚:断片受信側ログとして保留』

 

『本編時空:直接反映不可』

 

 最後に、記録板AIは小さく表示した。

 

『未承認仮分類』

 

『本編春麗:自分の青を祝福されて、断片受信の痛みを知った春麗』

 

 しばらくして、さらに一行。

 

『補足』

 

『本件は作者ご褒美エピソードです』

 

『ただし、ご褒美でも精神HPは削れます』

 

 そして、最後に。

 

『主人公補正は危険です』

 

 その分類だけは、たぶん全員が否定しなかった。

 




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

執筆者としての解説

今回は、ディレクターズカットIFとしての「本編春麗への作者ご褒美エピソード」でした。

ただし、本編春麗は現在、リュウへ出した宿題の正式回答待ちです。

そのため、この回は本編確定ログではありません。

本編時空でこのまま青い髪留めを受け取った、という扱いではなく、あくまで直前の非公開インタビューに対するディレクターズカットIF上のご褒美として書いています。

前回の本編春麗は、黒執着春麗についてかなり踏み込んだ本音を整理しました。

危険。
面倒。
見ていると疲れる。
でも、戻ってきてくれてよかった。

この「戻ってきてくれてよかった」は、本編春麗にとってかなり大きな言葉でした。

青い小箱にも入れない。
危険封筒にも入れない。
黒執着春麗本人にも届かせない。
非公開の白い部屋にだけ置く言葉。

今回は、その本編春麗へのご褒美として、今度は本編春麗自身に青い髪留めが渡される回になっています。

黒執着春麗には髪留めログがありました。

リュウが見て、選んで、渡したもの。

それが本編春麗にとって、羨望や危機感を生むログでもありました。

今回は、それに対して本編春麗にも「本編春麗個人用の青い髪留めログ」が発生します。

ただし、黒執着春麗のものを奪うわけではありません。

黒執着春麗の髪留めログは、黒執着春麗のもの。

本編春麗の青い髪留めログは、本編春麗のもの。

似た構造ではあっても、混ぜない。

ここが重要です。

今回のリュウは、偶然を装った必然として春麗に会いに来ます。

「春麗が、ここを通るかもしれないと思った」

この時点でかなり危険です。

本編春麗は、偶然と言いたい。

でも、リュウは少し遠回りしている。

完全な偶然ではない。

かといって、はっきり約束したわけでもない。

この「偶然に会えたらいいと思って来た」という距離感が、かなりリュウらしいご褒美だと思います。

そして、青い髪留めです。

青い花を見ていた春麗に、リュウが青い花の形の髪留めを渡す。

理由は、

春麗に合うと思った。

非常に危険です。

短い。

説明も多くない。

でも、春麗を見て、青を見て、似合うと思って選んだ。

これは本編春麗にとってかなり高火力の主人公補正ログです。

さらに今回は、春麗が危険語彙を先に禁止します。

綺麗。
似合っている。
春麗らしい。

このあたりを禁止して、感想は一つまで、と制限する。

それなのにリュウは、

今の青も、覚えておく。

と返してきます。

これは本編春麗にとって完全に精神HPノックアウト級です。

危険語彙を避けたのに、もっと危険な言葉になっている。

「今の青」という言い方が、この連作では非常に強い意味を持ちます。

届かれた青。
見られた青。
覚えられた青。
聞かれた青。
進まれた青。

そこへ、

今の青も、覚えておく。

が追加される。

これは青い小箱案件です。

ただし、今回はディレクターズカットIFなので、青い小箱へ正式混入はしません。

本編春麗も、すぐには入れません。

横に置きます。

未承認。
ただし近い。
かなり近い。

この「青い小箱の横に置く」という処理が、本編春麗らしいと思います。

嬉しい。
でもまだ正式承認はしない。
危険。
でも捨てない。
自分のログ。
でも本編確定にはしない。

その曖昧な置き場所が、今回の大事なところです。

そして後半では、匿名希望からのDMが来ます。

ここで構図が反転します。

これまで本編春麗は、黒執着春麗のログを断片受信してきました。

そのたびに、

断片だけ。
詳細は見ていない。
ログ所有権はあなたにある。
ただし、ご褒美としてはかなり適切。

という形で処理してきました。

今回は、本編春麗自身のご褒美ログを、匿名希望が断片受信します。

青い髪留め。
偶然を装った必然。
春麗に合うと思った。
今の青も、覚えておく。
ありがとう。
青い髪留めログ。
今の青も、覚えられた青。

本編春麗は、ここで初めて「断片受信された側」の気持ちを実感します。

詳細ではない。

奪われてはいない。

ログ所有権も尊重されている。

むしろ、匿名希望はかなり礼儀正しく整理している。

それでも落ち込む。

見られていた、という事実が精神HPに悪い。

ここが今回の裏テーマです。

断片受信は、見る側も被弾します。

しかし、見られる側も被弾する。

たとえ祝福であっても、他人に自分のログを断片だけ見られるのは恥ずかしい。

しかも、かなり冷静に、

ご褒美としてはかなり適切だったと思います。

よかったですね。

と返される。

これは本編春麗にとってかなり刺さります。

「よかったですね」は、匿名希望なりの祝福です。

でも、祝福だからこそ落ち込む。

茶化されているわけではない。

悪意もない。

むしろ、かなり正しい。

だから余計に精神HPに悪い。

この複雑さが今回の本編春麗の味だと思います。

今回の分類は、

作者プレゼント主人公補正ログ。
本編春麗個人用。
青い髪留めログ。
偶然を装った必然。
春麗に合うと思った。
今の青も、覚えておく。
今の青も、覚えられた青。
匿名希望からのDM。
断片受信された側の気持ちを理解。
祝福されて落ち込む春麗。

になります。

特に重要なのは、

本編春麗:自分の青を祝福されて、断片受信の痛みを知った春麗

です。

今回は、本編春麗にご褒美を渡す回であると同時に、本編春麗が黒執着春麗の立場を少し理解する回でもありました。

嬉しい。

かなり嬉しい。

でも見られていた。

祝福された。

でも落ち込む。

そして、今さらながら黒執着春麗に少し謝りたくなる。

この流れが、本編春麗の成長でもあります。

本編春麗は、黒執着春麗のログを奪わないように気をつけていました。

でも、断片受信された側がどう感じるかまでは、完全には分かっていなかった。

今回、自分が見られる側になって、少し分かった。

だから最後に、

次に会ったら、少しだけ謝るわ。

と呟きます。

この謝罪は、届かない相手へのものです。

でも、今後の掲示板や匿名希望とのやり取りに少し影響していく可能性があります。

今回の青い髪留めは、本編春麗にとって嬉しいものです。

でも、まだ青い小箱には入らない。

本編確定ログではない。

ただし、横に置かれたまま消えない。

これはディレクターズカットIFとして、かなり良い位置に置けたと思います。

そして最後に残るのは、

主人公補正は危険です。

という結論です。

黒執着春麗にとっても危険。

本編春麗にとっても危険。

リュウが自覚なく言葉を選び、危険語彙を避けた結果さらに危険な一言を出してくる。

それがこの連作のリュウの恐ろしさです。

今回は、青い髪留めという小さな贈り物を通して、本編春麗が嬉しくなり、落ち込み、少し理解し、少し謝りたくなる回でした。
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