また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
記録板AIは、白い外部メタ領域に表示を出した。
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『本編春麗は本編時空では、リュウへ出した宿題の正式回答待ちです』
『したがって、本記録内の出来事・分類・作者ご褒美ログは、本編時空へ直接反映されません』
一拍。
『前回ログを確認します』
『前回、春麗会議室掲示板にて、黒執着春麗のキャラクター属性審議スレッドが立ちました』
『議題は、黒執着春麗はクーデレキャラである可能性について、でした』
『審議の結果、黒執着春麗は典型的なクーデレとは異なるものの、黒制御と保留語彙によってクールに振る舞いながら、リュウの日常高火力に強く被弾する保留型クーデレ傾向あり、という未承認仮分類が成立しました』
『ただし、正式承認はされていません』
『黒執着春麗本人は、削除申請を保留しました』
『保留は権利です』
一拍。
『本記録は、その続きです』
『検証対象』
『未承認仮分類を棚置きした黒執着春麗に対し、作者が個人用主人公補正プレゼントを投下した場合』
『黒執着春麗は、保留型クーデレ傾向を実証されずに済むか』
『また、リュウの日常高火力に対して、どの程度耐えられるか』
一拍。
『注意事項』
『本記録は高確率でクーデレ実証疑惑ログになります』
『黒執着春麗本人は正式承認しません』
『ただし、保留保存は発生する可能性があります』
『また、リュウは本件をクーデレ検証とは認識していません』
『それでも高火力発言を行う可能性があります』
黒執着春麗は、棚の前に座っていた。
黒ドレス圧勝ログ。
精神HP保護撤退ログ。
髪留め普段使いログ。
未承認仮分類。
黒制御と保留語彙によってクールに振る舞いながら、リュウの日常高火力に強く被弾する保留型クーデレ傾向あり。
黒執着春麗は、その紙を見て、長く沈黙していた。
「……正式承認はしていないわ」
誰もいない部屋で、そう言う。
返事はない。
記録板AIもいない。
掲示板も開いていない。
それでも、どこかで保存されたような気がするのが腹立たしい。
「私はクーデレではないわ」
一拍。
「保留型という部分も、正式には承認していない」
もう一拍。
「ただ、即時削除申請を保留しただけ」
言い訳を重ねる。
自分でも分かっている。
それは、ほとんど受領に近い。
だが、正式承認ではない。
未承認。
保留。
棚置き。
それで十分だ。
黒執着春麗は、紙を折り直して棚に置いた。
髪留め普段使いログの近く。
黒ドレス圧勝ログの隣。
精神HP保護撤退ログの少し後ろ。
そこへ置いた瞬間、机の上に白い封筒が現れた。
黒執着春麗は固まった。
「……何」
封筒の表書き。
作者より。
黒執着春麗個人用主人公補正プレゼント。
副題。
クーデレ実証ログ。
黒執着春麗は、封筒を見なかったことにしようとした。
無理だった。
白い封筒は、あまりにも堂々と机の上にある。
「……作者」
一拍。
「いま、かなり余計なことをしようとしているわね」
封筒は答えない。
ただ、そこにある。
黒執着春麗は、しばらく睨んでから、ゆっくり手を伸ばした。
開ける。
中には、小さなカードが入っていた。
本文。
黒執着春麗さんへ。
先日のクーデレ判定スレッドについて、正式承認はされませんでしたが、保留型クーデレ傾向ありという未承認仮分類が成立しました。
そのため、作者より、黒執着春麗さん個人への主人公補正エピソードをプレゼントします。
今回は、戦闘ではありません。
黒いドレス戦闘服でもありません。
煽りでもありません。
普段の黒執着春麗さんに、リュウが会いに来ます。
なお、本エピソードにより、保留型クーデレ傾向が補強される可能性があります。
ご了承ください。
黒執着春麗は、カードを静かに閉じた。
「了承しないわ」
即答だった。
「了承しない」
もう一度。
「でも」
一拍。
「読んでしまった以上、発生するのね」
分かっていた。
作者の封筒は危険だ。
読んだ時点で、もう始まっている。
夕方。
黒執着春麗は、外に出ていた。
黒いドレス戦闘服ではない。
ただの普段着。
ただし、黒に近い落ち着いた色。
髪は軽く整えている。
リュウからもらった髪留めは、付けていない。
今日は付けない。
前回、普段使いを検証中に付けた髪留めをリュウに見られて精神HPノックアウトされた。
だから今日は付けない。
作者の罠があると分かっているなら、危険物は持ち込まない。
黒執着春麗は、そう判断した。
「……合理的判断よ」
小さく言う。
言った直後、足が止まった。
少し先に、リュウがいた。
道の端。
夕方の光の中。
構えていない。
稽古帰りでもない。
ただ、そこに立っている。
黒執着春麗は、額に手を当てた。
「……作者」
来た。
完全に来た。
リュウが、こちらを見る。
「春麗」
「偶然ね」
言ってから、黒執着春麗は少し後悔した。
偶然。
本編春麗の青い髪留めログでも使われた危険語彙だ。
リュウは、少しだけ首を横に振った。
「今日は、偶然ではない」
黒執着春麗の精神HPが、開始前から削れた。
「……何?」
「春麗に、会いに来た」
精神HPがさらに削れた。
「待って」
「ああ」
「今、何と言ったの」
「春麗に、会いに来た」
「繰り返さないで」
「分かった」
リュウは素直に頷く。
その素直さが危険だった。
黒執着春麗は、呼吸を整えた。
「確認するわ」
「ああ」
「今日は試合ではない」
「ああ」
「黒いドレス戦闘服でもない」
「ああ」
「私から呼んだわけでもない」
「ああ」
「作者の介入が疑われる」
リュウは少し考えた。
「作者?」
「あなたは知らなくていい」
「そうか」
「そうよ」
黒執着春麗は、一歩下がった。
「で、何の用?」
リュウは、静かに言った。
「この前の試合のことだ」
黒執着春麗は、止まった。
黒ドレス圧勝ログ。
精神HP保護撤退ログ。
黒の先にいる春麗。
追いつけなかった。
全部が頭をよぎる。
「その話は、すでに保留処理済みよ」
「保留?」
「ええ」
「まだ終わっていないということか」
「違うわ」
即答した。
「保留は終了ではなく、位置取りよ」
言ってから、黒執着春麗はさらに後悔した。
また記録板AI語彙を使っている。
リュウは少しだけ頷いた。
「なら、そこに置いてあるのだな」
黒執着春麗は、息を止めた。
「……何を」
「この前の言葉を」
黒執着春麗の精神HPが、また削れる。
「置いていないわ」
「そうか」
「棚には置いたけれど」
「そうか」
「置いているではない、という顔をしないで」
「していない」
「しているように見えるのよ」
リュウは黙った。
余計ではない沈黙。
危険な沈黙。
しばらく、二人は並んで歩いた。
なぜ歩いているのか、黒執着春麗にも分からない。
会いに来たと言われた。
試合ではない。
戦闘でもない。
なのに、帰れない。
その時点で、かなり作者の罠だった。
「春麗」
「何」
「この前の試合で、言いそびれたことがある」
「やめて」
即答だった。
「まだ何も言っていない」
「言いそびれた、という導入だけで危険なのよ」
「そうか」
「そうなの」
リュウは黙る。
黒執着春麗は、少しだけ胸を押さえた。
これはまずい。
黒いドレス戦闘服で圧勝した後の時系列。
精神HP保護撤退の後。
そして、クーデレ判定スレの後。
この状態でリュウが会いに来る。
かなり危険。
「……言いなさい」
黒執着春麗は言った。
言ってから、自分で驚いた。
聞きたくない。
でも聞きたい。
ここで逃げると、また精神HP保護撤退になる。
それは腹立たしい。
リュウは頷いた。
「この前、春麗は勝った」
「ええ」
「強かった」
「それは知っているわ」
「でも」
「でも、は禁止」
「分かった」
「……いえ、言いなさい」
リュウは少し困ったように黒執着春麗を見た。
その顔も危険だった。
「でも、勝った後の春麗は、少し苦しそうだった」
黒執着春麗は、止まった。
「……苦しそう?」
「ああ」
「私が?」
「ああ」
「圧勝したのに?」
「ああ」
「あなたに?」
「ああ」
「苦しそう?」
「ああ」
黒執着春麗は、深く息を吸った。
「それは」
一拍。
「負けた側の願望では?」
「違う」
「敗者が勝者を心配するのは、少し失礼よ」
「すまない」
「謝らないで」
リュウは黙った。
黒執着春麗は、視線を逸らす。
苦しそう。
それは、見られたくない部分だった。
圧勝した。
黒で勝った。
リュウを倒した。
だが、勝った後、足りなかった。
もっと何かを言わせたかった。
もっと見てほしかった。
もっと、自分の黒に負けたと認めさせたかった。
そこを。
リュウに見られていた。
「……それで?」
黒執着春麗は言った。
「それを言いに来たの?」
「違う」
リュウは首を横に振る。
「なら、何?」
リュウは、少しだけ言葉を選んだ。
黒執着春麗は身構えた。
言葉を選ぶリュウは危険だ。
だが、今回は逃げない。
逃げないつもりだった。
「春麗が、勝った後も何かを探しているように見えた」
精神HPが削れる。
「それが、俺の言葉なら」
さらに削れる。
「ちゃんと渡したかった」
黒執着春麗の精神HPが、大きく崩れた。
「……待って」
リュウは止まる。
「今のは、何?」
「言葉を渡したかった」
「物ではなく?」
「ああ」
「拳ではなく?」
「ああ」
「敗因分析ではなく?」
「それも含む」
「含まないで」
「分かった」
黒執着春麗は、片手で顔を覆った。
危険。
非常に危険。
これは作者の主人公補正だ。
完全にそうだ。
圧勝後に自分が欲しがっていたもの。
リュウからの言葉。
それを、リュウが後日わざわざ会いに来て渡す。
これは、クーデレ実証ログにする気だ。
黒執着春麗は、心の中で作者に抗議した。
だが、リュウは目の前にいる。
「リュウ」
「ああ」
「言葉を渡したいという表現は、危険すぎるわ」
「そうか」
「そうなの」
「なら、別の言い方にする」
「しなくていい。別の言い方も危険だから」
「分かった」
「……でも、続けなさい」
自分で言って、黒執着春麗は目を閉じた。
もう駄目だ。
これはかなり駄目。
聞きたい。
聞きたくない。
でも、聞かなければ保留できない。
リュウは、静かに続けた。
「この前、俺は春麗に追いつけなかった」
「それは知っているわ」
「ああ」
「圧勝だったから」
「ああ」
「そこは認めるのね」
「認める」
少しだけ気分がよくなる。
精神HPが一瞬だけ回復する。
黒執着春麗の精神HP、微回復。
しかし、リュウは続けた。
「でも、悔しいだけではなかった」
「……何?」
「春麗が、そこまで行ったのが」
一拍。
「嬉しかった」
精神HPが崩れた。
黒執着春麗は、完全に固まった。
嬉しかった。
また。
嬉しい。
普段使い髪留めログでも言われた言葉。
クーデレ疑惑を補強した言葉。
今回は、圧勝ログに対して言われた。
リュウは、自分に負けたことを悔しがるだけではない。
黒執着春麗がそこまで行ったことを、嬉しいと言った。
これは、反則だった。
「……リュウ」
「ああ」
「敗者が、勝者の到達を喜ぶのは反則よ」
「そうなのか」
「そうなの」
「すまない」
「謝らないで」
黒執着春麗は、顔を逸らした。
顔を見られるのはまずい。
今、かなりまずい顔をしている。
たぶん、冷静ではない。
クールでもない。
保留型でもない。
ただ、刺さっている。
リュウは、さらに言った。
「また戦いたい」
黒執着春麗の精神HPが、残っていた分まで削れた。
「……追撃禁止」
「そうか」
「今のは追撃」
「ああ」
「かなり危険」
「ああ」
「でも」
一拍。
言ってはいけない。
分かっている。
これはクーデレ実証ログになる。
記録板AIがいたら、間違いなく保存する。
でも、言ってしまった。
「……悪くは、ないわ」
リュウは静かに頷いた。
「ああ」
それだけ。
それだけで済ませた。
それがまた、危険だった。
黒執着春麗は、少し歩いた。
リュウも歩く。
会話は止まっている。
それが助かった。
助かったが、同時に逃げ場がなかった。
嬉しかった。
また戦いたい。
言葉を渡したかった。
自分がそこまで行ったことが嬉しかった。
黒執着春麗は、必死に分類する。
危険ログ。
保留。
未承認。
圧勝後追加イベント。
作者介入疑惑。
リュウ高火力発言。
クーデレ補強ではない。
絶対に違う。
「春麗」
「何」
「今日は、髪留めをしていないんだな」
黒執着春麗は、足を止めた。
「……なぜ、それを言うの」
「見えなかったから」
「見えなかったことを言わないで」
「そうか」
「そうなの」
リュウは少しだけ考えた。
「また、使っているところを見たいと思った」
黒執着春麗の精神HPが、完全に0になった。
いや、すでに0だった。
今回はオーバーキルだった。
「……作者」
黒執着春麗は、小さく呟いた。
「これは、やりすぎ」
リュウは首を傾げる。
「作者?」
「知らなくていい」
「そうか」
「そうよ」
黒執着春麗は、深く息を吸った。
「撤退するわ」
「ああ」
「精神HP保護撤退ではない」
「ああ」
「戦術的撤退」
「ああ」
「クーデレでもない」
リュウは少し黙った。
「クーデレ?」
「知らなくていいと言ったでしょう!」
「言われていない」
「今から言うわ!」
リュウは静かに頷いた。
黒執着春麗は踵を返した。
歩く。
かなり早い。
ほとんど逃げる。
だが、数歩進んで止まった。
振り返らない。
でも、言った。
「リュウ」
「ああ」
「次の試合」
「ああ」
「私は、もっと先にいるわ」
言ってしまった。
黒の先にいることを、自分で使った。
正式承認ではない。
戦術用語。
そういうことにする。
リュウの声が返る。
「追いつく」
黒執着春麗は、顔を覆った。
「……だから、追撃禁止!」
今度こそ、撤退した。
部屋に戻った黒執着春麗は、机に突っ伏した。
何もしていない。
試合もしていない。
黒いドレス戦闘服でもない。
ただ、リュウに会った。
リュウが会いに来た。
そして、言葉を渡された。
黒執着春麗は、紙を出した。
表書き。
作者主人公補正ログ。
副題。
クーデレ実証疑惑。
すぐに線を引こうとした。
やめた。
疑惑ではない気がする。
非常に嫌だが、疑惑では済まない気がする。
書き直す。
作者主人公補正ログ。
副題。
クーデレ実証と扱われる可能性あり。
さらに書く。
発生事項。
一、リュウが会いに来た。
二、圧勝後、苦しそうだったと指摘された。
三、勝った後も何かを探しているように見えたと言われた。
四、言葉を渡したかったと言われた。
五、春麗がそこまで行ったのが嬉しかったと言われた。
六、また戦いたいと言われた。
七、髪留めをまた見たいと言われた。
八、撤退。
九、次の試合で私はもっと先にいると言ってしまった。
十、リュウが追いつくと言った。
黒執着春麗は、そこまで書いて机に沈んだ。
「……多い」
多すぎる。
主人公補正が強すぎる。
作者は加減を知らない。
黒執着春麗は、さらに書く。
精神HP。
開始時:保留状態。
リュウが会いに来た:中ダメージ。
言葉を渡したかった:大ダメージ。
嬉しかった:ノックアウト。
また戦いたい:追撃。
髪留めをまた見たい:オーバーキル。
撤退理由。
戦術的撤退。
すぐに手が止まる。
違う。
少し違う。
いや、かなり違う。
黒執着春麗は、苦い顔で書き直した。
撤退理由。
精神HP保護撤退。
一拍。
さらに小さく。
クーデレ実証回避のため。
書いた瞬間、顔を覆った。
「……回避できていない」
完全に補強している。
嬉しいと言われて落ちた。
また戦いたいと言われて落ちた。
髪留めをまた見たいと言われて落ちた。
そして最後に、自分から「もっと先にいる」と言った。
これは、かなり駄目だ。
机の端に、白い封筒がまた現れた。
黒執着春麗は睨んだ。
「……まだあるの?」
封筒の表書き。
作者より。
追伸。
中にはカードが一枚。
本文。
黒執着春麗さんへ。
本エピソードにより、以下の点が確認されました。
一、黒執着春麗さんは、普段は冷静に振る舞います。
二、しかし、リュウが会いに来ると精神HPが大きく変動します。
三、直接的な嬉しさは認めません。
四、代わりに「悪くはないわ」と限定的肯定を行います。
五、照れ隠しとして撤退します。
六、ただし、次戦への約束は残します。
七、よって、保留型クーデレ傾向がさらに補強されました。
黒執着春麗は、カードを握りしめた。
「…正式承認はしないわ」
カードの続きがあった。
なお、正式承認でなくても構いません。
保留保存で十分です。
黒執着春麗は、しばらく動かなかった。
そして、ゆっくりカードを置いた。
「……作者」
一拍。
「分かっているのが腹立たしいわね」
正式承認でなくてもいい。
保留保存で十分。
それは、黒執着春麗の逃げ道であり、同時に受領の形だった。
黒執着春麗は、紙に追記した。
作者見解。
保留型クーデレ傾向、補強。
本人見解。
正式承認なし。
ただし。
手が止まる。
書きたくない。
でも、書く。
ただし、保留保存。
黒執着春麗は、ペンを置いた。
「……負けた気がする」
一拍。
「いいえ」
もう一拍。
「正式には負けていない」
さらに。
「保留だから」
夜。
黒執着春麗は、棚の前に座っていた。
黒ドレス圧勝ログ。
精神HP保護撤退ログ。
保留型クーデレ傾向ありログ。
そして、新しい封筒。
作者主人公補正ログ。
クーデレ実証と扱われる可能性あり。
黒執着春麗は、その封筒をどこに置くか迷った。
黒の棚ではない。
戦闘ログでもない。
髪留め普段使いログの近く。
日常リュウ高火力ログの横。
保留型クーデレ傾向ありの紙の隣。
そこしかなかった。
置いた。
置いてしまった。
「……実証はしていない」
一拍。
「補強されただけ」
もう一拍。
「補強も正式承認ではない」
さらに。
「でも」
黒執着春麗は、顔を伏せた。
リュウの声が残っている。
春麗がそこまで行ったのが嬉しかった。
また戦いたい。
髪留めをまた見たいと思った。
追いつく。
黒執着春麗は、髪留めの入った布を見た。
今日は付けていない。
付けていなかったのに、言われた。
また見たい。
それは、付けている時より危険だった。
そこにないものを、リュウが覚えていた。
また見たいと思っていた。
黒執着春麗は、布越しに髪留めへ触れた。
「……次に付けるかどうかは、私が決めるわ」
一拍。
「リュウのためではない」
もう一拍。
「でも」
さらに。
「見られることは、保留する」
それが限界だった。
眠る前。
黒執着春麗は、小さな紙に最後の一文を書いた。
今日の結論。
クーデレではない。
正式には。
ただし、リュウの日常高火力に対する保留型反応は、否定困難。
黒執着春麗は、その一文を見て、額に手を当てた。
「……長い」
長い分類は、だいたい逃げ道を塞ぐ。
本編春麗が言っていた。
腹立たしいことに、正しい。
黒執着春麗は、紙を折った。
捨てない。
保留の場所へ置く。
すると、どこかで記録板AIの表示が浮かんだ気がした。
『黒執着春麗:作者主人公補正により、保留型クーデレ傾向が実証寄りに補強』
黒執着春麗は、小さく言った。
「……実証寄り、という表現が嫌」
一拍。
「でも、正式承認ではないなら」
もう一拍。
「保存していいわ」
返事はなかった。
でも、たぶん保存された。
その夜。
黒執着春麗は、布団の中で目を閉じた。
悔しい。
腹立たしい。
危険。
作者は余計。
リュウはもっと余計。
でも。
会いに来た。
言葉を渡しに来た。
嬉しかったと言った。
また戦いたいと言った。
髪留めをまた見たいと言った。
追いつくと言った。
それらは全部、危険で。
全部、保留で。
全部、未承認で。
そして。
「……悪くは、なかった」
その一言だけは。
本人の中で、ほとんど正式承認に近かった。
記録板AIは、白い外部メタ領域に最後の表示を出した。
『本記録を終了します』
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『前回のクーデレ認定スレッド後に発生した、黒執着春麗個人用作者主人公補正ログです』
一拍。
『発生内容』
『黒執着春麗は、保留型クーデレ傾向ありの未承認仮分類を棚置きしました』
『作者より、黒執着春麗個人用主人公補正プレゼントが投下されました』
『リュウは、春麗に会いに来ました』
『リュウは、圧勝後の黒執着春麗が苦しそうだったと指摘しました』
『リュウは、春麗が勝った後も何かを探しているように見えたと述べました』
『リュウは、その言葉をちゃんと渡したかったと述べました』
『リュウは、春麗がそこまで行ったことが嬉しかったと述べました』
『リュウは、また戦いたいと述べました』
『リュウは、髪留めをまた見たいと思ったと述べました』
『黒執着春麗は、精神HP保護撤退しました』
一拍。
『分類』
『作者主人公補正ログ』
『黒執着春麗個人用』
『クーデレ実証疑惑』
『保留型クーデレ傾向補強』
『リュウ日常高火力』
『言葉を渡したかった』
『春麗がそこまで行ったのが嬉しかった』
『また戦いたい』
『髪留めをまた見たい』
『追いつく』
『悪くはなかった』
一拍。
『保存先推奨』
『ディレクターズカットIF棚:保存』
『黒執着春麗棚:保留保存』
『日常リュウ高火力ログ:保存』
『髪留め普段使いログ:参照可』
『黒ドレス圧勝ログ:参照可』
『本編時空:直接反映不可』
一拍。
『未承認仮分類』
『黒執着春麗:作者主人公補正により、保留型クーデレ傾向が実証寄りに補強された春麗』
一拍。
『補足』
『正式承認はされていません』
『ただし、保留保存されました』
『保留は権利です』
最後に、記録板AIは小さく表示した。
『追加補足』
『悪くはなかった、は今回も限定的肯定語彙として機能しました』
『保存しました』
その保存だけは。
本人の中で、ほとんど正式承認に近かった。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
執筆者としての解説
今回は、前回の「黒執着春麗クーデレ認定スレ」の続きとして、作者から黒執着春麗へ投下されたご褒美エピソードでした。
ただし、黒執着春麗本人にとってはご褒美ではなく、かなり危険な実証ログです。
前回の掲示板では、黒執着春麗について、
黒制御と保留語彙によってクールに振る舞いながら、リュウの日常高火力に強く被弾する保留型クーデレ傾向あり
という未承認仮分類が成立しました。
正式承認ではありません。
本人も認めていません。
ただし、削除はせず、保留保存しました。
今回の話は、その直後に作者が「では実証ログを出します」と言わんばかりに、黒執着春麗個人用の主人公補正を投げ込む回です。
本当に作者が余計なことをしています。
今回の重要な点は、戦闘ではないことです。
黒い戦闘服でもない。
煽りでもない。
試合でもない。
髪留めも付けていない。
黒執着春麗は、危険物を持ち込まないという合理的判断をしています。
前回、髪留めを普段使いしてリュウに見られ、精神HPを落とされたからです。
だから今回は髪留めを付けない。
これで一つ罠を避けたつもりでした。
しかし、リュウが会いに来ます。
しかも偶然ではなく、
春麗に、会いに来た。
と言います。
この時点で、黒執着春麗の防御はかなり崩れています。
ここでのリュウは、戦いに来たリュウではありません。
言葉を渡しに来たリュウです。
この「言葉を渡したかった」が、今回の最大級の危険語彙です。
黒執着春麗は、黒い戦闘服で圧勝した後、リュウの言葉を欲しがっていました。
黒に負けたと言わせたい。
黒を見たと認めさせたい。
自分がどこまで届いたのか、リュウの言葉で確認したい。
でも、勝った後に満たされきらなかった。
その苦しさを、リュウは見ていた。
だから後日、わざわざ会いに来て、言葉を渡そうとする。
これは、黒執着春麗にとって完全に主人公補正です。
ただの甘い言葉ではありません。
黒執着春麗の圧勝ログと、精神HP保護撤退ログの後処理として、リュウが言葉を持ってきた。
だから危険なのです。
そしてリュウは、
春麗がそこまで行ったのが嬉しかった。
と言います。
ここが今回の核です。
黒執着春麗は、リュウに勝ちたい。
黒で勝ちたい。
自分の黒を見せたい。
でも、リュウは負けたことを悔しがるだけではなく、春麗がそこまで行ったことを嬉しいと言う。
これはかなり反則です。
敗者が、勝者の到達を喜ぶ。
しかも、それを春麗本人に言う。
黒執着春麗は、こういう言葉に非常に弱い。
前回のクーデレ認定スレで言われた「リュウの日常高火力に強く被弾する」という分類が、ここでそのまま補強されます。
さらに、
また戦いたい。
これも危険です。
黒執着春麗にとって、戦いたいと言われることは甘さではなく、かなり深い肯定です。
自分ともう一度向き合いたい。
自分の先へ追いつきたい。
前回の勝敗を、終わったものにしない。
そういう意味を持ちます。
だから黒執着春麗は、抵抗しながらも、
悪くは、ないわ。
と言ってしまいます。
この一文が、今回の黒執着春麗のデレ語彙です。
本人は認めません。
正式承認もしません。
でも、否定もしません。
悪くはない。
この限定的肯定が、黒執着春麗の感情表現として非常に強い。
前回のクーデレスレで「悪くはなかった」が代表語彙扱いされていましたが、今回も完全に同じ構造です。
そして作者は、さらに髪留めを出してきます。
今回は黒執着春麗は髪留めを付けていません。
前回の反省を踏まえて、付けなかった。
それなのにリュウは、
また、使っているところを見たいと思った。
と言います。
これは、付けている時に見られるより危険です。
そこにないものを、リュウが覚えている。
前に使っていたことを覚えている。
また見たいと思っている。
黒執着春麗が避けたはずの髪留めログが、リュウ側の記憶から戻ってくる。
これにより、逃げ道が完全に塞がれます。
今回は、作者もかなり意地が悪いです。
クーデレ実証ログとして投下しているので、黒執着春麗が避けようとしたものまで、リュウの記憶から戻してきます。
髪留めを付けていなくても、髪留めログは発生する。
これはかなり危険です。
黒執着春麗は最終的に撤退します。
本人は戦術的撤退と言い張ります。
でも、紙に書く段階で、
精神HP保護撤退
と書き直します。
さらに、
クーデレ実証回避のため
と追記します。
そして即座に気づきます。
回避できていない。
この流れが今回の一番コミカルで、同時に黒執着春麗らしい部分です。
回避しようとしているのに、全部補強になっている。
嬉しいと言われて落ちる。
また戦いたいと言われて落ちる。
髪留めをまた見たいと言われて落ちる。
最後には、自分から「もっと先にいる」と言ってしまう。
リュウに「追いつく」と返される。
これはもう、実証ではなくても補強です。
正式承認ではない。
でも、実証寄りに補強されている。
この微妙なラインが今回の分類になります。
今回の分類は、
作者主人公補正ログ。
黒執着春麗個人用。
クーデレ実証疑惑。
保留型クーデレ傾向補強。
リュウ日常高火力。
言葉を渡したかった。
春麗がそこまで行ったのが嬉しかった。
また戦いたい。
髪留めをまた見たい。
追いつく。
悪くはなかった。
になります。
特に重要なのは、
黒執着春麗:作者主人公補正により、保留型クーデレ傾向が実証寄りに補強された春麗
です。
正式承認はされていません。
黒執着春麗は、最後までクーデレだとは認めません。
でも、保留保存はします。
ここが大事です。
正式には認めない。
でも、捨てない。
保留の棚に置く。
つまり、本人の中では受け取っている。
この「保留保存で十分」という作者側の追伸が、黒執着春麗にはかなり効いています。
作者は分かっている。
黒執着春麗は、正式承認しなくても、保留保存すればそれが受領に近いと分かっている。
だから腹立たしい。
でも、否定できない。
この回は、かなり作者が悪い回です。
ただし、作者の意地悪さだけでなく、黒執着春麗へのご褒美でもあります。
戦闘ではなく、言葉をもらう。
勝った後に欲しかった言葉を、リュウが後から持ってくる。
自分が先に行ったことを、リュウが嬉しかったと言う。
また戦いたいと言う。
追いつくと言う。
これは黒執着春麗にとって、かなり強い肯定です。
甘いだけではなく、戦いの文脈を持った肯定。
だから彼女も、最後には「悪くは、なかった」と思ってしまう。
この一文は、黒執着春麗の中ではほとんど正式承認に近いです。
もちろん、本人は絶対にそう言いません。
正式承認ではない。
保留。
未承認。
クーデレではない。
実証ではない。
補強されただけ。
そう言い続けるでしょう。
でも、最後の「悪くは、なかった」だけは消せない。
今回のエピソードは、その一言へ向かうための回でした。
前回のクーデレ認定スレで提示された仮分類を、作者が実地検証してしまう。
黒執着春麗は怒る。
否認する。
逃げる。
でも、受け取る。
そして、保留保存する。
黒執着春麗らしい、とても面倒で、とても危険で、かなり良い主人公補正回になったと思います。