また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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断章IFのリュウ視点の幕間です。


断章IF幕間:リュウは、春麗の宿題に答える前に考える

 夜明け前の道場は、静かだった。

 

 床板は冷えている。

 空気は澄んでいる。

 窓の外はまだ暗く、東の空だけが少し白み始めていた。

 

 リュウは、ひとりで立っていた。

 

 構える。

 息を吸う。

 踏み込む。

 拳を出す。

 戻す。

 もう一度、構える。

 

 いつもなら、それでよかった。

 

 考えすぎる時は、体を動かす。

 答えが見えない時は、拳を出す。

 余計なものが混ざった時は、立ち方から直す。

 リュウにとって、それは自然なことだった。

 けれど今日は、拳を出しても、残るものがあった。

 

 春麗の宿題。

 

 彼女が出した宿題。

 

 リュウが、答えなければならないもの。

 

 言葉を考えるだけではない。

 春麗がその言葉を聞いた後、また面倒になることまで含めて、どう向き合うのか。

 そういう宿題だった。

 

 リュウは、拳を下ろした。

 

「……難しいな」

 

 誰もいない道場に、声だけが落ちる。

 

 難しい。

 ただ、難しいだけではない。

 重い。

 だが、重いから避けるものでもない。

 

 春麗は、面倒な女だった。

 

 それは、リュウも知っている。

 

 本人にも言った。

 

 面倒だ、と。

 

 はっきり言った。

 

 あの時、否定しなかった。

 

 できなかった。

 

 春麗は面倒だ。

 勝ち方にこだわる。

 負け方にもこだわる。

 見られ方にこだわる。

 言葉の残り方にこだわる。

 一度聞いた言葉を、ただ聞いて終わりにしない。

 自分の中で何度も持ち替えて、角度を変えて、危険なところまで考えに行く。

 それでいて、全部を認めるわけではない。

 

 逃げる。

 否定する。

 検証だと言う。

 まだだと言う。

 けれど、完全には捨てない。

 そういう女だった。

 

 面倒だ。

 

 リュウは、そう思う。

 

 そして、もう一度、拳を握った。

 

 面倒だから、何だというのだろう。

 それは、春麗が弱いという意味ではない。

 まして、軽いという意味でもない。

 春麗は、自分を何度も負かした女だ。

 

 拳で。

 蹴りで。

 間合いで。

 速さで。

 読みで。

 そして、黒を着ていた頃は、もっと別のものまで使った。

 

 黒ドレス。

 

 あの衣装を、リュウは覚えている。

 ただの衣装ではなかった。

 

 目線。

 半歩。

 肩の角度。

 髪の揺れ。

 言葉の置き方。

 笑うタイミング。

 こちらが一瞬だけ呼吸を変える場所。

 

 彼女は、それらを戦いに入れてきた。

 

 女性として見られることも、戦術にした。

 恥じたままでは使えないものを、あえて使った。

 そのうえで、拳を届かせてきた。

 リュウは、負けた。

 一度ではない。

 何度も。

 そのたびに思った。

 

 強い。

 そして、面倒だ。

 面倒なほど、強い。

 

 まっすぐ拳を出せばいい、という相手ではない。

 構えだけを見ていればいい相手でもない。

 見たら見たで、見たことを利用される。

 見なければ、見ないことを利用される。

 言葉にすれば、その言葉を残される。

 黙れば、その沈黙を読まれる。

 春麗は、そういう女だった。

 

 リュウは、息を吐く。

 床板を踏む。

 足裏の感覚を確かめる。

 そして、もう一度、拳を出した。

 空を打つ音が、小さく鳴った。

 拳の先に、残響がある。

 

 春麗の声ではない。

 はっきりした記憶でもない。

 だが、拳の奥に、かすかに残っているものがあった。

 

 どこか別の流れで聞いたような言葉。

 届いたのか、届かなかったのか分からないもの。

 春麗が、自分に言ったような気がする言葉。

 自分にギリギリ勝ちたい。

 そんな、面倒な女なのだと。

 

 それは、本編の記憶ではない。

 確かな過去ではない。

 だが、拳は覚えている。

 春麗が、ただ勝ちたいのではないこと。

 圧勝したいだけでもないこと。

 自分を見せたいだけでもないこと。

 リュウに、ギリギリで勝ちたい。

 リュウの拳を受けて、押し返して、届かせて、勝ちたい。

 勝った後に、見ていたのかと聞きたい。

 負けた後に、次は勝つと言いたい。

 そういう、ひどく面倒で、ひどく真剣なものがあること。

 

 リュウは、拳を下ろした。

 

「……そうか」

 

 少しだけ、分かった気がした。

 春麗の宿題は、甘い言葉を求めているだけではない。

 もちろん、言葉は必要なのだろう。

 春麗は、言葉を聞きたがる。

 しかも、ただ聞くだけでは終わらない。

 

 聞いた後に、変わる。

 考える。

 面倒になる。

 たぶん、怒る。

 たぶん、照れる。

 たぶん、否定する。

 たぶん、どこかに置く。

 置いたものを、また取り出す。

 リュウの言葉で、春麗が変わる。

 その変わった春麗を、どうするのか。

 

 宿題は、そこにあった。

 

 なら、答えは一つでは足りない。

 似合っている、と言うだけでは足りない。

 綺麗だ、と言うだけでも足りない。

 大丈夫だ、と言うだけでは軽すぎる。

 面倒ではない、と言うのは違う。

 リュウは、そこだけははっきり分かった。

 面倒ではない、と言ってはいけない。

 春麗は面倒だ。

 自分でも、それを知っている。

 リュウも、それを見ている。

 

 なのに、面倒ではないと言ってしまえば、それは春麗の一部を見ないことになる。

 春麗が隠さずに向けてきたものを、なかったことにすることになる。

 

 それは違う。

 春麗が欲しいのは、面倒ではないと否定されることではない。

 面倒な自分を、見られても避けられないこと。

 たぶん、そこだ。

 

 リュウは、ゆっくり歩いた。

 

 道場の端まで行き、戻る。

 

 言葉を探す。

 拳ではなく、言葉。

 苦手なものだった。

 だが、苦手だから出さなくていいわけではない。

 

 春麗が求めるなら、考える。

 春麗が言葉で揺れるなら、その揺れた春麗も見る。

 見たことで春麗がまた面倒になるなら、その面倒さも避けない。

 そこまで言わなければ、答えにならない。

 

 リュウは、立ち止まった。

 

「面倒でもいい」

 

 言ってみる。

 

 短い。

 だが、違ってはいない。

 

 面倒でもいい。

 面倒ではない、ではない。

 面倒でもいい。

 そのまま受ける。

 

 しかし、それだけでは少し足りない。

 春麗は、面倒でもいいと言われただけでは、おそらく考える。

 

 どの面倒さまでいいのか。

 次に聞いたらどうするのか。

 また言葉を求めたらどうするのか。

 言葉を聞いた後に、自分が変わったらどうするのか。

 また逃げたらどうするのか。

 また怒ったらどうするのか。

 また見られたくなったらどうするのか。

 そこまで含めて、春麗は面倒になる。

 

 リュウは、目を伏せた。

 

「次も、俺に聞け」

 

 言葉にすると、道場の空気が少し変わった。

 

 それは、しっくり来た。

 

 春麗は、言葉を求める。

 なら、次も聞けばいい。

 今回だけで終わらせない。

 一度だけの回答にしない。

 聞いた後に面倒になっても、次を閉じない。

 次も、俺に聞け。

 それは、逃げるなという命令ではない。

 春麗を追い詰める言葉でもない。

 戻ってくる場所を示す言葉だ。

 

 リュウは、もう一度、ゆっくり言った。

 

「面倒でもいい。次も、俺に聞け」

 

 まだ、足りない。

 

 春麗はたぶん、取り消すのかと聞く。

 言葉を言った後で、リュウが引くのではないかと考える。

 似合っていると言った後で、やはり違うと言われるのではないか。

 面倒でもいいと言った後で、やはり面倒すぎると言われるのではないか。

 春麗は、そういうところまで考える。

 リュウは、春麗のそういうところを知っている。

 

 だから、次の言葉が要る。

 

「取り消さない」

 

 これも、しっくり来た。

 

 取り消さない。

 

 言ったことを、後で軽くしない。

 言葉を出してから、怖くなって引っ込めない。

 春麗がその言葉を聞いて変わっても、言葉の方をなかったことにはしない。

 ただし、そこにも注意が必要だった。

 取り消さない、は強い。

 強い言葉は、逃げ道を塞ぐことがある。

 春麗は、逃げ道を完全に潰されたら、きっと苦しくなる。

 追い詰めたいわけではない。

 勝ちたいわけでもない。

 いや、勝ちたいかどうかで言えば、春麗とはまた戦いたい。

 だが、この宿題は勝負ではない。

 

 ここで勝っても意味がない。

 春麗を言い負かすための回答ではない。

 春麗が戻ってくる場所を、間違えないようにするための回答だ。

 

 リュウは、そこを間違えたくなかった。

 

 春麗は、強い。

 面倒だ。

 危険だ。

 言葉を残す。

 見られ方を使う。

 黒も使う。

 青も使う。

 自分の女性としての姿まで、戦いに入れてくる。

 それでも、ただ相手を倒したいだけの人間ではない。

 

 春麗は、戻ってくる。

 

 試合の後に。

 負けた後に。

 勝った後に。

 言葉を聞いた後に。

 面倒になった後に。

 

 だから、戻る場所を間違えないようにしなければならない。

 

 リュウは、拳を見た。

 そこに、春麗の蹴りの感覚が残っているような気がした。

 

 鋭い。

 速い。

 近い。

 黒の時は、さらに厄介だった。

 見るな、と言っているようで、見ろと言っている。

 見たら負ける。

 見なくても負ける。

 

 そんな戦い方をしてきた。

 リュウは、その春麗も見た。

 青の春麗も見た。

 自分を面倒だと認めた春麗も見た。

 正式回答を待つ春麗も、今、見ている。

 

 どれが本当か、ではない。

 どれも春麗だ。

 前の春麗と比べて、今の春麗を測るのは違う。

 黒を着ていた春麗と比べて、青の春麗を見るのも違う。

 以前の青と、今の青を比べて、優劣を付けるのも違う。

 その時の春麗として見る。

 そうでなければ、春麗はまた自分を分けようとする。

 

 黒の自分。

 青の自分。

 面倒な自分。

 面倒ではないふりをする自分。

 見られたい自分。

 見られたくない自分。

 リュウに勝ちたい自分。

 リュウの言葉を聞きたい自分。

 それらを比べられたら、春麗はきっと苦しくなる。

 

 リュウは、そう思った。

 

 だから、言葉にする。

 

「春麗が俺の言葉で変わるなら、その変わった春麗も見る」

 

 少し長い。

 だが、必要だった。

 

「俺は、その春麗を前の春麗と比べない」

 

 これは、もっと必要だった。

 

 春麗は、比べる。

 

 自分で自分を比べる。

 あの時の自分。

 黒の自分。

 青の自分。

 負けた自分。

 勝った自分。

 届かれた自分。

 見られた自分。

 覚えられた自分。

 

 その比較に、リュウまで加わってはいけない。

 リュウがすべきことは、今の春麗を見ることだ。

 

 ただし、見るだけでは足りない。

 見るだけなら、以前からしている。

 春麗は、見られるだけで終わらない。

 見られた後、どうするのか。

 

 そこを聞いている。

 

 リュウは、拳を握った。

 

「見るだけでは終わらせない」

 

 その言葉を出した時、胸の奥で何かが決まった。

 

 見る。

 

 だが、見るだけでは終わらせない。

 春麗が言葉を求めるなら、考える。

 春麗が面倒な自分を向けるなら、避けずに受ける。

 春麗が変わるなら、その変わった春麗を見る。

 前の春麗と比べない。

 その時の春麗として見る。

 逃げ道を潰したいわけではない。

 戻ってくる場所を間違えないようにしたい。

 そこまでが、必要だった。

 

 リュウは、床に腰を下ろした。

 

 夜明け前の薄い光が、道場に差し始めている。

 

 言葉が、少しずつ並んできた。

 けれど、リュウは急がなかった。

 言葉は、拳より残ることがある。

 春麗は、それを残す。

 残したものを、何度も見る。

 だから、軽く出してはいけない。

 だが、重くしすぎてもいけない。

 

 春麗を縛るための言葉ではない。

 春麗が、また聞けるようにするための言葉。

 春麗が、面倒な自分を隠さずに向けても、戻ってこられるようにするための言葉。

 

 リュウは、目を閉じた。

 

 春麗がいる。

 青い姿で。

 黒い姿で。

 勝った時の顔で。

 負けた時の顔で。

 怒った顔で。

 照れた顔で。

 面倒だと言われて、否定しきれなかった顔で。

 それでも、もう一度問いを投げてきた顔で。

 

 春麗は、強い。

 春麗は、面倒だ。

 春麗は、自分を何度も負かした。

 春麗は、自分にギリギリ勝ちたい。

 春麗は、リュウの言葉で面倒になる。

 それでも、春麗は春麗だ。

 

 リュウは、ようやく目を開けた。

 

 答えは、もう少しで形になる。

 

「春麗が言葉を求めるなら、俺は考える」

 

 これは必要だ。

 

「春麗が、面倒な自分を隠さずに俺へ向けるなら、俺は、その面倒さを避けずに受ける」

 

 これも必要だ。

 

 面倒でもいい、と言うだけではなく、その面倒さを受けると伝える。

 春麗が、隠さずに向けるなら。

 隠さなくていい、ではない。

 隠せ、とも言わない。

 春麗が向けるなら、受ける。

 そこにする。

 

 リュウは、もう一度、立ち上がった。

 

 空が、明るくなり始めている。

 

 稽古を再開する。

 構える。

 拳を出す。

 蹴りを想定する。

 

 春麗なら、ここで踏み替える。

 春麗なら、ここで半拍ずらす。

 春麗なら、ここで言葉を挟む。

 春麗なら、ここでこちらの視線を使う。

 春麗なら、ここで面倒になる。

 

 リュウは、少しだけ笑った。

 

 面倒だ。

 やはり、面倒だ。

 だが、その面倒さを避けたくはなかった。

 

 避ければ楽かもしれない。

 見ないふりをすれば、言葉は少なくて済む。

 戦うだけなら、もっと単純でいられる。

 だが、それでは春麗への答えにならない。

 

 春麗は、戦いだけの相手ではなくなっていた。

 それでも、戦いを失ったわけではない。

 

 拳で向き合える。

 言葉でも向き合う必要がある。

 その両方を、比べない。

 その時の春麗として見る。

 

 リュウは、最後にもう一度だけ、道場の中央に立った。

 

 夜明けの光が、床に細く伸びている。

 彼は、誰もいない場所で、答えを声にした。

 

「面倒でもいい。次も、俺に聞け」

 

 息を整える。

 

「取り消さない」

 

 拳を下ろす。

 

「春麗が言葉を求めるなら、俺は考える」

 

 少し間を置く。

 

「春麗が、面倒な自分を隠さずに俺へ向けるなら、俺は、その面倒さを避けずに受ける」

 

 その言葉は、重かった。

 

 だが、違わなかった。

 

「見るだけでは終わらせない」

 

 静かに続ける。

 

「春麗が俺の言葉で変わるなら、その変わった春麗も見る」

 

 一拍。

 

「俺は、その春麗を前の春麗と比べない」

 

 もう一拍。

 

「その時の春麗として見る」

 

 リュウは、そこで少しだけ黙った。

 春麗は、これを聞いたらどうなるだろう。

 

 おそらく、面倒になる。

 

 予想できる。

 

 怒るかもしれない。

 照れるかもしれない。

 逃げるかもしれない。

 聞き返すかもしれない。

 黙るかもしれない。

 

 それでも、言う。

 

「逃げ道を潰したいわけではない」

 

 これは、春麗に必要な言葉だ。

 

「春麗が戻ってくる場所を間違えないようにしたい」

 

 これは、自分に必要な言葉でもあった。

 最後に、リュウは小さく息を吐いた。

 

「その春麗も、俺は受ける」

 

 道場は静かだった。

 答えは、まだ誰にも届いていない。

 だが、リュウの中では形になった。

 

 これは、勝つための言葉ではない。

 春麗を黙らせるための言葉でもない。

 春麗の面倒さを消すための言葉でもない。

 春麗が面倒なまま、次も聞けるようにするための言葉。

 リュウが、春麗の面倒さを見て、避けずに受けるための言葉。

 

 正式回答。

 

 そう呼ぶなら、これだ。

 

 リュウは、道場の戸を開けた。

 

 朝の光が入ってくる。

 

 外の空気は冷たい。

 だが、足は止まらなかった。

 

 春麗に会った時、きっと言葉は足りない。

 

 うまく言えないかもしれない。

 それでも、取り消さない。

 考えた。

 逃げなかった。

 

 春麗が面倒な女だと知ったうえで。

 自分を何度も負かした女だと知ったうえで。

 黒を使い、青で立ち、言葉で揺れ、拳で届く女だと知ったうえで。

 

 それでも、答えは変わらなかった。

 

「今の俺の答えだ」

 

 まだ春麗はいない。

 

 それでも、リュウはそう言った。

 

 朝の光の中で。

 

 拳の残響が、静かに消えずに残っていた。

 




今回は、断章IF幕間として、リュウが春麗への宿題の正式回答にたどり着くまでの内面を描く回でした。

本編でリュウは、春麗に対して正式回答をします。

「面倒でもいい。次も、俺に聞け」
「取り消さない」
「春麗が言葉を求めるなら、俺は考える」
「春麗が、面倒な自分を隠さずに俺へ向けるなら、俺は、その面倒さを避けずに受ける」
「見るだけでは終わらせない」
「春麗が俺の言葉で変わるなら、その変わった春麗も見る」
「俺は、その春麗を前の春麗と比べない」
「その時の春麗として見る」
「逃げ道を潰したいわけではない」
「春麗が戻ってくる場所を間違えないようにしたい」
「その春麗も、俺は受ける」
「正式回答」
「今の俺の答えだ」

今回は、その答えが急に出てきたものではなく、リュウなりに春麗のことを考えた末に出したものだった、という補完です。

この連作のリュウは、春麗が面倒な女だということを知っています。

しかも、かなりはっきり知っています。

春麗本人に対して、面倒だ、と言っています。
春麗が自分の言葉を簡単には受け取らないことも知っています。
受け取った後に考え込むことも知っています。
逃げたり、否定したり、検証と言い張ったり、まだだと言ったりすることも、ある程度見ています。

それでもリュウは、「面倒ではない」とは答えません。

ここが大事です。

春麗は、面倒ではない女ではありません。
面倒な女です。

勝ち方にこだわる。
負け方にこだわる。
見られ方にこだわる。
言葉の残り方にこだわる。
自分がどう変わってしまうかまで気にする。

だから、リュウが「面倒ではない」と言ってしまうと、それは春麗の一部を見ないことになります。

今回のリュウがたどり着いたのは、そこです。

面倒ではない、ではない。

面倒でもいい。

ここが正式回答の出発点でした。

リュウにとって春麗は、ただ守る相手でも、ただ言葉をかける相手でもありません。

何度も自分を負かした女です。

青で戦う春麗。
黒を使った春麗。
自分の女性性さえ戦術に組み込んで、視線や間合いや半拍を使って勝ちに来た春麗。
自分にギリギリ勝ちたいという、めんどくさくて真剣な執着を持った春麗。

リュウは、その春麗を見ています。

だからこそ、今回のリュウの答えは、甘い言葉だけではありません。

春麗を褒めるだけでは足りない。
似合っていると言うだけでも足りない。
大丈夫だと言うだけでは軽すぎる。
面倒ではないと否定するのは違う。

春麗が求めているのは、言葉そのものだけではなく、その言葉を聞いた後にまた面倒になる自分まで含めて、リュウがどう向き合うのかです。

だからリュウは、

「次も、俺に聞け」

にたどり着きます。

これは、かなり大きい言葉です。

今回だけでは終わらせない。
一度だけの回答にしない。
春麗が言葉を求めるなら、また考える。
春麗がその言葉で揺れても、変わっても、面倒になっても、次を閉じない。

そういう意味の言葉です。

また、

「取り消さない」

も重要です。

リュウは、自分の言葉を後で軽くしない。
春麗がその言葉を受け取って変わってしまったとしても、言葉の方をなかったことにはしない。

ただし、ここでリュウは、春麗の逃げ道を潰したいわけではありません。

春麗を言い負かしたいわけでもない。
春麗に逃げるなと命令したいわけでもない。
春麗の面倒さを消したいわけでもない。

むしろ、春麗が戻ってくる場所を間違えないようにしたい。

これがリュウ側の整理です。

リュウは、春麗の内面の細かい仕組みをすべて知っているわけではありません。
春麗が自分の中でどう分類しているか、何をどこに置いているか、そういう私的な領域までは知りません。

けれど、春麗が言葉を残す女だということは知っています。
受け取った言葉を簡単には流せない女だということも知っています。
自分がかけた言葉で、春麗が変わる可能性があることも分かっています。

だから、

「春麗が俺の言葉で変わるなら、その変わった春麗も見る」

になります。

そして、

「俺は、その春麗を前の春麗と比べない」
「その時の春麗として見る」

につながります。

これは、リュウにしか出せない答えだと思います。

春麗は、自分で自分を比べてしまう女です。

青の自分。
黒の自分。
勝った自分。
負けた自分。
見られた自分。
覚えられた自分。
面倒な自分。
面倒ではないふりをする自分。

そういうものを、自分の中で分けてしまう。

だから、リュウまで一緒になって「前の春麗の方がよかった」「黒の春麗の方が強かった」「青の春麗の方が本物だ」と比べてしまうと、春麗は苦しくなる。

リュウの答えは、その比較をしないというものです。

その時の春麗として見る。

この一言は、かなりリュウらしいと思います。

リュウは複雑な言葉を操るタイプではありません。
でも、見たものから逃げない。
拳で知ったものを軽くしない。
春麗が面倒な女だと知ったうえで、その面倒さを避けずに受ける。

そういうリュウだから、この正式回答にたどり着けたのだと思います。

今回の幕間では、リュウがただ春麗に優しい言葉を用意しているのではなく、春麗という相手をかなり具体的に思い出しています。

自分を何度も負かした女。
黒を戦術にした女。
青で立つ女。
自分にギリギリ勝ちたい女。
言葉を聞いた後に、また面倒になる女。

その全部を知ったうえで、

面倒でもいい。

と答える。

ここが今回の核です。

本編春麗にとって、この正式回答はかなり危険です。

なぜなら、リュウが春麗の面倒さを消そうとしていないからです。

面倒ではないと否定してくれるなら、まだ逃げられます。
リュウは分かっていない、と言えます。
そんな綺麗な女ではない、と言えます。

でもリュウは、春麗が面倒だと分かったうえで、

それでもいい。
次も聞け。
取り消さない。
その面倒さを避けずに受ける。

と言ってくる。

これは逃げ場がありません。

春麗にとっては、かなり強い回答です。

そして、リュウにとっても簡単な回答ではありません。

言葉が苦手なリュウが、春麗のために考えた。
拳の残響や、今までの戦いの記憶や、春麗の面倒さを一つずつ思い出して、自分なりに答えを組み立てた。

その過程が今回の幕間でした。

本編で出てくる正式回答は、いきなり湧いた甘い台詞ではありません。

春麗と戦ってきたリュウ。
春麗に負けてきたリュウ。
春麗の黒も青も見てきたリュウ。
春麗が面倒だと知っているリュウ。

そのリュウが、春麗を黙らせるためではなく、春麗が次も聞けるようにするために出した答えです。

今回の分類としては、

正式回答前夜のリュウ
あるいは、
面倒でもいいに辿り着くリュウ

だと思います。

春麗は面倒です。
リュウもそれを知っています。
それでも、答えは変わりません。

面倒でもいい。
次も、俺に聞け。

この一言にたどり着くための回でした。
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