また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
記録板AIが、静かに表示を切り替える。
『本日の最優先確認』
『このディレクターズカットIF空間にいる本編春麗は、誰なのか』
円卓が、開始直後から静かになった。
本編春麗は、表示を見上げる。
「……最初から、そこを聞くのね」
『本編とディレクターズカットIFの関係を整理するため、最初に必要です』
自覚前春麗が、資料を持ったまま手を上げた。
「私も、そこは気になっていたわ」
本編春麗が、そちらを見る。
「何が?」
「今ここにいるあなた」
「私?」
「本編時空では、リュウから宿題の正式回答を受け取った。本編内でも、春麗会議室へ接続したことがある」
「ええ」
「でも、ここはディレクターズカットIFでしょう」
「そうね」
自覚前春麗は、少し言いにくそうに続けた。
「では、今ここにいるあなたは、本編春麗本人なの?」
一拍。
「それとも、コピー?」
本編春麗の眉が上がった。
「コピーとは何よ」
「だって、本編春麗本人が本編から毎回抜けてきているなら、ここでメタ情報を本編へ持ち帰ることになるでしょう」
「……それは困るわね」
通常救済版春麗が、静かに頷いた。
「かなり重要な疑問ね」
行き遅れに恐怖する春麗も続ける。
「ここで精神HPを失っている本編春麗と、本編時空で生活している本編春麗が、どう繋がっているのか」
黒ドレス特化救済春麗が腕を組んだ。
「同じなのか。似ているだけなのか。別個体なのか」
本編春麗は、記録板AIを見る。
「答えなさい」
『回答します』
表示が切り替わる。
『ディレクターズカットIF内の本編春麗は』
『本編時空の本編春麗を直接移動させた本人ではありません』
本編春麗の表情が少し硬くなる。
『ただし』
『独立したコピー』
『別世界の分岐個体』
『本編春麗の代用品』
『以上でもありません』
「では、何なの?」
『本編同期アバターです』
本編春麗は黙った。
自覚前春麗が、表示を読み上げる。
「本編同期アバター」
『はい』
『本編時空に存在する本編春麗の』
『指定時点における記憶』
『感情状態』
『判断傾向』
『未処理事項』
『以上を』
『ディレクターズカットIF側へ一方向同期して成立する接続像です』
本編春麗は、少し考えた。
「アバターということは」
『はい』
「私は、本編春麗の現在地を使って、ここで発言している」
『はい』
「正式回答受領後の私として接続されれば」
『はい』
「正式回答を受け取った記憶もある」
『はい』
「持てていない状態も同期される」
『はい』
「でも」
一拍。
「ここで記録板AIから何を聞かされても」
『はい』
「その記憶は、本編時空の私へ戻らない」
『はい』
記録板AIが、さらに表示する。
『同期方向』
『本編時空からディレクターズカットIFへ』
『一方向』
『逆方向への同期』
『なし』
『本編側への記憶持ち帰り』
『不可』
本編春麗は、表示を見つめた。
「では、本編時空の私は」
『はい』
「ここで未来の投稿分を見ても」
『はい』
「その未来を知らない」
『はい』
「ここで正式回答後の自分について、どれだけ整理しても」
『はい』
「本編時空では、本編の出来事として改めて考えなければならない」
『はい』
「ここでリュウとの食事や連絡方法を検証しても」
『はい』
「本編で実際に行わなければ、経験にはならない」
『はい』
「……厳密ね」
『重要な線引きです』
自覚前春麗が、資料へ書き込む。
「では、ディレクターズカットIFの本編春麗には、二種類の記憶があるの?」
『はい』
『第一』
『本編同期記憶』
『本編時空から読み込まれた記憶・感情・現在状態』
『第二』
『ディレクターズカットIF内ローカル記憶』
『インタビュー』
『構造説明』
『未来投稿ログの閲覧』
『他の春麗との会話』
『以上によって、ディレクターズカットIF内だけで蓄積される記憶』
通常救済版春麗が言う。
「ローカル記憶は、この空間の中では残る」
『はい』
「だから、以前のインタビューを踏まえて次のインタビューができる」
『はい』
「でも、本編へは戻らない」
『はい』
本編春麗は腕を組んだ。
「では、コピーではないけれど、完全な本人でもない」
『本編時空の本人ではありません』
「言い方」
『ただし』
『本編春麗の記憶・感情・判断傾向を同期しているため』
『本編春麗と無関係な別人でもありません』
「では、ここで私が答えることに意味はあるの?」
『あります』
「なぜ?」
『回答は』
『指定時点の本編春麗が持つ記憶・感情・価値判断を基礎として生成されます』
『そのため』
『本編春麗が、その時点で何を恐れ』
『何に傷つき』
『何を選べる可能性があるかを検証できます』
『ただし』
『検証結果が本編の確定行動になるわけではありません』
本編春麗は、少しだけ目を細めた。
「私が言いそうなことを勝手に言わせる人形ではない」
『はい』
「でも、ここで言ったから本編でも必ず言うわけではない」
『はい』
「本編春麗の現在地を使って」
『はい』
「まだ起きていない問いへ、先に向き合うための私」
『はい』
一拍。
『本編春麗の接続アバター』
「……分かったわ」
行き遅れに恐怖する春麗が、静かに手を上げた。
「では、本編内で本編春麗が春麗会議室へ接続した場合は?」
『別です』
表示が切り替わる。
『本編時空内の春麗会議室接続』
『本編の出来事』
『接続した本編春麗本人の経験として成立』
『本編側へ記憶が残る』
一拍。
『ディレクターズカットIF春麗会議室』
『作者検証用の外部領域』
『本編同期アバターが参加』
『ローカル記憶は本編へ持ち帰れない』
本編春麗が頷く。
「同じ春麗会議室という見た目でも」
『はい』
「本編内で接続した会議室と」
『はい』
「ディレクターズカットIFとして開かれた会議室は」
『はい』
「記録上、別の層」
『はい』
「それなら、本編の私が、この会議を経験したことにはならない」
『はい』
「でも、本編の私の状態は、こちらへ同期されている」
『はい』
「一方通行」
『はい』
本編春麗は、少し考えた後に聞いた。
「青い小箱は?」
『本編時空の本編春麗の自室にある物理的な私物です』
「ここから開けることは?」
『できません』
「記録板AIが、中身を保存することは?」
『できません』
「ここで作った紙や整理を、自動的に入れることは?」
『できません』
「そこは重要ね」
『はい』
『ディレクターズカットIF側が参照できるのは』
『本編春麗本人の記憶として同期された範囲のみです』
『物理的な青い小箱』
『本編時空の新規行動』
『以上を、外部から操作する権限はありません』
本編春麗は、少しだけ安心したように息を吐いた。
「つまり」
一拍。
「ここにいる私は、本編春麗の影ではない」
『はい』
「本編を奪うコピーでもない」
『はい』
「本編の私を代わりに生きる存在でもない」
『はい』
「本編の私の現在地を、一方向に受け取って」
『はい』
「ここで先に問いへ向き合うアバター」
『はい』
「その結果は」
『はい』
「本編へ持ち帰れない」
『はい』
「本編の私が必要なら」
『はい』
「本編の出来事として、自分で改めて選ぶ」
『はい』
記録板AIが、最初の整理を表示した。
『最優先確認』
『ディレクターズカットIF内の本編春麗』
『分類』
『本編同期アバター』
『コピーではない』
『別ルートの春麗ではない』
『本編時空の本人を直接移動させたものではない』
『本編の指定時点の記憶・感情・判断傾向を一方向同期』
『ディレクターズカットIF内の記憶は、本編へ逆流しない』
『本編で成立させる場合は、本編時空で改めて経験・選択が必要』
本編春麗は、その表示を見てから頷いた。
「それなら」
一拍。
「この後に、他の春麗たちが何者なのかを整理できるわね」
『はい』
「まず、本編春麗の位置を決めなければ」
『はい』
「別の春麗との関係も決められない」
『はい』
「分かったわ。続けなさい」
『本日の参加者』
『本編春麗:本編同期アバター/本編ログ参照対象/被弾担当』
『自覚前春麗:構造確認・疑問提示担当』
『通常救済版春麗:安定化担当』
『行き遅れに恐怖する春麗:位置取り整理担当』
『黒ドレス特化救済春麗:黒側検証・衣装選択分岐担当』
『記録板AI:ログ表示・区分管理担当』
『本日特別参加』
『グランドフィナーレ春麗:調停・終着側整理担当』
『黒執着春麗:春麗会議室外部接続/黒のライバル枠』
『補足』
『黒執着春麗は、春麗会議室の通常メンバーではありません』
『本日は、妄想章IF出身者の位置取り確認のため、特別接続されています』
『観測・発言のみ許可します』
本編春麗は、表示を見て、明らかに顔をしかめた。
「待ちなさい」
『待機します』
「最後の人」
『黒執着春麗』
「どうしているのよ」
円卓の外側。
会議室の壁の向こうに、黒い観測窓が開いた。
そこに、一人の春麗が立っていた。
黒い衣装。
落ち着いた姿勢。
ただし、円卓の席には座っていない。
会議室の中ではなく、外側。
それでも、こちらを見ている。
黒執着春麗は、静かに視線を上げた。
「今回は、特別に繋がっているだけよ」
本編春麗は、眉を寄せた。
「あなた、普通に入ってこないのね」
「私は、春麗会議室の通常メンバーじゃないもの」
「そこは分かっているのね」
「ええ。私は外側の黒よ」
黒執着春麗は、静かに言った。
「本編春麗の代用品でもない。春麗会議室の住人でもない。黒の別軸にいるライバル枠。それが私の位置ね」
記録板AIが表示する。
『黒執着春麗:自己定義を先行提示』
『外側の黒』
『黒の別軸』
『本編春麗の代用品ではない』
『春麗会議室の通常メンバーではない』
『ライバル枠』
本編春麗は、少し頭を押さえた。
「いきなり濃いわね」
黒執着春麗は、少しだけ笑った。
「今回の議題には必要でしょう」
そこで、記録板AIの表示が一段濃くなった。
『今回新たに追加された重要項目として、過去の妄想章IFに関してはディレクターズカットIFに近い作者検証用の仮定の妄想であり、ディレクターズカットIFの設定は反映可能なものとして扱われます』
円卓が、静かになった。
最初に反応したのは、自覚前春麗だった。
「……それ、かなり大きくない?」
本編春麗も、表示を見たまま動かなかった。
「大きいわね」
通常救済版春麗が、ゆっくり息を吐いた。
「過去の妄想章IFが、完全な別枠ではなくなる、ということ?」
『補足します』
『過去の妄想章IFの出来事そのものが、本編確定ログになるわけではありません』
『ただし、それらは作者検証用の仮定の妄想として、ディレクターズカットIFに近い性質を持つものと整理されます』
『よって、妄想章IFで検証された概念・構造・役割・春麗像は、ディレクターズカットIF側の設定として再整理し、必要に応じて反映可能です』
黒ドレス特化救済春麗が、腕を組んだ。
「つまり、私たちの出身地の話ね」
本編春麗は、そちらを見る。
「あなたたちの?」
「ええ。私たちは、もともと本編の本体ではないでしょう」
行き遅れに恐怖する春麗が、少し目を伏せた。
「妄想章IFで生まれた春麗。救済版。行き遅れを恐れる春麗。黒に特化した春麗。そういう位置取りだったものね」
自覚前春麗が、資料を握りしめる。
「私も、そうよね」
円卓の外側から、黒執着春麗が静かに言った。
「私もよ」
本編春麗は、思わずそちらを見た。
黒執着春麗は、会議室の外側に立ったまま、落ち着いた声で続ける。
「私は妄想章IF出身。けれど、春麗会議室の内側に入る春麗じゃない」
「そこは、あなた自身もそう思っているのね」
「ええ」
黒執着春麗は頷いた。
「私は、本編春麗が選ばなかった黒の別軸。あるいは、本編春麗とは違う形で、黒を持ったままリュウへ向かう春麗」
本編春麗は、黙る。
黒執着春麗は、さらに続けた。
「だから、今回の整理は私にとっても重要なのよ。妄想章IF出身だから消えるのか。それとも、本編を上書きするのか。そのどちらでもないのか」
記録板AIが表示する。
『黒執着春麗:妄想章IF出身かつ外部ライバル枠として発言』
『重要度:高』
本編春麗は、少しだけ息を吐いた。
「……そうね。あなたにとっても、かなり重要ね」
黒執着春麗は頷く。
「ええ」
ここで、会議室の外側にある黒い観測窓が、静かに濃くなった。
黒執着春麗が一歩だけ前へ出る。
ただし、会議室の中へは入らない。
円卓の外。
線の向こう。
その位置を、彼女は守っていた。
「私も、言っていいかしら」
本編春麗は、しばらく黒執着春麗を見ていた。
「……今回だけよ」
「ええ。今回だけ、春麗会議室の外側から発言するわ」
黒執着春麗は、静かに本編春麗を見た。
「私は、黒ドレス特化救済春麗とは違う」
黒ドレス特化救済春麗が頷く。
「ええ。あなたは救済ではないもの」
「そう。私は救済じゃない。私は、黒を選び、黒で勝ち、黒で残ろうとした春麗よ」
本編春麗の表情が、わずかに硬くなる。
黒執着春麗は、強すぎない声で続けた。
「私は、妄想章IF出身。だから、本編確定ログではない。でも、完全に消える妄想でもない」
記録板AIが表示する。
『黒執着春麗:自己定義開始』
『注意:外部黒ライバル枠』
黒執着春麗は、改めて本編春麗を見る。
「私は、本編春麗の未来じゃない」
本編春麗は黙る。
「本編春麗が必ずたどり着く場所でもない」
通常救済版春麗が静かに聞いている。
行き遅れに恐怖する春麗も、黒ドレス特化救済春麗も、口を挟まない。
「そして、私は本編春麗の代用品でもない」
黒執着春麗は、少しだけ表情を緩めた。
「私は、別軸よ」
本編春麗が、小さく繰り返す。
「別軸」
「ええ。黒を抱えたまま、リュウへ向かった別軸の春麗。青を奪うためにいるわけじゃない。青を否定するためにいるわけでもない」
「じゃあ、何のためにいるの」
黒執着春麗は、少し考えてから答えた。
「本編春麗が選ばなかった黒の強度を、外側から示すためよ」
その言葉に、会議室が静かになった。
「本編春麗が、青で進むなら、それでいいと思う。けれど、黒でしか見えないものもある。黒でしか扱えない言葉、視線、準備、勝ち方、負け方、執着がある」
本編春麗は、目を逸らさなかった。
「私は、それを本編春麗に押しつけない」
黒執着春麗は、静かに続けた。
「でも、ディレクターズカットIFの別軸では、今後も動くわ」
記録板AIの表示が、一段明るくなる。
『重要発言』
『黒執着春麗:DCIF別軸における継続活動宣言』
本編春麗が眉を寄せる。
「活動宣言って何よ」
「言い方はともかく、内容はその通りでしょう」
黒執着春麗は、少しだけ笑った。
「私は、春麗会議室の椅子には座らない。でも、ディレクターズカットIFの外側で、黒のライバル枠として今後も出られる」
自覚前春麗が資料に書く。
「黒執着春麗、DCIF別軸レギュレーション」
「書き方が硬いわね」
黒執着春麗は小さく頷く。
「硬い方が安全よ」
本編春麗は、複雑な顔をした。
「あなた、本当に自分の危険度を分かっているのね」
「分かっているわ。だから中に入らないのよ」
黒執着春麗は、円卓の線を見た。
「私には、私の別軸がある。私の黒がある。私の勝ち方がある。私のリュウとの距離がある」
「……」
「だから、本編とは別軸の位置取りなのよ」
記録板AIが表示する。
『黒執着春麗:位置取り整理』
『妄想章IF出身』
『本編春麗の未来確定ではない』
『本編春麗の代用品ではない』
『春麗会議室の通常メンバーではない』
『黒の外部ライバル枠』
『DCIF別軸で今後も活動可能』
『黒の強度を外側から示す春麗』
本編春麗は、長く黙った。
それから、少しだけ苦笑した。
「……あなた、本当に面倒ね」
黒執着春麗は、柔らかく笑った。
「私も春麗だもの」
「その返し、便利すぎるわ」
「確かに便利ね」
自覚前春麗が小声で言う。
「本編春麗が言い負けてる」
「言い負けていないわ」
『本編春麗:軽度劣勢』
「保存しないで」
『保存しました』
「早い」
記録板AIが表示する。
『重要線引き』
『妄想章IF出身メンバーは、無効化されません』
『ただし、本編時空の本人ではありません』
『妄想章IFの出来事は、本編確定ログではありません』
『妄想章IFの春麗たちは、本編春麗の未確定可能性・検証済み概念・感情構造を保持する存在として扱います』
『本編へ反映される場合は、出来事ではなく、概念・言葉・構造・役割が本編用に整形されます』
『本編春麗の経験として成立させるには、本編時空で改めて描写される必要があります』
『黒執着春麗については、春麗会議室内部メンバーではなく、DCIF別軸の外部黒ライバル枠として扱います』
自覚前春麗は、少しだけ安心したように言った。
「つまり、私たちは本編を上書きしない」
『はい』
通常救済版春麗が続ける。
「でも、なかったことにもならない」
『はい』
行き遅れに恐怖する春麗が言う。
「確定未来ではなく、警告として残る」
『はい』
黒ドレス特化救済春麗が言う。
「黒の本編化ではなく、黒の記憶として残る」
『はい』
黒執着春麗が続けた。
「そして私は、本編化ではなく、別軸として残る」
『はい』
本編春麗は、静かに頷いた。
「それなら、混ざらずに扱えるわね」
『はい』
その時、会議室の扉が静かに開いた。
同時に、外側の黒い観測窓の向こうにも、淡い光が差した。
本編春麗は、そちらを見た。
入ってきたのは、グランドフィナーレを迎えた春麗だった。
そして、その外側に立つ黒執着春麗と、視線が交わる。
円卓の空気が変わる。
自覚前春麗が、少し驚いた顔をした。
「グランドフィナーレを迎えた春麗も、来たのね」
グランドフィナーレを迎えた春麗は、穏やかに微笑んだ。
「必要そうだったから」
黒執着春麗も静かに頷いた。
「私も、今回は必要だと思ったの」
本編春麗は、少し警戒する。
「あなたたちが並ぶと、終わりと黒が同時に来たみたいで怖いのよ」
グランドフィナーレ春麗は微笑む。
「大丈夫。今日は終わりを押しつけに来たわけではないわ」
黒執着春麗も続ける。
「私も、黒を押しつけに来たわけじゃない」
「……本当でしょうね」
「ええ。今日は線引きのためよ」
グランドフィナーレ春麗は、円卓を見渡した。
「妄想章IF出身の春麗たちが、自分たちの位置を不安に思うのは自然だと思う」
通常救済版春麗が、静かに頷いた。
「ええ」
「本編ではない。確定ログではない。けれど、完全な無意味でもない。そういう場所にいると、自分が薄く感じることがある」
行き遅れに恐怖する春麗が、小さく笑った。
「分かるわ」
グランドフィナーレ春麗は、本編春麗を見る。
「でも、あなたたちは本編春麗の代用品ではない」
本編春麗は、黙って聞く。
「本編春麗が歩いていない道を、先に見に行った春麗たちでもある」
自覚前春麗が、資料から顔を上げた。
「先に見に行った春麗」
「ええ。でも、その道を本編春麗に歩けと命令する権利はない」
黒ドレス特化救済春麗が、目を細める。
「本編を上書きしない」
「そう」
グランドフィナーレ春麗は頷いた。
「でも、道があったことを知らせることはできる。危険だった場所、救えた場所、壊れかけた場所、黒を使った場所、青で踏みとどまった場所。それを記録として残すことはできる」
通常救済版春麗が言う。
「本編春麗が、必要になった時に見つけられるように」
「そうね」
グランドフィナーレ春麗は、穏やかに言った。
「あなたたちは、本編春麗の未来を奪う存在ではない。本編春麗が選ぶ時に、選択肢の輪郭を少しだけ見せる存在」
黒執着春麗が、外側から言葉を添えた。
「そして、私は選択肢そのものではなく、別軸の証明ね」
グランドフィナーレ春麗が、静かに頷く。
「そうね。あなたは、本編春麗が必ず選ぶ道ではない。でも、黒を抱えた春麗が別の物語として成立することを示している」
黒執着春麗は、わずかに笑った。
「ええ」
「だから、あなたは消えなくていい」
黒執着春麗の表情が、一瞬だけ止まった。
本編春麗も、それを見た。
黒執着春麗は、少しだけ視線を伏せてから答えた。
「……そう。なら、残らせてもらうわ」
グランドフィナーレ春麗は続ける。
「ただし、あなたは本編春麗の内側には入らない」
「ええ」
「その代わり、ディレクターズカットIFの別軸で、あなたの黒を持ったまま立つ」
黒執着春麗は、静かに頷いた。
「それが、私の位置よ」
記録板AIが表示する。
『グランドフィナーレ春麗・黒執着春麗:共同整理』
『妄想章IF出身メンバーは、本編春麗の代用品ではありません』
『本編春麗が歩いていない道を、先に見に行った春麗たちです』
『ただし、本編春麗にその道を歩けと命令する権利はありません』
『役割は、上書きではなく、選択肢の輪郭提示です』
『黒執着春麗は、選択肢の輪郭提示に加え、DCIF別軸における黒のライバル枠として今後も活動可能です』
『黒執着春麗は本編春麗の内側ではなく、外側に立ちます』
本編春麗は、長く息を吐いた。
「……かなり綺麗にまとめたわね」
グランドフィナーレを迎えた春麗は微笑む。
「終わった後の春麗だから」
「それを便利に使わないで」
「便利でしょう?」
「便利ね」
黒執着春麗が静かに言う。
「私は、外側にいる方が便利よ」
本編春麗は、そちらを見る。
「あなたの場合、それは便利というより安全なのよ」
「ええ。安全ね」
「自分で言うのね」
「危険なものほど、位置取りが大切でしょう」
黒ドレス特化救済春麗が、少し笑った。
「そこは同意するわ」
自覚前春麗が、小さく笑った。
「今のは保存していいと思う」
『保存しました』
本編春麗は、今回は止めなかった。
記録板AIが、最終整理へ移行した。
『本日の最終整理』
『一、ディレクターズカットIF内の本編春麗は、本編同期アバターです』
『二、本編春麗のコピー、代用品、別ルート個体ではありません』
『三、本編の指定時点における記憶・感情・判断傾向が、本編側から一方向同期されます』
『四、ディレクターズカットIF内で得た記憶・未来情報・構造説明は、本編へ逆流しません』
『五、ディレクターズカットIF内のローカル記憶は、同領域内でのみ継続可能です』
『六、本編時空で本編春麗本人が接続する春麗会議室と、ディレクターズカットIF春麗会議室は別の層です』
『七、本編時空内の春麗会議室経験は本編ログですが、ディレクターズカットIFの会議は本編確定ログではありません』
『八、本編春麗の青い小箱は本編時空の物理的な私物であり、ディレクターズカットIFから開封・操作・追記できません』
『九、ディレクターズカットIFは本編を上書きしません』
『十、ディレクターズカットIFは概念・言葉・分類の検証領域です』
『十一、過去の妄想章IFは、ディレクターズカットIFに近い作者検証用の仮定の妄想として扱われます』
『十二、妄想章IFで検証された概念・構造・役割・春麗像は、ディレクターズカットIF設定として再整理し、反映可能です』
『十三、ただし、妄想章IFの出来事そのものが本編確定ログになるわけではありません』
『十四、本編へ入る場合は、本編時空で改めて成立させる必要があります』
『十五、妄想章IF出身メンバーは、本編春麗の代用品ではありません』
『十六、妄想章IF出身メンバーは、本編春麗が歩いていない道を先に見に行った春麗たちです』
『十七、役割は本編の上書きではなく、選択肢の輪郭提示です』
『十八、黒執着春麗は妄想章IF出身ですが、春麗会議室の通常メンバーではありません』
『十九、黒執着春麗は、春麗会議室外部に立つ黒のライバル枠です』
『二十、黒執着春麗は、本編春麗の青い小箱、正式回答、危険封筒へ接続しません』
『二十一、黒執着春麗は、本編を上書きせず、ディレクターズカットIFの別軸で今後も活動可能です』
『二十二、黒執着春麗は、本編春麗が選ばなかった黒の強度を外側から示す春麗です』
本編春麗は、その表示をじっと見つめた。
「硬いけれど、必要な整理ね」
自覚前春麗が頷く。
「私の疑問も、少し落ち着いたわ」
通常救済版春麗が微笑む。
「私たちは、本編を奪わなくていい」
行き遅れに恐怖する春麗が続ける。
「怖い未来を確定させなくていい」
黒ドレス特化救済春麗も言う。
「黒で青を塗りつぶさなくていい」
グランドフィナーレ春麗が言った。
「でも、誰も消えなくていい」
黒執着春麗が、外側から静かに続けた。
「そして、外側にいる者は、外側にいるまま残っていい」
その言葉に、本編春麗は少しだけ目を伏せた。
「……それは、いいわね」
『本編春麗:全員非削除方針を評価』
「言い方」
『修正案』
『本編春麗:妄想章IF出身メンバーおよび外部黒ライバル枠の存在意義を部分評価』
「部分評価でいいわ」
『保存しました』
「そこは保存していい」
会議室の光が、ゆっくり薄れていく。
光が消える。
ディレクターズカットIF春麗会議室は、閉じていく。
そこにあった会話は、本編の出来事ではない。
本編時空の本編春麗本人が、肉体ごとこの会議へ来たわけではない。
ここで話していた本編春麗は、本編の指定時点にある記憶、感情、判断傾向を一方向に受け取った、本編同期アバターだった。
本編でリュウから正式回答を受け取れば。
その記憶は、次に接続されたアバターへ届く。
本編で春麗が何かを選び、傷つき、前へ進めば。
その現在地も、こちらへ届く。
だが。
こちらで見た未来投稿ログは、本編へ戻らない。
こちらで行ったインタビューも。
こちらで得た整理も。
こちらで他の春麗から受け取った言葉も。
本編時空の本編春麗の記憶にはならない。
ディレクターズカットIF内では、ローカル記憶として残る。
次の検証へ引き継ぐこともできる。
しかし、本編へ入るには。
本編時空の春麗が、自分自身の出来事として、改めて経験し、選ばなければならない。
本編内で本編春麗本人が春麗会議室へ接続した場合は、それ自体が本編の出来事になる。
その経験は、本編春麗本人の記憶として残る。
見た目が同じ春麗会議室でも。
本編時空内の接続と。
ディレクターズカットIFの外部検証空間は。
同じものではなかった。
青い小箱も、本編春麗の自室に残る。
記録板AIは開けない。
ディレクターズカットIFから紙を入れることもできない。
そこへ何かを入れるのは、本編時空の本編春麗だけだった。
だから。
ディレクターズカットIFは、本編を上書きしない。
過去の妄想章IFも、本編をそのまま上書きするものではない。
ただし、それらは完全に切り捨てられる妄想でもない。
作者検証用の仮定として。
春麗たちが先に見に行った道として。
危険、救済、恐怖、黒、青、終わり、そのすべての輪郭を一度置いておく場所として。
そこにある。
そして、黒執着春麗は、その中でも少し違う場所にいる。
春麗会議室の内側ではなく。
黒の別軸。
外側に立つライバル枠。
本編を上書きしないまま、ディレクターズカットIFで今後も動ける春麗。
黒を抱えたまま、黒の強度を示す春麗。
それもまた、消えなくていい可能性だった。
必要になれば。
本編時空の春麗が、自分自身の出来事として、改めて何かを受け取る日が来るかもしれない。
ただし、それは本編時空で改めて成立する必要がある。
誰かが外側から押しつけるものではない。
記録板AIは、最後に小さく表示した。
『保存名候補』
『ディレクターズカットIFと本編時空について』
『追記』
『でも、誰も消えなくていい』
『追加追記』
『黒執着春麗は、外側の黒としてDCIF別軸に残る』
本編春麗は、その表示を見て、少しだけ黙った。
「……削除要求なし」
黒い観測窓の向こうで、黒執着春麗が静かに笑った。
「なら、残るわ」
本編春麗は、視線を逸らした。
「そう言われると、余計に面倒なのよ」
「春麗だもの」
「だから、それを便利に使わないで」
『保存しました』
それで、この日のディレクターズカットIFは閉じた。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、ディレクターズカットIFと本編時空の関係を整理する回でした。
本編春麗は、すでに本編時空でリュウから宿題の正式回答を受け取っています。また、本編の出来事として春麗会議室へ接続した経験もあります。
そこで出てくるのが、
「ディレクターズカットIFにいる本編春麗は、本編の本人なのか」
「本編春麗のコピーなのか」
「ここで得た記憶を本編へ持ち帰れるのか」
という疑問でした。
今回、このディレクターズカットIF内の本編春麗を、「本編同期アバター」として整理しています。
本編同期アバターは、本編春麗のコピーや代用品ではありません。
また、別の世界へ分岐した本編春麗でもありません。
本編時空の指定された時点から、記憶、感情、判断傾向、未処理事項などを、ディレクターズカットIF側へ一方向に同期して成立する存在です。
たとえば、本編春麗が正式回答を受け取った後の時点から接続されれば、ディレクターズカットIFの本編春麗も正式回答を受け取った記憶と、まだ持てていない状態を保持しています。
しかし、同期は一方向です。
本編からディレクターズカットIFへは情報が届きます。
ディレクターズカットIFから本編へは戻りません。
そのため、ディレクターズカットIFの本編春麗が未来の投稿ログを読んでも、本編時空の本編春麗が未来を知ることはありません。
ここで正式回答後の生活を整理しても、それだけで本編春麗が整理を終えたことにはなりません。
ここでリュウとの食事や連絡手段を検証しても、本編で実際に行わなければ、本編春麗の経験にはなりません。
ディレクターズカットIFは、本編の先を安全に検証できます。
しかし、そこで得た答えを、そのまま本編春麗へ渡すことはできません。
本編春麗が何かを得るためには、本編時空で改めて経験し、自分で選ぶ必要があります。
この線引きによって、ディレクターズカットIFで未来の可能性を自由に検証しながら、本編春麗の迷いや選択を先回りして消してしまうことを防いでいます。
また、本編時空の春麗会議室と、ディレクターズカットIFの春麗会議室も、今回は別の層として整理しました。
本編の中で本編春麗本人が春麗会議室へ接続した場合、その出来事は本編ログです。
そこで得た記憶も、本編春麗本人に残ります。
一方、ディレクターズカットIFの春麗会議室に参加するのは、本編同期アバターです。
ここでの会話は、ディレクターズカットIF内のローカル記憶として次のインタビューへ引き継ぐことはできますが、本編春麗へ持ち帰ることはできません。
同じ春麗会議室という形を取っていても、本編内の接続と、作者検証用の外部空間は同じものではありません。
青い小箱についても、改めて線を引いています。
青い小箱は、本編時空にある本編春麗の物理的な私物です。
ディレクターズカットIFから開くことはできません。
記録板AIが中身を保存したり、勝手に紙を追加したりすることもできません。
黒執着春麗も接続できません。
青い小箱へ何かを入れられるのは、本編時空の本編春麗だけです。
ディレクターズカットIFが参照できるのは、本編春麗本人の記憶として同期された範囲までです。
この整理は、青い小箱を本編春麗だけの不可侵領域として維持するためにも必要でした。
そして、今回のもう一つの大きな議題が、過去の妄想章IFと、そこから生まれた春麗たちの位置取りです。
過去の妄想章IFは、完全に無効な出来事として削除されるわけではありません。
ただし、その出来事がそのまま本編の確定ログになるわけでもありません。
妄想章IFは、ディレクターズカットIFに近い、作者検証用の仮定として再整理されます。
そこで検証された感情、概念、役割、危険性、救済方法、春麗像などは、ディレクターズカットIFの設定として今後も利用できます。
しかし、本編春麗の経験として採用する場合には、本編時空で改めて描く必要があります。
妄想章IFで一度起きたから、本編春麗も経験済みになるわけではありません。
ここでも、
「検証されたこと」
と、
「本編で実際に起きたこと」
を分けています。
自覚前春麗。
通常救済版春麗。
行き遅れに恐怖する春麗。
黒ドレス特化救済春麗。
グランドフィナーレを迎えた春麗。
彼女たちは、本編春麗のコピーでも、代用品でもありません。
本編春麗がまだ歩いていない道を、先に見に行った春麗たちです。
救えた道。
壊れかけた道。
行き遅れへの恐怖が強くなった道。
黒へ特化した道。
最後まで進んだ道。
それぞれが、異なる可能性を先に経験しています。
ただし、彼女たちには、本編春麗へ同じ道を歩くよう強制する権利はありません。
役割は、本編を上書きすることではなく、選択肢の輪郭を見せることです。
本編春麗が必要になった時に、
「こういう道もあった」
「ここには危険があった」
「この地点なら立て直せた」
と確認できるように、可能性を残しています。
そして黒執着春麗は、その中でもさらに特殊な位置にいます。
黒執着春麗は、春麗会議室の通常メンバーではありません。
本編春麗の中へ戻る存在でもありません。
本編春麗が将来必ずなる春麗でもありません。
黒を抱えたまま、別の物語として成立している別軸の春麗です。
そのため今回は、春麗会議室の円卓へ座らず、外側の観測窓から参加しています。
黒執着春麗は、本編春麗の青を奪うためにいるわけではありません。
青を否定するためでもありません。
本編春麗が選ばなかった黒の強度を、外側から示すために残っています。
黒でしか扱えない言葉。
視線。
事前準備。
勝ち方。
負け方。
執着。
それらを、本編とは別軸のディレクターズカットIFで検証する存在です。
本編へ混ざらない。
青い小箱へ接続しない。
正式回答へ干渉しない。
春麗会議室の通常メンバーにもならない。
その代わり、外側の黒として消えずに残る。
今回、黒執着春麗が自分の位置を理解し、あえて外側へ立ち続けることを選んだ点も重要でした。
危険だから削除するのではなく、危険性を理解したうえで、適切な場所へ置く。
本編春麗の中へ押し込むのでもなく、完全になかったことにするのでもない。
別軸のライバルとして残す。
それが、今回決めた位置取りです。
この回は、物語上の大きな事件が起きる話ではありません。
本編春麗とリュウの関係が直接進む話でもありません。
しかし、今後の本編、ディレクターズカットIF、妄想章IF出身者、黒執着春麗を混乱させずに扱うための、非常に重要な整理回になりました。
今回の根本にあるのは、
「誰が本編春麗なのか」
「どの記憶が本編へ残るのか」
「誰が本編を上書きできるのか」
「本編ではない春麗たちを、どこへ置くのか」
という問いです。
その答えとして、
本編春麗は、本編時空を生きる本人。
ディレクターズカットIFの本編春麗は、本編の現在地を一方向に受け取るアバター。
妄想章IF出身者は、本編春麗の代用品ではなく、先に別の道を見に行った春麗たち。
黒執着春麗は、本編の外側で黒の強度を示す別軸のライバル。
という形に整理しました。
誰も本編春麗を奪いません。
誰も本編を勝手に上書きしません。
しかし、本編ではないからといって、誰かを消す必要もありません。
本編へ持ち込まないための線を引くことと。
存在そのものを否定しないこと。
その二つは両立できます。
今回、グランドフィナーレを迎えた春麗が言った、
「でも、誰も消えなくていい」
という言葉は、この回全体の結論でもあります。
本編は本編として守る。
別の可能性は、別の可能性として残す。
外側にいる春麗は、外側にいるまま存在してよい。
ディレクターズカットIFは、そのための検証空間です。
本編を先回りして完成させる場所ではありません。
本編春麗が自分で選ぶ前に、答えを押しつける場所でもありません。
危険な可能性。
救済の可能性。
選ばなかった道。
まだ言えない言葉。
それらを一度置き、整理し、必要なら本編用に作り直す場所です。
そして、本編春麗が本当に何かを得る時には。
ディレクターズカットIFから記憶を持ち帰るのではなく。
本編時空で。
本編春麗自身が。
改めて経験し、傷つき、考え、選ぶことになります。