また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
春麗会議室。
つい先ほどまで、中央の表示板には、一組の春麗とリュウが映っていた。
修行場ではない場所。
試合の直後でもない時間。
互いに道着ではない服で向かい合い。
同じ店で食事をし。
修行最終日前夜に気づいた感情を、春麗が自分の言葉でリュウへ渡す。
そして。
リュウも、その言葉を受け取る。
好きだから、勝ちたい。
好きだから、あなたの拳の前で止まりたくない。
好きだから、あなたに格闘家として届きたい。
それに対して。
リュウは答えた。
俺も、春麗と戦いたい。
春麗が好きだから。
映像は、すでに終了していた。
表示板は暗い。
だが。
本編春麗だけは、まだ画面の続きを見ているように動かなかった。
青い武道服。
円卓の前。
両腕は組まれていない。
膝の上に置いた両手が、固く重なっている。
記録板AIが、静かに告知を表示した。
『前回ログから継続します』
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『本インタビューは』
『第1話敗北開始ルート未来時空の以下のログを』
『本編同期アバターである本編春麗が閲覧した直後に実施されます』
一拍。
『閲覧対象』
『ディレクターズカットIF:春麗は、あの試験前夜に気づいた気持ちの名前をリュウに渡す』
一拍。
『対象時系列』
『第1話敗北開始ルート』
『修行編完了後』
『約束の正式試合後』
『春麗がリュウに勝利した翌日』
『修行でも試合でもない食事時間』
一拍。
『対象ログ内の主要到達点』
『春麗』
『修行最終日前夜に自覚した好意を』
『リュウ本人へ明言』
『リュウ』
『春麗と過ごした時間への好意を明言』
『さらに』
『春麗が好きだから戦いたいと回答』
『両者』
『次回の食事および正式試合への継続意思を確認』
一拍。
『補足』
『本編春麗は』
『リュウから宿題への正式回答を受領済みです』
『採点』
『九十九点』
『現在状態』
『受領済み』
『まだ持てない』
『持てるようになるまで待つ』
『受領済みの札は外さない』
一拍。
『前回インタビューにおける確認』
『停止と後退は同一ではありません』
『本編春麗は』
『正式回答をまだ持てなくても』
『受領を取り消す必要はありません』
本編春麗が、ようやく顔を上げた。
「告知が長いわ」
『今回の時系列および比較対象は重要です』
「分かっているわよ」
『さらに補足します』
「まだあるの?」
『今回閲覧した未来時空ログの記憶は』
『ディレクターズカットIF内にのみ保存されます』
『本編時空の本編春麗へ持ち帰られることはありません』
「それも分かっているわ」
『確認です』
「確認するなら」
一拍。
「精神HPへの影響も、最初に表示しておきなさい」
『表示します』
『精神HPへの影響』
『非常に大』
「閲覧した後に出す警告では意味がないでしょう!」
『今回は閲覧後インタビューです』
「そういう問題ではないわ!」
記録板AIは、淡々と次の表示へ移った。
『インタビューを開始します』
「始める前に」
『はい』
「一つ確認させて」
『どうぞ』
「今見たものは」
一拍。
「第1話敗北開始ルートの、かなり先の未来時空なのよね」
『はい』
「現在公開中の私の時系列よりも先」
『はい』
「あの春麗は」
『はい』
「初戦で負けた」
『はい』
「その後、何度も試合を行ってやっと勝った後に、リュウが修行している間二週間待たされて、その後の試合で完敗」
『はい』
「その試合でリュウの波動拳の向こうにある昇龍拳に撃ち落とされて、身体が止まるようになった」
『はい』
「その停止を越えるために、昇龍拳で撃ち落としたリュウ本人と修行した」
『はい』
「修業中毎日、昼食も一緒に食べた」
『はい』
「修業の最終試験では、昇龍拳の前で止まらなかった」
『はい』
「その後の約束の正式試合で、リュウに勝った」
『はい』
「正式試合に勝った後リュウに膝枕した」
『はい』
「敗者の印も刻んだ」
『額および右手です』
「細部を補足しなくていい!」
『重要な勝利後処理です』
「それから」
本編春麗は、表示板を睨むように見た。
「正式試合後に、一緒に食事をした」
『はい』
「服を選んだ」
『はい』
「リュウにも道着以外で来るように言った」
『はい』
「向かい合って食事をした」
『はい』
「その食事中に修行最終日前夜に気づいた気持ちを」
一拍。
「本人に渡した」
『はい』
「リュウも」
一拍。
「受け取った」
『はい』
「そして」
本編春麗は、一度言葉を止めた。
口にすれば。
もう一度、自分へ刺さる。
それでも。
確認せずにはいられなかった。
「春麗が好きだから、春麗と戦いたい」
『はい』
「そう言った」
『はい』
本編春麗は、深く息を吐いた。
「……最悪ね」
『対象ログへの評価ですか』
「違うわ」
『では』
「私の精神HPに対してよ」
『精神HPへの攻撃性』
『非常に高』
「本当に表示するのね」
『本人からの要望です』
「閲覧前に出しなさいと言ったのよ!」
『次回以降の検討事項として保存します』
「甘い未来時空ログを、次回も見せるつもり?」
『未定です』
「否定しないのね」
『質問一』
「もう始めるの?」
『対象ログを閲覧した率直な感想をお願いします』
本編春麗は。
すぐには答えなかった。
暗くなった表示板を見る。
映像は終わっている。
それでも。
街を歩く二人の姿が残っていた。
道着ではないリュウ。
少し整えた服を着た春麗。
向かい合った食卓。
修行の日々を振り返る会話。
言葉を渡す春麗。
受け取るリュウ。
「……甘いわ」
『はい』
「かなり甘い」
『記録板AIによる判定』
『糖分濃度:高』
「最後の保存欄にまで書いてあったわね」
『はい』
「でも」
一拍。
「ただ甘いだけの話ではない」
『理由をお願いします』
「あの春麗は」
一拍。
「何もせずに、あの場所へ着いたわけではない」
『はい』
「初戦で負けた」
『はい』
「やっと勝っても二週間、リュウは修行に行って会えなかった」
『はい』
「その二週間後の正式な試合では、修行してきたリュウに負けた」
『はい』
「しかも」
一拍。
「ただ負けただけではない」
『はい』
「波動拳を跳びこみで越えた先に昇龍拳で撃ち落とされる恐怖を体に刻まれた」
『はい』
「次から」
一拍。
「まだ撃たれてもいない昇龍拳を見て、身体が止まった」
『はい』
「格闘家として」
一拍。
「自分の身体が、自分の意思を裏切るところまで追い込まれた」
『はい』
本編春麗は。
静かに続けた。
「その状態を」
一拍。
「自分を止めた本人に見られた」
『はい』
「リュウへ修行を頼んだ」
『はい』
「何度も膝を落とした」
『はい』
「毎日、立ち直るところまで見られた」
『はい』
「昼食を作った」
『はい』
「最初は、恩を返すためだと言った」
『はい』
「修行のための栄養管理だとも」
『はい』
「それでも」
一拍。
「一緒に食べる時間が積み重なった」
『はい』
「自分の仕事も」
『はい』
「父のことも」
『はい』
「リュウの旅や生活も」
『はい』
「少しずつ、話した」
『はい』
「最終試験の前夜に」
一拍。
「その全部を思い返して」
『はい』
「自分が、リュウを好きだと気づいた」
『はい』
「それでも、翌日の試験では止まらなかった」
『はい』
「好きだと気づいたことを」
一拍。
「拳を止める理由にしなかった」
『はい』
「むしろ」
一拍。
「前へ出た」
『はい』
本編春麗は、少しだけ目を伏せた。
「だから」
一拍。
「あの春麗が受け取った甘さは」
『はい』
「ただのご褒美ではない」
『はい』
「積み重ねた修行と」
『はい』
「止まった痛みと」
『はい』
「止まらなかった試験と」
『はい』
「その後、自分で勝った試合の先にある」
『はい』
「そこは」
一拍。
「認めるわ」
『発言信頼度:非常に高』
「ええ」
『では』
『羨ましくありませんか』
本編春麗は、記録板AIを見た。
「質問を急に雑にしないで」
『率直な感想の確認です』
「……羨ましいわよ」
『発言信頼度:非常に高』
「そこは隠さない」
『何が最も羨ましかったですか』
本編春麗は。
再び黙った。
リュウの言葉。
春麗といる時間は好きだ。
修行の時間も。
昼食を食べる時間も。
正式試合も。
修行でも試合でもない今日の時間も。
全部、好きだ。
春麗が難しいから考える。
考えるから覚えている。
覚えているから、また会いたくなる。
そして。
春麗が好きだから戦いたい。
どれも。
本編春麗に深く刺さった。
だが。
最も刺さったものは。
リュウの言葉だけではなかった。
「……あの春麗が」
『はい』
「自分から言ったこと」
『はい』
「修行最終日前夜に気づいたことを」
『はい』
「本人へ」
『はい』
「あなたが好きだ、と」
『はい』
「自分の言葉で渡した」
『はい』
本編春麗は。
膝の上で重ねていた手を、少し強く握った。
「あれが」
一拍。
「一番、刺さった」
『リュウの返答よりも』
「比較しないで」
『重要な分析です』
「リュウの返答も刺さったわよ!」
『はい』
「かなり刺さった」
『はい』
「甘い言葉を求められて」
『はい』
「修行も、昼食も、試合も、何でもない時間も好きだと言う」
『はい』
「難しいから考える」
『はい』
「考えるから覚えている」
『はい』
「覚えているから、また会いたくなる」
『はい』
「最後には」
一拍。
「春麗が好きだから、春麗と戦いたい」
『はい』
「全部」
一拍。
「反則よ」
『しかし』
『最も刺さったのは』
本編春麗は、顔をしかめた。
「……あの春麗が」
一拍。
「自分の答えを、先に渡せたことよ」
『発言信頼度:非常に高』
会議室が。
少しだけ静かになった。
先ほどまでの照れや怒りとは違う沈黙だった。
記録板AIが、表示を切り替える。
『質問二』
『本編春麗は』
『リュウから宿題への正式回答を受領済みです』
「ええ」
『しかし』
『第1話敗北開始ルート未来春麗は』
『リュウから回答を受け取るだけではなく』
『自分の側の気持ちを』
『本人へ渡しています』
「ええ」
『この差を』
『どのように受け止めますか』
本編春麗は。
ゆっくりと息を吐いた。
「私が出した宿題に」
『はい』
「リュウは答えた」
『はい』
「途中回答ではなく」
『はい』
「正式回答として」
『はい』
「逃げずに」
『はい』
「最後まで」
『はい』
「自分の言葉で」
『はい』
「答えた」
『はい』
「私は」
一拍。
「それを受け取った」
『はい』
「九十九点を付けた」
『はい』
「受け取っていないことにはしていない」
『はい』
「返してもいない」
『はい』
「青い小箱の中にあることも」
『はい』
「本編時空の私の記憶として分かっている」
『はい』
「受領済みの札も外さない」
『はい』
「でも」
一拍。
「まだ、持てない」
『はい』
「胸の中へ置こうとすると」
『はい』
「重すぎる」
『はい』
「面倒でもいい」
『はい』
「変わった春麗も見る」
『はい』
「前の春麗へ戻そうとは思わない」
『はい』
「自分の言葉で変わった後の春麗から逃げない」
『はい』
「その時の春麗として見る」
『はい』
「その春麗も受ける」
『はい』
「変わった後でも、次も俺に聞け」
『はい』
本編春麗は。
目を閉じた。
思い出すだけで。
まだ、重い。
「私は」
一拍。
「リュウからの答えを受け取った」
『はい』
「でも」
一拍。
「その答えを受け取った私が」
『はい』
「リュウへ何を渡すのか」
『はい』
「まだ、自分の言葉にできていない」
『はい』
「関係の名前も」
『はい』
「自分の気持ちの名前も」
『はい』
「正式には、本人へ渡していない」
『はい』
「だから」
一拍。
「あの春麗が、自分から言えたことが刺さった」
『はい』
「リュウが甘いことを言ったからだけではない」
『はい』
「あの春麗は」
一拍。
「自分の側の言葉を持っていた」
『はい』
「持っているだけではなく」
『はい』
「渡した」
『はい』
「私は」
一拍。
「リュウから受け取った言葉さえ、まだ持てていない」
『はい』
「その差を」
一拍。
「見せられた」
『発言信頼度:非常に高』
本編春麗は。
少しだけ苦く笑った。
「ひどいわね」
『何がでしょうか』
「前回は」
一拍。
「別ルートの春麗が、失敗した後でも病室まで戻ったことを見せられた」
『はい』
「今度は」
一拍。
「別ルートの春麗が、自分の気持ちを本人へ渡したところを見せられた」
『はい』
「正式回答を持てない私へ」
『はい』
「他の春麗は」
一拍。
「戻れる」
『はい』
「会いに行ける」
『はい』
「自分の言葉を渡せる」
『はい』
「そうやって」
一拍。
「順番に刺してくるのね」
『比較検証です』
「刺し方の順番が正確すぎるのよ」
『副次効果です』
「副次効果で済ませないで」
記録板AIは。
二つの記録を並べた。
『第1話敗北開始ルート未来時空』
『春麗』
『初戦敗北』
『二週間後に初勝利』
『修行後の正式試合で勝利』
『修行最終日前夜の好意自覚』
『気持ちの名称』
『好き』
『本人への伝達』
『達成』
『勝負との接続』
『好きだから勝ちたい』
『リュウの返答』
『春麗と過ごす時間が好き』
『春麗が好きだから戦いたい』
『次の食事』
『継続』
『次の正式試合』
『継続』
一拍。
『本編ルート』
『本編春麗』
『青を選び直す』
『黒を通過』
『宿題を提示』
『途中回答』
『正式回答』
『受領済み』
『採点』
『九十九点』
『回答保持』
『未達』
『現在保管状態』
『まだ持てない』
『持てるようになるまで待つ』
『受領済みの札は外さない』
『自己側の言葉』
『未提出』
『関係名称』
『未承認』
『勝負との再接続』
『未確定』
本編春麗は、比較表示を見た。
「並べないで」
『比較分析です』
「前回も言ったでしょう」
『はい』
「並べると刺さるのよ」
『精神HPへの影響』
『中』
「もう中まで下がっているの?」
『開始時点で閲覧ダメージが発生済みです』
「何もしていないうちから削らないで」
『対象ログを閲覧しました』
「私が希望したわけではないでしょう!」
『質問三』
「本当に容赦がないわね」
『二つのルートの回答は』
『どちらが先へ進んでいると思いますか』
「比べる問いが雑よ」
『回答をお願いします』
本編春麗は。
比較表示を見た。
一方には。
好きという名前。
本人へ渡した言葉。
好きだから勝ちたいという接続。
互いの好意。
次の食事。
次の試合。
もう一方には。
面倒でもいい。
変わった自分も見る。
以前の自分へ戻そうとしない。
自分の言葉で変わった後の春麗から逃げない。
戻ってきた自分を、その時の自分として見る。
その春麗も受ける。
変わった後でも、次も俺に聞け。
そして。
それをまだ持てない本編春麗。
「同じ方向ではないわ」
『説明をお願いします』
「第1話敗北開始ルートの春麗は」
一拍。
「気持ちへ名前を付けた」
『はい』
「好きだと本人へ渡した」
『はい』
「リュウも」
『はい』
「好きだと返した」
『はい』
「二人の気持ちが」
一拍。
「互いに見える形になった」
『はい』
「だから」
一拍。
「次の食事も」
『はい』
「次の試合も」
『はい』
「好きだと知った二人の次になった」
『はい』
「それは」
一拍。
「感情の名前へ到達したルート」
『はい』
「私の正式回答は」
一拍。
「好きかどうかだけを答えたものではない」
『はい』
「リュウの言葉で」
『はい』
「私が変わってしまった場合」
『はい』
「以前の私と違う春麗になった場合」
『はい』
「その後の私を」
『はい』
「リュウがどう扱うのか」
『はい』
「そこへ答えたもの」
『はい』
「リュウは」
一拍。
「変わった私から逃げないと答えた」
『はい』
「以前の私へ戻そうとしない」
『はい』
「その時の私として見る」
『はい』
「その春麗も受ける」
『はい』
「だから、変わった後でも、次も俺に聞け」
『はい』
本編春麗は、胸元へ片手を置いた。
「これは」
一拍。
「気持ちの名前へ進むより前に」
『はい』
「名前を付けた後も」
『はい』
「私が変わった後も」
『はい』
「関係を続けるための答えを先に受け取ったルート」
『重要発言です』
「ええ」
『したがって』
「優劣ではない」
『はい』
「第1話敗北開始ルートは」
一拍。
「気持ちを名付けて、互いへ渡した」
『はい』
「本編ルートは」
一拍。
「気持ちへ最終的な名前を付ける前に」
『はい』
「変わった後でも続けるための答えを受け取った」
『はい』
「彼女は」
一拍。
「自分の言葉を持てた」
『はい』
「私は」
一拍。
「リュウが、変わった私を受けるという言葉を受け取った」
『はい』
「どちらも」
一拍。
「簡単ではない」
『発言信頼度:非常に高』
「だから」
一拍。
「彼女が先へ進んだことは認める」
『はい』
「でも」
一拍。
「私が何も得ていないわけではない」
『はい』
「むしろ」
一拍。
「持てないほどのものを受け取っている」
『はい』
「……言っていて、自分で刺さるわね」
『精神HP低下を確認』
「確認しないで」
『質問四』
『第1話敗北開始ルート未来春麗の』
『好きだから勝ちたい』
『という言葉を』
『本編春麗はどう受け止めますか』
本編春麗は。
すぐには答えなかった。
好きだから勝ちたい。
好きだから。
拳の前で止まりたくない。
好きだから。
格闘家として届きたい。
好きだから。
勝ちたい。
甘い言葉でありながら。
勝負から降りるための言葉ではない。
相手へ届きたいという意志を。
弱めるどころか。
さらに強くする言葉だった。
「……悔しいけれど」
『はい』
「間違っていないと思う」
『はい』
「リュウへ好意を持つことと」
『はい』
「リュウに勝ちたいことは」
『はい』
「矛盾しない」
『はい』
「好きだと認めたから」
『はい』
「手加減してほしいわけではない」
『はい』
「負けてもいいと思うわけでもない」
『はい』
「むしろ」
一拍。
「好きだからこそ」
『はい』
「格闘家として、正面から見てほしい」
『はい』
「本気で来てほしい」
『はい』
「その拳の前で止まりたくない」
『はい』
「届きたい」
『はい』
「勝ちたい」
『はい』
本編春麗は。
そこまで言ってから。
自分の言葉へ気づいた。
「……」
『本編春麗』
「何も言わないで」
『対象ログと同方向の発言を確認しました』
「確認しないでと言ったでしょう」
『正式採用しますか』
「しないわよ!」
『理由』
「あの春麗の言葉だから」
『はい』
「彼女が」
一拍。
「初戦の敗北と」
『はい』
「二週間の空白と」
『はい』
「昇龍拳の前で止まった身体と」
『はい』
「リュウとの修行と」
『はい』
「最終試験と」
『はい』
「正式試合での勝利を通って」
『はい』
「自分の言葉として手に入れたもの」
『はい』
「私は」
一拍。
「そのまま借りてはいけない」
『はい』
「同じ気持ちがあったとしても」
『はい』
「私には」
一拍。
「私の青で言える形が必要よ」
『発言信頼度:非常に高』
「だから」
一拍。
「否定はしない」
『はい』
「でも」
一拍。
「今の私の正式回答にはしない」
『はい』
「保留」
『保留』
「ただし」
一拍。
「方向としては」
本編春麗は。
少しだけ視線を逸らした。
「……遠くないと思う」
『重要発言です』
「保存していいわ」
『保存しました』
『質問五』
「まだあるの?」
『対象ログ内で』
『リュウは』
『春麗が好きだと気づいた後も』
『翌日の最終試験で止まらなかったことを』
『強いと評価しました』
「ええ」
『この評価について』
『どう感じましたか』
本編春麗は。
目を閉じた。
あの場面が。
特に強く残っていた。
好きだと言われたことへの返答として。
リュウは最初に。
強い。
と言った。
普通なら。
甘い場面で出す言葉ではない。
だが。
春麗にとっては。
どの甘い言葉よりも深く届く可能性のある承認だった。
「……効いたわ」
『はい』
「かなり」
『はい』
「好意へ気づいたことを」
『はい』
「弱くなった理由として扱わない」
『はい』
「翌日の試験で」
『はい』
「止まらずに前へ出たことを見ている」
『はい』
「そのうえで」
一拍。
「強いと言う」
『はい』
「リュウらしいわ」
『はい』
「甘さと」
『はい』
「格闘家としての承認が」
『はい』
「同じ言葉の中にある」
『はい』
「それは」
一拍。
「私にも効く」
『発言信頼度:非常に高』
「でも」
『はい』
「今の私へ同じことを言われたら」
『はい』
「少し違うでしょうね」
『理由』
「私は」
一拍。
「好きだと気づいた後も、拳の前で止まらなかった春麗ではない」
『はい』
「私は」
一拍。
「リュウから正式回答を受け取った後」
『はい』
「その言葉の前で止まっている春麗」
『はい』
「身体ではない」
『はい』
「心の処理が」
『はい』
「置き場所を作れず」
『はい』
「まだ持てていない」
『はい』
「だから」
一拍。
「今の私が越えるべきものは」
『はい』
「昇龍拳ではなく」
『はい』
「正式回答の重さ」
『はい』
「……本当に嫌な比較ね」
『有用です』
「有用でも嫌なものは嫌なのよ」
『では』
『第1話敗北開始ルート未来春麗が』
『昇龍拳の前で止まらなかったことに対応して』
『本編春麗は』
『何の前で止まったままではいないと考えますか』
本編春麗は。
記録板AIを睨んだ。
「誘導しているでしょう」
『質問です』
「分かっているわよ」
一拍。
本編春麗は。
胸元へ置いた手を。
ゆっくり下ろした。
「私は」
一拍。
「リュウの正式回答の前で」
『はい』
「いつまでも止まったままではいない」
『重要発言です』
「ただし」
一拍。
「今すぐ持てるとは言わない」
『はい』
「持てない状態を」
『はい』
「失敗だとも言わない」
『はい』
「受領済みの札は外さない」
『はい』
「持てるようになるまで待つ」
『はい』
「でも」
一拍。
「待つことを」
『はい』
「止まり続けることにはしない」
記録板AIの表示が。
一瞬だけ止まった。
『発言信頼度:非常に高』
本編春麗は続ける。
「第1話敗北開始ルートの春麗は」
一拍。
「好きだと気づいた翌日も」
『はい』
「昇龍拳の前で止まらず、前へ出た」
『はい』
「私は」
一拍。
「正式回答をまだ持てなくても」
『はい』
「受け取ったことを取り消さない」
『はい』
「いつか持つために待つ」
『はい』
「そして」
一拍。
「持てるようになった時には」
『はい』
「私の側からも」
一拍。
「自分の言葉を渡したい」
『重要発言を確認』
「確認して」
『確認しました』
「まだ」
一拍。
「渡せるとは言わない」
『はい』
「今すぐ返すとも言わない」
『はい』
「好きという言葉を」
『はい』
「あの春麗から借りて、そのまま使うとも言わない」
『はい』
「でも」
一拍。
「返したいという気持ちはある」
『はい』
「それは」
一拍。
「もう、なかったことにはしない」
『保存します』
「保存して」
『保存しました』
『質問六』
「五で最後ではなかったの?」
『最後とは表示していません』
「そういうところだけ正確ね」
『第1話敗北開始ルート未来春麗へ』
『コメントをお願いします』
本編春麗は。
暗い表示板を見た。
映像の中の春麗。
自分と同じ顔。
だが。
違う始まりを持つ春麗。
初めて出会ったリュウに負けた。
その後何度も試合をして敗北し、やっと勝った後二週間、リュウに会えなかった。
やっと勝った後に修行したリュウにまた負けて。
昇龍拳の気配に身体が止まった。
その身体を戻すため。
毎日、リュウと向き合った。
昼食を作った。
自分の弱さを見られた。
仕事を話した。
父を追う拳の行き先を話した。
抱きとめられ。
自分に魅力がないのかと聞いた。
春麗は難しいと言われた。
最終試験の前夜。
好きだと気づいた。
その翌日。
修行の最終試験で止まらなかった。
修行が完了した後に約束していた正式試合で勝った。
そして。
その先で。
自分の気持ちを本人へ渡した。
「……よく言えたわね」
『はい』
「あなたが」
一拍。
「簡単にそこへ着いたわけではないことは分かっている」
『はい』
「昇龍拳の気配に止まる身体を抱えて」
『はい』
「体に恐怖を刻んだリュウ本人と修行して」
『はい』
「毎日、見られて」
『はい』
「最終試験で止まらず」
『はい』
「その後の正式試合で自分から勝って」
『はい』
「ようやく」
一拍。
「気持ちの名前を渡した」
『はい』
「だから」
一拍。
「尊敬するわ」
『評価』
『尊敬』
「少しだけよ」
『少しだけ』
「でも」
一拍。
「羨ましくもある」
『発言信頼度:非常に高』
「そこは」
一拍。
「保存していい」
『保存しました』
「リュウの返答をもらえたことだけではない」
『はい』
「あなたが」
一拍。
「自分から答えを渡したことが」
『はい』
「羨ましい」
『はい』
「私も」
一拍。
「いつか、そこへ行く」
『はい』
「でも」
一拍。
「あなたと同じ言葉では行かない」
『はい』
「あなたが毎日用意した昼食も」
『はい』
「修行も」
『はい』
「最終試験も」
『はい』
「正式試合も」
『はい』
「あなたのもの」
『はい』
「私には」
一拍。
「私の青と」
『はい』
「私の黒を通った記憶と」
『はい』
「私が出した宿題と」
『はい』
「私が受け取った九十九点の正式回答がある」
『はい』
「その先で」
一拍。
「私は、私の言葉を作る」
『発言信頼度:非常に高』
「だから」
一拍。
「先に言えたことは認める」
『はい』
「少しだけ尊敬する」
『はい』
「かなり羨ましい」
『はい』
『保存しました』
「最悪!」
その時。
表示板の隅に。
小さな通知が現れた。
『外部接続通知』
『匿名希望が』
『対象ログへのコメント投稿を試みています』
本編春麗の表情が変わった。
「遮断」
『投稿内容プレビュー』
「遮断と言ったでしょう!」
『匿名希望コメント案』
『第1話敗北開始ルートの春麗は』
『修行最終日前夜に気づいた好意を』
『自分の言葉としてリュウへ渡しています』
一拍。
『本編春麗は』
『リュウから宿題への正式回答を受領済みですが』
『自分の側の言葉は、まだ本人へ渡せていませんね』
「遮断!」
『続きがあります』
「読まないで!」
『正式回答を持てないことと』
『自分の言葉を作れないことは』
『同一の問題でしょうか』
本編春麗は。
一瞬。
黙った。
「……遮断しなさい」
『遮断します』
『外部接続を終了しました』
本編春麗は。
深く息を吐いた。
「最後に」
一拍。
「少しだけ、まともな問いを残していったわね」
『回答しますか』
「しない」
『では』
「今は、しない」
『はい』
「正式回答を持てないことと」
一拍。
「私の側の言葉をまだ作れていないことは」
『はい』
「たぶん」
一拍。
「完全には同じではない」
『はい』
「リュウの言葉が重すぎて持てないことと」
『はい』
「私が自分の気持ちを、どんな言葉で渡すか決められないことは」
『はい』
「別の課題」
『はい』
「だから」
一拍。
「一つずつ進めればいい」
『重要発言です』
「保存して」
『保存しました』
「匿名希望の功績にはしないで」
『発言契機として記録します』
「消しなさい」
『削除しません』
「やっぱり最悪ね」
記録板AIは。
最終整理を表示した。
『インタビュー終了』
『閲覧対象』
『第1話敗北開始ルート未来時空』
『春麗は、あの試験前夜に気づいた気持ちの名前をリュウに渡す』
一拍。
『本編春麗の現在状態』
『宿題正式回答』
『受領済み』
『採点』
『九十九点』
『回答保持』
『未達』
『保管方針』
『まだ持てない』
『持てるようになるまで待つ』
『受領済みの札は外さない』
一拍。
『対象ログによる主な精神HP被害』
『第1話敗北開始ルート未来春麗が』
『自分の好意を本人へ渡したこと』
『リュウが』
『春麗と過ごす時間への好意を明言したこと』
『リュウが』
『春麗が好きだから戦いたいと回答したこと』
『好きという感情と』
『勝ちたいという意志が』
『同時に成立したこと』
一拍。
『本編春麗の重要認識』
『第1話敗北開始ルートの甘い到達は』
『敗北』
『二週間の空白』
『身体停止』
『修行』
『昼食』
『最終試験』
『正式試合での勝利』
『以上を通過した結果であり』
『簡単に得られたものではない』
一拍。
『ルート比較』
『第1話敗北開始ルート』
『気持ちへ名前を付け』
『自分から本人へ渡す』
一拍。
『本編ルート』
『気持ちへ最終名称を付ける前に』
『変わった後の自分から逃げないという正式回答を受け取る』
一拍。
『優劣』
『判定せず』
一拍。
『本編春麗の現在意思』
『好きだから勝ちたい、という言葉を否定しない』
『ただし』
『別ルート春麗の言葉をそのまま借用しない』
『自分の青で言える形を作る』
『正式回答を今すぐ持てるとは言わない』
『受領済みの札は外さない』
『待つことを』
『止まり続けることにはしない』
『いつか』
『自分の側からも』
『自分の言葉をリュウへ渡したい』
一拍。
『最終評価』
『本編春麗』
『他人の甘い回答ログによって』
『自分が受け取った正式回答と』
『まだ渡せていない自分の側の言葉を確認』
『精神HP』
『大幅低下』
『自ルート継続意思』
『維持』
『保存名』
『本編春麗は、他人の甘い回答ログで自分の宿題を刺される』
本編春麗は。
最後の表示を見た。
「他人と言っても」
『はい』
「別ルートの私でしょう」
『はい』
「でも」
一拍。
「彼女が受け取ったものは、彼女のもの」
『はい』
「彼女が渡した言葉も、彼女のもの」
『はい』
「私が受け取った正式回答は」
『はい』
「私のもの」
『はい』
「まだ持てないけれど」
『はい』
「受領済みの札は外さない」
『はい』
「そして」
一拍。
「私の側の言葉は」
『はい』
「あの春麗から借りない」
『はい』
「私が」
一拍。
「自分の青で作る」
『発言信頼度:非常に高』
本編春麗は、椅子から立ち上がった。
正式回答は。
まだ、持てない。
それは変わっていない。
他の春麗が好きという名前へ到達したからといって。
本編春麗が、同じ言葉を今すぐ使えるわけではない。
リュウが別ルートで甘い答えを返したからといって。
本編のリュウから受け取った正式回答が軽くなるわけでもない。
むしろ。
本編春麗が受け取った言葉は。
まだ持てないほど重かった。
だが。
今回。
本編春麗は知った。
受け取った言葉を持つことと。
自分の側の言葉を作ることは。
同じではない。
どちらも。
一度に終わらせる必要はない。
受領済みの札を外さずに待つ。
その間に。
自分がリュウへ何を渡したいのか。
少しずつ考えることはできる。
第1話敗北開始ルートの春麗は。
好きだと気づいた翌日。
昇龍拳の前で止まらなかった。
そして未来で。
気持ちの名前を、リュウへ渡した。
本編春麗は。
リュウの正式回答の前で。
今は、止まっている。
まだ。
胸の中へ置けない。
それでも。
止まったままで終わるつもりはなかった。
「……修行編の私が」
一拍。
「好きだと気づいた後も、リュウの昇龍拳の前で止まらなかったなら」
『はい』
「私は」
一拍。
「リュウの正式回答の前で、止まったままではいない」
『保存します』
「ええ」
本編春麗は。
少しだけ目を伏せた。
「いつか持つ」
一拍。
「そして」
一拍。
「いつか、自分の青で返す」
『保存しました』
記録板AIの表示が消える。
正式回答は。
まだ持てない。
けれど。
持てないことを理由に。
受け取った事実を消す必要はない。
別ルートの春麗の言葉を借りて。
無理に先へ進む必要もない。
本編春麗には。
本編春麗の順番がある。
受け取る。
持てない。
待つ。
それでも、受領済みの札を外さない。
いつか持つ。
そして。
その先で。
自分の言葉を。
自分の青で。
リュウへ渡す。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、第1話敗北開始ルートの未来時空である「春麗は、あの試験前夜に気づいた気持ちの名前をリュウに渡す」を閲覧した直後の、本編春麗へのインタビュー回でした。
現在の本編春麗は、リュウから宿題への正式回答を受け取ったばかりです。
正式回答は受領済み。
採点は九十九点。
受け取っていないことにはしていない。
返すつもりもない。
ただし、まだ自分の中では持てない。
そのため現在は、
「受領済み」
「まだ持てない」
「持てるようになるまで待つ」
という状態にいます。
今回のインタビューは、その本編春麗へ、第1話敗北開始ルートの未来春麗が、自分の気持ちに「好き」という名前を付け、リュウ本人へ渡した場面を見せるものです。
当然、かなり刺さっています。
ただし、今回本編春麗へ最も強く刺さったのは、別ルートのリュウが甘い言葉を返したことだけではありません。
第1話敗北開始ルートの春麗が、自分の側の答えを先にリュウへ渡せたことです。
本編春麗は、自分から宿題を出しました。
そしてリュウは、その宿題から逃げず、正式回答を持って戻ってきました。
本編春麗は、その回答を受け取りました。
つまり、本編春麗はもう、
「リュウが答えてくれない」
「私の問いから逃げた」
とは言えません。
リュウは答えています。
現在止まっているのは、受け取った正式回答をまだ持てない本編春麗の側です。
一方、第1話敗北開始ルートの未来春麗は、自分がリュウを好きだと気づき、その感情を自分の言葉として本人へ渡しました。
その違いが、今回の本編春麗へ強く刺さっています。
他のリュウが甘いから羨ましい。
それもあります。
しかし、それ以上に、
「あの春麗は、自分から言えた」
ということが悔しい。
ここは、本編春麗にとってかなり大きな比較になっています。
ただし、第1話敗北開始ルートの春麗が、簡単に甘い未来へ到達したわけではありません。
初戦で敗北した。
初勝利して二週間、リュウと会えなかった。
その後、修行してきたリュウとの試合で敗北した。
波動拳を越えた先にある昇龍拳を意識し、身体が止まるようになった。
自分を止めた本人へ修行を頼んだ。
何度も膝を落とした。
弱さも、立ち上がるところも、毎日見られた。
昼食を一緒に食べた。
リュウの旅や生活を知った。
自分の仕事や父のことも話した。
修行最終日前夜に、その時間を振り返り、自分の気持ちへ名前を付けた。
そして翌日の最終試験では、好きだと気づいた後でも、リュウの昇龍拳の前で止まりませんでした。
その後の正式試合では、自分の力でリュウに勝利しています。
今回の甘い食事と告白は、そうした積み重ねの先にあります。
そのため本編春麗も、ただ羨むだけではなく、
「あの春麗は簡単に進んだわけではない」
と認めています。
ここで別ルートを下げず、違う痛みを通った春麗として尊敬できたことも、本編春麗の成長だと思います。
今回、二つのルートは同じ進み方をしていないことも整理しました。
第1話敗北開始ルートは、気持ちへ名前を付けるルートです。
春麗が「好き」と自覚する。
本人へ渡す。
リュウも受け取る。
リュウも自分の気持ちを返す。
好きだと分かった二人として、次の食事と次の試合へ進む。
こちらは、互いの感情が見える形になるルートです。
一方、本編ルートの正式回答は、単純な好意の確認だけではありません。
リュウの言葉によって春麗が変わった場合。
以前とは違う春麗になった場合。
その後の春麗を、リュウがどう扱うのか。
そこへ答えています。
前の春麗と比べて戻そうとは思わない。
自分の言葉で春麗が変わったなら、その後の春麗から逃げない。
戻ってきた春麗が以前と違っても、その時の春麗として見る。
その春麗も受ける。
だから、変わった後でも次も俺に聞け。
本編春麗は、気持ちに最終的な名前を付ける前に、
「変わった後でも関係を続ける」
という答えを受け取りました。
そのため、両ルートには単純な優劣はありません。
第1話敗北開始ルートは、感情の名前へ先に到達した。
本編ルートは、感情を名付けた後や、自分が変わった後まで関係を続けるための答えを先に受け取った。
どちらも非常に大きな到達です。
本編春麗が認めたように、第1話敗北開始ルートの春麗は、自分の側の言葉を先に渡しました。
しかし、本編春麗も何も得ていないわけではありません。
むしろ、まだ持てないほど重い答えを受け取っています。
今回のもう一つの重要な言葉は、
「待つことを、止まり続けることにはしない」
です。
本編春麗は、正式回答を今すぐ持てるとは言っていません。
精神HPダメージを受けたからといって、急に克服したことにもしていません。
受領済みの札を外さず、持てるようになるまで待つ。
その方針は変わりません。
ただし、待っている間、何も考えず、何も選ばず、完全に停止する必要はないと気づき始めました。
正式回答を持つこと。
自分の側の言葉を作ること。
この二つは、完全に同じ課題ではありません。
リュウから受け取った言葉が重すぎて持てないことと。
自分がリュウへ何を伝えたいのか、まだ言葉にできないこと。
それぞれ別の問題です。
だから、一度に解決する必要はありません。
正式回答を持てるようになるまで待ちながら、自分がいつか何を渡したいのかを考えることはできます。
第1話敗北開始ルートの春麗が、
「好きだから勝ちたい」
と答えたとしても、本編春麗がその言葉をそのまま借りる必要もありません。
今回、本編春麗はその考え方を否定していません。
リュウを好きになることと、リュウに勝ちたいことは矛盾しない。
好きだからこそ、本気で見てほしい。
手加減してほしくない。
拳の前で止まりたくない。
格闘家として届きたい。
勝ちたい。
方向としては、自分も遠くないと認めています。
しかし、それを今すぐ自分の正式な言葉にはしませんでした。
あの言葉は、第1話敗北開始ルートの春麗が、自分の敗北、修行、昼食、最終試験、正式試合を通って手に入れた言葉です。
本編春麗が同じ場所へ行くとしても、本編春麗には本編春麗の道があります。
青を選び直したこと。
黒を通ったこと。
リュウへ宿題を出したこと。
正式回答を九十九点として受け取ったこと。
その答えをまだ持てずにいること。
それらを通った先で、自分の言葉を作る必要があります。
今回、本編春麗が言った、
「私の側の言葉は、あの春麗から借りない」
「私が、自分の青で作る」
という意志は、本編ルートを続けるうえで非常に重要です。
別ルートの正解を見せられても、それをコピーして自分の答えにはしない。
羨ましいと認める。
尊敬もする。
方向性も否定しない。
それでも、自分の答えは自分で作る。
これは、本編春麗が別ルートへの嫉妬を、自分のルートを放棄する理由ではなく、自分の言葉を作る動機へ変え始めたということです。
そして今回、リュウが未来春麗へ言った「強い」という評価も、本編春麗へ深く刺さっています。
好意へ気づいた春麗が、翌日の試験で止まらなかった。
その事実を、リュウは格闘家として評価しました。
甘い場面なのに、格闘家としての承認になっている。
春麗にとって、非常に効く言葉です。
ただし、本編春麗が現在止まっているものは、昇龍拳ではありません。
リュウの正式回答です。
第1話敗北開始ルートの春麗は、好きだと気づいた翌日も、リュウの昇龍拳の前で止まりませんでした。
だから本編春麗も、
「私は、リュウの正式回答の前で、いつまでも止まったままではいない」
と答えています。
これは、今すぐ正式回答を持つという宣言ではありません。
止まっている自分を否定する言葉でもありません。
今は止まっていてよい。
まだ持てなくてよい。
しかし、その状態を永遠の結論にはしない。
いつか持つ。
そして、その先で、自分の側の言葉をリュウへ渡す。
今回のインタビューによって、本編春麗は初めて、
「リュウの答えを持つこと」
の先に、
「自分から何を返すのか」
という課題があることを意識しました。
まだ答えはありません。
関係名も未承認です。
好きという言葉も、本人へ正式には渡していません。
それでも、
「返したいという気持ちはある」
ことだけは、もうなかったことにしませんでした。
今回の精神HPダメージは非常に大きいです。
甘い未来ログを見せられ。
別ルートのリュウの言葉に刺され。
別ルートの春麗が自分から告白したことに刺され。
匿名希望からも、正式回答を受け取ったまま自分の言葉を渡せていないと指摘されました。
しかし、最後には自分のルートを再確認しています。
別ルートの春麗が先に言えたことは認める。
羨ましいことも認める。
尊敬もする。
でも、自分はその春麗にはならない。
自分が受け取った正式回答は、自分のもの。
自分がいつか渡す言葉も、自分で作る。
今回の本編春麗は、他人の甘い未来に刺されながらも、自分の青を手放しませんでした。
正式回答は、まだ持てません。
それでも。
受領済みの札は外さない。
待つことを、止まり続けることにはしない。
いつか持つ。
そして、いつか自分の青で返す。
今回は、本編春麗が「回答を受け取った主人公」から、「いつか自分の回答を渡す主人公」へ向かい始めた回でした。