また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
春麗会議室。
中央の表示板には、すでに映像は残っていなかった。
表示されているのは、一件の保存名だけだった。
『普通に負けた春麗は、何も始まらなかった夜を歩く』
その下に。
記録板AIによる分類が並んでいる。
『第1話普通敗北ルート』
『安全敗北ルート』
『健全修行復帰ルート』
『低精神HP損傷』
『黒接続なし』
『リュウ因縁形成なし』
『低物語火力』
『何も始まらなかった棚』
本編春麗は。
円卓の前で、黙っていた。
青い武道服。
背筋は伸びている。
顔も伏せてはいない。
だが。
表示板を見つめる目だけが、いつもより少し遠かった。
記録板AIが、静かに告知を始める。
『インタビューを開始します』
『本記録は、ディレクターズカットIFです』
『本編確定ログではありません』
『対象』
『本編同期アバターとして接続中の本編春麗』
『本編時系列』
『リュウから宿題への正式回答を受領した直後』
『現在状態』
『受領済み』
『まだ持てない』
『持てるようになるまで待つ』
『受領済みの札は外さない』
一拍。
『追加閲覧済み情報』
『第1話敗北開始ルートの未来時空』
『春麗とリュウが互いの好意を本人へ伝え』
『両想いとなった結末を把握済み』
一拍。
『今回閲覧した対象』
『第1話普通敗北ルート』
『リュウは初戦から春麗を一人の格闘家としてのみ扱う』
『女性としての意識による拳の鈍りなし』
『春麗は普通に敗北』
『深い傷なし』
『執着なし』
『黒への接続なし』
『因縁形成なし』
『両者は、強敵同士として別れる』
一拍。
『本日の主要質問』
『リュウとの因縁がすべてのルートにおいて絶対ではないと判明した件について』
『本編春麗は、どう考えるか』
本編春麗は。
しばらく答えなかった。
「……告知としては、正確ね」
『はい』
「必要な情報も揃っている」
『はい』
「でも」
一拍。
「最後の質問だけは簡単に答えられると思わないで」
『想定済みです』
「そうでしょうね」
『精神HPへの影響』
『大』
「閲覧後に表示しないだけ、以前よりは改善したわね」
『今回は事前告知しました』
「もう見た後でしょう」
『インタビュー開始前です』
「そういうところだけ形式を守るのね」
記録板AIは、表示を切り替える。
『質問一』
『第1話普通敗北ルートの春麗を不幸だと思いますか』
本編春麗は、すぐに答えた。
「思わないわ」
『発言信頼度:非常に高』
「そこは迷わない」
『理由をお願いします』
「あの春麗は」
一拍。
「正しく戦った」
『はい』
「リュウも、正しく戦った」
『はい』
「女だからと侮られなかった」
『はい』
「手加減もされなかった」
『はい』
「余計な視線で、拳を鈍らせられることもなかった」
『はい』
「一人の格闘家として見られ」
『はい』
「一人の格闘家として負けた」
『はい』
「悔しい」
『はい』
「でも、翌日から修行へ戻れる」
『はい』
「敗北を分析できる」
『はい』
「眠れる」
『はい』
「リュウのことを忘れられなくなるほど、傷つかない」
『はい』
「黒へ行く必要もない」
『はい』
「空を失わない」
『はい』
「自分をどう見せれば、リュウの拳を遅らせられるかなんて」
一拍。
「考えなくていい」
『はい』
本編春麗は。
少しだけ目を細めた。
「安全よ」
『はい』
「健全よ」
『はい』
「格闘家としては」
一拍。
「むしろ、かなり理想に近い負け方だと思う」
『発言信頼度:非常に高』
「だから」
一拍。
「あの春麗を」
『はい』
「リュウとの物語が始まらなかったから不幸だとは」
『はい』
「絶対に言いたくない」
『重要発言です』
「保存して」
『保存しました』
本編春麗は。
表示板に残っている保存名を見る。
「リュウと特別な関係にならなくても」
『はい』
「春麗は、春麗として生きていける」
『はい』
「捜査官として」
『はい』
「格闘家として」
『はい』
「自分の人生を続けられる」
『はい』
「リュウがいないから」
一拍。
「欠けた春麗になるわけではない」
『発言信頼度:非常に高』
「それも保存していい」
『保存しました』
『質問二』
『では、なぜ本編春麗は対象ログを閲覧後、精神HPダメージを受けていますか』
本編春麗の眉が動いた。
「……そこを聞くのね」
『主要検証項目です』
「不幸ではないと思っている」
『はい』
「正しいルートだとも思っている」
『はい』
「それなのに」
一拍。
「私が傷ついた理由」
『はい』
本編春麗は。
膝の上で、片手を握った。
「私がリュウと出会っても何も始まらない可能性があったからよ」
『はい』
「同じ春麗が同じリュウと戦って」
『はい』
「普通に負けて、普通に立ち上がって」
『はい』
「また機会があれば、と別れて」
『はい』
「その後リュウを特別な男にしないまま、生きていける」
『はい』
「その可能性を見せられたから」
『発言信頼度:非常に高』
会議室が。
少しだけ静かになった。
本編春麗は続ける。
「私は」
一拍。
「リュウとの因縁を」
『はい』
「自分の人生に最初から組み込まれていたもののようにどこかで思っていたのかもしれない」
『はい』
「出会えば、こうなる」
『はい』
「戦えば、引っかかる」
『はい』
「負ければ、忘れられなくなる」
『はい』
「リュウも、私を覚える」
『はい』
「何度でも戦う」
『はい』
「青も」
『はい』
「黒も」
『はい』
「宿題も」
『はい』
「正式回答も」
『はい』
「いつか起きるべきことだったように」
『はい』
「……思いたかったのかもしれない」
『発言信頼度:高』
「非常に高ではないの?」
『本人が、まだ認識へ抵抗しています』
「正確ね」
『はい』
本編春麗は、少しだけ苦く笑った。
「でも」
一拍。
「あのルートでは、起きなかった」
『はい』
「何も」
『はい』
「私たちにとって決定的だったものが一つも始まらなかった」
『はい』
「それでも」
一拍。
「あの春麗は、普通に生きていける」
『はい』
「リュウも普通に旅を続ける」
『はい』
「二人ともそれぞれの人生へ戻れる」
『はい』
「つまり、私とリュウの因縁は世界に必要だったものではない」
『はい』
「必ず発生する運命でもない」
『はい』
「春麗である以上、絶対に通る道でもない」
『はい』
本編春麗は。
ゆっくりと息を吐いた。
「それがかなり怖い」
『発言信頼度:非常に高』
『精神HP』
『七十八』
「数値を出さなくていい」
『質問三』
『因縁が絶対ではないことによって本編春麗が恐れているものは何ですか』
本編春麗は。
少しだけ顔をしかめた。
「分かっていて聞いているでしょう」
『言語化を求めます』
「……私たちの関係が偶然だったのではないかということ」
『はい』
「リュウが、最初に私を女性として意識した」
『はい』
「そのせいで拳が鈍った」
『はい』
「その後、格闘家として見直した」
『はい』
「本編の私はそれでもリュウを倒した」
『はい』
「その後、リュウが再戦を挑んできて、私たちは何度も戦うようになった」
『はい』
「けど、もし最初から、あの普通敗北ルートのようにリュウが完璧に正しく私を見て、私が普通に敗北していたら」
一拍。
「私はリュウを忘れられた」
『はい』
「リュウも私を、強敵の一人として処理できた」
『はい』
「そう考えると、今までの全部が最初の一度のずれから発生したように見える」
『はい』
「運命ではなく事故のように」
『発言信頼度:非常に高』
記録板AIは。
数秒だけ表示を止めた。
『質問します』
「何?」
『最初の発生原因が偶然であった場合、その後のすべての選択も偶然のみで説明できますか』
本編春麗は黙った。
『本編春麗は最初の試合後、リュウが何度も再戦を求めました』
「ええ」
『青を選びました』
「ええ」
『黒も選びました』
「ええ」
『戻って、青を選び直しました』
「ええ」
『リュウへ宿題を出しました』
「ええ」
『途中回答で終わらせませんでした』
「ええ」
『正式回答を求めました』
「ええ」
『リュウは考えました』
「ええ」
『手紙で本編春麗を呼び出しました』
「ええ」
『本人の前で正式回答を最後まで伝えました』
「ええ」
『本編春麗はその回答を受け取りました』
「ええ」
『九十九点と採点しました』
「……ええ」
『以上は最初の試合における偶然だけで説明できますか』
本編春麗は。
しばらく答えなかった。
「……できないわね」
『発言信頼度:非常に高』
「始まりは偶然だったかもしれない」
『はい』
「最初のリュウの視線がほんの少し違えば何も始まらなかった可能性はある」
『はい』
「でも」
一拍。
「始まった後何度も続けることを選んだのは私たち」
『はい』
「私も、次を求めた」
『はい』
「リュウも、次に来た」
『はい』
「私が面倒な問いを出した」
『はい』
「リュウも、逃げずに考えた」
『はい』
「私は、途中回答で終わらせなかった」
『はい』
「リュウも、正式回答を持って戻った」
『はい』
「偶然だけならこんなところまで来ない」
『発言信頼度:非常に高』
『精神HP』
『八十三』
「回復するのね」
『自己選択の認識による回復です』
「そう」
一拍。
「因縁が絶対でなかったからこそ」
『はい』
「続いたことは、絶対ではなく選択だった」
『重要発言です』
「保存して」
『保存しました』
『質問四』
『第1話ギリギリ敗北開始ルートの結末を知っている現在、普通敗北ルートを、どのように比較しますか』
本編春麗は。
表示板を見た。
そこには映っていない。
だが。
二つの別ルートを、彼女は知っている。
一つは。
初戦でギリギリ敗北した春麗が好意を伝え、リュウからも好意を受け取るまで進んだルート。
もう一つは。
初戦で普通に敗北し。
何も深く傷つかず。
何も特別なものを残さず。
リュウを強敵の一人として記憶し。
それぞれの人生へ戻るルート。
「同じ初戦敗北でも全く違うわね」
『はい』
「第1話で女として見られて拳を鈍らされた上でギリギリ敗北したルートでは単純な敗北では処理できないものが残った」
『はい』
「その因縁が再戦へつながり、修行へつながり、生活の共有へつながり、好意の自覚へつながった」
『はい』
「最後には互いに好きだと伝えるところまで行った」
『はい』
「普通敗北ルートは」
一拍。
「最初から正しい。リュウも春麗も」
『はい』
「だから深い傷が残らない」
『はい』
「深い傷がないからその傷を確かめるために、何度も会う必要もない」
『はい』
「修行へ付き合ってもらう必要もない」
『はい』
「昼食を一緒に食べる必要もない」
『はい』
「自分の仕事を話す理由も」
『はい』
「リュウの生活を知る理由も」
『はい』
「好きだと気づく理由も」
『はい』
「生まれない」
『はい』
本編春麗は、目を伏せた。
「因縁は傷から始まることがある」
『はい』
「でも傷がなければ不幸、というわけではない」
『はい』
「むしろ、傷がない方が穏やかに生きられることもある」
『発言信頼度:非常に高』
「第1話ギリギリ敗北開始ルートの春麗は傷ついたから、リュウと深く関わった」
『はい』
「普通敗北ルートの春麗は傷つかなかったから、リュウと深く関わらずに済んだ」
『はい』
「どちらも間違いではない」
『はい』
「どちらも春麗の人生よ」
『発言信頼度:非常に高』
「だから第1話ギリギリ敗北開始ルートの結末を知っていても」
『はい』
「普通敗北ルートを失敗ルートとは呼ばない」
『はい』
「恋愛へ行かなかったから価値が低いとも思わない」
『はい』
「リュウとの因縁が発生しなかった春麗もそのままで完成している」
『重要発言です』
「ええ」
『保存しました』
『質問五』
『では本編春麗は普通敗北ルートの春麗と人生を交換したいですか』
本編春麗の表情が。
静かに固まった。
「……ひどい質問ね」
『比較検証です』
「分かっているわよ」
『回答をお願いします』
本編春麗は。
すぐには答えなかった。
普通敗北ルートの春麗。
安全。
健全。
眠れる。
黒へ行かない。
精神HPを何度も失わない。
リュウの一言を、何日も考え続けない。
勝った時。
負けた時。
その視線がどうだったかを、何度も思い返さない。
青い小箱もない。
正式回答もない。
持てない言葉に苦しむこともない。
戻ってくるリュウを待つ必要もない。
自分が変わった後も受けると言われ。
その言葉の重さに止まる必要もない。
捜査官として働き。
格闘家として鍛え。
別の強敵と戦い。
夜には眠れる。
静かな人生。
十分に充実した人生。
「……少し」
『はい』
「羨ましいとは思う」
『発言信頼度:非常に高』
「安全だから」
『はい』
「持てない正式回答なんて、受け取らなくていい」
『はい』
「自分が変わることを、リュウの言葉と結びつけなくていい」
『はい』
「黒へ行った自分を」
『はい』
「青へ戻した自分を」
『はい』
「リュウにどう見られるか、考えなくていい」
『はい』
「次も来るか」
『はい』
「覚えているか」
『はい』
「自分のことを、どう分類しているか」
『はい』
「そんなことを考えなくてもいい」
『はい』
「普通に眠れる」
『はい』
「かなり」
一拍。
「羨ましいわ」
『では、交換しますか』
本編春麗は。
目を閉じた。
長い沈黙。
だが。
答えは。
それほど長く迷わなかった。
「しない」
『発言信頼度:非常に高』
「交換しないわ」
『理由をお願いします』
「交換すれば今のリュウはいなくなる」
『はい』
「正確にはリュウはいる」
『はい』
「でも私にとっての、今のリュウではなくなる」
『はい』
「私を見たリュウ」
『はい』
「私に勝ったリュウ」
『はい』
「私に負けたリュウ」
『はい』
「青を見たリュウ」
『はい』
「黒を見たリュウ」
『はい』
「戻って選び直した青を見たリュウ」
『はい』
「宿題を受け取ったリュウ」
『はい』
「途中回答で終わらず」
『はい』
「正式回答を持って戻ってきたリュウ」
『はい』
「そのリュウが私の人生からいなくなる」
『はい』
「そして今の私もいなくなる」
『はい』
「黒へ行かなかった私」
『はい』
「空を失わなかった私」
『はい』
「青を選び直さなかった私」
『はい』
「宿題を出さなかった私」
『はい』
「正式回答を受け取らなかった私」
『はい』
「その春麗になる」
『はい』
「それは不幸ではない」
『はい』
「間違いでもない」
『はい』
「でも今の私ではない」
『発言信頼度:非常に高』
本編春麗は。
青い武道服の胸元へ。
わずかに指を置いた。
「私は今の私を全部、好きだとはまだ言えない」
『はい』
「面倒で」
『はい』
「弱くて」
『はい』
「持てないものが多くて」
『はい』
「他の春麗に何度も刺されて」
『はい』
「記録板AIにも毎回被弾させられて」
『はい』
「黒へ行って」
『はい』
「青へ戻って」
『はい』
「まだ、整理できていない」
『はい』
「でも」
一拍。
「この私を消してまで」
『はい』
「安全な春麗になりたいとは思わない」
『発言信頼度:非常に高』
『精神HP』
『八十九』
「かなり回復したわね」
『自己継続意思を確認しました』
「そう」
一拍。
「普通敗北ルートの私を否定しない」
『はい』
「でも」
一拍。
「その春麗になりたいわけでもない」
『はい』
「私はこの因縁が発生した私として続きを選ぶ」
『保存します』
「保存して」
『保存しました』
『質問六』
『リュウとの因縁が絶対ではないことは正式回答の価値を下げますか』
本編春麗は。
その問いに。
明らかに呼吸を止めた。
「……そこへつなげるのね」
『現在の本編春麗にとって、最重要項目です』
「因縁が絶対ではない」
『はい』
「私とリュウは」
『はい』
「どの世界でも、必ず同じ関係になるわけではない」
『はい』
「普通敗北ルートではリュウは、私へ特別なものを残さない」
『はい』
「私も、リュウへ特別なものを求めない」
『はい』
「別れる」
『はい』
「それでも、二人とも困らない」
『はい』
本編春麗は。
少しだけ目を伏せた。
「だから」
一拍。
「正式回答も本来なら、存在しなかった可能性がある」
『はい』
「私が宿題を出さなければ」
『はい』
「リュウは考えない」
『はい』
「手紙も書かない」
『はい』
「戻ってこない」
『はい』
「面倒でもいい、とも言わない」
『はい』
「変わった私から逃げない、とも」
『はい』
「その春麗も受ける、とも」
『はい』
「言わない」
『はい』
「……怖いわね」
『はい』
「少し始まり方が違うだけで」
『はい』
「私は、あの答えを一生知らない」
『はい』
「リュウも」
『はい』
「自分が、ああ答える男だと知らないまま」
『はい』
「旅を続ける」
『はい』
本編春麗は。
そこで。
ゆっくり顔を上げた。
「でも、だからこそ価値が下がるのではなく上がるのかもしれない」
『理由をお願いします』
「絶対なら答えることも、決まっていたことになる」
『はい』
「リュウは運命だから私へ戻ってくる」
『はい』
「運命だから宿題へ答える」
『はい』
「運命だから変わった私も受けると言う」
『はい』
「それではリュウが選んだ答えではなくなる」
『はい』
「でも、普通敗北ルートが存在するならリュウは私と深く関わらずに生きることもできた」
『はい』
「私の宿題から逃げることもできた」
『はい』
「途中回答で終わらせることもできた」
『はい』
「正式回答を出さないこともできた」
『はい』
「それでも」
一拍。
「今のリュウは考えた」
『はい』
「戻ってきた」
『はい』
「私の前で自分の言葉で答えた」
『はい』
「それは運命に言わされたのではなくリュウが自分で選んだということ」
『発言信頼度:非常に高』
本編春麗は。
胸の奥にある。
まだ持てない言葉を思い出す。
面倒でもいい。
次も、俺に聞け。
自分の言葉で春麗が変わったなら。
その後の春麗から逃げない。
以前の春麗へ戻そうとは思わない。
戻ってきた春麗が違っても。
その時の春麗として見る。
その春麗も受ける。
だから。
変わった後でも。
次も、俺に聞け。
「絶対ではなかった」
一拍。
「言わなくてもよかった」
一拍。
「私たちは何も始まらないまま別れることもできた」
一拍。
「それなのにリュウは、言った」
『はい』
「……それは持てないくらい重いわけね」
『発言信頼度:非常に高』
『精神HP』
『六十二』
「今の認識で、なぜ下がるのよ」
『正式回答の選択性を理解したことによる追加被害です』
「納得したのに削られるの?」
『理解と耐久は別です』
「本当に正確ね」
『はい』
本編春麗は。
少しだけ困ったように笑った。
「因縁が絶対なら」
一拍。
「私は、運命に選ばれた春麗だった」
『はい』
「でも因縁が絶対ではないなら私はリュウと何度も互いを選び直した春麗になる」
『重要発言です』
「ええ」
『保存します』
「保存して」
『保存しました』
「……そちらの方が私には、ずっと重い」
『発言信頼度:非常に高』
『質問七』
『本編春麗はリュウとの因縁を現在も必要だと思いますか』
「必要という言葉は嫌ね」
『どういう理由ですか?』
「普通敗北ルートの春麗に因縁が必要なかったように」
『はい』
「春麗が春麗として生きるためにリュウとの因縁が必須なわけではない」
『はい』
「私も…因縁がなければ生きられなかったわけではない」
『はい』
「捜査官にもなれた」
『はい』
「格闘家でもいられた」
『はい』
「別の人生を生きられた」
『はい』
「だから」
一拍。
「必要だったとは言わない」
『はい』
「でも今の私にとって大切かと聞かれたら大切よ」
『発言信頼度:非常に高』
「絶対ではない」
『はい』
「必要条件でもない」
『はい』
「因縁がなければ、不幸だったわけでもない」
『はい』
「それでも」
一拍。
「今の私にとってはなくしたくない」
『はい』
「それが私の答え」
『保存します』
「ええ」
『保存しました』
本編春麗は。
少しだけ肩の力を抜いた。
「必要だから持つのではない」
『はい』
「なくては生きられないから、しがみつくのでもない」
『はい』
「なくても生きられる」
『はい』
「別の人生もあった」
『はい』
「それでも今あるこの因縁を私は、自分で大切にする」
『発言信頼度:非常に高』
「そういうことだと思う」
記録板AIは。
最後の比較表示を出した。
『第1話普通敗北ルート』
『リュウ因縁』
『発生せず』
『春麗』
『不幸ではない』
『欠落なし』
『通常の人生へ継続可能』
『リュウ』
『強敵の一人』
『再会』
『必須ではない』
『物語』
『始動せず』
一拍。
『第1話ギリギリ敗北開始ルート』
『リュウ因縁』
『初戦敗北時に発生』
『傷』
『修行および生活共有へ接続』
『春麗』
『好意を自覚』
『本人へ伝達』
『リュウ』
『好意を返答』
『結末』
『両想い』
一拍。
『本編ルート』
『リュウ因縁』
『複数の勝敗』
『青』
『黒』
『戻って選び直した青』
『宿題』
『正式回答』
『以上を通じて継続』
『現在』
『正式回答受領済み』
『まだ持てない』
『持てるようになるまで待つ』
『関係名称』
『未承認』
『ただし』
『因縁を自ら大切にする意思』
『確認済み』
一拍。
『三ルート共通結論』
『リュウとの因縁が発生しない春麗は不幸ではありません』
『リュウとの因縁は春麗の人生に必須ではありません』
一拍。
『本編春麗への影響』
『因縁が必須でも絶対でもないことを理解』
『同時に現在の因縁は偶然のみで成立したものではなく発生後、両者が何度も継続を選択した結果であると再認識』
一拍。
『正式回答への影響』
『価値低下なし』
『むしろ』
『回答が運命上の自動処理ではなくリュウ本人の選択であることが明確化』
『精神HPへの影響』
『大』
一拍。
『最終質問』
『本編春麗、普通敗北ルートの春麗へコメントをお願いします』
本編春麗は。
何も始まらなかった夜を歩く春麗を思い出した。
正しく負けた春麗。
悔しさを抱えながら。
それでも眠れる春麗。
翌日には修行へ戻る春麗。
リュウを強敵の一人として記憶し。
特別な男にはしない春麗。
黒を知らない。
空を失わない。
青を選び直す必要もない。
宿題を出さない。
正式回答を受け取らない。
持てない言葉に苦しまない。
その春麗も。
間違いなく。
春麗だった。
「あなたは不幸ではないわ」
『はい』
「リュウと何も始まらなかったからといって何かを失敗したわけではない」
『はい』
「あなたの人生にはあなたの仕事があって」
『はい』
「あなたの拳があって」
『はい』
「あなたが次に戦う相手がいる」
『はい』
「それでいい」
『はい』
「リュウを特別にしないまま普通に生きていい」
『はい』
本編春麗は。
少しだけ笑った。
「私はあなたにはならないけれど」
一拍。
『はい』
「あなたの人生を低いルートだとは思わない」
『発言信頼度:非常に高』
「ただ」
一拍。
「私は」
本編春麗は。
自分の胸元を見る。
まだ持てない。
それでも。
受領済みの正式回答がある場所。
「始まってしまった方を続けるわ」
『はい』
「運命だったからではない」
『はい』
「なくては生きられないからでもない」
『はい』
「私が今のリュウとの因縁を大切だと思っているから」
『発言信頼度:非常に高』
『保存しました』
記録板AIは。
最終ログを表示した。
『インタビュー終了』
『保存名』
『本編春麗は、リュウとの因縁がなくても自分は生きていけたと知らされる』
『副題』
『絶対ではなかったからこそ、選び続けたことが残る』
一拍。
『本編春麗の最終認識』
『リュウとの因縁がない春麗も』
『完全な春麗です』
『リュウとの因縁は』
『幸福の必須条件ではありません』
『本編春麗とリュウの関係は』
『すべてのルートで成立する運命ではありません』
『しかし』
『発生した後』
『本編春麗とリュウは』
『何度も関係継続を選択しました』
一拍。
『正式回答』
『運命上の必須台詞ではありません』
『リュウ本人が』
『言わない可能性もある中で』
『考え』
『戻り』
『本編春麗へ伝えた回答です』
一拍。
『本編春麗』
『回答保持』
『依然未達』
『受領状態』
『維持』
『新規認識』
『持てないほど重い理由の一部を確認』
『それは絶対に与えられる言葉ではなく』
『リュウが自ら選んで与えた言葉だからです』
一拍。
『最終評価』
『因縁の非絶対性を確認』
『因縁の無価値化』
『なし』
『現在の因縁を大切にする意思』
『確認』
『自ルート継続意思』
『非常に高』
本編春麗は。
最後の表示を見つめた。
「因縁が絶対ではない」
『はい』
「私たちは出会えば必ず、こうなったわけではない」
『はい』
「何も始まらないまま別々の人生へ戻れた」
『はい』
「それでも…今の私たちは始まった後、終われる場所で何度も、次を選んだ」
『はい』
「だから…運命ではないことを悲しむ必要はない」
『発言信頼度:非常に高』
「むしろ運命でないのにここまで来たことを…私は大切にしていい」
『保存します』
「保存して」
『保存しました』
本編春麗は。
静かに立ち上がった。
正式回答は。
まだ持てない。
普通敗北ルートの春麗なら。
一生、受け取らなかった言葉。
第1話敗北開始ルートなら。
別の形の感情へ先に到達した言葉。
本編春麗だけが。
自分の宿題への答えとして受け取った言葉。
絶対ではない。
運命でもない。
どの春麗にも与えられるものではない。
だから。
重い。
まだ持てないほど。
重い。
だが。
持てないことと。
大切ではないことは。
同じではなかった。
「記録板AI」
『はい』
「最後に一つ」
『どうぞ』
「普通敗北ルートの棚から低物語火力という表記だけ少し言い換えられない?」
『どのような理由でしょうか?』
「あの春麗の人生に物語がないわけではないでしょう?」
『はい』
「リュウとの物語が始まらなかっただけ」
『はい』
「春麗自身の人生はその先も続いている」
『重要な修正です』
「ええ」
『変更案』
『リュウ因縁物語・非始動ルート』
本編春麗は少し考えた。
「硬いわね」
『では』
『別の物語へ進む春麗』
本編春麗は。
わずかに目を細めた。
「それがいいわ」
『棚名称を更新します』
『何も始まらなかった棚』
一拍。
『併記』
『別の物語へ進む春麗』
「ええ」
『保存しました』
本編春麗は。
表示板から目を離した。
リュウとの因縁がなくても。
春麗は生きていける。
幸せになれる。
格闘家でいられる。
捜査官でいられる。
自分の人生を歩いていける。
だからこそ。
今ある因縁は。
生きるために必要だから抱えているものではない。
自分が大切だと思うから。
続けようとしているものだった。
絶対ではなかった。
それでも。
選んだ。
何度も。
互いに。
それが。
本編春麗とリュウの因縁だった。
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回は、「リュウとの因縁が発生しなかった春麗」を見た後の、本編春麗へのインタビュー回でした。
今回の対象となった普通敗北ルートでは、リュウは第1話の時点から、春麗を一人の格闘家として正しく見ています。
女性として意識したことで拳が鈍ることもない。
そこから春麗を格闘家として見直す過程もない。
最初から最後まで、対戦相手として春麗を見て、正しく戦い、正しく勝つ。
春麗もその敗北を正しく受け止めます。
悔しさはある。
次は勝ちたいとも思う。
しかし、眠れなくなるほど深くは傷つかない。
リュウの視線や言葉を何度も思い返すこともない。
黒へ進む理由も生まれない。
空を失うこともない。
リュウへ「忘れないで」と刻みたくなるような執着も発生しない。
リュウは、強敵の一人として春麗の記憶に残ります。
しかし、特別な男にはならない。
二人はそれぞれの人生へ戻ります。
このルートで最も大切なのは、物語が始まらなかった春麗を、不幸な春麗として扱わないことです。
リュウとの恋愛関係が始まらなかった。
因縁が生まれなかった。
だから、この春麗の人生は価値が低い。
そのような整理にはしていません。
リュウとの因縁がなくても、春麗は春麗です。
捜査官として仕事を続けられる。
格闘家として鍛え続けられる。
別の強敵とも出会える。
自分の目標を追い、自分の人生を歩いていける。
リュウが特別な相手にならなかったからといって、春麗の中に欠けた部分が生まれるわけではありません。
普通敗北ルートの春麗は、リュウとの物語を持たない春麗ではあります。
しかし、自分自身の物語を持たない春麗ではありません。
そのため今回、最後には「何も始まらなかった棚」という分類に、
「別の物語へ進む春麗」
という意味を追加しました。
何も始まらなかったのは、春麗の人生ではありません。
リュウとの因縁物語です。
春麗の人生そのものは、その夜の後も続いていきます。
本編春麗も、そこを明確に認めています。
普通敗北ルートの自分を、失敗した春麗とは呼ばない。
不幸な春麗とも呼ばない。
リュウと結ばれなかったから価値が低いとも思わない。
その春麗は、そのままで一人の完成した春麗です。
一方で。
そのルートが正しく、健全で、不幸ではないからこそ、現在の本編春麗には強く刺さります。
なぜなら。
リュウとの因縁は、春麗であれば必ず発生するものではなかったからです。
本編春麗は、どこかで自分とリュウの関係を、最初から発生することが決まっていたもののように感じていたのだと思います。
春麗とリュウが出会う。
拳を交える。
どちらかが勝つ。
どちらかが負ける。
そこから互いを忘れられなくなる。
何度も戦う。
青を見られる。
黒を使う。
戻って青を選び直す。
宿題を出す。
リュウが正式回答を持って戻ってくる。
そうした一連の流れが、春麗とリュウである以上、いつか起きるものだったように思いたかった。
しかし、普通敗北ルートでは何も起きません。
同じ春麗。
同じリュウ。
同じ初戦。
それでも。
リュウの最初の見方と、拳の置き方が少し違うだけで、二人の因縁は始まりません。
春麗は普通に負ける。
普通に悔しがる。
普通に眠る。
そして、翌日から自分の修行へ戻る。
リュウも旅を続ける。
再会しなくても、互いに困らない。
この可能性が存在することで、
「春麗とリュウの因縁は絶対ではなかった」
という事実が明らかになります。
運命だから始まったのではない。
春麗とリュウという二人が出会えば、必ず同じ関係になるわけではない。
少し違えば、何も始まらなかった。
これは、今の本編春麗にとって非常に大きな衝撃です。
因縁が絶対ではないと知れば、
「では、自分たちの関係も偶然にすぎなかったのではないか」
という不安が生まれます。
本編や第1話ギリギリ敗北開始ルートで因縁が始まった原因には、リュウの視線と拳のずれがありました。
リュウは春麗を女性として意識した。
そのため一瞬、拳が鈍った。
しかし、その後は春麗を格闘家として見直し、本気で倒した。
春麗は、女性として見られた。
格闘家としても見られた。
そして、その両方を含んだ状態で敗北した。
その複雑な敗北を、普通の敗北として処理できなかった。
リュウが最初から完璧に正しく春麗を見ていれば、普通敗北ルートのように終われたかもしれません。
そう考えると、現在まで続いた因縁が、最初の小さなずれや事故から始まったもののように見えます。
しかし、今回のインタビューでは、始まりが偶然だった可能性と、その後の積み重ねを分けています。
最初の引っかかりは、偶然だったかもしれません。
リュウの視線が少し違えば。
拳が鈍らなければ。
言葉が少し違えば。
何も始まらなかった可能性があります。
けれど、始まった後に何度も続けることを選んだのは、春麗とリュウです。
春麗は、再戦を求めた。
リュウも、再び春麗の前へ来た。
春麗は青で戦った。
黒も使った。
その後、自分で戻って青を選び直した。
春麗はリュウへ宿題を出した。
途中回答で終わらせず、正式回答を求めた。
考えた。
手紙で春麗を呼び出した。
そして、春麗の前で自分の正式回答を最後まで伝えた。
春麗も、その回答を受け取った。
九十九点を付けた。
まだ持てなくても、返さなかった。
受領済みの札を外していない。
この全てを、最初の偶然だけで説明することはできません。
始まりは偶然だったかもしれない。
しかし、続いたことは選択だった。
今回の核心は、ここにあります。
因縁が絶対ではなかったから、現在の関係の価値が下がるのではありません。
むしろ。
絶対ではなかったからこそ、二人が何度も関係の継続を選んできたことが見えるようになります。
もし春麗とリュウの関係が運命として最初から決められているなら、リュウが戻ってくることも、宿題へ答えることも、物語上の必須処理になります。
リュウは、運命だから春麗を選ぶ。
運命だから答える。
運命だから、変わった春麗から逃げないと言う。
そうなると、正式回答もリュウ自身の選択ではなく、決められた台詞になってしまいます。
しかし、普通敗北ルートでは、リュウは春麗と深く関わらずに生きています。
宿題を受け取らない。
春麗について長く考えない。
手紙を書かない。
戻ってこない。
正式回答もしない。
それでも、リュウはリュウとして生きていける。
つまり、本編のリュウには、答えない可能性もありました。
春麗との関係を、強敵同士の範囲で終わらせる可能性もありました。
その中で。
今のリュウは、宿題を受け取った。
考えた。
途中回答だけでは終わらなかった。
そして、
「面倒でもいい。次も、俺に聞け」
と答えた。
前の春麗と比べて戻そうとは思わない。
自分の言葉で春麗が変わったなら、その後の春麗から逃げない。
戻ってきた春麗が以前と違っても、その時の春麗として見る。
その春麗も受ける。
だから、変わった後でも、次も俺に聞け。
この回答は、すべてのルートで必ず発生する台詞ではありません。
本編のリュウが、自分で考えて選んだ回答です。
そのため、普通敗北ルートを知った本編春麗は、正式回答がさらに重く感じられるようになりました。
絶対にもらえる言葉ではなかった。
どの春麗にも与えられる言葉ではなかった。
リュウが言わない可能性もあった。
それでも、自分には言った。
だから、持てないほど重い。
今回、本編春麗が正式回答を持てるようになったわけではありません。
むしろ、その選択性を理解したことで、精神HPは再び削られています。
正式回答の価値を理解することと、耐えられることは別です。
大切だと分かったからこそ、さらに持てなくなることもあります。
しかし今回、本編春麗は一つのことを明確にしました。
因縁が絶対ではないからといって、この因縁を疑う必要はない。
運命でなかったことを悲しむ必要もない。
運命ではないのに、ここまで続いたことを大切にしてよい。
これは、本編春麗にとって非常に重要な認識です。
本編春麗は、リュウとの因縁がなければ生きられない春麗ではありません。
普通敗北ルートが示したように、リュウと特別な関係にならなくても、春麗は生きていけます。
仕事もできる。
戦える。
自分の人生を歩ける。
だから、今の因縁は、生きるために必要だからしがみついているものではありません。
リュウがいなければ自分は空っぽになるから、必死に離さないのでもありません。
なくても生きられる。
別の人生もあった。
普通に幸福で、健全な人生もあった。
そのうえで。
今の本編春麗は、この因縁を大切だと思っています。
必要だからではない。
自分が選びたいから。
なくては生きられないからではない。
なくしたくないから。
この違いは大きいです。
依存ではなく、選択になります。
今回、記録板AIは本編春麗へ、普通敗北ルートの人生と交換したいかと尋ねました。
本編春麗は、その安全な人生を少し羨ましいと認めています。
持てない正式回答に苦しまなくていい。
リュウの言葉で自分が変わることを恐れなくていい。
黒へ行ったことも、青へ戻ったことも、どう見られるか考えなくていい。
眠れる。
それは確かに魅力的です。
しかし、本編春麗は交換しないと答えました。
普通敗北ルートの春麗は不幸ではない。
その人生も正しい。
けれど、その人生を選べば、今のリュウとの積み重ねだけでなく、今の本編春麗自身も消えます。
黒を通らなかった春麗。
青を選び直さなかった春麗。
宿題を出さなかった春麗。
正式回答を受け取らなかった春麗。
その春麗になります。
それも間違いではありません。
しかし、今の本編春麗ではありません。
本編春麗は、自分の現在をすべて肯定できているわけではありません。
面倒で。
弱くて。
まだ持てないものがあって。
精神HPを何度も失って。
他の春麗から刺されて。
記録板AIにも正確に追い詰められる。
それでも、その自分を消してまで、安全な春麗になりたいとは思いませんでした。
これは、本編春麗が自分のルートを改めて選んだ場面です。
普通敗北ルートを否定することで、自分を肯定したのではありません。
普通敗北ルートも正しいと認めたうえで、
「私は、こちらを続ける」
と選んでいます。
そこに、今回の本編春麗の強さがあります。
第1話ギリギリ敗北開始ルートについても、今回の比較には重要な意味があります。
同じ初戦敗北から始まっても、普通敗北ルートでは何も始まりません。
第1話ギリギリ敗北開始ルートでは、敗北時の複雑な引っかかりが因縁になります。
敗北を重ねた後の初勝利。
修行して戻ったリュウとの試合での敗北。試合で刻まれた恐怖を乗り越えるための修行。
修行の合間の昼食。
修行を通した生活時間の共有。
好意の自覚。
告白。
リュウからの返答。
最後には両想いへ進みます。
普通敗北ルートでは、傷がないから深く関わる必要がありません。
第1話ギリギリ敗北開始ルートでは、傷があったから何度も向き合い、やがて修行による生活時間の共有と好意の自覚へと進みました。
傷つかなかった人生が不幸なのではありません。
傷ついた人生だけが価値ある物語でもありません。
ただ、傷が因縁の入口になることはある。
そして、その傷から始まった関係を、その後の選択で別のものへ変えていくこともできる。
第1話ギリギリ敗北開始ルートは、その一例です。
本編ルートもまた、最初の引っかかりだけで現在まで続いたわけではありません。
青。
黒。
戻って選び直した青。
宿題。
正式回答。
そのたびに、春麗とリュウが関係を選び直しています。
今回、本編春麗は、
「因縁が絶対なら、私は運命に選ばれた春麗だった」
「因縁が絶対ではないなら、私はリュウと何度も互いを選び直した春麗になる」
と整理しました。
この言葉が、今回のエピソードの中心です。
運命に選ばれた関係は、非常に強く見えます。
絶対に出会う。
絶対に惹かれる。
絶対に結ばれる。
しかし、本連作の二人は、そうではありませんでした。
何も始まらない可能性があった。
別々に生きる可能性があった。
途中で終わることもできた。
それでも、次を選んだ。
何度も。
互いに。
その方が、本編春麗にとっては重い。
今回のエピソードは、運命を否定する話ではありません。
運命よりも、選択を重く見る話です。
リュウとの因縁は、春麗が幸福になるための必須条件ではない。
因縁がない春麗も、十分に幸福になれる。
しかし、現在の本編春麗は、今ある因縁を自分の意思で大切にすると決めた。
正式回答もまだ持てない。
関係名も未承認。
自分の側の答えも、まだリュウへ渡していない。
それでも。
この因縁を続けたいという意思だけは、かなり明確になりました。
最後に普通敗北ルートの春麗へ、
「あなたは不幸ではない」
「あなたには、あなたの人生がある」
と伝えたことも大切です。
別ルートの人生を否定しなければ、自分のルートを選べないわけではありません。
他の可能性を低く扱わずに、自分の可能性を大切にできます。
第1話普通敗北ルートの春麗は、別の物語へ進む。
本編春麗は、始まってしまった方を続ける。
どちらも春麗です。
どちらも間違いではありません。
ただ、本編春麗は、自分の方を選びました。
因縁が絶対ではない。
それでも。
始まった後に、何度も次を選んだ。
運命ではなかった。
だからこそ。
今ここにある関係は、春麗とリュウが自分たちで残したものです。
今回は、「リュウとの因縁は絶対ではない」という衝撃を通して、本編春麗が、
「必要だからではなく、大切だから続ける」
と自分のルートを改めて選び直した回でした。