また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
朝。
春麗は、青い小箱の前に座っていた。
蓋は閉じている。
開けない。
今日は開けない。
そう決めていた。
中には、いくつもの紙がある。
宿題への正式回答。
九十九点。
受領済み。
まだ持てない。
持てるようになるまで待つ。
そして、その横に置いた新しい紙。
リュウへの返事。
答えは受け取った。
九十九点。
まだ全部は持てない。
なかったことにはしない。
少し待ちなさい。
逃げてはいない。
その返事は、もうリュウのもとへ行った。
返事が来るかもしれないと思った。
けれど、返事は来なかった。
紙もない。
呼び出しもない。
追撃もない。
待つ、という言葉もない。
春麗は、そこまで考えて、すぐに首を振った。
「……今日は、そこも考えない」
青い小箱は開けない。
正式回答の話もしない。
リュウの返事がなかった意味も考えない。
今日は、普通に会う。
それだけ。
春麗は、自分に言い聞かせるように、声に出した。
「今日は正式回答の話はしない」
一拍。
「今日は青い小箱を開けない」
もう一拍。
「今日は普通に会うだけ」
普通に。
その言葉が、妙に難しかった。
以前なら、リュウと会うことは、特別でありながら普通でもあった。
試合をする。
話す。
少し突っかかる。
少し負ける。
少し勝つ。
少し腹が立つ。
少し嬉しくなる。
そういうものだった。
だが、今は違う。
リュウは、宿題への正式回答をした。
春麗は、それを受け取った。
まだ持てない。
でも、なかったことにはしない。
その状態で会う。
普通に。
「……普通って何かしら」
独り言が漏れた。
返事はない。
記録板AIもいない。
春麗会議室でもない。
ただの部屋。
ただの朝。
ただの、自分。
春麗は、青い武道服へ手を伸ばしかけた。
そして、少し止まった。
今日は試合をしない。
なら、青い武道服でなくてもいい。
けれど、普段着にするのも何か違う。
いつもの場所へ行く。
リュウに会うかもしれない。
いや。
会う練習をする。
なら、過度に構えすぎない方がいい。
春麗は、青い武道服ではなく、動きやすい普段着を選んだ。
青ではない。
黒でもない。
ただの服。
鏡の前に立つ。
映っているのは、戦う春麗ではない。
正式回答を受け取った後の春麗。
まだ持てない答えを青い小箱に置いた春麗。
リュウに短い返事をした春麗。
そして今日、普通に会おうとしている春麗。
「……大丈夫」
言ってから、すぐに訂正する。
「大丈夫かどうかは、まだ分からない」
一拍。
「でも、行く」
春麗は、部屋を出た。
いつもの道。
修行場へ続く途中の、少し開けた場所。
春麗は、そこに立っていた。
待っているわけではない。
たぶん。
通りかかっただけ。
たぶん。
ただ、通りかかるには少し長く立ちすぎている。
春麗は、腕を組んだ。
会話における防御姿勢。
自覚した瞬間、腕をほどいた。
「……今日は、普通に」
小さく言う。
普通に会う。
普通に挨拶する。
正式回答の話はしない。
青い小箱の話もしない。
手紙の話もしない。
返事が来なかったことも話さない。
待つとも言わせない。
次も聞け、とも言わせない。
何も言わせない。
そこまで考えて、春麗は額に手を当てた。
「……普通とは」
すでに普通ではない。
だが、引き返すのも違う。
逃げてはいない。
自分で、そう書いた。
だから、ここにいる。
リュウと会えたら、普通に話す。
会えなかったら、それはそれでよい。
そう考えたところで、足音が聞こえた。
春麗は、顔を上げる。
リュウだった。
道の向こうから、いつものように歩いてくる。
道着。
荷物。
いつもの顔。
いつもの歩幅。
春麗は、呼吸を整えようとした。
整わない。
ただ、乱れすぎてもいない。
リュウがこちらに気づく。
足を止める。
「春麗」
「リュウ」
言えた。
名前だけ。
それでも言えた。
リュウは、少しだけ春麗を見た。
正式回答の話はしない。
手紙の話もしない。
ただ、そこにいる。
春麗は、先に言った。
「今日は、試合はしないわ」
「ああ」
「手合わせもしない」
「ああ」
「しないの」
「分かった」
分かった。
その言葉だけで、少し危険だった。
だが、リュウはそれ以上言わない。
踏み込まない。
聞かない。
春麗が試合をしないと言えば、ああ、と受ける。
手合わせをしないと言えば、ああ、と受ける。
それだけ。
春麗は、少しだけ息を吐いた。
「……それでいいの?」
「何がだ」
「試合もしない。話題にも踏み込まない。そういう私と会って、それでいいのか、という意味よ」
言ってから、しまったと思った。
これは、かなり踏み込んでいる。
普通に会うだけのはずだった。
普通に会うだけ。
正式回答の話はしない。
なのに、今の質問はもう正式回答の周辺に触れている。
春麗は、内側で構えた。
リュウは、少しだけ考えた。
そして言った。
「今日は、それでいい」
春麗は止まった。
今日は。
それでいい。
待つ、ではない。
逃げていないならそれでいい、でもない。
正式回答を持てるまで待つ、でもない。
ただ、今日はそれでいい。
春麗は、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
「……便利な言い方ね」
「そうか」
「ええ」
春麗は、視線を少しだけ逸らした。
「でも、今日はその言い方で助かるわ」
言ってしまった。
助かる。
言ってしまった。
春麗は、すぐにリュウを睨む。
「今のは、深く取らないで」
「ああ」
「助かった、ではなく、会話上の便宜として」
「ああ」
「分かっているの?」
「たぶん」
「たぶんで済ませないで」
「分かった」
また、分かった。
危険。
だが、リュウはそれ以上言わない。
春麗は、内心で小さく息を吐く。
踏み込まない。
今日は本当に踏み込まないつもりなのだろう。
それが、かなり効く。
二人は、道の脇を少しだけ歩いた。
どこかへ向かうわけではない。
修行場へ入るわけでもない。
ただ、並ぶほど近くはなく、離れすぎてもいない距離で歩く。
戦う時よりは遠い。
話すには少し遠い。
でも、声は届く。
ちょうどいい。
たぶん。
春麗は、視線を前に向けたまま言った。
「今日は、普通に会う練習よ」
言ってから、また止まった。
言ってしまった。
普通に会う練習。
それを本人に言うのはどうなのか。
リュウは少しだけ春麗を見る。
「練習か」
「そうよ」
「分かった」
「何でも分かったと言えばいいと思っていない?」
「思っていない」
「本当に?」
「ああ」
リュウは、少しだけ考える。
「でも、練習なら、邪魔しない方がいいと思った」
春麗は、足を止めかけた。
止めない。
歩く。
歩きながら、言葉を受ける。
「……邪魔」
「ああ」
「あなたがそこにいる時点で、だいぶ邪魔ではあるわよ」
「そうか」
「そうよ」
リュウは、少しだけ困ったように眉を動かした。
「離れた方がいいか」
「離れすぎないで」
即答した。
春麗は、自分で止まった。
リュウも止まった。
風が、少しだけ二人の間を通る。
春麗は、自分の言葉を聞いた。
離れすぎないで。
言った。
言ってしまった。
普通に会う練習の中で、思わず出た言葉だ。
春麗は、顔を伏せそうになった。
伏せない。
今日は普通に会う練習だ。
倒れる練習ではない。
リュウは、しばらく黙っていた。
そして、言った。
「分かった」
それだけ。
離れすぎないで。
分かった。
それだけ。
近づきすぎるわけでもない。
離れるわけでもない。
理由を聞くわけでもない。
いつまで、とも聞かない。
春麗は、胸の奥がまた熱くなるのを感じた。
「……あなた」
「何だ」
「今日、言葉を抑えているわね」
「ああ」
「自覚があるの?」
「ああ」
「なぜ?」
聞いてしまった。
危険。
だが、聞いてしまった。
リュウは、少し考える。
「春麗が、まだ全部は持てないと書いたからだ」
春麗は、完全に止まった。
手紙。
読んだ。
やはり読んでいた。
当然だ。
でも、本人の口から聞くと危険だった。
春麗は、口を開きかける。
何も出ない。
リュウは、それ以上言わない。
ただ、待つ。
いや。
待つと言わない。
黙っている。
春麗は、ようやく声を出した。
「……その話は、今日はしない」
「ああ」
「でも、読んだのね」
「ああ」
「返事は、しなかったのね」
「ああ」
「なぜ」
リュウは、静かに答えた。
「今、返事を返すと、春麗がまた持つものが増えると思った」
春麗の呼吸が止まった。
正確。
正確すぎる。
この男は、なぜこういう時だけ、こんなに正確なのか。
リュウは続けない。
春麗が聞くまで、続けないつもりなのだろう。
それもまた、危険だった。
春麗は、胸元を押さえそうになり、やめた。
「……正解よ」
小さく言った。
「そうか」
「ええ」
一拍。
「腹立たしいけれど、正解」
「腹立たしいのか」
「腹立たしいわよ」
「すまない」
「謝らない」
「そうか」
いつものやり取り。
そのいつものやり取りが、今日はかなりありがたかった。
春麗は、ゆっくり息を吐く。
「今日は、正式回答の話はしないつもりだったのに」
「ああ」
「もうしているわね」
「少しだけだ」
「少しだけでも危険なの」
「そうか」
「そうよ」
リュウは、それ以上踏み込まなかった。
春麗は、もう一度歩き出した。
リュウも、少し離れて歩く。
近すぎない。
遠すぎない。
普通に会う練習。
練習としては、かなり難易度が高い。
しばらく歩いた後、リュウが言った。
「今日は、少し楽そうだ」
春麗は、足を止めた。
来た。
何気ない一言。
だが、危険度は高い。
楽そう。
楽ではない。
全然楽ではない。
正式回答はまだ持てない。
手紙も返した。
返事が来なかったことも気にしている。
リュウが踏み込まないことも効いている。
普通に会うだけで、すでに精神は削られている。
春麗は、リュウを見る。
「楽ではないわ」
リュウは、頷いた。
「そうか」
それだけだった。
春麗は、止まったままリュウを見る。
そうか。
本当に、それだけ。
楽ではない。
そうか。
大丈夫か、と聞かない。
無理をするな、と言わない。
待つ、とも言わない。
それでいい、とも言わない。
ただ、春麗の返事を受ける。
春麗は、胸の奥が熱くなる。
「……そこで終わるのね」
「ああ」
「聞かないの?」
「今日は、聞かない方がいいと思った」
「また正解」
「そうか」
「腹立たしいわね」
「すまない」
「謝らない」
「そうか」
春麗は、少しだけ笑いそうになった。
笑ったら負けのような気がした。
何に負けるのかは、まだ分類しない。
だが、少し笑えた。
それは事実だった。
「楽ではないわ」
春麗は、もう一度言った。
「でも」
続けるか迷った。
迷った末に、続けた。
「会えないほどではないわ」
リュウは、春麗を見る。
春麗は、視線を逸らさない。
今日は、普通に会う練習。
なら、このくらいは言っていい。
言えるはず。
リュウは、静かに頷いた。
「分かった」
また、それだけ。
春麗は、少しだけ肩の力が抜けた。
「本当に、今日はそればかりね」
「何がだ」
「分かった、そうか、ああ」
「ああ」
「ほら」
リュウは少しだけ首を傾げた。
春麗は、今度こそ少し笑った。
小さく。
本当に小さく。
リュウは、その笑いを見た。
何か言いかけて、言わなかった。
春麗は、それに気づいた。
「今、何か言おうとした?」
「ああ」
「言わなかったのね」
「ああ」
「なぜ?」
「言うと、今日の練習が難しくなると思った」
春麗は、顔が熱くなった。
「……正解」
「そうか」
「本当に腹立たしいくらい正解」
リュウは、それ以上言わなかった。
春麗は、視線を前に戻す。
今日は、普通に会う練習。
普通に会えているかは分からない。
でも、会っている。
逃げてはいない。
それだけは確かだった。
道の分かれ目に来た。
このまま進めば修行場へ入る。
逆へ行けば、街へ戻る。
春麗は、修行場の方を見た。
今日は入らない。
試合はしない。
手合わせもしない。
だから、ここまで。
「今日は、ここまで」
リュウは頷いた。
「ああ」
「試合はしない」
「ああ」
「正式回答の話も、これ以上しない」
「ああ」
「手紙の話も、ここまで」
「ああ」
「あなたが言わなかったことも、ここまで」
リュウは少しだけ春麗を見る。
「それも、ここまでか」
「ここまでよ」
「分かった」
春麗は、少しだけ息を吐いた。
「今日は、普通に会う練習だったの」
「ああ」
「失敗はしていないと思う」
「ああ」
「成功と言うには、まだ早い」
「ああ」
「でも」
一拍。
「会えた」
リュウは、静かに頷いた。
「ああ」
春麗は、そこに少しだけ救われた。
余計な言葉がない。
ただ、会えたことを否定しない。
それだけ。
春麗は、リュウに背を向ける。
「帰るわ」
「ああ」
「追い打ちは禁止」
「ああ」
「何か言いたそうな顔も禁止」
リュウは、少し考えた。
「顔もか」
「顔もよ」
「分かった」
春麗は、歩き出した。
数歩進む。
振り返らない。
リュウは何も言わない。
言わないでいてくれる。
それが、また少し効く。
春麗は、胸元を押さえそうになり、やめた。
今日は、落ちない。
今日は、普通に会う練習。
落ちずに帰るところまでが練習だ。
春麗は、ゆっくり歩いた。
背中に視線を感じる。
でも、追ってこない。
呼ばない。
待つとも言わない。
それが、少しありがたかった。
ありがたい。
危険な言葉。
今日は書かない。
春麗は、前だけを見て歩いた。
部屋に戻ると、春麗は扉を閉めた。
その場で、しばらく立っていた。
倒れていない。
突っ伏していない。
精神は削れている。
だが、残っている。
これは重要だ。
春麗は、机へ向かった。
青い小箱を開ける。
正式回答の紙。
返事の控え。
返事なし、追撃なし、届いた気がする。
未確認。
ただし、危険。
その横に、新しい紙を置く。
春麗は、ペンを持った。
書く。
正式回答後、普通に会う練習ログ。
一拍。
会った。
試合はしなかった。
正式回答の話は、少しだけ出た。
ただし、踏み込まれなかった。
リュウは、返事を読んでいた。
返事を書かなかった理由は、持つものを増やさないためだった。
楽ではない、と言えた。
会えないほどではない、と言えた。
リュウは、そうか、とだけ返した。
余計な言葉は言わなかった。
今日は、普通に会えた。
春麗は、そこでペンを止めた。
今日は、普通に会えた。
書けた。
その一文を見て、胸が少し熱くなる。
けれど、落ちない。
落ちない。
春麗は、息を吐いた。
「……普通に、会えた」
声に出す。
完全な普通ではない。
正式回答前の普通ではない。
何も知らなかった頃の普通でもない。
でも、正式回答後の今の春麗として。
普通に会う練習は、できた。
春麗は、紙の下にさらに書いた。
分類。
正式回答後、普通に会う練習ログ。
状態。
成功未満。
失敗ではない。
精神HP。
削れたが、残存。
春麗は、自分で書いた分類を見て、少しだけ苦笑した。
「……記録板AIみたい」
でも、必要だった。
青い小箱の特別区画。
正式回答の紙の横。
返事の控えの横。
そして、新しい練習ログ。
そこへ置く。
春麗は、蓋を閉じた。
指先を置く。
「今日は、普通に会えた」
一拍。
「楽ではなかった」
もう一拍。
「でも、会えた」
言葉にすると、少しだけ落ち着いた。
受け取った答えは、まだ持てない。
でも、その答えを受け取った後の自分で、リュウに会えた。
試合もせず。
言葉の手合わせもせず。
ただ、少し歩いて。
少し話して。
帰ってきた。
それだけ。
それだけが、今日の大事件だった。
春麗は、鏡の前に立った。
映っているのは、昨日より少しだけ違う春麗。
正式回答を受け取った春麗。
まだ持てない春麗。
返事を書いた春麗。
そして、普通に会う練習をした春麗。
春麗は、自分に向かって小さく言った。
「急がない」
一拍。
「でも、逃げない」
もう一拍。
「今日は、会えた」
その言葉は、今の本編春麗には十分だった。
青い小箱の中で、新しい紙が静かに増えた。
正式回答後、普通に会う練習ログ。
それは、答えを持てるようになるまでの、小さな一歩だった。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
今回は、正式回答後の本編春麗が、リュウと「普通に会う練習」をする回でした。
前回までで、本編春麗はリュウから宿題への正式回答を受け取りました。
ただし、まだその答えを完全には持てていません。
受領済み。
まだ持てない。
持てるようになるまで待つ。
そういう札を青い小箱の特別区画に付けた状態です。
さらにその後、春麗はリュウに短い返事を書きました。
答えは受け取った。
九十九点。
まだ全部は持てない。
でも、なかったことにはしない。
少し待ちなさい。
逃げてはいない。
そしてリュウは、その返事を読んでも「待つ」とは言わなかった。
返事も急がせず、追撃もせず、ただ受け取った。
今回のエピソードは、その次の段階です。
つまり、手紙の往復のあと、初めて春麗がリュウと直接会う回です。
ただし、いきなり試合はしません。
正式回答後の青い手合わせは、かなり大きな山場になります。
だから今回は、そこへ行く前の練習です。
試合をしない。
手合わせもしない。
言葉の手合わせもしない。
正式回答の話もしない。
青い小箱も開けない。
ただ、普通に会う。
それだけの回です。
ですが、本編春麗にとっては、この「普通に会うだけ」がすでに大事件になっています。
正式回答を受け取る前なら、リュウと会うことは、危険であってもまだいつもの延長でした。
でも今は違います。
リュウは、春麗が自分の言葉で変わった後の春麗も見る、と答えました。
その春麗を受ける、と答えました。
変わった後でも次も俺に聞け、と答えました。
その答えを受け取った後に会うリュウは、以前と同じリュウでありながら、以前と同じには見えない。
だから、普通に会うだけでも難しい。
今回の春麗は、最初から自分に言い聞かせています。
今日は正式回答の話はしない。
今日は青い小箱を開けない。
今日は普通に会うだけ。
この三つは、かなり強い自己防衛です。
特に「青い小箱を開けない」は重要です。
青い小箱を開けると、正式回答、九十九点、返事、追撃なし、全部が再生されます。
だから今日は開けない。
正式回答後の春麗として、外に出る。
ここが今回の出発点です。
今回のリュウは、かなり抑えています。
試合をしないと言われれば、ああ。
手合わせをしないと言われれば、ああ。
言葉の手合わせもしないと言われれば、分かった。
踏み込まない。
聞きすぎない。
春麗が置いた距離を、そのまま受ける。
このリュウが、今回とても大事です。
正式回答前のリュウは、言葉の高火力で春麗を落としていました。
でも正式回答後のリュウは、ただ強い言葉を撃つだけではいけません。
春麗が「まだ持てない」と言ったなら、その状態を尊重する必要がある。
だから、今回は踏み込まないリュウです。
ただし、踏み込まないこと自体が春麗には効きます。
「今日は、それでいい」
「練習なら、邪魔しない方がいいと思った」
「今、返事を返すと、春麗がまた持つものが増えると思った」
こういう言葉は、決して派手ではありません。
でも、春麗にはかなり届いています。
特に「今、返事を返すと、春麗がまた持つものが増えると思った」は、リュウが前回の手紙をちゃんと読んで、返事をしなかった理由を春麗に伝える場面です。
これは非常に危険です。
リュウは何もしなかったわけではない。
読んだ。
受け取った。
考えた。
そのうえで、返さなかった。
春麗がまだ持てないと書いたから、これ以上持つものを増やさないようにした。
つまり「返事なし」そのものが、配慮だったわけです。
春麗にとっては、これはかなり効きます。
ただし、今回の春麗は落ちません。
精神HPは削れます。
何度も危険になります。
でも、ノックアウトまではいかない。
ここが今回の成長です。
前なら、リュウの言葉でそのまま落ちていたかもしれません。
今回は、
今日は普通に会う練習。
落ちずに帰るところまでが練習。
と自分で踏みとどまっています。
そして、今回の中心になる会話が、
「今日は、少し楽そうだ」
「楽ではないわ」
「そうか」
です。
リュウは、春麗が少し楽そうに見えたことを言います。
春麗は、楽ではないと返します。
リュウは、そうか、とだけ返す。
ここで、大丈夫か、とは聞かない。
無理するな、とも言わない。
待つ、とも言わない。
それでいい、とも言わない。
ただ、春麗の「楽ではない」を受け取る。
この「そうか」が、今回のリュウの一番良い距離感だと思います。
踏み込まないけれど、聞いていないわけではない。
受け止めるけれど、重ねない。
この距離が、今の本編春麗には必要でした。
春麗も、そこから一歩だけ進みます。
「楽ではない」
「でも」
「会えないほどではないわ」
この言葉はかなり大きいです。
まだ持てない。
楽ではない。
でも、会えないほどではない。
つまり、リュウに会うこと自体を拒否していない。
正式回答を受け取った後の春麗として、リュウと会えた。
これは小さく見えて、非常に大きな前進です。
今回の最後に、春麗は青い小箱の特別区画に新しい紙を置きます。
正式回答後、普通に会う練習ログ。
会った。
試合はしなかった。
正式回答の話は、少しだけ出た。
ただし、踏み込まれなかった。
リュウは、返事を読んでいた。
返事を書かなかった理由は、持つものを増やさないためだった。
楽ではない、と言えた。
会えないほどではない、と言えた。
リュウは、そうか、とだけ返した。
余計な言葉は言わなかった。
今日は、普通に会えた。
このログが、今回の到達点です。
分類としては、
本編春麗:正式回答をまだ持てないまま、リュウと普通に会う練習をし、精神HPを削られながらも落ちずに帰ってこられた春麗。
になります。
重要なのは、「成功」ではなく「成功未満、失敗ではない」というところです。
完璧に普通だったわけではありません。
正式回答の話は少し出ました。
リュウの沈黙の配慮にも被弾しました。
楽でもありませんでした。
でも、会えた。
落ちずに帰れた。
そして青い小箱に、正式回答後の新しいログを追加できた。
これは、答えを持てるようになるまでのかなり大事な小さな一歩です。
今回のエピソードは派手な事件ではありません。
試合もありません。
告白もありません。
大きな言葉も、ほとんどありません。
でも、正式回答後の本編春麗にとっては、
普通に会う。
それだけが、十分に大事件でした。
急がない。
でも、逃げない。
今日は、会えた。
この三つが、今回の本編春麗の到達点です。