また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、自分から呼んだリュウの声を受け取る

「春麗か」

 

 受話器の向こうから、リュウの声がした。

 

 春麗は何も答えられなかった。

 

 聞き間違えるはずがない。

 

 何度も試合をした。

 宿題を出した。

 中間回答を受け取った。

 正式回答を受け取った。

 何も用がない日に会った。

 初めて互いの仕事や生活について話した。

 

 その声だった。

 

「春麗」

 

 もう一度、名前を呼ばれる。

 

「……聞こえているわ」

 

 ようやく春麗は答えた。

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 少し間を置いて、春麗は確認する。

 

「リュウなの?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「ケンではなく?」

 

「俺だ」

 

「……分かっているわよ」

 

 春麗は受話器を握ったまま、額へ手を当てた。

 自分からリュウへ電話するよう伝えた。

 だから、リュウが電話をかけてきた。

 

 何もおかしくない。

 むしろ、これを待っていた。

 それなのに、実際に声を聞いた瞬間、頭の中から用意していた言葉がすべて消えた。

 


 

「ケンから聞いた」

 

 リュウが言った。

 春麗の手が、受話器を強く握った。

 

「……何を?」

 

 聞く必要はなかった。

 自分でケンへ伝え、そのままリュウへ届けてほしいと頼んだ。

 何を聞いたのかは、春麗自身が一番よく知っている。

 それでも確認せずにはいられなかった。

 

 リュウは、春麗が逃げられるように別の表現へ言い換えなかった。

 

「春麗が、俺に会いたいと。そう聞いた」

 

 春麗の精神が一気に削れた。

 

「……そう」

 

「ああ」

 

「ケンは、本当にそのまま伝えたのね」

 

「ああ」

 

「余計な説明は?」

 

「なかった」

 

「私がどのくらい迷ったかとか」

 

「聞いていない」

 

「最初の電話では、言えなかったこととか」

 

「それは聞いた」

 

 春麗は動きを止めた。

 

「聞いたの?」

 

「ああ」

 

「どこまで?」

 

「一度目は、連絡先を確認しただけだった」

 

「……」

 

「二度目に、会いたいと伝えた」

 

「……それだけ?」

 

「ああ」

 

 春麗は受話器を持ったまま、深く息を吐いた。

 ケンは本当に事実だけを伝えた。

 春麗が言えなかった理由を、勝手に説明していない。

 

 正式回答と電話を混同していたことも。

 青い小箱の前で何度も紙へ書いたことも。

『次も、俺に聞け』だけを初めて生活の中で使ったことも。

 

 リュウは知らない。

 

 知っているのは、春麗が一度目には言えず、二度目には会いたいと伝えたこと。

 それだけだった。

 


 

「春麗」

 

「何?」

 

「俺も、春麗に会いたい」

 

 リュウはいつもの声で言った。

 春麗は完全に黙った。

 

 正式回答とは別。

 今回の電話は、正式回答への返事ではない。

 

 今日、リュウに会いたい。

 ただ、それだけ。

 

 春麗は何度もそう確認してきた。

 その現在の言葉へ、リュウも現在の言葉を返した。

 

 俺も、春麗に会いたい。

 

 正式回答の続きを求めていない。

 九十九点の残りを催促していない。

 持てるようになったかとも聞いていない。

 

 ただ、春麗が会いたいと言ったから、自分も会いたいと返した。

 

「……今、何と言ったの?」

 

「春麗に会いたい」

 

「もう一度言わなくていい!」

 

「聞いたから答えた」

 

「確認しただけよ!」

 

「そうか」

 

「そうよ!」

 

 受話器の向こうで、リュウは何も言わなかった。

 春麗は、自分が何に怒っているのか分からなくなった。

 聞き返したのは自分である。

 リュウは正確に答えただけだ。

 

「……今のは忘れて」

 

「どこからだ」

 

「私が聞き返したところから」

 

「会いたいという話もか?」

 

「そこは!」

 

 春麗は止まった。

 そこまで忘れられては困る。

 その言葉を届けるために、二度もケンへ電話したのだから。

 

「……そこは、忘れなくていい」

 

「分かった」

 

「即答しないで」

 

「どうすればいい」

 

「少し考えてから答えなさい」

 

 少し間が空いた。

 

「分かった」

 

「今、わざと間を置いたでしょう」

 

「ああ」

 

「正直に言わなくていいのよ!」

 


 

 春麗は受話器を持ったまま、机の上を見た。

 

『リュウに、会いたいと伝えて』

 

『次に連絡が取れたら、私へ電話するように』

 

 その横には、

『伝達済み』

 と書いてある。

 

 そして今、その伝言を受け取ったリュウが電話の向こうにいる。

 ここから先は、ケンへ預けた言葉では進めない。

 春麗自身がリュウと話さなければならない。

 

「今、どこにいるの?」

 

 春麗が聞いた。

 リュウは町の名前を答えた。

 春麗には、すぐに場所が分からなかった。

 

「前にいた街から、どのくらい離れているの?」

 

「歩いて三日ほどだ」

 

「三日」

 

「ああ」

 

「また、そんなに移動したの?」

 

「旅をしているからな」

 

「知っているわよ」

 

 春麗は机の上に別の紙を置いた。

 今度は電話用の台詞ではない。

 日程を決めるための紙。

 

「こちらへ戻る予定は?」

 

「決めていなかった」

 

 春麗のペンが止まった。

 

「……そう」

 

「だが、今から戻る」

 

 春麗は顔を上げた。

 電話の向こうにリュウの姿は見えない。

 それでも、白い道着の男が公衆電話の前で、当然のことのようにそう答えている姿が簡単に想像できた。

 

「待って。今から?」

 

「ああ」

 

「私が、会いたいと言ったから?」

 

「ああ」

 

 春麗の精神が、また削れた。

 

「……少しくらい、別の理由も加えなさい」

 

「別の理由?」

 

「修行とか。前の道場へ挨拶に行くとか。この街を通る予定があったとか」

 

「今はない」

 

「作りなさいよ!」

 

「嘘になる」

 

「正しいわ! 正しいけれど!」

 

 春麗は額へ手を当てた。

 自分が会いたいと言った。

 リュウも会いたいと言った。

 

 だから、リュウが戻る。

 余計な理由はない。

 あまりにも因果関係が明確だった。

 

 偶然ではない。

 主人公補正でもない。

 何かのついででもない。

 

 春麗が呼んだから、リュウが戻ってくる。

 その事実を、電話の中だけで何度も確認させられている。

 


 

「三日後なら、街へ戻れる」

 

 リュウが言った。

 

「三日後」

 

「ああ」

 

 春麗は自分の予定を確認した。

 

 三日後は仕事がある。

 通常通りなら夕方には終えられる。

 ただし、捜査の状況によっては急な残業や呼び出しが入る可能性もある。

 

 以前、春麗はその仕事についてリュウへ話した。

 

 連絡できない時がある。

 約束通りに動けない時もある。

 

 それは拒絶ではない。

 

 リュウも、分かったと答えた。

 

「三日後は仕事がある。でも、通常通りなら午後七時には会える」

 

「分かった」

 

「待って」

 

「何だ」

 

「通常通りなら、と言ったでしょう」

 

「ああ」

 

「急な仕事が入る可能性がある」

 

「ああ」

 

「その時は予定を変える必要がある」

 

「ああ」

 

「連絡ができない可能性も」

 

「分かっている」

 

 リュウの答えは以前と変わらなかった。

 

「連絡がないことを、会いたくなくなったという意味には取らない」

 

 春麗は少しだけ黙った。

 以前、生活について話した時間。

 その時に作った決まりが、すでに今回の約束を支えている。

 春麗は、自分が思っていた以上に、次に会うための手順をきちんと作っていた。

 

「……ええ。そうして」

 

「分かった」

 


 

「場所は?」

 

 リュウが聞いた。

 

 春麗は反射的に、いつもの場所を思い浮かべた。

 何度も試合をした場所。

 約束をしなくても、主人公補正によって会えた場所。

 一度、電話をかけずに最後の奇跡を期待して行った場所。

 

 リュウはいなかった。

 あそこを次の再会場所にすれば、表面上は自然である。

 

 しかし春麗は、その場所を選ばなかった。

 

「前に一緒に食事をした店を覚えている?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「場所も?」

 

「ああ」

 

「料理も?」

 

「食べた」

 

「何を?」

 

 リュウは食べた料理を答えた。

 正確だった。

 

「……覚えているのね」

 

「ああ」

 

 春麗は少しだけ安心した。

 

「その店の前。午後七時」

 

「分かった」

 

「三日後」

 

「ああ」

 

「時間を間違えないで」

 

「ああ」

 

「その日の午後七時」

 

「ああ」

 

「朝の七時ではないわ」

 

「分かっている」

 

「別の街の七時でもない」

 

「分かっている」

 

「紙に書いて」

 

「今、書くものがない」

 

 春麗の表情が止まった。

 

「……リュウ」

 

「何だ」

 

「近くに紙を売っている店は?」

 

「あるかもしれない」

 

「買って」

 

「ああ」

 

「電話を切った後に必ず書いて」

 

「ああ」

 

「三日後。午後七時。前に食事をした店の前」

 

「ああ」

 

「復唱して」

 

 リュウは日時と場所を復唱した。

 間違っていない。

 

「よし」

 

 春麗は無意識に言った。

 受話器の向こうが少し静かになった。

 

「何?」

 

「いや」

 

「何か言いなさい」

 

「師匠みたいだと思った」

 

「切るわよ」

 

「まだ話が終わっていない」

 

「誰のせいよ!」

 


 

 会話が途切れた。

 

 日時は決まった。

 場所も決まった。

 

 三日後。

 午後七時。

 前に二人で食事をした店の前。

 

 春麗が自分から会いたいと伝えた。

 リュウがそれへ応じた。

 二人で会う日を決めた。

 

 これで電話の目的は達成した。

 あとは切ればいい。

 だが春麗は、受話器を置けなかった。

 リュウも、すぐには何も言わなかった。

 

「春麗」

 

「何?」

 

「正式回答のことは──」

 

 春麗の身体が、わずかに固くなった。

 だがリュウは続きを求めなかった。

 

「今日は聞かない」

 

 春麗は黙った。

 

「今日だけ?」

 

「次に会った時も、春麗から話すまで聞かない」

 

「……そう」

 

「会いたいと言ったことを、答えを持てたという意味には取らない」

 

 ケンと何を話したのか、春麗には分からない。

 しかし、この点をリュウ自身が明確に言葉にしてくれた。

 春麗が最も恐れていた混同。

 

 電話をする。

 会いたいと言う。

 会う日を決める。

 それが、正式回答を持ったことになるのではないか。

 その恐怖を、リュウは否定した。

 

「……分かっていたの?」

 

 春麗が聞いた。

 

「何がだ」

 

「私が、電話をすることと正式回答を持つことを分けられずにいたこと」

 

「全部は分からない」

 

「では?」

 

「ケンから、最初の電話では言えなかったと聞いた」

 

「……」

 

「待ってほしいと、春麗から言われた」

 

「ああ」

 

「だから、会いたいと言ったことまで正式回答への返事にはしない」

 

 リュウの考えは細かくない。

 春麗のように、いくつもの項目へ分けてはいない。

 それでも中心だけは外していなかった。

 

 待ってほしいと言われた。

 だから待つ。

 

 会いたいと言われた。

 だから会う。

 

 この二つを勝手に一つへまとめない。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

 今度は受話器の向こうが静かになった。

 

「聞こえた?」

 

「ああ」

 

「なら、何か答えなさい」

 

「どういたしまして」

 

「……それでいいわ」

 


 

「春麗」

 

「今度は何?」

 

「俺も、三日後を待っている」

 

 春麗は答えられなかった。

 リュウは春麗の返事を待った。

 

「……私も、待っている」

 

 ようやく春麗は言った。

 正式回答への返事ではない。

 未来全部の約束でもない。

 

 三日後。

 午後七時。

 リュウに会う。

 

 その現在に近い未来だけを、二人で待つ。

 

「では、三日後に」

 

「ああ」

 

「遅れないで」

 

「ああ」

 

「道着のままで来るの?」

 

「そのつもりだ」

 

「……替えの服は?」

 

「持っていない」

 

「そう。分かったわ」

 

 前回の食事でもリュウは道着だった。

 今さら驚くことではない。

 春麗は少しだけ笑った。

 

「三日後」

 

「ああ」

 

「午後七時」

 

「ああ」

 

「店の前」

 

「ああ」

 

「今度こそ紙に書いて」

 

「ああ」

 

「では、切るわよ」

 

「ああ」

 

 春麗は受話器を耳から離しかけた。

 

「春麗」

 

「何?」

 

 リュウは最後に言った。

 

「伝言をくれて、よかった」

 

 春麗は完全に止まった。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今の言葉は、電話を切った後に言いなさい」

 

「切った後では聞こえない」

 

「分かっているわよ!」

 

 春麗は今度こそ電話を切った。

 


 

 受話器を置いた。

 部屋が静かになる。

 春麗は電話の前で、しばらく動かなかった。

 

 伝言をくれてよかった。

 

 リュウの最後の言葉が耳に残っている。

 

「……何なのよ。最後に一番重いものを置いていかないで」

 

 電話はもう切れている。

 抗議はリュウへ届かない。

 春麗は椅子へ座り、机の紙を見た。

 

『リュウに、会いたいと伝えて』

 

『次に連絡が取れたら、私へ電話するように』

 

『伝達済み』

 

 その下へ、新しい記録を書く。

 

『リュウから電話あり』

 

 次。

 

『三日後、午後七時』

 

 次。

 

『前に食事をした店の前』

 

 そして少し迷った後、

 

『初めて、事前に日時と場所を決めて会う』

 

 と書いた。

 

 春麗はその一文を見た。

 これまで試合の約束はあった。

 宿題の答えを受け取るために会うこともあった。

 しかし今回は違う。

 

 春麗が会いたいと言った。

 リュウも会いたいと答えた。

 

 そのために、日時と場所を決めた。

 

 試合ではない。

 任務でもない。

 偶然でもない。

 正式回答を持てたからでもない。

 

 ただ、二人が互いに会いたいから会う。

 


 

 春麗は青い小箱を見た。

 

 正式回答。

 九十九点。

 受領済み。

 まだ持てない。

 

 状態は何も変わっていない。

 

「あなたは、まだ持てない」

 

 春麗は小箱へ言った。

 

「三日後にリュウに会っても、それは変わらない」

 

 リュウも、その意味には取らないと言った。

 だから春麗は、正式回答を持てない自分のまま、三日後リュウへ会える。

 

「でも」

 

 小箱の蓋へ指を置く。

 

「『次も、俺に聞け』」

 

 その一部は、もう使った。

 そして使った結果、リュウから電話が来た。

 次に会う日が決まった。

 正式回答全体を持つ前に、正式回答の中の今使える部分だけが春麗の日常を動かした。

 


 

 春麗はもう一枚、新しい紙を出した。

 今回確認したことを書く。

 

『確認』

 

『会いたいと伝えても、正式回答を持ったことにはならなかった』

 

『リュウも、その意味には取らなかった』

 

『正式回答を持てないまま、会う約束はできる』

 

 そこまで書き、最後に少しだけペンを止めた。

 

『私が会いたいと伝えたため、リュウが戻ってくる』

 

 春麗はその一文をしばらく見つめた。

 

「……これは、事実」

 

 消さなかった。

 

 恥ずかしくても。

 精神が削られても。

 今回だけは、主人公補正の結果ではない。

 

 春麗自身が起こしたことだった。

 

 春麗がケンへ電話した。

 会いたいと伝えた。

 ケンがリュウへ届けた。

 リュウが春麗へ電話した。

 二人で会う日を決めた。

 

 すべてつながっている。

 


 

 その夜。

 

 春麗は眠る前に、春麗会議室への接続を試みた。

 

 円卓。

 自覚前春麗。

 通常救済版春麗。

 行き遅れに恐怖する春麗。

 記録板AI。

 

 報告する内容は十分にある。

 

 会いたいと伝えた。

 リュウから電話が来た。

 リュウも会いたいと言った。

 三日後に会う。

 正式回答を持てたとは、リュウも解釈しなかった。

 

 春麗は目を閉じ、眠りへ落ちる。

 

 そして目を開けた。

 自室の天井。

 春麗会議室は、まだ開かなかった。

 春麗は少しだけ眉を寄せた。

 

「……まだ?」

 

 返事はない。

 

「伝言も残した。電話も受けた。日時と場所も決めた」

 

 静かなまま。

 

「今度は何が足りないのよ」

 

 そこで春麗は気づいた。

 現実行動区間は、まだ終わっていない。

 

 連絡した。

 約束した。

 だが、実際にはまだ会っていない。

 春麗が、自分から呼んだリュウの前へ立つ。

 その場面が残っている。

 

「……会うところまで、一人でやれというのね」

 

 返事はない。

 

「分かったわよ。三日後、行けばいいのでしょう」

 

 誰も答えない。

 

「自分から呼んだリュウに、自分で会いに行けばいいのでしょう!」

 

 静寂。

 春麗は布団を引き上げた。

 

「……会議室へ戻ったら、今度こそ正式に抗議するから」

 


 

 三日後。

 

 午後七時。

 前に食事をした店の前。

 

 リュウが来る。

 春麗が会いたいと伝えたから。

 その事実は、まだ春麗には重い。

 だが、電話をする前の重さとは違った。

 以前は、選ぶことが怖かった。

 今は、自分が選んだことを実際に受け取るのが怖い。

 それでも春麗は、もういつもの場所へ偶然を待ちに行く必要はない。

 リュウが来るかどうか分からないまま、長く待つ必要もない。

 

 二人で決めた。

 

 日時。

 場所。

 約束。

 

 そこへ行けば、リュウがいる。

 主人公補正ではなく、春麗の言葉へ応じてリュウが来る。

 電話はもう鳴り終わった。

 次に必要なのは、受話器を取ることではない。

 

 約束した時間に、約束した場所へ行くこと。

 そして、自分から呼んだ相手の前へ立つことだった。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の断章IFは、本編春麗が自分から送った「会いたい」という言葉に対して、初めてリュウ本人から返事を受け取る話です。

前回までの春麗は、
ケンへ電話する。
リュウに会いたいと伝える。
次に連絡が取れたら、自分へ電話してほしいと頼む。
というところまで、自分の力で進みました。

今回の冒頭で鳴った電話は、その行動の結果です。
ここは、これまでの本編春麗にとってかなり大きな違いがあります。
以前なら、いつもの場所へ行けば偶然リュウがいた。
あるいは、一週間近く捜し回った末に、諦めて夕食へ向かったところで偶然再会できた。
物語の側が二人を同じ場所へ置いてくれる。
いわゆる主人公補正による再会です。

しかし今回は違います。

春麗がケンへ電話した。
春麗が「リュウに会いたい」と伝えた。
ケンがそのままリュウへ届けた。
リュウが春麗へ電話をかけた。

原因と結果が、すべて現実の行動としてつながっています。
だから今回、春麗が受け取ったリュウの声は、
「偶然聞けた声」
ではありません。
春麗自身が呼んだ声です。

そこがタイトルの「自分から呼んだリュウの声を受け取る」に込めた意味になります。
そして、春麗本人にとっては、その事実がかなり重い。
自分で「電話してほしい」と言ったのですから、電話が来るのは当然です。
春麗も、それは理解しています。

それなのに実際に、
「春麗か」
と聞こえた瞬間、用意していた言葉が全部消えてしまう。

この辺りは本編春麗らしいところです。

行動する前には何度も分析する。
何が起きるかも理解する。
自分で決めて実行する。

ところが、実際にその結果が返ってくると精神HPを削られる。
以前は「選ぶこと」そのものが怖かった春麗ですが、今回は一段階進んで、
「自分が選んだものを現実として受け取ること」
が怖くなっています。

これも前進したからこそ発生した新しい負荷です。
また今回、ケンが本当に春麗の言葉をそのまま届けていることも確認されます。
春麗は当然気になります。

自分がどれだけ迷ったのか。
最初の電話では言えなかったこと。
正式回答と電話を混同していたこと。
青い小箱の前でどんな整理をしたのか。

そこまでリュウへ伝わったのではないか。
しかし、ケンが伝えたのは事実だけです。

一度目には伝言を残せなかった。
二度目には、
「リュウに会いたい」
「次に連絡が取れたら、自分へ電話してほしい」
と伝えた。

それだけです。
これは前回までのケンの立場を維持しています。
ケンは中継者です。
春麗とリュウの関係を勝手に定義しません。
春麗の「会いたい」を恋愛的な告白へ変換しません。
春麗の代わりに言葉を足しません。
だからこそ、リュウが今回返す言葉も、ケンが作ったものではありません。

春麗の、
「会いたい」
という言葉に対して、リュウ自身が、
「俺も、春麗に会いたい」
と答えています。
このやり取りは今回かなり重要です。

春麗は前回、
「今日リュウに会いたいこと」と、
「正式回答を持つこと」は別だと整理しました。
今回リュウも、その現在の言葉に現在の言葉だけを返しています。

春麗が会いたい。
リュウも会いたい。
それだけです。

正式回答の続きを求めていません。
「持てるようになったのか」とも聞きません。
ここでリュウが、
「なら答えは決まったんだな」
などと言ってしまえば、春麗が恐れていたことが現実になります。
会いたいと言ったことが、正式回答を受け入れた証明として扱われてしまう。
しかし、リュウはそうしません。

これは後半で、さらに明確な言葉になります。
「会いたいと言ったことを、答えを持てたという意味には取らない」
今回、春麗にとって非常に大きいのは、この確認だと思います。

これまでは春麗自身が、
「会いたいと伝えても正式回答を持ったことにはならない」
と何度も紙へ書いていました。
理屈としては整理できていました。
しかし、それは春麗側だけの整理です。
相手であるリュウがどう受け取るかまでは保証されていませんでした。

今回初めて、リュウ本人から、
その意味には取らない。
と返ってきます。
つまり、
「正式回答をまだ持てないままリュウに会っていい」
という春麗の整理が、二人の間で共有されたことになります。

ここはかなり大きな進展です。
そして面白いのは、リュウ自身は春麗ほど細かく分析していないことです。

春麗なら、
正式回答。
未保持。
九十九点。
今回の連絡。
現在意思。
一部運用。
と細かく分類します。

リュウは、そこまでやりません。
待ってほしいと言われた。
だから待つ。

会いたいと言われた。
だから会う。

この二つを勝手に同じものにしない。
それだけです。
非常に単純です。
しかし、この場面ではその単純さが正解になっています。

春麗が複雑に考えているものを、リュウが雑に扱っているのではありません。
春麗から言われたことを、そのまま別々のものとして守っている。
「待ってほしい」と、
「会いたい」を、
都合よく一つの答えへまとめない。

細かな心理分析はできなくても、相手が引いた境界線を越えない。
それが今回のリュウの誠実さです。

そして、春麗にとってもう一つ非常に重いのが、
「だが、今から戻る」
というリュウの返事です。

リュウはもともと、その街へ戻る予定を決めていませんでした。
春麗が、
「私が会いたいと言ったから?」
と確認すると、
「ああ」
と答えます。

余計な理由がありません。
修行のついででもない。
道場へ挨拶するついででもない。
もともと街を通る予定だったわけでもない。

春麗が会いたいと言った。
リュウも会いたい。
だから戻る。

春麗にとっては、これが非常に重い。

なぜなら今回は、
「偶然リュウが街へ戻ってきたから会う」
ではないからです。

春麗の言葉によって、リュウの行動予定そのものが変わっています。
春麗が呼んだから、リュウが戻る。
これは主人公補正ではありません。

春麗自身が起こした因果です。
だから春麗は、
「少しくらい別の理由も加えなさい」
と抗議します。

何か別の理由があれば、少しだけ逃げられるからです。
春麗に会うためだけではない。
たまたま他の用事もあった。
そのついでだった。

そう思えれば、春麗自身の「会いたい」がリュウを動かしたという重さを減らせます。

しかしリュウは、
「今はない」
「嘘になる」
と答える。

非常にリュウらしい。
そして春麗にとって非常に厳しい。
春麗の言葉によってリュウが戻ってくるという因果関係を、一切ぼかしてくれません。
ただ、今回の春麗は、その事実から逃げません。

後になって紙へ、
『私が会いたいと伝えたため、リュウが戻ってくる』
と書き、
「これは、事実」
として残しています。

ここも今回の大きな成長です。

精神HPは削られる。
恥ずかしい。
できれば何か別の理由がほしい。
それでも、事実そのものは消さない。

以前の春麗なら分類保留や別の理由で逃がしていたかもしれません。
今回は、自分の行動によって起きた結果として保存します。

そして今回、二人は初めて、
「互いに会いたいから」
という理由だけで、事前に日時と場所を決めます。

三日後。
午後七時。
前に一緒に食事をした店の前。

試合ではありません。
任務でもありません。
宿題の回答を受け取るためでもありません。
偶然でもありません。
二人がそれぞれ、
会いたい。
と確認したから会う。

この約束が成立したことは、本編春麗にとってかなり大きな中間地点だと思います。
特に、再会場所として「いつもの場所」を選ばなかったことにも意味があります。

いつもの場所は、これまで二人を何度も偶然会わせてきた場所です。
春麗が最後の主人公補正を期待して行き、リュウが現れなかった場所でもあります。
そこではなく、以前一緒に食事をした店の前を選ぶ。

つまり、格闘や物語上の偶然ではなく、二人の日常側に作られた場所を次の待ち合わせ地点にしています。

これまでの「戦えば会える」関係から、少しずつ「会うために会える」関係へ移動しています。

また、日時を決める部分で春麗の仕事について以前話した内容が実際に役立っているのも重要です。

春麗には仕事があります。
急な捜査が入れば、約束通りに動けない可能性もある。
以前の食事で春麗は、その生活をリュウへ初めて説明しました。
そして、連絡が取れないことや予定を変更することは、拒絶ではない。
という認識を二人で共有しました。

今回、その共有が初めて実際の約束を支えています。
正式回答だけではありません。
以前何気なく話した生活の情報も、次に会うための土台になっています。

二人の関係が「物語上のイベント」だけではなく、少しずつ生活の中へ降りてきている部分です。
そして個人的に今回らしいと思うのが、日時と場所を決める時の春麗です。

三日後。
午後七時。
店の前。

朝の七時ではない。
別の街の七時でもない。
紙に書け。
復唱して。

完全に確認業務になっています。
ようやく「会いたい」と言えた直後なのに、実務へ戻った瞬間ものすごく強い。
そしてリュウに、
「師匠みたいだと思った」
と言われて切れかける。

本編春麗の面倒さと、二人の関係が少し普通になってきたことを同時に出せる場面になっています。

今回の電話は全体としてかなり重要な話ですが、ずっと重い会話だけにせず、こうした二人らしいやり取りを挟んでいます。

春麗とリュウが「正式回答をめぐる二人」であるだけでなく、普通に話せる二人になり始めていることも大切だからです。

そして電話の終盤。
リュウから、
「俺も、三日後を待っている」
と言われ、
春麗も、
「私も、待っている」
と返します。

ここも正式回答とは別です。
未来全部の約束ではありません。
三日後という、非常に近い未来だけです。
ずっと一緒にいると約束したわけではない。
関係に名前を付けたわけでもない。

ただ、三日後に会う。
それを二人とも待っている。
本編春麗にとっては、このくらいの未来ならようやく二人で持てるようになった、とも言えると思います。

そして最後にリュウが、
「伝言をくれて、よかった」
と置いていきます。

これは春麗にかなり刺さります。
春麗はここまで、
電話してよかったのか。
会いたいと言ってよかったのか。
リュウを呼んでよかったのか。
という不安をずっと抱えていました。

その行動に対して、リュウ本人から、
「よかった」
と返ってきた。

正式回答ほど大きな言葉ではありません。
未来への約束でもありません。
でも、春麗が今回勇気を出して行ったことを、リュウが肯定した言葉です。

だからこそ、最後に一番重い。
春麗が、
「電話を切った後に言いなさい」
と抗議するのも当然です。

もちろん、切った後では聞こえません。
今回もリュウは正しい。
正しいから困ります。

その後、春麗は今回の出来事を記録します。
『リュウから電話あり』
『三日後、午後七時』
『前に食事をした店の前』
そして、
『初めて、事前に日時と場所を決めて会う』
ここが今回の到達点です。

さらに、
『会いたいと伝えても、正式回答を持ったことにはならなかった』
『リュウも、その意味には取らなかった』
『正式回答を持てないまま、会う約束はできる』
と確認します。

つまり前回まで春麗が頭の中で作っていた仮説が、今回初めて現実で検証されました。
正式回答を持てなくても会える。
会いたいと言っても、正式回答への返事にはならない。

リュウも、その境界を守ってくれる。
これは、正式回答後の本編春麗にとってかなり大きな安全地帯ができたことになります。
全部を決めなくても、次に会える。
全部を持てなくても、関係を続けられる。
そのことを、春麗だけではなくリュウとの間でも確認できました。

それでも今回、春麗会議室は開きません。
ここで春麗は当然、
「まだ?」
となります。

伝言を送った。
電話も受けた。
日時も場所も決めた。

かなり頑張っています。
それでも開かない。
理由は単純です。
まだ現実行動区間が終わっていないからです。

春麗はリュウを呼びました。
リュウも応じました。
約束もしました。
でも、まだ実際には会っていません。

残っているのは、
「自分から呼んだリュウの前へ、自分で立つ」
ことです。

ここまで来ると春麗会議室が開かない意味も、かなり変わっています。
以前は答えを自分で見つけるため。
その次は、分かっている答えを自分で行動へ変えるため。
今回は、自分が選んだ行動の結果を、最後まで現実で受け取るためです。
春麗会議室も記録板AIも、もう助ける場所がありません。

三日後に、決めた場所へ行く。
それだけです。

けれど春麗にとっては、それが最後に残った大きな一歩です。
今回の最後に、
以前は、選ぶことが怖かった。
今は、自分が選んだことを実際に受け取るのが怖い。
という変化があります。

この違いが、今回の本編春麗の現在地だと思います。
もう偶然を待っているだけの春麗ではありません。

自分で連絡した。
自分で会いたいと言った。
自分で日時と場所を決めた。
次は、その約束の場所へ自分で行く。
主人公補正によってリュウが現れるのではありません。
春麗が呼んだから、リュウが来る。

今回の話は、本編春麗が初めてその因果を自分自身で作り、そしてリュウの声という形で、その結果を受け取った話でした。
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