また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、四日後を普通に持てる

 四日後。

 午後十二時五十二分。

 

 春麗は中央広場へ着いた。

 待ち合わせは午後一時。

 

 八分前。

 前回の四十八分前と比べれば、かなり普通だった。

 

「……これくらいなら、早すぎないわよね」

 

 誰に確認するでもなく呟き、噴水の方を見る。

 そして、すぐに白い道着を見つけた。

 リュウはすでにいた。

 噴水の縁から少し離れた場所に立ち、広場を行き交う人々を眺めている。

 

 春麗は時計を見た。

 十二時五十二分。

 

 もう一度リュウを見る。

 間違いなく本人だった。

 

「リュウ」

 

 呼ぶと、リュウが振り向いた。

 

「春麗」

 

「いつ来たの?」

 

「少し前だ」

 

「少しとは?」

 

「十分くらい前」

 

 春麗は目を細めた。

 

「私より早いじゃない」

 

「ああ」

 

「約束は午後一時よ」

 

「ああ」

 

「どうして十二時四十分台からいるのよ」

 

「遅れないためだ」

 

「……そう」

 

 前回と同じ答えだった。

 春麗はそれ以上追及せず、リュウの道着の内側を指した。

 

「予定は?」

 

 リュウは小さな紙を取り出した。

 

『四日後 午後一時 中央広場・噴水前』

 

 短い鉛筆で書かれている。

 

「ちゃんと持っているのね」

 

「ああ」

 

「なくしていない」

 

「ああ」

 

「濡らしてもいない」

 

「ああ」

 

「洗濯もしていない」

 

「ああ」

 

 そこまで確認してから、春麗は気づいた。

 

「……私も大概ね」

 

「何がだ」

 

「何でもないわ」

 

 リュウは紙をしまった。

 

「それで、今日はどこへ行く」

 

「そこなのよね」

 

 春麗は広場の向こうを見た。

 

 四日前。

 

 食事の席で決めたことは、

 

 午後一時。

 中央広場の噴水前。

 会う。

 

 そこまでだった。

 

 試合はしない。

 宿題の話をする予定もない。

 正式回答について続きを出す予定もない。

 

 街を案内するとは言った。

 昼食も一緒に取るつもりだった。

 だが、それ以上の細かな予定は作っていない。

 

「まず歩きましょう」

 

「どこへ?」

 

「決めていない」

 

 リュウが春麗を見た。

 

「決めていないのか」

 

「何よ」

 

「いや」

 

「言いたいことがあるなら言いなさい」

 

「春麗が、何も決めずに来たのが珍しいと思った」

 

 春麗は一瞬黙った。

 

「……街を案内することは決めている」

 

「ああ」

 

「昼食も食べる」

 

「ああ」

 

「十分でしょう」

 

「ああ」

 

「なら、その顔をやめなさい」

 

「どんな顔だ」

 

「珍しいものを見た顔よ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 春麗は先に歩き始めた。

 数歩進んでから、少しだけ口元が緩んだ。

 自分でも珍しいと思っている。

 何をするか、すべて決めていない。

 それでも今日はリュウに会いに来た。

 そして、もう会えている。

 今のところ、それで何も困っていなかった。

 


 

 最初に向かったのは市場だった。

 

 観光客向けの大通りではない。

 

 春麗が仕事帰りや休日に時々使う、日常の市場。

 

 野菜。

 魚。

 香辛料。

 日用品。

 

 派手なものはほとんどない。

 

「ここは?」

 

「市場よ」

 

「それは見れば分かる」

 

「あなた、この街へ何度も来ているのに、こういう場所は知らないでしょう」

 

「ああ」

 

「でしょうね」

 

 リュウは周囲を見ながら歩いている。

 

 店先に積まれた果物を見る。

 香辛料の匂いに少し顔を向ける。

 屋台から上がる湯気を見る。

 

 春麗は隣を歩きながら、妙な感覚を覚えていた。

 

 リュウと並んで歩いている。

 それだけだった。

 

 試合へ向かっているわけではない。

 何か重大な話をする場所へ行くわけでもない。

 

 捜査でもない。

 宿題でもない。

 ただ、街を歩いている。

 

「どう?」

 

 春麗が聞いた。

 

「人が多い」

 

「感想がそれだけ?」

 

「活気がある」

 

「少し増えたわね」

 

 リュウが通りの先へ目を向けた。

 そこには長い石段があった。

 

 市場の上側にある古い建物へ続く階段。

 かなり急で、段数も多い。

 

 リュウの視線が止まった。

 春麗も止まった。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今、何を考えたの?」

 

「何も」

 

「嘘」

 

「なぜ分かる」

 

「その階段を見ていたでしょう」

 

「ああ」

 

「何を考えたの」

 

「駆け上がれば、いい鍛錬になる」

 

「観光しなさい!」

 

「街を見ている」

 

「鍛錬場所として見ないで!」

 

 リュウはもう一度階段を見た。

 

「段差も一定ではない」

 

「分析しなくていい!」

 

「足運びの練習には――」

 

「聞いていない!」

 

 春麗はリュウの肩を押すようにして歩かせた。

 

「今日は街を案内しているの」

 

「ああ」

 

「修行場所を探す日ではない」

 

「ああ」

 

「分かった?」

 

「ああ」

 

 数歩。

 

 リュウが振り返った。

 

「帰りに通ってもいいか」

 

「一人でやりなさい!」

 


 

 市場を抜けると、少し静かな通りへ入った。

 

 古い店が並んでいる。

 

 春麗は何軒か説明しながら歩いた。

 

 昔からある茶屋。

 地元では有名な菓子店。

 昼になると混む食堂。

 

 リュウは意外なほど素直に聞いていた。

 

 ただし。

 道場の看板を見つけるまでは。

 

 リュウの足が止まった。

 春麗も三歩進んでから止まった。

 

「……リュウ」

 

「道場だ」

 

「見れば分かる」

 

「古い流派らしい」

 

「看板を読まなくていい」

 

「名前を聞いたことがある」

 

「今日は入らないわよ」

 

「まだ何も言っていない」

 

「顔に書いてある」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 リュウは道場の入口を見た。

 

 春麗は腕を組んだ。

 

「あなた、街の名所より道場の方が反応がいいわね」

 

「興味があるからな」

 

「分かっているわよ」

 

 春麗は少しだけ呆れ、それから笑った。

 

「でも今日は、付き合いなさい」

 

「ああ」

 

「道場は?」

 

「入らない」

 

「よし」

 

「師匠みたいだな」

 

「誰のせいよ」

 

 二人はまた歩き出した。

 

 春麗はそこで、ふと気づいた。

 

 こういう会話をするために、何か理由を用意する必要はなかった。

 

 試合の前でも。

 試合の後でも。

 正式回答の途中でもない。

 

 ただ同じ道を歩いていれば、会話は勝手に生まれる。

 

 沈黙になっても、次に何か見つかればまた話せる。

 

 それだけだった。

 


 

 昼食は、市場から少し離れた食堂に入った。

 春麗が何度か利用したことのある店だった。

 

「ここなら、量も多いわ」

 

「そうか」

 

「あなたには重要でしょう」

 

「ああ」

 

 リュウは否定しなかった。

 

 料理を選ぶ。

 

 春麗は一品。

 

 リュウはそれより明らかに多い。

 

「……やはり多いわね」

 

「歩いたからな」

 

「私とほぼ同じ距離でしょう」

 

「ここへ来る前にも動いた」

 

「何をしたの?」

 

「朝、道場で稽古した」

 

「今日くらい休みなさいよ」

 

「休む必要はない」

 

「そうでしょうね」

 

 料理が届いた。

 リュウはいつものように食べ始める。

 春麗も箸を取った。

 前回と同じような光景だった。

 

 だが、違う。

 前回の食事には、偶然の再会を無駄にしたくないという焦りがあった。

 

 せっかく会えた。

 次がいつになるか分からない。

 だから今日のうちに聞かなければならない。

 

 仕事。

 生活。

 連絡方法。

 

 今後につながるものを、できる限り持ち帰る必要があった。

 

 今日は違う。

 四日後という約束を持って、ここへ来た。

 そして今、リュウは目の前にいる。

 今日すべてを聞く必要はない。

 何かを解決する必要もない。

 

 春麗は料理を一口食べた。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日は、正式回答の話をしないわ」

 

「ああ」

 

「確認しないの?」

 

「何を」

 

「本当にいいのか、とか」

 

「春麗が話す時に聞く」

 

「……そう」

 

 リュウは食事を続けた。

 

 春麗も続ける。

 少しして、会話が途切れた。

 以前なら、その沈黙へ意味を探したかもしれない。

 

 何か話さなければ。

 せっかく会っているのだから。

 時間を無駄にしてはいけない。

 しかし今日は、それほど焦らなかった。

 

 リュウは食べている。

 春麗も食べている。

 二人とも、その場から帰ろうとはしていない。

 それだけで沈黙は成立していた。

 

「……ねえ」

 

「何だ」

 

「こういうのでいいのね」

 

「何がだ」

 

「何でもない」

 

 春麗は少しだけ笑った。

 

 食事だけでも楽しい。

 試合がなくても、リュウに会ってよい。

 特別な用件がなくても、同じ時間を過ごせる。

 言葉にして確認する必要はなかった。

 今日一日が、その答えになり始めていた。

 


 

 昼食の後は、少し離れた公園まで歩いた。

 

 広い公園だった。

 

 木陰。

 芝生。

 子供たちの声。

 

 リュウが辺りを見た。

 

「ここも鍛錬に使えそうだな」

 

「使わないで」

 

「まだ何もしていない」

 

「考えたでしょう」

 

「ああ」

 

「正直ね」

 

 春麗はため息をついた。

 

 二人で歩く。

 休日なのに、春麗は仕事抜きで街を歩くこと自体にあまり慣れていなかった。

 

 目的地へ急がない。

 誰かを尾行しているわけでもない。

 周囲を警戒する必要もない。

 

 ただ歩く。

 それだけの時間が、妙に新鮮だった。

 

 少し先で、小さな子供が走っていた。

 手にしていた玩具を落とす。

 気づかず振り返り、そのまま足をもつれさせた。

 

 春麗が動くより早く、リュウが一歩前へ出た。

 

 身体を半身にひねる。

 右足を滑らせるように前へ。

 崩れた子供の身体を片腕で受け止める。

 

 ほとんど音のない動きだった。

 

「大丈夫か」

 

 子供は驚いた顔をした後、頷いた。

 リュウは落ちた玩具を拾って渡す。

 子供は礼を言い、また走っていった。

 

 それだけの出来事だった。

 

 だが。

 春麗は動けなかった。

 

 今の一歩。

 右足の位置。

 重心の移動。

 上半身を捻った角度。

 子供を受け止めた直後。

 左側が一瞬だけ開いた。

 

 もし、あそこへ踏み込めば。

 

 自分なら。

 ――蹴りが届く。

 春麗の目が細くなった。

 

 次の瞬間には、もう別の動きを考えていた。

 

 あの足幅なら前へ出る。

 こちらが先に間合いを切れば、リュウはどう追う。

 

 以前より重心が低い。

 あの町の道場で何か変えたのか。

 

 自分の蹴りを見せたら。

 今のリュウは、どう受ける。

 

「春麗」

 

 呼ばれて、春麗は我に返った。

 

「何?」

 

「どうした」

 

「何でもない」

 

 リュウが春麗を見る。

 

「俺を見ていた」

 

「見ていたわよ」

 

「なぜだ」

 

「子供を受け止めたから」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 リュウはそれ以上聞かなかった。

 また歩き始める。

 春麗も隣へ並んだ。

 

 だが、頭の中から先ほどの動きが消えなかった。

 何度も思い返してしまう。

 

 足。

 腰。

 肩。

 間合い。

 

 自分なら、どこから入る。

 どの蹴りを使う。

 リュウはどう返す。

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 懐かしかった。

 ずっと、忘れていたわけではない。

 ただ後ろへ置いていた。

 

 正式回答。

 宿題。

 青い小箱。

 春麗会議室。

 電話。

 会いたいという言葉。

 再会。

 

 そこまで進む間、格闘家としての問いは後回しになっていた。

 

 だが今。

 リュウの一歩を見ただけで、身体の奥から戻ってきた。

 

 戦いたい。

 春麗は足を止めかけた。

 

 すぐ前を歩いていたリュウも気づき、振り返る。

 

「疲れたか?」

 

「違うわ」

 

「では?」

 

「……何でもない」

 

 春麗は歩き出した。

 


 

 午後の街歩きは、そのまま続いた。

 

 小さな公園。

 古い建物。

 春麗が時々利用する店。

 

 リュウは相変わらず、階段や広い空間を見るたびに鍛錬に使えそうか考えていた。

 春麗はそのたびに止めた。

 

 何度か呆れた。

 何度か笑った。

 そして、楽しかった。

 それが困った。

 

 試合をしていない。

 何も賭けていない。

 正式回答も進めていない。

 

 それでも今日、春麗はリュウと一緒にいて楽しい。

 そこはもう疑えない。

 

 なら。

 さっき浮かんだ気持ちは何なのか。

 

 リュウと普通に過ごせるようになった。

 会いたいと言えるようになった。

 試合を使わなくても会えると、今日も確かめている。

 

 それなのに。

 

 リュウの身体が動いた瞬間。

 春麗は戦いたいと思った。

 

 また試合へ戻ろうとしているのか。

 せっかく会うことと勝負を切り離したのに。

 また試合を理由にしようとしているのか。

 

 違う。

 今日はもう会えている。

 試合なんてしなくても、一緒に昼食を食べた。

 街も歩いた。

 楽しかった。

 

 だったら。

 戦いたいと思う必要はないはずなのに。

 

 それでも、戦いたい。

 

 春麗は自分の手を見た。

 無意識に、指が少しだけ握られていた。

 

「春麗」

 

「何?」

 

「さっきから静かだ」

 

「考え事をしていただけ」

 

「仕事か?」

 

「違う」

 

「正式回答か?」

 

「それも違う」

 

「では何だ」

 

 春麗はリュウを見た。

 

 白い道着。

 赤い鉢巻。

 いつもと同じ男。

 

 何度も戦った相手。

 長い間、戦えていない相手。

 今日、会いたいから会った相手。

 

 そして今。

 もう一度、拳と蹴りを交えたいと思っている相手。

 

「私……」

 

 言いかける。

 リュウは待った。

 

「あなたと――」

 

 そこまで出た。

 試合がしたい。

 続きは、すぐそこにあった。

 だが春麗は口を閉じた。

 

「……何でもない」

 

「そうか」

 

 リュウは追及しなかった。

 春麗はそのまま歩き出す。

 

 会いたい。

 それは本当だった。

 

 今日が楽しい。

 それも本当だった。

 

 そして。

 リュウと戦いたい。

 

 その気持ちまで、どうやら消えてはいなかった。

 

 四日後という小さな未来を普通に持てた春麗の中へ。

 今度は、もっと昔から持っていた別の欲求が戻ってきていた。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の断章IFは、本編春麗とリュウが、初めてと言ってよいくらい「特別な用件なし」で一日を過ごす話です。

前回までの流れで、春麗はかなり大きなところまで進みました。

自分からケンへ電話した。
「リュウに会いたい」と伝えた。
リュウから電話が来た。

二人で日時と場所を決めた。
そして、主人公補正ではなく、自分たちで作った約束によって再会した。

さらに、その食事の席でリュウの方から、
「四日後も会うか」
と次の予定まで提案されました。

今回の春麗は、その四日後を実際に迎えています。
ここで重要なのは、今回の外出には大きな目的がないことです。

試合をする予定はない。
宿題について話す予定もない。
正式回答を進める予定もない。
任務でもない。
ただ会う。
街を歩く。
一緒に昼食を食べる。

それだけです。

以前の春麗なら、この「それだけ」が非常に難しかったと思います。
リュウに会うためには何か理由が必要だった。

試合がしたい。
確認したいことがある。
宿題の答えを聞く。
何か用件があれば、格闘家や捜査官として会えます。
しかし、
「特に用事はないけれど、会いたいから会う」
となると、春麗自身の気持ちが理由になってしまいます。

ここまでの電話編で春麗が苦労していたのも、まさにそこでした。

ところが今回は、午後一時に中央広場へ行けば、普通にリュウがいる。
しかも前回のように四十八分前から待っているわけではありません。

八分前です。
本編春麗としてはかなりの進歩です。
もちろんリュウは、その春麗よりさらに早く来ています。
二人とも待ち合わせに慣れているのか慣れていないのか、微妙なところです。

そして今回、春麗は「何をするか全部決めていない」という状態にも少しずつ慣れ始めています。

市場へ行く。
街を歩く。
昼食を食べる。
公園へ行く。
その程度です。

途中で何を話すかも決めていない。
どこへ寄るかも完全には決めていない。
にもかかわらず、二人の時間は普通に進みます。
これは春麗にとってかなり重要な経験です。

以前なら、
「せっかくリュウに会えたのだから、何か意味のあることをしなければ」
という意識がありました。

次にいつ会えるか分からない。
だから、今日のうちに聞かなければならない。
今日のうちに何かを進めなければならない。
一回の再会へ、かなり多くの意味を背負わせていました。
しかし今回は違います。

次に会える方法を、もう知っています。
必要なら連絡できる。
約束できる。
だから、一回の外出ですべてを解決する必要がない。

この余裕が、今回の春麗にはあります。

昼食中の沈黙も、その象徴です。
二人で食事をしている。
しばらく会話がない。
それでも春麗は、以前ほど焦りません。
何か話題を作らなければ。
正式回答について聞かなければ。
関係を進めなければ。
そうはならない。

リュウが食べている。
春麗も食べている。
二人ともそこにいる。
それだけで時間が成立する。

本編春麗がようやく、「何も進めなくても一緒にいていい」というところまで来ています。
そして、そんな普通の時間の中で今回の次の問題が出てきます。

リュウと戦いたい。
今回ここが一番重要です。
これまでの本編春麗にとって、試合はかなり特殊な役割を持っていました。

リュウへ会うための理由にできる。
自分の好意を、格闘家としての欲求へ隠せる。
勝敗へ関係の進展を預けることもできる。
つまり「試合がしたい」と言えば、「会いたい」と言わなくて済む時期がありました。

だから正式回答編で春麗が試合から離れ、試合を使わずにリュウへ会えるようになったことには大きな意味があります。

今回も、春麗は試合をしなくても普通に楽しめています。

市場を歩いている。
リュウが階段を見て鍛錬場所として分析するので怒る。
道場の看板へ反応するので止める。
一緒に食事をする。
公園を歩く。

それだけで楽しい。

つまり、
「リュウに会いたいから、試合をしたい」
という状態では、もうありません。

会う目的はすでに達成しています。
リュウは目の前にいる。
普通に会話もしている。
食事もできる。
それでも。
リュウが子供を受け止めるために一歩動いた瞬間、春麗の身体が反応します。

右足の位置。
重心移動。
身体の捻り。
一瞬開いた間合い。
自分なら、どこから入る。
どの蹴りが届く。
今のリュウは、以前と何が変わっている。

これは恋愛の思考ではありません。
完全に格闘家としての春麗です。
長い間止められていたものが、リュウのほんの一動作だけで戻ってきた。

ここで春麗は、
「戦いたい」
と思います。

この感情は今回新しく生まれたものではありません。
ずっとあったものです。

ただ、正式回答や宿題、春麗会議室、電話、再会など、二人の関係についての問題が長く続いていたため、後ろへ置かれていました。
だから今回の「戦いたい」は、恋愛感情の代用品ではありません。
むしろ逆です。

春麗がちゃんと、
「会いたいから会う」
を成立させたからこそ、
「それとは別に戦いたい」
という本来の格闘家としての欲求が、独立して見えるようになっています。

ただし春麗本人は、まだそこまで整理できていません。

そこが今回の終盤です。
せっかく試合を使わなくても会えるようになったのに。
ここでまた試合がしたいと思ったら、以前へ戻ってしまうのではないか。
結局、自分はリュウと普通に過ごすより、戦いたいだけなのではないか。

そんな疑問が出てきます。
今回、春麗は試合なしでも十分に楽しんでいます。

リュウと街を歩いて。
一緒に食事をして。
くだらないやり取りをして。
それで楽しいと思っている。
その事実が先にあります。

だから、その後に出てきた「戦いたい」は、「会いたい」を隠すための口実ではない。

会いたいも本当。
楽しいも本当。
戦いたいも本当。
複数の気持ちが同時に存在していい。

本編春麗は、次にそこを理解する必要があります。
また今回、街歩きの内容をあまり恋愛的なものに寄せていません。

リュウは階段を見ると鍛錬場所として考える。
道場の看板へすぐ反応する。
公園を見ても鍛錬できそうだと考える。
昼食では相変わらずよく食べる。
春麗も、休日に仕事抜きで街を歩くこと自体へ少し不慣れです。

いかにも「デートらしいデート」ではありません。
でも、このくらいが今の二人には合っていると思います。
特別なことをしなくても、一緒に歩ける。
それだけでも十分に新しい。
そしてその普通の時間の中から、今度は格闘家としての二人が戻ってくる。

今回のラストで春麗は、
「私……あなたと――」
まで言います。

その続きは、
「試合がしたい」
です。
ですが、まだ言えません。

今回の春麗はすでに、自分の気持ちを現実の行動へ変える経験をしています。
ただ、今度は別の整理が必要です。

会いたいから会う。
戦いたいから戦う。
試合を会うための口実にしない。
会いたい気持ちを、試合の中へ隠さない。

それでも、純粋に戦いたいなら戦っていい。
次に春麗が越えるのは、その境界です。

正式回答はまだ九十九点で、持てないままです。
でも春麗は、四日後という小さな未来を持てました。
そしてその四日後を、普通に楽しむこともできました。
その結果、今度はもっと昔から持っていたものが戻ってきた。

リュウと戦いたい。

今回の話は、本編春麗が「普通に会える」ことを確認する回であると同時に、百話以上止まっていた格闘家としての二人が、ようやく動き始める最初の一歩でもあります。

会いたいから会うことと。
戦いたいから戦うこと。

この二つを別々に持てるようになった時、本編春麗はようやくリュウとの試合へ戻れるのだと思います。
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