また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、会いたいのに戦いたい

 その夜。

 春麗は自宅へ戻ると、玄関の扉を閉めたまま、しばらく動かなかった。

 

 今日一日を思い返す。

 

 午後一時。

 中央広場の噴水前。

 

 リュウは約束通りに来た。

 

 二人で市場を歩いた。

 昼食を食べた。

 公園へ行った。

 どうでもいい話もした。

 

 試合はしていない。

 宿題の話もしていない。

 正式回答も進めていない。

 

 それでも。

 

「……楽しかった」

 

 誰もいない玄関で、春麗は小さく言った。

 もう、そこは疑う必要がなかった。

 リュウと普通に過ごす時間は楽しかった。

 

 試合がなくても。

 用件がなくても。

 何かを解決しなくても。

 

 会いたいから会う。

 それだけで、一日は成立した。

 

 だからこそ。

 春麗には、帰宅してからずっと引っかかっているものがあった。

 

「……なのに」

 

 公園で見た、リュウの一歩。

 転びかけた子供を受け止めた時の動き。

 

 右足。

 重心。

 腰の捻り。

 一瞬だけ開いた間合い。

 

 思い出しただけで、春麗の身体が反応した。

 

 あそこなら入れる。

 自分なら蹴る。

 リュウなら返す。

 その次は。

 

 そこまで考えて、春麗は目を閉じた。

 

「……戦いたい」

 

 今日、最後まで言えなかった言葉が、自宅へ戻った途端に簡単に出た。

 


 

 着替えを終えた春麗は、机の前へ座った。

 手帳を開く。

 今日の日付。

 

『午後一時』

 

『中央広場・噴水前』

 

『リュウ』

 

 終わった予定だった。

 その横へ、小さく書き足す。

 

『街を案内』

 

『昼食』

 

『公園』

 

 少し考えてから、

 

『楽しかった』

 

 と書いた。

 ペン先が止まる。

 その下に、もう一行。

 

『リュウと戦いたい』

 

 春麗は書いた文字を見た。

 

「……並べると」

 

 かなり困る。

 

『楽しかった』

 

『リュウと戦いたい』

 

 まるで、普通に一日を過ごしたことでは足りなかったように見える。

 春麗は眉を寄せた。

 

「違う」

 

 楽しくなかったから、試合をしたいわけではない。

 今日が退屈だったからでもない。

 街を歩くより、戦う方が価値があると思ったわけでもない。

 

 むしろ逆だった。

 今日の時間は、ちゃんと楽しかった。

 

 試合などなくても。

 リュウはリュウだった。

 自分も、格闘家として構えていない春麗のまま、一緒にいられた。

 

 それを確認できた。

 

「なら、どうして……」

 

 ペンを置く。

 

 答えは分かっている。

 リュウの動きを見たから。

 身体が思い出したから。

 戦いたくなった。

 それだけだ。

 

 だが春麗にとって、その「それだけ」をそのまま受け取ることが難しかった。

 


 

 以前の自分にとって、試合は便利だった。

 

 リュウと戦いたい。

 そう言えば、会いに行ける。

 

 リュウに会いたい。

 そこまで言わなくて済む。

 

 格闘家同士なのだから。

 勝負を申し込むのは自然だった。

 戦う理由なら、いくらでも説明できる。

 

 技を試したい。

 成長を確認したい。

 勝ちたい。

 以前の借りを返したい。

 

 そのどれも本当だった。

 

 そして、その本当の中へ別の本当を隠すこともできた。

 

 会いたい。

 顔を見たい。

 声を聞きたい。

 一緒にいたい。

 

 それらを全部、

『試合がしたい』

 の中へ入れてしまえばよかった。

 

 春麗は机へ肘をついた。

 

「……だから、試合を使わないようにしたのよ」

 

 ここまで、かなり苦労した。

 いつもの場所へ行った。

 

 リュウはいなかった。

 電話を待った。

 鳴らなかった。

 春麗会議室も開かなかった。

 ケンへ電話した。

 

 一度目は言えなかった。

 二度目でようやく、

『リュウに会いたい』

 と伝えた。

 

 その結果、リュウから電話が来た。

 

 二人で約束した。

 会った。

 食事をした。

 さらに次の予定も決めた。

 

 そして今日。

 とうとう試合を理由にせず、最初から最後まで一緒に過ごせた。

 

「それなのに……」

 

 春麗は書いた文字を見る。

 

『リュウと戦いたい』

 

 まるで、元の場所へ戻ろうとしているようだった。

 


 

 春麗は立ち上がった。

 考え事をする時、身体まで止めていると余計に思考が詰まる。

 部屋の中央へ少し場所を作る。

 

 軽く構えた。

 青い武道服ではない。

 自宅で着ている服のまま。

 本格的な鍛錬をするつもりもなかった。

 ただ、今日見た動きを思い出す。

 

 リュウが一歩出る。

 右足。

 重心が前へ移る。

 上半身がわずかに捻れる。

 春麗の身体が自然に動いた。

 

 一歩。

 腰を回す。

 途中で止める。

 

「……ここ」

 

 自分の足がある位置を見る。

 

 届く。

 あの瞬間なら、蹴りを入れられる。

 もちろん実際の試合なら、リュウも子供を抱き止めるような動きはしない。

 

 構えも違う。

 意識もこちらへ向いている。

 それでも、あの一歩を見ただけで考えてしまった。

 

 今のリュウと戦ったら。

 どうなる。

 以前と同じなのか。

 違うのか。

 

 自分も変わっている。

 リュウも旅を続けている。

 長い間、拳も蹴りも交えていない。

 

「……確認したい」

 

 口から出た。

 春麗は構えを解いた。

 

「違う」

 

 すぐに否定する。

 

 確認だけではない。

 戦いたい。

 もっと単純だ。

 

 リュウの動きを見たら、自分も動きたくなった。

 拳と蹴りを交えたくなった。

 相手が今、どこまで強くなっているのか。

 自分の蹴りが、今のリュウへどこまで届くのか。

 

 知りたい。

 勝ちたい。

 それは以前からある。

 

 春麗の中から消えたことなどなかった。

 ただ、長い間そこへ進めなかった。

 


 

 春麗は机へ戻った。

 

 新しい紙を一枚出す。

 中央に線を引く。

 

 左側。

『リュウに会いたい』

 

 右側。

『リュウと戦いたい』

 

 二つ並べる。

 

 まず左側を見る。

 これはもう否定できない。

 本人へも伝えた。

 

 今日も、自分から約束した場所へ行った。

 楽しかった。

 次も会いたい。

 そこまでは認められる。

 

 問題は右側だった。

 

「……これを認めたら」

 

 何が起きる。

 次に会う理由を、また試合へ戻すのではないか。

 街を歩くより試合を優先するようになるのではないか。

 せっかく作った「会うために会う」という関係が、また以前の形へ戻ってしまうのではないか。

 

 春麗は右側へ小さく書く。

 

『危険性』

『試合を会うための口実へ戻す可能性』

 

 その下へ。

『会いたいを隠す可能性』

 

 さらに。

『勝敗へ関係を預ける可能性』

 

 書いてから、春麗は腕を組んだ。

 

「……可能性は、ある」

 

 自分のことだから分かる。

 試合になれば、勝ちたくなる。

 勝った後に何かを求めたくなるかもしれない。

 負ければ、それを意味のある敗北として受け取りたくなるかもしれない。

 

 勝負の結果へ、別の意味を載せることに春麗は慣れすぎている。

 

 だから怖い。

 ただ戦いたいだけの気持ちへ、また関係全体を乗せてしまうのではないか。

 正式回答さえ、勝負の中へ持ち込んでしまうのではないか。

 

 春麗は首を振った。

 

「それは、駄目」

 

 正式回答は九十九点。

 それは、百点に届かなかったという意味ではない。

 春麗が、自分で一点を残した。

 

 百点は満点だ。

 その先には、もう上がない。

 

 だから、百点にはしない。

 

 次もあるように。

 次もリュウへ聞けるように。

 次に受け取るものを置く場所が残るように。

 

 九十九点は不足ではない。

 春麗が選んだ点数だった。

 

 そして、それとは別に。

 

 正式回答は、まだ持てない。

 

 評価が足りないからではない。

 答えに不満があるからでもない。

 

 九十九点を付けたその答えを、今の春麗はまだ全部持てない。

 試合をしたから、それが変わるわけではない。

 

 勝ったから百点になるわけでもない。

 負けたから点数が下がるわけでもない。

 

 点数と、持てるかどうか。

 そこは混ぜてはいけない。

 そこまでは分かる。

 

 では。

 正式回答も関係も何も賭けないなら。

 純粋にリュウと戦いたいと思うことは、許されるのか。

 

 春麗のペンが止まった。

 


 

「……許される、という言い方がおかしいわね」

 

 自分の欲求に許可を出すのは自分だ。

 誰かに禁止されているわけではない。

 

 リュウに、

『もう試合をするな』

 と言われたこともない。

 

 むしろ、以前から何度も戦ってきた。

 格闘家なのだから、強い相手と戦いたいと思うこと自体は何もおかしくない。

 相手がリュウだから難しくなる。

 

 春麗は紙へ書く。

 

『他の格闘家なら?』

 

 考える。

 強い相手を見て、戦ってみたいと思う。

 

 普通だ。

『リュウなら?』

 途端に全部がややこしくなる。

 

「……不公平では?」

 

 誰に対する不公平なのかは分からない。

 

 リュウが強い。

 だから戦いたい。

 それだけなら、格闘家として自然なはずだ。

 

 しかしリュウには、会いたいとも思っている。

 その二つが同時にあるから、春麗は疑ってしまう。

 どちらかが、どちらかの偽物なのではないか。

 

 会いたいを戦いたいに偽装しているのか。

 戦いたいだけなのに、会いたいと勘違いしているのか。

 

 春麗は頭を抱えた。

 

「……どうして二つあると、すぐどちらかを偽物にしたくなるのよ」

 

 言ってから、自分で止まった。

 

 二つ。

 同時に。

 その言葉が少しだけ引っかかった。

 


 

 春麗は、今日の時間を順番に思い返した。

 

 噴水前でリュウを見つけた時。

 

 嬉しかった。

 市場を歩いている時。

 楽しかった。

 

 階段を鍛錬場所として見ているリュウへ呆れた時。

 

 少し笑った。

 食事をしている時。

 落ち着いた。

 沈黙があっても、以前ほど怖くなかった。

 

 公園を歩いていた時。

 

 まだ試合のことなど考えていなかった。

 その時点で、すでに楽しかった。

 

 つまり。

「……戦いたいと思う前から」

 

 今日一緒にいたかったことは成立している。

 試合をしたいから今日会ったわけではない。

 そもそも今日の予定を決めた時、試合の話など一つも出ていない。

 

 リュウから、

『四日後も会うか』

 と聞かれた。

 

 春麗は、

『午後一時。中央広場の噴水前』

 と答えた。

 

 それだけだった。

 その約束を楽しみにしていた。

 今日も楽しかった。

 そして、その途中で戦いたくなった。

 

 順序は明確だった。

 

 春麗は紙へ書く。

『今日』

『会いたいから会った』

 

 その下。

『会った後、リュウの動きを見て戦いたくなった』

 春麗はしばらく、その二行を見た。

 

「……なら」

 

 試合は、今日会うための口実ではない。

 少なくとも今回は。

 その事実だけなら証明できる。

 

 しかし。

 

「次は?」

 

 もし次に、

『試合がしたい』

 とリュウへ言ったら。

 

 その瞬間から、また試合が会う理由になるのではないか。

 春麗の表情が曇った。

 まだそこを分けられない。

 


 

 机の端には青い小箱がある。

 

 春麗は手を伸ばさなかった。

 正式回答の問題ではない。

 少なくとも今は、そう思いたかった。

 

 青い小箱の中にある答え。

『面倒でもいい。次も、俺に聞け』

 その一部はすでに使った。

 

 会いたいと伝えた。

 会った。

 次の予定も作った。

 だが今回の「戦いたい」まで、すぐ正式回答へ結びつける必要はない。

 

「……何でも正式回答へ入れるのも違う」

 

 春麗は小箱から視線を外した。

 

 今回の問題は、もっと昔からある。

 

 リュウ。

 強い相手。

 何度も戦った相手。

 勝ちたい相手。

 その男へ好意まで持ってしまったから、試合と感情が絡まった。

 だから今度は、それをほどかなければならない。

 

 春麗は紙の中央に線を引き直した。

 

『会いたい』

『戦いたい』

 

 二つ。

 どちらも消さない。

 

 ただし。

 まだ同じ箱にも入れない。

 

「……分からないものを、無理に一つにしない」

 

 以前よりは、それができるようになった。

 今すぐ答えを決めなくてもいい。

 

 今日のところは。

 会いたかった。

 楽しかった。

 そして戦いたくなった。

 

 三つとも事実として残す。

 


 

 春麗は新しい紙へ、今日の確認を書いた。

 

『確認』

『試合をしなくても、リュウと過ごす時間は楽しかった』

『試合をしなくても、リュウに会いたい』

 

 ここまでは迷わなかった。

 

 次の一行。

 

『それでも、リュウと戦いたい』

 

 ペンが少し止まった。

 それでも書いた。

 

 三行を見る。

 

 否定できない。

 

「……困ったわね」

 

 以前なら、一番下の一行だけで済んだ。

 

 リュウと戦いたい。

 だから会う。

 非常に簡単だった。

 今は違う。

 

 会いたい。

 楽しい。

 戦いたい。

 全部ある。

 

 春麗は椅子の背へ身体を預けた。

 

「増えているじゃない」

 

 整理したはずなのに。

 減るどころか増えている。

 

「正式回答をもらってから、私の中の項目が増え続けている気がするのだけれど」

 

 誰も答えない。

 

 春麗は天井を見た。

 

 春麗会議室。

 今日なら、たぶん接続できる。

 独力現実行動区間は終わった。

 

 前回、一度戻ることもできた。

 今の問題なら、持ち込めるはずだ。

 だが今夜は、まだ接続を試みなかった。

 

 自分で分かるところまでは、自分で見ておきたかった。

 

 分かったことはある。

 今日会った理由は試合ではない。

 試合なしでも楽しかった。

 それでも戦いたいと思った。

 分からないのは、その二つをどう並べればいいのか。

 戦いたいとリュウへ言った時、昔の関係へ戻らずにいられるのか。

 試合をもう一度、会うための口実にしないで済むのか。

 

「……そこね」

 

 春麗は紙を揃えた。

 今回は、何を質問すればいいのか分かっている。

 


 

 眠る前。

 春麗はベッドへ入り、今日最後の確認をした。

 

「私は、リュウに会いたい」

 

 もう言える。

 少なくとも、自分一人の部屋なら迷わない。

 

「今日も楽しかった」

 

 これも言える。

 そして。

 少し間を置く。

 

「私は、リュウと戦いたい」

 

 胸の奥が熱くなった。

 恥ずかしさとは少し違う。

 久しぶりに、格闘家としての自分が前へ出てきた感覚だった。

 

 戦いたい。

 勝ちたい。

 今のリュウと、自分の技をぶつけたい。

 それは確かに自分の中にある。

 

 春麗は目を閉じた。

 

「……会いたいのに」

 

 少し考えて、言い直す。

 

「違うわね」

 

 会いたいのに戦いたい。

 そう言うと、二つが反対の感情に聞こえる。

 だが、本当に反対なのか。

 春麗にはまだ分からない。

 

「会いたい」

 

 それと。

 

「戦いたい」

 

 二つの言葉を、別々に口にした。

 今夜は、まだ並べるだけ。

 

 どちらかを消さない。

 どちらかを口実にもしない。

 その先は、明日考える。

 

 春麗の机の上には、

 

『試合をしなくても、リュウと過ごす時間は楽しかった』

『試合をしなくても、リュウに会いたい』

『それでも、リュウと戦いたい』

 

 三つの事実が残っていた。

 次に春麗が確かめなければならないのは。

 その三つが、同時に本当でもよいのかということだった。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回の断章IFは、本編春麗が「リュウに会いたい」と「リュウと戦いたい」を、初めて別々の感情として並べ始める話です。

前回の四日後の外出で、春麗はかなり重要なことを実体験しました。

試合をしなくても、リュウと一緒にいられる。
宿題の話をしなくてもいい。
正式回答を進めなくてもいい。

特別な用件がなくても、市場を歩いて、昼食を食べて、公園へ行って、それだけで楽しい。

つまり、
「リュウに会うためには試合が必要」
という以前の構造は、すでに崩れています。

春麗は試合を理由にしなくても、
「会いたいから会う」
ことができるようになりました。

今回の冒頭で春麗が、
「……楽しかった」
と素直に認めているのは、その確認です。

ここまでは、かなり大きな成功です。

ところが、その成功の直後に別の問題が出てきます。

リュウと戦いたい。
公園でリュウが子供を受け止めた時の一歩を見ただけで、春麗の身体が反応してしまった。

足の位置。
重心。
腰の捻り。
一瞬開いた間合い。

そこへ自分ならどう入るか。
自分の蹴りなら届くか。
今のリュウならどう返すか。

春麗は考えずにはいられませんでした。
これは、関係について悩んでいる春麗ではありません。

完全に格闘家としての春麗です。
そして本人も、
「確認したい」
では足りないと気づいています。

今のリュウがどこまで強くなったか確認したい。
自分の技がどこまで届くか知りたい。
もちろん、それもあります。

でももっと単純に、
戦いたい。
勝ちたい。
拳と蹴りを交えたい。
その欲求が戻ってきています。

重要なのは、この「戦いたい」が今回突然生まれた感情ではないことです。
むしろ、昔からずっとありました。

本編春麗とリュウの関係は、そもそも格闘家同士として始まっています。
何度も戦った。
勝ちたいと思った。
強くなった相手へ、自分の技をぶつけたいと思った。
それ自体は何も不自然ではありません。

ただ正式回答、宿題、春麗会議室、電話、再会と、二人の関係を整理する問題が長く続いたため、格闘家同士としての欲求が後ろへ置かれていただけです。

そこで今回、ようやくそれが表面へ戻ってきます。
ただし、本編春麗にとっては素直に喜べません。
なぜなら以前の春麗にとって、試合は非常に便利な「口実」でもあったからです。

リュウと会いたい。
でも「会いたい」とは言いたくない。

なら、
「試合がしたい」
と言えばいい。

格闘家同士なのだから不自然ではない。

技を試したい。
勝ちたい。
借りを返したい。
全部、本当の理由です。

だから、その本当の理由の中へ、
会いたい。
顔を見たい。
声を聞きたい。
一緒にいたい。
という別の本音を隠すこともできました。

今回の春麗が怖がっているのは、そこへ戻ることです。

せっかく、
「会いたいから会う」
と言えるようになった。

試合をしなくても一日を楽しく過ごせた。
それなのに、ここでまた、
「リュウと戦いたい」
と言い始めたら、以前へ戻ってしまうのではないか。

その不安があります。

だから今回の春麗は、
『リュウに会いたい』

『リュウと戦いたい』
を紙の左右へ分けています。

ここが今回の中心です。

以前なら一つにまとめていました。
リュウと戦いたい。
だから会う。
それだけで済んだ。

今は違います。

リュウに会いたい。
それだけで会える。
実際に今日も会った。
それとは別に、リュウと戦いたい。

春麗自身はまだ、この二つが同時に本物でよいのか確信できていません。

だから、
「どちらかが、どちらかの偽物なのではないか」
と疑います。

会いたい気持ちを戦いたい気持ちへ偽装しているのではないか。

逆に、本当は戦いたいだけなのに、それを会いたいと勘違いしているのではないか。
ここは本編春麗らしい面倒さです。

二つの気持ちがあると、すぐに片方を偽物として処理しようとしてしまいます。
しかし今回、春麗自身がその癖へ少し気づき始めています。
「どうして二つあると、すぐどちらかを偽物にしたくなるのよ」
この一言はかなり重要です。

まだ答えには到達していません。

でも、
「二つあるなら、どちらかを消さなければならない」
という前提そのものを疑い始めています。

そして今回、春麗は時間順に一日を振り返ることで、一つだけ重要な事実を確認します。
今日の春麗は、
試合をしたいからリュウに会ったわけではない。
そもそも待ち合わせを決めた時点では、試合の話など一つもしていません。

噴水前でリュウを見つけた時、嬉しかった。
市場を歩いている時、楽しかった。
昼食を食べている時、落ち着いた。
その時点では、まだ試合をしたいとは考えていない。

つまり、
「会いたい」
は先に成立しています。

その後で、リュウの動きを見て、
「戦いたい」
が出てきた。

この順番は非常に重要です。

少なくとも今回に限れば、
「戦いたいから会った」
ではありません。
「会いたいから会った」
その上で、
「会っているリュウを見たら戦いたくなった」
です。

ここまでなら、春麗自身にも事実として確認できます。

問題は次です。

もし今度リュウへ、
「試合がしたい」
と申し込んだら。

その瞬間から、また試合が会う理由へ戻ってしまわないか。
今回の春麗は、そこをまだ分けられていません。

だから今回は結論を出していません。
これは意図的です。

電話編の春麗は、「リュウに会いたい」という本音を認めるところから、実際にケンへ伝えるところまでかなり長くかかりました。

今回は同じ規模で悩ませる必要はありません。
すでに春麗は、自分で行動する経験をしています。
ただ、試合には過去から積み重なった意味が多すぎる。

だから一度だけ、
「会いたい」と「戦いたい」をきちんと分けて考える必要があります。
そして今回、正式回答の九十九点についても改めて整理しています。

ここは非常に大事なところです。

春麗が正式回答へ九十九点を付けたのは、
「百点に届かなかった」
からではありません。

百点を付けたくなかったからです。
百点は満点です。
最高点なので、その先がありません。

だから春麗は、自分で一点を残しました。
次もあるように。
次もリュウへ聞けるように。

次に受け取るものを置く場所が残るように。
つまり九十九点は、不足を示す点数ではありません。
春麗が意図的に選んだ点数です。

その答えを今の春麗はまだ全部持てない。
だから今後、試合をしたとしても、

勝ったから百点になる。
負けたから点数が下がる。
ということにはなりません。

そして正式回答を持てるかどうかも、試合の勝敗へ預けるべきではない。

今回、春麗自身が、
「点数と、持てるかどうか。そこは混ぜてはいけない」
と整理しています。

これは、これからリュウとの試合を再開するためにも非常に重要な線引きになります。

以前の春麗は、勝負へ関係の意味を載せすぎていました。
勝った。
負けた。
だから次へ進む。
だから何かを要求する。
だから関係が変わる。
そういう使い方をしてきた。

しかし今後の本編春麗は、そこから離れる必要があります。

試合は試合。
正式回答は正式回答。
会いたいは会いたい。
戦いたいは戦いたい。
それぞれを別々に持つ。

今回の春麗は、その入口にいます。

また、青い小箱へ今回の問題をすぐ入れなかったことにも意味があります。
春麗自身、
「何でも正式回答へ入れるのも違う」
と気づいています。

正式回答は非常に大きな出来事でした。
そのため春麗は、何か起きるたびに正式回答との関係を考えがちです。
しかし今回の「戦いたい」は、もっと昔からあるものです。

リュウが強い。
だから戦いたい。
勝ちたい。
自分の技をぶつけたい。

これは正式回答が生まれるずっと前からあった、格闘家としての春麗自身の欲求です。
その男へ好意まで持ってしまったから、二つが絡まった。
だったら、今度は絡まったものをほどけばいい。

そのため今回、春麗は最終的に、
『試合をしなくても、リュウと過ごす時間は楽しかった』
『試合をしなくても、リュウに会いたい』
『それでも、リュウと戦いたい』
という三つを残しています。

どれも消していません。

ここが今回の到達点です。

春麗自身も言っていますが、以前より項目が増えています。

以前なら、
「リュウと戦いたい」
だけで全部を処理できました。

今は、
会いたい。
楽しい。
戦いたい。
全部ある。

一見すると、面倒さが増えています。
でもこれは後退ではありません。

むしろ、それまで一つの言葉へ押し込んでいた複数の感情を、ようやく別々に認識できるようになった結果です。

今回の最後で春麗は、
「会いたいのに戦いたい」
と言いかけて、
「違うわね」
と自分で訂正します。
「のに」と言ってしまうと、
会いたいことと戦いたいことが反対の感情になります。

しかし本当に反対なのか。
そこを次に確かめる必要があります。

だから最後は、
「会いたい」
それと、
「戦いたい」
と別々に口へ出します。

まだ並べるだけ。
どちらかを消さない。
どちらかを口実にもしない。
今はそれで十分です。

今回の話は、本編春麗が再び格闘家としてリュウと向き合うための準備回です。

ただし、以前と同じ形へ戻るための準備ではありません。
以前は、
戦いたいから会う。
でした。

これから目指すのは、
会いたいから会う。
そして、それとは別に。
戦いたいから戦う。
です。

この二つを独立した本音として持てるようになった時、本編春麗はようやく、長く止まっていたリュウとの試合へ本当の意味で戻れるのだと思います。
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マーベルコミックの世界に転生してしまったスパイディオタクな元男の話。▼悪役(ヴィラン)になってしまった元男の少女がスパイダーマンを追っかけたり、ピーター・パーカーと仲良くなったり、曇ったり、曇らせたり、死にかけたり、殺したり……。▼各実写映画版や原作コミックとは関係のない平行宇宙の話として書いています。▼主にスパイダーマン関係が主軸です。▼※原作未視聴/未読…


総合評価:45882/評価:9.22/完結:151話/更新日時:2026年08月13日(木) 18:00 小説情報

100年に一人の天才と史上最強の弟子(作者:やぶゆー)(原作:史上最強の弟子ケンイチ)

金剛阿含は100年に一人の天才だ。▼勉強、スポーツ、格闘技、何をやらせても栄光を掴むだろう。▼ただちょっと近所が梁山泊なだけ……▼※ケンイチ2発表前から執筆していたため、世界観が異なる場合があります▼現在は毎週月曜夜と金曜夜に固定更新予定です


総合評価:4081/評価:8.32/連載:50話/更新日時:2026年08月17日(月) 21:14 小説情報


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