また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

39 / 69
リュウ視点です。


春麗は、青い武道服で黒衣の影を使う(裏)

 リュウは、朝の修行場で春麗を待っていた。

 

 夜明けの光は、前回よりも明るい。

 

 黒いドレスの春麗と戦った時は、まだ夜の気配が残っていた。

 薄暗い修行場で、黒衣の輪郭だけが浮かび、裾の揺れも、素足の踏み込みも、下ろした髪も、すべてが戦いの一部になっていた。

 

 あの時、リュウは負けた。

 

 敗因は、はっきりしている。

 

 春麗は、戦う前から黒いドレスでの戦いの準備を整えていた。

 

 髪を下ろし、裾を確かめ、足運びを数え、リュウがどこを見るかまで読んでいた。

 リュウは、その準備に気づくのが遅れた。

 

 向かい合った時には、もう春麗は先にいた。

 

 だから、次は違う。

 

 春麗が現れる前から見る。

 

 そう思っていた。

 

 ただし、春麗が黒いドレス姿で来るとは限らない。

 

 青い武道服かもしれない。

 黒いドレスかもしれない。

 あるいは、また別の何かを持ってくるかもしれない。

 

 それでも、リュウの中には黒衣の春麗の姿が強く印象に残っていた。

 

 黒い裾の揺れ。

 そこから一瞬見える素足の踏み込み。

 下ろした髪。

 言葉にしなかったのに、拳に出ていた自分。

 春麗に読まれた一拍。

 

 リュウは、無意識に黒いドレス姿の春麗を待っていた。

 

 待っているつもりはなかった。

 

 春麗がどの姿で来ても、春麗は春麗だ。

 

 そう思っていた。

 

 だが、身体の奥では、あの黒いドレスの春麗を警戒していた。

 

 春麗は、戦う前から始めてくる。

 

 なら、黒いドレスで来るなら、その気配ごと見る。

 青い武道服で来るなら、その青を見る。

 そう考えていたはずだった。

 

 だが、待ち方そのものに、もう偏りがあった。

 

 春麗が現れた。

 

 青い武道服だった。

 

 リュウは見た。

 

 黒いドレスではない。

 

 その瞬間、胸の奥でわずかな空白が生まれた。

 

 自分が何を待っていたのか、そこで気づいた。

 

 黒だ。

 

 黒いドレスの春麗を、どこかで待っていた。

 

 春麗は、その一拍を見逃さなかった。

 

 青い武道服の袖が、朝の光の中で揺れる。

 黒いドレスの重さはない。

 下ろした髪もない。

 素足の踏み込みを見せる裾もない。

 

 だが、春麗の目は変わらなかった。

 

 こちらを見ている。

 待ち方まで読んでいる。

 

 春麗が言った。

 

 「今日は黒いドレスじゃないわ」

 

 リュウは黙った。

 

 春麗は少し間を置く。

 

 「黒いドレスの私を待っていたの?」

 

 言葉が、すぐには出なかった。

 

 図星だった。

 

 リュウは、短く答える。

 

 「どの姿でも、お前は春麗だ」

 

 それは本心だった。

 

 青い武道服でも。

 黒いドレスでも。

 どちらでも、春麗は春麗だ。

 

 だが、拳はまだ完全には戻っていなかった。

 

 言葉は戻った。

 目も逸らしていない。

 けれど、構えの奥に残った一拍の遅れは消えていない。

 

 春麗は笑った。

 

 「なら、この青い武道服の私の速さに置いていかれないことね」

 

 次の瞬間、春麗が入ってきた。

 

 速い。

 

 黒いドレスの春麗とは違う。

 

 黒なら、見せる。

 間を作る。

 視線を絡める。

 裾の揺れや足の見え方で、こちらの呼吸を一拍ずらしてくる。

 

 だが、青い武道服の春麗はもう入っている。

 

 蹴りが来る。

 

 リュウは受ける。

 

 重い。

 

 いや、重いというより、速い。

 

 戻りが軽い。

 次の踏み込みが早い。

 蹴りのあとに、もう掌底が来ている。

 

 リュウの拳が遅れる。

 

 黒いドレス姿を待った。

 

 その一拍で、青い武道服の春麗に先へ行かれた。

 

 春麗の足が土を蹴る。

 青い武道服の袖が風を切る。

 蹴りが腕に入る。

 戻る。

 すぐに角度が変わる。

 

 リュウは受ける。

 

 だが、受けている。

 

 返せていない。

 

 黒いドレスを想定していた意識が、青い武道服の純粋な速度に追いついていない。

 

 春麗はそれを知っている。

 

 黒いドレスで勝った直後だからこそ、青い武道服で来た。

 

 リュウが黒いドレスの春麗を待つことまで読んでいた。

 

 そのことを、拳で突きつけてくる。

 

 リュウは奥歯を噛んだ。

 

 このままでは、置いていかれる。

 

 黒いドレスの春麗ではない。

 

 今、目の前にいるのは青い武道服の春麗だ。

 

 速度。

 蹴り。

 戻り。

 踏み込み。

 真正面からの技術。

 

 それを見る。

 

 黒いドレス姿の影を振り払うように、リュウは呼吸を整えた。

 

 春麗の蹴りを追わない。

 

 速さそのものを追えば遅れる。

 

 戻りを見る。

 踏み込みの先ではなく、次に戻る場所へ拳を置く。

 

 春麗の足が動く。

 

 リュウは蹴りの軌道ではなく、戻る先へ拳を置いた。

 

 拳が春麗の腕に触れる。

 

 春麗の動きが、ほんのわずかに止まる。

 

 初めて、合った。

 

 春麗の目が細くなる。

 

 リュウはさらに踏み込む。

 

 青い武道服の春麗を見る。

 

 黒いドレスの春麗ではない。

 裾の揺れでもない。

 素足の踏み込みでもない。

 

 今、目の前にいる春麗の速度を見る。

 

 春麗の肩口に拳が入った。

 

 浅い。

 

 だが、届いた。

 

 春麗の呼吸が変わる。

 

 リュウは手首を取りにいく。

 

 春麗はすぐに抜いた。

 

 速い。

 

 だが、最初よりも見えている。

 

 中盤、流れは戻り始めていた。

 

 春麗の蹴り。

 リュウの拳。

 春麗の横移動。

 リュウの踏み込み。

 掌底。

 受け。

 戻り。

 拳。

 

 互角に近づいている。

 

 それでも、序盤の遅れは残っていた。

 

 最初に春麗が作った一拍。

 

 黒いドレス姿の春麗を待ったことで奪われた一拍。

 

 それが、まだリュウの拳を届く寸前で鈍らせている。

 

 春麗はそこを手放さない。

 

 戻ると見せて、戻らない。

 踏み込むと見せて、横へ抜ける。

 青い武道服の軽さで、拳の外へ出る。

 

 だが、その動きの中に、どこか黒いドレスの気配があった。

 

 リュウは違和感を覚える。

 

 春麗は、ただ青い武道服で来たのではない。

 

 青い武道服での速度で来ている。

 だが、黒いドレスで得た何かを持ってきている。

 

 見られている自分の扱い。

 

 黒いドレスの時、春麗は見られることまで間合いにした。

 リュウがどこを見るか。

 何を待つか。

 何に反応するか。

 

 それを読んだ。

 

 今も同じだ。

 

 青い武道服でも、春麗は見られている自分を使っている。

 

 リュウが黒を待ったこと。

 青の速度へ意識を戻そうとしていること。

 戻りを見始めたこと。

 次にどこへ拳を置くか。

 

 そこまで読んで、春麗は動いている。

 

 リュウは気づいた。

 

 春麗は黒いドレスを捨てて青い武道服で来たのではない。

 

 黒いドレスで勝った直後だからこそ、青い武道服で来た。

 

 自分が黒いドレス姿の春麗を待つことを読んでいた。

 

 つまり、春麗は黒いドレスを着ていないのに、黒いドレスを戦場に置いていた。

 

 黒衣は、着ていなくても残っていた。

 

 リュウがそれを待った時点で、春麗に先を取られていた。

 

 リュウの呼吸が変わる。

 

 気づいたなら、ここからだ。

 

 黒いドレスの影を振り切る。

 

 そして、青い武道服の春麗を見る。

 

 同時に、春麗が青い武道服で来た意味も見る。

 

 リュウは踏み込んだ。

 

 春麗の蹴りを受けるのではなく、そこへ拳を置く。

 

 春麗の戻りを読む。

 

 春麗が戻ると見せる。

 

 だが、戻らない。

 

 リュウは一瞬遅れる。

 

 黒いドレス戦で春麗が使った「見られている自分」の扱い。

 それを青い武道服の足運びに混ぜている。

 

 リュウはさらに深く見る。

 

 春麗の足だけではない。

 肩を見る。

 腰を見る。

 呼吸を見る。

 そして、自分が何を待っているかも見る。

 

 拳が届き始める。

 

 春麗の肩に入る。

 腕に触れる。

 手首を取りにいく。

 春麗が逃げる先へ半歩入る。

 

 春麗の呼吸が乱れた。

 

 勝ち筋が見えた。

 

 あと少し。

 

 黒いドレスの影を振り切り、青い武道服の春麗に追いつき、春麗の狙いごと見た。

 

 ここで詰め切れば、届く。

 

 リュウは踏み込む。

 

 春麗の速度はまだ速い。

 だが、見えないほどではない。

 

 青い武道服の戻りも見えている。

 蹴りの軌道も見えている。

 黒いドレスの春麗を待っていた遅れも修正した。

 春麗が黒衣の影を使っていたことにも気づいた。

 

 だが、遅い。

 

 序盤の一拍が、まだ残っている。

 

 リュウは最後に拳を置いた。

 

 春麗の戻り先へ。

 

 ここへ戻る。

 

 そう読んだ。

 

 春麗は、戻ると見せた。

 

 リュウの拳がそこへ向かう。

 

 だが、春麗は戻らなかった。

 

 青い武道服の袖が風を切る。

 

 足が土を噛む。

 

 黒いドレスではない。

 裾で誘ったわけでもない。

 素足の踏み込みを見せたわけでもない。

 

 だが、黒いドレスで得た読みが、そこにあった。

 

 見られている戻りを捨てる。

 

 春麗は、リュウが見た場所を外した。

 

 拳が半拍遅れた。

 

 その半拍で、春麗の蹴りが先に入った。

 

 胸に衝撃が走る。

 

 リュウの身体が止まる。

 

 拳は、あと少しのところで届かなかった。

 

 片膝が土につく。

 

 負けた。

 

 リュウは息を整えようとした。

 

 胸が重い。

 肩も痛い。

 腕にも春麗の蹴りの感触が残っている。

 

 終盤、巻き返した。

 

 青い武道服の春麗に対応した。

 黒いドレスの影にも気づいた。

 春麗の狙いも見えた。

 

 ほとんど届いた。

 

 だが、届かなかった。

 

 春麗は、序盤に奪った一拍を最後まで残していた。

 

 リュウが黒いドレス姿の春麗を待った一拍。

 

 そこから始まった遅れが、最後まで消えなかった。

 

 春麗が近づく。

 

 リュウは顔を上げた。

 

 青い武道服の春麗が、朝の光の中で立っている。

 

 黒いドレスではない。

 

 だが、確かに黒衣の影をまとっていた。

 

 春麗が言う。

 

 「黒いドレスの私を待っていた分、少し遅れたわね、リュウ」

 

 リュウは否定できなかった。

 

 待っていた。

 

 黒を。

 

 前回の敗北を持ち帰ったつもりだった。

 

 黒衣は戦う前から始まっていると知った。

 春麗が現れる前から見なければならないと思った。

 

 だが、今回はその待ち方を読まれた。

 

 黒衣を待っている時点で、すでに春麗の中にいた。

 

 春麗は続ける。

 

「今日は青い武道服の私だったのに」

 

 リュウの拳に力が入る。

 

 悔しい。

 

 だが、正しい。

 

 さらに春麗は言った。

 

 「どの私が来るかを読むところから、もう戦いは始まっているのよ」

 

 その言葉は、前回の敗北よりも深く刺さった。

 

 前回、リュウは黒衣が戦う前から始まっていると知った。

 

 だが、それだけでは足りなかった。

 

 黒いドレス姿の春麗待つことも、青をい武道服姿の春麗待つことも、すでに春麗に読まれる。

 

 春麗との戦いは、姿が見えた時に始まるのではない。

 

 春麗がどの姿で来るかを待つ、その待ち方から始まっている。

 

 リュウは、片膝をついたまま息を吐く。

 

 次は、黒衣を待つのでも、青い武道服での春麗を待つのでもない。

 

 春麗が何を選んでも、その選んだ意味ごと見なければならない。

 

 青い武道服なら、なぜ青い武道服なのか。

 黒いドレスなら、なぜ黒いドレスなのか。

 来なかった姿があるなら、その影まで。

 

 春麗は、ただ姿を変えるのではない。

 

 姿を選んだ時点で、もう一手置いている。

 

 リュウは拳を握った。

 

 次は、その一手から見る。

 

 春麗が現れる前から。

 

 いや、待っている自分の中に何があるのかから。

 

 春麗は青い武道服で立っている。

 

 だが、今日リュウを遅らせたのは青い武道服の速さだけではなかった。

 

 黒衣の影だった。

 

 そして、その影を使った春麗自身だった。

 

 リュウは、悔しさを拳の中へ沈める。

 

 次は、春麗の姿だけを見るのではない。

 

 春麗がその姿で来た意味ごと、見る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。