また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
数日後の夕方。
春麗は仕事を終え、自宅へ戻ったところで電話の呼び出し音を聞いた。鞄を置くより先に受話器を取る。
「はい」
「春麗か」
聞き慣れた声だった。
「……リュウ」
「ああ」
「今、どこにいるの?」
「街の外れの道場だ」
春麗は時計を見る。
「まだこの街にいるのね」
「ああ」
「稽古の手伝いは?」
「今日で終わった」
「では、また旅へ?」
「明日の朝には出るつもりだ」
春麗の手が、受話器を少しだけ強く握った。
以前なら、ここで一つのことを考えただろう。
行ってしまう。次にいつ会えるか分からない。何か理由を作って、今日のうちに会わなければ。
試合でも、確認でも、何でもいい。
しかし、今は違う。
「そう」
春麗は短く答えた。
リュウが明日この街を出ても、次が消えるわけではない。連絡する方法があり、会いたければ会いたいと伝えればいい。
今日会わなければ、二度と会えないわけではない。
そこはもう知っている。
「春麗」
「何?」
「今夜、時間はあるか」
春麗は少しだけ目を見開いた。
「あるけれど」
「会うか」
以前なら、それだけでかなりの精神を持っていかれただろう。
今も多少は削れる。
だが、答えるまでに二度電話をかけるほどではない。
「ええ。会いましょう」
「分かった」
「中央広場?」
「ああ」
「午後七時」
「ああ」
「紙は?」
「ある」
「書いて」
「ああ」
少し間を置いてから、春麗はため息をついた。
「……私、本当にこの確認を続ける必要があるのかしら」
「春麗が言うから書いている」
「あなたが以前、紙を持っていなかったからでしょう」
「今は持っている」
「それもそうね」
春麗は少し笑った。
「では、午後七時。中央広場の噴水前」
「ああ」
「今度は八分前くらいに行くわ」
「分かった」
「あなたは十分前からいなくていいのよ」
「遅れないためだ」
「もう好きにしなさい」
午後六時五十分。
春麗が中央広場へ着くと、リュウはすでに噴水の前にいた。
「……十分前」
時計を見る。
予定通りすぎる。
リュウも春麗に気づいた。
「春麗」
「こんばんは」
「ああ」
「本当に十分前なのね」
「何がだ」
「何でもない」
前回までなら、会えたという事実だけで心の大部分を使っていただろう。
今日は違う。
春麗には、言うことがある。
春麗会議室から戻った夜、自分の紙へ四つの言葉を書いた。
『会いたいから会う』
『戦いたいから戦う』
『どちらかを、もう一方の口実にしない』
『勝敗に、関係全体の答えを預けない』
最初の一つは、もう実行できている。
今日もそうだ。
リュウから会うかと聞かれ、春麗は会いたかったから来た。試合の予定などなくても、今こうしてリュウの前に立っている。
なら、次は二つ目だ。
「少し歩くか」
リュウが聞いた。
「ええ」
二人は広場を出た。
しばらくは普通に歩いた。
前回、春麗が案内した通りとは違う道だった。仕事帰りの人々や買い物を終えた家族が行き交い、店先から料理の匂いが漂っている。
ふと、リュウが道の先にある石段を見た。
春麗もその視線に気づく。
「今日は登ってもいいわよ」
「いいのか」
「あなた、明日からまた旅でしょう」
「ああ」
「もう観光案内中ではないから」
「では後で行く」
「本当に行くのね」
「ああ」
春麗は呆れた。
だが、その横顔を見た瞬間、また身体の奥からあの感覚が戻ってくる。
階段を見ただけで、足の置き方を考えている。わずかに前へ傾いた重心。
今、横から入ったら──。
そこまで考えて、春麗は思考を止めた。
いや、止める必要もない。
これは、もう整理した。
戦いたい。
その気持ちを、なかったことにする必要はない。
「リュウ」
「何だ」
「少し、話があるの」
リュウが足を止め、春麗もそれに合わせる。
「ここでいいのか」
「ええ」
人の流れから少し外れた通りの端。
春麗は一度、息を整えた。
電話をかけた時ほどではない。ケンへ伝言を頼んだ時ほどでもない。
それでも本人へ言うとなれば、少しだけ重い。
なぜなら今回は、便利な言葉へ逃げないと決めているからだ。
「リュウ」
「ああ」
「私は──」
春麗はまっすぐリュウを見る。
「あなたと試合がしたい」
言えた。
思っていたより、ずっと簡単に。
胸の奥が熱くなる。久しぶりに口にした言葉だった。
だが、リュウはすぐには答えなかった。
じっと春麗を見ている。
「何よ」
「一つ聞いていいか」
「何?」
「それは会うためか?」
春麗の動きが止まった。
一瞬、その意味を確かめる。
「……どういう意味?」
「俺と試合をするなら、俺に会う理由ができる」
春麗は何も言わなかった。
「前は、そういうところがあった」
核心だった。
春麗が最も気にしていたところを、リュウも覚えていた。
試合を申し込めば会える。試合があれば、会いたいと言わなくて済む。
だからリュウは確認している。
「今回も、会うためか?」
春麗はゆっくり息を吐いた。
「違う」
迷わなかった。
「今回は違うわ」
リュウは何も言わず、続きを待った。
「会うだけなら、もう試合を理由にしなくても会える。今日だってそうでしょう」
「ああ」
「あなたから会うかと聞かれて、私は会いたかったから来た。試合をする予定なんて決めていなかった。それでも私は来た」
「ああ」
ここまでは、もう事実だ。
そして次は、自分の気持ちをそのまま言えばいい。
「私は、あなたに会いたい」
言った。
以前なら、この一言を口にするだけで整理か必要だった。
今でも少し恥ずかしい。
けれど、もう言える。
リュウの表情は大きく変わらない。ただ、春麗の言葉を聞いている。
「それとは別に、あなたと戦いたいの」
胸の奥が、今度は別の意味で熱くなった。
会いたい。
戦いたい。
同じ相手へ、同じ春麗が抱いている二つの気持ち。
どちらかが偽物なのではない。
「私はあなたに会いたい。でも、それを試合の理由にはしない」
「ああ」
「あなたと戦いたい。でも、それを会いたいの代わりにも使わない」
自分の口から言葉にしてみると、思っていた以上にはっきりした。
今まで一つにまとめていたものを、別々にリュウへ渡している。
「会いたいから会う。戦いたいから戦う」
春麗は少しだけ息を吸った。
「今回は、そうしたいの」
リュウは少しの間、春麗を見ていた。
春麗も黙って待つ。
正式回答の時とは違う。
採点するつもりもない。
これは宿題ではない。
ただの試合の申し込みだ。
今までの春麗にとって、ただではなかったものを。
ようやく、ただの試合へ戻そうとしている。
「分かった」
リュウが言った。
春麗の肩から少しだけ力が抜ける。
「それで?」
「俺も戦いたい」
春麗は目を細めた。
「……本当に?」
「ああ」
「私が申し込んだから、付き合うという意味ではなく?」
「ああ」
「あなたも?」
「ああ」
「私と?」
「ああ」
「戦いたい?」
「ああ」
春麗は小さく息を吐いた。
「……そう」
「何だ」
「確認しただけ」
「何度も聞いた」
「大事なところなのよ。そこで全部『ああ』だけで返すのはどうなの」
「本当だからな」
「……そういうところよ」
だが、嫌ではなかった。
リュウも自分と戦いたい。
今は、それだけで十分だった。
「いつにする」
リュウが聞いた。
春麗は反射的に答えかけて、止まった。
「待って」
「何だ」
「今日は、そこまで決めない」
リュウが少し首を傾げる。
「なぜだ」
「まだ決めることがあるから。日程と場所とルール。それから……試合の後のこと」
「試合の後?」
「ええ」
春麗は、紙へ最後に書いた一行を思い出す。
『勝敗に、関係全体の答えを預けない』
そのためにも、試合の前に決めておきたいことがある。
だが、それは今ここで勢いのまま決める話ではない。
「それは、次に決める」
リュウは少し考えたあと、頷いた。
「分かった」
「今日は、試合をすることだけ決める。まだ正式な日程は未定」
「ああ」
「明日、街を出るのでしょう?」
「ああ」
「なら、次に連絡を取った時に決めましょう」
「ああ」
そこで春麗は、自分でも少し驚いた。
次に連絡を取る。
その言葉を、ごく普通に使っている。
以前なら、リュウが街を出れば次が分からなくなるから、今ここで全部を決めなければならないと思っていただろう。
今は違う。
今日、日程を決めなくてもいい。
また連絡できる。
自分たちで次を作れる。
「……便利ね」
「何がだ」
「連絡できるというのは」
「そうか」
「あなたには分からないでしょうね」
「分からない」
「でしょうね」
二人は再び歩き始めた。
春麗の足取りは、来た時より少し軽かった。
試合を申し込み、リュウが受けた。
まだ日程は決まっていない。勝敗も分からない。
正式回答も変わっていない。
九十九点。
未保持。
そこへ今回の試合を結びつけるつもりもない。
それでも、リュウと戦うことが決まった。
その事実だけで、春麗の中に長く止まっていたものが動き始めている。
「リュウ」
「何だ」
「一つだけ確認」
「ああ」
「今回の試合、正式回答とは関係ないから」
「ああ」
「勝ったから私が何か答えを出すわけでもないし、負けたから出さないわけでもない」
「ああ」
春麗は少しだけ声を強くした。
「あなたも、試合で何か確認しようとしないで」
「何を」
「私が正式回答を持てるようになったか、とか」
「しない」
即答だった。
「本当に?」
「ああ」
「なぜ?」
「春麗が、まだ持てないと言っている」
「……ええ」
「なら、試合とは別だ」
春麗は少しだけ黙った。
会いたいと戦いたい。
自分の中で分けるために、何日も考えた。
どうやらリュウは、試合と正式回答を最初から普通に別のものとして扱っているらしい。
「……あなた、時々本当に簡単に分けるわね」
「別の話だからな」
「私が何日考えたと思っているのよ」
「分からない」
「もういいわ」
広場へ戻った頃には、空はかなり暗くなっていた。
明日の朝、リュウはまた旅へ出る。
以前なら、この別れは重かった。
次が分からない。
いつ会えるか分からない。
いつ戻ってくるかも分からない。
しかし今は違う。
次に連絡を取ることができる。試合の日程を決めるという用件もある。
ただし、それだけではない。
もし試合の話がなくても。
春麗は会いたければ、また会いたいと言える。
それを今日、本人へも伝えた。
「では、また連絡を取りましょう」
「ああ」
「試合の日程を決めるために」
「ああ」
春麗は少し間を置いた。
「それ以外でも」
リュウが春麗を見る。
「何よ」
「いや」
「何か言いなさい」
「分かった」
「……そこは少しくらい何か言ってもいいでしょう」
リュウは少し考えてから言った。
「会いたくなったら、連絡すればいい」
春麗は一瞬黙った。
以前にも聞いた言葉。
けれど今は、あの時ほど重くない。
「ええ」
春麗は答えた。
「そうするわ」
その夜。
春麗は自宅へ戻ると、机の上に紙を一枚置いた。
『確認』
その下へ書いていく。
『リュウへ試合を申し込んだ』
『リュウ・受諾』
少しペンを止めたあと、さらに続けた。
『試合を申し込む前に、「会いたい」を隠さなかった』
『私はリュウに会いたい』
『それとは別に、リュウと戦いたい』
春麗は、その二行を見つめた。
言えた。
本人へ。
どちらも。
試合を申し込むために「会いたい」を消す必要はなかった。
「……できたのね」
小さく呟いて、もう一つ書き加える。
『今回の試合は、正式回答とは別』
リュウから受け取った宿題への正式回答をまだ全部持てないことも変わらない。
試合をしても。
勝っても、負けても。
そこは別だ。
「試合は」
春麗はペンを置いた。
「試合として、やればいいのよね」
久しぶりに、それが言えた。
青い小箱は、机の端にある。
春麗は今日は開かなかった。
正式回答を確認する必要はない。今回の試合は、その答えを持てるかどうかを試すためのものではない。
新しい紙を一番上へ置く。
『会いたいから会う』
『戦いたいから戦う』
その下へ。
『本人へ伝達済み』
少し考えて、もう一行。
『双方確認済み』
春麗は口元を少しだけ緩めた。
長い間、リュウとの試合はいろいろなものを背負いすぎていた。
会うための理由。
関係を進めるきっかけ。
勝者として何かを求めるための権利。
そして、自分の気持ちを隠す場所。
今回は違う。
春麗はもう、試合をしなくてもリュウへ会える。
会いたいとも言える。
その上で。
格闘家として、リュウと戦いたい。
だから申し込んだ。
そしてリュウも、戦いたいと答えた。
それだけで、試合をする理由としては十分だった。
まだ日時も、場所も、ルールも決まっていない。試合の後をどうするかも、これからだ。
次に決めることはいくつも残っている。
だが。
百話以上止まっていた本編春麗とリュウの試合は、この夜ようやく。
「会うための口実」ではない形で。
再開することが決まった。
Q:今回の断章IFについて解説して
A:
今回の断章IFは、本編春麗がようやくリュウへ、
「あなたと試合がしたい」
と直接申し込む話です。
ただし、今回重要なのは「試合を申し込めた」という事実だけではありません。
もっと重要なのは、
「リュウに会いたい」
と
「リュウと戦いたい」
を別々の本音として本人へ渡した上で、試合を申し込めたことです。
ここまでの本編春麗にとって、試合は非常に便利なものでした。
リュウに会いたい。
でも、それをそのまま言うのは難しい。
そんな時でも、
「試合がしたい」
なら言える。
格闘家同士なのだから、理由として何も不自然ではありません。
しかも本当に戦いたい。
勝ちたい。
強くなったリュウへ自分の技をぶつけたい。
だから嘘でもない。
その本当の中へ、
会いたい。
顔を見たい。
声を聞きたい。
という別の本当を隠すことができました。
しかし、それでは試合そのものと春麗の好意がずっと絡んだままになります。
そこで正式回答後の一連の話では、まず試合を使わずリュウへ会えるところまで進めました。
ケンへ電話する。
「リュウに会いたい」と伝える。
リュウから電話が来る。
日時と場所を決める。
実際に会う。
一緒に食事をする。
次の予定を作る。
さらに四日後には、試合も宿題も正式回答も関係なく、二人で街を歩いて昼食を取る。
そこまでやったことで、春麗はようやく、
「リュウに会うために試合は必要ない」
と実体験で理解できました。
だから今回、リュウへ試合を申し込む意味が以前とは違います。
会いたいから試合をするのではありません。
もう会えています。
今回の冒頭でも、リュウから、
「今夜、時間はあるか」
「会うか」
と聞かれ、春麗は普通に、
「会いましょう」
と答えています。
試合の話が出る前から、二人は会う約束を成立させています。
ここがかなり重要です。
その状態で春麗が、
「次は、あなたと試合がしたい」
と言う。
つまり今回の試合は、リュウへ会うための入場券ではありません。
すでに会える相手へ、
「それとは別に戦いたい」
と申し込んでいます。
そして、ここでリュウが、
「会うためか?」
と確認しています。
これは今回かなり大事な問いです。
リュウも、以前の春麗が試合を会う理由として使っていたことを覚えています。
だから、単純に、
「いいぞ、戦おう」
とは答えない。
今回も昔と同じ意味なのか。
試合がないと自分へ会えないと思っているのか。
そこだけは確認する。
その問いに対して春麗は、今回は迷わず、
「違う」
と言えます。
そして、
「会うだけなら、もう試合を理由にしなくても会える」
と本人へ言っています。
ここまで言えるようになったことが、正式回答後の長い流れの成果だと思います。
さらに春麗は、
「私は、あなたに会いたい」
と改めて本人へ伝えます。
この言葉も非常に重要です。
以前なら「試合がしたい」の中へ隠していたものを、先に外へ出しています。
私はあなたに会いたい。
これはこれ。
その上で、
「それとは別に、あなたと戦いたいの」
と続ける。
つまり今回は、
会いたいから会う。
戦いたいから戦う。
という前話で春麗会議室と整理したルールを、初めてリュウ本人との現実の会話で実行しています。
会議室で理解しただけではありません。
紙へ書いただけでもありません。
本人の前で言えた。
ここが今回の突破点です。
そして春麗は、さらに、
「会いたい」を試合の理由にはしない。
「戦いたい」を会いたいの代わりにも使わない。
と伝えています。
これは本編春麗にとって、かなり大きな変化です。
以前なら複数の感情を一つへまとめることで、自分を守っていました。
今は、
会いたい。
戦いたい。
両方ある。
なら両方そのまま伝える。
どちらかを偽物にしない。
どちらかをもう一方の口実にも使わない。
というところまで来ています。
その春麗に対して、リュウも、
「俺も戦いたい」
と返します。
ここも単純ですが重要です。
リュウが試合を受ける理由も、春麗との関係を確認するためではありません。
春麗が戦いたい。
リュウも戦いたい。
だから戦う。
本来、格闘家同士の試合ならそれで十分です。
長い間、この二人の試合にはいろいろな意味が乗りすぎていました。
勝敗。
好意。
次に会う理由。
勝者として何を求めるか。
関係が進むかどうか。
正式回答。
そういったものを全部降ろして、
「お互い戦いたいから戦う」
ところへようやく戻り始めています。
ただし今回、試合の日程までは決めていません。
これは意図的です。
春麗は、
「今日は、試合をすることだけ決める」
としています。
次に決めるのは、
日時。
場所。
ルール。
そして、
試合後のこと。
ここが次の段階になります。
今回、春麗会議室で新しく作ったもう一つのルールとして、
「勝敗に、関係全体の答えを預けない」
があります。
これを本当に実行するためには、試合が始まる前に、
「勝っても負けても、その後がある」
状態を作っておく必要があります。
そこは次回以降の重要なところです。
以前なら、
勝ったから何かを要求する。
負けたから何かが遠ざかる。
試合の結果によって次の関係が決まる。
そういう構造になりやすかった。
しかし今後の試合は、そこから離す必要があります。
試合の前から次がある。
勝っても負けても、その後も会う。
そうして初めて、
「関係の判定試合」
ではなく、
「すでに関係を続けている二人が、その関係の中で行う試合」
になります。
今回、その準備として正式回答についてもリュウへ確認しています。
春麗は、
「今回の試合は正式回答とは関係ない」
とはっきり伝えています。
勝ったから何か答えを出すわけではない。
負けたから答えを出さないわけでもない。
そしてリュウにも、
春麗が正式回答を持てるようになったかを、試合で確認しないよう求めています。
リュウの返事は単純です。
春麗が、
「まだ持てない」
と言っている。
だから試合とは別。
この辺りは、春麗が何日もかけて分類したものをリュウが簡単に分けてしまう、いつもの二人らしいところでもあります。
今回、リュウが翌朝には街を出ると聞いても、春麗が以前ほど焦っていないことも小さな変化です。
以前なら、
今会わなければ次がない。
今のうちに何か決めなければ。
という焦りがありました。
今回は違います。
試合の日程を今日全部決めなくてもいい。
また連絡できる。
春麗自身、
「連絡できるというのは便利ね」
と実感しています。
この一言はかなり地味ですが、本編春麗にとっては重要です。
主人公補正による奇跡を待たなくていい。
一回の再会へすべてを詰め込まなくてもいい。
次が必要なら、自分たちで作ればいい。
この土台ができたから、試合の申し込みさえ急いで関係上の結論へつなげる必要がなくなっています。
そして今回の最後。
春麗は自宅で、
『リュウへ試合を申し込んだ』
『リュウ・受諾』
と記録します。
さらに、
『試合を申し込む前に、「会いたい」を隠さなかった』
と書いています。
今回の一番大きな到達点はここです。
試合を申し込めたことではありません。
本編春麗なら、試合を申し込むこと自体は昔からできます。
難しかったのは、
「会いたい」を隠さずに、その上で試合を申し込むことです。
以前なら、
戦いたいから会う。
現在は、
会いたいから会う。
それとは別に、
戦いたいから戦う。
この形へ変わりました。
そしてリュウも、
会いたいなら会う。
戦いたいなら戦う。
その二つを別々に受け取っています。
正式回答はまだ持てない。
関係に名前も付いていない。
好意を正式に告白したわけでもない。
それでも、春麗とリュウは普通に会えるようになった。
その上で、格闘家同士としてもう一度戦うことまで決められた。
今回の話は、百話以上止まっていた二人の試合が再び動き出す回です。
ただし、昔と同じ場所へ戻ったのではありません。
二人の関係が進んだからこそ、
試合を余計な意味から解放して、
純粋に、
「あなたと戦いたい」
と言えるところまで戻ってきた。
その意味で今回の再戦決定は、単なる原点回帰ではなく。
一度遠回りした本編春麗が、以前とは違う形で格闘家としての原点を取り戻した回になっています。