また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
第1話ギリギリ敗北ルートの修行編後日談より先の未来時空のエピソードです。
記録板AIは、外部検証領域に新しい未来ログを表示した。
『ディレクターズカットIF』
『第1話ギリギリ敗北ルート後日談』
『リュウ側修行編』
『黒い戦闘服第五戦』
『現在/春麗五連勝中』
『以下、観測を開始します』
五度目ともなると、修行場へ入った春麗を見ても、リュウはもう驚かなかった。
白い道着姿のまま、黒と金の戦闘服を着た春麗を見る。
顔。
長く下ろした髪。
衣装。
そして、もう一度目を見る。
春麗には分かった。
ちゃんと見ている。
以前のように、戦闘に必要な情報だけを拾って、それ以外を意識から外そうとはしていない。
格闘家として。
女として。
好きな相手として。
全部分かったまま、春麗の前に立っている。
「今日は最初からちゃんと見てるわね」
「見ている」
「あら。ずいぶん余裕じゃない」
「まだ戦っていない」
春麗は少し笑った。
「前にも似たこと言ったわね」
「そうだな」
「本当に、そういうところだけは律儀よね」
言いながら、春麗はリュウへ近づいた。
以前なら、この距離まで入ればわずかに呼吸が変わった。
今日は変わらない。
少なくとも、春麗が拾えるほどには。
「……へえ」
「何だ」
「何でもないわ」
春麗は満足していた。
前回、自分から言った。
もっと見て。
もっと慣れて。
女としての自分も、好きな女としての自分も、全部見たまま遅れないところまで来てほしい。
どうやらリュウは、本当にそこへ近づいてきたらしい。
「始めましょうか」
「来い」
最初の拳で、春麗は少し驚いた。
速い。
顔の横を抜けた拳には、前回までの迷いがほとんどない。
春麗はかわし、そのまましゃがみ低蹴打を放つ。
リュウが受ける。
その場を離れない。
受けた体勢から両手を引き、ほとんど間を置かず気を収束させた。
「波動拳!」
「っ!」
近い。
春麗は咄嗟に両腕を上げた。
青い気が至近距離からぶつかる。
受け止めても、衝撃までは消せない。
一歩、二歩と押し戻された。
「……いいわね」
「前よりはな」
「本当に」
春麗は一度距離を取った。
口元が自然に上がる。
「それでいいのよ」
嬉しかった。
自分が負けやすくなった。
その事実を、本心から喜んでいる。
もう、そのことを不思議には思わない。
これが欲しかったのだ。
春麗を見ないことで安定するリュウではない。
春麗に慣れすぎて、何も感じなくなるリュウでもない。
ちゃんと見る。
女として。
好きな相手として。
そのうえで拳を出す。
そして、その拳が速い。
「じゃあ」
春麗は構え直した。
「今日は、もう少し難しくしてあげる」
「望むところだ」
「少しくらい嫌そうな顔しなさいよ」
返事の代わりに、リュウが踏み込んできた。
「ちょっと!」
拳を受け流し、そのまま追突拳。
かわされる。
黒い裾が揺れ、長い髪が遅れて流れた。
リュウは見る。
だが、追わない。
髪の向こうにある肩。
腰。
重心。
次に何が来るか。
そこまで見ている。
(そこまでできるようになったのね)
春麗が上段蹴を放つ。
受けられる。
すぐに次の拳が返ってきた。
「っ」
肩へ入る。
春麗は一歩下がった。
「痛いわね」
「試合だからな」
「そうよ」
春麗は嬉しそうに笑った。
「それでいいの」
もう一度、踏み込んだ。
春麗は、これまで効いていたものを一つずつ試した。
視線。
近距離。
名前を呼ぶ。
あえて一瞬何もしない。
判断が増えたところへ入る。
長い髪が流れた直後に、別の方向から攻める。
以前なら、それだけでわずかな差を取れたが今日はほとんど取れない。
「リュウ」
「何だ」
目を合わせる。
そのまま拳が来た。
「……っ」
春麗は首を傾けるようにかわす。
次は至近距離。
逃げない。
「近いわよ?」
「分かっている」
拳が出る。
春麗が受ける。
「本当に平気になってきたわね」
「慣れてきた」
「私が女なのも、好きな女なのも、この格好をしてるのも?」
「全部分かっている」
「それでも、拳は鈍らない?」
「鈍らない」
直後、本当に拳が来た。
「だから、本当に殴らなくてもいいでしょう!」
「試合中だ」
「知ってるわよ!」
腕で受ける。
押される。
思った以上に重い。
でも、笑ってしまう。
これでいい。
本当に。
「……いいわね」
「何がだ」
「あなたよ」
春麗は距離を取りながら答えた。
「かなり良くなったわ」
「まだ勝っていない」
「嬉しくないの?」
「春麗に勝ってから喜ぶ」
「そう」
春麗の目が細くなる。
「じゃあ、もう一つ」
リュウが踏み込む。
春麗も距離を詰めた。
目を見る。
「好きよ」
「知っている」
遅れない。
拳が来る。
春麗がかわした。
「……そこも平気なの?」
「俺も好きだ」
直後。
リュウのハイキックが来た。
「っ!?」
春麗は慌てて腕を上げた。
重い。
数歩押し戻される。
「あなたね……!」
「何だ」
「今それ返す!?」
「春麗が言った」
「だからって、蹴りながら返さなくてもいいでしょう!」
「試合中だ」
「さっきからそればっかり!」
春麗の顔は少し赤い。
でも、ものすごく嬉しい。
好きだと言われた。
それで自分は少し乱れた。
なのにリュウは乱れなかった。
(……本当に)
春麗は構え直す。
(良くなってる)
ここまで来ると、黒い戦闘服も、長い髪も、視線も、言葉も、以前ほど簡単には差にならない。
春麗は、それを惜しいとは思わなかった。
逆だった。
「そう」
小さく笑う。
「それでいいのよ、リュウ」
「このまま続けるぞ」
「なら、もっと慣れなさい!」
一歩入る。
中段蹴をリュウが受ける。
リュウの返しの正拳。
春麗がしゃがんで躱す。
そのまま低蹴打を放つが躱される。
攻防は、前回とは明らかに違っていた。
春麗だけが試合を動かしているわけではない。
リュウも普通に取り返してくる。
少しでも甘く入れば、殴られるのは春麗の方だ。
身体が痛い。
呼吸も上がっていく。
それでも春麗の顔から笑みは消えなかった。
中盤を越えた頃。
春麗は、一つの結論へ達していた。
(今日は、前までみたいには取れない)
正確には、何も効いていないわけではない。
リュウは春麗を見ている。
女として。
好きな相手として。
そこを意識していることも分かる。
ただ、その認識から戦闘へ戻るまでの時間が、ほとんどなくなっている。
以前なら春麗が拾えた微細な差が、今は残らない。
視線を入れる。
リュウが見る。
拳は変わらない。
声をかける。
聞いている。
それでも踏み込みは遅れない。
長い髪が流れる。
見ている。
それでも判断は鈍らない。
(かなり……)
春麗は嬉しかった。
(来たわね)
これが、自分が望んだものだ。
黒い戦闘服を着た春麗を。
女としても。
好きな女としても。
格闘家としても。
全部見たまま拳を出す。
それが、ほとんどできている。
リュウの鳩尾砕きが脇腹へ来た。
「っ!」
受けきれず浅く入る。
春麗が下がった。
痛い。
「……やるじゃない」
「まだ終わっていない」
「私、連勝止められるかも」
「止める」
即答だった。
春麗の胸の奥に、別の熱が刺さる。
悔しい。
負けたくない。
五連勝。
いつもの武道服で一勝。
黒い戦闘服で四勝。
その数字が、今日で途切れるかもしれない。
嫌だ。
できるなら、もう一度リュウを膝へ乗せたい。
悔しそうな顔も見たい。
敗者の印も残したい。
その甘さを、もう春麗はよく知っている。
それでも。
「……いいわ」
「何がだ」
春麗は構えた。
「止められるなら、止めてみなさい」
笑う。
「こっちは、止められるつもりないけど」
リュウも構え直した。
春麗は、自分でも少し安心した。
勝者酔いしている。
勝ちたい。
まだ勝ち続けたい。
でも、そのためにリュウの成長を邪魔したいとは少しも思わない。
なら、これでいい。
強くなったリュウを。
今度は自分が止めればいい。
終盤。
もう余裕はなかった。
前回とは違う。
春麗の呼吸も荒い。
脚には疲労がたまり、肩も脇腹も痛む。
リュウも同じだった。
互いに、あと一つ。
大きな攻撃が入れば決まる。
そんなところまで来ていた。
春麗は少しだけ懐かしいと思った。
最初の頃。
何度も、こんな試合をした。
あと一歩。
あと一撃。
その差でリュウに負けた。
今。
またそこまで戻ってきた。
(……悪くないわね)
いや。
かなりいい。
リュウが強くなったから、また紙一重になった。
春麗は、それが楽しかった。
リュウが距離を取る。
両手を構える。
腰が落ちる。
春麗には分かる。
来る。
「波動拳!」
青い気が真っ直ぐ飛んでくる。
春麗の身体が動いた。
跳ぶ。
昔。
この先にあるものを知ってしまったせいで、跳べなくなった。
波動拳を見る。
その向こうに昇龍拳が見える。
空から撃ち落とされた記憶。
身体が勝手に止まった。
でも。
今は止まらない。
春麗は波動拳を越える。
空中。
リュウが下にいる。
目が合った。
(来る)
春麗には分かっていた。
それでいい。
来なさい。
今のリュウなら、きっと。
春麗を全部見たまま。
拳を鈍らせずに。
「昇龍――」
リュウの身体が沈む。
拳が上がる。
速い。
春麗の記憶に残っている、あの拳。
でも。
そこで。
「……?」
春麗の目がわずかに開いた。
おかしい。
他の拳とは違う。
リュウは春麗を見ている。
空中の黒い春麗。
女。
好きな相手。
格闘家。
全部。
それ自体は、さっきまでと同じだった。
なのに昇龍拳だけ。
ほんのわずかに。
最後の踏み込みが遅い。
拳が上がる、その瞬間だけ。
何かが残っている。
(……今)
春麗には、それで十分だった。
身体をひねる。
軸を外す。
昇龍拳が完全な中心を外れた。
「っ……!」
衝撃は来る。
痛い。
それでも、撃ち落とされない。
春麗は着地した。
リュウも昇龍拳から戻る。
ほんのわずかな差。
その間に、春麗はもう入っている。
「そこ!」
踏み込む。
腰を落とし、全身の力を右拳へ乗せる。
開脚突拳。
春麗の拳が、リュウの胸へ深く入った。
「っ……!」
リュウの身体が大きく揺れる。
一歩。
もう一歩。
それでも踏みとどまろうとする。
だが。
もう、残っていなかった。
片膝が床へ落ちる。
春麗も、その場から動けない。
「……っ、は……」
肩で息をする。
脚も痛い。
肩も。
脇腹も。
昇龍拳が浅く触れた場所も、ずきずきと熱を持っている。
それでも。
立っているのは春麗だった。
リュウは片膝をついている。
春麗は一度、大きく息を吸った。
「……私の」
呼吸を整える。
「私の勝ちね」
「……最後を取られたな」
悔しそうな声だった。
いつもの甘さが、春麗の胸へ入ってくる。
これで、この姿で五勝目。
合わせて六連勝。
本来なら、もっと浮かれてよかった。
でも、春麗の視線は、リュウの右拳へ向いていた。
「……」
「春麗?」
「今の」
「何だ」
春麗はすぐには答えなかった。
今日のリュウは、ほとんど完璧だった。
拳も蹴りも波動拳も。
春麗を見た。
女として。
好きな女として。
格闘家として。
それでも遅れなかった。
なのに。
「あの昇龍拳」
リュウの表情が、ほんの少しだけ変わった。
春麗は、それを見逃さなかった。
まず、リュウの状態を確認する。
大丈夫。
それを確かめてから、春麗は床へ座った。
身体はかなり痛い。
今日は前回のような余裕などない。
それでも、自分の膝を軽く叩く。
「リュウ」
それだけで意味は伝わった。
リュウは悔しそうな顔のまま、何も聞かず春麗の隣へ来る。
「今日はずいぶん素直ね」
「勝った日は、いつもこうだろう」
「そうね」
春麗は少しだけ勝ち誇るように笑った。
「それに今日は六連勝目よ」
「そこまで増えたか」
「当然、数えてるわよ」
「これ以上は増やさない」
「なら、止めてみなさい」
リュウの頭を支え、自分の膝へ乗せる。
もう何度も知っている重さ。
勝った日に繰り返してきた距離。
今日はその重さを感じても、すぐに甘い気分へ沈みきれなかった。
嬉しい。
もちろん嬉しい。
前回より、ずっと強くなったリュウに勝った。
しかも、ほとんど黒を越えかけたリュウに。
これはまさに、自分が欲しがっていた勝利だ。
実際、かなり気持ちいい。
それでも。
それ以上に引っかかっているものがある。
春麗はリュウの額へ、いつもの敗者の印を残した。
「今日も、私の勝ち」
「分かっている」
「この姿で五勝目」
「増えたな」
「前よりずっと強かったわ」
「それでも負けた」
「そう。でも、ほとんど遅れなかった」
春麗は指を折るように思い返す。
「視線も、言葉も、距離も。私が好きだって言っても」
「拳を出した」
春麗の眉が寄る。
「そこ、もう少し申し訳なさそうに言いなさいよ」
「試合だった」
「分かってるわよ」
少しだけ笑う。
でも、すぐに視線が右手へ戻った。
春麗はリュウの右拳を取る。
今日、何度も鈍らずに届いてきた拳。
そして最後。
昇龍拳を放った拳。
春麗はそこにも敗者の印を残した。
ただし、その指をすぐには離さない。
「……今の」
「何だ」
「やっぱり変」
リュウが春麗を見る。
春麗は右拳を見たまま続けた。
「今日のあなた、ほとんど全部もう鈍ってなかったでしょう」
「そうだな」
「普通の拳も、蹴りも、波動拳も。私を見ても、女として意識しても、好きな女だって分かっていても、ちゃんと勝ちに来てた」
「そのつもりだった」
春麗はそこでリュウを見る。
「そう。それでいいのよ」
これは本心だった。
本当に嬉しい。
「だから、余計に分からない」
「何がだ」
「昇龍拳だけ」
リュウが黙った。
「最後、遅れたわよね」
「……少しな」
「ほんの少し。でも、私には十分だった」
「そこを取られた」
「ええ」
前回までなら、春麗は理由を一つに決めただろう。
女として見たから。
好きな相手だから。
だから拳が鈍った。
でも今日は違う。
他は、ほとんど越えていた。
なのに、あの拳だけ。
「……今の」
春麗はゆっくり口を開いた。
「私を女として見たから、だけじゃないわね」
リュウの目が、ほんの少し変わった。
答えはすぐには返ってこなかった。
春麗も急かさない。
代わりに、自分の中へ古い記憶が戻ってくる。
波動拳。
跳んだ自分。
昇龍拳。
空から撃ち落とされた、あの一撃。
その後、自分は長い間止まった。
そして、そのことをリュウも知っている。
「……」
春麗は握っていた右拳へ、少しだけ力を込めた。
まだ答えは出さない。
でも、今までとは問題が違う。
そのことだけは分かった。
「次は」
「何だ」
「もう少し、ここを見ましょう」
春麗はリュウの右拳を軽く持ち上げる。
「ここ?」
「ええ」
少しだけ勝者の笑みを戻した。
「今日、私が勝てた最後の穴」
リュウの目が鋭くなる。
「次はなくす」
「そうして」
春麗は本心から嬉しそうに言った。
「本当に、次はなくして」
「分かった」
「それで――」
勝者酔いも、ちゃんとまだ残っている。
春麗の口元が甘く上がった。
「そこまで来たあなたにも、私は勝つわ」
「そうはさせない」
春麗は小さく笑った。
「楽しみにしてる」
リュウの右拳を握ったまま、もう一度静かに考える。
どうして。
昇龍拳だけ。
遅れたのか。
答えはまだ、言葉になっていなかった。
記録板AIは、そこでログを停止した。
『検証ログ終了』
『黒い戦闘服第五戦』
『結果/春麗勝利』
『現在/合計六連勝』
『以上、保存完了』
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回のエピソードは、黒い戦闘服での第五戦。
ここまで春麗がかなり気持ちよく連勝してきましたが、今回は一度その流れを大きく変える回になっています。
第四戦では、春麗が黒い戦い方をかなり使いこなせるようになり、リュウのほんのわずかな反応の遅れを積み重ねることで、初めて明確に余裕を残して勝ちました。
視線、髪、衣装、距離、声。
そして、女性としての春麗、好きな相手としての春麗。
リュウはそれらを全部見ながら戦わなければならない。
一つ一つは本当に小さな負荷ですが、春麗ほどの格闘家なら、その小さな遅れを攻撃機会へ変えられる。
かなりリュウに相性の悪い戦い方が完成し始めたわけです。
ところが第五戦。
リュウも当然、そのままではありませんでした。
今回は最初から春麗をちゃんと見ています。
以前のように「女性としての春麗を必要以上に見ないことで拳を安定させる」という逃げ方もしない。
黒い戦闘服も見る。
長い髪も見る。
女性としても見る。
好きな相手としても見る。
そのうえで、格闘家である春麗へ普通に拳を出す。
しかも、かなり速い。
ここで春麗が、
「そう。それでいいのよ」
と本心から喜んでいるのが、今回かなり大切なところです。
春麗にとっては、自分の黒い戦い方が効かなくなるということは、自分が勝ちにくくなるということでもあります。
実際、前回は余裕を残して勝てたのに、今回はまた紙一重の試合へ戻っています。
それでも春麗は嬉しい。
むしろ、それを望んでいた。
前回まで描いてきた「黒の勝者酔い」との付き合い方が、ここで一つ確認されています。
春麗は勝ちたい。
連勝も続けたい。
勝ったリュウを膝へ乗せるのもかなり好きになっている。
でも、そのためにリュウへ未完成のままでいてほしいわけではない。
自分への対策を覚えてほしい。
もっと強くなってほしい。
そのうえで勝ちたい。
今回は、そこがかなり分かりやすく出た試合だったと思います。
特に、
「好きよ」
と言った春麗へ、
「俺も好きだ」
と返しながら普通に攻撃してくるリュウ。
春麗の方が一瞬動揺している。
この場面は、リュウの成長を少し分かりやすくするために入れています。
以前なら春麗の言葉でリュウが遅れていた。
今回は、その言葉を受け止めても戦闘判断が鈍らない。
むしろ春麗の方が返答を食らっています。
ここまで来ると、黒い戦い方そのものについては、リュウがかなり答えに近づいています。
その結果、春麗自身も途中で、
「今日は前までみたいには効いてない」
と理解します。
ここで春麗が惜しがるのではなく喜んでいることで、現在の修行が「春麗が勝ち続けるためのもの」ではないことも確認できたと思います。
そして今回一番重要なのは終盤です。
通常の拳。
蹴り。
波動拳。
そこまでは、ほとんど鈍らなくなった。
春麗を女性として見ても。
好きな女性だと分かっていても。
黒い姿を全部見ても。
リュウは勝ちに来られる。
ところが。
波動拳を越えて春麗が飛んだ瞬間。
昇龍拳だけが違った。
ここで今回の問題が一段深くなります。
今まで春麗は、リュウの拳が鈍る理由を、
「自分を女性として見ているから」
「好きな相手だから」
という方向で考えていました。
でも、それだけなら通常の拳も同じはずです。
今回は、そこをリュウ自身がほとんど克服しています。
それなのに昇龍拳だけほんの少し遅れた。
だから試合後の春麗も、いつものように単純に勝者酔いへ入るだけではありません。
もちろん勝ったことは嬉しい。
黒い戦闘服で五連勝。
通常の武道服まで含めれば六連勝。
前回より強くなったリュウに、それでも勝った。
これは春麗にとってかなり気持ちのいい勝利です。
でも、それ以上に。
格闘家としての目が動き始める。
「……今の」
「私を女として見たから、だけじゃないわね」
ここで初めて、春麗が問題の正体へ近づき始めます。
前話の追想回では、春麗自身が過去を振り返りました。
かつて自分は、リュウの昇龍拳によって空から撃ち落とされた。
その記憶が身体に残り、波動拳の向こうに昇龍拳を感じるだけで止まるようになった。
その時はリュウ本人が春麗の修行に付き合ってくれた。
そして現在は逆に、春麗を見たリュウの拳が止まる。
だから、
「今度は私が付き合う番」
と春麗は理解しました。
今回、その過去がもう一段違う意味を持ち始めています。
春麗があの昇龍拳を覚えているのは当然です。
でも、あの一撃を打ったリュウも、同じ出来事を覚えている。
しかも、当時の対戦相手だった春麗は、今では好きな女性です。
その春麗がかつて撃ち落とした時と同じように波動拳を越えて空から入ってくる。
そこへ、もう一度完全な昇龍拳を入れる。
リュウ自身にも、まだ言葉になっていない何かが残っている。
今回はそこまでを春麗に断定させず、
「昇龍拳だけおかしい」
という発見で止めています。
ここから問題は、
「女性だから拳を鈍らせる」
という比較的分かりやすいものから、
「かつて春麗を止めてしまったあの拳を、今の春麗へもう一度完全に入れられるか」
という、二人の過去そのものへ深く入っていきます。
そして面白いのは。
昔は昇龍拳を見るだけで止まっていた春麗の方が、今では自分から空へ飛び込んでいることです。
春麗はもう止まらない。
だから次はリュウの拳の方が止まらなくなる必要がある。
リュウ修行編の本当の核心が、今回ようやく見え始めました。
黒い戦い方への適応は、かなり進んだ。
でも最後に残っていたのは。
黒い戦闘服でも女性としての春麗でも恋愛感情そのものでもなく。
二人が一緒に抱えてきた、あの昇龍拳だった。
今回の第五戦は、黒い戦い方そのものを攻略しかけたリュウが、もっと古いところに残っていた最後の問題を露出させる回になっています。
そして春麗にとっても。
連勝を楽しみながら。
強くなったリュウを本気で喜び。
そのリュウの最後の穴を見つけた。
ここからは、黒い勝者としてさらに美味しい時間を過ごしながら。
かつて自分が克服させてもらった拳を。
今度は春麗の方から、リュウに完成させてもらうことになります。