また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
第1話ギリギリ敗北ルートの修行編後日談より先の未来時空のエピソードです。
記録板AIは、外部検証領域に新しい未来ログを表示した。
『ディレクターズカットIF』
『第1話ギリギリ敗北ルート後日談』
『黒い戦闘服第五戦後』
『確認事項/通常攻撃・蹴撃・波動拳の反応遅延は実戦上ほぼ消失』
『ただし/昇龍拳のみ微小な遅延を確認』
『以下、観測を開始します』
その夜。
黒い戦闘服を脱いだあとも、春麗はなかなか眠る気になれなかった。
身体は疲れている。
肩も脇腹も痛い。浅く触れた昇龍拳の感覚も、まだ身体に残っている。
それなのに、頭だけが妙に冴えていた。
今日の試合を、最初から思い返す。
リュウはよかった。
本当に。
黒い戦闘服を見ても止まらなかった。
長く下ろした髪も、春麗の顔も見ていた。
近づいても拳は出た。
名前を呼んでも遅れなかった。
好きだと言えば、
「俺も好きだ」
と返したうえで蹴ってきた。
「……あれは、ちょっと腹立つけど」
春麗はベッドの端へ座ったまま、小さく呟いた。
でも、正解だった。
あれこそ、自分が求めていたものだ。
春麗を女として見る。
好きな女だと分かっている。
格闘家としても見る。
その全部を消さない。
そのうえで、戦闘判断を鈍らせない。
今日のリュウは、通常の攻防ならほとんどそこまで来ていた。
だから春麗も苦しかった。
前回のような余裕勝ちではない。
ほんの一撃。
ほんの半歩。
また、昔のような紙一重まで押し戻された。
それが嬉しかった。
もちろん、連勝が止まるかもしれないと思えば嫌だった。
できればまだ勝ちたい。
黒い戦闘服で勝って。
悔しそうなリュウを膝へ乗せて。
敗者の印を残す。
その甘さを、春麗はもうよく知っている。
それでも。
リュウが強くなったことを惜しいとは、一度も思わなかった。
「そこは……大丈夫」
自分へ確認するように呟く。
「ちゃんと嬉しかった」
なら、引っかかっているのは別のことだ。
春麗は目を閉じた。
終盤。
リュウが波動拳を撃った。
春麗は跳んだ。
その下で、リュウの身体が沈む。
昇龍拳。
あそこだけ違った。
拳そのものが遅かったわけではない。
技を忘れたわけでもない。
踏み込みも鋭かった。
それなのに。
最後、空中の春麗を捉える寸前だけ、ほんのわずかな迷いが生まれた。
春麗はその差へ入り、勝った。
「……どうして?」
答えを一つずつ消していく。
私が女だから?
違う。
それなら普通の拳も鈍る。
好きな相手だから?
それも違う。
今日のリュウは、春麗が好きだと分かったまま普通に攻撃してきた。
黒い戦闘服だから?
それなら波動拳も同じはずだ。
髪、視線、言葉、距離。
もう、そのどれも決定的な問題にはなっていない。
なのに昇龍拳だけ。
「……」
春麗の中に、古い光景が浮かんだ。
青い気。
波動拳。
それを越えて跳んだ自分。
そして、下から突き上がってきた拳。
昇龍拳。
空中で完全に撃ち落とされた。
そこから歯車がおかしくなった。
次の修行の日。
波動拳を見る。
その向こうに、昇龍拳が見える。
跳べない。
脚が出ない。
頭では前へ行こうとしているのに、身体だけが拒んだ。
「あの時……」
春麗はゆっくり目を開いた。
今まで、ずっと自分の記憶として考えていた。
自分が撃ち落とされた。
自分が怖くなった。
自分が止まった。
自分が克服した。
だから、忘れられないのは自分だと思っていた。
でも。
「あの拳を撃ったのは……リュウよね」
当たり前だった。
あまりにも当たり前で、別の意味を考えたことがなかった。
春麗が撃ち落とされたことを覚えているなら。
撃ち落としたリュウも覚えている。
その後、春麗が止まるようになったことも知っている。
誰よりも。
自分の波動拳の前で跳べなくなった春麗を。
昇龍拳が来ると分かっただけで身体を止めた春麗を。
リュウは見ている。
そして修行に付き合った。
何度も波動拳を撃った。
昇龍拳も出した。
春麗が記憶を消すのではなく。
覚えたまま、もう一度動けるようになるまで。
「……」
春麗は額へ手を当てた。
少し前、自分はリュウへ言った。
昔はリュウの拳を見て、自分が止まった。
今は自分を見て、リュウの拳が遅れる。
だから今度は自分が付き合う番。
そこまでは分かった。
けれど思っていたより、もう一段深い。
今のリュウが鈍らせているのは。
ただの拳ではない。
「あの昇龍拳……」
春麗を一度、本当に止めてしまった拳。
その一撃を。
今では好きな女になった春麗へ、もう一度完全な形で叩き込む。
もしリュウがそれを無意識に避けているのだとしたら。
「……なるほどね」
春麗は少し眉を寄せた。
女だから。
だけではない。
好きだから。
だけでもない。
もっと具体的な記憶。
自分の拳で春麗を撃ち落とし、その後、春麗が止まるようになった。
その記憶。
そう考えれば、今日の試合が全部つながる。
普通の拳なら出せる。
蹴りも。
波動拳も。
春麗を女として見ても。
好きだと分かっていても。
出せる。
でも波動拳を越えて春麗が空から入ってくる。
そこで昇龍拳を選ぶ。
その瞬間だけ。
昔が重なる。
しかも今度は、相手が好きな春麗になっている。
「……あなたも」
春麗は少しだけ苦い顔をした。
「覚えてたのね」
翌日。
春麗は修行場へ来た。
ただし、黒い戦闘服ではない。
試合をするつもりもなかった。
いつもの服で、髪もまとめている。
リュウはすでに来ていた。
「今日はいつもの黒い戦闘服じゃないんだな」
「今日は試合しないもの」
「そうか」
「話があるの」
春麗はリュウの前まで歩いた。
少し考える。
遠回しに聞いても仕方がない。
「ねえ、リュウ」
「何だ」
「昨日の昇龍拳」
リュウの目が、ほんの少しだけ変わった。
春麗はそれを見て確信する。
「やっぱり」
「何がだ」
「今、その顔した」
「顔?」
「したわよ」
春麗は腕を組んだ。
「普通の拳の話をしても、そんな顔しない。波動拳でもね。でも、昇龍拳って言うと違う」
リュウはしばらく黙った。
春麗は急かさない。
やがて、リュウが口を開いた。
「昨日のは、遅れた」
「ええ」
「春麗に見つかった」
「当然でしょう」
「そうだな」
春麗は小さく息を吐いた。
「それで聞きたいの。あの時のこと、覚えてる?」
「覚えている」
「私を撃ち落とした試合」
「忘れていない」
「その後、私が波動拳の前で止まったことも?」
「覚えている」
「昇龍拳が来ると思っただけで、身体が止まったことも?」
「それもだ」
春麗は少し目を伏せた。
予想していた。
でも、実際に聞くと思ったより胸へ来る。
「……そう」
小さく言う。
「やっぱり、覚えてたのね」
「忘れない」
昨日、昔の話をした時にも同じことを言われた。
春麗は少し笑った。
「あなた、本当に忘れないわね。こっちの恥ずかしいところまで全部覚えてるんだから」
「春麗も覚えているだろう」
「それとこれとは別でしょう」
言い返してから、もう一度リュウを見る。
「昨日、昇龍拳を出す時、何を考えた?」
リュウはすぐには答えなかった。
その沈黙が、もう答えに近い。
「春麗が跳んできた」
「ええ」
「波動拳を越えて」
「ええ」
「あの時と同じだった」
春麗の胸の奥で、何かが静かにはまった。
「……やっぱり」
「撃てると思った」
「でも?」
「最後に……」
リュウは少しだけ言葉を探した。
「また同じことになると思った」
春麗は何も言わなかった。
「同じことって?」
「春麗を止める」
短い答え。
春麗の目が少し細くなる。
「試合を止める、じゃないわね」
「違う」
「私を、またあの時みたいに?」
リュウは春麗から目を逸らさなかった。
「俺の拳で止まる春麗を、もう一度作る」
春麗の呼吸が、ほんの少し止まった。
そこまで考えていたのか。
いや昨日の試合中に、そこまで言葉になっていたとは限らない。
たぶん、もっと身体に近いところだ。
昔の春麗と同じ。
頭では進めると思っている。
戦えるとも分かっている。
でも、身体の奥に記憶が残っている。
「……変なところまで似るのね」
「何がだ」
「私たち」
春麗は少し笑った。
昔。
波動拳を見た。
昇龍拳が来る。
そう思っただけで、春麗の身体は止まった。
今。
春麗が跳ぶ。
昇龍拳を入れる。
そうなった瞬間だけ、リュウの拳がわずかに鈍る。
理由は違うようで、かなり近い。
どちらも記憶だ。
忘れられない。
あの試合。
あの拳。
その結果。
「でも、一つ訂正して」
「何だ」
「あなた、私を壊したわけじゃないわよ」
リュウが黙る。
「あの試合は、私が負けたの」
「そうだな」
「あなたが本気で勝って、私が負けた。そのあと私の身体が止まった。それは事実」
一度、息を入れる。
「でも、だからって、あの試合そのものまで間違いにしないで」
リュウが少しだけ目を見開いた。
「あなたが昇龍拳を撃ったことを、悪かったことにしないで」
「……」
「私、あの時のあなたに謝ってほしいなんて思ってないから」
春麗はまっすぐリュウを見る。
「あなたは本気で来た。私も本気だった。それで、あなたが勝った。それだけよ」
その後、春麗の身体が止まったことは別の話だ。
自分が乗り越える必要があった。
そして。
乗り越えた。
「あなたが付き合ってくれたから」
春麗は自分の脚を見る。
あの頃、動かなかった脚。
「今の私は、もう跳べる」
リュウを見る。
「波動拳を見ても。その向こうに昇龍拳があるって分かってても、跳べる」
「分かっている」
「なのに、今度はあなたが止めるの?」
リュウの目が春麗へ向く。
「私が、もう止まらないところまで来たのに」
「……」
「それじゃ、せっかくの恩返しにならないじゃない」
「恩返しか」
「そうよ」
前にも話した。
昔。
自分が止まった。
リュウが付き合った。
今。
リュウの拳が止まる。
自分が付き合う。
ただ、問題は思っていたより深かった。
単に、好きな女へ拳を鈍らせているだけではない。
かつて、その女を止めてしまった拳を。
もう一度、完全な形で出せない。
「最初は、あなたが私を女として見てるせいだと思ってた」
「そうだったな」
「好きな女だから。その状態でも拳を鈍らせないようにすればいいって思った。それで黒い戦闘服まで使った」
「それは効いた」
「でしょうね」
春麗は少し笑う。
「でも、それ自体は間違ってなかった。普通の攻撃は、もうかなりできてる。昨日の試合が証明してるわ」
表情を少し引き締める。
「でも、昇龍拳だけは別」
リュウは黙って聞いている。
「あなたが私を女として見てるから、だけじゃない。好きだから、だけでもない」
昨日、自分が跳んだ軌道を思い出す。
「あの時の私を、覚えてるから」
リュウは答えなかった。
でも、否定もしない。
「だったら」
春麗はほんの少し口元を上げた。
「やること、決まったわね」
「何をする」
「次の試合。昇龍拳だけ、ちゃんと見る」
リュウの目がわずかに変わる。
「逃がさないわよ」
「逃げてはいない」
「昨日、最後に鈍らせたでしょう」
「出した」
「出したけど、最後に遅れた」
「……そこは否定できない」
「なら、そこを直すの」
春麗は少し勝者らしく笑った。
「次は、昇龍拳を使わないで済むような試合にはしないわ」
「どうする」
「簡単よ」
自分の脚を軽く叩く。
「跳ぶわ」
リュウが黙る。
「あなたが波動拳を撃ったら、その向こうへ。何度でも」
目を見る。
「昇龍拳を出せる距離へ、私から入る」
リュウの顔がわずかに険しくなった。
春麗は目を逸らさない。
「今度は、別の技で済ませるのも、最後に鈍らせるのもなし」
「春麗」
「何?」
「危険だ」
その言葉に、春麗は怒らなかった。
今のリュウが何を怖がっているのか、もう分かってしまったからだ。
「だから、修行するんでしょう?」
リュウが春麗を見る。
「私は、あの昇龍拳を覚えてる」
「俺もだ」
「そう。二人とも覚えてる」
春麗は少し笑った。
「なら、覚えたまま先へ行くしかないじゃない」
忘れるのではない。
なかったことにもしない。
春麗は、それを自分の身体で知っている。
怖かった拳を忘れたから動けるようになったわけではない。
覚えたまま、飛べるようになった。
なら、リュウも同じところまで来ればいい。
「次、本気で来なさい」
「そのつもりだ」
「普通の拳だけじゃなくて、昇龍拳も」
リュウは、ほんの少しだけ間を置いた。
「……分かった」
春麗はその一瞬を見逃さなかった。
でも、今日は何も言わない。
次の試合で確かめればいい。
「じゃあ、次はそこね」
「春麗が付き合うのか」
「何よ。今さらでしょう?」
リュウの口元が、わずかに緩んだ。
「昔と逆だな」
春麗はしばらくリュウを見た。
そして、自分も笑った。
「……本当にね」
記録板AIは、そこでログを停止した。
『検証ログ終了』
『確認』
『次回、黒い戦闘服第六戦』
『以上、保存完了』
Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?
A:
今回のエピソードは、第五戦で見つかった「昇龍拳だけが鈍る」という違和感を、春麗が試合の外でじっくり考え直す回でした。
ここまでのリュウ修行編では、問題の中心をずっと、
「春麗を女として見ているから拳が鈍る」
「好きな相手だから拳が鈍る」
という方向で扱ってきました。
だから春麗は黒い戦闘服を選びました。
女としての自分を隠さない。
むしろ強く意識させる。
好きな女であることも意識させる。
その状態で格闘家として本気で戦わせる。
かなり無茶な負荷を意図的にかけて、それでも拳を鈍らせないところまでリュウを連れていこうとしていました。
そして第五戦。
その成果は、かなり出ています。
普通の拳。
蹴り。
波動拳。
視線。
距離。
言葉。
黒い戦闘服。
長い髪。
さらに春麗から「好きよ」と言われるところまで含めて、リュウはほとんど戦闘判断を鈍らせなくなりました。
つまり、最初に設定していた課題については、かなり完成に近づいています。
だからこそ、昇龍拳だけが遅れたことが、おかしい。
今回の春麗はそこから考え始めます。
女だから、では説明できない。
好きだから、でも説明できない。
それなら普通の拳も鈍るはずだからです。
そこでようやく、春麗の中で一つの当たり前の事実が違う意味を持ち始めました。
「あの昇龍拳を覚えているのは、私だけじゃない」
ということです。
春麗にとって、あの再戦の昇龍拳は非常に大きな出来事でした。
波動拳を越えて跳んだ。
そこを昇龍拳で撃ち落とされた。
その記憶が身体へ残り、次からは波動拳の向こうに昇龍拳を感じるだけで身体が止まるようになった。
だから春麗にとっては長い間、
「自分が昇龍拳を怖がった話」
でした。
でも、当然ながらその拳を打ったのはリュウです。
そしてリュウは、撃ち落とした後の春麗まで知っています。
自分の波動拳の前で跳べなくなった春麗。
昇龍拳の気配だけで身体が止まった春麗。
それを本人のすぐそばで見て。
その克服修行にも付き合っています。
だったら、あの出来事がリュウの側に何も残っていない方が不自然です。
今回は、その当たり前のことへ春麗がようやく気づく回でした。
ここで問題の意味が一段変わっています。
最初は、
「好きな女だから拳を鈍らせる」
でした。
今は
「かつて自分の昇龍拳で止まるようになった春麗へ、もう一度あの拳を完全な形で入れることを無意識に躊躇している」
です。
かなり具体的になりました。
そして、その方が厄介です。
単純な恋愛感情なら、黒い春麗に慣れることでかなり改善できます。
実際、第五戦でそこまではできるようになっています。
でも過去の記憶は、慣れだけでは消えません。
しかも今回の春麗は、それを消させるつもりもありません。
ここが、このルート全体との大きなつながりになっています。
昔の春麗も昇龍拳の記憶を忘れたから動けるようになったわけではありません。
忘れなかった。
怖かったことも。
撃ち落とされたことも。
身体が止まったことも。
全部覚えたまま。
それでも跳べるようになった。
だから今回、春麗がリュウに対して出した答えも同じです。
「二人とも、覚えたまま先へ行くしかないじゃない」
この一言が、今回の中心だと思っています。
忘れることが答えではない。
見ないことも答えではない。
なかったことにもしてはいけない。
覚えたまま。
それでも動く。
これは以前の春麗の修行そのものです。
だからリュウ側の修行にも、同じ答えを要求しています。
今回もう一つ大事なのが、春麗が昔の敗北そのものを否定していないところです。
リュウは、
「また同じことになると思った」
「俺の拳で止まる春麗を、もう一度作る」
と考えていた。
それに対して春麗は、
「あの試合は間違いだった」
とは言いません。
むしろ、
「あなたが本気で来た」
「私も本気で行った」
「あなたが勝った」
「それだけ」
と整理しています。
これはかなり春麗らしいと思います。
昇龍拳で撃ち落とされた結果、後からトラウマが残った。
それは事実です。
でも、だからといって、正当な試合でリュウが本気の昇龍拳を出して勝ったことまで悪い出来事にはしない。
リュウに謝ってほしいわけでもない。
自分が止まったことと。
リュウが正当に勝ったことを。
春麗は別々に扱っています。
ここを混ぜてしまうと、
「リュウは昔やりすぎたから、今は手加減して当然」
という話になってしまいます。
でも春麗が欲しい答えは真逆です。
あの拳を悪いものにしない。
私ももう止まらない。
だから、あなたも止めるな。
そこへ進みます。
そして今回。
前話で春麗が気づいた、
「今度は私が付き合う番」
という恩返しの意味もさらに深くなりました。
前回までは、
昔は春麗が止まった。
今はリュウの拳が止まる。
だから役割が逆になった。
という対称構造でした。
今回はそこへ、
「同じ昇龍拳の記憶を二人とも抱えている」
が加わりました。
つまりこれは単なる似た状況ではありません。
同じ出来事の両側にいた二人が。
今度は立場を入れ替えて。
同じ記憶をもう一度越えようとしている。
という話になっています。
昔。
春麗は、
「いつか、この恩は絶対に返す」
と言いました。
今。
本当に返す時が来ている。
しかも返し方が、
「私を助けてくれたから何かしてあげる」
ではなく。
「あなたが止まらなくなるまで、今度は私が修行に付き合う」
なのが、この二人らしいところです。
そして最後。
春麗は次の試合で何をするかまで決めています。
跳ぶ。
何度でも。
波動拳の向こうへ。
昇龍拳を出せる距離へ。
自分から入る。
これはかなり重要です。
春麗は、リュウの躊躇を責めるだけではありません。
「じゃあ昇龍拳を出さなくてもいい」
とも言わない。
逆です。
出さなければならない状況を、自分から作る。
昔は昇龍拳が怖くて飛べなかった春麗が。
今では、
「私が何度でも飛ぶから、あなたも何度でも昇龍拳を撃ちなさい」
という側へ回っています。
かなり大きな反転です。
そしてリュウが、
「危険だ」
と言った時。
春麗も今回は怒りません。
以前なら「女だから危ないと言うの?」と反発したかもしれません。
でも今は。
リュウが何を怖がっているのか分かっている。
「だから修行するんでしょう?」
と返せる。
この春麗はもう、自分の強さだけを証明しようとしているわけではありません。
リュウの恐怖まで見たうえで、それでも先へ進ませようとしています。
ある意味では。
以前の修行でリュウが春麗へしてくれたことを。
かなり正確に返し始めています。
今回のエピソードは試合のない回ですが、リュウ修行編ではかなり重要な分岐点です。
これまでの課題だった、
「黒い春麗を全部見ても拳を鈍らせない」
は、ほぼ第一段階を突破した。
そして次に出てきたのが。
もっと古い。
もっと二人だけの問題。
「あの昇龍拳を、二人とも覚えたまま、もう一度最後まで通せるか」
です。
次の第六戦から。
春麗はもう、単に黒い戦術でリュウを揺らすだけではありません。
自分から。
かつて自分を止めた拳の正面へ。
何度でも跳び込んでいくことになります。
昔は。
リュウが春麗に、
覚えたまま動けるようになるまで付き合った。
今度は。
春麗がリュウに、
覚えたまま拳を止めなくなるまで付き合う。
ようやく。
本当の意味で。
恩返しの修行が始まった回でした。