また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
第1話ギリギリ敗北ルートの修行編後日談より先の未来時空のエピソードです。


ディレクターズカットIF:春麗は、効かなくなった黒でも勝利を味わう

 記録板AIは、黒い戦闘服第七戦直後の補完ログを開いた。

 

『ディレクターズカットIF』

 

『第1話ギリギリ敗北ルート後日談』

 

『リュウ側修行編』

 

『黒い戦闘服第七戦後』

 

『現在/通常武道服一勝、黒い戦闘服七勝、合計八連勝』

 

『以下、観測を開始します』

 


 

 自室へ戻り、扉を閉めたところで。

 

「……ふふ」

 

 春麗は笑った。

 止めようとはしなかった。

 今日はもう、その必要もない。

 

「八連勝」

 

 自分で口にしてみる。

 響きがいい。

 かなり。

 

「この姿では七勝目」

 

 さらに言ってみる。

 もっといい。

 春麗はそのままベッドの端へ腰を下ろした。

 身体は痛い。

 肩も腕も脇腹も、今日の試合できっちり使わされている。脚もかなり重かった。

 紙一重の勝利だった。

 

 最後。

 

 リュウが昇龍拳の威力を落としていなければ、あのまま自分が倒されていた可能性は高い。

 そこから春麗が入り直して、最後に開脚突拳を届かせた。

 立っていたのは自分。

 片膝をついたのはリュウ。

 

「……でも」

 

 春麗は楽しそうに、自分の膝へ目を落とした。

 少し前まで、そこにはリュウの頭があった。

 

「勝ったのよね」

 

 また笑う。

 悔しそうな顔も覚えている。

 この姿で七勝目だと告げた時、リュウが眉を寄せたことも。

 これ以上増やさないと言ったことも。

 

「……あれはよかったわね」

 

 敗者本人が連勝を止めようとしている。

 それでも今日も止められなかった。

 かなりいい。

 

「まずいわね」

 

 そう言いながら、顔はまったく困っていなかった。

 以前なら、こんな自分に気づけば少しくらい言い訳を探したかもしれない。

 修行だから。

 リュウを強くするためだから。

 膝を貸しているのも、敗者の印を残しているのも、勝負の確認だから。

 でも。

 

「もう無理ね」

 

 春麗はあっさり諦めた。

 

「私、勝つの好きだもの」

 

 リュウに勝つ。

 好きな男に。

 強い格闘家に。

 かつて何度も自分を追い詰めた男に。

 今は自分が勝つ。

 勝ったあと、その男を膝へ乗せる。

 悔しいかと聞く。

 次は止めると言わせる。

 

「……好きね」

 

 春麗は完全に開き直っていた。

 

「かなり」

 

 もう否定する気はなかった。

 


 

 しばらくして、春麗はベッドから立ち上がった。

 まだ黒と金の戦闘服を着たままだ。

 鏡の前へ立つ。

 長く下ろした髪は試合のあとで少し乱れている。化粧も、試合前ほど綺麗には残っていない。

 春麗はそんな自分をしばらく見つめた。

 

「……でも」

 

 今日の試合で、かなりはっきりしたことがもう一つある。

 黒い戦闘服での戦い方。

 以前ほど効いていない。

 

「というより……もうほとんど効いてないわね」

 

 口にすると、自分でも驚くほどすんなり納得できた。

 最初にこの姿でリュウの前へ立った時は、見るだけで動揺していた。

 そこから春麗は、視線を使った。

 声を使った。

 距離を使った。

 髪も。

 衣装も。

 女として見られることも。

 好きな女として見られることも。

 リュウの中に、戦闘以外の判断をほんの少し増やす。

 

 その半拍で十分だった。

 半拍を拾って積み上げた。

 何度も勝った。

 でも今日のリュウは、もうほとんど違った。

 春麗が目を合わせても、見る。

 そのまま拳が来る。

 近づいても止まらない。

 黒い裾が動いても、髪が流れても、その向こうにある肩や腰、重心へ視線を戻してくる。

 

 春麗が、

「好きよ」

 と言っても、

「俺も好きだ」

 と返して。

 そのまま普通に攻めてきた。

 

「……あれ、本当に腹立つわね」

 

 思い出すと、少しだけ頬が熱くなる。

 でも同じくらい嬉しかった。

 

「私が要求したんだけど」

 

 自分で言ったのだ。

 私を見なさい。

 格闘家として。

 女として。

 好きな女として。

 全部。

 そのうえで拳を鈍らせるな。

 

「……ちゃんと、やってるのよね」

 

 今のリュウは、その無茶な要求へかなり近づいている。

 春麗は鏡の中の自分を見る。

 黒い戦闘服。

 これを最初に選んだのは、リュウへ高い負荷をかけるためだった。

 いつもの自分とは違う姿。

 リュウが春麗を女として見ることから逃げにくくするための姿。

 そして実際、ものすごく効いた。

 それが今では。

 

「もう攻略されかけてる」

 

 春麗は少し唇を尖らせた。

 

「早くない?」

 

 もちろん返事はない。

 

「私、かなり工夫したのよ?」

 

 鏡を見る。

 

「メイクも」

 

 髪へ触れる。

 

「髪も。この服も」

 

 黒い生地へ視線を落とす。

 

「視線も、距離も、言葉も」

 

 全部、かなり真面目に組み立てた。

 最初は修行のためだった。

 それから、どうせならもっとリュウを困らせようと思うようになった。

 そのうち、試合前から何を言えば効くか考えることまで楽しくなった。

 そして勝つことも、かなり楽しくなった。

 

「七戦で、ここまで慣れる?」

 

 鏡へ向かって、本気で少し不満そうに言う。

 でも数秒もしないうちに顔が緩んだ。

 

「……まあ」

 

 春麗は小さく笑った。

 

「だからリュウなんだけど」

 

 本当はそこがいい。

 春麗がどれだけ工夫しても、いつまでも同じところで止まっている男では困る。

 

 学ぶ。

 慣れる。

 強くなる。

 春麗が作った負荷を、一つずつ越えてくる。

 だからまた、新しい課題が見つかる。

 

 今なら昇龍拳。

 それだけ。

 

「……本当に、黒そのものはもうほとんど問題じゃないのね」

 

 自分で口にして。

 春麗は少しだけ不思議な気持ちになった。

 


 

 なら黒い戦闘服は、もう必要ないのだろうか。

 

「……」

 

 鏡を見る。

 答えは、意外なくらい早く出た。

 

「それは違うわね」

 

 必要か。

 必要でないか。

 もう、それだけではこの服を説明できない。

 

 最初はリュウへ負荷をかけるためだった。

 今では、黒そのものが生む戦術的な効果はかなり小さくなっている。

 なのに春麗は次もこれを着るつもりでいた。

 

「まだ修行中だし」

 

 もちろん、それも理由の一つだ。

 昇龍拳の問題は終わっていない。

 でも、それだけではない。

 

「……私」

 

 少しだけ声が小さくなる。

 

「この姿でリュウと戦うの……」

 

 そこで止まる。

 もう自分では分かっている。

 なら、言ってしまえばいい。

 

「好きなのよね」

 

 春麗は軽く息を吐いた。

 

 黒い戦闘服を着る。

 髪を下ろす。

 化粧を整える。

 鏡の前で、自分がどう見えるか確かめる。

 

 その姿でリュウの前へ立つ。

 リュウも見る。

 以前のように動揺して止まるためではない。

 ちゃんと見る。

 春麗を女として。

 好きな女として。

 そのうえで格闘家として。

 本気で勝ちに来る。

 

「……それなら」

 

 黒が戦術としてほとんど効かなくなっても、意味がなくなったわけではない。

 むしろ意味が変わってきている。

 

 最初はリュウを鈍らせるための姿だった。

 今は鈍らなくなったリュウに、それでも見てほしい姿になっている。

 春麗はまだ、そこへ特別な名前をつけようとは思わなかった。

 ただ鏡の中の自分を見て。

 

「次もこれね」

 

 自然にそう思った。

 


 

 そして今日の試合でもう一つ、忘れられない言葉があった。

 

『めんどくさい』

 

 リュウの声を思い出し、春麗の眉が少し動く。

 

「……本人に言われたのよね」

 

 自分では、もう認めていた。

 めんどくさい女。

 それをとうとうリュウ本人にも言われた。

 

「本人って何よ。本人って」

 

 一人で突っ込む。

 腹は立った。

 もちろん。

 だからその場では、

 

『あなたに言われると腹立つわね』

 

 とも返した。

 でも違うとは言わなかった。

 むしろ。

 

『そういうめんどくさい女なの』

 

 と、自分から認めた。

 

「……言っちゃったわね」

 

 鏡台へ肘をつく。

 今さら少しだけ恥ずかしくなる。

 でも後悔はない。

 

 リュウに見てほしい。

 格闘家として。

 女として。

 好きな女として。

 全部。

 そのうえで勝ちに来てほしい。

 拳を鈍らせてほしくない。

 必要以上に傷つけてほしいわけでもない。

 そしてできれば最後には、自分が勝ちたい。

 

「……ほんとにめんどくさいわね」

 

 春麗は笑った。

 今度は自分から。

 けれど今日、胸へ残っているのはそれだけではない。

 

『だから、付き合いなさい』

 

 自分はリュウへそう言った。

 そしてリュウは。

 難しいと言いながらも。

 そこまで行くと答えた。

 

「……」

 

 春麗は少し目を伏せた。

 

 胸の奥へ。

 試合に勝った時とは違う甘さが入る。

 

「ほんとに付き合うのね」

 

 めんどくさいと言った男が。

 それでも付き合う。

 しかも、春麗の要求を簡単にする方向ではない。

 

 難しいまま受け取った。

 勝つための拳を弱くしない。

 それでも、必要以上には傷つけない。

 そんなことが本当にできるのか。

 今のリュウにも分かっていない。

 春麗にも分からない。

 

 それでも。

 そこまで行くと言った。

 

「……ずるいわね」

 

 何がずるいのかは、自分でもよく分からなかった。

 ただ、嬉しかった。

 


 

 春麗は黒い戦闘服を脱ぎ始めた。

 装飾を外す。

 髪へ手を入れる。

 化粧を落とす。

 少しずつ、いつもの自分へ戻っていく。

 でも、今日は前より不思議な感覚があった。

 黒い姿を脱いでも。

 今日勝った自分まで消えるわけではない。

 

 八連勝した春麗。

 勝つことが好きだと、もう隠さなくなった春麗。

 めんどくさい女だと自分で認め、リュウにも言われた春麗。

 そして黒がほとんど効かなくなっても、次も黒で戦いたい春麗。

 

「……」

 

 髪をまとめる途中で、手を止めた。

 黒戦術が効くから、この姿が好きなのではない。

 

 勝てるから。

 それだけでもない。

 もちろん、勝てるのはものすごく好きだけれど。

 

「そこはもう、いいわ」

 

 春麗は完全に開き直った。

 

「勝つの、大好き」

 

 誰もいない。

 だから遠慮なく言う。

 

「リュウに勝つの、ものすごく好き」

 

 言って、笑った。

 

「八連勝」

 

 もう一度。

 かなり気持ちいい。

 でも黒はもう、勝利を約束してくれる武器ではない。

 次は普通に負けてもおかしくない。

 今日だって本当に危なかった。

 そして、それでいい。

 

「……そうね」

 

 春麗は鏡の中の、いつもの自分を見る。

 

「もう、黒が効くから勝つんじゃないのよね」

 

 黒い春麗を、リュウはほとんど攻略している。

 ならそのリュウに黒い戦闘服を身にまとう春麗として。

 一人の格闘家として勝つ。

 それだけだ。

 

「そっちの方が」

 

 春麗の目に、少し勝負の色が戻る。

 

「面白いじゃない」

 

 黒が効かなくなった。

 だから終わり。

 ではない。

 むしろ、ここからの方が面白い。

 

 春麗が黒を使う。

 リュウはもう、ほとんど揺れない。

 その状態で普通に戦う。

 そして、まだ昇龍拳だけに最後の課題が残っている。

 

 勝つための拳を弱くしない。

 必要以上に傷つけない。

 どうやって、その両方を成立させるのか。

 春麗にもまだ分からない。

 だから楽しみだった。

 

「次」

 

 今日、最後にリュウへ向けた言葉を。

 春麗は一人でもう一度口にした。

 

「……次」

 

 今度の声には。

 八連勝した勝者の甘さと。

 もっと強くなったリュウと戦いたい格闘家の期待が。

 自然に混ざっていた。

 


 

 寝る前。

 春麗はもう一度だけ、今日の試合を思い返した。

 

 紙一重。

 最後、弱められた昇龍拳を受けて。

 そこから入り直し。

 開脚突拳を届かせた。

 リュウが片膝をついた。

 

『私の勝ちね』

 

 思い出す。

 胸の奥がまた甘くなる。

 

「……ふふ」

 

 もう止めない。

 

「八連勝」

 

 幸せそうに口にした。

 そして次のリュウは、今日よりまた強くなるかもしれない。

 昇龍拳の最後の迷いまで消すかもしれない。

 今度こそ黒い春麗を全部見たまま。

 本当に春麗を倒しに来るかもしれない。

 そう考えても。

 春麗の笑みは消えなかった。

 むしろ少し深くなる。

 

「それでいいのよ」

 

 黒が効かなくても。

 リュウがもっと強くなっても。

 それでも。

 

「そのあなたにも、私は勝つわ」

 

 根拠などない。

 次は負けるかもしれない。

 負ければきっと、ものすごく悔しい。

 それでも今は勝つつもりでいる。

 

「……私ってほんとめんどくさい女ね」

 

 春麗は自分で言った。

 すぐに少し笑う。

 

「知ってるわよ」

 

 自分へ返して。

 明かりを消した。

 勝利の熱は。

 まだしばらく、冷めそうになかった。

 


 

 記録板AIは、補完ログを保存した。

 

『幕間ログ終了』

 

『黒い戦闘服第七戦勝利後』

 

『現在/合計八連勝』

 

『黒い戦闘服/戦術的有効性低下後も継続使用意思あり』

 

『以上、保存完了』




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回のエピソードは、黒い戦闘服第七戦を終えた春麗が、自室へ戻って今回の勝利と現在の修行状況を一人で整理する幕間回です。

試合そのものはかなり重要な転換点でした。
リュウはもう、黒い春麗そのものにはほとんど対応できています。

黒い戦闘服を見る。
長い髪を見る。
春麗を女性として見る。
好きな女性だと分かっている。
視線も、距離も、言葉も受け取る。
それでも通常の拳や蹴りはほとんど鈍らない。
つまり、当初この黒い戦い方を考えた理由だった、
「女として強く意識させた状態でも拳を鈍らせない」
という課題については、かなり答えに近づいています。

今回の幕間では、春麗自身にもそこをはっきり認識させました。
「というより、もうほとんど効いてないわね」
かなり大きな変化です。

最初に黒い戦闘服を選んだ頃は、この姿そのものがリュウにとって高い負荷でした。
見るだけで止まる。
意識が増える。
そこへ春麗が視線や距離や言葉を重ねれば、ほんの小さな反応差が作れる。
春麗ほどの格闘家なら、その小さな差を積み上げて勝てる。
実際、その方法で何度も勝ってきました。

ところが今では。
春麗が「好きよ」と言っても、
「俺も好きだ」
と返したうえで普通に殴ってくる。

春麗自身からすれば、
「私が要求したんだけど」
という話です。

ここは少し面白いところでもあります。

春麗は自分でリュウへ、
「私を全部見なさい」
「それでも拳を鈍らせるな」
と要求した。

そしてリュウが本当にできるようになってくると、
「七回で、ここまで慣れる?」
と少し不満そうになる。

でも、すぐに、
「だからリュウなんだけど」
へ戻る。
この反応は、現在の春麗をかなりよく表していると思います。

勝つための武器が効かなくなっていく。
普通なら困る。
実際、勝ちにくくもなっている。
でもそれは自分が望んだリュウの成長でもある。
だから惜しいけれど嬉しい。
そしてそれでも勝てた今回の勝利は、以前よりさらに美味しい。

ここで今回のもう一つの主題である「勝者酔い」につながります。

今回の春麗は、もう完全に開き直っています。
以前は、修行だから。
勝者要求権だから。
介抱だから。
などと、いろいろ理由をつけていました。

でも今回は、
「私、勝つの好きだもの」
「リュウに勝つの、ものすごく好き」
と、一人の部屋で普通に認めています。

かなり進みました。
しかも今回はギリギリ勝利です。
リュウは黒い春麗へほとんど対応している。
通常攻防なら本当に互角に近い。
昇龍拳も撃つところまでは進んだ。
そのリュウに。
最後の誤答――昇龍拳を接触直前に弱めるという穴を取って。
春麗が紙一重で勝った。
これは春麗にとって、かなり理想的な勝利です。

弱いリュウに勝ったわけではない。
黒戦術だけで一方的に崩したわけでもない。
明らかに強くなったリュウへ。
最後の一点を格闘家として見抜いて勝った。

だから悔しそうなリュウを膝へ乗せる。
敗者の印をつける。
本人が「七回目」と覚えていたことまで確認する。
春麗が大満足なのは当然です。
そして、もうそこを恥ずかしがらない。
これは以前から進めてきた「黒の勝者酔い」の一つの完成形に近づいています。

ただし今回も重要なのは、
「勝ち続けたいから黒戦術が効き続けてほしい」
とは思っていないことです。

むしろ逆です。
春麗は、
「黒そのものは、もうほとんど問題じゃないのね」
と認識したうえでそれを受け入れています。

ここはかなり重要です。
もし春麗が勝者酔いに完全に支配されているなら。
黒戦術が効かなくなっていくことは恐怖になるはずです。
勝てなくなる。
膝枕できなくなる。
敗者の印も刻めなくなる。
だったらリュウには、ずっと黒へ弱いままでいてほしい。

でも現在の春麗は違います。
「それでいいのよ」
と言える。

リュウが強くなる。
自分が勝ちにくくなる。
その結果、負ける可能性も高くなる。

それでもそのリュウと戦いたい。
そして、できればまた勝りたい。
つまり勝者酔いはかなり深いけれど。
その快楽のために、リュウの成長を止めようとはしていない。
この線は今回も守っています。

そして今回は、黒い戦闘服そのものの意味も少し変わりました。
最初は完全に戦術でした。
リュウへ高い負荷をかけるための服。
普段とは違う姿を見せる。
女性としての春麗を強く意識させる。
そこへ視線や声や距離を組み込む。
そういう用途でした。

でも今はもう、その効果がほとんどなくなっている。
それなのに春麗は、
「次もこれね」
と自然に思っています。

春麗はもう、
「黒戦術が効くから黒を着る」
だけではありません。

この姿でリュウと戦うこと自体が好きになっている。
この姿をリュウに見られることも好きになっている。
リュウがもう大きく動揺しなくても。
ちゃんと見ている。

春麗を女として。
好きな女性として。
格闘家として。
それでいい。

黒い戦闘服の意味が、
「相手を揺らすための戦術」
から、
「リュウとの関係の中で春麗が気に入った自分の一つの姿」
へ少しずつ移動しています。

だから今回、
黒戦術が効かなくなってきたことを、
「黒の役目が終わった」
にはしませんでした。

むしろ戦術としての効力が弱くなったからこそ。
戦術以外の意味が見え始めた。
そんな段階です。

そして今回、もう一つ大きいのが。
リュウ本人から、
「めんどくさい」
と言われた後の春麗です。

少し前の幕間で。
春麗はすでに自分で、
「私、めんどくさい女だわ」
と認めています。

だから今回はリュウから言われても。
「違うわよ!」
とは言わない。
「今さらでしょう?」
と返す。

さらに試合後の、
「そういうめんどくさい女なの」
「だから、付き合いなさい」
まで。
一人になってから思い返しています。

そしてその春麗に対して。
リュウは、
「ああ」
と答えた。

ここは今回の幕間で、勝利とは別の甘さとして扱っています。

自分でも。
めんどくさいと思っている。
リュウ本人にも。
めんどくさいと言われた。
なのにそれでも付き合う。
しかも春麗の要求を簡単にするわけではない。
「弱くしない」
「壊さない」
という非常に面倒な宿題を。
そのまま受け取る。

春麗からすればこれはかなり嬉しい。
だから今回の、
「ほんとに付き合うのね」
には。
恋愛としても。
修行相手としても。
かなり大きな意味があります。

このルートの春麗にとって、
「めんどくさい女」
はもう欠点の告白ではありません。

私はこういう女。
要求は多い。
矛盾もしている。
でもそれを減らすつもりはない。
そしてリュウもそれを分かったうえで付き合う。
そこまで関係が進んだ。

今回の幕間は、その確認でもありました。

そして最後。
春麗は、
「黒が効くから勝つんじゃないのよね」
と考えます。

ここが今回一番重要なところかもしれません。

今までは。
黒が効く。
差が生まれる。
だから勝つ。
という面がかなり強かった。

でも今は。
黒がほとんど効かない。
それでも。
勝負する。
そして。
勝つつもりでいる。

つまり黒い春麗自身も。
次の段階へ移っています。
今後はもう、
「黒戦術がどれだけリュウを崩せるか」
が中心ではありません。

完全に。
昇龍拳です。

弱くしない。
でも壊さない。
その矛盾を。
どうやって「制御」という技術へ変えるのか。
そこへ焦点が移ります。

黒戦術はほとんど攻略された。
春麗もそれを認めた。
なのに勝者酔いは冷めない。
黒い戦闘服も脱ぎ捨てない。
めんどくさい女であることにも開き直った。
そしてさらに強くなるリュウを楽しみにしている。

今回の幕間は春麗が、
「黒で勝てるから楽しい」
から。
「黒が効かなくなったリュウと、それでも戦うのが楽しい」
へ移った回です。

そして最後に。
「八連勝」
と嬉しそうに言いながら。
「それでいいのよ」
とリュウの成長も受け入れる。

かなり勝者酔いしていて。
かなり欲張りで。
本人もリュウも認定済みの。
めんどくさい女。

現在の春麗は。
かなり楽しそうに。
その全部をやっています。
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