また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
第1話ギリギリ敗北ルートの修行編後日談より先の未来時空のエピソードです。


ディレクターズカットIF:春麗は、残された一回で黒十勝目を奪う

 記録板AIは、外部検証領域に新しい未来ログを表示した。

 

『ディレクターズカットIF』

『第1話ギリギリ敗北ルート後日談』

『直前/黒い戦闘服第十戦・リュウ勝利』

『黒い戦闘服戦績/春麗九勝・リュウ一勝』

『対象リュウ/黒への通常攻防上の適応ほぼ完了』

『残課題/昇龍拳単独による戦闘終了』

『以下、観測を開始します』

 


 

 試合の日、春麗はいつも通り黒と金の戦闘服を選んだ。

 髪を下ろし、化粧を整えて鏡を見る。

 もう、この姿でリュウを驚かせようとは思っていない。

 女として意識させた一瞬を拾うためだけの衣装でもない。

 そういう揺さぶりが、ほとんど効かなくなったことは春麗自身が一番よく知っている。

 それでも着る。

 今ではこの姿も、春麗がリュウと戦う時に選ぶ自分の一つになっていた。

 

「……よし」

 

 鏡の中の自分へ、小さく頷く。

 今日の目標も決まっている。

 

「この黒い戦闘服で十勝目、取るわよ」

 

 前回、初めてリュウに敗れた。

 連勝も十で止まった。

 だから今日は取り返す。

 修行には最後まで付き合う。

 けれど、勝負まで譲るつもりはない。

 

「修行と勝負、そこは別よね」

 

 春麗は少し笑った。

 本気で勝ちに来る春麗を相手にしなければ、リュウの修行にもならない。

 だから今日も、勝ちに行く。

 


 

 修行場へ入ると、リュウはすでに待っていた。

 白い道着。いつもの構え。

 そして黒い戦闘服を着た春麗を見ても、もうほとんど揺れない目。

 春麗は正面まで歩き、少しだけ顎を上げた。

 

「今日は黒で十勝目を取りに来たわ」

 

「そうか」

 

「この前一回勝ったくらいで、攻略したつもりにならないでよね」

 

「思っていない」

 

「あら」

 

「次も勝つ」

 

 春麗の目が細くなる。

 

「そう。そのあなたに勝つから、今日の方が気持ちいいのよ」

 

「俺が勝てば十勝目にはならない」

 

「だから?」

 

「止める」

 

 短い。

 それでも、胸の奥へ勝負の熱を入れるには十分だった。

 

「いいわね」

 

 春麗も構える。

 

「本気で取りに来なさい。私も遠慮しないから」

 

「望むところだ」

 

 修行であり、本気の勝負でもある一戦が始まった。

 


 

 最初の数合で、春麗は前回と同じ事実を確認した。

 黒はもう、ほとんどリュウを崩さない。

 春麗が目を合わせても、リュウは見る。

 距離を詰め、長い髪が肩から流れても見る。

 黒い裾が翻っても、それを視界へ入れたまま、肩、腰、足、重心へ意識がつながっていく。

 春麗がさらに一歩深く入った。

 

「ねえ、リュウ」

 

「何だ」

 

「今日も私、綺麗?」

 

「綺麗だ」

 

 答えた直後に正拳が飛んできた。

 

「っ!」

 

 春麗はぎりぎりで横へ外す。

 

「本当にもう慣れたわね!」

 

「おまえがそうしろと言った」

 

「言ったわよ! でも少しくらい間を置きなさいよ!」

 

「試合中だ」

 

「知ってるわよ!」

 

 上段蹴を返す。リュウが腕で受け、そのまま拳を返してくる。

 春麗は笑った。

 少し腹は立つ。

 でも、これでいい。

 女である春麗を消さない。

 好きな女だということも忘れない。

 黒い衣装も髪も化粧も、全部を見る。

 全部を見たまま、戦う。

 春麗が望んだところまで、リュウは来ている。

 なら、あとは単純だった。

 

(黒で崩せないなら、普通に勝てばいいのよ)

 

 春麗は正拳を受け流し、すぐに距離を戻した。

 追突拳。外される。

 上段蹴。受けられる。

 返された拳が肩へ入る。

 

「っ……!」

 

 一歩流されても、止まらない。

 黒が効くから強いのではない。

 黒が効かなくても、自分は格闘家としてリュウと戦える。

 今の春麗は、その方がむしろ気に入っていた。

 


 

 攻防は長く続いた。

 ほとんど互角。

 ただ、時間が進むほど春麗は、前回と同じリュウの強さを感じ始めていた。

 試合中に浮かんだ言葉が、今日も頭をよぎる。

 

 明鏡止水。

 

 何も感じていないわけではない。

 春麗を見ている。

 好きだとも思っている。

 前回負け続けてきた悔しさも、今日勝ちたいという意思もある。

 全部ある。

 それでも濁らない。

 春麗の拳を外し、蹴りを返す。発勁は浅くしか入らず、正拳が頬をかすめる。

 

(……強い)

 

 素直に思う。

 そして、やはり嬉しかった。

 このリュウから今日、黒で十勝目を取る。

 それなら、前よりずっと勝利に価値がある。

 

(ほんとに勝つの好きね、私)

 

 苦しいのに口元が少し上がる。

 今さら隠す気もなかった。

 


 

 リュウが距離を取った。

 

「波動拳!」

 

 青い気が走る。

 春麗は迷わず跳んだ。

 昔、この先へ進めなかった時期があったことさえ、今では遠い。

 

 波動拳を越える。

 空中からリュウを見る。

 リュウは迷わず重心を落とし、昇龍拳の踏み込みへ入った。

 

「昇龍拳!」

 

 来た。

 速い。

 前回よりさらに自然だった。

 撃つことを迷わない。

 威力も落とさない。

 どこへ当てるかを頭の中で組み立てている気配も、もうほとんどない。

 身体が最初から、その拳の使い方を知っている。

 

「っ……!」

 

 昇龍拳が春麗を捉えた。

 強烈な衝撃に身体が高く浮き、息が飛ぶ。

 それでも嫌な壊れ方はしない。

 勝つための威力を残したまま、必要以上に一箇所へ力を集中させず、春麗を戦闘の軌道から正確に外へ運んでいる。

 

(……いい)

 

 空中で落とされながら春麗は思った。

 

(本当に、あと少し)

 

 身体を整えて着地する。

 脚が大きく沈んだ。

 

「……っ」

 

 膝が床へつきそうになる。

 それでも耐えた。

 リュウはすぐに追ってくる。

 春麗も構え直す。

 

 まだ戦える。

 だが、前回よりも明らかに余力を削られていた。

 残された余力が明らかに減っていることを、春麗自身が一番よく分かっていた。

 

 あとほんの少し。

 

 この昇龍拳が春麗の戦闘能力を正確に取り切るようになれば、次は立てない。

 

 けれど今日は、まだ立っている。

 なら、戦える。

 


 

 二度目。

 春麗はまた波動拳を越え、リュウも迷わず昇龍拳を撃った。

 

「昇龍拳!」

 

 速い。

 強い。

 正確。

 そして必要以上には壊さない。

 春麗の身体が宙へ上がり、落ちる。

 

 足から着地した。

 呼吸が大きく乱れる。

 脚も重い。

 それでも、立った。

 

「……」

 

 春麗は一度、自分の身体を確かめた。

 そこで、はっきり分かった。

 

(……あ)

 

 もう何発も拳を出せるほどは残っていない。

 何度も走り回ることもできない。

 ほとんど限界だ。

 それでもゼロではない。

 春麗はゆっくりと構えを戻した。

 

「……リュウ」

 

「何だ」

 

「今の、ほとんど正解よ」

 

 息を整えながら続ける。

 

「私も必要以上には壊れてない。弱くしてもいない。遅れてもいない」

 

「でも、立った」

 

「そう」

 

 リュウも理解していた。

 春麗は小さく息を吐き、震え始めた脚を見る。

 

「たぶん今までで一番、終わりに近かったわ」

 

 それでも顔を上げる。

 

「でも――まだ私に一回分残してる」

 

 リュウが黙った。

 

「一度だけ踏み込んで、一撃だけ返す。それくらいなら、まだ出来る」

 

 春麗は右拳を握る。

 その目へ、勝負の色が戻った。

 

「それが今日のあなたに残ってる、最後の穴」

 

 リュウは春麗を見つめ、それから静かに頷いた。

 

「……分かった」

 

 春麗の笑みが深くなる。

 

「だったら――」

 

 構えを少し低くする。

 

「その一回、勝つために使うわよ」

 


 

 そこから春麗は、余計なことをしなかった。

 黒い髪も、視線も、言葉も、もうリュウを止めるために使う必要はない。

 黒い春麗として、ただそこにある。

 最後に勝敗を決めるのは、それではない。

 自分の読みと技。

 そして、残された一回。

 

(無駄にしない)

 

 前回、リュウは昇龍拳で春麗を削り、それでも立った春麗へすぐ追撃した。

 今回も同じことをする。

 昇龍拳だけでは、まだ終わらない。

 だから立った春麗へ入り、残りを取り切りに来る。

 

(来る)

 

 予想通り、リュウが一歩踏み込んだ。

 春麗は動かない。

 いや、ほとんど動けない。

 そう見える。

 実際、それに近かった。

 けれど、あと一度だけなら動ける。

 

 リュウの拳が来る。

 春麗の戦闘を終わらせるための、正確な追撃。

 春麗はその瞬間、残していた右足を動かした。

 一歩だけ。

 

「……!」

 

 リュウの目がわずかに開く。

 春麗の身体が拳の中心から外れた。

 完全には避けられない。

 その力も残っていない。

 拳が肩を浅く捉える。

 

「っ……!」

 

 痛い。

 それでも、その一歩は終わっていない。

 春麗は外した身体をそのまま前へ運ぶ。

 リュウとの距離が消えた。

 

(ここ)

 

 もう次はない。

 本当に、これだけ。

 残った力を右手へ集める。

 

「はあっ!」

 

 発勁。

 春麗の掌が、リュウの胸へ深く入った。

 

「っ……!」

 

 リュウの身体が大きく揺れた。

 リュウだって無傷ではない。

 今日ここまで、春麗の拳も蹴りも発勁も何度も受けている。

 残されていた余力は、リュウにもわずかだった。

 だから、その一撃が最後になった。

 

 一歩下がる。

 もう一歩。

 そこでリュウの脚が耐えきれず、片膝が床へ落ちた。

 

 春麗も同時に脚から力が抜けそうになる。

 

「……は……っ」

 

 立っているだけで精いっぱいだった。

 もう次の一撃など出せない。

 残っていたものを、本当に全部使った。

 それでも、その一回はリュウより先に届いた。

 春麗は荒い呼吸のまま、片膝をついたリュウを見る。

 そして笑った。

 

「……私の勝ちよ」

 

 リュウはしばらく春麗を見たあと、悔しそうに答えた。

 

「…最後を取られたな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、春麗の胸へ甘い熱が一気に入った。

 

「……ふふ」

 

 止められない。

 前回、初めて黒で負けた。

 十連勝も止められた。

 そのリュウから、今日は取り返した。

 しかも、以前のように黒で大きく崩したわけではない。

 春麗を全部見たまま戦えるリュウ。

 昇龍拳も、あと一回分しか穴を残していないリュウ。

 

 その男に勝った。

 

「黒で十勝目ね」

 

 春麗は息を整えながら言った。

 リュウの眉がわずかに寄る。

 

「リュウ、あなたは黒い私に十敗ね」

 

「……一度勝った」

 

 春麗の目が少し丸くなった。

 

「十回負けたでしょう?」

 

「一度勝った」

 

「そこは主張するの?」

 

「する」

 

「……ふふ」

 

 春麗はとうとう笑った。

 

「いいわ。今日くらいは言わせておいてあげる」

 

「今日は春麗が勝った」

 

「そう」

 

 春麗の笑みが甘くなる。

 

「黒で十勝目。……本当に気持ちいいわ」

 

「顔に出ている」

 

「出してるのよ。今日は隠す気ないもの」

 

 今の自分がどれほど勝利を楽しんでいるかなど、春麗自身が一番よく分かっている。

 そして今日の勝ちは、特別だった。

 


 

 まず互いの状態を確認した。

 リュウに大きな問題はない。

 春麗も全身が痛み、ひどく疲れてはいるが、深刻な損傷はなかった。

 そこまで確かめてから、春麗はゆっくり床へ座る。

 黒い裾を整え、自分の膝を軽く叩いた。

 

「ほら、こっちに来て」

 

 それだけでリュウには通じた。

 いつものように春麗のところへ来る。

 春麗はその頭を支え、自分の膝へ乗せた。

 黒い戦闘服越しに伝わる、馴染んだ重さ。

 前回の敗北ではなかったものが、今日は戻ってきた。

 

(……やっぱり、これ好き)

 

 春麗は素直に認める。

 今日の敗者を見下ろしながら、黒の支度の名残が残る指先をリュウの額へ置いた。

 眉間の少し上を短く滑らせる。

 薄い紅色の線が残った。

 

「今日は、黒い私に十敗目」

 

「一度勝った」

 

「そこはさっき聞いたわ」

 

「忘れない」

 

「私も忘れないわよ」

 

 春麗は笑う。

 

「その一勝を取り返して、今日また私が勝ったこともね」

 

 リュウが少し眉を寄せる。

 

「悔しい?」

 

「かなりな」

 

「……いいわね」

 

「楽しんでいるな」

 

「ものすごくね」

 

 隠さない。

 

「だって今日のあなた、今までで一番完成に近かったのよ」

 

「まだ足りなかった」

 

「そう。黒もほとんど効かない。普通の攻防でも、もう私を好きだからって鈍ったりしない。昇龍拳だって、本当にあと少しだった」

 

 春麗はリュウの額に残した印を、指先で軽くなぞった。

 

「そのあなたに、私が勝ったの」

 

「取られたな」

 

「……最高の気分」

 

 リュウの眉がさらに寄る。

 春麗は、その顔さえ楽しそうに眺めた。

 今日は少し長く、この勝利を味わいたかった。

 リュウに残っていた穴は、もう本当に一回分しかなかった。

 次にそれが消えれば、自分は昇龍拳のあとに立てないかもしれない。

 だからこそ今日の勝利は今日のうちに、しっかり味わっておく。

 

「黒で十勝目だもの」

 

 春麗は少し得意そうに言って、リュウの髪を撫でた。

 


 

 十分に勝利を味わってから、春麗はリュウの右手を取った。

 今日、何度も自分を空へ運んだ昇龍拳の拳。

 その甲へも指先を滑らせ、薄い紅色の跡を残す。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「次は、私に一回分も残さないで」

 

 リュウが春麗を見る。

 

「壊すなって意味は変わらない。弱くするなも、逃げるなも、遅れるなも全部そのまま」

 

「分かっている」

 

「今日のあなたは、本当にあと一回だった」

 

 春麗はリュウの右拳を軽く包む。

 

「一歩動いて、一撃返す。それだけ私に残した」

 

「そこを使われた」

 

「ええ」

 

 春麗の表情が、勝者から修行相手のものへ変わった。

 

「だから次は、その一回も残さない」

 

 リュウの目を見る。

 

「必要以上に私を壊さないまま、昇龍拳そのもので私の試合を終わらせなさい」

 

 リュウは真っ直ぐ春麗を見る。

 

「次は届かせる」

 

「そう」

 

 春麗もそれ以上説明しなかった。

 もう二人とも、何を求めているのか分かっている。

 


 

 春麗はリュウの右拳を持ったまま、少しだけ今日の勝ち方を考えた。

 リュウの修行には、最後まで付き合うと決めている。

 だからこそ、今日残された一回を遠慮なく勝利へ使った。

 もし春麗が「修行だから」とそこで止まっていたら、リュウは自分にまだ何が足りないのかを知れなかった。

 本気で勝とうとする春麗がいる。

 その春麗に穴が見えれば、全部使われる。

 それでも昇龍拳だけで試合を終わらせられるようにならなければ意味がない。

 昔、リュウが春麗へ楽な課題を与えなかったように。

 春麗も、リュウへ楽な答えを渡さない。

 それでいい。

 

「ねえ、リュウ」

 

「何だ」

 

「修行にはちゃんと付き合うから、そこは安心して」

 

「分かっている」

 

「でも試合では、これからも容赦しないわよ」

 

「それでいい」

 

「今日みたいに穴が残ってたら、全部使うから」

 

「来い」

 

 春麗は一瞬黙り、それから笑った。

 

「……そうね。それが修行だものね」

 

 まったく、その通りだった。

 


 

 リュウを膝へ乗せたまま、春麗は今日の昇龍拳をもう一度思い返した。

 

 速かった。

 強かった。

 迷いもなかった。

 制御も、ほとんど身体へ馴染んでいる。

 春麗を必要以上に壊さない。

 そして今日、残したのは一回分だけだった。

 以前はいくつもあった課題が、一つずつ消えていった。

 

 黒い春麗を見ること。

 春麗を女として見ること。

 好きな女だと知ったまま戦うこと。

 昇龍拳から逃げないこと。

 昇龍拳を弱くせず制御すること。

 制御を考えて遅れないこと。

 必要以上に壊さないこと。

 そして今、残っているのは一つだけ。

 春麗に、一回分の戦える余力も残さない。

 

「……」

 

 春麗は膝の上のリュウを見る。

 

 次は、たぶん本当に来る。

 自分がずっと求めてきた完成した答え。

 それが来れば、今日のようには立てないかもしれない。

 それでも身体は必要以上に壊されず、試合だけが終わる。

 そうなれば、この修行は終わる。

 

(……次ね)

 

 胸の奥に、ほんの少しだけ緊張が入った。

 怖くはない。

 むしろ楽しみだった。

 春麗はリュウの額へ残した敗者の印を、いつもより少しだけ丁寧になぞる。

 

「春麗」

 

「何?」

 

「長い」

 

「何が?」

 

「印」

 

 春麗の指が止まった。

 

「……黒で十勝目だからよ」

 

「そうか」

 

「そうよ」

 

 少しだけ誤魔化してから、春麗はもう一度勝者の顔へ戻った。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「次も私が勝つから」

 

 リュウの目も、静かに勝負のものへ変わる。

 

「俺が勝つ」

 

 春麗は、その答えを待っていたように笑った。

 

「……そう言うと思った」

 

 今日、春麗は最後に残された一回を全部使い、勝利へ変えた。

 黒で十勝目。

 そして次、その一回すらリュウが残さなくなった時。

 この修行は、本当に終わるのかもしれない。

 それでも春麗は、次も本気で勝つつもりだった。

 


 

 記録板AIは、そこでログを停止した。

 

『検証ログ終了』

『黒い戦闘服第十一戦』

『結果/春麗勝利』

『黒い戦闘服戦績/春麗十勝・リュウ一勝』

『リュウ側修行編通算/春麗十一勝・リュウ一勝』

『注記/連勝記録ではありません』

『対象春麗/黒い戦闘服十勝目』

『以上、保存完了』




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回のエピソードは、黒い戦闘服での第十一戦。
そして春麗にとって、黒い戦闘服での十勝目。
この修行編全体では、通常の武道服での一勝も含めて十一勝目になります。

前回、リュウはとうとう黒い春麗へ初勝利しました。
それまで続いていた春麗の十連勝も止めた。
黒い春麗を女性として見る。
好きな女性として見る。
格闘家として見る。
そのすべてを同時に抱えたまま、通常の攻防ではほとんど濁らない。
この状態を一試合通して維持し、実際に勝利まで持っていった。

その意味では、リュウの「黒への適応」は前回でほぼ完成しています。
今回のリュウも非常に強いままです。

春麗が、
「今日も私、綺麗?」
と聞く。
リュウは、
「綺麗だ」
と答える。

そしてそのまま拳を振う。
もうこれが普通です。

最初の頃なら。
黒い戦闘服。
長く下ろした髪。
化粧。
距離。
視線。
言葉。
そうしたものが一つずつ、リュウの判断へわずかな負荷を加えていました。

春麗はその半拍にも満たない差を拾って何度も勝ってきた。
でも今回その黒戦術自体は、ほとんど勝因になっていません。

ここはかなり重要です。

黒い戦闘服はもう、
「リュウに効くから春麗が強い」
ためのものではなくなっています。

春麗自身も黒がほとんど効かないことを知っている。
それでも着る。
この姿で戦うのが好きだから。
この姿でリュウと向き合うことが、もう自分の戦い方の一つになったから。

つまり黒が「戦術」だけだった段階を完全に越え始めています。
これはこの先最終的に黒い戦闘服を戦闘外へ持っていくためにもかなり大事な変化です。

そして今回の中心はやはり昇龍拳です。

リュウの昇龍拳ももう本当にあと少しです。
撃つことを避けない。
最後に弱くしない。
春麗を壊さないようにするために考え込んで遅れることも、ほとんどない。
勝つための拳として。
速い、強い、正確。
そして春麗へ必要以上の損傷を与えない。
ここまで来ています。

前回リュウはその昇龍拳を何度も春麗へ入れました。
そして春麗が立ったあと通常の攻撃で残りを削り切って勝った。
つまり試合そのものには勝った。
でも春麗が求めていた、
「昇龍拳そのものだけで試合を終わらせる」
ところにはまだ届かなかった。

今回はさらにそこから進んでいます。

春麗が昇龍拳を受ける。

前回よりもっと深く削られる。
着地する。
膝が落ちる。
一瞬、春麗自身にも。
「今度こそ終わったかもしれない」
と思わせる。
でも、立つ。
ただし今回はもう何度も攻防できるほどの余力はありません。

本当にあと一回だけ。
踏み込み一回。
掌一つ。
それくらい。

ここで春麗が言うのが、
「でも、まだ私に一回分残してる」
です。

今回のリュウに残った未完成部分はもうそこまで小さくなりました。
黒を見て遅れるわけではない。
好きだから鈍るわけでもない。
昇龍拳を怖がって避けるわけでもない。
手加減するわけでもない。
制御を考えて遅れるわけでもない。
本当にただ春麗へあと一回動けるだけの戦闘能力を残してしまった。

そこだけ。

そして春麗は当然それを使います。
今回ここが一番春麗らしいところだと思っています。

リュウに昇龍拳を完成させてほしい。

昔、自分の修行へ付き合ってもらった恩も返したい。
リュウ本人から、
「完成まで付き合ってほしい」
と頼られたこともものすごく嬉しい。
だから修行には本気で付き合う。

でも、だからといって試合で負けてあげる理由は一つもない。
むしろ本気で勝ちに来る春麗をリュウが昇龍拳だけで正確に終わらせられなければ完成とは言えない。
だからリュウが春麗へ一回分残したなら、春麗はその一回を全力で勝利へ変える。

ここは春麗にとって恩返しと勝利欲がまったく矛盾していません。
むしろ本気でリュウを倒しにいくこと自体が修行相手としての誠実さになっています。

今回春麗は黒戦術で最後の隙を作っていません。
前回の試合でリュウがどう勝ったかを覚えている。

昇龍拳で春麗を削る。
春麗が立つ。
そこへ通常攻撃で追撃して残りを取り切る。
前回リュウが使った勝ち筋です。
だから今回春麗はそこまで読む。

昇龍拳を受けたあと自分にはあと一回しかない。
リュウが追撃に来る。
それを最後の一歩だけ使って外す。
そして最後の発勁。
全部そこへ入れる。
リュウ自身にももう余力はほとんど残っていない。
だからその一撃が先にリュウを落とす。
春麗もその直後にはもう次の一撃なんて出せない。

本当に紙一重。

そして
「……私の勝ちよ」
これが春麗の黒十勝目になりました。
かなり美味しい勝利です。

というより春麗にとっては今まででもかなり上位に来る勝利だと思います。
黒戦術そのものはもうほとんど効かない。
リュウは一度黒い春麗へ勝っている。
明鏡止水もほぼ完成状態。
昇龍拳まであと一回分。
そのリュウへ最後に残った。

たった一滴の未完成を見逃さず、全部使い切って勝った。
だから今回の春麗には勝者酔いをかなり思い切り味わわせています。

「黒十勝目」

これは大きいです。
一度リュウに負けたあと取り返して。
とうとう黒で十勝。
しかもリュウは以前より遥かに強い。
だから春麗ももう隠しません。
「気持ちいい」
「今日は隠す気ないもの」
「今日の勝ち、かなり好き」
ここまで普通に言っています。

春麗の勝者酔いはもう恥ずかしいから否定するものではありません。
勝つのが好き。
リュウに勝つのが好き。
強くなったリュウに勝つのはもっと好き。
そこは完全に自分の中へ取り込まれています。

そして今回は膝枕と敗者の印も最大限味わっています。
前回初めて黒で負けたため勝利後の膝枕がなかった。
それだけで春麗はかなり物足りなさを感じていました。

今回取り返した。
だからまた安全確認。
床へ座る。
黒い裾を整える。
膝を叩く。
「ほら、こっちに来て」
とリュウを膝へ乗せる。

額へ敗者の印。
昇龍拳の右手にも敗者の印。
もう完全に習慣です。
そして今回は黒十勝目。

春麗からすれば最高に美味しい。
だからいつもより少し長く味わう。

ここで春麗自身は薄々分かっています。

次、この膝枕ができないかもしれない。
今日リュウへ残った未完成はもう一回分だけだった。
そこさえなくなれば次に昇龍拳を受けた春麗は立てない。
しかも身体は必要以上に壊れていない。
なら修行は完成。
そしてたぶんリュウが勝つ。
春麗もそこまでもう見えています。

だから今回リュウの額の敗者の印をいつもより少し丁寧になぞっています。
リュウ本人から、
「さっきから長い」
と指摘される。
春麗は、
「……十勝目だからよ」
としか答えない。

ここもかなり好きなところです。

春麗は次に負けるかもしれないことをもう怖がってはいません。
でもだからといって、
「次は負けてもいい」
とも絶対に思わない。

今日の勝利を最後かもしれないからしっかり味わう。
でも次も本気で勝ちに行く。
その両方です。

そして今回の最後の宿題はもう非常に短いものになりました。
それまで春麗はリュウへかなり長い要求を何度も出しています。

見ろ。
逃げるな。
弱くするな。
制御しろ。
考えて遅れるな。
壊すな。
試合を終わらせろ。
でも今回はもうそこまで説明する必要がない。

二人とも分かっている。

だから春麗が言うのは。
「次、私に一回分も残さないで」
これだけでほぼ全部です。

壊すなという意味は変わらない。
弱くするな。
逃げるな。
遅れるな。
全部そのまま。
そして。
「昇龍拳だけで」
「私の試合を終わらせなさい」
リュウ
「ああ」
これで最終宿題が完全に確定しました。

次リュウがその一回分まで正確に削り切る。
でも春麗の身体は必要以上には壊さない。
春麗自身も最後まで本気で勝ちに行く。
それでも昇龍拳だけで春麗の試合が終わる。
そこへ届けば完成です。

そして今回の春麗の勝利はこの修行編における春麗側の答えもかなり完成させています。
勝利の甘さをここまで知った。
黒十勝。
膝枕。
敗者の印。
リュウを見下ろして。
悔しいと言わせる。
全部好き。
それでもその勝利を守るためにリュウの最後の未完成を隠しておこうとは一切思わない。
むしろ自分が勝つために使ったたった一回分の穴を勝った直後に全部本人へ教える。
「次は、それすら残すな」
と言う。
これは勝者酔いに支配されていないかなり明確な証明になっています。

春麗は勝利が大好きです。
でも勝利のためにリュウを弱いまま固定したいわけではない。

もっと強くなれ。
完成しろ。
そしてそのあなたにも私は勝ちに行く。
そこまで来ました。
だから今回の第十一戦は春麗にとって黒い戦闘服での勝利の完成回です。

黒十勝。
勝者酔い。
膝枕。
敗者の印。
全部最大まで味わった。
そしてその直後に次のリュウへ最後の一つを要求した。
「私に、一回分も残さないで」
ここから先、もうリュウに途中回答はほとんど残っていません。

次完成するか、しないか、それだけです。
そして春麗も薄々分かっている。
今日が自分の最後の黒勝利になるかもしれない。

それでも最後に言うのはやっぱり。
「次も、私が勝つから」
です。

リュウは
「俺が勝つ」
と返す。

春麗は。
「……そう言うと思った」
と笑う。
この二人らしいところまでようやく来たと思います。
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