また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、三週間ぶりのリュウを夏塩蹴で撃ち落とす

 リュウが街を出てから、三週間が経った。

 

 あの翌朝、春麗は見送りには行かなかった。

 行かなければ次がなくなるとは、もう思わなかったからだ。

 実際、数日後にはリュウから連絡が来た。

 春麗の仕事とリュウの旅程を合わせ、何度かやり取りをして日を決めた。

 場所は、いつものところ。

 試合が終わったら一緒に食事をすることも、先に決めてある。

 

 そして今日。

 

 春麗は青い武道服で、何度もリュウと拳を交えてきた場所に立っていた。

 向こうから白い道着が近づいてくる。

 リュウだった。

 

「久しぶりね」

 

「三週間ぶりだな」

 

「あら。ちゃんと数えてたのね」

 

「覚えている」

 

「相変わらずね」

 

「何がだ」

 

「そういうところ」

 

 春麗は小さく笑った。

 

 三週間ぶりに会えて嬉しい。

 そこはもう、わざわざ否定することではない。

 けれど今日は、ただ会うために来たわけではない。

 約束していたリュウとの再戦のために、ここへ来た。

 春麗は一歩下がり、構えた。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日は私が勝つわよ」

 

 リュウも拳を上げる。

 

「俺が勝つ」

 

「そう言うと思ったわ」

 

 その返事が、妙に嬉しい。

 春麗は笑ったまま地面を蹴った。

 


 

 最初に動いたのは春麗だった。

 踏み込み、しゃがんだ姿勢からリュウの前足へ低蹴打を放つ。

 リュウが半歩引けば、そのまま追って上段蹴へつないだ。

 リュウは腕を上げて受け止める。

 春麗はさらに追突拳を重ねるが、今度はリュウの正拳が返ってきた。

 春麗はすぐに両腕を上げてリュウの正拳を受け止める。

 重い衝撃がガード越しに伝わり、足がわずかに後ろへ滑った。

 

「重いわね」

 

「春麗もな」

 

「当然でしょう」

 

 春麗の口元が上がる。

 三週間ぶりでも、この距離と拳の重さは身体が覚えている。

 そして今の一合で、もう一つ分かった。

 リュウは春麗が踏み込んだあと、動きの終わりへ拳を置いてくる。

 

 ならば。

 

 春麗は再び前へ出た。

 先ほどと同じように、低い姿勢からリュウの間合いへ踏み込む。

 正拳が来ると読んだ春麗は、攻撃へ移る直前で踏み込みを止めた。

 それを迎え撃とうとしたリュウの正拳が、春麗の目の前で空を切る。

 

「もらったわ!」

 

 春麗は拳の外側へ入り、脇腹へ中段蹴を叩き込んだ。

 

「っ」

 

 今度は入った。

 リュウが一歩下がる。

 春麗は追う。

 その時、リュウの両手が腰の横へ引かれた。

 青白い光が集まる。

 

「……まさか」

 

「波動拳!」

 

 気の塊が地面すれすれを走った。

 

「波動拳を使うの!?」

 

 春麗は反射的に横へ抜ける。

 波動拳が青い裾の脇を走り抜け、背後の地面へぶつかった。土が跳ねる。

 春麗は着地すると、すぐにリュウを見た。

 

「ちょっと。今まで私との試合じゃ、波動拳なんてほとんど使わなかったでしょう?」

 

「今日は使う」

 

 リュウは構えを崩さない。

 

「俺が使えるものは何でも使うつもりだ」

 

 春麗は一瞬だけ黙った。

 それから笑った。

 

「ええ。それでいいわ」

 

 構えを戻す。

 

「今のあなたに勝たなきゃ意味がないもの」

 

 リュウの目が鋭くなる。

 

「こい!」

 


 

 そこから、試合の景色が変わった。

 リュウが距離を取る。

 

「波動拳!」

 

 春麗はぎりぎりまで待ってから、斜め前へ踏み込んだ。

 気の射線を外しながら一気に間合いを詰める。

 

「はあああっ!」

 

 中段から百裂脚を放つ。

 連続する蹴りをリュウが腕で受ける。

 途中から距離を外そうとするが、すべては止めきれない。

 何発かが腕を抜け、身体へ入った。

 

 それでも春麗は欲張らなかった。

 リュウの重心が沈んだのを見て、百裂脚を途中で切る。

 

 直後、短い正拳が肩をかすめた。

 

「っ……!」

 

 浅い。

 春麗もすぐに蹴りを返した。

 今度はリュウの身体へ入る。

 大きな傷にはならない。

 それでも互いに一発ずつ、確実に削り合った。

 

「波動拳!」

 

 放たれた波動拳は距離が近かった。

 横へ抜ける余裕が少ない。

 春麗は即座に跳んで避ける判断をした。

 波動拳を飛び越え、そのまま上からリュウへ入る。

 最短の反撃。そう思った瞬間、リュウの重心が落ちた。

 

「昇龍拳!」

 

「――っ!」

 

 下から拳が突き上がる。

 春麗は空中で身体をひねった。

 完全には避けられない。

 拳が腕から脇腹へ食い込み、強い衝撃に身体を持ち上げられた。

 

「くっ……!」

 

 後方へ弾かれる。

 それでも空中で姿勢を整え、足から着地した。

 大きく滑る。

 片膝が落ちそうになる。

 春麗は踏みとどまった。

 

「……なるほどね」

 

 腕が痛む。

 脇腹も熱い。

 まともに入っていたら、さらに大きく持っていかれていただろう。

 それでも春麗の口元は上がっていた。

 

 波動拳を飛び越えて攻める。

 その選択には、昇龍拳という明確な答えがある。

 春麗は波動拳から昇龍拳の流れは一度見た。

 なら、次は同じようには飛ばない。

 

「いいじゃない」

 

「何がだ」

 

「やることが増えたわ。それにその方が面白い!」

 

 春麗は再び前へ出る。

 


 

 春麗は地上戦へ戻した。

 上段蹴がリュウの胸を捉える。

 さらに踏み込もうとしたところで、リュウの腰が沈んだ。

 先ほどの昇龍拳が頭をよぎる。

 春麗は踏み込みを途中で止めた。

 迎撃に出たリュウの正拳が空を切る。

 春麗は正拳の軌道から横へ外れ、そのままリュウの脇腹へ踏み込んだ。

 そこへ蹴りを叩き込む。

 

「っ」

 

「二度はもらわないわよ!」

 

 だが、リュウも同じ攻防を続けるつもりはなかった。

 春麗が言葉を出した瞬間、左の拳が肩へ入る。

 

「うっ……!」

 

 身体が回った。

 春麗はその回転を殺さない。

 軸足を返し、そのまま後周脚へつなぐ。

 蹴りがリュウの胸を捉えた。

 二人が同時に離れる。

 

「……ほんと」

 

 春麗は荒い息を吐いた。

 

「久しぶりなのに、ずいぶん色々出してくれるわね」

 

「春麗もだ」

 

「私?」

 

「前より止まらない」

 

 一瞬だけ、胸の奥へ別の熱が走る。

 けれど今日は、その言葉でも本当に止まらない。

 

「試合中にそういうこと言うの、相変わらずね」

 

「思ったことを言っただけだ」

 

「そういうところよ」

 

 春麗は構えたまま笑った。

 

「でも今日は、それくらいじゃ止まらないから」

 

 リュウも構え直す。

 

「分かっている」

 


 

 そこから先は、互いに一度見せたものをそのまま使えなくなった。

 リュウが波動拳の構えを見せる。

 春麗は跳ばない。

 その反応を見ると、リュウは波動拳を撃たず、自分から間合いを詰めた。

 

 放たれる正拳。

 春麗は受ける。

 その防御へリュウがさらに身体を入れた。

 

「っ?」

 

 腕を取られる。

 次の瞬間、春麗の身体が浮いた。

 巴投げ。

 

「くっ……!」

 

 背中から落ちる。

 すぐに起き上がったが、今の一投は重い。

 

(波動拳を見せて、今度は地上から来る……!)

 

 一度の対応へ、すぐ次の答えを返してくる。

 なら、こちらも返す。

 春麗は再び間合いへ入った。

 今度はリュウが通常技を警戒して守りを固める。

 その瞬間、春麗は打撃を選ばなかった。

 

「はっ!」

 

 懐へ潜り込み、虎襲倒。

 今度はリュウの身体が宙へ上がる。

 そのまま地面へ叩きつけた。

 今の一投で、リュウの余力を大きく削れた手応えがある。

 春麗はそのまま攻勢を維持しようと前へ出る。

 

 そこへ青白い光が走った。

 

「波動拳!」

 

「っ――!」

 

 間に合わない。

 中距離から放たれた波動拳をまともに受けた。

 衝撃が身体を貫き、春麗が大きく後ろへ押し戻される。

 

 息が詰まる。

 それまでの小さな打撃とは明らかに違う。

 リュウは、春麗の前進が鈍ったと見て距離を詰めてきた。

 春麗は下がらない。

 

(来るなら――)

 

 近距離。

 そこへ重い掌を置く。

 

「はあっ!」

 

 発勁。

 春麗の掌が、前へ出たリュウの胸を捉えた。

 

「っ!」

 

 リュウの身体が止まる。

 だが、その距離ではリュウの拳も届く。

 重い正拳が春麗へ入った。

 

「くっ……!」

 

 一歩押される。

 春麗はさらに一歩だけ距離を外した。

 それをリュウが追うが、春麗は前進してくるリュウへ拳を伸ばす。

 

 開脚突拳。

 

 拳がリュウを捉え、中距離まで押し戻した。

 間合いが変わる。

 リュウは低くしゃがみ、春麗の前脚へくるぶしキックを差し込んだ。

 リュウのくるぶしキックが前脚へ入り、春麗の軸が一瞬ぶれる。

 それでも倒れず、春麗は崩れた姿勢を低いまま立て直した。

 

「っ……!」

 

 その低い位置から、今度は春麗が元伝暗殺蹴を返す。

 蹴りがリュウの前脚を捉え、今度はこちらが体勢を揺らした。

 だがリュウも止まらない。

 踏み直した足を軸に、高い蹴りを振り抜く。

 春麗は避けきれず、肩口を蹴りに打たれた。

 

「くっ……!」

 

 上体を揺らしながらも、すぐに上段蹴を返す。

 今度は春麗の脚がリュウを捉えた。

 

 互いに一撃ずつ返し合う。

 だが、その交換を終わらせたのはリュウだった。

 

 春麗が蹴り足を戻すところへ一歩入り、中段の蹴りを叩き込む。

 

「っ……!」

 

 春麗の身体が押し戻された。

 呼吸がさらに重くなり、脚にも疲労が溜まっている。

 それでも春麗は構えを崩さず、また前へ出た。

 

「はああっ!」

 

 小さく刻む百裂脚。

 リュウはガードする。

 決定打にはならない。

 それでも連続する蹴りが腕の上から体力を削っていく。

 リュウの呼吸が一段深くなった。

 

(あと少し)

 

 そう思った春麗へ、リュウも細かく返してきた。

 中段の拳。

 春麗の身体が揺れる。

 続けて短い正拳。

 さらに低い蹴り。

 

「っ……!」

 

 一つ一つは大きくない。

 だが、もうその小さな攻撃さえ重い。

 二人とも、ほとんど残っていなかった。

 


 

 終盤。

 

 春麗の呼吸は荒い。

 腕は重く、脇腹も痛む。

 リュウの道着も土で汚れ、肩が大きく上下している。

 どちらも、あと一撃。

 あるいは数合。

 その程度で決まる。

 春麗にも分かっていた。

 

 リュウが間合いを離す。

 春麗は追わない。

 両手が腰へ引かれた。

 青白い光が集まる。

 身体が反射的に跳ぼうとした。

 波動拳を飛び越え、上から攻める。

 さっきまでなら、それが最短だった。

 

 ――違う。

 

 春麗の足は地面から離れなかった。

 リュウを見る。

 腰、脚、肩。

 波動拳を放つ姿勢。

 そして、その先にある昇龍拳。

 先ほど一度、自分はそこへ飛び込んだ。

 リュウは下で待っていた。

 

(また待ってるかもしれない)

 

 確信はない。

 それでも十分だった。

 

「波動拳!」

 

 青白い気が走る。

 春麗は跳ばない。

 両腕を重ね、腰を落とした。

 正面から受ける。

 

「っ――!」

 

 衝撃がガードを押し込んだ。

 足が土を削る。

 一歩、さらに半歩。

 防いでいる。

 それでも削られる。

 残っていた力が、一気に持っていかれた。

 

「――まだ!」

 

 歯を食いしばる。

 脚へ力を入れる。

 倒れない。

 波動拳が両腕の前で散り、土煙が上がった。

 

 春麗は立っていた。

 

「……っ」

 

 腕が震える。

 脚も重い。

 もう、本当にあと一撃だ。

 それでも立っている。

 

(跳ばなかった)

 

 土煙の向こうを見る。

 リュウにも、その事実は見えている。

 春麗が跳ばなかった以上、波動拳から昇龍拳へつなぐ形にはならない。

 なら、次に何をする。

 こちらの両腕は痺れている。

 姿勢も崩れかけている。

 距離はまだある。

 もう一発、波動拳を撃つのか。

 地上から詰めるのか。

 

 その時。

 

 土煙の向こうで白い影が動いた。

 

(来る)

 

 リュウが地面を蹴る。

 

 上へ。

 そして前へ。

 リュウが跳んだ。

 

 春麗の目が開く。

 

 白い道着が土煙の上へ出た。

 波動拳を受けてもなお立っている春麗を、今度こそ仕留めるための跳び込み。

 拳と脚が、頭上から落ちてくる。

 

 その瞬間。

 

 春麗の口元が上がった。

 今までとは逆だった。

 波動拳を越えるために、自分が先に跳んだ。

 リュウが下で待ち、昇龍拳で迎えた。

 でも今回はリュウが先に跳んだ。

 自分はまだ地上にいる。

 空中へ入ったリュウは、もう大きく軌道を変えられない。

 

「……あなたが、跳ぶのね!」

 

 春麗はほんの一瞬遅れて地面を蹴った。

 垂直に近い跳躍。

 リュウの跳び込み軌道へ、後から入る。

 腰をひねり、片脚を大きく振り上げた。

 

「夏塩蹴!」

 

 春麗の脚が、リュウの攻撃より先に届いた。

 

「っ!」

 

 空中で二人の軌道が交差する。

 リュウの攻撃は春麗へ届かない。

 夏塩蹴だけが、正確にリュウを捉えた。

 

 白い道着が空中で崩れる。

 リュウの身体が後方へ弾かれた。

 

 春麗は先に着地する。

 右足、左足、膝が大きく震える。

 それでも、膝をつかない。

 正面ではリュウが地面へ落ち、受け身を取った。

 

 片手をつく。

 リュウは立ち上がろうとする。

 だが、腕に力が入らない。

 片膝をついたまま、身体が止まった。

 

 風が吹く。

 青い武道服の裾が揺れた。

 春麗は立っている。

 リュウは立てない。

 最後の最後。

 ほんの一手だけ、春麗が先へ行った。

 

 勝敗が決まった。

 

 


 

 春麗は、しばらくその場から動けなかった。

 動かなかったのではない。

 本当に、もうほとんど余力が残っていなかった。

 腕は痺れている。

 脚も重い。

 波動拳の削りがあと少し大きかったら。

 夏塩蹴がほんの一瞬遅かったら。

 倒れていたのは自分だった。

 それでも今、立っている。

 リュウが顔を上げた。

 春麗はその姿を見る。

 少しずつ口元が上がっていった。

 

「……今回は私の勝ちね」

 

「ああ。俺の負けだ」

 

 その言葉を聞いて、とうとう笑った。

 

「……ふふ」

 

「楽しそうだな」

 

「楽しいわよ」

 

 即答した。

 

「三週間ぶりに本気で戦って、波動拳も昇龍拳も全部出されて、最後なんて波動拳でほとんど削り切られて」

 

 春麗は少しだけ顎を上げた。

 

「それでも私が勝ったんだから」

 

「最後を取られた」

 

「ええ。取ったわ」

 

 嬉しい。

 本当に。

 

 少し呼吸を整えてから、春麗は聞いた。

 

「ねえ、リュウ」

 

「何だ」

 

「今日の私、強かった?」

 

 リュウは迷わなかった。

 

「強かった」

 

「どのくらい?」

 

「最後まで勝敗が読めなかった」

 

「……そう」

 

 胸の奥へ甘いものが広がる。

 今は、それで十分だった。

 春麗はリュウのところまで歩き、右手を差し出した。

 

「ほら。起きなさい」

 

「春麗も限界だろう」

 

「今は私が立ってるの」

 

 リュウが少し春麗を見る。

 

「そうだな」

 

「つまり?」

 

「今日は春麗の勝ちだ」

 

 春麗の笑みが深くなった。

 

「分かってるじゃない」

 

 リュウが手を取る。

 春麗が引いた。

 本当は、自分の脚もかなり危ない。

 それでも二人でどうにか立ち上がる。

 肩が触れそうな距離になった。

 

「次は俺が勝つ」

 

 リュウが言う。

 

「あなたならそう言うでしょうね。私も次を譲る気はないわ」

 

「そうか」

 

「ええ。次も私が勝つわ」

 

「そうはさせない」

 

 春麗は楽しそうに笑った。

 

「ふふ。そう言うと思った」

 

 二人は、ゆっくり歩き出した。

 


 

 何歩か進んだところで、春麗が思い出す。

 

「そうだ。食事」

 

「ああ、約束だったな」

 

「私が勝ったからじゃないわよ」

 

「分かっている」

 

「試合する前から決めてたんだから」

 

「そうだな」

 

「……分かっているならいいわ」

 

 春麗は前を向いた。

 

 三週間前、リュウは旅へ出た。

 あの時、春麗は見送りには行かなかった。

 それでも連絡が来た。

 

 会う日を決めた。そしてまた会えた。

 今日リュウと戦い、試合は春麗が勝った。

 そしてこれから、予定通り一緒に食事へ行く。

 試合に勝ったから次ができたわけではない。

 もし今日負けていても、食事がなくなるわけではなかった。

 そこをもう、不安に思う必要もない。

 だから今日はただ勝ったことを、思いきり喜べばいい。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

 春麗は歩きながら少し笑った。

 

「さっきの夏塩蹴、綺麗に入ったでしょう?」

 

「入ったな」

 

「あなたが先に跳んだのよ」

 

「分かっている」

 

「私が後からあなたを撃ち落とした」

 

「ああ、覚えている」

 

「……そう」

 

 春麗の口元が、さらに上がった。

 

「なら次は、それも対策してきなさい」

 

「そのつもりだ」

 

「その上で――」

 

 青い袖が風に揺れる。

 

「また私が勝つから」

 

「次は俺が勝つ」

 

「ふふ」

 

 春麗は笑った。

 

 三週間ぶりの再戦は、最後の最後まで分からなかった。

 その最後にほんの一手だけ、春麗が先へ行った。

 今日は、それで十分だった。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回のエピソードは、かなり久しぶりになる本編春麗とリュウの「純粋な試合」を描いた回です。

冒頭では、リュウが旅立ってから三週間が経っています。以前の春麗なら、リュウが街を離れること自体に「次に会えるのか」という不安がついて回りました。
しかし今は、見送りに走らなくてもいい。離れたあとに連絡を取り、互いの予定を合わせ、約束してまた会える。そこはもう一つの事件として描く必要がないところまで来ています。

だから今回は、その三週間を短く飛ばしました。

会うまでではなく、会ったあとに何をするのか。
答えは最初から決まっています。

戦う。
それも、「会いたいから試合をする」のではありません。

三週間ぶりにリュウへ会えて嬉しい。
それとは別に、リュウと戦いたい。
そして勝ちたい。

この三つが、ようやく同時に存在できるようになりました。

今回もう一つ大きかったのが、リュウが波動拳と昇龍拳を本格的に使い始めたことです。

これまで本編春麗とリュウの試合は肉弾戦が中心でした。前回の試合も、最後には春麗の掌とリュウの拳がほぼ同時に入り、互いに次の一手を失う相打ちでした。
今回はそこから一段進んでいます。

リュウは「使えるものは使う」。
春麗も、それを歓迎する。

しかし春麗は、別の誰かの経験を持っているわけではありません。
波動拳を実際に受け、速度を見る。
リュウの腰を見る。肩を見る。距離を見る。
そして一度、波動拳を跳び越えようとして昇龍拳を受ける。

そこから自分で学びます。

この「一試合の中で覚える」というところは、今回かなり大事にした部分です。
最後の波動拳も、春麗は最初なら跳んでいたでしょう。

でも一度見た。
波動拳を撃った後のリュウが、まだ下から迎撃できる姿勢を残している。
なら、跳ばない。
正面から受ける。
それは安全な選択ではありません。残っていた体力がほとんど削り切られる、本当に紙一重の判断です。

それでも耐えた結果、今度はリュウが自分から跳ぶことになる。

そこで、
「……あなたが跳ぶのね!」
となります。

リュウが春麗へやろうとしていた、
「波動拳で跳ばせて、下から撃ち落とす」
という形を、
「私は跳ばない。あなたを跳ばせて、私が下から撃ち落とす」
へひっくり返したのが、最後の夏塩蹴です。

前回の試合では、同じくらい拮抗した二人が最後に同時に一撃を出して相打ちになりました。
今回は同じくらいギリギリでも、最後の一手だけ春麗が先を読みました。

だから今回は相打ちではなく、春麗の勝ちです。
圧勝ではありません。
あと少し波動拳の削りが強ければ春麗が倒れていた。
夏塩蹴が少し遅ければリュウの攻撃が届いていた。

そのくらいの差です。
だからこそ、勝った春麗には思い切り喜んでもらいました。

「……勝った」
「私の勝ち?」
「本当に?」

と何度も確かめていますが、これは関係を確認しているわけではありません。
単純に、ものすごく嬉しいからです。
久しぶりにリュウと本気で戦った。

今までほとんど本編春麗との試合で使われていなかった必殺技まで使われた。
ぎりぎりまで追い詰められた。
それでも最後に自分が立っていた。
格闘家として、それを味わっています。

そして
「今日の私、強かった?」
という春麗はリュウに問います。

この物語の春麗にとって、リュウから「強かった」と言われることには、ずっと特別な意味があります。
ただ、今の春麗はそれを「関係が続く保証」として求めているわけではありません。

勝った。
そのうえで。
好きな相手であり、自分が認めている格闘家でもあるリュウから、
「強かった」
と言ってもらいたい。

それだけです。

最後に食事へ行くところも同じです。
春麗が勝ったから食事へ行くわけではありません。
負けていたら中止になったわけでもありません。
試合をする前から決まっていた予定です。

今日は春麗が勝った。
リュウは次は勝つと言う。
春麗も次も勝つと言う。
そして二人は普通に食事へ行く。

ここまで長くかかりましたが、本編春麗がようやく、
「会うこと」
「戦うこと」
「勝つこと」
「負けること」
「その後も一緒にいること」
を、それぞれ別のものとして持てるようになりました。

今回はその成長を説明する話ではなく、実際にそれができているところを見せる試合回です。

三週間ぶり。
いつもの場所。
青い武道服。
そして、久しぶりの本編春麗の勝利。

最後の一手だけ先へ行けた今日は、素直に勝者として喜んでもらいました。
次に同じ手がリュウへ通じるとは限りません。
本人にも、もうそれが分かっています。
だから最後に言うのは、
「それも対策してきなさい」
そして、
「その上で、また私が勝つから」
です。

ようやく本編春麗も、「次の試合」を普通に欲しがれるところまで帰ってきました。
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