また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※本編確定ではなく、断章IFです。


断章IF:本編春麗は、勝った日の食事で次に会える日を聞く

 試合場を離れてしばらくして、春麗は自分が思っていた以上にゆっくり歩いていることに気づいた。

 隣を歩くリュウも似たようなものだった。

 春麗は腕が痺れ、脇腹も痛む。

 最後に正面から受けた波動拳の衝撃も、まだ身体の奥に残っていた。

 

 リュウも夏塩蹴をまともに受けたばかりだ。

 どちらも元気とは言い難い。

 それでも、春麗の口元は何度も緩んだ。

 

「また笑っているな」

 

「仕方ないでしょう。あれだけぎりぎりで勝ったんだから」

 

「今日は春麗の勝ちだ」

 

「そう。そこはちゃんと覚えておいて」

 

 土煙の向こうから先に跳んだリュウ。

 地上に残った自分。そして、ほんの一瞬遅れて跳び、夏塩蹴で空中から撃ち落とした最後の攻防を思い出す。

 

 春麗の口元が、また自然に緩んだ。

 

「よほど気に入ったんだな」

 

「当然でしょう。最後の一手を取ったのは私なんだから」

 

 何度思い返しても気分がいい。

 春麗は勝者の笑みを隠さないまま、リュウと並んで食堂へ向かった。

 


 

 入ったのは、以前にも二人で使ったことのある小さな食堂だった。

 昼を少し過ぎていたため、店内はそれほど混んでいない。

 二人は向かい合って座った。

 春麗は椅子へ腰を下ろした瞬間、小さく息を吐く。

 

「……痛」

 

「大丈夫か」

 

「大丈夫よ」

 

 即答すると、リュウがじっと春麗を見る。

 

「何よ」

 

「無理をしていないか」

 

「してないわよ。……少ししか」

 

「しているんじゃないか」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

 春麗はリュウの肩へ視線を向けた。

 

「そっちだって、さっきまで立てなかったでしょう?」

 

「夏塩蹴をまともにもらったからな」

 

「そう。私が後から跳んで、綺麗に撃ち落とした夏塩蹴」

 

「覚えている」

 

「悔しい?」

 

「かなりな」

 

 春麗の表情が目に見えて明るくなる。

 

「……そう。ならいいわ」

 

「楽しんでいるな」

 

「楽しいわよ。何度言わせるの」

 

 ちょうど料理が運ばれてきた。

 春麗は箸を取る。

 

「いただきます」

 

 それから、まだこちらを見ているリュウへ眉を上げた。

 

「あなたも食べなさい。今日はかなり消耗したでしょう?」

 

「春麗もな」

 

「だから食べるのよ」

 

 二人はしばらく、本当に食事だけをした。

 試合直後の勝者と敗者ではある。

 けれど、それを除けば以前と同じように向かい合って食べている。

 春麗はそのことを、わざわざ確認しなかった。

 

 勝った。

 嬉しい。

 そして今は、お腹が空いている。

 だから食べる。

 それでよかった。

 


 

 料理が半分ほど減った頃、リュウが箸を止めた。

 

「次は、最後の蹴りを警戒する」

 

 春麗も箸を止める。

 

「夏塩蹴?」

 

「あの形では、もうもらわない」

 

「……もう対策する気なの?」

 

「負けたからな」

 

 春麗は少し目を細めた。

 

「だったら、まずはちゃんと悔しがりなさいよ」

 

「悔しいから考えている」

 

「そういうところなのよ、あなたは」

 

 呆れながらも、春麗は笑った。

 

「まあ、いいわ。だったら次までに考えてきなさい」

 

「そのつもりだ」

 

「私が波動拳を見ても跳ばなかったことも、最後にあなたが先に跳んだことも」

 

「ああ、忘れない」

 

「その全部を対策したあなたにも、私は勝つわ」

 

 リュウの目に、少しだけ勝負の色が戻った。

 

「そうはさせない。次は俺が勝つ」

 

 春麗は満足そうに笑った。

 

「ふふ。そうでなくちゃ」

 

 その返事を聞いても、もう何も怖くない。

 今日通じた手が、次には通じなくなる。なら、また別の手を考えればいい。

 それだけだった。

 

 春麗は再び箸を取った。

 

「それにしても、今日は本当に色々使ったわね」

 

「波動拳か」

 

「それと昇龍拳」

 

「ああ」

 

 春麗は少し眉を寄せた。

 

「改めて聞くけど、どうして今まで私との試合では、あまり使わなかったの?」

 

 リュウはすぐには答えなかった。

 

「……分からない」

 

「分からない?」

 

「自分でも不思議なんだ」

 

 春麗も箸を止める。

 

「何が?」

 

「春麗には、前から何度も波動拳を撃ったような気がする」

 

 春麗の目がわずかに動いた。

 

「……何ですって?」

 

「昇龍拳もだ」

 

 春麗は黙った。

 

「何度も使った気がする」

 

 おかしい。

 本編で積み上げてきた二人の試合は、基本的に近距離の肉弾戦だった。

 今日のように、リュウが何度も波動拳を撃ち、春麗がそれを処理しながら近づくような試合を繰り返した記憶はない。

 けれど春麗には、一つだけ心当たりがあった。

 

 拳の残響。

 

 春麗会議室で観測してきた別の可能性。

 そこでは、リュウが波動拳を撃った。

 昇龍拳も使った。

 何度も。

 それが記憶としてではなく、拳のどこかへ薄く残る現象は、以前から観測されている。

 

(……残ってるじゃない)

 

 春麗は心の中だけで呟いた。

 

(かなり具体的に)

 

 もちろん、それをリュウへ説明するつもりはない。

 

「……気のせいじゃない?」

 

「そうかもしれない」

 

「そうよ」

 

「ただ、今日の最初の波動拳を撃った時、春麗が跳ぶと思った」

 

 春麗の箸が止まった。

 

「そのあと、昇龍拳を撃てる気がした」

 

 そこまで具体的なのか。

 春麗は内心で少しだけ頭を抱えた。

 

「それで実際に私が跳んだから、昇龍拳を撃ったのね」

 

「そうだ」

 

「今回、私が跳ばなかった」

 

「そこで形が変わった」

 

「最後にはあなたが跳んだ」

 

「そして撃ち落とされた」

 

 春麗の口元が上がる。

 

「そこまでちゃんと覚えてるなら、よろしい」

 

 拳の残響が影響していた可能性はある。

 けれど今日の勝敗まで、それが決めたわけではない。

 春麗はその場で波動拳を見た。

 一度跳んで昇龍拳を受けた。

 次は跳ばないと決めた。

 最後に先に跳んだリュウを見て、夏塩蹴を選んだ。

 今日の勝利は、今日の春麗が取ったものだ。

 そこに迷いはなかった。

 

「まあ、いいわ」

 

「いいのか」

 

「ええ。次からも使って」

 

「波動拳もか」

 

「昇龍拳も。あなたが今使えるものなら、全部」

 

 春麗は少し笑った。

 

「そのあなたに勝った方が、嬉しいもの」

 

 リュウが短く頷く。

 

「分かった」

 

「今日だってそうでしょう? 波動拳も昇龍拳も使ったあなたに、私が勝った」

 

「そうだな」

 

「……ふふ」

 

「また笑っている」

 

「今日は許しなさいって言ったでしょう」

 


 

 食事を終える頃には、身体の痛みも少し落ち着いていた。

 店を出ると、午後の光が少し傾いている。

 二人でしばらく歩いた。

 試合場から食堂へ向かった時より、足取りも軽い。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「今日はこのあとどうするの?」

 

「休む」

 

「それがいいわ。私も帰るわ」

 

「そうか」

 

 一度、会話が途切れた。

 以前の春麗なら、ここからかなり考えただろう。

 

 今日聞いていいのか。

 次を求めすぎていないか。

 

 リュウは旅人なのだから、予定を聞くことに何か重い意味が生まれないか。

 また試合をしたいからなのか。

 ただ会いたいからなのか。

 そんなことを一つずつ考えて、言葉にする前から自分で難しくしていた。

 だが、今は違った。

 

「ねえ、リュウ」

 

「何だ」

 

「次、いつ会える?」

 

 普通に口から出た。

 言ってから、春麗自身が少しだけ驚いた。

 それくらい自然だった。

 

 リュウは少し考える。

 

「まだ決めていない」

 

「そう」

 

「旅の予定が分かったら、また連絡する」

 

 春麗は小さく笑った。

 

「分かったわ」

 

 それだけだった。

 いつ、どこで、何をするのか。

 今ここですべて決めなくてもいい。

 リュウから連絡が来る。

 春麗から連絡してもいい。

 仕事と旅の予定を合わせて、また会えばいい。

 

 今日と同じように。

 それがもう、特別なことではなくなっている。

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ。またな」

 

 春麗は数歩進んでから、少しだけ振り返った。

 

「それと、次の試合」

 

「何だ」

 

「波動拳も昇龍拳も遠慮しないで。夏塩蹴もちゃんと対策してきなさい」

 

「そのつもりだ」

 

 春麗の目が楽しそうに細くなる。

 

「その上で、また私が勝つから」

 

「今度は取らせない」

 

「ふふ」

 

 春麗は今度こそ歩き出した。

 

 今日、リュウと戦い試合に勝った。

 一緒に食事をし、次の試合の話もした。

 そして最後に、

 

「次、いつ会える?」

 

 と普通に聞けた。

 返ってきたのも、

 

「また連絡する」

 

 という普通の答えだった。

 大事件ではない。

 だからこそ、春麗には少し嬉しかった。

 次があることを、もう勝敗で確かめなくていい。

 

 会いたければ聞けばいい。

 予定を合わせて、また会えばいい。

 今日のところは、それで十分だった。




Q:今回の断章IFについて解説して?

A:

今回は、三週間ぶりに再会した春麗とリュウの再戦後を描きました。
今回のポイントは、試合そのものだけでなく、春麗が「次」を以前ほど重く考えなくなっていることです。

リュウは波動拳や昇龍拳まで使い、春麗も一度見た攻防をその場で学びながら対応していきました。最後は、先に跳んだリュウを夏塩蹴で撃ち落とし、ほんの一手だけ春麗が先へ出て勝利しています。

そして食事では、リュウの拳に別の可能性の残響らしきものが残っていることも少し見えました。
ただ、春麗にとって一番大きい変化はそこではありません。

試合が終わったあと、「次、いつ会える?」と普通に聞けたこと。

以前なら、その一言にも意味を探して悩んでいた春麗が、今は予定を聞き、連絡を待ち、また会えばいいと思えるようになっています。

勝負では次も本気で勝ちに行く。

でも、会えるかどうかまで勝敗に預ける必要はない。

そんな二人の現在地を描いたエピソードでした。
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