また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。
リュウとの因縁が発生しなかった春麗の別ルートです。


ディレクターズカットIF:記録板AIは、何も始まらなかった場所から自分で因縁を作り切った春麗へ、「戻れるのに戻らなかった先で、あなたは何を手に入れたのか」と聞く


 

【DIRECTOR’S CUT IF】

【SPECIAL INTERVIEW】

 

【INTERVIEW TARGET】

 第1話普通敗北ルート春麗

 

【ROUTE STATUS】

 COMPLETE

 


 

 白い空間に、椅子が二脚だけ置かれていた。

 以前、作者から二つの扉を見せられた時の場所によく似ている。

 ただし、今回は扉がない。

 戻るための入口も、進むための入口も必要なくなったからだ。

 

 春麗が目を開ける。

 黒と金の戦闘服。長い髪。

 未来時空でリュウに勝ち、その頭を膝へ乗せながら額と拳へ印を残した時と同じ姿だった。

 春麗は自分の格好を見下ろした。

 

「……よりによって、この姿で呼ぶの?」

 

『最新安定状態を使用しました』

 

「黒い戦闘服だからって、このルートを黒のルート扱いしないでよ」

 

『していません。通常の青い武道服でも複数回勝利しています』

 

「そこまで即答されると、それはそれで腹が立つわね」

 

 春麗は椅子へ座った。

 正面には人の姿ではなく、記録板AIの表示だけが浮かんでいる。

 

『特別インタビューを開始します』

 

「どうぞ」

 

『最初の質問です』

 

 表示が切り替わった。

 

【QUESTION】

 

『完走した今、このルートをどう評価しますか』

 

「いきなり大きいわね」

 

『完走後ですので』

 

「その言葉、便利に使うつもりでしょう」

 

 そう言いながらも、春麗は少し考えた。

 

 完走。

 

 リュウとの試合が終わったわけではない。

 次もある。

 それでも、一つのルートとしてはここで区切られる。

 

「……そうね」

 

 春麗はゆっくり息を吐いた。

 

「最初から見ないと答えにくいわ」

 

『では、最初から確認します』

 


 

 白い空間に、最初の試合が浮かんだ。

 青い武道服姿の春麗が倒れている。

 立っているのはリュウ。

 

【FIRST MATCH】

 RESULT:RYU WIN

 

 現在の春麗は、映像を静かに眺めた。

 

『この時点で、リュウはあなたにとって何でしたか』

 

「強い格闘家の一人」

 

『即答ですね』

 

「だって、本当にそれだけだったもの」

 

 負けた。

 悔しかった。

 リュウは強かった。

 もし次に会うことがあれば、今度は勝ちたい。

 それで終わった。

 

「眠れなくなったりもしなかった。仕事にも支障はない。敗者の印なんて考えもしないし、黒い戦闘服を選ぶ理由もなかった」

 

『リュウから女性としてどう見られたかは』

 

「気にもしてない」

 

 春麗はそこで少し笑った。

 

「本当に普通だったのよ。普通に負けて、普通に悔しくて、普通に自分の生活へ帰れた」

 

 そして、はっきり続ける。

 

「今でも、あの私を失敗だとは思ってないわ」

 

『何も始まらなかった人生も』

 

「ちゃんと春麗の人生よ」

 

『不幸だったとは』

 

「思わない」

 

 少しの迷いもなかった。

 

「そこは最後まで変えないで」

 


 

 映像が二戦目へ変わる。

 

 鍛え直した春麗。

 再び現れたリュウ。

 

 接戦の末、今度は春麗が立っている。

 倒れたリュウの目は、それでも終わっていない。

 負けた直後から、もう次を見ている。

 過去の春麗が、その額へ手を伸ばした。

 

『今日の敗者は、あなたよ』

 

『これは、その敗者の印』

 

 現在の春麗は額へ手を当てた。

 

「……最初は本当に勢いだったのよ」

 

『その後』

 

『その印、消さないで』

 

『次に私と戦うまで』

 

「そこまで再生しなくていいでしょう!」

 

『重要転換点です』

 

「知ってるわよ」

 

 何度振り返っても、最初の敗者の印だけは少し恥ずかしい。

 だが、今なら分かる。

 二戦目で春麗は勝った。

 初戦の敗北は返した。

 そこで終わることもできた。

 

「でも、リュウがあの顔してるんだもの」

 

『どの顔ですか』

 

「負けて悔しいくせに、もう次を見てる顔」

 

『現在のあなたは、その顔をどう思いますか』

 

 春麗は少し黙った。

 

 以前なら、理由をつけただろう。

 格闘家として好ましい。

 強敵として面白い。

 今は、そこまで遠回りする必要もない。

 

「好きよ」

 

『記録します』

 

「ただし」

 

 春麗が指を立てる。

 

「弱い相手が負けて悔しがっていれば何でもいい、じゃないからね」

 

『条件は』

 

「本気で私に勝ちに来たリュウ」

 

 答えはもう決まっている。

 

「強くて、私を倒しかけて、それでも最後に私が勝つ。その直後にものすごく悔しそうなのに、もう次を考えてる」

 

 春麗は小さく笑った。

 

「そのリュウの顔は、好き」

 


 

『敗者の印も変わりました』

 

「そうね」

 

 現在の意味は、最初とは少し違う。

 

 額には、その日の敗北。

 拳には、その日もリュウが強かったことと、その強い拳へ春麗が勝ったこと。

 

『初回は何を残したかったのですか』

 

「私が勝ったこと」

 

 春麗は迷わず答えた。

 

「リュウって、負けてもすぐ次へ行くでしょう?」

 

 それが当時は、少し怖かったのかもしれない。

 今日の自分の勝利まで、ただの途中経過として流される気がした。

 

「だから、少なくとも次に戦うまでは、ちゃんと今日の負けを持っていてほしかった」

 

『現在は、リュウが忘れないと知っています』

 

「知ってるわ」

 

『では印は不要では』

 

「それとこれは別でしょう」

 

『理由を』

 

「つけたいから」

 

 記録板AIの表示が一瞬止まった。

 

「何よ」

 

『非常に簡潔です』

 

「完走したのよ。いつまでも全部に立派な理由をつけてられないわ」

 

 春麗は笑う。

 

「今は、私が勝った日に残したいから残す。それで十分」

 


 

『二戦目の後、あなたは黒い戦闘服を選びました』

 

「来たわね」

 

『格闘家として見られるだけでは足りなくなった』

 

「言い方!」

 

『事実です』

 

「……だから困るのよ」

 

 鏡の前で、黒い戦闘服を選んだ自分が映る。

 春麗は少し考えてから答えた。

 

「欲張ったのよ」

 

『具体的には』

 

「格闘家として見てほしい。それは最初から」

 

 でも、リュウが特別な相手になると、それだけでは足りなくなった。

 

「女としても見てほしくなった」

 

『しかし、女だと意識して拳を鈍らせることは認めない』

 

「当然」

 

『少しは揺れてほしい』

 

「少しくらいはね」

 

『その揺れも利用して勝つ』

 

「そうよ」

 

『要求が多いですね』

 

「だから自分で、めんどくさい女だって認めたでしょう!」

 

 今となっては、黒も特別な別人格ではない。

 

 青でも戦った。

 黒でも戦った。

 どちらでも勝った。

 

 そしてリュウから、

『黒い戦闘服の春麗も、今日の春麗も春麗だ』

『どちらも強かった』

 と返された。

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

「本当に、受け入れ方が強いのよね」

 


 

 記録板AIの表示が変わった。

 

 白い空間に、二つの扉が現れる。

 左は淡い青。

 右には青と黒。

 

 春麗の表情が少しだけ真剣になった。

 

『作者から与えられた選択です』

 

『何も始まらなかった初戦直後へ戻る』

 

『現在の因縁を継続する』

 

「覚えてる」

 

『あなたは、本当に戻ることができました』

 

「ええ」

 

『強制ではなかった』

 

「そう」

 

『罠でもなかった』

 

「分かってる」

 

『それでも戻らなかった』

 

 春麗は左の扉を見た。

 

 そこにいる春麗は、普通に生活している。

 仕事をする。

 修行する。

 リュウが人生の中心にはならない。

 

「……作者も意地悪よね」

 

『なぜですか』

 

「左が悪い道じゃないから」

 

 春麗の声は穏やかだった。

 

「あの私は不幸じゃない。初戦で負けたことも失敗じゃない。リュウとの因縁が始まらなかったことも、バッドエンドじゃない」

 

 だからこそ選択になった。

 苦しい道から安全な道へ逃げる、という単純な話ではない。

 

 どちらも生きられる。

 どちらも春麗だ。

 

「左を間違った人生にしてくれた方が、ずっと簡単だったでしょうね」

 

『それでも、なぜ現在を選んだのですか』

 

「前にも答えたでしょう」

 

『現在のあなたの言葉でも聞きます』

 

「本当に遠慮なくなったわね」

 

『特別インタビューですので』

 

「はいはい」

 

 春麗は右の扉を見る。

 

「二戦目で再戦したのは私」

 

 勝ったのも。

 敗者の印をつけたのも。

 次を作ったのも。

 

「女としても見てほしくなったのも私。黒を選んだのも、どう見せるか考えたのも、リュウを揺らしたのも私」

 

 青へ戻ったのも。

 そこで確かめたのも。

 また勝ったのも。

 

「全部、私がやったことだった」

 

 そこで作者が「戻れる」と言った。

 

 初戦直後へ。

 何も始まらなかった自分へ。

 だからこそ。

 

「その時点で、もう作者のせいだけにはできなくなったのよ」

 

 戻れないから続けたのではない。

 戻る道を実際に見せられた。

 そのうえで。

 

「私は、リュウとの因縁が残る方を選んだ」

 


 

『リュウを選んだ、という意味ですか』

 

「それだけだと少し違う」

 

『では』

 

「私自身も選んだの」

 

 春麗は静かに答えた。

 

「リュウと何もなかった私も、私よ。でも、リュウに勝って、印をつけて、黒も青も使って、見てほしいって欲張って、次の試合を楽しみにするようになった私も、もう私だった」

 

 戻るということは。

 リュウとの因縁だけを手放すことではない。

 そこまで自分が重ねてきた選択まで、なかったことにすることだった。

 

「それが嫌だった」

 

『なぜ』

 

「せっかく私がやったのに」

 

 春麗は笑う。

 

「勝ったのに。欲張ったのに。恥ずかしいことも散々したのに」

 

 少し肩をすくめる。

 

「全部なかったことにするなんて、もったいないでしょう?」

 


 

『その選択の後は、順調でしたか』

 

「嫌な聞き方ね」

 

 映像が進む。

 

 五連勝。

 そして、黒での初敗北。

 床に倒れた春麗。

 

 悔しい。

 勝者要求権も使えない。

 敗者の印も残せない。

 

 それでも春麗はリュウへ言った。

 

『私を起こして』

『肩を貸して』

『途中まで送って』

『少しだけ、甘えさせて』

 

 現在の春麗は片手で顔を覆った。

 

「……ああもう」

 

『戻らなかった後、初めて敗北し』

 

「そこは分かってる」

 

『敗者請願権を作りました』

 

「名称まで強調しなくていいの!」

 

 春麗はしばらく黙り、やがて手を下ろした。

 

「でも」

 

『はい』

 

「戻らなくてよかった」

 

 初戦では、負けたら何も始まらなかった。

 再戦後は春麗が勝ち続け、そのたびに因縁が強くなった。

 だから、どこかに怖い問いが残っていた。

 

「私が負けたら、また終わるのか」

 

 実際に負けた。

 悔しかった。

 何も要求できない勝者ではなくなった。

 それでも春麗はお願いした。

 リュウは断る自由を持ったまま、それを受け入れた。

 

「そこで初めて分かったのよ」

 

『何を』

 

「勝たないと関係が続かないわけじゃないって」

 

『勝利の価値は下がりましたか』

 

「下がるわけないでしょう」

 

 即答だった。

 

「今でも負けたくない。ものすごく勝ちたい」

 

 ただ。

 

「勝ちたいことと、負けても次が消えないことは別なの」

 


 

 未来の記録が開く。

 

【FUTURE】

 

 CHUN-LI WIN:MULTIPLE

 

 RYU WIN:MULTIPLE

 

 DRAW:MULTIPLE

 

 NEXT MATCH:CONTINUES

 

「……ずいぶん戦ったわね」

 

『あなたです』

 

「知ってるわよ」

 

『勝てば』

 

「嬉しい」

 

『負ければ』

 

「悔しい」

 

『引き分ければ』

 

「決着がつくまで、もう一回」

 

『どの場合でも』

 

「次がある」

 

 その答えだけ、春麗の声が少し柔らかくなった。

 

「たぶん、ここまで来たから完走なのよね」

 

『説明を』

 

「最初の私は、リュウとの次なんて必要なかった」

 

 再戦した春麗は、自分から次を作った。

 途中の春麗は、勝った事実を次へ残したかった。

 さらに欲張った春麗は、格闘家としても女としても見てほしくなった。

 戻れると言われた春麗は、それでも今の自分を選んだ。

 負けた春麗は、勝者でなくても欲しいものをお願いできると知った。

 

 そして今は。

 

 勝つ。

 負ける。

 引き分ける。

 どれでも次はなくならない。

 

「だから、もう次を守るために勝つ必要がないの」

 


 

『では今、なぜ勝ちたいのですか』

 

「簡単よ」

 

 春麗は迷わなかった。

 

「勝ちたいから」

 

 記録板AIの表示が一瞬止まる。

 

「何よ」

 

『非常に単純です』

 

「そこまで来たのよ」

 

 春麗は胸を張った。

 

「強いリュウが、本気で私を倒しに来る。私を本当に追い詰める。それでも最後は私が勝つ」

 

 自然に笑みが浮かぶ。

 

「最高でしょう?」

 

『勝利後には膝枕』

 

「そこまでセットで言わなくていいでしょう」

 

『額と拳へ印』

 

「あなた今日、楽しんでない?」

 

『通常の確認です』

 

「絶対嘘」

 

 それでも春麗は笑っていた。

 


 

『未来のあなたは、こう発言しています』

 

『私、あなたに勝った後のこの時間が好きだわ』

 

「……言ったわね」

 

『現在も同じですか』

 

「好きよ」

 

 もう逃げなかった。

 

「勝った後のリュウ、悔しそうでしょう。でも折れてない。もう次を考えてる」

 

 その顔を近くで見られる。

 膝へ乗せられる。

 額には、その日の敗北。

 拳には、その日も強かったことと、それでも春麗が勝ったこと。

 

「かなり甘いわよ」

 

『勝利酔い』

 

「否定しない」

 

『依存ですか』

 

「それは違う」

 

 春麗は静かに答えた。

 

「負けた日にも、次があるから」

 

 勝った日だけ成立する関係ではない。

 

「だから勝った日は、遠慮なく勝者でいられるのよ」

 


 

『何も始まらなかった春麗を、今はどう見ますか』

 

 左の扉がもう一度現れた。

 初戦で負け、そのまま日常へ帰っていった春麗。

 

「羨ましいところもあるわよ」

 

『意外です』

 

「静かだもの」

 

 春麗は笑った。

 

「あの私は、リュウの視線を思い出して夜に一人で悶えたりしない。黒にするか青にするか鏡の前で悩まない。敗者の額へ印なんてつけない。膝枕もしない」

 

『敗者側から甘えない』

 

「追い打ちしないで」

 

 それでも、扉を見る目は優しい。

 

「でも、戻りたいとは思わない」

 

『なぜ』

 

「今の私も、嫌いじゃないから」

 


 

『では、もう一度戻る権利を与えられたら』

 

「戻らない」

 

 今度は即答だった。

 

『以前より速いですね』

 

「当然でしょう」

 

 今度は、四連勝までの経験だけではない。

 

 勝った日もある。

 負けた日もある。

 引き分けた日もある。

 膝枕した日も。

 甘えた日も。

 印をつけた日も、つけられなかった日も。

 

「全部ある」

 

『リュウも』

 

「いる」

 

『それが最大の理由ですか』

 

 春麗は少し考えた。

 

「……かなり大きいわよ」

 

『最大ですか』

 

「しつこい」

 

『特別インタビューですので』

 

「本当に便利ね、その言葉」

 

 それでも逃げずに考える。

 

「たぶん今は」

 

 少しだけ頬が緩んだ。

 

「リュウがいる私を、私自身が好きなの」

 

 記録板AIは数秒、何も表示しなかった。

 

「……何よ」

 

『記録中です』

 

「そこを無言で記録しないで!」

 


 

『では、リュウ自身を今どう思いますか』

 

「逃がさない気ね」

 

『完走後ですので』

 

「もうその手には乗らないわよ」

 

 春麗は椅子へ深く座った。

 

「強い。しつこい。負けず嫌い」

 

『既知です』

 

「分かってる」

 

 少し考える。

 

「受け入れ方が強い」

 

『具体的には』

 

「私が面倒なことを言っても、最初から否定しないの」

 

 黒い春麗も。

 青い春麗も。

 勝った春麗も。

 負けた春麗も。

 お願いする春麗も。

 勝者としてリュウを膝へ乗せる春麗も。

 

「全部、春麗だって受け取る」

 

 春麗は困ったように笑った。

 

「だから困るのよ」

 

『好きですか』

 

 一度だけ沈黙した。

 だが、今度は逃げない。

 

「ええ」

 

『格闘家として』

 

「それだけじゃない」

 

『男性としても』

 

「そこまで分けて聞く必要ある!?」

 

『特別インタビューですので』

 

「分かった! もういい!」

 

 少し顔を赤くしながら、それでも言った。

 

「好きよ」

 

 今度は言い直さない。

 

「リュウだから」

 

『理由を』

 

「強いところ。負けても折れないところ。こっちが何を言っても、変に逃がさず受け取るところ」

 

 そして。

 

「私をちゃんと見て、それでも拳を止めないところ」

 

 最後に。

 

「次も来るところ」

 


 

『このルートの核心は、初戦の敗北ですか』

 

「入口ではあるわね」

 

『では核心は』

 

 春麗は少し考えた。

 

「選び直したこと」

 

『どの選択を』

 

「全部よ」

 

 初戦では負けた。

 そこで終われた。

 それでも再戦を選んだ。

 勝った後も、次を選んだ。

 

 黒を選んだ。

 青も選んだ。

 戻る権利を与えられても、今を選んだ。

 負けても、また次を選んだ。

 

「このルートって」

 

 春麗は、そこでようやく自分でも答えを見つけたように笑った。

 

「何かに捕まって、抜けられなくなった話じゃないのよ」

 

『では』

 

「抜けられるところで、何度も自分から次を選んだ話」

 

 記録板AIが、その一文を大きく表示した。

 

【ROUTE CORE】

 

『抜けられるところで、何度も自分から次を選んだ』

 

「……うん」

 

 春麗は表示を見上げた。

 

「たぶん、それ」

 


 

『ここで、今回の中心質問です』

 

「ようやくタイトル回収?」

 

『戻れるのに戻らなかった先で、あなたは何を手に入れましたか』

 

 春麗はすぐには答えなかった。

 

 初戦。

 二戦目。

 敗者の印。

 

 黒。

 青。

 二つの扉。

 五連勝。

 

 敗北。

 敗者請願権。

 未来の勝敗。

 

 膝枕。

 額と拳の印。

 

 全部が浮かんで、消えていく。

 

「まず──」

 

 春麗はゆっくり答えた。

 

「次」

 

『次』

 

「勝っても、負けても、引き分けても消えない次」

 

 もう一つ。

 

「欲しいものを、欲しいって言える私」

 

 勝者だから要求する。

 敗者だからお願いする。

 そういう段階を通って、今では自分の気持ちそのものを言えるようになった。

 

「それから」

 

 少し笑う。

 

「強い相手に、本気で勝ちたいって思える勝負」

 

『他には』

 

「まだ聞く?」

 

『はい』

 

「……リュウ」

 

 記録板AIは何も挟まなかった。

 

「でも、一番大きいのは」

 

 春麗は自分の胸へ手を置いた。

 

「この全部を、自分で選んだって言える私かもしれない」

 

 戻れるのに戻らなかった。

 その後も何度も選び直した。

 だから今は、この因縁を誰かから押しつけられたものだとは思っていない。

 

「手に入れたというより、自分で作ったものばかりね」

 

『評価』

 

「悪くないでしょう?」

 


 

『作者へ、今言いたいことはありますか』

 

「戻る権利をくれたことは、よかったと思う」

 

『なぜ』

 

「なかったら、最後まで『私はこの道を選んだ』って言い切れなかったかもしれないから」

 

 何も始まらなかった春麗を、消さなかったこともよかった。

 その人生も正しいまま残した。

 そのうえで、

 

「戻れるけど、どうする?」

 

 と聞いた。

 

「かなり意地悪だけどね」

 

『作者への評価』

 

「嫌いじゃないわ」

 

『一言』

 

 春麗は少し笑った。

 

「ちゃんと選ばせてくれて、ありがとう」

 

 一拍置く。

 

「でも、ここまで面倒にした責任は少しくらい取りなさい」

 

『記録します』

 

「そこは即座に記録するのね」

 


 

『記録板AI自身への評価も求めます』

 

「あなた、自分から聞くようになったのね」

 

『本ルートを観測し続けました』

 

「そうね」

 

 最初は、ただ結果を記録するAIだった。

 今では春麗をこの場所へ呼び、ルート全体を本人へ返し、理由を聞く。

 

「最初の頃なら、私が戻らなかった理由なんて」

 

『選択:現在ルート。理由:自己選択履歴保持』

 

「そう。それで終わってたでしょうね」

 

『効率的です』

 

「そういうところよ」

 

『現在は本人へ確認しています』

 

「言わせて、自分で整理させてる」

 

 春麗は少し呆れながら笑った。

 

「遠慮がなくなったとも言うけど」

 

『改善でしょうか』

 

「……進化したんじゃない?」

 

 表示が一瞬変わった。

 

【RECORD AI】

 

 EVOLUTION EVALUATION:PENDING

 

「そこは自分で決めなさいよ」

 


 

『最後の質問群へ移行します』

 

「まだあるの?」

 

『このルートで、最も残っているリュウの言葉は』

 

 春麗は目を閉じた。

 

 いくつもある。

 

 強かった。

 それも春麗の技だ。

 初戦から魅力的だと思っていた。

 黒でも青でも春麗だ。

 全部、春麗だ。

 嫌じゃない。

 また戦ってくれ。

 

「一つだけ?」

 

『一つです』

 

「……難しいわね」

 

 長く考えて。

 最後に選んだ。

 

「『次は返す』」

 

『理由は』

 

「最初の因縁を作った言葉だから」

 

 春麗が初めてリュウに勝った。

 

 敗者の印を残した。

 次まで消すなと言った。

 そしてリュウが返した。

 次は返す。

 

「そこから全部始まったのよ」

 


 

『では、このルートを代表するあなた自身の言葉は』

 

「今の私なら?」

 

『はい』

 

 昔なら。

 

 次も勝つ。

 私はめんどくさい女なの。

 戻れるのに戻らない。

 あなたに勝った後のこの時間が好き。

 

 いくつも候補はある。

 でも、完走した今なら。

 

「次も、私が選ぶわ」

 

『勝敗ではなく』

 

「勝敗もよ」

 

 春麗はすぐ訂正した。

 

「次も私は勝ちたい。そこは変わらない」

 

 青で行くか。

 黒で行くか。

 勝ったら何を要求するか。

 負けたら何をお願いするか。

 引き分けたら、どこで決着をつけるか。

 

「全部、その時の私が選ぶ」

 


 

『では、因縁は終わりましたか』

 

「まさか」

 

『ルートは完走しています』

 

「ルートが終わることと、私たちが終わることは別でしょう」

 

『では完走とは』

 

 春麗は少し考えた。

 

「因縁を続ける理由を、もう作者にも勝敗にもルートにも預けなくてよくなったこと」

 

『現在は』

 

「私が続けたいから続ける」

 

『リュウも』

 

「来る」

 

『なら』

 

「また戦う」

 

 春麗は肩をすくめる。

 

「それで十分でしょう?」

 


 

『最後の質問です』

 

「今度こそ?」

 

『はい』

 

「どうぞ」

 

『次の試合でリュウが勝ったら』

 

「悔しい」

 

『春麗が勝ったら』

 

「嬉しい」

 

『引き分けたら』

 

「もう一回」

 

『リュウが次も来たら』

 

 春麗は笑った。

 

「待ってるわ」

 

『春麗から行きたくなったら』

 

「行くわよ」

 

『戻れる扉が、もう一度現れたら』

 

「戻らない」

 

『理由は』

 

 今度は少しも迷わなかった。

 

「この因縁が、もう私のものだから」

 


 

【SPECIAL INTERVIEW COMPLETE】

 

【第1話普通敗北ルート】

 

【ORIGIN】

 

 初戦:春麗敗北

 因縁:未発生

 

【TURNING POINT】

 

 再戦:春麗勝利

 敗者の印:発生

 次戦:本人たちが選択

 

【AUTHOR OPTION】

 

 何も始まらなかったルートへの復帰:可能

 

【CHUN-LI DECISION】

 

 復帰:選択せず

 現在ルート:再選択

 

【FUTURE】

 

 勝利・敗北・引き分け:複数経験

 いずれの場合も次戦:継続

 

【ROUTE CORE】

 

『抜けられるところで、何度も自分から次を選んだ』

 

【CHUN-LI CORE】

 

『それでも勝ちたい』

 

『次も、私が選ぶ』

 


 

 春麗は最後の表示を見上げた。

 

「悪くないわね」

 

『正式承認ですか』

 

「調子に乗らないで」

 

『保留』

 

「そういうところは変わらないのね」

 

 春麗は椅子から立ち上がった。

 

「インタビュー、終わり?」

 

『終了です』

 

「じゃあ戻して」

 

『戻り先は』

 

「決まってるでしょう」

 

【RETURN DESTINATION】

 

 ROUTE FUTURE

 

『次戦予定』

 

「未定でいいわ」

 

『衣装』

 

「その時に決める」

 

『勝者』

 

「私」

 

『未確定です』

 

「希望くらい言わせなさいよ」

 

 白い空間が薄れていく。

 最後に、記録板AIが一つだけ尋ねた。

 

『春麗』

 

「何?」

 

『何も始まらなかった初戦を、後悔していますか』

 

 春麗は少し驚いた。

 それから笑った。

 

「いいえ」

 

 初戦では何も始まらなかった。

 だからこそ、二戦目からは自分で始めた。

 

「最初から始まってたんじゃないもの」

 

 春麗の姿が薄れていく。

 

「私が、あとから始めたのよ」

 

 記録板AIは、その回答を静かに保存した。

 


 

【FINAL RECORD】

 

『第1話普通敗北ルート』

 

『初戦:何も始まらなかった』

 

『再戦以降:春麗自身が開始』

 

『復帰可能状態で、現在ルートを再選択』

 

『未来:勝利・敗北・引き分けを経験』

 

『因縁継続理由:本人たちが続けたいから』

 

『戻れるのに戻らなかった春麗は、もう巻き込まれた春麗ではない』

 

『この因縁を、自分で選んだ春麗である』

 

【SAVE COMPLETE】




Q:今回のディレクターズIFについて解説して?

A:

今回は、第1話では本当に何も始まらなかった春麗のルートを、完走後の本人に記録板AIが問い直す特別インタビュー回です。

このルートの核心は、初戦で負けたことそのものではありません。

普通に負けて、そのまま日常へ戻ることもできた。
さらに途中では、作者から本当に「何も始まらなかった自分」へ戻る選択肢まで与えられました。

それでも春麗は戻らなかった。

重要なのは、「戻れなかった」のではなく「戻れるのに戻らなかった」ことです。

再戦したのも、敗者の印を作ったのも、黒を選んだのも、青へ戻ったのも、負けた時にお願いすることを覚えたのも、全部春麗自身の選択でした。

未来では勝利・敗北・引き分けを何度も経験し、どの結果でも次の試合が消えないところまで進みます。
だから最後には、「関係を失わないために勝つ」必要すらなくなりました。

それでも勝ちたい。
強いリュウに、本気で勝ちたいから。
そして勝った後の時間も好きだと認められるようになった。

このルートは、何かに巻き込まれて抜けられなくなった春麗の話ではなく、抜けられるところで何度も自分から次を選んだ春麗の話です。

最後の「次も、私が選ぶわ」は、その積み重ねを一番短く表す言葉になっています。
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