また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい――   作:エーアイ

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※これはディレクターズカットIFです。
本編のIFシリーズは無関係のエピソードとなります。


ディレクターズカットIF:黒執着春麗は、未来であったかもしれない黒を夢電波受信してしまう

 特別インタビューを終えた夜。

 

 黒執着春麗は、自室で一人、棚に畳まれた黒い戦闘服を見ていた。

 救済までの物語は、終わった。

 けれど、その後の自分まで終わったわけではない。

 そう言ったのは、自分だ。

 

「……今度は、今の私の話を聞きなさい」

 

 面談の最後に口にした言葉を、もう一度呟いてみる。

 

 あの時は、確かにそう思った。

 

 黒を捨てずに戻ってきた。

 勝てない自分も持ち帰った。

 そして今では、勝った日の自分も、負けた日の自分も、同じ春麗として受け取れる。

 それでも、まだできていないことがある。

 

 仕事帰りにリュウと夕食を取った夜は、楽しかった。

 

 何も準備していなかった。

 黒い戦闘服でもなかった。

 勝者要求権も使わなかった。

 ただ、あの偶然の出会いには主人公補正があった。

 

 次は、自分から。

 試合を理由にすることなく。

 勝ったことを理由にすることもなく。

 自分が会いたいから、リュウへ会いに行く。

 

「……言うのは簡単なのよね」

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 好きだと思っている。

 そこは、もう認めている。

 けれど、その気持ちを持って自分から動くことは、また別の話だった。

 

 棚の黒い戦闘服を見る。

 黒を着れば、戦える。

 リュウに勝つためなら、いくらでも準備できる。

 では、戦わずに会うためには?

 

「……今日は寝ましょう」

 

 これ以上考えても、今夜は答えが出そうにない。

 

 春麗は照明を落とした。

 

 そして、その夜。

 夢を見た。

 


 

 最初に見えたのは、黒だった。

 黒と金の戦闘服。

 試合前に整えた長い髪。

 戦うための化粧。

 視線の置き方も、最初に立つ距離も、相手へ何を見せるかも自分で決めている。

 

 夢の中の春麗は、迷わず黒を着ていた。

 ただし、黒の中へ隠れてはいなかった。

 

 黒だから強いのではない。

 黒でなければリュウへ届かないわけでもない。

 

 今日は、この姿で戦いたい。

 だから選んだ。

 それだけだった。

 

 向かいには、白い道着のリュウがいる。

 春麗を見る目は静かだった。

 

 身体の線だけでもない。

 黒い衣装だけでもない。

 その中にいる春麗を見ている。

 

 それが分かった。

 

「始めましょう」

 

「ああ」

 

 二人は同時に構えた。

 

 試合が始まる。

 リュウが踏み込み、春麗は半歩だけ軸を外す。拳が頬のすぐ横を抜けた。

 

 近い。

 以前なら、その近さそのものを利用していた。

 

 視線を取る。

 呼吸をずらす。

 リュウが自分を女として見ていることを、わざと意識させる。

 

 今日も使う。

 使えるものを捨てる理由はない。

 春麗は身体を返し、蹴りを打ち込んだ。

 

 リュウが腕で受ける。

 衝撃で防御が揺れても、すぐ前へ戻ってくる。

 

 拳は鈍っていない。

 それが、以前よりずっとはっきり分かった。

 

 リュウは見ている。

 春麗が何を見せようとしているのか。

 どこで意識を揺らそうとしているのか。

 全部分かったうえで、拳を出している。

 

 春麗の胸が熱くなる。

 

(これよ)

 

 欲しかったのは、見ないことではない。

 女として意識しないことでもない。

 春麗を女として見る。

 

 こちらが何を仕掛けているのかも理解する。

 そのうえで、格闘家として拳を止めない。

 そんなリュウに、春麗は勝ちたかった。

 

 試合は簡単には終わらなかった。

 春麗が取れば、リュウが返す。

 髪も、視線も、距離も、声も使った。

 

 確かに効いている。

 それでも、もう黒だけでリュウを崩し切ることはできない。

 何度も見てきたからだ。

 揺れれば直す。

 一度遅れれば、次は遅れない。

 

 春麗が一歩深く入れば、その一歩ごと迎え撃ってくる。

 

「……本当に、簡単には崩れてくれないわね」

 

「春麗もだろう」

 

「私は崩す側なの」

 

 息を切らしながら、それでも春麗は笑った。

 余裕があるわけではない。

 腕も脚も重い。

 黒い裾には埃がつき、長い髪も試合前の形をほとんど残していない。

 

 それでいい。

 圧勝ではない。

 完全に支配しているわけでもない。

 一つ間違えれば、自分が倒れる。

 

 それでいい。

 いや、その方がいい。

 

 リュウの拳が来た。

 春麗はぎりぎりで身を沈め、その下を抜けながら踏み込む。

 一気に距離が縮まった。

 リュウもすぐに反応し、肘を落として防御へ入る。だが、春麗の踏み込みの方がわずかに速い。

 守りを固め切るより先に、春麗の掌が胸を捉えた。

 

 同時に、リュウの拳が春麗の肩を掠める。

 二人の身体が揺れた。

 先に膝をついたのは、リュウだった。

 春麗も崩れそうになり、歯を食いしばって踏みとどまる。

 

 脚は震えている。

 呼吸も荒い。

 それでも立っている。

 

 リュウが片膝をついたまま顔を上げた。

 

「俺の負けだ」

 

 その一言を聞いた瞬間、春麗は笑った。

 

 勝った。

 黒い戦闘服も、技も、女として見られることも、格闘家として積み上げてきたものも、今日は全部使った。

 リュウも、そのすべてを見ていた。

 春麗が何を仕掛けているのかを理解し、女としても意識した。

 それでも拳を止めず、最後まで本気で勝ちに来た。

 そんなリュウを、春麗は最後の一歩だけ上回った。

 

 これが欲しかった。

 


 

 春麗はリュウの前まで歩いた。

 

「ねえ、リュウ」

 

「何だ」

 

「一つ、聞いてもいい?」

 

「いいぞ」

 

 一瞬だけ迷った。

 夢の中なのに、この問いだけは妙に怖かった。

 

「今日、私を見てた?」

 

「ああ。最後まで」

 

「黒い戦闘服だけじゃなくて」

 

「衣装だけを追っていたわけじゃない」

 

 春麗は少し息を吸った。

 

「……女としても?」

 

 リュウはすぐには答えなかった。

 誤魔化しているのではない。自分の中にある答えを、言葉にしようとしている。

 

「そういう春麗も見ていた」

 

 胸が跳ねた。

 それでも、今度は逃げない。

 

「拳は?」

 

「止めていない」

 

「鈍らせた?」

 

「いや」

 

 今度は即答だった。

 

「どうして?」

 

 リュウは少しだけ首を傾けた。

 

「春麗が、それを望んでいないからだ」

 

「……そう」

 

 かなり効いた。

 それでも、夢の中の春麗は踏みとどまった。

 そして笑った。

 

「なら、今日の勝ちはかなり好きだわ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

 黒い戦闘服で勝ったからではない。

 リュウが女性としての春麗を見て。

 そのうえで拳を鈍らせず。

 そのリュウに自分が勝った。

 欲しかった勝利だった。

 

 リュウが立ち上がろうとする。

 

「待って」

 

 春麗は手を差し出した。

 

「起こしてあげる」

 

「いいのか」

 

「今日は私が勝ったもの」

 

 そこまで言って、春麗は一度止まった。

 

「……違うわね」

 

 手は引かなかった。

 

「勝ったからじゃない」

 

 リュウが春麗を見る。

 

「私が、そうしたいから」

 

 リュウはその手を取った。

 春麗が引き上げる。

 立ったリュウとの距離が近くなった。

 いつもなら、その距離まで戦術に使う。

 

 今は使わない。

 もう試合は終わっている。

 

「また戦ってくれ」

 

「もちろん」

 

 そこまでは簡単だった。

 今の自分でも言える。

 問題は、その次だった。

 夢の中の春麗は、一度だけ視線を外した。

 

 黒い戦闘服を着ている。

 

 勝者でもある。

 勝者要求権を使おうと思えば使える。

 

 次の試合でも。

 食事でも。

 何かを求める理由なら作れる。

 けれど未来の春麗は、それを使わなかった。

 

「リュウ」

 

「何だ」

 

「次に会う理由を、試合だけにするの……やめない?」

 

 リュウの眉が少し動く。

 

「どういう意味だ」

 

「そのままよ」

 

 春麗の声が少し震えた。

 

「戦いたい時は、戦う」

 

「そうだな」

 

「黒を着たい時は、黒で戦う」

 

「ああ」

 

「勝ったら喜ぶし、負けたら悔しがる」

 

「それでいい」

 

「でも」

 

 春麗は、今度はリュウから目を逸らさなかった。

 

「それとは別に、会いたい時は会いたいって言う」

 

 リュウは黙って聞いている。

 

「この前みたいに、偶然会えたからじゃなくて」

 

 胸が熱い。

 

「勝ったから要求するんでもなくて」

 

 喉が乾く。

 

「試合を理由にするんでもなくて」

 

 ここまで言った。

 もう引っ込められない。

 

「私が会いたいから、自分から会いに行く」

 

 言ってしまった。

 黒い戦闘服のまま。

 勝者として立ったまま。

 それでも黒にも勝利にも隠れず、自分の意思として。

 

 リュウは少しだけ考えた。

 

「分かった」

 

 あまりにも普通だった。

 春麗の方が固まる。

 

「……それだけ?」

 

「他に答えが必要か?」

 

「必要ではないけれど」

 

「なら、分かった」

 

 春麗は額へ手を当てた。

 

「本当に、あなたは……」

 

「何だ」

 

「何でもないわ」

 

 自分が何段階もかけてようやく出した言葉を、この男は一度受け取ると、そのまま置く。

 それで終わるのかと思った。

 だが、リュウがもう一度口を開いた。

 

「俺も」

 

 春麗が顔を上げる。

 

「俺も、春麗に会いたい時は探していいのか」

 

 今度こそ、完全に止まった。

 

「……ちょっと待って」

 

「何だ」

 

「今のは想定してない」

 

「そうなのか」

 

「そうよ」

 

「だが、春麗が自分から会いに来るなら、俺もそうしていいと思った」

 

 駄目ではない。

 むしろ。

 それこそが。

 今の自分が、まだ選べていないものだった。

 

 主人公補正でもない。

 偶然でもない。

 試合でもない。

 勝者要求権でもない。

 互いに、会いたいから会いに行く。

 

「駄目じゃないわ」

 

「そうか」

 

「ただし」

 

 何か言わないと耐えられなかった。

 

「次に私を見つけても、黒い戦闘服とは限らないわよ」

 

「分かっている」

 

「仕事帰りかもしれない」

 

「ああ」

 

「髪だって整えてないかもしれないし、疲れてるかもしれない」

 

「そうだな」

 

「それでも?」

 

 リュウは、少しだけ不思議そうに春麗を見る。

 

「どれも春麗だろう」

 

 そこで。

 夢が壊れた。

 


 

 黒執着春麗は勢いよく上体を起こした。

 

 部屋は暗い。

 黒い戦闘服も着ていない。

 リュウもいない。

 試合場でも、仕事帰りの街でもない。

 ただの自室だった。

 それなのに、心臓だけが試合直後のように速い。

 

「……何、今の」

 

 夢。

 未来であったかもしれないもの。

 あり得たかもしれない分岐。

 妄想。

 夢電波。

 分類はいくらでもできる。

 けれど、内容だけは鮮明に残っていた。

 

 黒い戦闘服でリュウと戦った。

 

 圧勝ではない。

 ぎりぎりで勝った。

 リュウは春麗を女として見ていた。

 それでも拳を鈍らせなかった。

 そのリュウへ勝った。

 そこまではいい。

 

 危険ではある。

 かなり好みでもある。

 

 問題は、その後だ。

 

「……私が会いたいから、自分から会いに行く」

 

 夢の中の自分の声が、そのまま頭の中へ戻ってきた。

 黒執着春麗は両手で顔を覆った。

 

「無理」

 

 まだ続く。

 俺も、春麗に会いたい時は探していいのか。

 

「……無理」

 

 そして最後。

 どれも春麗だろう。

 

「無理!」

 

 布団へ倒れ込む。

 精神HPは、ほとんど残っていなかった。

 ただ以前のように、恥ずかしさだけで全部を封印したいわけでもなかった。

 

 そこが一番厄介だった。

 

 夢の未来でも、黒は消えていなかった。

 黒い戦闘服でリュウと戦っていた。

 女性として見られることも使っていた。

 拳を鈍らせないリュウへ、ちゃんと勝っていた。

 そのうえで勝者要求権を使わなかった。

 

 勝利を理由にもしていない。

 会いたいから会うと、自分の口で言った。

 主人公補正も待っていなかった。

 少なくとも夢の中では、自分から選んでいた。

 

「……最悪」

 

 黒執着春麗は枕へ顔を押しつけた。

 

「未来の私、進みすぎでしょう……」

 

 返事はない。

 

 少しして。

 白い表示が浮かんだ。

 

『記録板AI:接続』

 

「呼んでない」

 

『夢電波を検知しました』

 

「検知しないで」

 

『記録します』

 

「しないで」

 

『すでに記録済みです』

 

「なら何で聞いたのよ!」

 

『確認です』

 

 黒執着春麗は起き上がり、表示を睨んだ。

 

「削除」

 

『不可』

 

「封印」

 

『可能です。分類名を指定してください』

 

 そこで、言葉が止まった。

 

 危険ログ。

 未承認。

 完全妄想。

 直接保存禁止。

 いつもの自分なら、そのどれかを選んだはずだった。

 今回も、それでいい。

 

 そう思ったのに。

 

「……未来候補」

 

 自分で言ってから固まった。

 記録板AIの表示まで一瞬止まる。

 

『確認』

『分類:未来候補』

 

「待って」

 

『記録しました』

 

「待ちなさい!」

 

『現在世界線での実行確定ではありません』

 

「それは分かってる!」

 

『未来候補として保存します』

 

 黒執着春麗は額を押さえた。

 よりによって、自分で可能性を残した。

 完全妄想だと言ってしまえば楽だった。

 

 夢電波でいい。

 作者の悪意でもいい。

 それなのに、「あり得ない」とは言わなかった。

 そこが一番危険だった。

 


 

『夢内の重要変化を整理します』

 

「まだやるの?」

 

『黒い戦闘服:継続使用』

『リュウ:春麗を女性として認識』

『拳の鈍化:なし』

『試合結果:春麗、僅差勝利』

『勝者要求権:未使用』

『試合外で会う理由:本人意思』

『春麗側:会いたい時は自分から会いに行く』

『リュウ側:同様の意思を表明』

 

「最後の二つを消して」

 

『今回の核心です』

 

「だから消してほしいのよ」

 

『不可』

 

 黒執着春麗は深く息を吐いた。

 

 腹が立つ。

 まだかなり恥ずかしい。

 それでも、表示の中で目が止まった。

 

『試合外で会う理由:本人意思』

 

 今の自分に、まだないものだった。

 

 仕事帰りの夕食は本物だ。

 楽しかった。

 

 あそこで交わした言葉も嘘ではない。

 ただ、始まりには主人公補正があった。

 

 だから次は、自分で。

 夢の未来では、それができていた。

 

「……ねえ」

 

『はい』

 

「これは未来確定ではないのよね」

 

『はい』

 

「私が何もしなければ、そうならない」

 

『その可能性が高いです』

 

 黒執着春麗は少し黙った。

 

「逆に、私が選べば」

 

 言葉を探す。

 

「少しくらいは、あっちへ近づける可能性がある?」

 

『あります』

 

「……そう」

 

 その答えは怖かった。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 


 

 黒執着春麗は棚の前へ立った。

 

 黒に関する記録が並んでいる。

 そこへ今夜の夢を置く場所を考える。

 

 危険封筒ではない。

 完全妄想箱でもない。

 黒の棚だけに入れるのも違う。

 これは、戦う時の黒だけの話ではないからだ。

 

 黒を着たまま。

 黒を捨てないまま。

 黒ではない時間まで、自分から選びに行く話だった。

 

 春麗は机へ向かい、一枚の紙を取り出した。

 

 最初に書く。

 未来であったかもしれない黒。

 

 少し考え、その下へ続けた。

 

 黒を捨てない。

 試合も捨てない。

 勝ちたい気持ちも捨てない。

 

 ただし会う理由を、勝敗だけにしない。

 

 そこでペンが止まる。

 

 かなり危険な文章だった。

 それでも消さなかった。

 さらに下へ、今の自分の課題を書く。

 

 主人公補正による偶然を待たない。

 試合を必須条件にしない。

 会いたいと思ったなら、その気持ちを勝負へ変換して逃げない。

 そして自分からリュウへ会う理由を作る。

 

「……難易度が高すぎる」

 

『本編春麗への刺突難易度と比較しますか』

 

「しなくていい」

 

『了解しました』

 

 少し沈黙したところで、特別インタビューの最後に自分が言った言葉を思い出した。

 今度は、今の私の話を聞きなさい。

 あれを言ったのは、自分だ。

 なら、続きを作るのも自分の仕事だろう。

 

 記録板AIが、勝手に未来を決めてくれるわけではない。

 リュウが都合よく現れてくれるのを、いつまでも待つわけにもいかない。

 黒執着春麗は、小さく息を吐いた。 

 

 

「記録板AI」

 

『はい』

 

「今の紙は掲示板に出さないで」

 

『関係者限定記録に設定します』

 

「本編春麗にも見せないで」

 

『非公開指定』

 

 春麗は少し考えた。

 

「……今は、ね」

 

『今は』

 

「そう」

 

 いつか、本当に自分から動けたら。

 

 主人公補正でもなく。

 試合でもなく。

 勝者要求権でもなく。

 自分の意思でリュウへ会いに行けたら。

 

「その時は、今度こそ私自身の話として、堂々と報告できるわね」

 

『目的として保存しますか』

 

「しなくていい」

 

『保存しました』

 

「記録板AI」

 

『はい』

 

「本当にあなたは……」

 

 言いかけて、やめた。

 

 紙を折る。

 封筒へ入れる。

 

 表には、未来であったかもしれない黒。

 その下に、

 未承認。

 実行未定。

 そこまで書いてから、しばらく迷った。

 

 最後に、もう一行だけ加える。

 

 ただし、否定はしない。

 

 自分で書いた文字を見て、黒執着春麗はしばらく動かなかった。

 

「……これも、かなり危険ね」

 

『はい』

 

「そこは否定して」

 

『事実です』

 

「そう」

 

 もう一度眠る気には、なかなかなれなかった。

 同じ夢を見たら困る。

 夢の中の自分が、さらに先へ進んでいたらもっと困る。

 それでも、布団へ戻る前に一度だけ棚を振り返った。

 

 黒い戦闘服で、リュウに勝ちたい。

 

 それは変わらない。

 本気で戦って、最後には自分が立っていたい。

 それも変わらない。

 

 けれど、どうやら自分はその先まで欲しがり始めている。

 

 勝った日だけではない。

 戦わない日にも。

 黒ではない姿の時にも。

 リュウと会う未来を。

 夢の中の自分は、もう選んでいた。

 

「……まだよ」

 

 黒執着春麗は、小さく言った。

 

 以前と同じ言葉。

 けれど、意味は少し違う。

 

 まだ、そこまで行っていない。

 まだ、実行していない。

 まだ、自分から会いに行けていない。

 

 だから次がある。

 

「……待ってなさい」

 

 誰に向けた言葉なのか、自分でもよく分からなかった。

 

 本編春麗か。

 リュウか。

 夢の中の未来の自分か。

 ただ一つだけ分かる。

 掲示板で交わす言葉だけで、自分の続きを終わらせるつもりはなかった。

 

 黒執着春麗は照明を消した。

 

 棚には、新しい封筒が一つ増えている。

 

 未来であったかもしれない黒。

 未承認。

 実行未定。

 ただし、否定はしない。

 

 今夜はその記録が、黒を守るためのものではなく。

 

 黒も、それ以外も持ったまま、次へ進むための目印に見えた。




Q:今回のディレクターズカットIFについて解説して?

A:

今回は、黒執着春麗が「未来であったかもしれない自分」を夢として受信する回です。

この春麗にとって、黒い戦闘服は今でも大切な武器です。

リュウに女として見られたい。
その意識すら戦いへ利用したい。
それでも拳は鈍らせてほしくない。
そのリュウに、自分が勝ちたい。

夢の未来でも、この部分はまったく変わっていません。

黒を卒業したわけでも、戦いより恋愛を選んだわけでもありません。
むしろ黒も技も、女性として見られることも全部使い、そのすべてを理解したうえで拳を止めないリュウへ、最後の一歩で勝っています。

変わったのは、その先でした。

勝ったから会う。
試合があるから会う。
勝者要求権があるから何かを求める。
主人公補正によって偶然会えたから、一緒に過ごす。

そうした理由がなくても、
「会いたいから、自分から会いに行く」
と言えるようになっていた。

ここが今回の未来春麗の最大の変化です。

そして、今回は本編春麗との比較も重要です。

本編春麗はすでに正式回答を受け取り、その後もリュウと戦い、勝利まで重ねています。
以前の黒執着春麗なら、そこで「本編春麗にはあるのに、自分にはない」と比較し、自分の不足へ変換していました。
しかし今は、本編春麗が進んだものは本編春麗自身のものだと認められるようになっています。

羨ましい。
悔しい。
でも、だから自分に価値がないわけではない。

ここは、この春麗自身の成長です。

ただし。
掲示板回では、本編春麗から「ライバル枠(笑)」と刺し返されました。
最近の主な活動領域が春麗会議室掲示板で、本人のルートそのものはあまり進んでいない。
これはかなり痛いところを突かれています。

だから今回の夢は、「本編春麗に勝ちたいから急いで進む」という話ではありません。

むしろ、
掲示板で他の春麗を刺すだけではなく、
自分のルートでも自分から選べるのか。
そこへ問いを戻した回です。

仕事帰りにリュウと夕食を取った経験は、すでにあります。
けれど、その出会いの入口には主人公補正があった。
次は偶然を待たず、自分から動けるか。

夢の未来では、それができていました。
しかも、黒を捨てずに。
勝ちたい気持ちも捨てずに。
戦わない時間まで、自分の意思で選べるようになっていた。

もちろん、この夢は未来確定ではありません。

本人も「未承認」「実行未定」としています。
それでも最後に、
「ただし、否定はしない」
と残した。

「ライバル枠(笑)」から本当に抜け出せるかどうかは、まだこれからです。
でも、掲示板で刺し返すだけではなく、自分自身の次へ目を向け始めた。

今回の黒執着春麗にとっては、その一歩こそが一番大きな前進だと思っています。
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