また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚―― 作:エーアイ
本編の春麗が「自分はめんどくさい女だ」と自覚した後、その自覚済みの黒ドレス姿でリュウに余裕を残して勝ち続けた場合の仮定です。
一度目の勝利は、甘かった。
黒いドレスの裾には土がついていた。
肩にはリュウの拳がかすめた痛みが残っていた。
息も、ほんの少し乱れていた。
けれど、春麗は立っていた。
リュウは片膝をついている。
前回なら、同じ高さに倒れていた場所。
互いに届き、互いに崩れ、黒いドレスの裾が土に落ちていた場所。
そこを、今日は越えた。
春麗はリュウを見下ろす。
リュウは悔しそうに拳を握っている。
だが、目は折れていない。
その目を見て、春麗は満たされた。
「今日は、同じ高さにはしてあげないわ」
そう言った時、自分の声には余裕があった。
完全な余裕ではない。
リュウはちゃんと来ていた。
黒を待たず、青も待たず、春麗そのものを見ていた。
それでも、春麗が上だった。
面倒な自分ごとまとった黒。
言い訳なしの黒。
リュウに見られることも、リュウに期待していることも、リュウに責任を取らせたいことも、全部引き受けた黒。
その黒で勝った。
だから、甘かった。
二度目の勝利は、濃かった。
リュウは前回の敗北を持ち帰っていた。
踏み込みが深くなっていた。
拳の戻りも早くなっていた。
春麗が見られることを引き受けた黒を、ただ見るだけではなく、その奥の軸まで見ようとしていた。
春麗はそれを見て、胸の奥が熱くなった。
来ている。
でも、まだ足りない。
春麗は黒いドレスの裾を揺らす。
リュウはそこを待たない。
春麗は、待たない拳のさらに先へ入る。
掌底が届く。
リュウの拳もかすめる。
けれど、春麗は倒れない。
リュウはまた片膝をついた。
春麗は息を整えながら、少し笑った。
「面倒な私を受けに来たんでしょう?」
リュウは顔を上げる。
「なら、もう少し責任を取りなさい」
その言葉は、勝者の煽りだった。
けれど、それだけではなかった。
期待だった。
三度目。
春麗は鏡の前で、黒いドレスを整えながら、自分でも呆れていた。
気合が入っている。
勝っているのに。
二度も勝っているのに。
まだ、リュウが次にどう来るかを考えている。
髪を下ろす。
目元を整える。
唇に色を置く。
裾の位置を見る。
素足の踏み込みを確認する。
以前なら、ここで言い訳していた。
戦術。
勝つため。
足運びの見え方。
でも今は違う。
リュウがどう見るかも考えている。
リュウがどこまで来るかも期待している。
その拳に何が出るかも見たい。
「……本当に、面倒ね」
鏡の中の自分が、少し楽しそうに見えた。
三度目も、春麗は勝った。
リュウは今度こそ相打ちの場所まで来た。
拳が肩に触れた。
手首に指がかかった。
逃げる先へ半歩入られた。
春麗は一瞬、焦った。
だが、その焦りすら自分の中にあった。
来てほしかった。
そこまで来てほしかった。
そして、そのうえで勝ちたかった。
だから春麗は崩れなかった。
リュウの拳を受け、軸を残し、掌底で止めた。
リュウが膝をつく。
春麗は立つ。
「悪くないわ」
そう言ってから、春麗は少しだけ唇を上げる。
「でも、悪くないだけじゃ私は倒せない」
四度目。
春麗は少しだけ、勝利の味が変わり始めていることに気づいた。
勝つのは嬉しい。
リュウが来ている。
自分の黒を見ている。
逃げていない。
責任圧からも逃げずに、拳で答えようとしている。
そのうえで、自分が勝っている。
それは満足だった。
かなり、満足だった。
だが、勝利の奥に、わずかな空白が生まれた。
リュウは悔しがる。
目は折れない。
次も来る。
それなのに、春麗は思う。
もっと来られるでしょう?
四度目の戦いで、リュウは新しい間を作った。
春麗が「来る」と読んだ瞬間に、一拍遅らせた。
春麗の責任圧にそのまま乗らず、踏み込みをわずかにずらした。
春麗は一瞬だけ驚いた。
「そう来るの」
心が跳ねた。
だが、リュウの変化はまだ浅かった。
春麗はその一拍を見て、さらに内側へ入る。
勝った。
今度は、少し余裕があった。
春麗は片膝をつくリュウを見て言う。
「今のはよかったわ」
リュウは息を切らしながら春麗を見る。
「でも、途中で終わらないで」
春麗の声は、少し鋭かった。
「私を困らせるなら、最後まで困らせなさい」
五度目。
勝利は、少しだけ薄くなった。
いや、薄くなったのではない。
春麗が、さらに濃いものを求め始めていた。
五度も勝っている。
すべて黒いドレスで。
すべて、言い訳なしの黒で。
すべて、リュウが来たうえで。
それなのに。
春麗は、鏡の前で黒いドレスの裾を整えながら思った。
私は、何を待っているの?
答えはわかっていた。
リュウだ。
もっと深く来るリュウ。
今の余裕を壊すリュウ。
責任を取りに来るだけではなく、春麗の予想そのものを外してくるリュウ。
春麗は、軽く息を吐く。
勝っているのに、リュウを待っている。
倒しているのに、次のリュウを期待している。
「本当に、私をどうするつもりなの」
その言葉は、リュウには届かない。
でも、次の戦いで届かせればいい。
五度目の戦いで、春麗は勝利後に少し強く言った。
「来ているのはわかるわ」
リュウは片膝で息を整えている。
春麗は続ける。
「でも、まだ私を困らせきれていない」
リュウの拳が、わずかに強く握られる。
春麗はそれを見て満足する。
そう。
その悔しさ。
それを次に持ってきなさい。
六度目。
リュウは確かに変わっていた。
責任圧にそのまま踏み込まない。
春麗が待つ場所を避ける。
春麗が「来てほしい」と思う距離の外側から入ろうとする。
春麗はそれを見て、胸の奥が熱くなった。
やっと、少しわかってきた。
責任を取ることは、私の望む場所へそのまま来ることではない。
私が読んでいない形で届くこと。
リュウはそこに触れ始めていた。
だが、触れ始めただけだった。
春麗は、まだ先にいた。
黒いドレスの裾が揺れる。
リュウはそこを追わない。
春麗は追わない拳を読む。
リュウは読まれたことに気づく。
さらに踏み込む。
そこまではよかった。
最後の一歩。
そこで春麗が上回った。
リュウは膝をついた。
春麗は少し息を乱していたが、立っていた。
「惜しいわね」
春麗は言う。
「でも、惜しいで終わらせるつもり?」
リュウは答えない。
ただ、目だけが答えている。
終わらせない。
春麗はその目を見て、また少し満たされた。
七度目。
春麗の黒は、さらに静かになった。
見せる黒ではない。
揺らす黒でもない。
責任を迫る黒ですら、少し違う。
もう、春麗自身が黒になっていた。
リュウはそれを見て、初めてほんの少し眉を動かした。
春麗は気づく。
今、あなたは思ったでしょう。
これは、どう受ければいいのか、と。
春麗は笑った。
「難しい相手でしょう?」
リュウは短く答える。
「ああ」
春麗は一瞬、少しだけ胸を突かれた。
面倒とは言わない。
難しい相手。
その言葉は、春麗の中に深く入る。
だから余計に、勝ちたくなった。
七度目も春麗は勝った。
ただし、この勝利はかなり危なかった。
リュウが春麗の待つ場所ではなく、待っていない場所から来た。
春麗が一瞬、反応を遅らせた。
拳が肩に入る。
足が揺れる。
それでも春麗は倒れなかった。
倒れずに、蹴りを返した。
リュウが崩れる。
春麗は立っている。
だが、胸の奥は強く鳴っていた。
「今のは」
春麗は息を整えながら言う。
「少しだけ、困ったわ」
リュウが顔を上げる。
春麗は微笑む。
「少しだけね」
八度目。
春麗は、勝つ前から少し苛立っていた。
苛立ちの理由はわかっている。
リュウが来ている。
でも、まだ自分の余裕を壊しきれていない。
そして、自分がそれを求めていることも、もうわかっている。
だから余計に苛立つ。
勝てば嬉しい。
だが、余裕を残して勝ち続けると、春麗の中の面倒な部分が騒ぎ始める。
もっと来なさい。
でも、来すぎたら私が勝つ。
私を焦らせなさい。
でも、最後に立つのは私。
あなたのせいで、私はこんなに面倒なのよ。
八度目の戦いで、春麗は少し強く煽った。
「勝たせてくれるのは嬉しいけど」
リュウの拳が来る。
春麗はかわす。
「楽をさせてほしいわけじゃないのよ」
リュウの目が鋭くなる。
春麗は内心で笑う。
そう。
怒りなさい。
悔しがりなさい。
その全部を拳に変えて、次に来なさい。
八度目も、春麗の勝ちだった。
リュウは倒れないように踏みとどまったが、膝が落ちた。
春麗は立っている。
少しだけ、呼吸に余裕があった。
その余裕が、少し物足りなかった。
九度目。
リュウはかなり深かった。
春麗は初めて、勝利の途中で冷えた。
これは危ない。
そう思った。
リュウは、春麗の「待つ場所」を外すだけではなかった。
春麗が「外された」と感じる場所まで読んで、さらに踏み込んできた。
春麗は一瞬、本当に焦った。
黒いドレスの裾が大きく揺れる。
素足が土を噛む。
拳が肩を捉える。
手首に触れられる。
逃げ道が狭まる。
来た。
来たわね。
春麗は、その焦りに少し笑いそうになった。
これが欲しかった。
でも、負けるつもりはない。
春麗は、黒いドレスのまま身体を沈める。
リュウの拳を受ける。
倒れない。
そのままリュウの軸を崩す。
リュウが片膝をつく。
春麗も息を切らしていた。
さすがに余裕が薄い。
それでも立っていた。
九度目の勝利。
春麗はリュウを見下ろし、しばらく何も言わなかった。
リュウも黙っている。
春麗はやがて、低く言う。
「今のは、よかったわ」
本心だった。
「でも、まだ私を倒せていない」
リュウは静かに答える。
「次だ」
春麗は目を細めた。
次。
そう。
あなたはいつも次を持ってくる。
だから、私は待ってしまう。
十度目。
春麗は、鏡の前で長く自分を見ていた。
黒いドレス。
下ろした髪。
整えた目元。
薄く色を置いた唇。
言い訳なしの黒。
面倒な私を全部引き受けた黒。
リュウを十度目に待つ黒。
春麗は、鏡の中の自分へ言う。
「勝つわ」
それは当然だった。
だが、続く言葉が少し違った。
「でも、ちゃんと困らせなさいよ、リュウ」
言ってから、春麗は自分で笑った。
勝つつもりなのに、困らせてほしい。
本当に、どうしようもない。
修行場で、リュウは待っていた。
春麗が黒いドレスで現れると、リュウは静かに構える。
十度目でも、彼は逃げない。
春麗は少しだけ嬉しくなった。
戦いは、これまでで一番濃かった。
リュウは、春麗の責任圧をかなり越えかけていた。
春麗の待つ場所を外し、春麗が外されたと思う場所もさらに外した。
届く。
本当に届く。
春麗は何度も焦った。
息が乱れる。
肩が痛む。
黒いドレスの裾が土を打つ。
拳が近い。
リュウの呼吸が近い。
それでも、最後に立ったのは春麗だった。
十度目も、春麗が勝った。
余裕はあった。
だが、最初の頃のような余裕ではない。
リュウはかなり近くまで来ていた。
それでも、春麗は最後の一手を残していた。
リュウが片膝をつく。
春麗は立っている。
十度。
十度、面倒な黒で勝った。
リュウは十度、来た。
十度、悔しがった。
十度、折れなかった。
十度、次を持ち帰る目をしていた。
春麗は満たされていた。
かなり。
黒いドレスで勝ち続けたこと。
自分の面倒さを隠さず、そのまま戦場へ持ち込んだこと。
リュウがそれを毎回受けに来たこと。
それでも自分が立ったこと。
その全部が、春麗の中に積み上がっている。
けれど。
春麗はリュウを見下ろしながら、思った。
まだ、あなたを待っている。
十度勝ったのに。
リュウは息を切らしている。
拳を握っている。
悔しそうに、だが折れずに春麗を見ている。
その顔を見ると、春麗の中の何かが、また次を求める。
春麗はゆっくり近づいた。
「十度目ね、リュウ」
リュウは顔を上げる。
春麗は微笑む。
「面倒な私を受けに来て、十度負けた感想は?」
リュウは少し息を整えてから答える。
「まだ、足りない」
春麗の胸が、跳ねた。
その答え。
その答えが、また自分を面倒にする。
春麗は、少しだけ目を伏せた。
「そう」
声は柔らかかった。
だが、すぐに勝者の顔へ戻る。
「なら、次はもっと来なさい」
リュウは短く言う。
「ああ、行く」
春麗は笑った。
嬉しい。
悔しいほど、嬉しい。
十度勝った。
それでも、まだリュウを待っている。
勝利に満たされている。
でも、リュウへの期待で飢えている。
春麗は黒いドレスの裾を揺らしながら、背を向ける。
「私をここまで面倒にした責任、まだまだ残っているわよ」
リュウは何も言わない。
だが、春麗にはわかる。
次も来る。
春麗は歩きながら思う。
私は、十度勝った。
面倒な黒で、十度。
それでも、あなたを待っている。
あなたなら、もっと来られるはずだと。
あなたなら、いつかこの余裕を本当に壊せるはずだと。
でも。
春麗は、口元に笑みを浮かべる。
壊させてあげるとは言っていない。
リュウ。
私の余裕を壊しに来なさい。
そのうえで、最後に立つのは私。
十度勝ってなお、春麗はリュウを待っていた。
そして、そのことをもう否定しなかった。
めんどくさい女と自覚後の黒ドレス春麗が余裕のある勝利を10連勝した場合、春麗はこうなります。
最初は、自分を引き受けた黒で勝つことに大満足する。
しかし10回続くと、勝っているのにリュウへの期待で飢え始める。
自分が何を求めているかを自覚しているため、その飢えも隠さない。
結果、責任圧デバフがさらに強化され、リュウに「もっと私を困らせなさい」と求めるようになる。
一言でまとめるなら、
この春麗は、面倒な黒で勝ち続けた結果、勝利に満たされながら、リュウへの期待でさらに面倒になる春麗です。