また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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春麗視点になります。


黒衣の春麗は、隙を見逃さない(裏)

 なぜ、この服を選んだのか。

 

 春麗自身にも、はっきりとはわからなかった。

 

 いつもの戦闘服ではない。

 

 黒いドレス。

 

 動きやすいように調整はしてある。

 脚も出せる。

 踏み込みも妨げない。

 蹴りの軌道も殺さない。

 

 だから、戦えない服ではない。

 

 けれど、それだけが理由ではないことも、自分でわかっていた。

 

 実用性だけで選んだなら、いつもの服でよかった。

 長年身体に馴染んだ、最も戦いやすい装いでよかった。

 

 なのに今夜、春麗は黒いドレスを選んだ。

 

 その後、髪を下ろすかどうか、一瞬だけ迷った。

 いつものように髪を結い上げれば、動きやすい。

 それはわかっている。

 けれど春麗は、今日は髪を下ろした。

 動きに邪魔にならない長さを確かめる。

 肩にかかる髪を指で払い、鏡の中の自分を見る。

 青い武道服の時とは違う。

 

 似合っていると思った。

 

 いや、そんなことを考える必要はない。

 

 今夜はリュウとの再戦だ。

 相手は、こちらの一瞬の緩みを見逃さない男。

 そして、こちらもまた彼の一瞬の揺らぎを見逃すつもりはない。

 

 余計なことを考える場ではない。

 

 そう思った。

 

 それなのに、ドレスを脱ごうとはしなかった。

 

 なぜか。

 

 わからない。

 

 ただ、黒いドレス姿でリュウの前に立った時、彼がどんな顔をするのか。

 

 それを、少しだけ見てみたいと思ってしまった。

 

 春麗は通路を歩きながら、自分のその感情に小さく眉を寄せた。

 

 馬鹿みたい。

 

 リュウはそんな男ではない。

 

 彼はもう、初めて戦った時のリュウではない。

 女性だからと無意識に拳を鈍らせた、あの頃の未熟な男ではない。

 

 今のリュウは、春麗を一人の格闘家として見ている。

 何度も倒され、何度も挑み、勝ち、また敗れ、それでも拳を向けてくる。

 

 だからこそ、春麗にとっても彼は特別だった。

 

 ただの挑戦者ではない。

 ただの敗者でもない。

 ただの勝者でもない。

 

 何度でも戦いたくなる相手。

 

 勝てば勝つほど苦しくなり、負ければ負けた分だけ次を求めてしまう相手。

 

 リュウは、そういう男になっていた。

 

 だから、今夜も本気で戦う。

 

 この服が何であろうと、勝負に手は抜かない。

 

 春麗はステージへ出た。

 

 観客はいない。

 

 いつもの歓声も、ざわめきもない。

 夜の静けさだけが、石畳の上に沈んでいる。

 

 その中央に、リュウが立っていた。

 

 彼は春麗に気づき、顔を上げた。

 

 春麗は、その瞬間を見た。

 

 リュウの呼吸が、ほんのわずかに止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 他の者なら見逃したかもしれない。

 だが、春麗は見逃さなかった。

 

 リュウの目が、いつものように構えや重心を追う前に、わずかにこちらの姿を捉えた。

 

 黒いドレス。

 灯籠の光を受ける布。

 いつもとは違う輪郭。

 

 リュウはすぐに視線を戻した。

 

 何事もなかったように。

 

 その反応に、春麗は内心で少しだけ胸を弾ませた。

 

 見た。

 

 今、見た。

 

 けれど、表情には出さない。

 

 春麗は足を止め、いつも通りの声で言った。

 

 「待たせたかしら」

 

 リュウは首を振った。

 

 「いや」

 

 短い返事。

 

 それだけ。

 

 春麗は、ほんの少しだけ不満だった。

 

 何か言えばいいのに。

 

 似合うでも、珍しいでも、動きにくくないのかでも、何でもいい。

 

 いつもと違う姿をしているのは明らかなのだから、何か一言あってもいいはずだ。

 

 それなのに、リュウは黙っている。

 

 彼らしいといえば、彼らしい。

 

 戦いの前に余計な言葉を挟まない。

 目の前の相手を格闘家として見る。

 服装ではなく、構えと呼吸を見る。

 

 それは春麗も認めている。

 

 認めている。

 

 認めているけれど。

 

 少しくらい、触れてもいいじゃない。

 

 そんな感情が胸の奥で小さく膨らみ、春麗は自分でそれに呆れた。

 

 何を期待しているの。

 

 別に褒めてほしいわけではない。

 そんなつもりでこの服を選んだわけではない。

 

 たぶん。

 

 おそらく。

 

 きっと。

 

 春麗はリュウを見た。

 

 彼は明らかに平静を保とうとしている。

 

 その様子を見て、春麗の不満は少しだけ別の感情に変わった。

 

 言及しないのではない。

 

 できないのかもしれない。

 

 そう思うと、少し面白くなった。

 

 春麗は言った。

 

 「静かなのね」

 

 リュウは答える。

 

 「いつも通りだ」

 

 「そう?」

 

 春麗は小さく笑う。

 

 「なら、いいけれど」

 

 その時点で、春麗にはわかっていた。

 

 いつも通りではない。

 

 リュウは集中しようとしている。

 こちらの姿に反応した自分を押し殺し、いつもの戦いに戻ろうとしている。

 

 それは侮りではない。

 

 春麗を格闘家として見ていないわけでもない。

 手加減しようとしているわけでもない。

 

 むしろ逆だ。

 

 春麗を危険な相手だと知っているから、余計な感情を消そうとしている。

 

 けれど、その時点で、もう遅い。

 

 消そうとしているものがある。

 

 春麗にとって、それだけで十分だった。

 

 リュウが構える。

 

 春麗も構えた。

 

 黒いドレスの裾が、夜気に揺れる。

 

 リュウの視線が一瞬だけそこへ引かれかけ、すぐに足元へ戻る。

 

 春麗は内心で笑った。

 

 見ている。

 

 見ないようにしている。

 

 つまり、見ている。

 

 これは使える。

 

 そう思った瞬間、春麗の心は戦闘の色に切り替わった。

 

 可笑しさも、不満も、期待も、全部そのまま刃に変える。

 

 リュウの視線が揺れるなら、そこを突く。

 呼吸が乱れるなら、そこへ入る。

 姿ひとつで生まれた隙なら、それも戦場の要素だ。

 

 春麗は地を蹴った。

 

 一気に間合いを詰める。

 

 リュウは反応した。

 

 やはり速い。

 

 最初の蹴りを受ける。

 二撃目にも対応する。

 そして半歩内へ入ってくる。

 

 甘くない。

 

 春麗は身を引いた。

 

 リュウの拳が空を切る。

 

 黒い布が揺れる。

 

 彼の視線が、ほんのわずかに追いかける。

 

 春麗の胸が、内側で跳ねた。

 

 本当に見ている。

 

 リュウが。

 

 あのリュウが。

 

 自分の姿に、戦いの最中でさえ意識を引かれている。

 

 春麗は表情を崩さなかった。

 

 だが、内心ではかなり浮かれていた。

 

 これは、思った以上に効いている。

 

 もちろん、リュウは弱くなっていない。

 

 むしろ危険だった。

 

 彼は春麗の移動先へ拳を置く。

 追わずに待つ。

 反応ではなく、読みで捕まえようとしてくる。

 

 拳の重さも、踏み込みの深さも、前回より研ぎ澄まされている。

 

 このまままともにぶつかれば、どちらが倒れてもおかしくない。

 

 だからこそ、春麗は使えるものを使う。

 

 速さも。

 技も。

 読みも。

 黒いドレスも。

 リュウの視線も。

 

 全部、勝つための材料になる。

 

 春麗は低く沈んだ。

 

 足払いを見せる。

 

 リュウは跳ばずに軸をずらす。

 

 読まれている。

 

 ならば、下から掌底。

 

 リュウは肘で受けた。

 

 近い。

 

 間合いが詰まる。

 

 春麗は顔を上げた。

 

 リュウの顔がすぐそこにある。

 

 彼の目は、こちらを見ていた。

 

 構えを。

 呼吸を。

 攻撃の兆しを。

 

 そして、一瞬だけ、その奥に別の揺れが生まれた。

 

 春麗には、わかった。

 

 リュウの視線が、自分を格闘家としてだけではなく、一人の女として捉えた。

 

 ほんの一瞬。

 

 だが、その一瞬は、春麗にとって勝利の合図のようなものだった。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

 何これ。

 

 春麗は戦いの最中だというのに、そんなことを思った。

 

 嬉しい。

 

 いや、違う。

 

 これは戦術的優位を得た高揚だ。

 

 相手の隙を見抜いた喜び。

 

 格闘家として当然の反応。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 

 だが、完全には誤魔化せなかった。

 

 リュウが自分の姿に揺らいだ。

 

 その事実が、春麗を思っていた以上に満足させていた。

 

 春麗は膝を叩き込んだ。

 

 リュウの腹に入る。

 

 彼の息が詰まる。

 

 そこから連撃。

 

 蹴り。

 掌底。

 肘。

 また蹴り。

 

 リュウは耐える。

 

 やはり倒れない。

 

 それがいい。

 

 簡単に倒れられては困る。

 

 春麗は内心の高揚を抑え込みながら、さらに踏み込む。

 

 リュウは反撃してくる。

 

 拳が来る。

 

 春麗は横へ流す。

 

 完全には外せない。

 

 肩を打たれる。

 

 痛みが走る。

 

 浮かれすぎるな。

 

 春麗は自分に言い聞かせた。

 

 リュウは強い。

 

 この男は、一度崩れてもすぐに戻ってくる。

 一瞬揺らいでも、その揺らぎを次の修行の材料にする。

 

 だから、今ここで仕留めなければならない。

 

 リュウの拳がさらに来る。

 

 春麗は受ける。

 かわす。

 距離を取る。

 

 リュウは追わない。

 

 呼吸が戻りつつある。

 

 さっきまでの視線の揺れが、少しずつ小さくなっている。

 

 やはり、立て直してきた。

 

 春麗は舌打ちしたくなるのをこらえた。

 

 本当に厄介な男。

 

 普通なら、あの一瞬の動揺から崩れたままになる。

 だがリュウは違う。

 

 自分の揺らぎを認識し、そこから戻ってくる。

 

 春麗は、そこが好きだった。

 

 いや。

 

 好きという言葉は違う。

 

 戦い甲斐がある。

 

 そういうことにしておく。

 

 リュウの拳が春麗の腹に入った。

 

 「っ……!」

 

 息が詰まる。

 

 今のは深い。

 

 春麗は下がる。

 

 リュウは追わない。

 

 彼の目が変わっている。

 

 落ち着いている。

 

 もう、黒いドレスだけでは揺れない。

 

 春麗はそう判断した。

 

 少し惜しい気もした。

 

 もっと動揺していればいいのに。

 

 もっとこちらの姿を意識していればいいのに。

 

 そんな考えが一瞬浮かび、春麗は自分で驚いた。

 

 何を考えているの。

 

 勝負中よ。

 

 だが、その感情も消さない。

 

 消さずに、使う。

 

 リュウは立て直した。

 ならば、もう一度揺らせばいい。

 

 春麗は構え直した。

 

 互いに攻撃を重ねる。

 

 拳と蹴りが交差する。

 

 リュウの打撃は重い。

 春麗の蹴りは鋭い。

 リュウは追わない。

 春麗は誘う。

 リュウは乗らない。

 春麗はさらに奥へ誘う。

 

 静かなステージに、打撃音だけが響く。

 

 観客がいないことが、かえって二人の呼吸を際立たせていた。

 

 リュウの息。

 自分の息。

 石畳を踏む音。

 ドレスが空気を切る音。

 

 春麗は、ふと気づいた。

 

 今夜は、観客がいなくてよかった。

 

 もし観客がいたら、この感覚はここまで鮮明ではなかったかもしれない。

 

 リュウの視線の揺れも。

 自分の胸の高鳴りも。

 黒いドレスが生む違和感も。

 全部、歓声に紛れてしまったかもしれない。

 

 二人きりだから、わかる。

 

 リュウが自分をどう見ているか。

 

 自分がリュウにどう見られたいのか。

 

 その答えはまだわからない。

 

 だが、少なくとも今夜、春麗はリュウの視線を意識していた。

 

 認めたくはないが、していた。

 

 春麗は一歩下がった。

 

 リュウは警戒する。

 

 当然だ。

 

 彼はもう、単純な誘いには乗らない。

 

 春麗は何もしなかった。

 

 構えを変えるでもない。

 蹴りを放つでもない。

 跳ぶでもない。

 

 ただ、そこに立った。

 

 黒いドレスの裾が、灯籠の光に揺れる。

 

 リュウの視線が、ほんのわずかに動いた。

 

 来た。

 

 春麗の内側で、歓声が上がる。

 

 見た。

 

 また見た。

 

 今度は、立て直した後のリュウが、それでも見た。

 

 春麗は、もう隠しきれないほど内心で喜んでいた。

 

 表情には出さない。

 

 出すものか。

 

 だが、心の中では完全に浮かれていた。

 

 リュウでも、こうなるんだ。

 

 私を相手に、こういう隙を見せるんだ。

 

 それが、こんなに嬉しいなんて。

 

 春麗は地を蹴った。

 

 リュウは反応する。

 

 だが、半拍遅い。

 

 その遅れは小さい。

 

 けれど、春麗にとっては十分すぎた。

 

 膝を腹へ。

 

 蹴りを肩へ。

 

 重心を浮かせる。

 

 空中へ。

 

 リュウは粘る。

 

 当然だ。

 

 彼はここからが強い。

 

 春麗は首元へ腕を回す。

 

 リュウが身体を捻る。

 

 投げを殺しに来る。

 

 読んでいた。

 

 完全に投げきれなくてもいい。

 

 崩せればいい。

 

 二人はもつれながら落ちる。

 

 リュウは受け身を取った。

 

 やはり、簡単には倒れない。

 

 春麗は着地と同時に踏み込んだ。

 

 ここで離せば、立て直される。

 

 黒いドレスの影がリュウの視界にかかる。

 

 蹴り。

 

 一撃目は受けられる。

 

 二撃目で胸を打つ。

 

 三撃目で膝を折る。

 

 リュウが片膝をついた。

 

 まだ目は死んでいない。

 

 春麗は足先を、彼の喉元の寸前で止めた。

 

 勝負は決まった。

 

 静寂。

 

 春麗は息を整えた。

 

 本当は、少し危なかった。

 

 途中でリュウは完全に立て直しかけていた。

 あのまま進めば、こちらが押し切られていたかもしれない。

 

 腹に入った拳もまだ痛い。

 肩も痺れている。

 脚にも疲労が来ている。

 

 でも、今この瞬間は、勝者として立つ。

 

 リュウを見下ろす。

 

 彼は悔しそうにこちらを見上げていた。

 

 その顔を見た時、春麗の胸の奥に、また別の熱が灯った。

 

 いい顔。

 

 悔しそうで。

 それでも折れていなくて。

 次は必ず越えると言っている顔。

 

 春麗は、勝ち台詞を選んだ。

 

 優しくするつもりはない。

 

 そんなことをすれば、この関係ではない。

 

 だから、笑う。

 

 涼しい声で、煽る。

 

 「姿が変わっただけで隙を見せるなんて」

 

 リュウの目が、わずかに揺れた。

 

 図星だ。

 

 春麗は内心でさらに浮かれた。

 

 当たってる。

 

 やっぱり、当たってる。

 

 でも、顔には出さない。

 

 「修業が足りないわね、リュウ」

 

 言い切った瞬間、胸の奥が満たされた。

 

 勝った。

 

 リュウに勝った。

 

 それだけではない。

 

 黒いドレス姿の自分に、リュウは隙を見せた。

 

 その事実が、どうしようもなく春麗を満足させていた。

 

 春麗は足を引いた。

 

 「もう一度やる?」

 

 余裕ぶって言った。

 

 実際には、連戦できるほど余裕があるわけではない。

 

 だが、リュウが立つなら受けるつもりだった。

 

 彼は立った。

 

 痛む身体で。

 それでも、まっすぐに。

 

 「……次は、見る」

 

 春麗は首を傾げた。

 

 「何を?」

 

 リュウは春麗を見た。

 

 今度は、逸らさなかった。

 

 黒いドレスも。

 揺れる布も。

 灯籠の光に浮かぶ輪郭も。

 そして、その奥にいる春麗自身も。

 

 全部を見る目だった。

 

 「全部だ」

 

 春麗の呼吸が、今度はこちらの方で止まりかけた。

 

 「姿も、動きも、呼吸も、拳も。全部見たうえで、次は負けない」

 

 一瞬、春麗は返す言葉を失った。

 

 何よ、それ。

 

 ずるいじゃない。

 

 さっきまで、見ないようにしていたくせに。

 

 こちらの姿に揺れていたくせに。

 

 今度は全部見るなんて。

 

 そんなことを言われたら、次は自分の方が意識してしまう。

 

 春麗は唇の端を上げた。

 

 「言うようになったわね」

 

 何とか、それだけ返した。

 

 リュウは続ける。

 

 「お前が見逃さないなら、俺も見逃さない」

 

 その言葉に、春麗の胸が強く鳴った。

 

 リュウは本気だ。

 

 この敗北を、もう次の戦いへ変えている。

 

 黒いドレスに揺らいだことも。

 その隙を突かれたことも。

 すべて認めたうえで、次は越えると言っている。

 

 本当に、厄介な男。

 

 春麗は構えた。

 

 黒いドレスが夜に揺れる。

 

 リュウは今度こそ目を逸らさない。

 

 その視線を受けて、春麗は内心で少しだけ焦った。

 

 見られている。

 

 さっきとは違う。

 

 迷いの視線ではない。

 隙を生む視線でもない。

 

 こちらのすべてを受け止め、そのうえで拳を向ける視線。

 

 春麗は、なぜ自分が今夜この服を選んだのか、やはりわからなかった。

 

 でも、ひとつだけわかったことがある。

 

 この服を選んでよかった。

 

 リュウの隙を引き出せたから。

 

 リュウの新しい表情を見られたから。

 

 そして、次の戦いがさらに危険になるとわかったから。

 

 春麗は笑った。

 

 今度は、勝者の笑みだけではない。

 

 挑む者の笑みでもあった。

 

 「いいわ」

 

 彼女は言った。

 

 「全部見るって言うなら、見逃さないことね」

 

 リュウが構える。

 

 春麗も構える。

 

 観客はいない。

 

 歓声もない。

 

 けれど春麗の胸の中だけは、さっきからずっと騒がしい。

 

 リュウが自分に隙を見せたことが嬉しい。

 その隙を突いて勝ったことが嬉しい。

 そして今度は、その隙を越えようとしていることが、もっと嬉しい。

 

 春麗は地を蹴った。

 

 黒いドレスが夜に翻る。

 

 今度は、リュウの視線が逃げなかった。

 

 それを見て、春麗は内心で思う。

 

 やっぱり、あなたとの戦いは面白いわ。

 

 だからこそ、次も勝つ。

 

 見られても。

 見抜かれても。

 それでも最後に立つのは自分だ。

 

 春麗はリュウの間合いへ飛び込んだ。

 

 勝者の仮面をかぶったまま。

 内心の高揚を隠したまま。

 そして、まだ自分でも説明できない黒いドレスの理由を胸の奥に残したまま。

 

 今夜の再戦は終わらない。

 

 一度勝っただけでは、足りない。

 

 リュウが全部見るというなら。

 

 春麗もまた、リュウのすべてを見逃さない。

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