また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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断章は本編時空のいつかどこかであったものを切り抜いたものになります。


断章:春麗は、黒を強いだけと言わせない

 黒いドレスの裾に、土がついていた。

 

 春麗はそれを払わなかった。

 

 戦いは終わっている。

 

 勝ったのは春麗だった。

 

 ただし、余裕の勝利ではない。

 辛勝だった。

 

 リュウの拳は届いていた。

 黒を待たず、黒から逃げず、黒に揺れたことを否定せず、それでも踏み込んできた。

 

 春麗の肩には、まだその拳の痛みが残っている。

 

 呼吸も少し乱れていた。

 足も重い。

 黒いドレスの裾も、いつもより乱れている。

 

 けれど、最後に立っていたのは春麗だった。

 

 リュウは片膝をついている。

 

 春麗は、勝者の顔を作った。

 

 「今日は、少しだけ近かったわね」

 

 軽く言ったつもりだった。

 

 リュウは息を整えながら、春麗を見上げている。

 

 その目が、少し嫌だった。

 

 負けた目ではない。

 悔しさはある。

 だが、それ以上に何かを見た目だった。

 

 春麗は、その視線に気づいてしまう。

 

 そして、気づいた自分に少し苛立つ。

 

 まただ。

 

 戦いが終わった後のリュウは、余計なことをする。

 

 何かを言う前から、春麗の中に残る。

 ただ見上げているだけで、こちらの呼吸を少し乱す。

 

 黒いドレスで勝ったのは自分なのに。

 

 リュウを揺らしたのは、自分なのに。

 

 春麗は、余裕を崩さないように笑った。

 

 「何か言いたそうね」

 

 リュウは少し黙った。

 

 そして、ぽつりと言った。

 

 「今日の黒は、強かった」

 

 春麗は、すぐに返した。

 

 「当然でしょう」

 

 勝者として。

 黒をまとった春麗として。

 リュウに見られることも、揺らすことも、全部引き受けて勝った女として。

 

 当然。

 

 その言葉で済ませるつもりだった。

 

 今日の黒は強かった。

 

 それは評価として正しい。

 黒いドレスの春麗は強い。

 リュウの視線を奪い、呼吸を乱し、踏み込みを誘い、最後の一拍を取った。

 

 だから勝った。

 

 強かった。

 

 それでいい。

 

 けれど、リュウは続けた。

 

 「強いだけじゃなかった」

 

 春麗の指先が、わずかに止まった。

 

 本当に、わずかに。

 

 表情には出さない。

 声にも出さない。

 勝者の姿勢も崩さない。

 

 でも内側では、はっきり止まった。

 

 強いだけじゃなかった。

 

 それは、どういう意味。

 

 春麗は聞かなかった。

 

 聞いたら負けの気がした。

 

 何が、と聞いた瞬間、自分がその答えを欲しがっていることを認めることになる。

 

 だから聞かない。

 

 聞かないのに、心は勝手に続きを待っている。

 

 本当に面倒。

 

 自分がめんどくさい女だと自覚してから、こういうところが厄介になった。

 

 リュウの言葉が、普通の言葉で終わらない。

 

 黒を見た。

 強いと言った。

 それだけなら流せる。

 

 でも、強いだけじゃないと言われた瞬間、胸の奥が大きく反応する。

 

 黒を戦術としてだけ見ていない。

 春麗が黒を選んだ意味を、何か感じ取っている。

 

 そのことが、春麗に刺さる。

 

 刺さりすぎる。

 

 春麗は笑った。

 

 「負けた言い訳にしては、ずいぶん曖昧ね」

 

 リュウは首を横に振った。

 

 「言い訳じゃない」

 

 「なら、何?」

 

 言ってから、春麗は内心でしまったと思った。

 

 聞いた。

 

 聞いてしまった。

 

 何が、と直接ではない。

 でも、ほとんど同じだった。

 

 リュウは春麗を見ていた。

 

 黒いドレスを。

 裾を。

 下ろした髪を。

 肩で乱れた呼吸を。

 

 いや、たぶんそれだけではない。

 

 今日の黒で何をしたのか。

 春麗がどこまでリュウを見ていたのか。

 どこまで見られることを受け入れていたのか。

 

 そこまで、見ていたのかもしれない。

 

 リュウは短く言った。

 

 「目を逸らしたら、負けると思った」

 

 春麗は、呼吸を忘れかけた。

 

 直接、綺麗だとは言わない。

 

 美しいとも言わない。

 似合っているとも言わない。

 

 リュウらしい。

 

 本当にリュウらしい。

 

 戦いの言葉でしか言わない。

 

 けれど、春麗には十分すぎた。

 

 目を逸らしたら、負けると思った。

 

 それは、黒いドレスの春麗を見ていたということ。

 

 見なければいけないと思ったということ。

 

 見たら揺れる。

 でも逸らせば負ける。

 だから見た。

 

 そのうえで、来た。

 

 春麗の黒を、強いだけではないものとして見た。

 

 春麗は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 まずい。

 

 これはかなりまずい。

 

 ただの褒め言葉ではない。

 

 むしろ褒め言葉としては不器用すぎる。

 

 でも、だから効く。

 

 リュウが言うから効く。

 

 しかも、リュウはおそらく自分がどれだけのことを言ったかわかっていない。

 

 それがさらに腹立たしい。

 

 春麗は勝者として笑った。

 

 いつものように。

 

 少し顎を上げて、余裕のある声で。

 

 「そう。なら次も逸らさないことね」

 

 言えた。

 

 うまく言えた。

 

 声は乱れていない。

 

 表情も崩れていない。

 

 黒いドレスの春麗として、リュウの言葉を受け流した。

 

 少なくとも、外側は。

 

 リュウは頷いた。

 

 「ああ」

 

 それだけ。

 

 また、それだけ。

 

 春麗は内心で歯噛みした。

 

 どうしてそこで、そんなふうに頷くの。

 

 どうして、もっと言い訳しないの。

 

 どうして、余計な言葉を足さないの。

 

 どうして、たった一言でこちらを揺らして、本人は静かにしていられるの。

 

 春麗は、リュウを見下ろした。

 

 片膝をついている。

 息も乱れている。

 肩も痛んでいるはずだ。

 

 負けたのはリュウだ。

 

 それなのに、今、春麗の中に残っているのは勝利の余韻だけではない。

 

 リュウの言葉だ。

 

 今日の黒は、強かった。

 強いだけじゃなかった。

 目を逸らしたら、負けると思った。

 

 その三つが、黒いドレスの裾よりも、肩の痛みよりも、長く残りそうだった。

 

 春麗はそれが気に入らなかった。

 

 とても気に入らなかった。

 

 でも、嫌ではなかった。

 

 それが一番気に入らなかった。

 

 「リュウ」

 

 「何だ」

 

 「次に同じことを言うなら」

 

 春麗は少し間を置いた。

 

 言葉を選ぶ。

 

 選ばないと、余計なものが出る。

 

 「勝ってから言いなさい」

 

 リュウは静かに春麗を見る。

 

 「勝ってから?」

 

 「そうよ。負けたまま言われても、言い訳にしか聞こえないわ」

 

 嘘だった。

 

 言い訳には聞こえなかった。

 

 むしろ、あまりにも真っ直ぐ届いた。

 

 だから春麗は、言い訳ということにした。

 

 リュウは少し考えた。

 

 「なら、次は勝って言う」

 

 春麗の胸が、また跳ねた。

 

 この男は。

 

 本当に。

 

 春麗は目を細める。

 

 「簡単に言うのね」

 

 「簡単ではない」

 

 リュウは答える。

 

 「だが、言うならそうする」

 

 春麗は、ほんの一瞬だけ返す言葉を失った。

 

 次は勝って言う。

 

 それは宣言だった。

 

 春麗に勝つこと。

 そして、黒をもう一度見ること。

 強いだけではなかったと、今度は勝者として言うこと。

 

 その全部を含んでいるように聞こえた。

 

 春麗は、内心で深く息を吐いた。

 

 リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇。

 

 もしそれを名前にするなら、今ほどわかりやすい場面はない。

 

 リュウの一言が重い。

 リュウの約束が刺さる。

 リュウの視線が残る。

 

 黒いドレスで辛勝した春麗が、戦後の短い会話で崩れかける。

 

 戦闘中なら、これを力に変えられた。

 

 リュウが見てくる。

 リュウが逸らさない。

 なら、もっと深く揺らす。

 もっと強く踏み込ませる。

 

 そう変換できた。

 

 でも戦いは終わっている。

 

 今は、変換先がない。

 

 だからリュウの言葉が、そのまま春麗の胸に残る。

 

 春麗は、黒いドレスの裾を軽く払った。

 

 「期待しないで待っているわ」

 

 それも嘘だった。

 

 期待してしまう。

 

 この春麗は、もうそれを知っている。

 

 自分がリュウに期待していることを。

 リュウの次を待ってしまうことを。

 リュウが何を見て、何を言うかに、いちいち反応してしまうことを。

 

 全部知っている。

 

 知っているから、余計に面倒になる。

 

 リュウは立ち上がろうとした。

 

 少しふらつく。

 

 春麗は反射的に手を伸ばしかけて、止めた。

 

 さっきまでなら、勝者として見下ろしていればよかった。

 

 今は、下手に触れたら、また別の断章が始まってしまう気がした。

 

 リュウは自分の足で立った。

 

 春麗は、それを確認してから背を向けた。

 

 「次も来なさい」

 

 リュウが答える。

 

 「行く」

 

 短い。

 

 でも、春麗には十分すぎた。

 

 背を向けていてよかった。

 

 顔を見られずに済んだ。

 

 「次は」

 

 春麗は、黒いドレスの裾を揺らしながら言う。

 

 「目を逸らさないだけでは足りないわ」

 

 「わかっている」

 

 「本当に?」

 

 「ああ」

 

 「なら、見たうえで勝ちなさい」

 

 リュウは少しだけ沈黙した。

 

 そして言った。

 

 「そうする」

 

 春麗は歩き出した。

 

 勝者として。

 

 黒いドレスで辛勝した春麗として。

 

 けれど、その胸の中では、リュウの言葉がまだ熱を持っていた。

 

 強いだけじゃなかった。

 

 目を逸らしたら、負けると思った。

 

 春麗は小さく息を吐く。

 

 本当に、困る。

 

 そんな言い方をされたら、次に黒を着る時、また思い出してしまう。

 

 リュウが目を逸らさないと言ったこと。

 勝ってから言うと言ったこと。

 春麗の黒を、強いだけではないものとして見たこと。

 

 春麗は、それを忘れないだろう。

 

 忘れたくないと思ってしまうだろう。

 

 だからこそ、少し腹が立つ。

 

 黒いドレスの裾が、夜の空気に揺れた。

 

 春麗は振り返らない。

 

 振り返らずに、心の中でだけ呟いた。

 

 次にこの黒を見る時。

 

 あなたが何を言うのか、ちゃんと聞いてあげる。

 

 ただし。

 

 勝ったまま言わせるとは、限らないわ。




Q:今回の断章について解説して?

A:
執筆者として見ると、この断章はかなり良いです。

特に重要なのは、これは単なる「黒ドレス春麗をリュウが褒める甘い断章」ではなく、黒ドレス春麗が勝ったのに、戦後のリュウの言葉で心理的に揺らされる断章になっている点です。

戦闘では春麗が勝っています。
しかも黒ドレス春麗として辛勝している。

つまり、春麗は本来なら勝者として、

今日も黒でリュウを崩した。
リュウは見て、揺れて、それでも届ききれなかった。

と処理できるはずです。

でもリュウが、

「今日の黒は、強かった」
「強いだけじゃなかった」
「目を逸らしたら、負けると思った」

と言うことで、春麗の勝利後処理が一気に乱れます。

この断章の春麗は「勝ったのに受け取らされている」

この断章の春麗は、戦闘では勝者です。

でも会話では、リュウの言葉を受け取らされています。

しかもその言葉が、春麗が一番刺さる場所に入っています。

リュウは「綺麗だった」とは言っていません。
「似合っていた」とも言っていません。

もしリュウがそう言ったら、春麗はもっと露骨に照れるか、逆に怒って流したかもしれません。

でもリュウは戦闘の言葉で言う。

目を逸らしたら、負けると思った。

これは非常にリュウらしいです。

春麗にとっては、ほぼ最大級の評価です。

黒ドレス春麗は、リュウに見られることを戦術化しています。
だから、リュウが「目を逸らせなかった」と言った時点で、黒の戦術は成立しています。

でも同時に、リュウはただ惑わされたのではなく、見ることを選んだ。

ここが春麗に刺さる。

春麗は、リュウに見てほしい。
でも、ただ見惚れて止まるだけでは嫌。
見たうえで踏み込んでほしい。

今回のリュウの言葉は、そこにかなり近い。

だから春麗は崩れかけます。

「強いだけじゃなかった」が効いている理由

この言葉はかなり重要です。

黒ドレス春麗は、戦闘面では強いです。

視線誘導。
裾の揺れ。
素足の踏み込み。
下ろした髪。
責任圧。
リュウ専用デバフ。

これらは全部「強さ」として説明できます。

でもリュウが言ったのは、

強いだけじゃなかった。

です。

つまり、リュウは黒を単なる戦術としてだけ見ていない。

春麗が黒を選んだ意味。
見られることを引き受けた覚悟。
戦う前から黒をまとっていた春麗の状態。
強さ以外の何か。

そこまで感じ取っている。

春麗はそれを聞いてしまった。

これは自覚後春麗にとってかなり危険です。

なぜなら、自覚後春麗はもう、黒をただの戦術だとは言い切れないからです。

自分がリュウを意識していること。
リュウに見られることを使っていること。
リュウに届いてほしいこと。
でも勝ちたいこと。

全部知っている。

そこをリュウが「強いだけじゃなかった」と言ってしまう。

これは、春麗の内側にかなり深く入る言葉です。

感情反応倍率上昇の出方

この断章では、デメリットスキルがかなり綺麗に出ています。

戦闘中なら、春麗はリュウの視線や揺れを武器にできます。

リュウが目を逸らさない。
なら、その視線をさらに黒で絡め取る。

リュウが踏み込む。
なら、その踏み込みを読んで迎撃する。

でも戦闘後は違います。

戦いは終わっている。
春麗はもう勝っている。
黒の戦術を攻撃へ変換する場面ではない。

だから、リュウの言葉がそのまま春麗に残る。

今日の黒は、強かった。
強いだけじゃなかった。
目を逸らしたら、負けると思った。

この三段階が、春麗の中でどんどん増幅される。

これがまさに、

戦闘中は武器。戦闘後は自分に刺さる。

という自覚後春麗のデメリットです。

この断章の甘さは「言葉の距離が近い」こと

この断章は、接触や露骨な恋愛台詞ではなく、言葉の距離で甘くなっています。

リュウは「好き」とも「綺麗」とも言わない。

でも春麗には、

あなたの黒を見た。
逸らせなかった。
強いだけではなかった。

と伝わる。

これは本編時間の甘さとして非常に良いです。

本編の二人はまだ恋愛として言語化しすぎない方が良い。
その中で、リュウの格闘家としての評価が、春麗にはほとんど甘い言葉のように刺さる。

この距離感が、本作らしいです。


結論

この断章の春麗は、

黒ドレスで辛勝した勝者なのに、リュウの「強いだけじゃなかった」という言葉で内側をかなり揺らされる春麗

です。

「リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇」が、戦闘後に明確にデメリットとして出ています。
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