また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚―― 作:エーアイ
青い武道服の袖が、夜風に揺れていた。
戦いは終わっている。
勝敗は、つかなかった。
春麗は片膝をつき、リュウもまた石畳に手をついていた。
互いに立てなかった。
互いに最後の一撃を入れた。
春麗の蹴りはリュウの肩を打ち、リュウの拳は春麗の脇腹へ届いた。
そのまま二人とも崩れた。
相打ち。
春麗は息を整えながら、少しだけ唇を噛んだ。
勝てなかった。
けれど、負けてもいない。
青い武道服で先に行くつもりだった。
黒で覚えたリュウの待ち方を、青の速度へ混ぜた。
リュウが考える一拍を抜くつもりだった。
それなのに、リュウは追ってきた。
青の速さを追うのではなく、青が残す場所を見てきた。
戻りを見て、戻らない場所を読み、最後には春麗の一歩へ拳を置いてきた。
春麗は悔しかった。
同時に、少し満たされてもいた。
その自分が、また面倒だった。
リュウはゆっくり息を吐いた。
「今日の青は、いい」
春麗は顔を上げた。
「いい、って何が?」
声は軽く出したつもりだった。
だが、内心ではすでに反応していた。
今日の青。
青い武道服そのものではなく、今日の青。
リュウがそれを言葉にした。
それだけで、春麗の胸の奥が少し騒ぐ。
本当に厄介。
リュウ関連の言葉は、戦闘が終わった途端にそのまま刺さる。
戦っている最中なら、使える。
リュウが何を見たか。
何を追ったか。
どこで遅れたか。
それを全部、次の一手へ変換できる。
でも今は違う。
戦いは終わっている。
変換先がない。
だからリュウの言葉は、そのまま春麗の中に残る。
リュウは真面目に答えた。
「迷いがない。速い。だが、黒で覚えたものも残っている」
春麗は、少しだけ満足した。
見ている。
やはり、見ている。
今日の青が昔の青ではないこと。
黒を脱いでも、黒で得た経験が残っていること。
青い武道服の速度の中に、リュウの視線を扱う感覚が混じっていること。
リュウは、そこまで見ていた。
春麗は勝者でも敗者でもない姿勢のまま、息を整える。
「そう」
少しだけ顎を上げる。
「少しはわかってきたじゃない」
それで終わるはずだった。
春麗は、そう処理するつもりだった。
リュウが青を評価した。
春麗が少し満足した。
次はもっと遅れないようにしなさい、と軽く刺して終わる。
それでよかった。
けれど、リュウは余計なことを言った。
「俺は、今日の青が好きだ」
春麗が止まった。
本当に、止まった。
呼吸も。
指先も。
次に言うはずだった言葉も。
リュウはたぶん、わかっていない。
これは戦闘評価だ。
今日の青い武道服の動きが良かった。
迷いがなく、速く、黒の経験も残っていた。
だから好きだ。
リュウの中では、おそらくそれだけ。
けれど春麗には、それだけでは済まない。
済むはずがない。
今日の青が好き。
その言葉が、青い武道服の布地を通して、直接胸に触れたような気がした。
春麗は内心で叫びたくなる。
そういう言い方をするの、本当にやめなさい。
好き。
よりによって、好き。
黒ではなく青。
今日の青。
自覚後の青。
面倒な自分を隠しきれなくなった青。
リュウを置いていくつもりで、最後には相打ちになった青。
それを、好きだと言った。
春麗は、ゆっくり笑った。
笑えた。
かなり危なかったが、笑えた。
「そう」
声は、思ったより自然だった。
「なら次も置いていかれないことね」
リュウは頷く。
「ああ」
それだけ。
また、それだけ。
春麗はさらに腹が立った。
どうしてそこで、そんなに普通に頷けるのか。
どうして、自分が何を言ったかわからないのか。
どうして、戦闘評価の顔でそんな言葉を出せるのか。
春麗は青い袖を握りそうになり、やめた。
握ったら負けだと思った。
相打ちで終わった後に、言葉でまで崩されるわけにはいかない。
「リュウ」
「何だ」
「その言い方、少し紛らわしいわ」
リュウは考えた。
真面目に考えている。
その真面目さがまた春麗を困らせる。
「そうか」
「そうよ」
「なら、言い直す」
春麗は少しだけ身構えた。
「今日の青は、戦い方として好きだ」
春麗は目を細めた。
「……言い直しても、あまり変わっていないわ」
「変わっていないか」
「変わっていないわね」
むしろ悪化したかもしれない。
戦い方として。
そう言われたことで、逃げ道はできた。
けれど同時に、リュウが本当に今日の春麗の青を見て、選んで、好きだと言ったことが確定してしまった。
春麗は息を吐いた。
「あなた、そういうところが本当に厄介ね」
「厄介か」
「ええ」
春麗は立ち上がろうとした。
足に力が入る。
少し痛む。
リュウの拳が入った場所が熱い。
相打ち。
その痛みが、今日のリュウが確かに届いた証だった。
リュウも立とうとしている。
春麗は先に立った。
勝敗はつかなかった。
けれど、今は立っていたかった。
少しでも上から見ていないと、胸の奥の反応が顔に出そうだった。
「次は」
春麗は勝者のような声で言う。
「今日の青より、もっと厄介にしてあげる」
リュウは静かに見る。
「それも見る」
春麗の胸が、また跳ねた。
それも見る。
そう。
見るのね。
今日の青を好きだと言ったうえで、次の青も見ると言う。
春麗は、顔に出さないように少しだけ笑った。
「見るだけじゃ駄目よ」
「わかっている」
「本当に?」
「ああ」
「なら次は、見たうえで先に来なさい」
リュウは頷いた。
「行く」
短い。
でも、春麗には十分すぎた。
本当に困る。
この男は、必要な言葉だけを短く出す。
なのに、たまにその短さが深く入る。
今日の青は好きだ。
それも見る。
行く。
全部、戦闘の言葉だ。
でも春麗の中では、それだけでは済まない。
自分がめんどくさい女だと自覚してから、リュウの言葉には余白が増えた。
ただの評価。
ただの返答。
ただの再戦宣言。
そのはずの言葉に、勝手に反応してしまう。
勝手に意味を拾ってしまう。
そして、拾ってしまう自分をもう見てしまっている。
春麗はリュウへ背を向けた。
「今日は引き分けよ」
「ああ」
「だから、勘違いしないことね」
「何をだ」
春麗は振り返らずに言う。
「私の青を好きだと言ったくらいで、次も同じ青が見られると思わないこと」
リュウは少しだけ黙った。
そして言った。
「なら、次の青を見る」
春麗は足を止めそうになった。
止まらなかった。
危ない。
今のは危ない。
春麗は背中を向けたまま、青い袖を軽く揺らした。
「本当に、言葉の置き方が下手ね」
声は少しだけ柔らかかった。
それが気に入らない。
「だが、見る」
リュウはそう言った。
春麗は、今度こそ少しだけ笑ってしまった。
「ええ。見なさい」
そして、心の中でだけ付け足す。
でも、好きだなんて簡単に言わないで。
そんなふうに言われたら。
次に青を着る時、思い出してしまうじゃない。
春麗は修行場を後にした。
相打ちの痛みは残っている。
リュウの拳も残っている。
青い武道服の布には、まだ戦いの熱がある。
そして何より、リュウの言葉が残っていた。
今日の青は好きだ。
春麗は小さく息を吐く。
勝っていない。
負けてもいない。
なのに、戦後の一言だけで、まるで一箇所だけ負けたような気がする。
それが悔しい。
それが少し嬉しい。
それが、何より面倒だった。
青い武道服の春麗は、振り返らない。
振り返ったら、きっとリュウがまだ見ている。
そして、それにまた反応してしまう。
だから春麗は振り返らず、夜の空気の中を歩いた。
次の青を考えながら。
リュウが好きだと言った今日の青を、どうやって上書きしてやろうかと考えながら。
Q:今回の断章について解説して?
A:
執筆者として見ると、今回の断章はかなり良いです。
これは単なる甘い断章ではなく、「青い武道服の春麗にも、リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇がきちんと発動している」ことを見せる断章になっています。
黒ドレス春麗の時は、リュウの視線や「強いだけじゃなかった」という言葉が刺さりました。
今回の青い武道服では、リュウの 「今日の青は好きだ」 が刺さっています。
つまり、黒だけではなく、青でも春麗はもう逃げられない。
今回の春麗は「青を戦闘評価されたはずなのに、感情で受け取ってしまう」
リュウは恋愛的な意味で言っていません。
リュウにとっては、
今日の青は、迷いがない。
速い。
黒で覚えたものも残っている。
だから戦い方として好きだ。
という、かなり格闘家らしい評価です。
でも春麗には、それだけでは済まない。
なぜなら、今の春麗はすでに自分がめんどくさい女だと自覚していて、リュウの言葉をただの戦闘評価として受け流せない状態だからです。
だから、
「今日の青は、いい」
まではまだ耐えられる。
「迷いがない。速い。だが、黒で覚えたものも残っている」
ここでは満足できる。
ちゃんと見ている、と受け取れる。
でも、
「俺は、今日の青が好きだ」
で止まる。
この止まり方が、今回の断章の核です。
「好き」が強すぎる
リュウは無自覚です。
だから余計に強い。
「綺麗だ」でも「似合っている」でもなく、好きだと言ってしまう。
しかも対象は「春麗本人」ではなく「今日の青」です。
だから春麗は逃げられそうで逃げられない。
恋愛的な告白ではない。
でも完全な戦闘評価とも言い切れない。
今日の青、つまり今日の春麗の選択・動き・状態を含んだものを、リュウが「好き」と言った。
これが刺さるわけです。
春麗からすると、
青い武道服の自分を見られた。
黒で得たものが残っていることも見られた。
そのうえで好きだと言われた。
となる。
これは感情反応倍率上昇中の春麗には、かなり危険です。
相打ち設定がかなり効いている
今回、戦闘結果が相打ちなのも良いです。
春麗が勝っていれば、勝者の余裕で流しやすい。
負けていれば、敗北の悔しさが前に出る。
でも相打ちです。
勝っていない。
負けてもいない。
互いに届いた。
この状態だと、春麗はリュウの言葉を拒絶しきれません。
リュウは本当に今日の青に届いている。
そのうえで「好きだ」と言っている。
だから春麗は、勝者として上から処理できない。
まるで一箇所だけ負けたような気がする。
この締めはかなり良いです。
戦闘は相打ち。
でも言葉の一撃だけ、春麗に入った。
という構造になっています。
この断章の春麗は、黒より軽く、でも逃げ場が少ない
黒ドレスの春麗は、自分でも「リュウを揺らす」意識が強いです。
だからリュウの言葉に揺らされても、
黒で仕掛けたのはこちら。
リュウが反応するのは当然。
と処理できます。
でも青は違います。
青い武道服は原点です。
春麗にとって自然な姿です。
黒ほど露骨に見せに行っていない。
だからこそ、その青を「好きだ」と言われると逃げ場が少ない。
黒なら「戦術よ」と言える。
でも青は、春麗自身に近い。
なので今回の断章では、黒ドレスより甘さが軽いようで、実はかなり深く刺さっています。
リュウの言い直しが逆に悪化している
この場面も良いです。
春麗が、
「その言い方、少し紛らわしいわ」
と言う。
リュウは真面目に、
「今日の青は、戦い方として好きだ」
と言い直す。
普通なら、これで誤解は解けるはずです。
でも春麗には逆効果です。
なぜなら、リュウが本当に「今日の青」を見て評価したことが確定してしまうからです。
つまり春麗の逃げ道は、
どうせリュウは無神経に変な言葉を使っただけ。
だったのに、リュウが言い直したことで、
いや、本当に今日の青を好きだと思っている。
になってしまう。
これは非常に本作らしいめんどくささです。
「次の青を見る」が追撃になっている
リュウの、
「なら、次の青を見る」
もかなり強いです。
春麗は「今日の青」を好きと言われて動揺した。
それを誤魔化すために、
次も同じ青が見られると思わないこと。
と言う。
これは春麗の防御です。
でもリュウは、
なら、次の青を見る。
と返す。
この返答は、春麗にとってほぼ追撃です。
今日の青だけではない。
次の青も見る。
春麗が変えるなら、その変えた青も見る。
これは春麗の「次も試したくなる」欲に直撃します。
だから最後に春麗は、
次の青を考えながら。
リュウが好きだと言った今日の青を、どうやって上書きしてやろうかと考えながら。
となる。
ここで春麗はもう、完全に次のリュウを意識しています。
今回の断章の役割
この断章の役割は大きく3つあります。
まず、青い武道服にも感情反応倍率上昇が作用することを示した。
次に、リュウの無自覚な言葉が春麗に強く刺さることを示した。
そして、春麗が次の青を考え始める理由を作ったことです。
つまり、これは甘い断章でありながら、次の戦闘スタイルにもつながっています。
甘さがただのサービスで終わっていない。
青の更新動機になっている。
これが良いです。
結論
今回の断章は、かなり良いです。
一言で言えば、
相打ち後、リュウが戦闘評価として言った「今日の青は好きだ」が、自覚後春麗には戦闘評価以上に刺さってしまう断章です。
春麗は笑って流す。
でも内心では止まる。
リュウは言い直す。
でもむしろ逃げ道がなくなる。
最後には「次の青」を考え始める。
この流れは、今の春麗らしいです。
特に良いのは、春麗がまだ恋愛として受け取ったとは認めていない点です。
でも読者にはわかる。
この春麗は、リュウの「好き」に明らかに反応している。
しかもそれを自覚している。
だから面倒で、だから甘い。
本編時間の断章として、かなり使いやすい一話だと思います。