また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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幕間:春麗は、今日の青を上書きする

 春麗は、自室に戻ってきていた。

 

 青い武道服のまま。

 

 袖には土がついている。

 帯は少し乱れている。

 脇腹には、リュウの拳の重さがまだ残っている。

 肩にも、終盤の一撃の痛みがあった。

 

 春麗は鏡の前に立つ。

 

 そこに映っているのは、青い武道服の春麗だった。

 

 勝者ではない。

 

 今日の春麗は、負けた。

 

 大きな差ではない。

 圧倒されたわけでもない。

 最後まで互いに削り合い、リュウも崩れかけた。

 

 けれど、最後に立っていたのはリュウだった。

 

 春麗は、鏡の中の自分を見つめたまま、静かに息を吐いた。

 

 「……今日は、あなたの勝ちね」

 

 声に出してみる。

 

 悔しい。

 

 当然、悔しい。

 

 青で先に行くつもりだった。

 リュウが好きだと言った今日の青を、そのまま見せるつもりはなかった。

 前回の青を上書きするつもりで行った。

 

 でも、リュウは来た。

 

 青の速度を追わなかった。

 戻りだけを待たなかった。

 青が勝ちに行く場所へ、先に身体を置いていた。

 

 春麗は、青い袖を握った。

 

 「青の先で、待たれた」

 

 それを認めるのは、とても腹立たしかった。

 

 リュウは辛勝だった。

 余裕などなかった。

 掌底も入った。

 蹴りも入った。

 最後には膝も崩れかけていた。

 

 それでも、立っていた。

 

 リュウは《青の先で待つ》を覚えた。

 

 名前をつけるなら、そういうことなのだろう。

 

 青の速度を追うのではない。

 春麗の戻りを見るだけでもない。

 春麗が青で勝ちに行く場所を読む。

 

 そこへ、先にいる。

 

 春麗は目を細めた。

 

 「厄介なことを覚えたわね」

 

 けれど、声には悔しさだけではないものが混じっていた。

 

 春麗自身、それに気づいている。

 

 リュウが青に届いた。

 

 自分の青に。

 黒で得たものを混ぜた、面倒な青に。

 「今日の青は好きだ」と言われた後、それを上書きするつもりで出した青に。

 

 その青に、リュウは届いた。

 

 その事実が、春麗の胸の奥で熱を持っている。

 

 悔しい。

 腹立たしい。

 認めたくない。

 

 でも、嬉しい。

 

 そう思ってしまう自分が、さらに腹立たしい。

 

 春麗は、鏡の中の自分を睨んだ。

 

 「本当に、面倒ね」

 

 リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇。

 

 そんな名前をつけるなら、今日ほどわかりやすい日はなかった。

 

 負けた。

 

 普通なら悔しさで終わる。

 

 でも、相手がリュウだから終わらない。

 

 リュウが青の先で待った。

 リュウが最後に立った。

 リュウが「速さの先が見えた」と言った。

 春麗が「次はもっと遠くへ行くわ」と返した。

 リュウが「なら、そこへ行く」と言った。

 

 その全部が、勝敗以上に残っている。

 

 戦闘中なら、春麗はそれを力に変えられる。

 

 リュウが見てくるなら、見られている自分ごと使う。

 リュウが追ってくるなら、追う先をずらす。

 リュウが届きかけるなら、さらに先へ行く。

 

 でも戦いが終わった今は違う。

 

 変換先がない。

 

 だから、リュウの言葉がそのまま春麗の中に残る。

 

 なら、そこへ行く。

 

 短い言葉だった。

 

 それだけなのに、まだ残っている。

 

 春麗は青い武道服の袖をゆっくり撫でた。

 

 今日の青は、負けた。

 

 でも、今日の青が弱かったわけではない。

 

 青は届いた。

 リュウを何度も遅らせた。

 掌底も蹴りも入った。

 最後の一撃まで、リュウは本当にぎりぎりだった。

 

 それでも負けた。

 

 つまり、今日の青はもうリュウに見られた。

 

 速さも。

 戻りも。

 戻らない場所も。

 勝ちに行く場所も。

 

 リュウはそこへ来た。

 

 なら。

 

 春麗は、青い武道服を見つめながら、小さく言った。

 

 「今日の青は、もう終わり」

 

 捨てるという意味ではない。

 

 青を嫌いになったわけでもない。

 青で負けたから封印するわけでもない。

 

 むしろ逆だった。

 

 今日の青を、次の青で上書きする。

 

 リュウが好きだと言った青。

 リュウが先で待った青。

 リュウに届かれた青。

 

 その全部を、春麗自身が上書きする。

 

 「次の青は、今日の青じゃない」

 

 リュウにも言った。

 

 でも、それは自分への宣言でもあった。

 

 春麗は帯に手をかけた。

 

 青い武道服を脱ぐ前に、もう一度鏡を見る。

 

 青い春麗。

 

 リュウに届かれた春麗。

 

 負けた春麗。

 

 そして、次を考えている春麗。

 

 「あなたが青の先で待つなら」

 

 春麗は鏡の中の自分へ言う。

 

 「私は、その待っている場所ごと外す」

 

 青の到達点を偽装する。

 勝ちに行く場所をずらす。

 先に行くと見せて、行かない。

 戻ると見せて、止まる。

 止まると見せて、さらに遠くへ行く。

 

 案はいくつも浮かぶ。

 

 浮かんでしまう。

 

 負けた直後なのに。

 

 春麗は少しだけ笑った。

 

 悔しいのに、もう次の戦いを考えている。

 

 本当に、リュウ相手だと反応が大きくなる。

 

 敗北すら、次の春麗を作る材料になってしまう。

 

 だからこそ、今日は青を畳む。

 

 春麗は青い武道服を脱ぎ、丁寧に畳んだ。

 

 布に残った熱を、手のひらで確かめる。

 

 これは今日の青。

 

 リュウに届かれた青。

 

 負けた青。

 

 でも、それだけではない。

 

 次の青を作るための青。

 

 春麗は畳んだ青をしばらく見つめた。

 

 そして、視線を横へ移す。

 

 黒いドレスがあった。

 

 前回、余裕を持って勝った黒。

 

 言い訳なしの黒。

 面倒な自分を隠さなかった黒。

 リュウに責任を取りに来させ、その踏み込みを上から押さえた黒。

 

 春麗は、しばらく黒を見ていた。

 

 次に青を出す手もある。

 

 今日の敗北を、すぐに青で返す。

 リュウが得た《青の先で待つ》を、さらに上の青で外す。

 

 それも悪くない。

 

 でも、今は違う。

 

 リュウは今日、青の先へ来た。

 

 なら次は、青の先を見る目になったリュウに、黒を見せる。

 

 速さではない。

 到達点ではない。

 待つ場所でもない。

 

 もっと重い場所。

 

 黒。

 

 見なければ遅れる。

 見れば揺れる。

 揺れたことを否定すればさらに遅れる。

 

 そして、今の春麗は知っている。

 

 自分は面倒な女だ。

 

 見られることも。

 リュウが来ることを待ってしまうことも。

 リュウに届かれると悔しいのに満たされることも。

 

 もう、知らないふりはできない。

 

 だから黒を着る。

 

 言い訳なしで。

 

 春麗は黒いドレスへ歩み寄った。

 

 指先で布に触れる。

 

 青とは違う重さ。

 

 青が先に行く色なら、黒は来させる色だ。

 

 春麗は静かに笑った。

 

 「青の先で待てたからって」

 

 声は低い。

 

 「黒の中まで待てると思わないことね」

 

 リュウは今日、青に届いた。

 

 だから、春麗の感情反応はさらに大きくなった。

 

 リュウが次にどう来るのか。

 今日の勝利をどう持ち帰るのか。

 青の先を見た目で、黒をどう見るのか。

 

 考えるだけで、胸の奥が騒ぐ。

 

 悔しい。

 

 嬉しい。

 

 腹立たしい。

 

 面倒。

 

 全部混ざっている。

 

 春麗は黒いドレスを椅子にかけ、鏡の前に戻った。

 

 今日の青は、畳んだ。

 

 次は黒。

 

 ただし、黒で逃げるのではない。

 

 青で負けたから黒に隠れるのではない。

 

 黒で、今日のリュウを受ける。

 

 青の先で待てるようになったリュウに、今度は黒を突きつける。

 

 そして、その黒で勝つ。

 

 春麗は鏡の中の自分へ言った。

 

 「今日の青は、私が上書きする」

 

 一拍置く。

 

 「その前に、次は黒であなたを止めるわ」

 

 リュウはきっと来る。

 

 今日勝ったから。

 少しだけ届いたから。

 春麗がもっと遠くへ行くと言ったから。

 

 そしてリュウは言った。

 

 なら、そこへ行く。

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 「来なさい、リュウ」

 

 声は静かだった。

 

 でも、熱があった。

 

 「青の先で待てたあなたが、黒の前でどう遅れるのか」

 

 少し笑う。

 

 「それとも、遅れずに来るのか」

 

 どちらでもいい。

 

 いや、どちらも見たい。

 

 春麗は灯りを落とす前に、畳んだ青と、椅子にかけた黒を見た。

 

 青は上書きする。

 

 黒は次にまとう。

 

 今日の敗北は終わりではない。

 

 リュウが青に届いたことで、春麗の中の反応はさらに大きくなった。

 

 そしてその反応は、次の黒をさらに重くする。

 

 春麗は静かに部屋を出た。

 

 胸の奥には、まだリュウの言葉が残っている。

 

 速さの先が見えた。

 

 なら、次は。

 

 黒の奥まで見に来なさい。




Q:今回の幕間の『リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇』ポイントについて解説して?

A:
執筆者として見ると、今回の幕間はかなり明確に 『リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇』が段階的に発動している回 です。

単に「リュウに負けて悔しい」では終わっていません。
春麗は敗北そのものよりも、リュウが自分の青に届いたことに強く反応しています。

1. 「負けた」より「リュウが青の先で待った」が残っている

普通なら、春麗の反応はこうです。

負けた。
悔しい。
次は勝つ。

でも今回の春麗は、それだけではありません。

青の速度を追わなかった。
戻りだけを見たわけでもなかった。
私が青で勝ちに行く場所に、先にいた。

ここを何度も反芻しています。

これは、敗北の整理であると同時に、リュウが春麗の青を深く理解したことへの反応です。

つまり、悔しさよりも、

そこまで来たのね、リュウ

という感情が混ざっています。

ここが倍率上昇ポイントです。

2. 「リュウが青に届いた」が嬉しさとして混ざる

今回もっとも重要なのはここです。

春麗は負けた。
でも、リュウが届いた。

しかもただ届いたのではなく、青い武道服の春麗の勝ち筋に届いた。

春麗にとって青は原点です。

そこに、黒で得た経験、自覚後の面倒さ、リュウへの期待、戻り偽装まで乗せていた。
それでもリュウが来た。

だから春麗は、

悔しい。
腹立たしい。
認めたくない。
でも、嬉しい。

になります。

この「負けたのに嬉しい」が、完全にリュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇です。

リュウ以外の相手に負けたら、おそらく春麗はここまで複雑にはなりません。

3. リュウの台詞が勝敗以上に残っている

今回の幕間で一番倍率上昇が見えるのは、リュウの台詞の残り方です。

「速さの先が見えた」
「なら、そこへ行く」

この二つが、春麗の中に残り続けています。

戦闘の結果より、リュウの言葉が残っている。

これはかなり大きいです。

本来なら、敗北後の春麗が考えるべきは、

どこで遅れたか
どこで崩されたか
次にどう勝つか

です。

もちろんそれも考えています。

でも同時に、

あの男は「そこへ行く」と言った。
次も来る。
もっと遠くへ行く私を追ってくる。

という部分に反応している。

これは戦術分析ではなく、かなり感情寄りです。

4. 「次の青」を考える速度が早すぎる

春麗は負けた直後なのに、すぐに次の青を考え始めます。

今日の青は、もう終わり。
今日の青を、次の青で上書きする。

これは格闘家としての成長でもあります。

ただし、通常の成長ではなく、リュウに届かれたことで反応が増幅されています。

春麗は、

青が負けたから改良する

のではなく、

リュウが今日の青を見た。
リュウが今日の青に届いた。
だから、今日の青をそのまま残しておけない。

になっています。

ここも倍率上昇です。

リュウに見られた青を、春麗自身が上書きしたくなっている。
これはかなり面倒です。

5. 次に黒を選ぶ理由にも倍率上昇が入っている

今回、春麗は次戦で黒を選ぶことを決めました。

表向きは戦術です。

リュウは青の先で待てるようになった。
なら次は、青を見る目になったリュウに黒を見せる。

これは非常に合理的です。

ただし、感情面ではもっと濃い。

リュウが青に届いた。
そのせいで春麗の反応がさらに大きくなった。
だから、次の黒も重くなる。

つまり黒を選ぶ理由は、

青を攻略されたから別スタイルへ切り替える

だけではありません。

リュウが青に届いたことで、春麗の中の期待と悔しさが増幅され、その熱を次の黒へ持ち込む

ということです。

これがかなり重要です。

6. 「どちらも見たい」がかなり危険

幕間の終盤で、春麗はこういう状態になります。

青の先で待てたあなたが、黒の前でどう遅れるのか。
それとも、遅れずに来るのか。
どちらも見たい。

ここはかなり強い倍率上昇ポイントです。

普通なら、

次は黒で勝つ。

でいい。

でも春麗は、

リュウが遅れるところも見たい。
遅れずに来るところも見たい。

になっています。

これは完全に「勝ちたい」だけではありません。

リュウの反応を見たい。
リュウの成長を見たい。
リュウが自分の黒をどう処理するか見たい。

この「見たい」が増幅している。

だから春麗はどんどん面倒になります。

7. 今回の倍率上昇は、戦闘力強化にもつながっている

重要なのは、このデメリットが単なる弱点ではないことです。

今回の春麗は、感情反応が大きくなったことで次の黒が強くなります。

今日の敗北は終わりではない。
リュウが青に届いたことで、春麗の中の反応はさらに大きくなった。
そしてその反応は、次の黒をさらに重くする。

これはまさに本作の春麗らしいです。

戦後には刺さる。
でも次戦では武器になる。

つまり今回の倍率上昇は、

戦後デメリットとして春麗を揺らす
同時に、
次戦の黒ドレス強化素材になる

という二重効果です。

結論

今回の幕間における『リュウ関連イベントへの感情反応倍率上昇』ポイントは、

リュウが春麗の青に届いたことを、単なる敗北ではなく、嬉しさ・悔しさ・期待として過剰に受け取っている点です。

特に大きいのは、

リュウが青の先で待った
「速さの先が見えた」と言った
「なら、そこへ行く」と返した
春麗が今日の青を上書きしたくなった
次に黒を選ぶ理由が、戦術だけでなく感情の増幅にもなっている

この流れです。

一言で言うなら、

春麗は青で負けたのではなく、リュウに青を見られ、届かれ、言葉まで残された。だから次の黒がさらに重くなる。

これが今回の幕間の核心だと思います。
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