また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

73 / 84
※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
「十連勝後、十一戦目で敗北した春麗が黒ドレスと出会い、しかし黒を引き受けきれずリュウに敗北。その後、黒ドレスをリュウ以外にも使いながら練度を上げるものの、結局“黒の奥”はリュウにしか開かないと気づき、拗れていく」分岐です。


妄想章IF:春麗は、黒でリュウを黙らせる

 黒いドレスで、春麗は何度も勝った。

 

 相手はリュウではなかった。

 

 拳の速い男。

 足技に自信のある女。

 春麗を侮らず、黒いドレスにも一瞬驚いただけですぐに構え直した格闘家。

 

 それでも、春麗は勝った。

 

 黒は効いた。

 

 裾の揺れ。

 下ろした髪。

 踏み込みの遅れ。

 視線のずれ。

 青い武道服の春麗とは違う間合い。

 

 相手は、必ず一拍遅れた。

 

 春麗はその一拍を取った。

 

 黒は使える。

 

 黒で戦える。

 

 黒で勝てる。

 

 それは証明された。

 

 証明された、はずだった。

 

 けれど、勝つたびに、春麗の中には別のものが残った。

 

 違う。

 

 この遅れじゃない。

 

 この視線じゃない。

 

 この揺れ方じゃない。

 

 相手が黒を見て止まる。

 相手が裾を追って遅れる。

 相手が髪に一瞬だけ目を奪われる。

 

 春麗はそこを取る。

 

 勝つ。

 

 でも、そのたびに思い出す。

 

 リュウは止まらなかった。

 

 見た。

 揺れた。

 でも止まらなかった。

 

 そして、言った。

 

 「黒を着ている。でも、まだ迷っている」

 

 春麗は、あの言葉を忘れられなかった。

 

 黒で勝つたびに、忘れられなくなった。

 

 別の相手に通じるほど、リュウに通じなかった黒が残る。

 別の相手を倒すほど、リュウに見抜かれた敗北が濃くなる。

 

 黒は、春麗の武器になった。

 

 でも、黒を春麗のものにしたい理由は、結局リュウだった。

 

 そのことに気づいた時、春麗は鏡の前で笑ってしまった。

 

 黒いドレスを着たまま。

 

 唇に色を置いたまま。

 

 肩に髪を下ろしたまま。

 

 「……何よ」

 

 鏡の中の春麗が、こちらを見ている。

 

 強い。

 

 黒はもう、以前よりずっと馴染んでいる。

 

 動きも軽い。

 裾の扱いもわかってきた。

 踏み込みの時、布がどう遅れるかも読める。

 相手の視線がどこへ落ちるかも、かなり見える。

 

 それでも。

 

 「結局、あなたじゃないと駄目じゃない」

 

 春麗は、鏡の中で小さく呟いた。

 

 相手は鏡の中の自分なのか。

 それとも、そこにはいないリュウなのか。

 

 わからなかった。

 

 いや、わかっていた。

 

 わかってしまったから、腹が立った。

 

 春麗は黒いドレスの裾を握る。

 

 リュウに負けた。

 

 リュウに迷いを見抜かれた。

 

 そのせいで、春麗は黒に執着した。

 

 黒を着て、黒で勝って、黒を使いこなそうとした。

 

 なのに、いくら他の相手に勝っても、足りない。

 

 リュウに見られた黒を、リュウに上書きさせなければ終わらない。

 

 春麗は目を細めた。

 

 「これだけ拗れたのは」

 

 声が低くなる。

 

 「あなたのせいよ、リュウ」

 

 それは言いがかりだった。

 

 かなり、理不尽だった。

 

 春麗自身もわかっている。

 

 黒を選んだのは自分だ。

 黒を着たのも自分だ。

 黒で勝とうとしたのも自分だ。

 他の相手にまで黒を使い始めたのも、自分だ。

 

 それでも。

 

 リュウが見抜かなければ。

 

 リュウがあんなふうに勝たなければ。

 

 リュウが「まだ強くなる」と言わなければ。

 

 春麗は、ここまで黒に縛られなかったかもしれない。

 

 そう思うと、もう止まらなかった。

 

 これは恋ではない。

 

 そう言いかけて、春麗は黙った。

 

 戦術でもない。

 

 それも、もう言えなかった。

 

 黒で勝ちたい相手は、結局リュウだけ。

 

 黒を見てほしい相手も、リュウだけ。

 

 黒を見抜かれたくない相手も、リュウだけ。

 

 黒ごと春麗を見てほしい相手も。

 

 リュウだけ。

 

 春麗は、鏡の前で静かに笑った。

 

 「ええ」

 

 その笑みは、以前よりずっと黒に馴染んでいた。

 

 「面倒な女になったわね、私は」

 

 言葉にしてしまうと、胸の奥が少し軽くなった。

 

 だが、それ以上に黒が重くなった。

 

 翌日、春麗はリュウの前に立った。

 

 黒いドレスで。

 

 以前とは違う。

 

 初めて黒を着た時のような逃げはない。

 

 恥じらいはまだある。

 消えてはいない。

 

 だが、その恥じらいを隠すのではなく、黒の中に閉じ込めている。

 

 リュウは春麗を見た。

 

 静かに。

 

 真正面から。

 

 春麗は、その視線に胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 まただ。

 

 リュウは見てくる。

 

 他の相手とは違う。

 

 黒を見て、止まるのではない。

 黒を見て、揺れて、それでも春麗を見る。

 

 だから腹が立つ。

 

 だから、来てほしい。

 

 そして今日は。

 

 沈めたい。

 

 春麗は微笑んだ。

 

 「久しぶりね、リュウ」

 

 「その黒で来るのか」

 

 リュウは短く返した。

 

 春麗は笑う。

 

 「ええ。気に入らない?」

 

 「いや」

 

 「なら、どう?」

 

 リュウは少し黙った。

 

 春麗はそれを見逃さない。

 

 考えている。

 

 黒を見ている。

 春麗を見ている。

 以前の黒との違いを探している。

 

 それが嬉しくて、腹立たしい。

 

 リュウは言った。

 

 「前より、迷いが少ない」

 

 春麗の指先が、ほんの少しだけ動いた。

 

 少ない。

 

 ない、ではない。

 

 この男は、相変わらず嫌なところを言う。

 

 春麗は笑った。

 

 「そう」

 

 一歩、近づく。

 

 「あなたに言われてから、ずいぶん練習したもの」

 

 「俺に?」

 

 「ええ」

 

 春麗は黒い裾を軽く揺らす。

 

 「あなたが言ったでしょう」

 

 声が低くなる。

 

 「その黒を全部使えていない、って」

 

 リュウは黙った。

 

 春麗はさらに近づく。

 

 「だから使ったわ。何度も。何度も。他の相手にも」

 

 リュウの目が少し変わる。

 

 春麗はそれを見て、少し満足した。

 

 「勝ったわよ。黒で。何度も」

 

 春麗は笑う。

 

 「でもね、リュウ」

 

 一拍。

 

 「全然、足りなかった」

 

 黒いドレスの裾が、夜の空気に揺れる。

 

 「他の相手は遅れるの。見て、止まるの。黒に引っかかるの。簡単に」

 

 春麗の声は静かだった。

 

 けれど、静かすぎる分だけ重かった。

 

 「でも、あなたは違った」

 

 リュウは春麗を見ている。

 

 春麗は、視線を逸らさない。

 

 「あなたは見た。揺れた。なのに来た。そして私の迷いまで見た」

 

 春麗の笑みが深くなる。

 

 「おかげで、私はずいぶん拗れたわ」

 

 リュウは眉を動かした。

 

 「拗れた?」

 

 「ええ」

 

 春麗は、はっきり言った。

 

 「私がこれだけ黒にこだわるようになったのは、あなたのせいよ」

 

 理不尽だ。

 

 わかっている。

 

 でも言った。

 

 言ってしまった。

 

 リュウは、逃げなかった。

 

 そのことが、また春麗を苛立たせる。

 

 困ればいいのに。

 戸惑えばいいのに。

 否定すればいいのに。

 

 でもリュウは、ただ受け止めている。

 

 「俺のせいか」

 

 「そうよ」

 

 春麗は即答した。

 

 「あなたがあの時、私の黒を見抜いたから」

 

 「……そうか」

 

 「そうか、じゃないわ」

 

 春麗は少しだけ声を鋭くした。

 

 「責任を感じなさい」

 

 リュウは真面目に言った。

 

 「責任か」

 

 春麗の胸が跳ねた。

 

 この男は。

 

 本当に。

 

 そんな真面目に受け取らないでほしい。

 

 でも、受け取らなかったらもっと腹が立つ。

 

 「ええ、責任よ」

 

 春麗は構えた。

 

 黒いドレスが静かに揺れる。

 

 「私をここまで黒に縛った責任」

 

 リュウも構える。

 

 「どう取ればいい」

 

 春麗は、一瞬だけ止まりそうになった。

 

 どう取ればいい。

 

 リュウは本気で聞いている。

 

 春麗は笑った。

 

 少しだけ危ない笑みだった。

 

 「決まっているでしょう」

 

 黒い裾が揺れる。

 

 「見なさい」

 

 一歩。

 

 「逃げずに」

 

 もう一歩。

 

 「私の黒を、最後まで」

 

 春麗の目がリュウを捉える。

 

 「そして、今度こそ私に勝ちなさい」

 

 リュウの目が変わった。

 

 春麗は続ける。

 

 「でも簡単には勝たせない」

 

 低く言う。

 

 「勝てないなら、膝をつきなさい。勝つなら、私の黒ごと越えなさい」

 

 黒いドレスの春麗が、夜の中で立つ。

 

 「あなたが私を拗らせたのよ、リュウ」

 

 その言葉は、ほとんど告発だった。

 

 同時に、招待でもあった。

 

 「なら、最後まで付き合いなさい」

 

 リュウは答えた。

 

 「わかった」

 

 短い。

 

 あまりにも短い。

 

 春麗は、思わず笑ってしまった。

 

 「本当に、あなたって」

 

 呆れた声だった。

 

 でも、その奥に熱がある。

 

 「そういうところが、一番腹立たしいわ」

 

 戦いが始まった。

 

 リュウは、以前と同じようには動かなかった。

 

 黒を見る。

 だが、黒だけを見ない。

 

 裾を追いすぎない。

 髪に引かれすぎない。

 踏み込みの遅れを、遅れたままにしない。

 

 リュウは確かに強くなっていた。

 

 春麗は、それをすぐに理解した。

 

 だから。

 

 最初から、さらに深く沈めた。

 

 春麗は速くなかった。

 

 いや、速い。

 

 だが、青の速さではない。

 

 黒の重さが、以前より深い。

 

 他の相手を倒してきた黒。

 リュウに見抜かれた黒。

 勝っても足りなかった黒。

 リュウにぶつけるためだけに戻ってきた黒。

 

 それが、春麗の踏み込みに乗っている。

 

 リュウは見ていた。

 

 春麗は、それを感じるだけで胸が騒いだ。

 

 見ている。

 

 リュウが、見ている。

 

 今度の黒を。

 

 拗れた春麗を。

 

 リュウのせいにした黒を。

 

 春麗はその反応を黒の圧に変える。

 

 掌底。

 

 リュウは受ける。

 

 重い音が響く。

 

 リュウの腕が沈む。

 

 春麗は、その沈みを見て笑った。

 

 「遅いわ」

 

 リュウはすぐに返そうとする。

 

 だが、その拳が来る前に、春麗はもう内側にいた。

 

 黒い裾が遅れて揺れる。

 

 リュウの視線が戻る。

 

 遅い。

 

 戻った時には、春麗の膝がリュウの重心を削っていた。

 

 リュウの足がわずかに崩れる。

 

 春麗は逃がさない。

 

 「見えるようになったのね」

 

 肘が入る。

 

 リュウが受ける。

 

 「でも、見えるだけで済むと思わないことね」

 

 蹴り。

 

 リュウは半歩ずらす。

 

 ずらしたはずだった。

 

 だが、春麗の黒はそこへ沈んでいた。

 

 リュウの肩に、鋭い打撃が入る。

 

 リュウの身体が横へ揺れる。

 

 春麗は、その揺れを追わない。

 

 待っていた。

 

 リュウが踏み戻す場所で。

 

 「……っ」

 

 リュウの息が詰まる。

 

 春麗の掌底が胸へ入っていた。

 

 深い。

 

 リュウは下がる。

 

 下がらされた。

 

 春麗はその差を見て、目を細める。

 

 「どうしたの?」

 

 声は甘い。

 

 「前は、もっと来たでしょう?」

 

 リュウは息を整える。

 

 拳を握る。

 

 まだ折れていない。

 

 その目に、春麗の胸が熱くなる。

 

 来る。

 

 まだ来る。

 

 なら。

 

 もっと沈める。

 

 リュウは踏み込んだ。

 

 黒の裾を見ない。

 髪を見ない。

 春麗の肩を見ない。

 

 手首。

 

 黒の動きの起点。

 

 リュウはそこを狙った。

 

 春麗は、わずかに笑った。

 

 「そこ」

 

 リュウの拳が春麗の手首へ届く直前。

 

 春麗の手首が消えた。

 

 いや、消えたのではない。

 

 黒の起点そのものが変わっていた。

 

 以前の春麗なら、そこに黒の動きが生まれた。

 だからリュウはそこを見た。

 

 だが今の春麗は、そこに黒を置いていなかった。

 

 リュウが届こうとした場所は、すでに空だった。

 

 「覚えていたのね」

 

 春麗の声が、すぐ横から聞こえた。

 

 「嬉しいわ」

 

 その声は本当に嬉しそうだった。

 

 だからこそ、危うかった。

 

 「でも残念」

 

 春麗の掌が、リュウの脇腹へ入る。

 

 リュウの身体が折れる。

 

 「今日の黒は、そこから始まらない」

 

 リュウは倒れない。

 

 足を踏みしめる。

 

 反撃の拳を出す。

 

 春麗の肩を狙う。

 

 以前、届いた場所。

 

 黒の輪郭に触れた場所。

 

 春麗はそれを見た。

 

 そこにも、もういない。

 

 いや。

 

 肩はある。

 

 黒い輪郭もある。

 

 だが、リュウが届いたと思った瞬間、その肩は黒の奥へ沈んでいた。

 

 拳は触れる。

 

 しかし、打てない。

 

 届いたのに、入らない。

 

 「そこも覚えていたのね」

 

 春麗は低く言った。

 

 「本当に、あなたって嫌な人」

 

 春麗の蹴りが、リュウの膝を打つ。

 

 リュウが崩れる。

 

 片膝が落ちかける。

 

 リュウは耐える。

 

 耐えた。

 

 春麗は、その耐えた一瞬すら取った。

 

 黒いドレスが翻る。

 

 掌底。

 

 胸。

 

 二度目。

 

 リュウの身体が後ろへ押し出される。

 

 それでも、リュウは踏みとどまる。

 

 春麗は、目を細めた。

 

 「不屈ね」

 

 言葉には、ほんの少しだけ熱がある。

 

 「でも、不屈なら何度でも来られると思った?」

 

 リュウは答えない。

 

 息が荒い。

 

 春麗はゆっくり近づく。

 

 「来るのはいいわ」

 

 一歩。

 

 「見続けるのもいい」

 

 もう一歩。

 

 「届こうとするのも、嫌いじゃない」

 

 黒い裾が揺れる。

 

 「でもね、リュウ」

 

 春麗は、リュウの目の前に立った。

 

 「私が待っている場所へ、そのまま来るなら」

 

 笑う。

 

 「今日は、全部沈めるわ」

 

 リュウは拳を握る。

 

 「まだだ」

 

 その言葉。

 

 春麗は、胸の奥が跳ねるのを感じた。

 

 まだだ。

 

 そう。

 

 リュウは、まだだと言う。

 

 負けかけていても。

 沈められていても。

 黒に押し潰されそうでも。

 

 まだだ。

 

 だから、春麗はここまで来た。

 

 だから、春麗は黒を捨てられなかった。

 

 だから、春麗は。

 

 「そう」

 

 春麗は微笑む。

 

 「なら、まだ沈みなさい」

 

 次の攻防は、もはや拮抗ではなかった。

 

 リュウは来た。

 

 何度も来た。

 

 拳を出し、踏み込み、春麗の黒の奥を探した。

 

 だが、そのたびに春麗はその奥をずらした。

 

 手首ではない。

 肩ではない。

 裾ではない。

 視線ではない。

 

 黒の始点が、一定しない。

 

 リュウが見るたびに、春麗はそこを変える。

 

 黒そのものが、リュウの記憶を踏み台にしていた。

 

 前に見た場所へ来れば沈む。

 前に届いた場所へ来れば外される。

 前に勝った感覚を信じれば、その先で崩される。

 

 春麗は、リュウの不屈を読んでいた。

 

 リュウが来ることを知っていた。

 リュウが前回の手首を覚えていることを知っていた。

 肩に届いた感触を持ってくることも知っていた。

 黒の奥へ行こうとすることも知っていた。

 

 その全部を、黒の中へ沈めた。

 

 リュウの拳が、空を切る。

 

 春麗の掌が、腹へ入る。

 

 リュウの足が止まる。

 

 春麗の蹴りが、軸足を払う。

 

 リュウの身体が崩れる。

 

 それでもリュウは手をつく。

 

 立とうとする。

 

 春麗は、その手の前に黒い裾を置いた。

 

 「駄目よ」

 

 声は静かだった。

 

 「今日は、まだ立たせない」

 

 春麗の掌底が、リュウの胸へ入った。

 

 三度目。

 

 今度は、深く。

 

 リュウの息が止まる。

 

 膝が落ちる。

 

 片膝ではない。

 

 両膝が、石畳に触れた。

 

 それでもリュウは、顔を上げようとした。

 

 春麗は、その額の前に手を止めた。

 

 触れない。

 

 触れなくても、勝負は決まっていた。

 

 リュウは動けなかった。

 

 春麗は、息を乱していなかった。

 

 肩も落ちていない。

 

 黒いドレスは、ほとんど乱れていなかった。

 

 圧勝。

 

 春麗は、その言葉を自分の中で認めた。

 

 勝った。

 

 完全に。

 

 黒で。

 

 リュウに。

 

 春麗は、ゆっくりと手を下ろした。

 

 リュウを見下ろす。

 

 リュウは膝をついている。

 

 それでも、目は折れていない。

 

 だから春麗は、余計に笑った。

 

 「どう、リュウ」

 

 声は静かだった。

 

 「今の黒も、まだ使えていないように見える?」

 

 リュウは答えない。

 

 春麗は黒い裾を軽く払う。

 

 「前に言ったわね」

 

 黒いドレスの裾が、夜気に揺れる。

 

 「黒を着ている。でも、まだ迷っている」

 

 一歩、近づく。

 

 「その黒を全部使えていない」

 

 春麗は、膝をつくリュウを見下ろした。

 

 「覚えているわよ。忘れるわけないでしょう?」

 

 リュウの拳が、わずかに握られる。

 

 春麗はそれを見て、満足そうに目を細めた。

 

 「今日はどうだった?」

 

 一拍。

 

 「迷っていた?」

 

 さらに一拍。

 

 「恥じらっていた?」

 

 声が少し甘くなる。

 

 「それとも、今度はちゃんと遅れた?」

 

 リュウは立ち上がろうとする。

 

 春麗は動かない。

 

 動かなくても、リュウは立てなかった。

 

 それが答えだった。

 

 春麗は笑う。

 

 「無理よ」

 

 黒い影が、リュウの前に落ちる。

 

 「今日は、あなたが来る場所まで全部見えていたもの」

 

 リュウは歯を食いしばる。

 

 春麗は、ゆっくりしゃがんだ。

 

 視線の高さを少しだけ近づける。

 

 それでも、勝者は春麗だった。

 

 「ねえ、リュウ」

 

 声が低くなる。

 

 「もう一度言ってみる?」

 

 リュウは春麗を見る。

 

 「私の黒は、まだ使えていないって」

 

 リュウは黙っている。

 

 春麗は微笑む。

 

 「言えないわよね」

 

 その笑みは綺麗だった。

 

 そして、少し危うかった。

 

 「だって、あなたは負けたもの」

 

 春麗は立ち上がる。

 

 黒い裾が遅れて揺れる。

 

 「見て、揺れて、来ようとして」

 

 春麗はリュウを見下ろす。

 

 「それでも、私の黒の中で止まった」

 

 リュウは静かに息を吐く。

 

 春麗は続ける。

 

 「初めて黒を着た時、私は迷っていた」

 

 その声には、少しだけ本音が混じる。

 

 「あなたに見られるのが怖かった」

 

 「黒を使いたいのに、黒で見られることから逃げていた」

 

 「そこをあなたに見抜かれた」

 

 春麗の目が細くなる。

 

 「悔しかったわ」

 

 「本当に、悔しかった」

 

 そして、笑う。

 

 「だから、使えるようにしたの」

 

 黒いドレスの裾を、指で軽く摘む。

 

 「他の相手にも使った」

 

 「何度も勝った」

 

 「でも、足りなかった」

 

 春麗はリュウを見る。

 

 「あなたに勝たなければ、意味がなかった」

 

 リュウの目が動く。

 

 春麗はそれを見て、少しだけ嬉しそうにした。

 

 「そういう顔をするのね」

 

 「今さら?」

 

 「今さら、気づいた?」

 

 春麗は、一歩だけ背を向ける。

 

 そして、振り返らずに言う。

 

 「この黒は、あなたに負けた黒よ」

 

 一拍。

 

 「だから、あなたに勝たせるために育てたの」

 

 リュウは何も言わない。

 

 春麗は振り返る。

 

 「その責任、少しは感じなさい」

 

 リュウが顔を上げる。

 

 春麗は勝者として笑う。

 

 「私をここまで黒にこだわらせたのは、あなたよ」

 

 黒いドレスの裾が揺れる。

 

 「そして今日、その黒であなたは負けた」

 

 春麗は静かに告げる。

 

 「これで、少しはわかった?」

 

 「私の黒を見抜いたつもりでいたあなたが、どれだけ浅かったか」

 

 リュウの拳が強く握られる。

 

 春麗はそれを見て、満足する。

 

 「いい顔ね」

 

 「悔しい?」

 

 「なら、次はもっと深く来なさい」

 

 一拍。

 

 「ただし」

 

 春麗は、黒いドレスの裾を払う。

 

 「今度は、見抜いたくらいで勝てると思わないことね」

 

 リュウは静かに言った。

 

 「……まだだ」

 

 春麗は、笑った。

 

 その言葉を待っていた。

 

 「ええ」

 

 声が柔らかくなる。

 

 「そう言うと思った」

 

 春麗は近づき、リュウの横を通り過ぎる。

 

 通り過ぎる直前、低く囁いた。

 

 「だから、逃がさない」

 

 リュウの目が春麗を追う。

 

 春麗は振り返らない。

 

 「次も来なさい、リュウ」

 

 黒いドレスの裾が、夜の中で揺れる。

 

 「今度は、あなたがどこまで沈むか見せて」

 

 春麗は歩き出した。

 

 勝った。

 

 圧倒した。

 

 黒で、リュウを黙らせた。

 

 胸の奥に、強烈な満足があった。

 

 同時に、まだ終わっていないこともわかっていた。

 

 リュウは「まだだ」と言った。

 

 なら、また来る。

 

 春麗は小さく笑った。

 

 救われてはいない。

 

 むしろ、黒はさらに強く春麗の中へ根を張った。

 

 でも、今の春麗にはそれが心地よかった。

 

 この黒は、もう戦術だけではない。

 

 これは、私の執着。

 

 私の責任圧。

 

 私の面倒さ。

 

 私の勝利。

 

 そして。

 

 リュウにだけ向ける、私の黒。

 

 春麗は夜の中で呟いた。

 

 「次も、黒よ」

 

 誰にも届かない声だった。

 

 けれどきっと、次の戦いで届く。

 

 黒の奥から。

 

 黒のさらに奥へ。




Q:今回のバトル内容についてRPG的に解説して?

A:
はい。今回のバトルをRPG的に見ると、これは 裏ルート最難関:黒証明ルートの春麗が、リュウを圧倒して黒への執着を正当化してしまうイベント戦 です。

元の試合では、黒が他者には通じてもリュウには足りず、春麗が「結局、あなたじゃないと駄目」と気づく流れが核でした。今回のリライトでは、その核を残しつつ、リュウ相手に黒で圧勝することで、春麗の黒が「救済待ち」ではなく「勝利によって固定される危険な黒」になっています。

バトルリザルト
Battle Result:春麗圧勝

春麗 Form:
黒執着ルート・黒証明フォーム

リュウ Form:
不屈継続・黒の奥再攻略中

勝因:
春麗がリュウの過去攻略ログを逆利用し、
手首・肩・黒の起点をすべてずらした。

敗因:
リュウは前回届いた場所を持ち込んだが、
春麗がその「届いた記憶」ごと黒に沈めた。

今回の春麗は、かなり危険です。

強いです。
圧勝しています。
黒を使いこなしています。

でも、救われてはいません。

むしろ、

黒でリュウに勝てたことで、黒への執着が正しさとして固定された

状態です。

春麗側ステータス
春麗:黒証明フォーム

攻撃力:92
技術:95
黒ドレス適性:94
黒への執着:100
リュウ責任圧:98
リュウ意識度:100
黒の奥操作:96
黒起点変更:95
精神安定:中
自己受容:65
黒依存度:極高
救済耐性:上昇

ポイントは、黒ドレス適性は非常に高いのに、自己受容はそこまで高くないことです。

これは本編黒ドレス春麗とは違います。

本編春麗は、

黒を引き受けている
自分が面倒な女だと認めている
黒を自分で選んでいる

今回の春麗は、

黒で証明している
黒でリュウを黙らせている
黒に勝利の正当性を与えている

です。

つまり、強さの質が違います。

春麗の発動スキル
1. 《黒証明》

今回の中核スキルです。

《黒証明》

発動条件:
・黒初戦でリュウに敗北
・「黒を使えていない」と見抜かれる
・他者相手に黒で勝利を重ねる
・リュウ相手に再戦する

効果:
・黒ドレス適性大幅上昇
・リュウ相手への火力上昇
・過去の敗北記憶を攻撃バフに変換
・勝利時、黒依存度がさらに上昇

これは強力ですが、危険です。

なぜなら勝てば勝つほど、

黒にこだわった私は間違っていなかった。

になってしまうからです。

今回、春麗はまさにその状態に入りました。

2. 《攻略ログ逆利用》

今回の春麗がリュウを圧倒できた最大の理由です。

リュウは前回の経験を持ち込んでいます。

肩に届いた。
手首に届いた。
黒の奥を見ようとした。

普通なら、それはリュウの攻略進展です。

でも今回の春麗は、それを逆手に取りました。

《攻略ログ逆利用》

効果:
・リュウが前回届いた場所を読める
・手首狙いを無効化
・肩への再到達を空振り化
・リュウの「成長」を罠に変える

今回リュウは、以前届いた手首を狙いました。

しかし春麗は、

今日の黒は、そこから始まらない。

として、黒の起点そのものを変えていました。

これはかなり高度です。

リュウが成長したからこそ、その成長を沈められた。

3. 《黒起点変更》

この戦闘の技術的な決定打です。

《黒起点変更》

効果:
・黒の動き出しを手首から別地点へ移す
・視線誘導の起点を固定しない
・リュウの観察成功判定を空振りさせる

以前リュウは、春麗の手首に届きかけました。

手首は黒の動きの起点でした。

しかし今回は違う。

春麗は、リュウがそこを覚えていることを見越して、黒の起点をずらしていました。

これにより、リュウの攻略は一度無効化されます。

4. 《リュウ責任圧・勝利固定型》

救済前の責任圧が、圧勝によってさらに危険化しています。

《リュウ責任圧・勝利固定型》

効果:
・リュウに「私を黒にこだわらせた責任」を突きつける
・春麗の黒出力上昇
・勝利時、責任圧が正当化される
・救済難度上昇

このスキルの怖いところは、春麗が勝ったことで、

私がこうなったのはあなたのせい。
そしてその黒であなたは負けた。

と言えてしまうことです。

これは非常に重い。

しかも、春麗から見ると筋が通っている。

リュウ側ステータス
リュウ:黒再攻略中

攻撃力:86
耐久:96
不屈:100
春麗観察:92
黒の奥理解:72
前回到達記憶:高
黒起点対応:不足
精神折れ耐性:極高

リュウは弱くありません。

むしろ、かなり良いところまで来ています。

前回の記憶もある。
黒の奥を見ようとしている。
手首と肩を狙う判断も正しい。

しかし今回は、春麗がそれを上回りました。

リュウの発動スキル
1. 《不屈》

いつもの主人公特権です。

《不屈》

効果:
・膝をついても精神崩壊しない
・圧勝されても再挑戦フラグを維持
・敗北内容を経験値化する

今回、リュウは圧勝されました。

しかし最後に、

まだだ

と言いました。

これは非常に重要です。

この一言がなければ、春麗の黒証明ルートはほぼ固定バッド寄りになります。

リュウがまだ来るから、救済可能性が残る。

2. 《黒の奥再攻略》

リュウは前回の経験から、黒の奥へ向かおうとしています。

《黒の奥再攻略》

効果:
・黒の表面ではなく起点を見る
・手首、肩、重心の変化を狙う
・ただし起点変更に弱い

今回の問題は、リュウの攻略対象が前回の春麗だったことです。

春麗はすでに、その攻略を読んでいました。

3. 《まだだ》

今回のリュウ側の最重要イベントスキルです。

《まだだ》

発動条件:
・圧倒的不利
・膝をつく
・勝敗が決した後も精神が折れていない

効果:
・再戦フラグ維持
・春麗の感情反応倍率を上昇
・春麗の黒固定をさらに進める危険もある
・救済ルートの入口にもなる

これはリュウの強みですが、同時に春麗をさらに拗らせる危険なスキルでもあります。

春麗はこの「まだだ」を待ってしまう。

だから、

逃がさない

になります。

ターン制バトルログ
TURN 1
春麗:《黒証明》発動。
過去の敗北記憶を黒出力へ変換。
リュウ:《黒の奥再攻略》発動。

TURN 2
リュウ:裾・髪・肩を見すぎず、手首を狙う。
春麗:《攻略ログ逆利用》発動。
リュウの観察先を読んでいる。

TURN 3
リュウ:黒の起点である手首へ到達を試みる。
春麗:《黒起点変更》発動。
「今日の黒は、そこから始まらない」
リュウの攻略判定失敗。

TURN 4
リュウ:前回届いた肩へ拳を置こうとする。
春麗:肩の輪郭を黒の奥へ沈める。
拳は触れるが入らない。

TURN 5
春麗:掌底・膝・蹴りで連続攻撃。
リュウの重心を崩す。
リュウは耐えるが反撃精度低下。

TURN 6
春麗:《リュウ責任圧・勝利固定型》発動。
「私をここまで黒にこだわらせたのは、あなたよ」
リュウの精神防御は維持。
ただし身体は押し込まれる。

FINAL
春麗の三度目の掌底が深く入る。
リュウ両膝。
春麗はほぼ乱れず立つ。

RESULT:春麗圧勝。
勝因

今回の勝因は、単純なパワー差ではありません。

一番大きいのは、

春麗がリュウの成長を読んで、その成長ごと黒に沈めたこと

です。

リュウは前回より確実に成長しています。

でも春麗も、その前回の到達点を覚えていた。

手首に来る。
肩に来る。
黒の奥を見ようとする。

その全部を読んだうえで、黒の始点を変えた。

だから圧勝になりました。

敗因

リュウの敗因は、

前回届いた場所に、今回も意味があると思ってしまったこと

です。

もちろん、それは自然です。

手首は黒の起点だった。
肩は黒の輪郭だった。

だからリュウはそこを狙った。

しかし、春麗はその意味を変えていた。

今回の黒は、リュウの攻略ログを前提に更新されていた。

つまりリュウは、前回の春麗を攻略しようとして、今回の春麗に沈められました。

春麗のバトル後リザルト
勝敗:圧勝
勝利種別:黒証明勝利

獲得:
・《黒証明》完全発動
・《黒起点変更》成功
・《攻略ログ逆利用》習得
・リュウへの黒専用化さらに進行
・黒依存度上昇
・救済難度上昇

副作用:
・黒で勝てたことにより、黒執着が正当化
・「私は間違っていない」感覚が強化
・青への復帰が遠のく

ここが重要です。

春麗は勝ちました。

しかも圧勝。

でもこれは、救済ではありません。

むしろ危険な勝利です。

黒で負けた春麗は、黒に執着した。
黒で圧勝した春麗は、黒を正しさとして固定した。

今回の春麗は、まさに後者です。

リュウのバトル後リザルト
勝敗:敗北
敗北種別:圧勝される敗北

獲得:
・《黒起点変更》の存在を認識
・前回攻略ログが罠になることを学習
・春麗の黒依存が深まったことを感じる
・《まだだ》発動により再戦フラグ維持

未解決:
・黒で勝った春麗をどう救うか
・黒を否定せず、黒だけにも閉じ込めない言葉
・黒証明春麗へのパーフェクトコミュニケーション

リュウにとっては、かなり苦い敗北です。

ただ負けたのではなく、

自分が春麗を黒へさらに固定してしまった

可能性があるからです。

関係性リザルト
春麗:
黒でリュウに圧勝。
黒はリュウにだけ向けるものとしてさらに固定。
救済前より強く、救済しづらくなる。

リュウ:
敗北。
しかし折れていない。
不屈により、救済可能性だけは残る。

関係性:
黒証明ルートへ深く進行。
裏ルート最難関フェーズに突入。

今回の戦闘後、春麗はこうなっています。

黒で勝った。
黒でリュウを沈めた。
これで、私の黒は証明された。

これは非常に危険です。

リュウが次に救済するには、春麗の黒を否定してはいけません。

まず、

あの黒は強かった。
俺は負けた。

と認める必要があります。

そのうえで、

だが、黒で勝った後のお前は終わった顔ではなかった。

まで見抜く必要があります。

今回のバトルの意味

今回のバトルはRPG的には、

裏ルート最難関ボス戦で、ボス春麗がプレイヤーの攻略ログを逆利用して圧勝するイベント

です。

リュウは攻略しようとした。

でも春麗は攻略済みのパターンを捨て、攻略者の記憶そのものを罠にした。

ゲーム的にはかなりこうです。

前回攻略した弱点:
手首

黒の起点

今回:
弱点位置が変更済み
前回弱点を狙うとカウンター発動
春麗の黒出力上昇

これは死にゲー的にかなり嫌なボスです。

前回の攻略がそのまま使えない。
むしろ前回攻略を覚えているほど罠にかかる。

総合評価

今回のバトルは、春麗の勝利としては非常に美しいです。

しかし物語的には危険です。

なぜなら、

春麗が黒で勝ったことで、黒から出る理由を失った

からです。

一言でまとめるなら、

今回の春麗はリュウに勝った。
だがその勝利によって、黒に救われたのではなく、黒にさらに囚われた。

これが今回のRPG的リザルトです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。