また戦ってくれ――リュウと春麗、紙一重のライバル譚――   作:エーアイ

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※これは本編時空とは無関係の妄想章IFです。
拗れルートで黒に囚われていた春麗が、リュウに救済された後の「黒ドレス春麗」甘めエピソードです。
黒はもう呪いではなく、リュウにだけ見せる約束の装備になっています。


妄想章IF:春麗は、黒を甘く見届けさせる

 春麗は、黒いドレスを選んだ。

 

 戦うためではない。

 

 それが、自分でも少し不思議だった。

 

 以前の春麗なら、黒を手に取った瞬間に理由が必要だった。

 

 リュウに勝つため。

 リュウに見せるため。

 リュウに、かつて見抜かれた黒を上書きするため。

 自分をここまで拗らせた責任を、リュウに突きつけるため。

 

 黒には、いつも重い理由があった。

 

 でも今日は違う。

 

 春麗は鏡の前で、黒いドレスの肩口を整える。

 

 髪は下ろした。

 

 唇にも、ほんの少しだけ色を置いた。

 

 鏡の中にいるのは、黒に囚われていた春麗ではない。

 

 黒で証明しようとしていた春麗でもない。

 

 救われた後に、もう一度自分で黒を選んだ春麗だった。

 

 春麗は小さく息を吐く。

 

 「今日は、戦わない黒よ」

 

 鏡の中の自分へ言ってみる。

 

 少しだけ照れくさい。

 

 戦わない黒。

 

 そんなものを、以前の自分は許せなかった。

 

 黒を着るなら、勝たなければいけなかった。

 黒を見せるなら、リュウを沈めなければいけなかった。

 黒でなければ届かないと思っていたから、黒を着た自分はいつも張りつめていた。

 

 でも、リュウは言った。

 

 黒でも青でも見る。

 

 俺が見るのは、お前だ。

 

 その言葉を思い出すたび、春麗は少しだけ腹が立つ。

 

 あの男は、本当にわかっているのだろうか。

 

 黒でも青でも見る、なんて。

 

 そんなことを言われた春麗が、どれだけ自由になってしまったか。

 

 そして、どれだけリュウから逃げられなくなったか。

 

 春麗は黒いドレスの裾を指でつまむ。

 

 「見るって言ったのよ」

 

 声は小さい。

 

 でも、確かな熱があった。

 

 「なら、戦わない黒も見なさい」

 

 待ち合わせ場所にリュウはいた。

 

 修行場ではない。

 

 街の外れにある、小さな石橋の近く。

 

 夜風が川面を撫でている。

 

 灯りは少なく、けれど暗すぎない。

 

 黒いドレスで歩いても目立ちすぎない場所を、春麗が選んだ。

 

 理由はある。

 

 一応ある。

 

 人目が多いと、落ち着かない。

 修行場だと、戦闘の空気になりすぎる。

 店に入るには、少し気恥ずかしい。

 

 だから、ここ。

 

 そう説明できる。

 

 説明はできる。

 

 けれど本当は、少しだけリュウに黒を見せたかった。

 

 戦わない黒を。

 

 リュウは春麗を見る。

 

 春麗は、その視線を正面から受けた。

 

 以前なら、この瞬間に黒の責任圧を乗せていた。

 

 見なさい。

 揺れなさい。

 それでも来なさい。

 

 でも今日は、少し違う。

 

 見て。

 

 ただ、それだけだった。

 

 リュウは静かに言った。

 

 「黒だな」

 

 春麗は眉を上げる。

 

 「見ればわかるわ」

 

 「そうだな」

 

 「それだけ?」

 

 リュウは考えた。

 

 本当に考えている。

 

 春麗は少しだけ身構える。

 

 この男の自由回答は危険だ。

 

 とんでもなく明後日の方向へ行くこともあるし、逃げ場のないところへ真っ直ぐ刺してくることもある。

 

 リュウは言った。

 

 「今日は、戦う黒ではないんだな」

 

 春麗は、少しだけ息を止めた。

 

 どうしてわかるの。

 

 そう言いそうになって、止めた。

 

 かわりに、少し笑う。

 

 「正解」

 

 リュウは頷く。

 

 「そうか」

 

 「驚かないの?」

 

 「驚いてはいる」

 

 「そうは見えないわ」

 

 「そうか」

 

 春麗はため息をつきそうになった。

 

 でも、そのいつもの調子に少し安心している自分もいた。

 

 本当に面倒。

 

 救われた後でも、自分は面倒なままだ。

 

 リュウが驚けば照れる。

 驚かなければ不満になる。

 見れば反応する。

 見なければ腹が立つ。

 

 春麗は、そんな自分をもう否定しない。

 

 否定しないかわりに、リュウへ少しだけ押しつけることにしている。

 

 だって、見つけたのはリュウだ。

 

 救ったのもリュウだ。

 

 なら少しくらい、責任を持ってもらわなければ困る。

 

 春麗は黒いドレスの裾を軽く揺らしながら近づいた。

 

 「今日は確認よ」

 

 「確認?」

 

 「ええ」

 

 春麗はリュウの前で立ち止まる。

 

 戦闘の間合いより少し近い。

 

 でも、触れるほどではない。

 

 「あなたが、戦わない黒も見られるかどうか」

 

 リュウは春麗を見る。

 

 「見る」

 

 即答だった。

 

 春麗は少しだけ唇を尖らせる。

 

 「簡単に言うのね」

 

 「難しいことなのか」

 

 「難しいわよ」

 

 「そうか」

 

 「ええ」

 

 春麗は目を細める。

 

 「黒を着ているのに戦わない私なんて、以前なら自分でも扱えなかったもの」

 

 リュウは黙って聞いている。

 

 春麗は川面へ視線を向けた。

 

 「黒は、ずっと重かった」

 

 夜風が髪を揺らす。

 

 「あなたに負けた黒。あなたに見抜かれた黒。あなたに勝たなければいけなかった黒」

 

 一拍置く。

 

 「でも、あなたが言ったのよ」

 

 春麗はリュウを見る。

 

 「黒でも青でも見るって」

 

 リュウは頷く。

 

 「ああ」

 

 「だから今日は、戦わない黒」

 

 春麗は少しだけ笑う。

 

 「見届けなさい」

 

 リュウは答える。

 

 「見届ける」

 

 その言葉に、春麗の胸が静かに熱くなる。

 

 戦闘中なら、踏み込みに変えられる熱。

 

 でも今日は、変換先がない。

 

 だから、そのまま胸の中に残る。

 

 甘い。

 

 少し苦い。

 

 そして、やっぱり重い。

 

 春麗は小さな包みを取り出した。

 

 リュウが見る。

 

 「それは?」

 

 「甘いもの」

 

 「またか」

 

 「嫌?」

 

 「嫌ではない」

 

 「ならいいわ」

 

 包みの中には、小さな月餅が二つ入っていた。

 

 一つは普通の甘さ。

 

 もう一つは、少しだけ甘さ控えめ。

 

 春麗は一瞬迷ってから、甘さ控えめの方をリュウへ渡した。

 

 リュウは受け取る。

 

 「こっちでいいのか」

 

 「あなたには、そっち」

 

 「なぜだ」

 

 春麗は視線を逸らす。

 

 「前に、甘さ控えめを探すと言ったでしょう」

 

 「ああ」

 

 「今日は私が選んだの」

 

 「そうか」

 

 リュウは月餅を見る。

 

 「ありがとう」

 

 春麗の指先が、少しだけ止まった。

 

 助かる。

 ありがとう。

 見る。

 行く。

 

 この男の短い言葉は、いつも困る。

 

 余計な飾りがないから、そのまま届く。

 

 春麗は自分の分を手に取った。

 

 「勘違いしないで」

 

 「何をだ」

 

 「あなたに食べさせたかったわけじゃないわ」

 

 「違うのか」

 

 「違うわ」

 

 春麗は即答した。

 

 リュウは頷く。

 

 「そうか」

 

 春麗は少し不満になる。

 

 もう少し疑いなさいよ。

 

 けれど疑われたら疑われたで、きっとまた面倒になる。

 

 だから、これでいい。

 

 二人は石橋の端に並んで立った。

 

 春麗は月餅を少しだけ齧る。

 

 甘い。

 

 少しだけ、思ったより甘い。

 

 リュウも食べる。

 

 「どう?」

 

 春麗が聞く。

 

 リュウは真面目に答える。

 

 「前より控えめだ」

 

 「そうでしょう」

 

 「食べやすい」

 

 春麗は少し満足した。

 

 「なら、よかったわ」

 

 言ってから、春麗は少しだけ自分に驚く。

 

 なら、よかった。

 

 以前なら、こんな言い方はしなかった。

 

 リュウがどう感じたかを、少し素直に気にしている。

 

 面倒。

 

 でも、今日はそれも許す。

 

 リュウは月餅を食べながら、春麗を見る。

 

 春麗は気づく。

 

 「何?」

 

 「黒でも、こういう時間があるんだな」

 

 春麗は止まった。

 

 本当に。

 

 この男は。

 

 春麗は月餅を持ったまま、リュウを見る。

 

 「……どういう意味?」

 

 「前は、黒で来る時は戦う時だった」

 

 「そうね」

 

 「今日は違う」

 

 「ええ」

 

 「だから、見ている」

 

 春麗は黙った。

 

 風が通る。

 

 黒いドレスの裾が、静かに揺れる。

 

 春麗は、その揺れを感じながら、少しだけ目を伏せた。

 

 黒でも、こういう時間がある。

 

 その言葉は、春麗自身が確認したかったことだった。

 

 黒は、もう戦闘だけのものではない。

 黒は、敗北の上書きだけではない。

 黒は、リュウに責任を問うためだけでもない。

 

 黒を着たまま、甘いものを食べてもいい。

 

 黒を着たまま、川の音を聞いてもいい。

 

 黒を着たまま、リュウの隣に立ってもいい。

 

 春麗は、黒から自由になっていた。

 

 そして、その自由をリュウに見届けられている。

 

 それが、どうしようもなく甘かった。

 

 「……あなたね」

 

 春麗は小さく言う。

 

 「ああ」

 

 「そういうことを、さらっと言わないで」

 

 「おかしかったか」

 

 「おかしくはないわ」

 

 「なら」

 

 「甘いのよ」

 

 リュウは月餅を見る。

 

 「これがか」

 

 春麗は軽く睨む。

 

 「違うわよ」

 

 リュウは少し考える。

 

 「俺がか」

 

 春麗は、今度こそ言葉を失いかけた。

 

 自分で気づくのは反則だ。

 

 しかし、リュウは本気で聞いている。

 

 春麗は黒いドレスの裾を指でつまんだ。

 

 「……半分くらいは正解」

 

 リュウは頷く。

 

 「半分か」

 

 「ええ。全部正解されたら困るもの」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 春麗は残りの月餅を見た。

 

 自分の方が少し甘い。

 

 リュウの方は甘さ控えめ。

 

 少し迷う。

 

 そして、月餅を割った。

 

 リュウが見る。

 

 春麗は半分を差し出す。

 

 「食べる?」

 

 リュウは春麗を見る。

 

 「いいのか」

 

 「甘かったの」

 

 「そうか」

 

 「でも、全部あげるわけじゃないわ」

 

 「半分か」

 

 「半分よ」

 

 リュウは受け取った。

 

 指先が少しだけ触れる。

 

 ほんの少しだけ。

 

 春麗は、その感触を意識してしまう。

 

 戦闘なら何度でも触れる。

 拳も、手首も、肩も、間合いの中で何度でも交わる。

 

 でもこういう触れ方は困る。

 

 意味がないようで、意味がありすぎる。

 

 リュウは受け取った半分を食べる。

 

 「甘いな」

 

 「でしょう」

 

 「だが、悪くない」

 

 春麗は、少しだけ笑った。

 

 「そう」

 

 「お前が選んだものだからかもしれない」

 

 春麗は完全に止まった。

 

 夜風も、川の音も、一瞬遠くなる。

 

 リュウは、また何気なく言った。

 

 春麗の選んだものだから。

 

 それが、甘いものの話だけではなく聞こえてしまう。

 

 黒も。

 青も。

 今日の時間も。

 半分だけ渡した月餅も。

 

 春麗が選んだもの。

 

 リュウは、それを受け取っている。

 

 春麗は目を伏せた。

 

 「……本当に」

 

 声が少しだけ小さくなる。

 

 「あなたは、そういうところがあるわ」

 

 「どういうところだ」

 

 「知らなくていいわ」

 

 「そうか」

 

 「ええ」

 

 春麗は自分の残りを食べた。

 

 甘い。

 

 さっきよりも、もっと甘い。

 

 たぶんリュウのせいだ。

 

 「リュウ」

 

 「何だ」

 

 「私を黒から出した責任、覚えている?」

 

 リュウは頷く。

 

 「覚えている」

 

 春麗は少し驚いた。

 

 「即答なのね」

 

 「忘れていない」

 

 春麗の胸が、また熱くなる。

 

 「なら、今日の黒も覚えておきなさい」

 

 「今日の黒か」

 

 「ええ」

 

 春麗は少しだけ身体を回し、黒いドレスの裾を軽く揺らす。

 

 「戦わなかった黒」

 

 一拍。

 

 「あなたに甘いものを半分渡した黒」

 

 さらに一拍。

 

 「あなたに見届けさせた黒」

 

 リュウは静かに見る。

 

 「覚えておく」

 

 春麗は目を細める。

 

 「簡単に言うのね」

 

 「簡単ではないのか」

 

 「簡単じゃないわ」

 

 「そうか」

 

 「そうよ」

 

 春麗は少し近づいた。

 

 リュウとの距離が、さっきより近い。

 

 黒いドレスの裾が、リュウの足元近くで揺れる。

 

 戦う距離ではない。

 

 でも、逃げる距離でもない。

 

 春麗はリュウを見上げる。

 

 「黒でも青でも見るって言ったわよね」

 

 「ああ」

 

 「戦わない黒も見たわね」

 

 「見た」

 

 「甘いものを食べる黒も見たわね」

 

 「見た」

 

 春麗は少しだけ唇を曲げる。

 

 「なら、次はどうするの?」

 

 リュウは考える。

 

 春麗は待つ。

 

 この待つ時間すら、少し甘い。

 

 リュウは言った。

 

 「次も見る」

 

 春麗はため息をつきそうになった。

 

 予想通り。

 

 短い。

 

 まっすぐ。

 

 逃げ場がない。

 

 「そう」

 

 春麗は微笑む。

 

 「なら、次も付き合いなさい」

 

 「甘いものにか」

 

 「ええ」

 

 一拍。

 

 「それと、私の黒に」

 

 リュウは頷く。

 

 「付き合う」

 

 春麗は、目を細めた。

 

 「即答するのね」

 

 「する」

 

 「理由は?」

 

 リュウは少しだけ春麗を見る。

 

 「お前が選ぶものだからだ」

 

 春麗は、今度こそ視線を逸らした。

 

 危ない。

 

 これはかなり危ない。

 

 救済後の黒ドレス春麗に対して、その返しは甘すぎる。

 

 春麗は黒いドレスの裾を握る。

 

 「……そう」

 

 声が柔らかくなる。

 

 「なら、責任重大ね」

 

 「ああ」

 

 「わかっている?」

 

 「たぶん」

 

 「たぶん?」

 

 春麗は少し睨む。

 

 リュウは真面目に言う。

 

 「全部は、まだわからない」

 

 春麗は黙った。

 

 リュウは続ける。

 

 「だが、見る」

 

 それで十分だった。

 

 少なくとも、今日の春麗には。

 

 春麗は小さく息を吐いた。

 

 「全部わかった顔をされたら、それはそれで腹が立つものね」

 

 「難しいな」

 

 「ええ。私は面倒なの」

 

 リュウは少しだけ表情を緩める。

 

 「知っている」

 

 春麗は、また止まった。

 

 それは救済後の春麗にとって、とても危険な言葉だ。

 

 知っている。

 

 リュウは知っている。

 

 黒に囚われた春麗も。

 青を選べるようになった春麗も。

 戦わない黒で甘いものを半分渡す春麗も。

 

 どこまで正確に知っているかは怪しい。

 

 でも、逃げない。

 

 春麗は、ゆっくり笑った。

 

 「なら、いいわ」

 

 川沿いの灯りが、黒いドレスに淡く映る。

 

 春麗はリュウの横に並んだ。

 

 二人で、しばらく川を見た。

 

 言葉は少ない。

 

 でも、沈黙は重くなかった。

 

 黒を着ているのに。

 

 リュウの隣にいるのに。

 

 戦っていないのに。

 

 沈黙が、ただ沈黙としてそこにある。

 

 春麗は、それが少し嬉しかった。

 

 「リュウ」

 

 「何だ」

 

 「今日の黒、どうだった?」

 

 リュウは少し考えた。

 

 春麗は、また少し身構える。

 

 リュウは言った。

 

 「静かだった」

 

 春麗は瞬きをする。

 

 「静か?」

 

 「ああ」

 

 「弱そうだった?」

 

 「違う」

 

 「なら?」

 

 リュウは春麗を見る。

 

 「無理をしていなかった」

 

 春麗は、黙った。

 

 その言葉は、今日の春麗に一番深く入った。

 

 強い。

 綺麗。

 似合っている。

 

 そう言われたら、照れただろう。

 

 でも。

 

 無理をしていなかった。

 

 それを言われると、春麗は少しだけ泣きそうになる。

 

 もちろん、泣かない。

 

 春麗は黒いドレスの裾を整える。

 

 「そう」

 

 声を落ち着かせる。

 

 「なら、よかったわ」

 

 リュウは頷く。

 

 「よかった」

 

 春麗は笑った。

 

 「あなたが決めることじゃないわ」

 

 「そうか」

 

 「でも」

 

 少し間を置く。

 

 「今日は、そう言われても悪くないわね」

 

 リュウは静かに聞いている。

 

 春麗は川面を見た。

 

 「前は、黒を着るといつも何かを証明しようとしていた」

 

 声は静かだった。

 

 「あなたに勝つこと。あなたに見抜かれた敗北を消すこと。あなたに、この黒を認めさせること」

 

 夜風が通る。

 

 「でも今日は、ただ着たかったの」

 

 春麗はリュウを見る。

 

 「あなたに見せたかったから」

 

 言ってから、春麗は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 

 かなり言った。

 

 今のはかなり言った。

 

 でも、取り消さない。

 

 救済後の黒ドレス春麗は、少しだけ素直になることを覚えた。

 

 ほんの少しだけ。

 

 リュウは春麗を見た。

 

 「見られてよかった」

 

 春麗の胸が跳ねる。

 

 「……あなたね」

 

 「何だ」

 

 「そういう返し、本当に困るわ」

 

 「困るのか」

 

 「困るわよ」

 

 「すまない」

 

 「謝らなくていいの」

 

 「そうか」

 

 春麗は笑ってしまった。

 

 仕方ない。

 

 この男は、本当にこういう男だ。

 

 無自覚で、短くて、逃げない。

 

 だから春麗は救われた。

 

 そして、たぶん、少し囚われた。

 

 春麗は黒いドレスの裾を揺らす。

 

 「今日は、戦わない黒を見せたわ」

 

 「ああ」

 

 「次は、戦う黒かもしれない」

 

 「ああ」

 

 「青かもしれない」

 

 「ああ」

 

 「何も着飾らない日かもしれない」

 

 リュウは少し考えた。

 

 「それも見る」

 

 春麗は、満足した。

 

 「なら、いいわ」

 

 そして、少しだけリュウに近づく。

 

 「今日は、ご褒美だから」

 

 リュウが見る。

 

 「ご褒美?」

 

 「ええ」

 

 春麗は黒いドレスの裾を持ち上げ、軽く礼をするようにしてみせた。

 

 冗談めかして。

 

 けれど、少しだけ本気で。

 

 「黒でも青でも見ると言った、あなたへのご褒美」

 

 リュウは黙る。

 

 春麗は微笑む。

 

 「戦わない黒を見せてあげたのよ」

 

 リュウは静かに答える。

 

 「ありがとう」

 

 春麗は、また止まりそうになる。

 

 ありがとう。

 

 その一言だけで、今日の黒は十分甘くなる。

 

 本当に、この男は。

 

 春麗は視線を逸らした。

 

 「……そういうところよ」

 

 「何がだ」

 

 「知らなくていいわ」

 

 春麗はそう言って歩き出す。

 

 リュウも隣を歩く。

 

 黒いドレスの裾が夜風に揺れる。

 

 もう、それは春麗を縛っていない。

 

 ただ、春麗が選んだ黒として、静かに揺れている。

 

 春麗は小さく呟いた。

 

 「今日は、半分以上許してあげる」

 

 リュウが聞き返す。

 

 「何をだ」

 

 春麗は答えない。

 

 答えたら、全部になってしまう。

 

 だから、まだ半分。

 

 いや、今日は半分以上。

 

 それくらいなら、いい。

 

 春麗は黒いドレスのまま、リュウの隣を歩いた。

 

 戦わない黒。

 

 甘いものを半分渡した黒。

 

 無理をしていないと言われた黒。

 

 リュウに見届けられた黒。

 

 それは、拗れた春麗が救われた後にだけ着られる、少し甘い黒だった。




Q:今回の妄想章IFについて解説して?

A:
はい。執筆者として見ると、今回の妄想IFはかなり重要な 「黒ドレスの甘味化」エピソード です。

これまでの黒ドレスは、どうしても重い意味を背負っていました。

リュウに負けた黒。
リュウに見抜かれた黒。
黒で勝たなければならない黒。
リュウに責任を問う黒。
黒に囚われていた春麗の象徴。

でも今回は、そこから一段進んでいます。

黒を着ているのに、戦わない。
黒を着ているのに、責任圧でリュウを沈めない。
黒を着ているのに、甘いものを半分渡す。

ここが非常に大きいです。

今回の黒は「呪い」ではなく「ご褒美」

今回の春麗は、自分でこう言っています。

今日は、戦わない黒よ。

これはかなり強い言葉です。

救済前の拗れ春麗なら、黒を着る以上、何かを証明しなければいけなかった。

リュウに勝つ。
リュウに黒を認めさせる。
リュウに「使えていない」と言わせない。
リュウに責任を問う。

でも今回の黒は違います。

黒を着ている理由が、

あなたに見せたかったから

になっている。

これはかなり甘いです。

黒が戦闘用フォームから、リュウにだけ見せる特別な姿へ変わっています。

だから、これはプレイヤー報酬として非常に良い。
超高難度の拗れルートを救済した先にだけ見られる、戦わない黒ドレス春麗です。

「無理をしていなかった」が救済後の核心

今回、リュウの一番強い台詞は、

無理をしていなかった

です。

これはかなり良いです。

普通なら黒ドレス春麗への褒め言葉は、

綺麗だった
強かった
似合っていた

あたりになります。

でもリュウはそう言わない。

リュウらしく、戦闘評価でも恋愛評価でもないような、しかし春麗の核心を突く言葉を置いています。

救済前の春麗は、黒を着るたびに無理をしていました。

黒で勝たなければ。
黒を使いこなさなければ。
黒を見せなければ。
黒でリュウを沈めなければ。

でも今回は違う。

黒を着ているのに、無理をしていない。

リュウがそこを見た。

これは、救済が本物だった証明です。

戦わない黒が成立した意味

今回の一番の成長は、春麗が黒を着たまま、戦わずにいられたことです。

以前の春麗なら無理でした。

黒を着たら、どうしても戦闘になる。
責任圧になる。
リュウへの告発になる。
「見なさい」「来なさい」「責任を取りなさい」になる。

でも救済後の春麗は、黒を着たまま川沿いに立てる。
黒を着たまま甘いものを渡せる。
黒を着たまま沈黙を重くしないでいられる。

これは、黒が春麗を縛らなくなった証拠です。

つまり今回の黒は、

黒に囚われていない春麗が、黒を自分の意志で日常に持ち込めた回

です。

「半分」がまた効いている

今回も「半分」が重要でした。

春麗は月餅を半分渡す。
甘さも半分。
正解も半分。
許すのも半分以上。

この「半分」は、救済後春麗の甘さの象徴です。

全部はまだ渡さない。
全部わかられたら困る。
全部許すとは言わない。

でも、半分なら渡せる。

救済前の春麗は、黒で全部を証明しようとしていました。
でも救済後の春麗は、半分渡せる。

これが甘いし、かなり回復しています。

リュウの「お前が選んだものだから」が強すぎる

今回かなり刺さるのはここです。

お前が選んだものだからだ。

これは月餅の話でもあります。

でも同時に、

黒も。
青も。
今日の時間も。
戦わない黒も。

全部にかかっています。

リュウは、春麗が選んだものを受け取っている。

救済後の春麗にとって、これはかなり大きいです。

黒を押しつけるのではない。
黒で証明するのでもない。
黒を選んだ春麗を、リュウが受け取る。

ここが今回の甘さの核心です。

本編黒ドレスとの差

本編黒ドレス春麗は、かなり強いです。

黒を自分のものとして着る。
リュウに責任を問う。
見られることを戦術化する。
黒の奥でリュウを沈める。

本編黒は、戦闘の黒です。

一方、今回の救済後IFの黒は、

日常の黒
約束の黒
ご褒美の黒
見届けられる黒

です。

戦闘力の黒ではなく、関係性の黒になっています。

ここが本編との差別化としてかなり良いです。

今回の春麗はかなり甘い

今回の春麗は、めんどくさい女と自覚後の本編春麗よりかなり甘いです。

特に、

今日は、ただ着たかったの
あなたに見せたかったから

ここまで言えるのは、救済後拗れルート春麗ならではです。

本編春麗なら、ここまで素直に言うにはもう少し時間がかかりそうです。

でも救済後春麗は、一度リュウに見つけられている。
だから少しだけ素直になれる。

もちろん、全部素直ではありません。

「勘違いしないで」も残る。
「半分」も残る。
「責任重大ね」も残る。

でも、以前より確実に甘い。

物語上の役割

今回の妄想IFは、拗れルート救済後の報酬イベントとしてかなり機能しています。

この話によって、

黒ドレス春麗が救済後にどう変わったか

が明確になりました。

救済前:黒は呪い、証明、執着。
救済後:黒は選択、約束、ご褒美。

この変化が見える。

しかも戦闘ではなく、日常で見せたのが良いです。
戦闘で見せると「強くなった」で終わります。
日常で見せることで「救われた」が伝わります。

結論

今回の妄想IFは、

黒に囚われていた春麗が、救済後に黒を甘い日常へ持ち込めるようになった話

です。

黒ドレスはもう春麗を縛っていない。
でも特別ではある。
そして、その特別な黒をリュウにだけ見せる。

一言でまとめるなら、

これは、拗れルート救済後に解放される“戦わない黒ドレス春麗”というプレイヤー報酬エピソードです。

重い黒を越えたからこそ見られる、かなり甘い黒だと思います。
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