また戦ってくれなんて言わないで ――春麗は今日もめんどくさい―― 作:エーアイ
本編の「めんどくさい女と自覚した春麗」が、どこかの平行世界で展開された拗れた自分の救済後の黒ドレス春麗とリュウの甘いバトル――「約束の黒」「沈めない黒」「黒なのに自由だった」を残響として受信してしまったらという話です。
春麗は、黒いドレスを見ていた。
自分の部屋にある黒。
リュウに見せる黒。
リュウを揺らす黒。
リュウに責任を問う黒。
自分がめんどくさい女であることを、逃げずに引き受けるための黒。
それを見ているはずなのに、春麗の中には別の黒が残っていた。
どこか別の世界の黒。
黒に囚われ、黒でリュウに勝ち、黒でも青でも見ると言われて救われた春麗が、その後にもう一度選んだ黒。
約束の黒。
沈めない黒。
リュウを膝につかせるのではなく、立たせたまま見届けさせる黒。
春麗は、黒いドレスの裾に触れた。
「……何よ、それ」
呆れた声だった。
けれど、完全に呆れているだけではない。
悔しい。
少し、羨ましい。
かなり、面倒くさい。
春麗は自分でそれを理解していた。
あちらの春麗は、リュウを沈める黒を通り越した。
リュウに黒を認めさせた。
リュウに黒で勝った。
そのうえで救われて、青も選び、黒でも青でもない朝も歩いた。
そして、もう一度黒を着た。
その黒は、もう証明ではなかった。
リュウを黙らせるものでもなかった。
リュウを立たせたまま、最後まで見届けさせる黒。
春麗は、唇を噛む。
「……ずるいわね」
前にも、そう思った。
裏ルートの春麗はずるい。
あそこまで拗れて、あそこまで黒に沈んで、あそこまで危ういところまで行ったくせに、最後にはリュウに見つけられている。
黒でも青でも見る。
俺が見るのは、お前だ。
そんな言葉を引き出している。
そして今度は、黒ドレスでリュウと甘いバトルまでしている。
沈めない黒。
立たせたまま逃がさない黒。
「今日の黒は、あなたを倒す黒じゃない。あなたを立たせたまま、私から目を逸らせなくする黒」
春麗は、その残響の中の言葉を思い出した。
自分の声だった。
でも、自分ではない春麗の声。
それなのに、妙に似合っていた。
悔しいほどに。
「……私が言いそうなのが腹立たしいわ」
春麗は鏡の前に立つ。
黒いドレスを手に取る。
まだ着ない。
ただ、広げてみる。
黒は重い。
自分の黒は、まだ重い。
自分で引き受けた重さだ。
だから嫌ではない。
けれど、あちらの黒には、別の重さがあった。
重いのに、軽い。
黒なのに、自由だった。
リュウは、そう言った。
春麗は、そこでもう一度止まる。
黒なのに、自由。
「……本当に、あなたは」
誰に向けているのかわからない。
あちらのリュウか。
自分のリュウか。
あるいは、黒いドレスを着たどこかの春麗か。
「そういうことを言うのね」
春麗は黒いドレスを胸に当てる。
黒なのに自由。
その言葉は、本編の春麗にも刺さっていた。
本編の春麗は、黒を自分で引き受けている。
黒に囚われてはいない。
少なくとも、そう思っている。
でも、黒を着る時には、まだどうしてもリュウへの責任圧が乗る。
見なさい。
来なさい。
届きなさい。
でも簡単には勝たせない。
私を面倒にした責任を取りなさい。
それが本編の黒だ。
強い。
正しい。
自分で選んでいる。
けれど。
リュウを沈めない黒。
リュウを立たせたまま、見届けさせる黒。
その発想は、まだ本編春麗の黒にはなかった。
春麗は小さく息を吐く。
「……試したくなるじゃない」
言ってから、顔をしかめる。
まるで、あちらの春麗に影響されたみたいだ。
いや、影響された。
それは認めるしかない。
ただし、真似ではない。
自分は、あちらの春麗ではない。
拗れて救済された春麗ではない。
自分は自分で立っている。
黒も青も、自分で選ぶ。
だから。
本編の春麗として、沈めない黒を試す。
春麗は、黒いドレスに袖を通した。
修行場に着くと、リュウはいつものようにいた。
白い胴着。
赤い鉢巻。
静かな構え。
春麗が黒で現れると、リュウは見る。
黒を見る。
けれど、黒だけで止まらない。
春麗を見る。
いつものリュウだった。
それが腹立たしくて、少しだけ安心する。
春麗は近づいた。
「今日は黒よ」
「ああ」
「でも、いつもの黒だと思わないことね」
リュウは少しだけ首を傾げる。
「違うのか」
「違うわ」
春麗は黒いドレスの裾を払う。
「今日は、少し試すだけ」
「試す?」
「ええ」
春麗は構える。
黒いドレスが夜気に揺れる。
「あなたを沈めない黒」
リュウの目が変わった。
春麗はそれを見逃さない。
「何?」
「沈めないのか」
「ええ」
「黒なのにか」
春麗は少しだけ笑う。
「黒だからよ」
リュウは黙る。
春麗は一歩近づく。
「倒して終わる黒なら、もう知っているでしょう」
リュウは頷く。
「ああ」
「沈める黒も、責任を問う黒も、あなたを揺らす黒も」
「ああ」
「なら今日は」
春麗は黒い裾を静かに揺らす。
「立っていなさい」
リュウは春麗を見る。
「立って見るのか」
春麗は、わずかに止まった。
その返しは少し危ない。
「……そうよ」
声が低くなる。
「立って、見なさい」
「わかった」
即答。
春麗の胸が少しだけ跳ねる。
本当に、この男は。
簡単に言う。
簡単ではないことを。
春麗は踏み込んだ。
黒が沈む。
いつもの黒だ。
いや、いつもより少し違う。
重さはある。
リュウの呼吸を一拍遅らせる。
視線を縫い止める。
間合いを沈める。
春麗は掌底を放つ。
リュウは受ける。
腕が沈む。
いつもなら、ここでさらに押し込む。
胸へ。
膝へ。
重心へ。
リュウを黒の中へ落とす。
でも今日は止める。
春麗は一歩引いた。
リュウの目が動く。
「今、引いたな」
「見ればわかるわ」
「なぜだ」
「沈めないと言ったでしょう」
「そうか」
「そうよ」
春麗は少しだけ笑う。
「でも、油断したら沈めるわ」
リュウは拳を握る。
「わかった」
次はリュウが来た。
拳。
春麗の肩へ。
黒の輪郭に触れようとする拳。
春麗は避けられた。
でも、あえて受けた。
浅く。
肩に感触が残る。
リュウの拳が、黒の輪郭に触れる。
春麗の胸が跳ねる。
昔なら、これで黒が重くなった。
届かれた。
腹立たしい。
もっと沈める。
そうなった。
でも今日は違う。
届かせる。
見せる。
そのうえで逃がさない。
春麗は肩の感触を受けたまま、内側へ入る。
掌底をリュウの胸に置く。
打ち抜かない。
リュウの呼吸だけを止める。
膝は落とさない。
リュウは立っている。
春麗は、近い距離で言った。
「どう?」
「重い」
「当然ね」
「だが」
春麗は身構える。
リュウの「だが」は危険だ。
「前より、苦しくない」
春麗は完全に止まりかけた。
「……何が?」
「お前が」
春麗は、黒のまま固まった。
本当に。
本当にこの男は。
「戦闘中に」
春麗は低く言う。
「そういうことを言わないで」
「違ったか」
「違わないから言わないでと言っているのよ」
春麗は掌底を押し込む。
少しだけ。
リュウの体勢が崩れる。
けれど、膝は落ちない。
春麗は止めた。
リュウが見る。
「止めたな」
「ええ」
「勝てるのにか」
「今日はそういう黒じゃないの」
春麗は一歩下がる。
「今日の黒は、あなたに悔しさを残す黒」
黒いドレスの裾が揺れる。
「倒して終わりじゃないわ」
リュウは静かに言う。
「次に来させる黒か」
春麗の頬が熱くなる。
「……あなたね」
「違うのか」
「違わないから困るの」
言ってしまった。
春麗は少しだけ目を逸らす。
本当に、今日の黒は危ない。
沈めない分、言葉が残る。
リュウが立っている分、その視線が逃げない。
あちらの春麗は、よくこんな黒を選んだものだ。
いや。
自分も今、選んでいる。
だから余計に腹が立つ。
戦いは続いた。
春麗が優勢だった。
それは間違いない。
黒の間合いは、リュウを何度も止めた。
肩に拳が届いても、春麗は崩れない。
手首を見られても、黒の起点をずらす。
リュウが踏み込めば、春麗は半歩だけ沈める。
ただし、最後までは沈めない。
リュウは立つ。
立ったまま、春麗を見る。
見ている。
黒の中で。
春麗はその視線を受けながら戦っていた。
以前なら、視線を受けるたびに責任圧が重くなった。
今日は少し違う。
見られることが、黒を軽くする。
いや、軽いわけではない。
黒は重い。
でも、その重さが春麗だけを押し潰さない。
リュウにも持たせている。
見届けさせている。
「リュウ」
春麗は踏み込みながら言った。
「今日の黒、どう見える?」
リュウは拳を受けながら答える。
「自由だ」
春麗は、完全に足が止まりかけた。
また、それ。
あちらの世界でも言われていた言葉。
黒なのに、自由。
春麗は自分がそれを聞きたかったのだと気づき、さらに腹が立つ。
「……そう」
春麗は笑った。
「なら、正解よ」
掌底。
リュウの胸に入る。
今日一番深い一撃だった。
リュウの膝が落ちかける。
春麗は、最後の一押しを入れなかった。
リュウは立った。
かろうじて。
でも、立っていた。
春麗は一歩引く。
「今日はここまで」
リュウは息を整える。
「俺の負けか」
春麗は少し考えた。
勝ちだ。
自分が優勢だった。
最後の一押しを入れていれば膝をつかせていた。
でも、その一押しを入れないことが、今日の黒だった。
「私の判定勝ち」
春麗は言った。
「あなたは立っていた。でも、私の黒から最後まで目を逸らせなかった」
リュウは頷く。
「逸らすつもりはない」
春麗は、また胸を刺されたように止まる。
「……本当に」
「何だ」
「危ないわね、あなた」
「俺がか」
「私がよ」
言ってしまった。
春麗は一瞬で後悔した。
だが、言葉は戻らない。
リュウは真面目に春麗を見る。
「なぜだ」
「聞かないで」
「そうか」
聞かない。
そこで引く。
それもまた、少し腹立たしい。
春麗は黒いドレスの裾を整えた。
「今日のことは忘れなさい」
「無理だ」
「忘れなさい」
「覚えておく」
春麗は軽く睨む。
「何を?」
リュウは答える。
「今日の黒」
春麗は黙る。
リュウは続ける。
「沈めない黒」
さらに。
「自由な黒」
春麗は、目を伏せた。
ほしかった答えを、きちんと返された。
悔しい。
かなり悔しい。
そして、かなり甘い。
「……そう」
春麗は声を整える。
「なら、覚えておきなさい」
一拍。
「これは、どこかの誰かの黒じゃないわ」
リュウは少しだけ首を傾げる。
「誰か?」
「知らなくていいの」
春麗は黒いドレスの裾を払う。
「これは、私の黒」
声が少し柔らかくなる。
「私が選んで、私があなたに見せた黒よ」
リュウは頷いた。
「わかった」
春麗は満足した。
とても満足した。
だから、すぐに背を向けた。
「次は青かもしれないわ」
「ああ」
「また黒かもしれない」
「ああ」
「どちらでもないかもしれない」
「ああ」
「今日みたいに、沈めない黒かもしれない」
リュウは言う。
「見る」
春麗は振り返らない。
振り返ったら、たぶん少し笑ってしまう。
「なら、責任重大ね」
「そうだな」
その素直さが、また腹立たしい。
でも今日は、悪くなかった。
春麗は歩き出す。
黒いドレスの裾が夜の中で揺れる。
本編の春麗は、裏ルートの春麗ではない。
救われた春麗ではない。
自分で立つ春麗だ。
けれど、あの救われつ自分の残響が教えてしまった。
黒は、沈めるためだけではない。
黒は、証明するためだけでもない。
黒は、立たせたまま見届けさせることもできる。
そしてそれは。
少しだけ、甘い。
春麗は小さく呟いた。
「……半分だけ、参考にしてあげるわ」
誰にも聞こえない声だった。
けれど、きっと次の黒には残る。
本編の黒として。
春麗自身が選んだ、沈めない黒として。
Q:今回の断章IFについて解説して?
A:
はい。執筆者として見ると、今回の断章IFはかなり重要な 「裏ルート救済後の黒を、本編春麗が自分の黒へ逆輸入する回」 です。
一言でまとめるなら、
裏ルートの“約束の黒/沈めない黒”を見てしまった本編春麗が、羨ましさと対抗心を抱きながら、自分の黒にも“沈めない甘さ”を半分だけ取り込む断章IF
です。
今回の核は「沈めない黒」
本編春麗の黒は、基本的に強いです。
リュウを揺らす。
リュウに責任を問う。
黒の奥へ来させる。
届きかけたら、さらに深い黒で沈める。
つまり、本編の黒は 責任圧の黒 です。
一方、裏ルート救済後の黒は違います。
リュウを倒すためだけの黒ではなく、
リュウを立たせたまま見届けさせる黒。
これを本編春麗が受信してしまった。
だから今回の本編春麗は、
その発想はなかった。
でも、私の黒でもできるのでは?
となっています。
これが今回の断章IFの出発点です。
本編春麗は真似ではなく「自分の黒」として取り込んでいる
重要なのは、本編春麗が裏ルート春麗をそのまま真似していないことです。
作中でも、
これは、どこかの誰かの黒じゃないわ
これは、私の黒
私が選んで、私があなたに見せた黒よ
と言っています。
ここが非常に大事です。
本編春麗は、救済された春麗ではありません。
自分で立っている春麗です。
だから、裏ルートの黒を見て羨ましくなっても、完全コピーはしない。
自分の黒として再構成する。
このプライドが、本編春麗らしいです。
「沈めない」は甘さであり、技術でもある
今回の「沈めない黒」は、単なる手加減ではありません。
むしろ高度な技術です。
リュウを膝につかせるのは、ある意味では簡単です。
黒の重さを乗せて、掌底を打ち抜けばいい。
でも今回は違う。
リュウを沈めきらない。
でも逃がさない。
立たせたまま見届けさせる。
これは、
勝つための黒から、
関係性を続けるための黒
へ変わっています。
だから、非常に甘い。
ただし、春麗らしくちゃんと強い。
甘いけれど、勝ちは譲っていない。
リュウの「前より、苦しくない」が刺さる理由
今回、リュウのかなり強い台詞はここです。
前より、苦しくない
お前が
これは本編春麗にかなり刺さります。
なぜなら、本編春麗は自分で黒を引き受けていますが、黒にはまだどうしても重さがあります。
リュウへの責任圧。
見てほしい気持ち。
来てほしい気持ち。
届いてほしいけど簡単には届かせたくない面倒さ。
その全部が黒に乗っている。
でも今回の黒は、少し違った。
リュウはそこを見た。
黒は重い。
でも、春麗自身は以前より苦しくなさそうだ。
これは、裏ルート春麗に対する「黒なのに自由だった」と同じ系統の評価です。
本編春麗にとっては、かなり危険な褒め言葉です。
「自由な黒」が本編にも入り込んだ
今回の断章IFで一番大きいのは、リュウが本編春麗の黒にも、
自由だ
と言ったことです。
裏ルートでは、救済後春麗の黒に対する評価でした。
でも今回、本編春麗の黒にもそれが入った。
これは大きいです。
本編春麗の黒は、本来は責任圧が強い。
しかし今回、そこに「自由」が混ざった。
つまり、今後の本編黒には、
責任圧の黒
だけでなく、
沈めない黒
見届けさせる黒
自由な黒
の可能性が生まれたわけです。
これはかなり重要なフォーム更新です。
戦闘結果としては春麗の判定勝ち
今回の勝敗は、春麗の判定勝ちです。
春麗はリュウを完全には倒していません。
でも、倒そうと思えば倒せた。
最後の一押しを入れなかっただけです。
だから、戦闘的には春麗優位。
ただし、リュウも成功しています。
なぜなら、春麗の新しい黒を見たからです。
このバトルは、
春麗が勝つ。
でもリュウが見る。
春麗はその視線でさらに黒を更新する。
という、本編らしい構図です。
本編春麗の「半分だけ参考にしてあげる」が良い
ラストの、
半分だけ、参考にしてあげるわ
これはかなり本編春麗らしいです。
全面的には認めない。
裏ルート春麗の結末を羨ましいとは言わない。
「あなたの黒、いいわね」とも言わない。
でも、参考にはする。
しかも半分だけ。
この「半分」が、本編春麗のプライドと甘さのバランスです。
完全に甘くはならない。
でも、閉じてもいない。
今回の断章IF後リザルト
本編春麗・断章IF後リザルト
黒フォーム:責任圧の黒 → 沈めない黒を一部取得
黒制御力:上昇
リュウへの見届け要求:上昇
甘さ:半分だけ上昇
裏ルート春麗への対抗心:上昇
裏ルート春麗への理解:上昇
本編春麗としての自立性:維持
重要なのは、本編春麗としての自立性は崩れていないことです。
裏ルート春麗に影響されたけれど、飲まれてはいない。
これが良いです。
結論
今回の断章IFは、かなり良い 「裏ルート救済後黒の本編逆輸入回」 です。
裏ルート春麗の「約束の黒/沈めない黒」を見た本編春麗が、それを羨ましがりながらも、あくまで自分の黒として再構築する。
その結果、本編春麗の黒に、
沈める黒だけでなく、
立たせたまま見届けさせる黒
という新しい可能性が生まれました。
一言でまとめるなら、
本編春麗が、裏ルートの甘い黒を“半分だけ”取り込み、自分の黒を少し自由にした断章IF