この嘘と心中する   作:金木桂

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#3 有栖川聖とスポーツ

 

 翌日も予想通り、朝から作文課題であった。

 テーマは将来の夢について。それから高校生活への意欲。それぞれ昨日同様に最低2000文字、つまり原稿用紙5枚がノルマということで、中々に狂った課題と言えよう。

 クラスメイトの中にはまだ昨日出された作文すら終わっていない生徒も少数ながらいるようで、樫見先生の言葉には割と絶望した面持ちになっていた。その中には笠木さんの姿も。哀れ。合掌だけしておく。

 

 昨日の嘘を思い出しながら筆を進める。

 嘘を嘘で隠したり、目を逸らさせたりするのはあまり良い手法とは言えない。道徳の話じゃなく手法の話だ。

 噓を隠蔽するための嘘は、一度目の嘘よりも決まって大きな嘘になる。そして二度目の嘘を隠そうとする三度目の嘘は二度目より大きくなって、その後も雪だるま状に、或いは帰納法的に、嘘は巨大になり続けて亀裂や綻び目に見えるようになる。

 

 噓は適宜適量が肝心だ。

 同時に複数個の噓を同時につくならば嘘同士は排他関係であることが望ましい。木を隠すなら森の中というけども、隠したい木が二本あるなら別々の森に隠す方が良いみたいな話である。

 

 今日の作文も昨日の作文でついた嘘を遵守しながら、矛盾しない論理構成でペンを進める。

 ボクは昨日と同じように仕上げると、合計して原稿用紙12枚を2時間掛からずに書き終えた。

 

「先生、終わったので確認お願いします」

「ああ。預かろう」

「……あの、今日は見なくて良いんですか」

 

 昨日は速読ながらもちゃんと中身まで見てきたのに、今日は次項に手を掛けようともしない。

 不思議に思ったボクを見て少し呆れたみたいに頬杖を付いて、樫見先生は口を開く。

 

「昨日はお前があまりに早かったから確認しただけだ。クラス全員分をその場で一々読んでいたら大変だろう」

 

 当たり前の話だった。提出が早すぎてボクがまともに作文を書いたか疑念を抱いたらしい。

 樫見先生は淡々と受け取ると、昨日同様自室待機を命じてきた。一応この時間も授業中らしいが、例年ここまで早く終わる生徒がいないのか、樫見先生もボクを持て余しているらしい。

 

 やることもなく、ボクは部屋では自習をすることにした。こんなこともあるだろうと自習道具は持ってきている。参考書は得意科目の数学と英語だけだ。

 高校からは勉強の難易度は上がると聞いていたけども今のところはまだ実感は湧いてない。まだ入学して二週目だしね。教科書を見るに難しくなるのは二学期以降だと思う。ボクはお世辞にも地頭が天才的なわけでもないから、こういう隙間時間で予習しておくのが肝要なのである。まあ凡人なりの先憂後楽ってやつだった。

 

 

 

─── ─

 

 

 

 12時40分から再び食堂での昼食を挟み、束の間の休憩の後に合宿中唯一のレクリエーションが始まった。

 

 先に体操着へ着替え、近くの貸切体育館へバスで移動すること10分。バスに乗って気付いたけども他のクラスはバス乗り場にいなかった。時間で区切り、クラス毎に体育館を利用しているのだ。

 

 

 

「久々のシャバだね~」

 

 バスから降車してきた愛唯は空を見ながらそんなことを宣う。シャバという表現は女子高生としてはどうかと思うけども、確かに24時間くらいはずっと室内にいたからか久々に開放的な空間に出れた実感はある。

 

「まあこれからすぐ体育館だけどね」

「あはは……それがちょっと残念かも。せめて外でレクリエーションしたかったよね~バドミントンだしさ」

 

 愛唯が残念がるのも仕方ないことだ。

 レクリエーション……バドミントンは競技的側面を排除した娯楽目的なら外でも出来なくはないスポーツである。

 それが出来ないってことは。

 

「この辺りに運動場が無いか、抑えられなかったんじゃないかな」

「かもしれないね~」

 

 そんな目的のない会話に混ざる影が一つ。

 

「二人と違って私は安心したかな。体育館なら実力が発揮されやすいからね」

 

 笠木さんだった。どうもボクたちよりも大分やる気がある感じで、歩きながら腕を十字にして準備運動なんかしている。

 

「笠木さんとは戦いたくないな~あ、聖ちゃんちゃんともだからね?」

「別に勘違いしないよ」

 

 ペアを組みたいって暗喩だろう。分かってるって。

 

「ごめんね、今日は本気でやるから私。そろそろストレスがマージナルなの。鬱憤が溜まった今なら誰だろうと薙ぎ倒せる気がするんだ」

 

 好戦的な目でボクらを見る笠木さん。これまでの作文課題で大分ストレスが溜まってるようだった。作文が苦手というのもありそうだけど、一番の要因はずっと机にかじりつかされたことだろうと思う。どう見ても笠木さんはボクとは違って体育会系の人種だし、さぞ不服な時間だったろう。

 

 体育館に入ると既にコートは準備されていた。恐らく最初に来たクラスがやってくれたのだろう。

 生徒たちを班ごとに整列させると樫見先生が前に立って言う。

 

「今回のレクリエーションは皆が話していた通りだがバドミントンだ。4面コートを使ってペアで総当たりの試合を行い、最後に決勝トーナメントを行う。だが、優勝ペアに何も無しというのも盛り上がりに欠けるという観点から今回は優勝特典を用意した」

 

 優勝特典……? 石鹸とかタオルみたいな粗品じゃないよな。

 樫見先生は生徒の疑念を確認するように一度見渡してから口を開く。

 

「男女ともに、優勝ペアは今日出した作文課題の一つの最低文字数を1600文字に減らす」

 

 クラス内が若干どよめく。今までやる気無さそうに友達同士で駄弁っていたクラスメイト達も目の色を仄かに変えて、樫見先生を注視している。

 気持ちはボクにも分かる。

 1600文字ってことは400文字の削減……つまり原稿用紙1枚分だ。

 たった1枚と侮るなかれ。興味の無いテーマに沿って2000文字を記述することにクラスメイトの多くが小さくない心を砕いてきた。25%減少するとなれば作文が苦手な生徒は大いに助かるだろう。樫見先生は厳格じゃないけども露骨な文字数稼ぎや粗雑が過ぎる文章を許す人物でもなく、今日の朝にそれが原因でやり直しを命じられた生徒もいた。彼らは一気にこの無意味なレクリエーションに意味を見出したはずだ。

 

 しかし、既に本日出てきた課題を全てクリアしているボクからすればやはりレクリエーションの範疇を出ない。高みの見物とでも洒落込もうじゃないか。

 

 ペア組の時間になる。

 クラスの様子を見れば、大方の予想通り生徒の様子は二分割していた。本気で勝ちを狙う層と、それを静観しながらスポーツとして楽しむエンジョイ層。後者はそこまで作文課題に困ってないのだろう。

 

 ボクも組む相手を見つけないとなあ。

 順当に考えた筆頭候補は愛唯だけども、樫見先生が説明を終えるや否や愛唯はトイレに行ってしまった。どうも我慢していたらしい。

 まあ待つか。ボクも愛唯以外に組める見込みのある相手がいないし。

 そんなことを考えて壁に寄りかかろうとして、笠木さんが近寄って来たのに気づいてボクは視線を上げる。

 

「有栖川さん。よければ私と一緒に組まない?」

「笠木さん……さては狙いは優勝特典か」

「ぎくり」

 

 肩を大袈裟に震わせる。その効果音を口で言う人間は初めて見た。

 笠木さんがボクをペアに誘った動機は簡単だ。笠木さんは昨日の課題の再提出を食らってはいないものの、作文課題に心底苦労していた。元バド部のボクを引き入れ、本気でこのレクリエーションで優勝を狙っているのだろう。いわゆるガチ勢層に属しているってことだ。

 

 二つ返事で受けようかと口を開きかけて、慌てて思い直す。

 脳裏に過る愛唯の存在。

 愛唯はこれをどう思うだろう。彼女は一応は友達だ。この誘いを受けることは裏切り行為に該当したりしないだろうか?

 いや……契約にはこういう状況の遵守事項は定義されていない。

 

「もう別の人と組んでるなら無理は言わないからね? 断って全然良いよ?」

 

 その代わり聖ちゃんの優勝は泡沫に帰すけどね! と威勢を良く言い放つ笠木さん。

 意気込み抜群の笠木さんの態度を見て、まあこれくらいで友達関係に傷は入らないか、とかボクは思い直す。

 

「分かった。組もうか笠木さん」

「やった! ありがとー!! 聖ちゃんが来るなら百人力じゃん! よっし、私たちなら絶対に優勝できる!」

 

 笠木さんは嬉しそうに喜びを露わにすると、両手を取った。

 オーバーリアクションだなあ……。

 ちょっとボクの実力……というかバドミントン部という偽りの肩書きが過大評価されている気がしてこそばゆい。どうやら嘘を守るためにもかなり本気でやらなくちゃいけなくなったらしい。

 

「というか、笠木さんって他人行儀だよねー。そろそろ私は次のステップ進んでも良いかなって思うんだよねー……だから名前で呼んでいい?」

 

 中学時代に特訓したバドミントンの動作を脳内に引きずり出そうとしていると、笠木さんは小悪魔っぽい目でボクを試すように視線を向けた。更にこそばゆい。喉がきゅるりと鳴りそうになる。

 

「そんな他人行儀かな?」

「えー。もう一緒の釜の飯食べたし一緒のお風呂も入ったじゃん。もう友達でしょ私たち」

「……そう言われればそうかもしれない」

 

 それが名前呼びすべきという論調に繋がるかというと何とも言えないけども。

 笠木さんは記憶を探るように唇に指を当てた。

 

「あと一緒に寝たも追加で」

「事実だけど誤解を生むからやめてくれないかな?」

「えへへ、これは冗談だけどさ。でも私、これでも有栖川さんのこと凄い好きだなあって思ってるんだよね。ここだけの話、前からずっと思っててさ、だからもっと仲良くなりたいなって……ダメかな?」

 

 先程までのボクを挑発するような流し目を辞め、不安げに瞳を潤わせ、首を傾げる。

 仲良くなりたいと言われて嬉しくならない人間もあまりいないだろう。特に笠木さんのような爽やかで表裏無さそうな良い子、おまけに容姿も良くクラス内でのカーストも高いと来ている。

 ただ一つ、今の会話で理解したことがある。

 笠木詩鳥は純粋無垢だ。

 距離を詰める手段として名前呼びをする愛唯とはまた異なる。

 相互の名前呼びを儀式的に認識していて、ある一定の友誼を感じないとそれを認めない。或いは認めてはいけないと思っている。

 ボクが嘘をつくのに罪悪感を覚えるタイプの人間だ。

 

 ───それは嘘をつかない理由にはならないけども。

 

「分かった。詩鳥、友達になろう」

 

 詩鳥はほっとした笑みを浮かべて、すぐさま大きな笑顔を浮かべる。

 

「よっかったー! おっけ聖、一緒に優勝しようね!」

「うん。精々頑張ろう」

 

 友情の証として差し伸べられた左手を握り返しながら考える。

 

 ボクは笠木詩鳥(かさきうたどり)に欠片たりとも友情を感じていない。

 

 初めて話してから、今日を含めてまだたった2日という時間的事情もある。

 けどもそれ以上にボクは、本当の友情というものを抱いたことがない。

 

 それはかつての友達連中にも───たぶん愛唯にも。

 

 しかし一つ言うとするならば、友情を詐称することは悪いことだろうか。

 一般的に友情なんて薄く脆い。環境が少し変化するだけで途絶えるくらいに脆弱な関係性だ。

 どうせ短期間で壊れる前提なら、友情を嘯いて一時的な青春の充足感を享受することを悪行とは呼べない。

 少なくともボクはそう思う。

 

 暫くして愛唯が体育館へと戻ってきた。

 ボクの横に立つ詩鳥を見てはてなマークを頭上に浮かべながらも、一旦はボクへと話しかけるみたいで口を開く。

 

「お帰り愛唯」

「うん、ただいま。バドミントンのペアってもう組んじゃった?」

「うん、組んじゃった」

「組んじゃった!?」

 

 目を見開き、想像以上に大きい声が返ってくる。

 やっぱり愛唯もボクをペア想定で考えていたか。ちょっぴり申し訳ない。 

 

「相手は……笠木さんかな」

「本当にごめん淡月さん! 2人がペア組みそうだなっていうのは何となくで察してたけど、どぉーーーしても! 聖の力が欲しかったんだ!」

 

 今にでも土下座しそうな勢いの詩鳥を見て、愛唯は困ったように前髪を触る。

 

「そっかぁ……………………約束もしてなかったし、なら仕方ないね! 早い者勝ちだもん、別の人と組むね!」

 

 たっぷりと間を使って吐き出されたのは、そんな前向きな諦めの言葉だった。

 

「ところで二人、名前呼びになったんだ~」

「親睦の証ってやつだよ! 私聖のことは結構好きかなって思ってて、いい機会だったからさ」

「結構好き……」

 

 愛唯のことが気になっていたボクはその僅かな変化を見逃さなかった。

 一瞬、胡乱な目つきで愛唯が詩鳥を睥睨していた。すぐに誤魔化すように微笑んでいたけど。

 

 そんな機微に気付かなかった詩鳥がはっと声を上げる。

 その後、意志を固めるように固い息を吐いて。

 

「そうだ、淡月さんのことも名前呼びしていいかな? 淡月さんとも私はもう仲良しのつもりなんだよね」

「う~ん、ごめんね? まだ私、あんまり笠木さんのことを理解してないかな~って……」

「そっか。ごめん、突然過ぎて困らせちゃったね」

 

 申し訳なさそうな顔をしながら謝る愛唯に、詩鳥はぶんぶんと手を振った。

 

「ううん、こっちこそ本当にごめん。でも私、友達っていうのは本当に理解しあえないと成し得ない関係じゃないかな~って思ってるんだ」

「それは良い考え方だね! うん、私も淡月さんに認められるように頑張るね」

 

 淡月さんと仲良くなりたいんだ。

 その言葉を聞く愛唯の表情は、気のせいじゃなければ苦虫を嚙み潰すようなものだった。

 

 始まったバドミントン大会は白熱の試合様相を呈することになる。

 ボクのクラスにバドミントン部が居ないこともあって、全員が初心者か中級者程度の実力だったことも要因だっただろう。全体的に勝ち星が拮抗している中、その中でボクと詩鳥のペアは総当たりを9戦7勝の戦績で終えていた。当然ながら全体でも1位。想像以上にボク自身が動けたのが勝因である。

 

 愛唯は持ち前の顔の広さを生かしてバレー部の女子と組んでいた。勝利数の上位4組が決勝トーナメント進出というルールだったが、最終的には5勝して4位でギリギリ滑り込んだ。体育の授業を一緒に受けて分かっていたことだけど愛唯もかなり動ける方だ。

 

 トーナメント表はボクのペアは愛唯とは逆の山に配置された。

 

「聖ちゃん、決勝で待ち合わせね。来なかったら酷いよ?」

「それはボクの台詞だよ」

「ふふ、やる気じゃん聖ちゃん」

 

 決勝トーナメント直前、愛唯と会話していると何か思いついたみたいに猫みたいに目を細めると、楽しそうに口角を上げる。

 

「ねえ、決勝で勝った方は負けた方の言うこと、何でも一つ聞くってことにしない?」

「なんでわざわざ……そんなことしなくても優勝特典はあるじゃん」

「でもお互いにそこまで必要とする身じゃないよね?」

 

 それはまあ。

 ボクは作文課題に何一つ苦労していないし、愛唯もボクほど早く仕上げることはないものの無難にこなしている様子だし。

 

 ボクの心情を見通すような瞳で愛唯が頷く。

 

「だからこそだよ~。折角の機会なんだし、私たちも本気で戦う理由欲しいじゃん」

「別に言われなくてもこっちには詩鳥もいるし、試合は本気ではやるけど」

 

 なぜかその言葉に愛唯は口先を尖らせる。

 

「笠木さんを理由にするの禁止で」

「なんでだよ」

「なんでだろうね~」

 

 ピカピカと輝かんばかりの全力の笑顔にボクは思わず一歩後ずさる。

 うわ。絶対これ、威圧されてる。

 ボクは何か虎の尾でも踏んでしまったか?

 

「……分かったよ。その要求は呑むから笑顔の出力落としてくれないかな」

「要求だなんて酷いな~。友達からの可愛いお願いだよ?」

 

 だよ、という語尾に合わせてこくりと小さな顔を横に傾けた。月明りで染め上げたような長い髪がゆらりと揺れる。

 可愛いお願いねえ……それは内容次第だとボクは思うけども。

 

「勝ったときに愛唯は何を言うつもりか教えてほしい」

「え~秘密?」

「教えてくれないんだ」

 

 唇に指を立てて黙秘ポーズを取る愛唯に、仕返しとばかりにジト目を送る。

 

「私が勝ったら教えてあげるよ」

 

 愛唯は徹底して無視することに決めたらしい。可愛い顔して腹黒いクラスメイトである。

 しかし思うのは、バドミントンという勝負に同着は存在しない。試合を行えば100%例外もなく勝者と敗者が生まれるわけだ。

 勝つと愛唯の可愛いお願いとやらの内容が分からないのは、本気で少し残念かもしれないな。

 

「聖ちゃん、もう勝ち誇った顔してるけど私が勝つからね?」

「え? ボクそんな顔してた?」

「余裕綽々って感じだったよ? なんというか、私なんて興味ないのかな~って感じの目」

 

 そういう風に見えたのか、ボク。

 全然意識してなかったし、態度には出してないつもりだったのに。

 でも……正直勝てるなとは愛唯の試合を見ていて思ったし、何よりここは煽った方が友達っぽいだろう。

 

「それはゴメン。でも……愛唯が9戦7勝のボクたちに勝てるかな?」

 

 愛唯もボクの口車に自らの意志で乗り上がり、そのまま楽しそうに口元を緩ませる。

 

「主人公はいつでも不利な状況から話が始まるんだよ?」

「ふーん。主人公って最後以外は負ける運命だけどね」

「ライバルには負けるけど友達には負けないかな」

 

 そんな少年スポコン漫画みたいな煽り合いをしていると、給水から帰ってきた詩鳥がボクたちを見て呆れた声を出した。

 

「仲良いねー……いやはや、昨今体育会系でもその熱いノリはやらないよ?」

 

 ボクたちは咄嗟に込み上げてきた羞恥心から、表情筋の発熱を感じながら目を反らした。

 

 迎えた準決勝、ボクと詩鳥ペアは大差で勝利し決勝進出を果たした。相手は総当たりでは僅差で敗北したペアなので弱かったわけじゃない。ただ、この数試合の間にボクと詩鳥の息が完全に合い始めていた。

 

 ボクが前に出れば詩鳥が後ろに下がる。

 相手のスマッシュを拾うために移動してスペースが空けば、すかさずカバーに入る。

 阿吽の呼吸。

 なんていうのはかなり言い過ぎではあるけども、実際、試合中のボクたちは互いの行動と思考を大きい枠内で予想出来る程度には同一のビジョンを共有できていた。

 

「いえーい! ナイスゲーム、聖! やっぱり聖にお願いして正解だったよー!」

「うん、ナイスゲーム。良い感じだねボクたち」

 

 パチンと勝利を讃えてのハイタッチ。

 

「思うんだけど私たち結構相性良いよね! 聖の動きが何となく分かって動きやすかったよ」

 

 詩鳥もボクと似たような感想を抱いているようだ。

 ボクもそれに肯定する。

 

「確かに相性は良いと思う。ボクたちはプレースタイルが噛み合ってる、我ながら良いペアだよ」

「だよねだよね!! 聖がスマッシュめっちゃ取ってくれてホントに助かったもん!」

 

 詩鳥は攻撃的なプレースタイルであるのに対して、ボクは守備寄りのプレースタイルなのも歯車が噛み合った要因の大きな一つだ。欠けた要素をもう片方の長所で補う、ペアの醍醐味である。

 

 ふとコートを見る。愛唯の試合は1点差を追いかけ合う接戦が繰り広げられている。

 ボクの視線の動きを追いかけた詩鳥は、軽い口調で言う。

 

「どっちが勝つんだろうねー。なんか賭ける?」

「じゃあ愛唯で」

「即答じゃん。やー素晴らしい友情、善き哉善き哉」

 

 茶化すような口調で詩鳥は手を叩く。

 

「残念だけど賭けにはなりそうにないねー。私もどちらかと言えば淡月さんが勝つと思ってたんだ」

 

 だろうね。友情なんて根拠としてあやふやな観点を抜きにしても、点差以上に愛唯のペアは優勢な試合運びをしている。

 詩鳥の発言を裏付けるように、相手コートに羽根が落ちる。

 愛唯のペアが勝利した。

 

 

 

 

 バドミントンという競技には少しだけボクは思い入れがある。

 友達作りのために初めて付いた嘘。

 内気なクラスメイトがバドミントン部だったからって、自分もバドミントンがかなり出来ると欺瞞を話した過去。その嘘をついて得た利益と、嘘に真実味を持たせるために払った時間を勘案すると大赤字。ボクが人生でついた嘘の中で最も費用対効果の低い嘘だった。

 

 最終戦。

 ボクと詩鳥は愛唯と相対する。愛唯の横には喋ったこともないバレー部の女子が並んでいる。どちらも背は平均以上、一方こちらはボクが低身長である分、体格差では幾ばくか不利だ。

 

「聖、決勝もいつも通りにやろう」

「そうだね」

 

 試合前の緊迫感が漂う。

 これはたかがレクリエーション。缶詰にされた生徒達のガス抜きで催されているイベントの一つに過ぎない。されど、決勝という舞台性がある種の神聖さを場に齎し、ジリジリとひりつくような雰囲気を醸し出している。

 

 女子達が見守る中、ジャンケンで勝利した詩鳥は羽根を握る。小手調べとばかりにコテンと相手コートへ打ち上げる。

 空かさず反応した相手ペアはこちらへとラケットを振るう。スマッシュではないものの、ライン際ギリギリ狙う嫌なショットだ。

 ボクがそれを拾うと、ラリーが始まる。10回。15回。20回。一度も互いにスマッシュを打たず、様子見に徹して前後左右への揺さぶりに時間を使う。高速ではないが堅実な試合運び。

 11点先取のこの試合で、この1点の占める割合は大きい。以降の流れを作る意味でも、このラリーは制す必要があるだろう。

 相手のミスを待って、精神的にダメージを与えるのが最も効率的なプレーかな。

 

 だがそれは我慢ならないのが詩鳥だ。

 超攻撃的な詩鳥は高めに返ってきた羽根をチャンスと見るや、ジャンプで合わせて勢い良く腕をしならせてジャストミート。相手コートにスマッシュが叩き込まれる。落ち先は愛唯の守備範囲内僅かに前。愛唯は反射的にラケットを突き出すが、羽根は僅かにラケットに届かず、コートへと落ちた。

 

「ナイススマッシュ」

「バスケ部だから当然!」

 

 これバスケじゃないんだけど。もしやバスケを万能スポーツか何か勘違いしてる疑いがあるな?

 

 長いラリーを制したことで流れがボクたちに引き寄せられる。集中力を欠いた愛唯のペアの女子がネットに掛けるミスを連発して、3点差に広がる。

 この数戦を通じて詩鳥の事が分かる。試合中、徐々にどう動きたいか理解を深めてきたけど、その理解がこの決勝を以って完成されつつある。詩鳥の意図が何処となく伝わり、ボクのやりたいことも詩鳥は理解する。相棒。そんな関係性が相応しいと思えるくらい───通じ合っている。

 

 ミスを起こさない固いプレーを続け、点差は5点差。

 緩くなった返球を見逃さない相手のスマッシュ。

 

「あっ……!」

 

 高打点からの威力に詩鳥は態勢を崩しながらも何とか返すが、羽根はそこそこの速度のまま高く打ちあがる。相手も詩鳥の守備がそこまで上手くないことに気付いて穴を突いてきたな。

 対戦相手の愛唯はにやりとほくそ笑む。何時もの純真に見える笑みではなく、好機が巡って来たことに歓喜するような表情。そのまま連続でスマッシュを打つ姿勢に移行する。

 

 愛唯が狙うのはどのスペースか。

 単純に考えれば空いているスペース。今は詩鳥が釣り出されて右後方にいるから、その前が開いている。

 一瞬の間隙を縫う判断。

 

「……っ!!」

 

 ボクは詩鳥のカバーに入って───予想通り愛唯の攻撃が来た。

 詩鳥の正面。

 これが愛唯の出した答えだった。

 守備難のある詩鳥に2連続スマッシュの対応は難しい。詩鳥の前にボクが前に入り手堅く対応。

 

 詩鳥は何も言わずボクの空いたスペースを埋める。

 そう、それでいい。

 相手はコートに落ちる確信があったのか、今度は向こうが高く羽根を打ち上げる番だった。

 

 そしてそれを見逃すなんて真似を、詩鳥がするわけない。

 

 詩鳥はスマッシュを決めた。

 点差がさらに開いた。

 

 その流れは既に止められるものではなく、ボクたちは11点を先取した。

 

 

 

 

「いや強いね〜優勝おめでとう聖ちゃん」

 

 勝負が終わり、男子の決勝トーナメント終了待ちの時間、愛唯はボクの横に並ぶと讃えてきた。

 

「そっちも準優勝おめでとう」

「皮肉かな〜?」

「実質ワンツーフィニッシュみたいなもんじゃん」

「……確かに」

 

 うっかりと口にした失言を適当に誤魔化す形で言っただけなのに、愛唯は妙に真剣ぶった面持ちで頷いている。まあ、誤魔化せたならいいか。

 

「でもさ、笠木さんとのペア、息ぴったりだったね〜。いつあんなに仲良くなったの?」

「いつ……?」

 

 思い返してみるとボクは詩鳥と接した時間はそう多くない。昨日、ほぼ初対面に近い形で話をして、一緒の部屋で過ごし、今日バドミントンをした。

 

「試合前まではそうでもなかったけど……試合を重ねる事に感覚が重なった、みたいな気がする」

「へえ〜〜?」

「何だよその意味深な返事は」

「別に何でもないよ?」

 

 愛唯は浮薄な態度ながら、どこか図るような目でボクを見遣った。

 

「あれ、二人ともどうしたの?」

 

 優勝特典のために樫見先生と話していた詩鳥がこちらへと戻ってくる。ボクと愛唯の間に漂う微妙な空気感を不思議に感じているようだ。

 

 愛唯は詩鳥を視認すると、ついついと言った感じで口を開く。

 

「笠木さんってなんで聖ちゃんを良いなって思ったの?」

「え? ホントに何の話?」

「笠木さんが羨ましいな〜って思ってさ。是非今後の参考のために答えてほしいな」

 

 何の参考材料にするつもりなんだ。これだから清楚系腹黒美少女は。

 

「いま何か言ったかな〜?」

「ボクは何も言ってない」

 

 第六感でボクの思考をキャッチしたのか、笑顔の圧力が飛んでくる。だから怖いって。

 詩鳥はそのやり取りに気付いておらず、髪を触りながら少し口を重そうに開く。

 

「ん〜……ちっちゃくて可愛いから……かな?」

「詩鳥……ボクは構わないけど小学生とかに手を出しちゃ駄目だよ?」

「違う違う! そういうアレじゃないから! 聖って私の好みの体型をしてるし、性格も落ち着いてるから、膝の上に乗せて頭を優しく撫でたら良い感じに懐きそうだな〜って思いながら見てたんだ」

 

 ……それさ、完全に小動物を見る視点だよね。猫とかウサギとか。

 かなり気にくわない評価だけど、客観的に見るとボクってそんな感じなんだろうか。

 少なくとも一つだけ確実に思うのは、凄まじく身長が欲しくなったということだ。

 

 詩鳥の回答にポンと手を打つ愛唯。

 

「へ〜。つまり笠木さんってロリコンなんだね〜」

「いや全然違うよ!? 違うって否定しなかった私!?」

「えへへ、ごめんごめん冗談言っちゃった」

 

 冗談というよりは嫌がらせのようにも見えたけど……口にすると後が怖いので発言は控えておこう。

 

「でもさ、小さくて可愛いなら友達は誰でも良くないかな? 聖ちゃんじゃなくてもさ、そういう子は探せば何人もいると思うよ?」

 

 何処か意味深にも思える言葉に、考える時間を置いて詩鳥は答える。

 

「ん〜それは考え方の違いだと思う」

「考え方の違い?」

「興味があるから友達になりたい。友達になった後でその子のことを良く知って、もっと仲良くなりたいかどうかを決める。これが私のスタンス」

 

 ……なるほどと思う。

 詩鳥は手元に一旦置いて観察してから合う合わないを判断するタイプか。一方の愛唯は、ボクの見立てだと、最初から互いに全てさらけ出した上で友達になるかどうかを決める。

 中学時代のボクはどちらかと言えば前者に近かったし、一般的にも前者のスタンスを備えた人間の方が多いだろう。後者のスタンスは友達になれればそれでいいが、なれなかった時に失うものも多いだろうし───そもそも互いに曝け出すなんて普通は出来ない。

 

 そこでボクは詩鳥のことを少し勘違いしていたことに気づく。

 友誼が深まったから名前呼びを提唱してきたのかと思ったけど……それは違う。多分、彼女にとって名前呼びは切り替えスイッチみたいなもので、友達同士は名前呼びすべき───ただそういうものであると認識しているのかもしれない。

 言い換えれば、名前を呼ぶという一点で友達とそれ以外の一線を引きたい人物だと言える。

 

「ふーん。確かに考え方、私とは似てないかも」

 

 内心はいざ知らず、愛唯は表面上は納得したように頷き、この場で友達理論を語り合う気は無いという意志を示した。

 

「だねー、でも私は淡月さんとも仲良くなりたいな」

 

 詩鳥が先程も聞いた発言を繰り返すと、無味乾燥とした瞳を愛唯は体育館の天井へと向ける。

 

「うん、その気持ちは嬉しいよ~もうちょっと仲良くなれたら友達になろうね」

 

 ……こりゃ詩鳥の気持ちは当分は一方通行だろうな。

 そんなことを考えていた束の間のこと。

 天井を眺めていた愛唯の瞳が突然、音もなくボクへと落ちてきて───。

 

 直後、全身が硬直する。

 

 背筋がぞっとして……それで囚われたと思った。

 目に───視線に。

 無彩色の虹彩がボクを見詰める。

 ボクだけを見ている。

 脇目も振らない。瞬きもしない。瞳の中の虚像はボクだけを映して、円らな瞳を目一杯見開いて。

 

「でも笠木さんの気持ち、私も分かるかな~……いま今日まさに抱いた感情がそれだもん」

「えっ?」

「ううん、なんでもないよ。こっちの話」

 

 はっ……!

 たった今、呼吸の仕方を思い出したかのようにボクは胸を上下させて肺に酸素を取り込む。

 

 ボクの目には詩鳥の疑念に答えるいつもの愛唯が映っていて……。

 でも、先程の愛唯も現実だった。

 嘘じゃない。

 

 無言で笑みを湛え、静止した姿は、さながら原始的恐怖の喚起を題材にした西洋画みたいで。

 

 ……うん、取り敢えず愛唯だけは怒らせないようにしよう。

 まずはそれだけ決めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

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