あらすじの才能が無い。
レクリエーションの時間が終わり、合宿所に戻るとまたもや作文課題が一つ増やされた。
一応、今回の新入生合宿で課される作文課題はこれが最後であるらしい。結果的には3日間で合計4つの課題が出たことになる。
1日当たりで考えると課題数は意外に少ないなとか思っていたのも束の間、樫見先生は4つ目の作文課題のテーマは自由作文で、最低文字数が3000文字であると言い放った。
3000文字というと作文用紙換算では8枚弱。しかも内容を自分で決める必要があるから、作文が苦手な生徒であれば頭を抱えてしまうだろう。
樫見先生は、この合宿中に作文課題が全量終わらなかった生徒は週明け月曜までの宿題にすると明言して、また椅子に座り監督モードへと戻る。まあ課題である以上、終わらなければ宿題になるよなーとは思う。
そこでボクは興味本位でチラリと横を覗く。詩鳥はぐええと言いたげに口をあんぐり空けて、絶望を露わにしていた。南無三。レクリエーションで優勝した恩恵はあるんだし頑張ってくれ。
文字数自体が多いため少々時間はかかったものの、その日もボクは一番乗りで提出すると部屋に戻ることにした。戻る道中、気分が変わってついでに合宿所の中を歩き回ることにした。地味に合宿所を散策するのは初めてだ。
一階を見回っていればマップがあったので確認してみると想像よりも色々と施設があるのに気づく。温泉宿さながらのゲームコーナーや、個室貸し切り露天風呂などがあるらしい。無関係な場所に立ち入るなという教師からの厳命があるから行かないけど。それに行ったところでゲームセンターは稼働していないだろうし、貸し切り温泉は湯が抜かれていることだろう。
歩き回って特に目新しい施設も無いことを再確認。散歩の気分も済んだしそろそろ戻ろう。
そう思って部屋へと向かっていると、向かいから女子生徒が歩いて来た。それ自体は別に変なことじゃない。彼女も早めに作文課題が終わって缶詰から解放されたのだろう。
でも特徴的な雰囲気を持っていたから少し見てしまった。
ボクと同じくらいの小柄な背丈に、肩幅で切り揃えられた茶髪。頭頂部付近にはピンクのリボンが可愛らしく付けられている。睫毛は長く、顔の輪郭はやや丸い。全体的に高校生よりも幼い雰囲気を持っていて、ただし表情筋が蝋で塗り固められたみたいに硬い。
見覚えが無い顔なので違うクラスの女子なのは間違いない。
「あの、一つ伺っても良いですか」
そのまま通り過ぎようとして、声を掛けられてしまった。思わずボクは二度見してしまう。
同級生なのに敬語使われて、一瞬こちらも敬語を使うべきか悩むが、相手に合わせてスタンスを変えるのも変だなと思い直してボクは素のまま返答する。
「うん。何かな」
「自動販売機ってどこにありますか?」
自動販売機か。さっき見かけたな。
「一階ロビーの奥にあるよ。ボクもさっき見たけどかなり分かりづらい場所だった」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます」
その女子は頷くと、立ち去ろうとする動作を見せて、ピタリと動きを止めた。
「お教え頂いたお礼に一つ、
「助言……?」
「女子が"ボク"という一人称を常用するのは、傍から見れば少々痛々しいと思いました」
それでは失礼しますと言って今度こそ用件が済んだらしい女子は去っていく。
……いやはや、手厳しい。歯に物を着せないというのはああ言う様を表す言葉なんだろうなとか思ってしまった。
しかしアレだね。あの指摘がお礼になると捉えているなら、さっきの女子はかなり変わった価値観を有している。あまり関わらない方が良いかもしれない。
そんなことを思いつつ、部屋に戻って自習をしていた。
─── ─── ───
何かやけに詩鳥に絡まれるな。そう思ったのは気の所為じゃない。
合宿二日目のメイン行事が終了して夕飯を食べ、大浴場で身体を流す。その全てに詩鳥はボクの隣に陣取っていた。友達なんだから当然でしょと言わんばかりの表情でだ。
まるで迷子のスズメを助けたら懐かれてしまったみたいな懐きっぷりに、正直少々混乱している。
「詩鳥って中学の友達がクラスにいるんじゃなかったっけ」
大浴場を早々に出ると、同タイミングで部屋に戻ってきた詩鳥にボクはそんなことを聞いてみた。
詩鳥が良く同じ中学の二人と登校してくる様子をボクは何度か目撃している。
ボクばかりに構けて良いんだろうか。
詩鳥はベッドの上でグダグダしながらボクに目を向けた。
「ああーいるよ」
「それ、ボクとばかりいて付き合い悪いなとか思われないかな?」
「大丈夫。前も言ったけど、腐れ縁なんだよねー。高校で知り合いがお互いしかいなかったから良く話すだけだよ。それに高校三年間ずっと閉じた関係でやるのも何か違うじゃん?」
そういうものなのだろうか。ボクには腐れ縁と呼べる関係性の相手がいないから良く分からない。
「それにしては毎日一緒に登校してるんだね。随分と仲が良さそうじゃないか」
「やだなーそんな嫉妬しないでも」
「してないわい」
本当にしてない。
言い方が悪かった自覚はあるので、名誉の為に心の中でも再度宣言しておく。
「あ、もしかして迷惑だった? 友達だからってちょっと距離詰めすぎた私?」
「いや……そういうわけじゃないけど。ボクに時間を費やすことで、詩鳥の人間関係が壊れるのは忍びないなって」
その言葉に今まで横で寝ていた詩鳥はむくりと立ち上がると、ニヤケ面でこちらへ近づいてくる。
「優しいじゃん! うりうり〜〜」
「や、やかましい……」
誂うような声でボクの頭をグリグリと撫でてくる。運動部ノリ……とも大分違うな。コミュ強仕草ってやつだろうか。
何か馬鹿らしくて反抗する気力も無い。
「友達なんだからそんなの気にしなくていーの。これでも上手くやれてるんだから私」
思わず言い返す。
「友達だから心配してるんだけど」
大人しく髪の毛をワシャワシャと撹拌されていると、その手が止まる。
一拍を置いて、誤魔化すような軽い悪い声が響く。
「なはは……その言葉は予想外だなあ」
「そうかな」
「だってそんなこと言われたことないや。……正直に面食らっちゃった」
水が滴るような小声が頭上に落ちる。思わず顔を上げようとすると視界が真っ黒に暗転。頬を通して伝わってくる仄かな微熱から詩鳥の手で覆われたと気付く。
「どうしたの?」
「ちょっと……顔上げないで」
「なんでさ」
「今顔見られるの……何かはずい」
あえかな声量で紡がれる。
目隠しされているから詩鳥の表情を窺い知ることは出来ない。
ただ何処となく手の平の温度が若干体温よりも熱い気がする。
雰囲気のせいでボクまで恥ずかしくなってくる。
……え?
なんなんだこの空気感。
どうしてこんなにも湿気が籠った感じになってるんだろうか。
ボクは何も言ってないよな。
確かに友達だから心配してるとか嘯きはしたものの、それだって大した言葉じゃない気もするし。うーむ。本当に謎だ。
何秒か、何分か。
その態勢を維持していると、部屋のドアが開く音が響く。
「ふぅ~長湯しちゃったよ」
その言葉に弾かれたのは詩鳥だった。
ボクからぱっと離れると、分かりやすく素知らぬ顔をしながら斜め上を見上げ始めた。
「お帰り! 分かるなー大浴場ってそれだけで気持ちいいよね」
「……まあ、そうなんだよね~」
部屋に入った直後は満足そうな笑みを作っていた愛唯だったが、不自然な相槌に違和感を覚えたのか、首を捻りながら目を細める。
「私が居ない間に何かあった?」
「いや、普通に二人で話してただけ」
詩鳥から視線が飛来した。同調しろという意図であるのはすぐに汲み取れた。
同調も何も、本当に話してただけだから何も言うことはないんだけどな。
「詩鳥の言う通り、直ぐに大浴場から上がった同士で喋ってただけだよ」
「へぇ……二人ってバドの後から大分仲良さげだよね」
「そりゃ、友達ならこんなもんじゃないかた」
と言いつつも、確かに少し距離は近いとは思うけども。さっきから遠慮なしにパーソナルスペースに入り込んでくる辺り、詩鳥はボクのことを大変気に入ってるっしゃるのかもしれない。自分で言うのも変な話だねホント。
「でもさー淡月さんだって聖といつもこんな感じの距離感じゃん」
「あんまり言いたくはないけどさ、私と聖ちゃんの関係性の方が深いんだからそれは当たり前だよ? 時間も密度も笠木さんの思うより深いんだからね?」
「うわぉ……熱愛発言だね」
「だって友達だよ?」
愛唯の一言に詩鳥は冗談半分で浮かべていた表情を固まらせる。
その……ボクもここまで言われると流石に気付いた。てかさっさと気付けって話ではあるんだけども。
淡月愛唯にとって、友達という存在は重い。
例え契約上だろうが、きっと自分が認めた存在にはとことん情が深いのだろう。それは今まで友達がいなかった本人談とも矛盾しない。簡単に友達を作らなかったからこその結果。
ボクは……怖い人と友達になってしまったのかもしれない。
「なはは……そうなんだ。それは良い友情関係だね」
「うん! ありがとね笠木さん!」
場を収める褒め言葉に、全力で愛唯は応えた。
その夜。
就寝時間の午後10時を回り、微かに開いたカーテンの隙間から月明かりが室内に微光をもたらす深夜0時。
ボクは控えめな振動と共に肩を叩かれて目が覚めた。
「起きた……?」
「……………お陰様でね」
完全な熟睡をする中で叩き起こされ、皮肉が口から突いて出るのも仕方がないことだろう。
眠気眼のピントを合わせると白金色の髪が目に入る。つまり愛唯か。
いや何の用件……てか眠いし……。
「おやすみ」
「待って待って」
優しい手つきながらも確実な手捌きで身体に振動を与え、ボクの睡眠を妨げようとする。堪らずボクも上体を起こす羽目になった。何なんだよ一体……。
「聖ちゃんって夜弱いんだね」
「当たり前だろう……人間は昼行性の生き物なんだ。太陽が韜晦する夜は睡眠を貪って、お日様が燦々な日中での活動に備え体力を蓄える。それで、どういった理由からボクの貴重な睡眠時間を妨害してくるのか聞かせてもらおうじゃないか」
「もしかして機嫌悪い?」
当たり前だろうが。ノンレム睡眠で心地良く寝てるところを邪魔されて不愉快にならない人間なんてこの世に存在しない。
「ごめんね」
ボクから漂う雰囲気を察してか、愛唯は小声で囁くように謝る。
「別に……それで何なのさ」
「あのさ、外を散歩しない?」
「外……? この時間に?」
ボクは思わず愛唯の瞳を見遣る。月色の双眸は僅かな明かりを集光して、この暗い室内で星のように瞬いてる。
「折角泊まりなのに、学校のプログラムだけなんて面白くないもん……だから付き合ってよ」
ボクの裾をぎゅっと掴む。力が強い。頷かなかったらそのままボクのベッドに入り込んで朝まで懇願してきそうな勢いだ。
ボクはバレないようにこっそりと溜息を吐いた。
時間を見ると午前1時を回っていた。
夜の廊下は明かりこそ点いているものの人気は無く、当然ながら部屋から生徒たちの話し声も聞こえてこない。静寂が空間を支配している。
ただ教師の見回りはまだこの時間も続いているかもしれない。見つかるのは勘弁だ。こんなことで成績に響かせるのも馬鹿らしい。
「先生達って大変だよね。こんな時間でも起きて皆を監督して、次の日は普通に朝から仕事するんでしょ。それってすごく大変だと思うの」
周囲にバレないよう、相変わらずの小声で愛唯が言う。
「かもね。給料なんかもあまり高くないらしいし、残業代も場合によっては出ないってネットで見た」
「うわ~……私が教師になるのは無理かな~……」
「でも愛唯は教師の才能ありそうな気がするけど」
「え~そうかな?」
「だって相手の嘘が分かるんだから、生徒同士の喧嘩とかもどっちが悪いか簡単に判断がつく訳だし」
「そういう意味か~……あんまり興味湧かないかな~」
残念がる愛唯を訝しみつつも、ボクたちは外に出る手段を探す。
一階ロビーは流石に従業員がいるだろうから没。次に廊下端にある非常用の外階段は鍵が掛かっていて開かず。一階の廊下を歩きながら施錠されていない窓とか出入り出来そうな扉を探してみるけどもやはり見つからない。
「というか何でボクは夜盗みたいな真似を……」
今更自覚。
さながら侵入経路を探る窃盗犯のような立ち回りに、我ながら頭が痛くなってきた。
「どちらかと言えばプリズンブレイクじゃないかな?」
そういう訂正は求めてない。
「愛唯、諦めようよ。施錠バッチリ、警備もそれなり。外に出る方法なんてないよ」
「こうなったら窓ガラスを突き破って……」
「それやったらボクは愛唯との友達辞める」
「冗談だよ~?」
手をひらひらさせて可愛らしく言われてもなあ……。
目がマジに見えたんだよなあ……。
「でもそうだね……外は無理かぁ……」
「そうだそうだ。寝よう愛唯。健全な女子高校生の身体が適度な睡眠を欲している」
「……聖ちゃん、さっきから何か変だよ。もしかして深夜テンションだったりする?」
「はっ。時間帯によって気分が高揚したり凹むほどボクの精神バランスは柔じゃないさ」
「やっぱり変だ」
変と断じられると否定したくなるのが人間の様である。
てか、そもそもボクは全然変じゃないし。何を基準に変だと言っているのか是非根拠を明らかにして提示してもらいたい。
徹底抗弁の姿勢を構えながらも、外に出ることを諦めたボクたちは宿泊部屋のある階へと戻って来た。愛唯はエレベーターホールにぽつんと置かれた二人掛けソファーに座る。
「ちょっとここで話そうよ」
「いいけども」
まだ微かに残る眠気を噛みしめながらもボクは隣に座る。
「ホントは誰もいないところが良かったんだけどね。でも仕方ないからここで話すことにする」
「……えっと、何の話?」
「私ね、嬉しかったの」
ノスタルジーの香りすら内包した要領の得ない呟きに、相槌を忘れる。
「今まで友達なんていなかったよ。小学校は馬鹿ばっかりで幼いなって思ってたし、中学校に上がっても私は一人だった。クラスのハブられ担当。それが私だった」
「……そうは見えないけど」
「高校は今のところ上手くやれてるから。でもそれだっていずれ駄目になると思う」
愛唯は確信しているようだった。
一時的に上手く行っているだけで、本来はもっと人間関係に難がある人間なのだと。
「私にとって聖ちゃんが最初で唯一の友達なんだよ」
「うん」
「でもね、心がザワザワするんだよね。聖ちゃんが笠木さんと仲良さげに話してるのを見ると」
「まあ、詩鳥も友達だからね」
そう、友達。
ただの友達。仲良く話すのは当然だ。
ボクの顔を見ながら愛唯は続ける。
「私ね、驚いちゃった。私にとってはたった一人しか居ない友達でも、聖ちゃんからすれば私は友達の一人でしかない───それってこんな苦しいんだなって」
「……。」
「ねえ聖ちゃん。私、聖ちゃんとはもっと仲良くなりたい。笠木さんに───それ以外の誰の追随も許さないくらいに近付きたい」
「……ボクが嘘つきだと分かっててそれを言うのかな」
「関係ないよ。友達だもん」
真剣な眼差しで唇だけが小さく動く。
強張った顔で、無機質な電灯に照らされた顔は全体的に赤く上気し、傍らから見ても緊張は明らかだった。
それを見てボクは、そっか、と単調に思う。
───契約上の友人。
それがボクと愛唯の関係性で、それが全てでもある。
ボクにとって愛唯も詩鳥も変わらない。
どちらも友人で、どちらも代替可能な人間関係である。
例え失っても似た人間関係は直ぐに補完出来てしまう、その程度の仲でしかない。
でも───それを面で向かって言うのは躊躇いを覚える。
ボクらしくもない。
言えば愛唯が何をするか分からないというのもある。
でもそれ以上に、どうしてか罪悪感を覚える。ボクからすれば今更すぎる感情だ。騙して嘘をついて友達を作ってきたボクからすれば。
何で躊躇なんて───そう思っていると愛唯が息を吐いた。詰まっている感情のしこりを吐き出すような仕草。
「……そうなんだ。私の一人相撲……そういうことだったんだね」
「愛唯、ボクは」
「ううん、迷惑かけてごめん。本当にごめん。距離感を見誤ってウザかったよね、困らせちゃったよね」
話を終わらせるように立ち上がる。金色の糸がふわりと揺れて、未だに残る微かなリンスの匂いが鼻腔を擽る。
「友達……私と聖ちゃんは友達だもんね」
「もちろん」
「特別でなくても……友達は友達だもんね」
自身を納得させるような声音。
ボクは否定も肯定も出来ず───愛唯への態度を曖昧に溶かしたまま、新入生合宿は全日程が終了した。